「委員長の日常 2」(2008/09/25 (木) 21:34:45) の最新版変更点
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**委員長の日常 2
ようやく放課後になった。
昼の日差しがある時はそれなりに温かく感じるのに、この時間になると一気に冷え込む。
そのせいか、やはりこの時期は放課後の校舎に残る生徒はいない。
授業が終わるとみんなさっさと帰るか、部活に行くかして、校舎の中はしんと静まりかえっていた。
「俺も帰ろう……」
鞄を持って廊下に出る。
西日が差し込んで、何とも綺麗だった。
ぼんやりと窓の外を見ながら昇降口に向かう途中、中庭を挟んだ向こうの校舎の廊下に、人影が見えた。
「あれ? 委員長?」
委員長だった。
こんな時間、と言うほど遅い時間ではないが、委員長が部活に入っているという話は聞いたことがない。
いったいどこに行くのだろうか。
何となく気になって、廊下を走って向かいの校舎に急ぐ。
委員長が、図書室の扉を開けるのが見えた。
「なるほど、図書室か」
そういえば委員長は読書が大好きだと言っていた。
ひょっとしたら放課後はここで本を読んでいるのかもしれない。
普段開けることのない扉を開ける。
書棚がびっしりと並んだ、あまり広いとは言えない部屋。
窓際には長方形の置き机が一つ。
本を読む人が座るスペースのようだが、誰も座っている人は居なかった。
「あれ……? 委員長、どこに居るんだ?」
「藤宮君?」
思いのほか近くから声をかけられた。
入り口から入ってすぐのカウンターに、委員長は座っていた。
「珍しい……というより初めてですね。藤宮君が図書室に来るなんて」
そう言って微笑みかけてくる委員長は、両手で抱えるようにして本を持ち、カウンターに積み上げている。
やはりこうしてみると、委員長には本が似合っているような気がした。
眼鏡のせい……いや、関係はないか。
「え、まあ、そうだな。図書室に来るのは初めてだけど……というか委員長、何してるの?」
「図書委員の仕事ですよ」
「え? 委員長、図書委員もやってたっけ?」
「いえ、違いますよ。学級委員と他の委員会を兼ねることは、やめるようにと言われてますし」
「じゃあ何で図書委員の仕事を……」
「代わっていただきました」
「代わって……? 頼まれたんじゃなくて?」
委員長は笑って首を横に振る。
「違います。本に触れるのは好きなので、私からわがままを言わせてもらいました」
そう言いながら、何冊か本を重ねて持ち、書棚へと歩く。
どうやら本の整理をしている最中のようだった。
「何か手伝おうか?」
「いえ、いいですよ」
「……遠慮とかしてたりする?」
「遠慮と言いますか……」
委員長は、いつもの困った微笑で俺を見た。
「慣れてない方に手伝ってもらっても、効率が落ちるだけですから……」
「う……ご、ごめん」
「いえ……それに、私、この仕事は本当に好きなんですよ」
委員長は古びた表紙の本を一冊一冊丁寧に書棚に入れていく。
本当に本が大好きなんだとわかった。
委員長の邪魔をしても悪いので、閲覧者席に座って待つことにした。
古い紙と、書棚の木の匂い。
図書室には独特の空気がある。
夕日の光に、空気中を舞う小さなほこりがキラキラと光るのが見えた。
「委員長は……どうして本が好きなんだ?」
「どうしてと言われると困るのですが……」
そうですね、と考え込む委員長。
「やっぱり、自分の知らないことを知ることができるからでしょうね」
「知識が増えるってこと?」
「知識もそうですが、経験もそうですね。色々な人たちの色々な物語は、私が普段生きている中では絶対に経験し得ないものだと思うんです」
「ん……まあ、そうか」
「本を読むと、それを経験することができる。自分のたどれない人生を空想の中でたどることができる。それが私にとってはとても貴重なことなんです」
「なるほどなあ……たまに読んでも、単なる娯楽としかとらえてなかったけど、そういう考え方もあるか。深いなあ」
「いえ、結局は楽しむのが一番ですから。私は少し必死になり過ぎているところがあるかもしれません」
照れたように委員長は笑った。
ちょっとだけ、頬が赤くなっているのがわかった。
「委員長は、どんな話が好きなんだ?」
「そうですね……陰鬱な話にはあまり面白味は感じませんね。明るい話、勇気溢れる話……それに、基本的にハッピーエンドが好きです」
「なるほど」
やっぱり、今度機会があったら本をプレゼントしてみることにしよう。
本の整理はすぐに終わったようで、委員長はカウンターに座って本を読み始めた。
さすがに読むのを邪魔しては悪いので、声はかけずにおく。
読んでいるのがどんな本なのか、背表紙の字がかすんでいるせいで読み取れない。
ただ、今の委員長の温かな表情と、先ほどの好みの話しからすると、ほのぼのとした類ものなのだろう。
「自分のたどれない人生を、か……」
ふと、心に引っかかった。
陰鬱な話は嫌いだと言った委員長。
明るい話、勇気溢れる話、そしてハッピーエンドが好きだと言った委員長は、自分のたどっている人生をどう考えているんだろう。
「委員長、あのさ……」
「はい?」
「今日は……楽しかった?」
「何がですか?」
「今日一日振り返って、どうだったかなって」
「……どうでしょう。藤宮君はどうでしたか?」
「俺か……俺は、楽しかったと思う。いつもとあまり変わらない一日だったけど」
「私も、それなりに楽しい一日でしたよ」
「そっか」
何を気にしているんだろう。
委員長は、いつも笑顔で俺の言葉に応じてくれる。
今だって俺の質問に笑顔で答えてくれた。
考えたくはない。
俺にとっては穏やかで楽しい、委員長と一緒に過ごしているこの時間が、委員長にとっては違うものだなんて。
「どうしました?」
「いや、何でもないよ」
その日は珍しく俺も本を読んだ。
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**委員長の日常 2
ようやく放課後になった。
昼の日差しがある時はそれなりに温かく感じるのに、この時間になると一気に冷え込む。
そのせいか、やはりこの時期は放課後の校舎に残る生徒はいない。
授業が終わるとみんなさっさと帰るか、部活に行くかして、校舎の中はしんと静まりかえっていた。
「俺も帰ろう……」
鞄を持って廊下に出る。
西日が差し込んで、何とも綺麗だった。
ぼんやりと窓の外を見ながら昇降口に向かう途中、中庭を挟んだ向こうの校舎の廊下に、人影が見えた。
「あれ? 委員長?」
委員長だった。
こんな時間、と言うほど遅い時間ではないが、委員長が部活に入っているという話は聞いたことがない。
いったいどこに行くのだろうか。
何となく気になって、廊下を走って向かいの校舎に急ぐ。
委員長が、図書室の扉を開けるのが見えた。
「なるほど、図書室か」
そういえば委員長は読書が大好きだと言っていた。
ひょっとしたら放課後はここで本を読んでいるのかもしれない。
普段開けることのない扉を開ける。
書棚がびっしりと並んだ、あまり広いとは言えない部屋。
窓際には長方形の置き机が一つ。
本を読む人が座るスペースのようだが、誰も座っている人は居なかった。
「あれ……? 委員長、どこに居るんだ?」
「藤宮君?」
思いのほか近くから声をかけられた。
入り口から入ってすぐのカウンターに、委員長は座っていた。
「珍しい……というより初めてですね。藤宮君が図書室に来るなんて」
そう言って微笑みかけてくる委員長は、両手で抱えるようにして本を持ち、カウンターに積み上げている。
やはりこうしてみると、委員長には本が似合っているような気がした。
眼鏡のせい……いや、関係はないか。
「え、まあ、そうだな。図書室に来るのは初めてだけど……というか委員長、何してるの?」
「図書委員の仕事ですよ」
「え? 委員長、図書委員もやってたっけ?」
「いえ、違いますよ。学級委員と他の委員会を兼ねることは、やめるようにと言われてますし」
「じゃあ何で図書委員の仕事を……」
「代わっていただきました」
「代わって……? 頼まれたんじゃなくて?」
委員長は笑って首を横に振る。
「違います。本に触れるのは好きなので、私からわがままを言わせてもらいました」
そう言いながら、何冊か本を重ねて持ち、書棚へと歩く。
どうやら本の整理をしている最中のようだった。
「何か手伝おうか?」
「いえ、いいですよ」
「……遠慮とかしてたりする?」
「遠慮と言いますか……」
委員長は、いつもの困った微笑で俺を見た。
「慣れてない方に手伝ってもらっても、効率が落ちるだけですから……」
「う……ご、ごめん」
「いえ……それに、私、この仕事は本当に好きなんですよ」
委員長は古びた表紙の本を一冊一冊丁寧に書棚に入れていく。
本当に本が大好きなんだとわかった。
委員長の邪魔をしても悪いので、閲覧者席に座って待つことにした。
古い紙と、書棚の木の匂い。
図書室には独特の空気がある。
夕日の光に、空気中を舞う小さなほこりがキラキラと光るのが見えた。
「委員長は……どうして本が好きなんだ?」
「どうしてと言われると困るのですが……」
そうですね、と考え込む委員長。
「やっぱり、自分の知らないことを知ることができるからでしょうね」
「知識が増えるってこと?」
「知識もそうですが、経験もそうですね。色々な人たちの色々な物語は、私が普段生きている中では絶対に経験し得ないものだと思うんです」
「ん……まあ、そうか」
「本を読むと、それを経験することができる。自分のたどれない人生を空想の中でたどることができる。それが私にとってはとても貴重なことなんです」
「なるほどなあ……たまに読んでも、単なる娯楽としかとらえてなかったけど、そういう考え方もあるか。深いなあ」
「いえ、結局は楽しむのが一番ですから。私は少し必死になり過ぎているところがあるかもしれません」
照れたように委員長は笑った。
ちょっとだけ、頬が赤くなっているのがわかった。
「委員長は、どんな話が好きなんだ?」
「そうですね……陰鬱な話にはあまり面白味は感じませんね。明るい話、勇気溢れる話……それに、基本的にハッピーエンドが好きです」
「なるほど」
やっぱり、今度機会があったら本をプレゼントしてみることにしよう。
本の整理はすぐに終わったようで、委員長はカウンターに座って本を読み始めた。
さすがに読むのを邪魔しては悪いので、声はかけずにおく。
読んでいるのがどんな本なのか、背表紙の字がかすんでいるせいで読み取れない。
ただ、今の委員長の温かな表情と、先ほどの好みの話しからすると、ほのぼのとした類ものなのだろう。
「自分のたどれない人生を、か……」
ふと、心に引っかかった。
陰鬱な話は嫌いだと言った委員長。
明るい話、勇気溢れる話、そしてハッピーエンドが好きだと言った委員長は、自分のたどっている人生をどう考えているんだろう。
「委員長、あのさ……」
「はい?」
「今日は……楽しかった?」
「何がですか?」
「今日一日振り返って、どうだったかなって」
「……どうでしょう。藤宮君はどうでしたか?」
「俺か……俺は、楽しかったと思う。いつもとあまり変わらない一日だったけど」
「私も、それなりに楽しい一日でしたよ」
「そっか」
何を気にしているんだろう。
委員長は、いつも笑顔で俺の言葉に応じてくれる。
今だって俺の質問に笑顔で答えてくれた。
考えたくはない。
俺にとっては穏やかで楽しい、委員長と一緒に過ごしているこの時間が、委員長にとっては違うものだなんて。
「どうしました?」
「いや、何でもないよ」
その日は珍しく俺も本を読んだ。
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