ヒロインがヤンデレのギャルゲみんなで作ろうぜ!

想いは誰が為に

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kawauson

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委員長の闇/想いは誰が為に

2月14日
第一回箱根駅伝が開催され、人工衛星ボイジャー1号が初の太陽系の写真を撮影。
そして103番目の元素、ローレンシウムが合成……
「そして『ネクタイの日』だから、今日は制服のネクタイをちゃんと締めていないとな」
いつもの日と違い、しっかりと鏡を見て、何度も制服の着こなしをチェックした。

遠い冬の夜。
目の前の男が声をあらげる。
「2月14日はネクタイの日だそうだ。稔、二人でこのことを世界にアピールし続けようぜ!」
熱い吐息。
吸い込まれそうな天の川の下で列車の汽笛が駆け抜けていった。
「ぜったい、絶対に、ネクタイの良さと、着こなしを……」
そいつは炎のような涙をこぼし、夜に凍りついた大地を少しだけゆるませる。
「この世界に誓わせるんだ。俺たちの使命だ。2月14日はネクタイの日だとな。ネクタイ、それは孤独に戦う男の証。ネクタイ、それは孤独に生きる男の証。ネクタイ、それは独りさすらう男だけに通じる共通言語。そしてその日こそ、俺たちのフリーダムが始まる。───それが果たさなければ、世界中の男が孤独になってネクタイをしなければ、……」
その言葉とともに、俺の首に、ゆっくりとネクタイを掛け、結び始める。
「……お前をネクタイで絞め殺シテヤルからな」
目が豹のように縦になり、足元の大地が再び凍りついた。
かくして、交わされる誓い────

その運命の誓いからどれくらいたったのだろうか、毎年2月14日になるたびに、その男とともに人々にネクタイの大切さをアピールしている俺。つまり今日は朝早く学校へ行って、毒男といっしょに昇降口で生徒のネクタイチェックをしなければならないんだな。
?……いやな予感が
「稔くん、今日の朝ごはんはチョコだよー」
やたらハイテンションな姉さんの声。ドアが派手に大きく開く。
ぐいっと激しい引力。景色が回転する。
そのまま階下の食卓へ……!
とたんに甘ったるい匂いが鼻を突き刺す。
「今年は、これか……」
目に映るのは黒々としたチョコの山。
ちょっと普通と違うのは……料理用のお皿に盛られていることだ。
俺はおわんを指差す。
「なにこれ」
「稔くんのためのチョコご飯だよ」
……姉さんは、チョコレートを粉砕したものを米に見立ててシャモジでお椀に山盛りしていた。
「沈殿加速用の遠心分離機で簡単にできるんだよ。もう1分でバキバキだよ」
「ああそうですか」
ついで俺は大きな皿を指差す
「これは……」
「チョコサラダ」
キャベツに見立てたみじん切りチョコ
つくりかた:板チョコを包丁でサラダ風にみじん切りにする。終。
「じゃあそのチョコサラダの横にある丸いそれは!?」
「チョコハンバーグ」
チョコレートをハンバーグのような形に成型する。終。
「おいしそうでしょ? チョコ味噌汁も作ってあげるね」
姉さんは味噌汁に、具として豆腐に見立ててサイコロ状に切ったチョコをぽんぽん放り込んでいる。
「チョコが溶け出さないように味噌汁は冷蔵庫で冷やすのがコツだよ♪ あとはチョコレートトーストかな。チョコをトースト状に成型してバターを塗ればさわやかな朝のブレックファストだね♪」
窓からさしこむ煉獄の炎のような真っ赤な朝焼けの光に照らされて、姉さんは天使と戯れているかのようにチョコを放り込む手を踊らせている。
俺の胃袋ももう真っ赤な胸焼けだ。
地獄と天国って、同じところにあるんだなあ。
でも、そう考えると、去年よりかはましかな……あのときはチョコで作った勉強机をプレゼントされたからな。部屋が溶けたチョコでドロドロになったからなあ。
それに、姉さんのチョコは机になってもチョコサラダになってもやっぱり美味いのだ。ただ朝食としては、ほんとうに完全にアウトなだけで……もし普通のおやつだったら……
……腹が鳴る。
ハア、人間離れした自分が情けない。
そして俺はこれらの「ブレックファスト」を、自我を捨てて一気にかきこむ……となるだろうところだが、たいてい
「おはよーみのりん、ほら、チョコだよ!!」
ほら、玄関から伊万里の声が。
「さあ家に上がって!!さあさあ!!どうぞ!!」
俺はトヨタの流れ作業のように伊万里を食卓の真ん中の椅子に座らせる。
「伊万里が今年も姉さんのチョコ食べてみたいってさ」
「そう。ありがとう。どんどん食べてちょうだい♪」
姉さんは天使のごとく機嫌よさそうにこたえた。
「え、え?なに?……また??ボク、またなの!!!?」
伊万里は地獄の釜の中を見たかのような顔で震えだす。
「代わりに伊万里のチョコ食ってやるからさ」と俺は耳元でささやく
「う……それなら、が、がんばる。がんばるよ!」
俺がいかに食べてる振りをするか苦心する一方、伊万里は本気でまじめにガツガツとチョコレート味噌汁を食い始めた。
「g、ぐは……う、うはkhhjさkl;うhjさ;k」
味噌汁まみれの絶妙な味のサイコロチョコを噛むたびに涙を流す。
「そう、そう。そんなにおいしい?よかったわ。ハイ次、チョコご飯♪」姉さんは満足げだ。
「は、はにゃぢが……」
伊万里の鼻から赤い線がタラリ。みるみるうちに滝のように流れ出て床に血だまりを作る。
「いいわよいっちゃん。あとで拭くから。今はどんどん食べなさい♪」
「ひ、ひひひめ姉さま……jっかgsm、p;s」
ああ、言葉にならないほどおいしいのか。よかった、よかったな伊万里。
「それじゃ俺はごちそうさま」
俺はこっそり姉さんのチョコ料理の中に伊万里のチョコも紛れ込ませて、風が抜けるがごとく家を脱出する。


学校へ行くと、もう昇降口の前で毒男がキョーツケの姿勢で立っている。
「みなさん!!ネクタイをちゃんと締めましょう!!」
やってくる生徒一人ひとりに大声をかけている。すぐ隣で、風紀委員と生活指導の教師が戸惑い顔だ。
「そこ!ちゃんと中心で締めて。ああそこ、ちゃんときっちり締めなさい!!」
毒男は矢のように生徒を指差してはネクタイ指導をしている。
「おお、今年も頑張ってるな、毒男。んじゃ交代の時間だ」
犬みたいに鼻をクンクン鳴らす毒男。
「……なんか匂う。む……こ、これは。カカオマスポリフェノール・テオブロミン・遊離脂肪酸の匂い……」
うなられる。
「うううー、てめえ、今年も……ネクタイの日を冒涜しやがって」
「姉さんだよ。しょうがないだろ」
「まあしょうがねえな。身内だからな……そう、身内だから……きゅーん」
毒男は子犬みたいになる。
「おはよう稔、あれ」
みずきが登校してきた。
「今日は……はっ、服装の乱れがない!!」
みずきは俺の体中をかぎまわる。
「うう……どこをみても、完璧」
「今日だけは、俺は違う」
みずきがかよわいスライムに見える。
「ぐはっ!!!か、輝いて……る!!! うわあああ」
俺の全身から発せられる金色の光がみずきを直撃し、一瞬で消滅させてしまった。
悪役笑いの毒男。
「よくやった稔。あいつを一撃で倒すとはな……クク……それじゃ俺は靴箱にチョ……不審なテロ兵器を置くやつがいないかチェックだ」
毒男は俺に昇降口前をバトンタッチして、靴箱方面へと向かっていく。
「あ、藤宮君。おはよう」
委員長が登校してきた。
「な、何をやってるんですか?」
小学生女児が無職を見るようなまなざし。
「あ、ああ、ネクタイの日のアピールさ」
俺は一瞬たじろぎながらもなんとか胸を張って答える。
「なんだそうですか、藤宮君。今日がネクタイの日だって良く知ってましたね」
「知ってるさ」
「ネクタイの日というのは10月1日にもありまして、そっちはネクタイが始めて製造された日だそうです。ちなみに2月14日のネクタイの日は、バレンタインデーには『好きな男性にネクタイを送ろう』という理由で制定された日だそうですよ」
「そうなんだ。それは知らなかった。チョコがあっての記念日か……」
……ネクタイにも裏切られる毒男カワイソス。
「私は、ネクタイを買えるほどお金はありませんが……今日家庭科でお菓子作りなんです」
「そうだったね」
「だから、私はチョコを作ってみます。藤宮君。その、……食べてみてください」
委員長はなぜか顔を赤らめている。
ちょ、ちょっとまて
「え、あの、い、えいいの?」舌がもつれる。
チョコだと……!?
身内以外の女の子から、チョコだと……!?(とうぜん伊万里は除外)
しかも、顔を赤らめてるんだけど。
まさか、義理チョコレベルを特別快速ですっ飛ばすのか?
「ですので、楽しみにしてくださいね」
委員長は顔をうつむきかげんで、小走りで校舎内へ入っていった。

俺は、今までになく一歩一歩大地を踏みしめつつ、毒男のいる靴箱へ歩を進める。
「毒男。すまんが」
「おお稔。やっぱり不審物を4点押収した。ちくしょう忌まわしい野蛮なテロリストめ……グアンタナモいきにしてやる」
毒男はハート型の「不審物」に包装紙の上からかじりついてムシャムシャ食べている。
すまない、毒男……言うしかないんだ。
「毒男。俺は誓いを破る」
「……なんだと」
「俺はお前を裏切る」
「なんだと!!まさかおまえ……」
「俺は、おまえの想い出の中にだけいる男。 俺は、おまえの少年の日の心の中にいた青春の幻影」
「そんな……稔!!待ってくれ、稔!!」
「毒男!」
「稔! 稔! ミノルゥ~ゥ! ミノル~! ミノルゥ~ゥ! ミノルゥ~!」
今、万感の思いを込めて汽笛が鳴る。
今、挽回の思いを込めて汽車がゆく。
一つの旅が終わり、また新しい旅立ちが始まる……。


家庭科室では男女別に班が分けられている。
女子の列の机からはお菓子の甘い香りが。さすがバレンタインデーだ。チョコを作ってる奴が多い。そして男子からは……中華くさい香りが。
なんでだろう。なんでジャージャー麺なんだろう。
正反対の二つの香りが鼻の中でちゃんぽん状態だ。
こんな厨房、絶対入りたくない……ひたすら包丁に身を任せることにしよう。
「くそが!!機械の体を得たらおまえなんか餌食にしてやるううううううう」
毒男のわめき声が中華とカカオの分子をふるわせて伝わり、俺の鼓膜をふるわせる。どこかのボーカロイドよろしくネギをブンブン振り回して泣きわめくのが視界の隅に見える。
「おい毒男、食べ物で遊ぶなよ」俺は言う。
「俺の心をもて遊びやがる奴が言うせりふかあああ……うわあああああん」
毒男はネギで涙を拭いているようだ。
俺の周りに、ギャラリーがおおぜい集まっている気配がする。小学校の頃から感じなれたその気配。
「こりゃ才能だわ……マジ天才」
誰かが声をあげる。包丁に視線を感じる。
────気がつくと、いつしか俺は包丁になっていた。俺はまな板になっていた。
「長ネギ、しょうが、ザーサイ、たけのこ、干ししいたけをみじんぎりにする……手早くかつ丁寧に……」
いつしか俺は「調理」そのものになっていた。
「俺」はすなわち「料理する」。「料理する」とはすなわち「俺」
人いわく、俺の料理は神業級だとか。そして俺は「そうか?」といつも語尾を上げて答える。
そして一つの言葉を思い出す。神業と思わない人間こそ神業の持ち主だと。
自分が最高であることも忘れることこそが最高の境地だと。
……すまん、少しだけうぬぼれさせてほしい。なぜなら俺の取り柄は料理と家事くらいしかないんだから……
それより次は、ネギ、ネギだ。
「おい毒男、いいかげんネギ貸せよ」
「いやだ!」
「あんまり遊んでると委員長が困るからさ」
「別に困ったっていいじゃないか?なんだ、それともおまえのチョコをもらう相手ってのは……へへ」
毒男がニヤニヤしながら委員長のほうへ行く気配がする。
「おいこら、毒男!!」
だからこいつはダメなんだ……止めないと。が、なぜか足が動けない。
……!! まな板がサザエさんのアナゴの声でしゃべってる!?
「料理人というのはなあー、仕事という戦場から敵前逃亡できないものだあー」
な……!! だから俺はシェフじゃないってまな板さん。頼むから離してくれよ。
「だめだだめだあー、そんなんだからヘタレなんだ。俺が男にしてやるうー」
男になるのはあとでいいですから。
毒男の声も飛んでくる。
「出来る端から食ってやるぜてめーのチョコをな。ばーかばーかおまえのかーちゃんでべそーあっかんべー」
……保育園児かおまえは。

急に毒男の大きな叫び声。
「げえええええええええええええええ!!!!!!」
俺はようやくまな板の悪霊から解き放たれ、委員長のほうを振り向けるようになる。
ただちに大勢の生徒が委員長のいる机の周りを遠巻きで囲んでいるのが見えた。
人を掻き分けると、その中心部に毒男が……血の泡を吹いてぐったりと倒れていた。
俺は急いで駆け寄り、王大人死亡確認。
はっと、机の上を見る。そこには……

鍋の中に、味噌汁だ。
ああ、味噌汁だ。
それも、具としてチョコを使った……。
「チョコ味噌汁だ」
俺は鼻をつまむ。朝、姉さんが作ってたやつだ……。
まさか……委員長と姉さんって、似たもの同士なのかよ? 
しかし姉さんは冷蔵庫で冷やした冷たい味噌汁に入れたのに対し、委員長は火のついたコンロに鍋を乗せて熱々のチョコ味噌汁を作ろうとしている。そのせいでどんどんチョコが溶けて異様な流れを鍋の中に形成している。ドロドロに溶けたカカオが味噌と混じって、あやしげな何かが鍋から立ちのぼっている。おまけに豆腐もわかめもインサイド。
……姉さんのとは違う。ほっ。
いや、ほっとしてられるか。
「あの、オリジナルのチョコを作ろうとし」
慌ててる委員長を途中でさえぎる。
「これの正しい作り方を俺は知ってる」
「本当ですか、教えてください!」
委員長の目が真剣になる。その手にはどこにあったのかノートとペンが。
「いや、それはできない。委員長、まずは基礎だよ……」
「家で何度も挑戦して、できるかもって思ったんで……」
「誰かに見てもらった? 味見してもらった?」
「いえ……自分だけの力でやらなければと思って……ただのチョコだと、ダメなような気がしまして……」」
ああ、料理の初心者がよく陥る罠だ。まじめな努力人間ほどはまりやすい。基本がよく身についていないのに気持ちだけ先走って最初からオリジナルレシピへいってしまう。こんな代物は姉さんくらいしかつくれないというのに……。
肩をすぼめてしゅんとなる委員長。
「まだチョコが残っていて助かった。作り直そう」
俺はチョコ味噌汁をさっさと排水口へ捨てる。ステンレスの部分があざやかなこげ茶に染まる。
「ああ、私の愛情が……せっかくこめたのに」
「愛情ってのは、伝わらなければ意味がないものだよ。まずはちゃんと現物ができてから愛情をこめないと食べてくれる人が困……」
……ん?愛情?
心臓がどきりとする
「……いや、ただのチョコでも、大丈夫だよ」
……委員長の作ってるのって、俺にくれるためのチョコ
「普通のチョコでも、愛情がこもっていれば、……大丈夫、だよ……」
愛情……
愛じょう……
愛じ……
……愛
「愛」という言葉に一気に顔が紅潮する俺。
「じゃ、じゃあ、俺が、普通のチョコの作り方を教えるから……その」
「はい。教えてください」
委員長は俺を見つめた。
……胸がバクバクする。
全身の血管がヤバイくらい開ききる。
顔が、熱い……。
チョコ味噌汁を捨てたのでギャラリーは減った。でも残ったギャラリーがどうも俺たちを見てヒソヒソしている気がする。
「生チョコをこうして溶かして……」
「はい」
ん?やけに声が近い。
気がついたら委員長は俺のすぐ横に立っていた。ひでぶ!!
「こ、こここれくらいあたためて……ああ、あ、あ、あとはかきまぜれば……」
声が震える。ああ情けねえつーか童貞丸出しじゃねーか。
「おっぱい、三つ編みおっぱいが稔のそばに!」
その声に!と顔を上げる。長岡がこちらに接近中だ。よくみりゃ俺のすぐそばに委員長の胸のふくらみも接近している。あべし!!
俺はさっと一歩委員長からはなれる。
「委員長。これ以上俺が作ったら、委員長じゃなく俺の作ったチョコになっちゃうから。あとは初心者でもできることばかりだから」
もっと身体をはなす。しかし
「はい。わかりました。ありがとうございます」
委員長はネコのようにトコトコと俺のそばに寄ってきて、実にけなげそうな笑顔を俺に向けた。
「頑張ります!」
……たわば!!!!!
俺は脳細胞が焼ききれそうな感覚に包まれながら、ブースターでもついてるかのような速さで自分の席へ戻った。
ふう……それにしても毒男が気絶してて良かった。


───昼休み
屋上は小春日和でかなりぬくもっている。青空に白い刷毛のような雲が映画のエンドロールのように動いている。
そして俺の手には、一枚のチョコが握らされていた。
「どうぞ、藤宮君」
冷たいはずの冬の風が、温かい。セロテープが目立つ包装紙を通して固い感触が伝わる。
……これが、バレンタインのチョコか。
ちょっとゴツゴツした感じだな。これが、既製品とは違う手作りというものか。フィクションとはやはり違うな……
「あのあと、少しだけ突っかかりましたけど、なんとか思い通りにできたと思います」
「ありがとう。それじゃ、いただきます」
俺は包装のセロテープを丁寧にはがした。このセロテープのいかにも素人っぽい貼り方が、コンビニやらで売っているチョコのシールとはちがうな。
まもなく、中から四角いチョコが現れた。……微妙に色むらが……。
均質に素材が混ざっていない証拠だ。だが今の俺はその色むらに感動している。
「いつものお礼としてです」
……その言葉で、ややクールダウン。
そうだよな……まだそこまではいってないよな。
つーことは、一応これは義理チョコってことになるのか?
義理チョコで、手作り?
鼻先にうまそうなカカオの香りと冬の風が吹き抜ける。うれしいのかうれしくないのか……わからん。
俺はとりあえずチョコレートをかじった。
「…………」
ううん、……
……なるほど、わからん味だ……
委員長はいつものように優しそうなままだが、わき目も振らず俺のほうを見続けている。
何度も何度も噛んで、舌に乗せて、……見合う言葉を捜す。
「まったりとせず、それでいてしつこくて……ううん、この舌触りが退廃的な……」
俺が言うと、委員長はまた落ち込んだようになる。
「そうですか……はあ」
「いや、これはこれで、一つの個性的な……」
「いえ、気を使わなくていいですよ。どうもまた基本からやり直さないといけませんね。努力したんですけど……なかなかうまくいかなくて」
「正直言って努力の方向性が間違ってるのかもしれないな。まだオリジナルの味にこだわってるとか」
「カップラーメンなら私、上手にできるんですけどね」
いや、それは誰でもできるだろ……と突っ込みかけると
「私の入れたカップラーメンはみんなうまいうまいって言ってくれるんですよ。おかしいですよね。マニュアル通りにやってるだけなのに」
はた、と考えた。
うーん、たしかに、カップラーメンといえども、味が変わってくるかもしれない。
容器内の微妙な温度の差や水の水質、かやくの配置、粉スープの盛り方などが美味しさに関係してくるかもしれないな。
「今度、よければ……食わせてくれよ」
俺の眼差しに料理人の目つきが混じる。
「でも……そんなものを作っても」
「いやいいよ。料理は……その、あ、愛情じゃない?」
「私、ちゃんとした料理を作れるようになりたいです。藤宮君が言ったみたいに、まずはちゃんと現物ができてから愛情をこめないと食べる人が困ります」
また真剣なまなざしになる委員長に俺はたじろぐ。
「じゃ、こんどちゃんとした料理を教えてあげるよ。その代わり(キラン!)……そのカップラーメンの作り方をぜひ」
「ええ、ありがとう藤宮君」
委員長が即答すると同時に昼休み終了のチャイムが鳴りひびいた。
「早く教室に行きましょう。授業が始まります」
そのまま委員長は階段へ走っていった。


本日の授業が終わった───
なにやら教室は二分されているようである。特に男たちから……。
ニヤニヤを押さえきれない奴。落ち込む奴。最初から気にしてないと逃避しながら実は気にしまくって結局もらえない奴。まるで食物連鎖のピラミッドだな。
「かつて釈迦は言った『女なんぞクソの詰まった袋だ』」
俺の席の横に立って毒男は声を張り上げた。
「人生なんぞたかが80年だ。行く川の流れのごとく過ぎ去っていくのさ。あの世にチョコが持っていけるか?」
さらに長岡もなんか言いたそうである。
「俺の前に道はない。俺の後ろに道は出来る。ああ自然よおっぱいよ。俺を一人立ちさせた広大なおっぱいよ。俺から目を離さないで守る事をせよ。常におっぱいの気魄を俺に充たせよ。この遠い童貞のため。この遠い童貞のため」
ガシ!!
二人は熱いタッグを組む。
ああ。毒男よ。
長岡よ。
仏のように悟った目でクラスメートたちを見つめる凡夫どもよ。
釈迦は超ヤリチンで四六時中女に囲まれてちゃんと脱童貞して結婚して子供まで生んだそうだぞ。
今年の俺は……義理か本命かさっぱりわからんチョコレートが制服のポケットの中に入っている。
食物連鎖で言えば、……ゾウかな? 草食だけど肉食動物にはやられない程度。
ポケットの中のチョコの感覚を確かめていると
───いきなり
「そう。あの世にチョコは持っていけませんよね?」
一瞬だれの言葉かと思いふり向く。
……委員長が俺の横に立っていた。
「綺麗なチョコもこの世だけのもの。もらえないからといってなぜ落ち込むのです?」
俺ははっとなった。この妙に冷めた声。
「なぜ落ち込むのです?」
毒男と長岡は何を言ったらいいのかわからないという顔でしんとなった。
「……う、うん。まあ、はかないよな」
微妙な空気に大人しくなる二人。
「そう、命ってのは、とてもはかないんですよね。藤宮君」
まもなく委員長はいつもの優しい笑顔に戻る。
俺に顔を向け、にっこりと笑う。
「……だから藤宮君、どうか全部食べてくださいね」
委員長は、そのままいつものおしとやかな足取りで教室を出て行った。
「空気嫁、委員長……」とブツブツつぶやく毒男。

……この委員長はなんだろう?
たしかに言っている真実だけど、冷めている。
なにか別世界の住人のような、なんというか、一言で言えば、怖い……。
何があったんだろう、委員長に。
何が……。


入れ替わりで入ってくる影。
白水だった。
「そのチョコは……!」
「委員長から貰った……」
「ゆゆゆ、許せませんわ……!」
白水は顔を紅潮させ、今にも飛びかかりそうな目になる。
「し、白水。まてまて!!は、半分あげるからさ」
俺はチョコをパキンと半分に割って差し出す。
そのとき、白水の動きが止まる。
「藤宮」
「なんだよ。あげるって言ってるだろ」
「このチョコ、百合は藤宮が全部食べてといわなかった?」
「言ったけど、でも……」
「藤宮が全部食べるべきよ」
「え、で、でもさ……」
「食べなさい。これは、藤宮と百合との約束よ」
まだ渋る俺の口に、白水はチョコを強引に突っ込んだ。
「もがががあがあ」
「全部食べなさい。かけらも残さず」
「の、のどに詰まるだろ」
「いい、藤宮。何があっても百合の味方でいられる?」
「何があってもって……」
「百合を裏切らない?」

(選択肢)
1「間違っていたら正すべきじゃないか」
2「当然裏切るわけないだろ」


「間違っていたら正すべきじゃないか」
「ふーん、……そう」
怒りに満ちた目をした白水はさらにチョコを俺の口の中にグイッと押し込む。
「もがががが」
「とりあえずこのチョコは絶対全部食べなさい」
「わかったよ……だから突っ込むのはやめてくれ」
白水は手を離し、俺は普通にチョコをパクパク食べる。
全部食べ終わるのを見通して、白水は教室を出て行った。


「う、裏切らないって……あたりまえだろ」
「ウソはつかない?」
「つかないよ」
「そう。よかった……とりあえずこのチョコは絶対全部食べなさい」
「わかったよ……だから突っ込むのはやめてくれ」
白水は手を離し、俺は普通にチョコをパクパク食べる。
全部食べ終わるのを見通して、白水は教室を出て行った。

帰ったら伊万里が家じゅうを鼻血まみれにして倒れていた。
「起きろ。きれいに掃除しろよ。あと学校は無断欠席はよくないぜ」
ああ、なんて俺は優しいんだろう。
そして、たぶん今日のおやつもチョコだ。一緒に処理しようぜ、伊万里。

───その日の晩飯も、チョコシチューとチョコカレーだった……
夜の夢のなかで、俺はチョコベッドにしばりつけられて姉さんに犯された。
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