「藤宮ミノルの憂鬱」(2008/09/27 (土) 17:05:54) の最新版変更点
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前話[[ぼくの夏休み>ぼくの夏休み]]
**「藤宮ミノルの憂鬱」
―次の日―
夏の朝方に、エンジンがかかるなんて珍しいことじゃない。
新聞配達のバイクのエンジンがかかる頃なんだろうけどそっちじゃなく、俺の体のエンジンがって意味ね。
稔 「…それぐらいアッチが元気なんじゃなくて、単純に寝苦しいんだよ」
とにかく暑い。
いつだったかこの暑さで目覚めてしまい、数時間悶え、寝ぼけ眼で窓を開けたままクーラーをつけてしまった。
省エネが叫ばれる昨今でね。
朝、それに気付いた姉に寝起きでどやされてから、ちょっとしたトラウマ。
それ以来、クーラーは封印し夜に窓は開けっ放し。
稔 「…」
稔 「伊万里まだ起きてんのな」
隣の家から光が漏れてる。
まだ起きてるか電気つけっぱなしで寝てるか。
たぶん…前者。
稔 「…明日があるっていうのにまーだ遊んでのかねあいつは」
そう、日付が変わって今日も勉強会なのだ。
…。
稔 「よし、今日はばっちりやるぞ!」
伊万里「うん!今日は昨日より早めだね」
時間は朝の9時。
昨日はあのあとすぐ解散したけど、やっぱり遅れが気になった俺は遅れを取り戻したい、と早めの勉強会を提案した。
稔 「それよりお前ちょっと疲れてねえか?」
伊万里「そ、そんなことないけど?」
稔 「昼はもう勉強するって決まってんだから早めに寝ろよ?」
伊万里「あはは…」
朝方のことについて触れたつもりはないし、たぶん伊万里もそうは思ってない。
稔 「じゃあ俺は昨日の理科の続き、伊万里は時間のかかりそうな英語をやっててくれ!」
伊万里「ラジャー!」
稔 「眠くなるから昼メシは軽めに、飲み物は飲みすぎない、能率を考えて疲れたらちょっとでも休むこと!が今日の生活目標な」
伊万里「オッス!」
稔 「あとな、伊万里」
伊万里「?」
稔 「俺が寝たら起こしてくれな」
伊万里「え、あ…うん、がんばってみる」
稔 「あのな、がんばるじゃなくてちゃんと起こしてくれよ」
伊万里「う、うん」
寝ればスッキリするけど、起きた時に伊万里だけ宿題が終わってたという寝ざめの悪さと言ったら形容しがたい。
……。
…。
―午後1時―
稔 「ぐう…」
伊万里「もう、みのりんまた寝ちゃってる…」
稔 「ん…」
伊万里「でもかわいいなー…昔よくみのりんとお昼寝したっけ…懐かしいなー…」
稔 「んあ…」
伊万里「起こせって言われてたっけ。でも起こすのもったいないなぁ…」
伊万里「あ、いいこと思いついた! 写メ撮っちゃお」
カシャッ
伊万里「よし、起きて、みのりーん」
ゆさゆさ
稔 「おお伊万里よ…くあ……ふあーあ、おはよ」
伊万里「おはよ」
稔 「あ!!やべ、俺また寝ちゃってたみたいだなー」
○び太くんじゃないけど、俺は即寝の才能でもあるのかね。
伊万里「でも今日はちゃんと起こしたよ?」
稔 「うん、よしよし偉いぞ」
伊万里「えへへ」
寝た俺が褒めてどーするんだ。
稔 「で、どこまで終わらせたんだ?」
言わずもがな、俺の寝ている間に宿題をどこまでやったか、ってこと。
サボった俺が言うのは大変失礼だが、結構進んでないかなー、なんて期待してる俺がいたりする。
伊万里「まだ半分も行ってないよ。なかなか終わんなくって。みのりんは?」
稔 「え!?俺は確か…半分とちょっとだ……多く見積もって」
伊万里「そっか。じゃあ今日は進めるだけ進もっか」
作業容量的には伊万里のが断然上なのに、それを鼻にかけないというか俺を責めないあたりが伊万里の良いところなんだろう。
それが伊万里の優しさでも、俺に与えられたのは罪悪感だけ。
稔 「ま、まあノルマ一週間だから別にそんなに急がなくてもいいしな」
そんなことで取り繕ったつもりの俺が大変惨めでしたとさ。
ああ、情けない。
伊万里「うん、でも早く遊びたいからがんばろうね?」
稔 「ああ」
伊万里「もうお昼だし今日はボクが何か作るよ」
稔 「いやいやすまないねえ」
バタン
稔 「まったく、がんばるなあアイツも」
遊びたい気持ちってのはここまで人を動かすのだろうか。
いや、伊万里ちゃんは昔から頑張り屋さんだからなあ。
稔 「…ん? これあいつの理科の宿題じゃんか」
稔 「…。」
稔 「……なんだよこれ」
伊万里「夏と言えばそうめんでーす!」
稔 「…ああ」
伊万里「と言いたいけど、コレはひやむぎでーす!天かすとか海苔とかもあるから一緒に食べてよ?」
稔 「…ああ」
伊万里「氷が無くなったら持ってくるから言ってね!」
稔 「…。」
伊万里「どしたの?みのりんってひやむぎ嫌いだったっけ?」
稔 「いや…お前さ…」
これを聞かないとメシがまずくて食えたもんじゃない。
伊万里「あ、七味唐辛子だね、待っててすぐ持ってくるから!」
稔 「待てよっ!」
ガシッ!!
思いっきりつかんだ右手。
たぶん痛い。けど伊万里はそれを痛がりもしない。
伊万里「え?え?どったの?しょうがとかワサビのがいい?」
今の気分じゃどんな調味料でもメシを美味くすることなんてできなくて。
稔 「さっきお前の理科の宿題見た」
伊万里「あー」
稔 「なんで理科の宿題やってあるんだよ……」
まだ途中だけど、伊万里のそれは俺よりちょっと進んでいた。
伊万里「あはは、見ちゃったんだ」
稔 「まだ俺、お前に宿題見せてねえよな」
伊万里「えっとね、それはね」
稔 「俺が理科の宿題すら終わらせるわけねえと思ってたのかよ、それで自分で進めてたんだろ?」
伊万里「え?ちがっ…」
稔 「お前、半端に優しいからな。俺が終わんなくても自分でやって、終わらなかった俺のことフォローしてくれるつもりだったんだろ?」
伊万里は優しい。それは俺が一番よく知っている。
けど、時にそれは人を傷つけたりして。
伊万里「違うってばみのりんっ!!」
幼なじみの必死の訴えにも耳を貸さない。
いや、貸せない。
伊万里の言葉を聞いたらきっと伊万里を許してしまう。
だからこれは、俺の惨めだけど譲れない意地。
稔 「お前、俺をそういう目で見てたんだな…、でも俺だってやるって決めたらやる男なんだよ。お前なら分かってくれてると思ってた」
伊万里「みのりん!!」
稔 「…帰るわ。悪いな、そうめん…じゃなくてひやむぎか。なんか食う気しねえから」
伊万里「ねえ聞いてってばみのりん!」
バタン…
伊万里「みのりん…」
……。
…。
俺、藤宮稔は、2×世紀始まって以来の悪童として知られ、悪そうな奴らはみんな友達。
タバコ・酒・ギャンブルはもちろん、深夜のコンビニでたむろしたり、落とし穴を掘ってみたり悪い事ならなんでもしてきた。
伊万里「ねえ聞いてよみのりん!」
…っていうのはほとんどウソで、通知表を覗けば成績も運動も普通。
真面目でも不真面目でもないごく一般的な人間として認知されてきた…はず。
伊万里「ねーねー!あ、おいしいお菓子用意してるよー!」
まあつまりは波乱もなくごく平凡な日常を送っていたわけで、とりわけ目立たない人間だと言っていい。
長所もなく短所もない。
伊万里「みみみみのりーん♪みみみみのりーん♪つおくて優しい子~」
だがそのくせプライドだけは高くて、幼なじみの前では常に強気で…
伊万里「その名は~み~の~り~ん」
稔 「…。」
伊万里「みろりーん♪」
ガラガラッ
稔 「いいかげん近所迷惑なんだよお前は!」
伊万里「あ、みのりんだ」
稔 「呼んだくせに“あ、みのりんだ”じゃねえの!」
どういうシチュエーションかっていうと、俺の隣の家がこの小金沢さんの家。
で、俺の部屋の窓を開けるとすぐ伊万里の部屋。
なもんで、窓越しだろうが声をかけると普通に聞こえてしまう。
稔 「さっきからおま、1時間ずっとこんなんだろ!?」
俺が伊万里の部屋を出て行ってからずっと伊万里の呼び声が聞こえていた。
伊万里「だってみのりんがお話聞いてくれないんだもん」
稔 「俺だって俺の時間が欲しいの!」
伊万里「そんなのカンケーないもん」
…どうやら隣の家の幼なじみは俺を感傷に浸らせてくれないらしい。
稔 「あのなあ、クーラーをつけたがらない俺がクーラーつけず窓を閉め切ってんの!このクソ暑い中で!なんでか分かる!?」
伊万里「ボクがうるさいから?」
稔 「大正解っ! …じゃなくて分かってんならやめろよ!」
伊万里「もういいから話を聞いてよみのりーん」
稔 「ふん、聞きたくないね!」
伊万里「みーのりーん」
稔 「…。」
俺とこいつは十数年来の付き合いで。
伊万里「みのりーん…ぐすっ…」
稔 「…うぅ」
もちろん泣き脅せば聞いてくれるだろうとか知ってるわけで。
伊万里「ねえ、みのりーん…」
稔 「お、俺だってお前を信じてたんだ!十数年の付き合いで、毎日のように顔を合わせてもう家族ぐらいに思ってたってのに、なのにお前は…」
伊万里「みのりん…」
稔 「お前が一人で宿題やってたって知ったときはどれだけ惨めだったか…!胸が張り裂けそうだったさ!俺はこうも信用されてないのかと!」
伊万里「だーかーらーみのりーん…」
稔 「ははは…お前昨日夜遅くまで起きてたよな?あれ、宿題やってたんだよな?俺のために。なのに俺は“早く寝ろよ”なんて言ってよ」
伊万里「だから勘違いだってば!」
稔 「なにが勘違いなんだよ!」
伊万里「ボクが単に嫌だったの!」
稔 「なにがだ!?俺と一緒に宿題をやるのがか!?だったら先に言ってくれよ!」
伊万里「ちゃんと自分の力で宿題やりたかったの!ぜんぶ!だから1人で進めてたの!」
稔 「は?」
そういえば最初になんか言ってたような…
“いいのかなあ。そんなんじゃ力つかないよ?”とか…
伊万里「みのりんはボクの宿題を見てもいいけど、ボクはボクの力でやり遂げたかったの!…もともと1人でやるものだし」
稔 「う……だ…だってお前…今さら…そんなの信用できるかよ」
伊万里「あー!みのりんこそボクを信用してくんないじゃん!」
稔 「いやだってお前さっきひとことも言わなかっただろ!」
伊万里「みのりんはちょっとでも聞いてくれようとした!?」
稔 「伊万里は聞いてほしいって態度だったか!?」
ガチャッ
ひめ 「みのるくん」
稔 「ね、姉ちゃん?」
ひめ 「仲、良さそうだね」
稔 「え?」
バタンッ
伊万里「みのりんなんていじけてただけじゃん!人の話も聞かずにうじうじしてさ!」
稔 「…。」
伊万里「ちょっとお、聞いてんのみのりん!?」
稔 「…。」
結局、醜い痴話喧嘩は全面的に俺が悪かった、ということで解決した。
俺の、行き場のない苦悶と葛藤とわだかまりを残したまま。
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**「藤宮ミノルの憂鬱」
―次の日―
夏の朝方に、エンジンがかかるなんて珍しいことじゃない。
新聞配達のバイクのエンジンがかかる頃なんだろうけどそっちじゃなく、俺の体のエンジンがって意味ね。
稔 「…それぐらいアッチが元気なんじゃなくて、単純に寝苦しいんだよ」
とにかく暑い。
いつだったかこの暑さで目覚めてしまい、数時間悶え、寝ぼけ眼で窓を開けたままクーラーをつけてしまった。
省エネが叫ばれる昨今でね。
朝、それに気付いた姉に寝起きでどやされてから、ちょっとしたトラウマ。
それ以来、クーラーは封印し夜に窓は開けっ放し。
稔 「…」
稔 「伊万里まだ起きてんのな」
隣の家から光が漏れてる。
まだ起きてるか電気つけっぱなしで寝てるか。
たぶん…前者。
稔 「…明日があるっていうのにまーだ遊んでのかねあいつは」
そう、日付が変わって今日も勉強会なのだ。
…。
稔 「よし、今日はばっちりやるぞ!」
伊万里「うん!今日は昨日より早めだね」
時間は朝の9時。
昨日はあのあとすぐ解散したけど、やっぱり遅れが気になった俺は遅れを取り戻したい、と早めの勉強会を提案した。
稔 「それよりお前ちょっと疲れてねえか?」
伊万里「そ、そんなことないけど?」
稔 「昼はもう勉強するって決まってんだから早めに寝ろよ?」
伊万里「あはは…」
朝方のことについて触れたつもりはないし、たぶん伊万里もそうは思ってない。
稔 「じゃあ俺は昨日の理科の続き、伊万里は時間のかかりそうな英語をやっててくれ!」
伊万里「ラジャー!」
稔 「眠くなるから昼メシは軽めに、飲み物は飲みすぎない、能率を考えて疲れたらちょっとでも休むこと!が今日の生活目標な」
伊万里「オッス!」
稔 「あとな、伊万里」
伊万里「?」
稔 「俺が寝たら起こしてくれな」
伊万里「え、あ…うん、がんばってみる」
稔 「あのな、がんばるじゃなくてちゃんと起こしてくれよ」
伊万里「う、うん」
寝ればスッキリするけど、起きた時に伊万里だけ宿題が終わってたという寝ざめの悪さと言ったら形容しがたい。
……。
…。
―午後1時―
稔 「ぐう…」
伊万里「もう、みのりんまた寝ちゃってる…」
稔 「ん…」
伊万里「でもかわいいなー…昔よくみのりんとお昼寝したっけ…懐かしいなー…」
稔 「んあ…」
伊万里「起こせって言われてたっけ。でも起こすのもったいないなぁ…」
伊万里「あ、いいこと思いついた! 写メ撮っちゃお」
カシャッ
伊万里「よし、起きて、みのりーん」
ゆさゆさ
稔 「おお伊万里よ…くあ……ふあーあ、おはよ」
伊万里「おはよ」
稔 「あ!!やべ、俺また寝ちゃってたみたいだなー」
○び太くんじゃないけど、俺は即寝の才能でもあるのかね。
伊万里「でも今日はちゃんと起こしたよ?」
稔 「うん、よしよし偉いぞ」
伊万里「えへへ」
寝た俺が褒めてどーするんだ。
稔 「で、どこまで終わらせたんだ?」
言わずもがな、俺の寝ている間に宿題をどこまでやったか、ってこと。
サボった俺が言うのは大変失礼だが、結構進んでないかなー、なんて期待してる俺がいたりする。
伊万里「まだ半分も行ってないよ。なかなか終わんなくって。みのりんは?」
稔 「え!?俺は確か…半分とちょっとだ……多く見積もって」
伊万里「そっか。じゃあ今日は進めるだけ進もっか」
作業容量的には伊万里のが断然上なのに、それを鼻にかけないというか俺を責めないあたりが伊万里の良いところなんだろう。
それが伊万里の優しさでも、俺に与えられたのは罪悪感だけ。
稔 「ま、まあノルマ一週間だから別にそんなに急がなくてもいいしな」
そんなことで取り繕ったつもりの俺が大変惨めでしたとさ。
ああ、情けない。
伊万里「うん、でも早く遊びたいからがんばろうね?」
稔 「ああ」
伊万里「もうお昼だし今日はボクが何か作るよ」
稔 「いやいやすまないねえ」
バタン
稔 「まったく、がんばるなあアイツも」
遊びたい気持ちってのはここまで人を動かすのだろうか。
いや、伊万里ちゃんは昔から頑張り屋さんだからなあ。
稔 「…ん? これあいつの理科の宿題じゃんか」
稔 「…。」
稔 「……なんだよこれ」
伊万里「夏と言えばそうめんでーす!」
稔 「…ああ」
伊万里「と言いたいけど、コレはひやむぎでーす!天かすとか海苔とかもあるから一緒に食べてよ?」
稔 「…ああ」
伊万里「氷が無くなったら持ってくるから言ってね!」
稔 「…。」
伊万里「どしたの?みのりんってひやむぎ嫌いだったっけ?」
稔 「いや…お前さ…」
これを聞かないとメシがまずくて食えたもんじゃない。
伊万里「あ、七味唐辛子だね、待っててすぐ持ってくるから!」
稔 「待てよっ!」
ガシッ!!
思いっきりつかんだ右手。
たぶん痛い。けど伊万里はそれを痛がりもしない。
伊万里「え?え?どったの?しょうがとかワサビのがいい?」
今の気分じゃどんな調味料でもメシを美味くすることなんてできなくて。
稔 「さっきお前の理科の宿題見た」
伊万里「あー」
稔 「なんで理科の宿題やってあるんだよ……」
まだ途中だけど、伊万里のそれは俺よりちょっと進んでいた。
伊万里「あはは、見ちゃったんだ」
稔 「まだ俺、お前に宿題見せてねえよな」
伊万里「えっとね、それはね」
稔 「俺が理科の宿題すら終わらせるわけねえと思ってたのかよ、それで自分で進めてたんだろ?」
伊万里「え?ちがっ…」
稔 「お前、半端に優しいからな。俺が終わんなくても自分でやって、終わらなかった俺のことフォローしてくれるつもりだったんだろ?」
伊万里は優しい。それは俺が一番よく知っている。
けど、時にそれは人を傷つけたりして。
伊万里「違うってばみのりんっ!!」
幼なじみの必死の訴えにも耳を貸さない。
いや、貸せない。
伊万里の言葉を聞いたらきっと伊万里を許してしまう。
だからこれは、俺の惨めだけど譲れない意地。
稔 「お前、俺をそういう目で見てたんだな…、でも俺だってやるって決めたらやる男なんだよ。お前なら分かってくれてると思ってた」
伊万里「みのりん!!」
稔 「…帰るわ。悪いな、そうめん…じゃなくてひやむぎか。なんか食う気しねえから」
伊万里「ねえ聞いてってばみのりん!」
バタン…
伊万里「みのりん…」
……。
…。
俺、藤宮稔は、2×世紀始まって以来の悪童として知られ、悪そうな奴らはみんな友達。
タバコ・酒・ギャンブルはもちろん、深夜のコンビニでたむろしたり、落とし穴を掘ってみたり悪い事ならなんでもしてきた。
伊万里「ねえ聞いてよみのりん!」
…っていうのはほとんどウソで、通知表を覗けば成績も運動も普通。
真面目でも不真面目でもないごく一般的な人間として認知されてきた…はず。
伊万里「ねーねー!あ、おいしいお菓子用意してるよー!」
まあつまりは波乱もなくごく平凡な日常を送っていたわけで、とりわけ目立たない人間だと言っていい。
長所もなく短所もない。
伊万里「みみみみのりーん♪みみみみのりーん♪つおくて優しい子~」
だがそのくせプライドだけは高くて、幼なじみの前では常に強気で…
伊万里「その名は~み~の~り~ん」
稔 「…。」
伊万里「みろりーん♪」
ガラガラッ
稔 「いいかげん近所迷惑なんだよお前は!」
伊万里「あ、みのりんだ」
稔 「呼んだくせに“あ、みのりんだ”じゃねえの!」
どういうシチュエーションかっていうと、俺の隣の家がこの小金沢さんの家。
で、俺の部屋の窓を開けるとすぐ伊万里の部屋。
なもんで、窓越しだろうが声をかけると普通に聞こえてしまう。
稔 「さっきからおま、1時間ずっとこんなんだろ!?」
俺が伊万里の部屋を出て行ってからずっと伊万里の呼び声が聞こえていた。
伊万里「だってみのりんがお話聞いてくれないんだもん」
稔 「俺だって俺の時間が欲しいの!」
伊万里「そんなのカンケーないもん」
…どうやら隣の家の幼なじみは俺を感傷に浸らせてくれないらしい。
稔 「あのなあ、クーラーをつけたがらない俺がクーラーつけず窓を閉め切ってんの!このクソ暑い中で!なんでか分かる!?」
伊万里「ボクがうるさいから?」
稔 「大正解っ! …じゃなくて分かってんならやめろよ!」
伊万里「もういいから話を聞いてよみのりーん」
稔 「ふん、聞きたくないね!」
伊万里「みーのりーん」
稔 「…。」
俺とこいつは十数年来の付き合いで。
伊万里「みのりーん…ぐすっ…」
稔 「…うぅ」
もちろん泣き脅せば聞いてくれるだろうとか知ってるわけで。
伊万里「ねえ、みのりーん…」
稔 「お、俺だってお前を信じてたんだ!十数年の付き合いで、毎日のように顔を合わせてもう家族ぐらいに思ってたってのに、なのにお前は…」
伊万里「みのりん…」
稔 「お前が一人で宿題やってたって知ったときはどれだけ惨めだったか…!胸が張り裂けそうだったさ!俺はこうも信用されてないのかと!」
伊万里「だーかーらーみのりーん…」
稔 「ははは…お前昨日夜遅くまで起きてたよな?あれ、宿題やってたんだよな?俺のために。なのに俺は“早く寝ろよ”なんて言ってよ」
伊万里「だから勘違いだってば!」
稔 「なにが勘違いなんだよ!」
伊万里「ボクが単に嫌だったの!」
稔 「なにがだ!?俺と一緒に宿題をやるのがか!?だったら先に言ってくれよ!」
伊万里「ちゃんと自分の力で宿題やりたかったの!ぜんぶ!だから1人で進めてたの!」
稔 「は?」
そういえば最初になんか言ってたような…
“いいのかなあ。そんなんじゃ力つかないよ?”とか…
伊万里「みのりんはボクの宿題を見てもいいけど、ボクはボクの力でやり遂げたかったの!…もともと1人でやるものだし」
稔 「う……だ…だってお前…今さら…そんなの信用できるかよ」
伊万里「あー!みのりんこそボクを信用してくんないじゃん!」
稔 「いやだってお前さっきひとことも言わなかっただろ!」
伊万里「みのりんはちょっとでも聞いてくれようとした!?」
稔 「伊万里は聞いてほしいって態度だったか!?」
ガチャッ
ひめ 「みのるくん」
稔 「ね、姉ちゃん?」
ひめ 「仲、良さそうだね」
稔 「え?」
バタンッ
伊万里「みのりんなんていじけてただけじゃん!人の話も聞かずにうじうじしてさ!」
稔 「…。」
伊万里「ちょっとお、聞いてんのみのりん!?」
稔 「…。」
結局、醜い痴話喧嘩は全面的に俺が悪かった、ということで解決した。
俺の、行き場のない苦悶と葛藤とわだかまりを残したまま。
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