ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第12話

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繋 章  支配者ノ箱庭 _a_garden_


 リノリウムを打つ靴の音が、規則正しいリズムを刻み、赤羽くれはの言葉に韻を刻み込む。

「はわー。もしかしてとは思ってたけど、やっぱり出てきてたんだTISちゃん」
「ああ。俺たちが偽情報で引っかき回されてるってことを教えてくれたんだけどな……」

 歩調を合わせ、柊蓮司は回想する。

「そりゃ、ここは『学園世界』っつっても狭界だし、あいつが無関係ってことはないとは思ってたけどよ、聞いてたか? お前」
「ううん、初耳ー。校長先生も他のジジイ四天王(おじいちゃんたち)も、そんなこと一言も言ってなかったよ」
「お前もそうか……。
 と、なると。ジジイ共も知らなかったのか、それとも―――」
「知ってて隠してたのか―――」
「どっちにしたって、俺達に与えられた情報ってのもそんなに多くはないってわけだな」
「ちょっと独自で調べてみる必要があるね。
 ま、それはこっちで何とかしてみるから、柊はいつもどおり執行委員のお仕事お願いね?」
「おう。任しとけ。
 に、してもだ。エミュレイターを仲間に引き入れようなんて、ちょっと俺達の常識じゃあ測りきれねぇな」
「はわー。そうかもね。でも、侵魔って意外に話せる人らは話せるから、状況次第じゃないかな?」
「そんなもんか?」
「そんなもんだと思うよ。
 それに、もしかしたら、表界(私たち)と裏界(彼女たち)の関係も、そろそろ見直す時期に来てるのかも」
「かもしんねぇな。ま、向こうがどう思ってるか解んねぇけど―――」

 言ったところで、二人は目当てのドアに辿り着き、騒がしい病室に入って行った。


 そして―――、


 第八世界、ファー・ジ・アース。
 かつては『表界』に在り。しかし世界結界に弾かれたものたち。
 彼らの集う世界、『忘却世界』。それらをまとめ呼称する名称、即ち『狭界』。
 その狭界の中で、最大勢力である忘却世界は、その名をラビリンスシティと言った。
 嘗て金色の魔王が作り上げた、“別荘”にして“庭園”。そこには名のある魔王たちが、各々の領域を創り上げている。

 ラビリンスシティの中央にそびえる宮殿。
 かつて金色の魔王の居城であり、今は誘惑者エイミーが見出したウィザードを、玉座に戴く城。
 その城の一室で、螺旋くれた角を生やした彼女は、扉を開けるなり言い放つ。

「かくて演目は日程を消化し千秋楽へ、次の舞台に期待を乞う―――」
「………。」
「―――と、そんなところだろう?」
「………。」

 反応を返さない金の少女に半眼を向けて、彼女は呆れた口調で溜息をついた。

「あのな。目の前で会話をふった相手を無視して菓子パンを頬張るなよ」
「………。貴様相手に繰り言を応酬するのと、絶品であるこのチョココロネを賞味するのと、どちらが重要か、比べられるとでも思うてか?」
「……………。私はカカオと小麦粉以下か」

 口角をひきつらせて、螺旋くれた角の女性は部屋のソファーに身を沈める。乱暴に預けられた体重に、スプリングが軋んだ音を発てた。
 その後、少女が菓子パンを全て平らげるまで数分。指についたチョコレートを舐めとって、金色の魔王ルー・サイファーは、部屋に居座る闖入者をねめつける。

「なんだ、まだ居ったのか。
 貴様を呼んだ覚えはない、疾く去ぬが良い」
「つれないことを言うなよ、ルー・サイファー。少々訊きたいことが出来ただけなんだから」
「……。なんだ? 答えられることならば答えてやる故、早々に申せ」
「うわぁ、不承不承の御尊顔。まぁ、いいけどな。
 で? お前さ、どこまで解った?」
「“何も”だ。
 仮説を立てられるほどに、情報は手に入った。しかし、比較対照するには試料が足りん。
 現状何かを語るということは、戯言を垂れ流す事と変わらんな」
「それでもいいから」
「即答しおって……。
 ならば、何から語ったところか――――。
 そうだな、貴様、この舞台の最大の矛盾に気づいたか?」
「矛盾?」
「そうだ、幻想殺しに関する大きな矛盾に」
「えー。あー、そう言えばレッサーデーモン共は一撃で倒していたが、アゼルとかは能力は封じても、消すまでには至ってたかったな。
 それと、下っ端が『神定ナントカ』とか何とか言ってたが―――」
「『神定秩序(ヴォータンズスピア)』。つまり、『ヴォータンの槍』だな」
「……。ワーグナーがどうかしたんだろうか?」
「ヴォータンの槍。歌劇『ニーベルングの指輪』を神と人の戦いの物語と捉えるなら、それは古き権威の象徴だ」

 そして物語中盤、英雄ジークフリートの魔剣によって、件の神の槍は折られ、神々の黄昏が本格的に加速し始める。

「それが……。どうしたんだ?」
「ローズ・ビフロなりに精一杯、詩的に表現したつもりであろう。
 ヴォータンの槍は秩序の象徴。すなわち、幻想殺し(イマジンブレイカー)とは、『穢れ』を祓う力だとな」
「???」
「この場合、『穢れ』とは波平恵美子のハレ・ケ・ケガレの三竦みではなく、メアリー・ダグラスの既存の秩序を破壊、もしくは加速させる要因という意味―――」
「いや、ちょっと待て」

 彼女は、いったん休息(ブレイク)を申し入れた。

「さっきまでニーベルングの指輪(ワーグナー流北欧神話)の話だったのが、今度はいきなり文化人類学か。ぶっ飛ぶのも大概にしとけ」

 金色の魔王はため息をひとつ、察しの悪い聴者にもわかるように解説を加える。

「日常と非日常と言えば分り易いか? かの右手は日常に紛れ込んだ非日常を追い払うものであると。
 ありえたかもしれない法則を再現した超能力。違う次元の力を呼び込む魔術。そう言ったものを何者かが在るべきと望んだ姿に戻す。もっとも起こり易い法則を顕現させる」
「………なるほど、あの右手は、そーゆーもんだと仮定したわけだ。
 それで?」
「その観点から説明すれば、今、貴様が上げた事象を説明出来る。
 レッサーデーモン共は、裏界よりパール・クールが連れ込んだもの。『あの世界』にとっては非日常の存在だな。故に、イマジンブレイカーは彼奴らを『祓った』。
 学園世界(システム)に割り込んだ侵魔(ウイルス)を取り除いたと、譬えればよいか。
 勿論、アゼルやパールもその類いだ。しかし、仮にも魔王。あまりにも複雑であり膨大な彼女らを拭い去るには、人間の右手如の処理能力(スペック)では足りなんだのであろう」
「…………なるほどなるほど。
 で?」
「そこで疑問が生まれる。
 幻想殺しが生を受けた世界では無い、あの忘却世界での日常の基準とは何処に在るのだろうか?」
「……成程。そりゃあそうだ。もともとが彼にとっては非日常の集まり。片っぱしから消し去りそうなもんだけどな。けどそんな事にはなってない。それは何故か………。
 もともとの彼の世界の常識か、それとも最初に転移した輝明学園のある表界の常識か。
 あー、確かに。これ以上考察するにはデータが足りないな」
「そうだ。彼の右手がどのようなものかわからぬ今。このような考察は、すべて戯言だ。
 だが一つだけ、非常に興味深い矛盾がある」
「ん? なんだそれ?」
「それがどんな理由であれ、どんな力であれ、彼の右手はあらゆる異能を消滅させる。
 ならば何故に、幻想殺しは世界の垣根を越えて、かの忘却世界に現れたのだ?」

 異界の存在を忘却世界(ファー・ジ・アース)に呼び込むなど、紛れもなく異能の力の結果で在るのに。

「…………。
 あー、あー、あー、尤もだな。
 けど、そこに突っ込んだらどうしようもなくないか?」
「そうだな。
 幻想殺しは、確かにそこに居る。その現実は否定できない。しかし、理屈に合わん。
 しかし。と、もうひとつ逆接を重ねるが、その矛盾を解決する存在を我々は知っている」
「………………………。
 オイ、それはナシだろう。いくらなんでも、それをオチに持ってくるのは酷過ぎる」
「ああ。我もそう思う。しかし、あらゆる荒唐無稽をたった一言で解決できるのはアレしかおるまい」
「……、なるほど。確かにな。そう言われてしまえば、私もそれ以外は思いつかないよ」
「我が語ることが出来るのは以上だ。満足したか?」
「うん。満足満足。話の礼は、今度知り合いに頼んで旨いチョココロネを持ってくることにしよう」
「そうか、それは楽しみだ」

 彼女はソファーから立ち上がり、金色の魔王の部屋を辞そうとドアに歩み寄る。

「あ、そうそう」

 その背中に、ルー・サイファーは声をかけた。

「もしも、我の考えが正しいとした場合―――」

 振り向いた瞳をまっすぐに見据えて。

「あの忘却世界(ユメ)は、いったい誰の夢なのだろうな?」

 きしむ音をたてて、ドアが閉まった。


  * * *


 そして―――、裏界。
 空間のすべてが、どこまでも広がる無限の青―――蒼穹によって支配される領域の、その中心にたゆたう古城。
 裏界第二位の実力者、蠅の女王がおわす宮殿。
 時計のように回転を続ける歯車のような装飾。その手前の玉座に、薄暗い闇の中で蒼穹の主たる大魔王、ベール・ゼファーは座していた。
 そして―――、

「あんたがあたしの心配するなんて、百年早いわアゼル。
 え? うん。うん。そう、ま、良い心がけだと褒めてあげるけどね」

 玉座に鎮座ましまして、0-phoneで通話中だった。
 何時も通りの服装のせいか、まるでその辺の女子中学生のような雰囲気を纏ったその姿に、大魔王の威厳などの欠片もねぇのである。

「ん? ………。そうそう、あたしはちょっと休んでるから、その間は好きにしてなさい。てゆーか、あんたは少し人間の間で揉まれた方が良いわ」

 電話の向こうは、学園世界に残してきたアゼル・イヴリス。あの溢れんばかりのヒロイン属性も、人間生活をしていれば少しはマシになるだろう。
 決して嫉妬している訳ではない。念のため。

「うん、そう。ちょっと家主に代わって? 言いたいことあるから」

 受話器越しに、携帯電話を手渡す気配が伝わり、アゼルの身柄を預かっている異世界人がスピーカーの向こうに現れた。

「一つだけ言っとく事があるわ上条当麻。
 しばらく、アゼルを預けてあげる。だけど、変なことしたら承知しないわよ―――」

―――生きたまま、全身に蛆を涌かせてやるから覚悟なさい。

 宣告して通話を切る。そのタイムラグになんだか悲鳴が聞こえたような気もするが知ったことじゃあない。
 0-phoneを月衣に放り込み、うーん。と、伸びをした。

「……一人きりなのも、久しぶりか―――」

 リオンもいない己の城の中は、なんだか妙に広く感じた。

「あー、やめやめ。とっとと眠って回復しましょ」

 パン。と手を打って玉座から降りる。
 人間には理解できない幾何学で建築された回廊を抜けて、寝室のドアを開ければ、

「よう」
「って、なんであんたがいるのよ!!」

 ベッドに腰かけた、螺旋くれた二本の角が、肩までかかるウェービーヘアから突き出し、六対十二枚の黒翼を背負っているグラマーな女性の存在に、渾身の突っ込みをかましていた。

「うん?」

 腰掛ける女性、悪徳の七王が一柱、『大公爵』アステートは、ベルに向けて流し目を飛ばす。
 蠅の女王は、それだけで固まった。

「あ、あすてーとさま、なにゆえここにいらっしゃるのでせうか?」
「いや、別に? ただお前の様子を見に来ただけだがな」
「じゃあ、なんであたしの寝室に居るのよ!」
「なに!? 私がお前のベッドに居てはいけないのか!?」

 衝撃を受けた様に立ち上がり、よよよ。と、大公爵は泣き崩れる。

「なんとつれない。昔はあんなに可愛かったのに。新しい恋人が出来たら昔の女など、路傍の芥と変わらんのだな―――。
 相手は誰だ! ルーか!? リオンか!? それとも本命のアゼルか!?
 は、もしやメイオルティスではないだろうな!! お母さんは冥魔など許しませんよ!」
「なに訳分かんないこと言ってんのよぉっ!!!!」

 ベール・ゼファー、魂の絶叫。
 アステートは嘘泣きを引っ込めてカラカラ笑った。

「まぁ、お前を弄るのはこれ位にして。で? 調子の方はどうなんだ?」

 こめかみが引き攣る僅かな沈黙を挟んで、

「……。ま、七割ってところね。休む必要もないけど、一応大事をとってってとこかしら」
「そうか。私はてっきり一時的にでもアゼルへの影響力を減らすためだと思った」
「は?」
「お前にべったりなままでは、わざわざ<小さな奇跡>を使ってまで、人間の中に放り込んだ意味がないだろう?」

 それは、望んだわけでは無い力の所為で、人生経験の少ない彼女を、学園世界という坩堝に放り込み、あらゆる価値観に触れさせ、考えさせて、人の中で成長させるために。
 その心に宿す、何よりも鋭い意思の剣を、研ぎ澄ませるために。
 だと言うのに、今もっともアゼルへの影響力が強いベール・ゼファーが近くに居れば、間違いなくそちらに惹かれるだろう。
 それでは、何のために学園世界に放り込んだのかが分からなくなる。

「ま、その結果アゼルがお前から離れるかもしれないが……。それとも、そうならないという確信があるのかは知らないけどな」
「御高説ぶちかました後で申し訳ないけど。
 残念だけど大外れよ」
「照れ隠し?」
「違うわよ!!」
「そうか、違うのか」

 至極あっさりと頷く態度に、ベルのこめかみがひくついた。余計な手間、取らせるな。

「用はそれだけ? なら帰ってほしいんだけど? あたしもそろそろ休みたいから」
「おいおい、最初に言っただろう? お前の様子を見に来たって……」

 ベッドから立ち上がったアステートは、ベルの腕をつかむ。そして、彼女が反応を返すその前に、

「!!!!!」

 ベルを抱き寄せ、その桜貝のような唇に、自分の唇を重ね、暴れる矮躯を押さえつけて、舌を滑り込ませる。
 口内(たいない)を大公爵の舌が蹂躙し、その感触がベール・ゼファーの白い肌に桜色を灯す。

「~~~~~ッ! ぷはッ!!」

 肺が空気を求め、解放された口元で、破裂したような音が発った。

「…………。如何言うつもりよ―――」

 頬を紅潮させ低く唸るベルに、アステートは飄々と、

「なに、本来の役目とは逆だが、たまには悪くないだろ?
 じゃあな、あったかくして寝ろよ」

 体液交換を通じてプラーナを送り込んだアステートは、ベルに背を向け、その場から消え去った。

「あ、そうそう。お前の次の陰謀(ぶたい)、楽しみにしてるからな」

 残された言葉を反芻して、ベール・ゼファーは不敵に笑う。

「相変わらず、上から目線で、傍観者のマネゴトか。
 いいわ、大公爵。最高の舞台に仕上げて、観客(そっち)を選んだことを後悔させてあげる」

―――祭りは、参加するのが一番面白いんだから。

 果てぬ蒼穹の中心で、新たな火種が産まれ落ちた。



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