ヒロインがヤンデレのギャルゲみんなで作ろうぜ!

電波先生ss

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電波先生ss


「稔くん、あの女は危険よ。言うことを聞いちゃいけない!」
とうとう二人きりになった教室で……、いや、それ自体先生の計略であったに違いないのだが、ヒステリックな声色で詰め寄ってくる。
そこに物理教諭らしき知性の輝きは最早なく、窮地にある小動物めいた怯えがその瞳を揺らしている。
身体が小刻みに震えているのは純粋な恐怖と焦りからか。
「先生落ち着いて下さい、話を聞いて下さい。そもそも昼休み俺が手伝いに行けなかったのは」
「そんな事はどうでもいいの!」
ドシャァッと音を立てて床に落ちるのは実験機材の数々。
それにも構わずにじり寄ってくる彼女の目はすっかり充血し、まるで餌を探し求める兎のように赤い。
「いい?奴等の計画はあまりに周到で、そうしてあまりにも進行し過ぎていたの。
 分かるでしょ?稔くんだって驚いてくれたじゃない!
 ネットで仲間を装い近付いて、その実アイツラッ、私の防衛計画を逐一監視していた!
 あの女だってそうなのよっ!これも私達の連携を乱し、あわよくば校内全体の把握さえ……」
そこまで口にした先生の動きがぴたと止まる。
瞳の動きすら不自然に抑えられ、良くできた人型オブジェのように固まっている。

まずい。
俺は何度かこの状態を目の当たりにしてきた。
その後、決まって彼女の妄想は劇的に飛躍する。
そこには矛盾だの反論だのの差し挟まれる余地はなく、導きだされた結論の無根拠な必然性だけが彼女にとって唯一根拠と成り得るのだ。
「そう……そうよ、どうして気付かなかったの……」
今や彼女の瞳は窓から差し込む夕日の赤より紅い。
「あいつら、校内の人間殆どとすり替わってたんだ……あっ。いいえっ。ひょっとして。
 最初から、みんな皆全員組織の人間で組織の教員に組織の生徒、学校だって宇宙人が組織のために設立したダミーの。あっ。あっ。あっ」
 先生の首が安っぽいビニール人形の如くグリグリ教室のあちこちへ向けひん曲がる。
『人間みたいに見えるだろ。それ、良くできたロボットなんだぜ』と長岡にでも振れば、『違いない』との同意を得られただろう。
「罠だったんだ!私がここに赴任してきたのも、全部っ!最初から!」

――これ以上は駄目だ。
妄想と現実の拮抗を恐らくは無意識的に保とうとしてきたのであろう彼女の精神は、もはや強風の前に晒された蝋燭の灯火も同然だった。
「じゃっ、じゃあっ、教育委員会も、いいえ文部しょっ」

俺は自分でも気付かぬ内に、先生を真正面から抱き留めていた。
無意識の内の行動。
してみれば俺も彼女と同じく、妄想と現実の拮抗を保とうとする機構が知らず内在していたのかと
考えつつ口を開く「大丈夫です、先生。俺は大丈夫ですから。先生の味方です。少なくとも俺だけは。誓って、純粋な人間です」

最初はピンと張った糸のように硬直していた彼女の腕が、ぎごちなく俺の背へと回された。
そこからゆっくり時間をかけて俺を包み返してくる。
「……信用して、良いの?」
「はい」
ここで間を置いちゃいけない、という脊髄反射じみた瞬間の計算が俺に即答させていた。
「大丈夫です。うん。大丈夫ですから。
 それに、考えても見て下さい。今先生が取り乱して問題でも起こしたら、それこそ奴等の思うつぼじゃないですか。
 社会的制裁の利用ってヤツですよ。
 下手をすると組織の施設にでも放り込まれて、自由と反撃の機会を永久に奪われる事にだって成りかねない」
「じゃ、じゃぁ、一体どうすればいいのよぉ……」
先程までの混乱も乗じて先生はいつになく弱気だ。
背中にまわされた手はぶるぶる震えて、まるで真冬の風に薄着でさらされているかのよう。

だからきっと、俺の言うことなら。
先生の妄想を否定せず、ゆっくりと諭してあげれば。
まだ間に合うかも知れない。
俺は、何とか彼女を、反社会的な行動によって引き起こされるであろう身の破滅から救ってあげたかった。
「今まで通り振る舞うんです。
 先生は生徒思いの物理教師で、そりゃちょっと変わった所はあるかも知れないけれど、決して大きな問題は起こさない。
 そんな、今まで通りの先生で居るんです。
 奴等は先生を罠にはめようとしているんでしょ?だったら、ここで騒ぎを起こしてまんまと策略に嵌ってやる必要なんてない。
 どうやってそれをかいくぐるかは、これからゆっくり、一緒に考えていけば良いんです」

小刻みな震えは次第に収まっていき、俺の背に回された手の感触はいつのまにか柔らかい。
ようやく落ち着き始めた彼女の背を優しくさすってやった。
こうしていると、まるで恋人みたいだな。と今更ながら思う。
すると先生も俺の背中をゆっくりとなで回してくる。
「……うん。信じる。キミの言うことだから、信じられるよ」
――分かってくれた。
俺は胸中で安堵の息を吐いた。
と、肺を締め付けるような勢いで俺の身体にしがみついてくる。
彼女の顔がますます近付いた。
「でも、あの女だけは駄目よ。
 身のこなしが明らかに洗練されていたじゃない。間違いない、工作員よっ。私達の連携を打破しようとする、ね。
 それに、彼女だけじゃない、」
腕だけでなく足も、肩も、胸も、押し付けてくる絡みついてくる……。
蛇に捉えられた獲物を連想する。
喰われる事を観念した小動物。

「……分かりました。
 彼女との会話は出来るだけ簡素に、あくまで校内の一生徒とのやむを得ない接触、それだけに留めますから」
「工作員は他にだって、」
「そっちもです。怪しいと思われる工作員らしき人間との接触にはなるべく気を遣います。
 だから、先生は安心して下さい。
 落ち着いて、普段通りに構えていてくれれば良いんです」
「……うん」
最後にギュッと、別れを惜しむ恋人のように熱の入った抱擁を返し、先生は僕から離れた。

ワックスの利いた床がキュッキュッと鳴った。
途端に二人きりの教室の、真冬の冷えた空気が身体にまとわりついてくる。
夕日は既に沈みかけて、辺りはもう薄暗い。

「言われた通りにするよ。
 明日からも、私は物理教諭の日向葵」
「はい、そうして下さい」
「だから、キミも――」
離れた先生の目の色はもうハッキリとしない。
夕日の赤と共に隠れてしまった。
「……はい。工作員には気をつけますから。
 だから、大丈夫ですよ」
「よろしい」
そう言ってようやく、いつも通りの声色で笑ってくれた。
だから俺も、いつも通りの調子で返すのだ。
明日からまた、いつも通りの日常がきっと、緩やかに流れていってくれるのだろうと信じて。



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