ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第10話03

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 違和感はあった。
 頭に血を上らせて、殴りかかっていた時はわからなかったが、ローズ・ビフロが柊蓮司に斬られる時は、決まって部屋の何かが壊れた時だった。
 頭を巡らせば、色とりどりの壺があらゆる統一性を無視して棚に収められている。其処に向かって己を拘束していた巨腕の破片が突っ込んだというのに。

 上条は、回転を取り戻してきた頭で考える。

 『直した』のだろう。
 柊に斬られる危険を冒してまで。

 ソレは何故か。つまり、其処まで大切なモノがこの部屋には在ったという事だ。
 勿論、ソレは『回路』だろう。ソレがなければ、パール・クールに供給される力は、反して彼女を傷つける猛毒に変質する。
 けれど、この部屋のインテリアは、異様とは言えあくまで一般的なものばかり。
 もし仮に、この部屋の何処かに『回路』が存在するとして、そんなものが魔術的な仕掛け足り得るのだろうか?

 足り得る。

 そのことを、上条当麻は知っていた。
 陰陽師をやっている隣人から聞いた話だが、風水という魔術の一教科は、家の間取りや家具の配置などで、魔術的な陣(しかけ)を造り上げるという。
 また、天草式十字凄教という隠れ切支丹を母体とする魔術結社は偽装と隠匿に長け、日常生活の中に潜む宗教的儀式を抽出して魔術を編んでいた。
 そういった小さな事は、意外と馬鹿に出来ない。
 なにしろ、その辺のサラリーマンが自分の家にテキトーに置いたインテリアやお守りが原因で、全世界の人間の中身が入れ替わったりもするのだから。

 だから、此処にあるものは―――

「この部屋全部ぶっ飛ばしてくれ!! この部屋自体が『回路』だ!!」

 上条の絶叫を聞いて、ローズ・ビフロはマトモに顔色を変えた。
 その表情(カオ)は克明に、「どうして貴方如きが見破ったのです!?」と叫んでいた。

 それだけで十分。
 柊は、刃を合わせていた死者を斬り捨てると、大きく跳んで後退する。

 追撃し、地を駆ける死者の群を睨みつけ、魔剣を高々と掲げた。
 刃が嘶く。
 主の命を喰らい、歓喜の声をあげる魔の剣を―――、

「喰らえッ!!!」

 気を吐いて振り下ろす!
 大振りの一閃は、死者の兵に軽々と避けられ、避けた死者は柊を串刺そうと間合いをつめる。

 鋭い刃が肉を貫く。
 ローズ・ビフロが作り上げた、仮初の肉体を。

 血を撒き散らす、ヒトガタの存在。
 虚空より現れた、幾本もの刃を突き立てられて。

 空を切った魔剣が斬り裂いたのは、正しく空間そのもの。
 斬撃の軌跡が伸び広がり、開かれた虚空の門より顔を出したのは無数の剣、剣、剣。
 一億の原初を連れて、一億の終焉のために、一億の殺戮を伴い、一億の牙となって―――、
 ありとあらゆる世界の果てから、可能性の路を通り抜け、柊蓮司の武具達が呼び出される。

 即ち、<三千世界の剣>。

「―――いけぇええええええッ!!!!!!!」

 振り下ろした魔剣を突き出す。
 挙動に従い刀剣の群は渦を巻き、竜巻の様に蛇が如く、佇む獲物に牙を剥いた!

「くっ!!」

 驚愕の貌を焦燥に変え、魔王は光弾を撃ち放つ。
 死を呼ぶ光は逆巻く蛇と激突し―――。果たして、竜巻は変わらず死者を磨り潰して魔王に迫る。

「このッ!!」

 ローズは光弾を撃ったのとは逆の手を掲げ、其処に生んだ魔力の盾で、死者を食い尽くした魔剣の渦を受け止める―――、

 その刹那。柊は手にする魔剣を振り上げた。
 刃金の蛇は主に従い、盾を掠め天井に到達し、

「ハァッ!!!」

 万に弾け、億と散り、魔王の頭上から襲い掛かる!!
 そして、剣の雨がもたらす破壊は、ソレだけに留まらない。
 無数の剣。三千世界より召喚された一億の刃は、棚を砕き壺を潰し、ソファーを引き裂いて敷布を襤褸布に変え、広大なその部屋のすべてを打ち砕く!

 魔剣の雨が収まったときには―――、かつて、月匣の最深部だった場所には、乱立する刃の杜が生まれていた。

12


 「これで、終わり。アンタは何も護れない。
 安心しなさい? この世界は、私が有効利用してあげる」

 ―――アゼル(わたし)にも、判る。
 この光は、荒廃の力無しでは受けきれない。しかし、荒廃の力を解放すれば―――、

 お前には力がない。力が在っても、使いこなせなければ意味がない。
 そんな風に、嘲う声が聞こえてくる。

 所詮、パール・クールにとって、このセカイはただの道具に過ぎない。
 使えるうちは活用するが、壊れたら捨てる程度の玩具と同じ。
 けれど、アゼルには違う。自覚して居ようと居よまいと、このセカイは、もう彼女の大半を占めていた。

 輝ける幻想(ユメ)が息づくこの場所は、決して失いたくない楽園。
 価値観は、意思は其処に在る。

 アゼル・イヴリスは、パールが放った破壊をもたらす魔力を凝視する。 

 絶望は無い。諦めはしない。
 戦う意思は十二分。
 けれど。

 目算――。着弾、そして破壊の炸裂まで、凡そ三秒。

三。

 けれど、護る為には力が要る。分かっていた。力なら在る。あの時、力を使うのを躊躇ったから、ベール・ゼファーは斃された。己の代わりに。

 ―――ソレも、解っている。

 この力を使いこなせなければ―――、私は何も護れない。

二。

 大丈夫、難しい筈は無い。
 もう思い出せないほど昔の事だが、何度も何度も試した事だ。
 力の名は『荒廃』。神の力、絶対死を呼ぶもの。
 ソレがどうした、発生したその瞬間から、私はこの力と向き合っている。
 今までは出来なかった。だから、あの荒野に引きこもる他無かった。
 けれど、今は違う。必ず出来る。

一。

 『道』は、何処にある。それは、意思あるところに。
 己が護りたいと願うなら、その望みは、結末に繋がるべくして繋がるのだ。
 ソレが『世界(ココ)』のルールなのだから。

 望むままに進め。認識を対象に合わすのでは無い、対象をこそ認識に従えるのだ。

 この幻想(ユメ)を―――護る。
 これから先、誰一人として受け入れてくれなくても、総ての人に拒絶されたとしても、

 たとえその先が、望む未来に繋がっていなかったとしても―――!!

 ゼロ。
 攻性魔力が炸裂する。
 そうして、死の力が解放された。


 結界を越えて。目の前のその光景を、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、呆然と眺めていた。
 それを見ていたという事は、少なくとも自分は無事で。脇目を振れば、相棒も同僚も五体満足でそこにいる。

 彼女たちもまた、壁の向うで起きた事実に、視線を釘付けられていた。

 爆煙が晴れる。
 建造物を打ち砕いた白い飛沫、粉塵の隙間より覗くのは、穢れ無き純白の色。
 雪のように、同色の欠片が空より舞い降りた。白い羽毛はまるで処女雪。
 ならば、目前に咲き誇る白は、雪に色を捧げた献身の花か。

 待雪草―――Snowdrop。

 春の到来を告げる、雪解けの雫。

―――怠惰なる眠りの冬は終わりを告げ、鮮やかなる芽吹きの春が到来する。

 白を背負う天使は、春風のように微笑む。

 さぁ―――、華の季節(トキ)だ。

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 あたり一面に、剣が立ち並んだ光景は壮観だ。
 その中心では、いまだ『旗』がはためいている。
 普段なら―――表界などで<三千世界の剣>を使ったりした場合は、呼び出された異世界の武具はすべて幻想へと割砕する所なのだが、今は、そんな些細な事より気になる事がある。

 杜の木々のように、剣が乱立するその中で、死霊女王は未だ健在である。
 表界では無い場所では、いくら雑魚魔王とはいえ、この程度では倒せないのか。

 纏う赤黒のドレスはズタズタに引き裂かれ、体に残った包帯は、血糊ではない本物の赤に塗れていたが、ローズ・ビフロは血で汚れた顔に笑みを貼り付けていた。
 狂笑。
 怒りの感情を、無理矢理笑みに押し込んだ、禍々しい笑みを。

「やってくれましたわね………」

 言葉を綴る声は、平坦に抑えられ、

「こうまで壊されてしまえば、もう、わたくしでは修復不能ですわ」

 もともと、他人の月匣を預かっていただけ。
 他人の、それも己より格上の世界を自由に操る事など、夢と現を支配する夢使いでも不可能だ。
 目的は達した。と、柊は口角を緩め、

「ですが、詰めが甘いですわね。柊蓮司、上条当麻。
 確かに回路の一つは壊されましたが、残念ながら、回路はこの一つだけでは在りません。
 大切なモノに、予備を用意するのは当然でしょう?」

 告げられた言葉が、ハッタリかどうか、確認する術は無い。
 だが、柊の直感は、それが真実だと告げていた。

「―――しかし、」

 魔王は、ついに笑みを落とし、表情が抜け落ちた貌で、柊と、そして上条を睨み付ける。

「わたくしの面目は丸つぶれですわ。
 ―――この責任、如何様に取っていただけるのかしら?」

 ぞくり。と背骨が震えた。
 魔王の肌に刻まれた魔装がこそげ落ち、新たな文様が浮かび上がる。
 ローズ・ビフロは、ゆるゆると魔術式の刻み直された腕を掲げる。

「とりあえず。
 死んで詫びなさい」

 柊は咄嗟にその場を横っ飛びに離れていた。
 煌く力が、一秒前まで立っていたところを爆砕する。
 その光景に、冷たい汗が一筋、背を伝った。
 明らかに攻撃力が上がっている。他人の月匣の管理に廻していた魔力を、恐らく攻撃に転用したのだろう。
 確証は無いが、わざわざそんな物を直に喰らって確かめたいとも思わない。

 柊は、魔剣を携え剣の杜を駆ける。

 やる事は変わらない。
 『旗』を壊すために、まずはコイツを排除しなければならない。

 自分の攻撃半径に敵を捉え、魔剣を振るう。
 ローズの肌蹴た包帯が、蛇の様にのたうち、魔剣を絡み取った。

「………、―――――。……!!」

 柊がその包帯を切り裂き、自由を回復する間に、ローズは、口の中で人の耳では聞き取れない呪を紡ぐ。

「!!」

 脊髄を串刺したような悪寒に、柊がその場を飛び退くのと、ローズの特殊能力が空間を握り潰すのは、同時だった。
 即座に、ローズは追撃をかける。 
 バックステップを踏んで着地した、その直後の硬直にあわせ、両手に抱いた魔力球を、時間差を付けて発射する。
 ウィザードは、一発目を、胴を掠めながらも回避し、二発目はかわせないと見たか、柄頭の刃で迎撃にかかる。

「■■■■■!!!」

 ローズが叫んだ。
 人の耳には、ただの音としか聞き取れない呪は、魔力弾の軌道を捻じ曲げる。迎撃を回避し、目を見開いた柊の頭を吹き飛ばさんと迫る魔力弾は、

 走った雷光に撃墜された。

「あ、当たった……」

 そんな芸を持っているのはただ一人。その当人、御坂美琴は幸運に感謝しつつ、幾条もの雷撃の槍を解き放つ。
 ローズは、自らに迫る雷撃だけを左手で薙ぎ散らし、援護砲撃をうけて再び間合いに踏込む柊の斬撃を、右手で逸らし、両の手で攻撃魔法を撃った。
 美琴は、慌てて転がるように煌く力を回避したが、柊の回避は間に合わない。魔剣で迎撃するにも軌道を逸らされた得物を構えなおすには時間が足りない。

 閃光が迸る。

 後ろに跳び退って、攻撃を回避する。
 そして、回避したローズは、爆煙の向うを睨み付けた。
 左手には、二メートル超の白兵箒。
 そして右手に、特殊能力<夢幻の煌めき>を叩き潰した日本刀だったものを握って、柊蓮司が、煙を割って現れた。

 鍔元に真紅の宝玉が嵌った日本刀―――別の可能性(セカイ)で、柊蓮司が握ったかもしれない魔剣の、その残骸を惜しむように彼は手放す。

 消える事のない、幻想の剣。
 幻とは言え、それは柊蓮司の魔剣に他ならず。
 それを手にした以上、彼はココの絡繰に気付いた筈だ。

 箒を右手に持ち替えて、左手で柊は再び突き立った剣を引き抜く。

 呼びかけたのは剣。語ったのは事実。その剣はすべて真実。
 認識によって揺らぐ迷宮の底。ここで起こる事象はすべて文脈依存を起す。
 三角は四角に、指輪は珈琲カップに。それが何であるかは、何に使うかによって定められる。
 そうでなければ、『回路』などという都合のいい『魔法』。喩えパール・クールであっても組み上げられない。

 故に―――、

 仮令、人間であれ。この場、この時であるならば、神にすらなれる。
 柊の魔剣として使われたモノは、望まれる限りそのままだ。

「いくぜ………!」

 低く告げ、二刀を構えた柊は、雷撃の援護を背負って突撃する。
 先手を打ったローズの攻撃魔法を、左手の剣で攻撃を捌き、右手の剣で切りかかる。
 踊るように繰り出される長短二刀の斬撃と、飛来する雷撃の槍は、魔王と言えど夢使いでは避け切れない。
 自然、強化された防御魔法で凌ぐ事になる。
 そして何より、

「封印、解放ッ!!」

 柊の吐く気合とともに、左手の魔器が唸りをあげた。
 魔器の能力を一時的に極限まで引き出して、斬撃の威力を引き上げる特殊能力(チカラ)は、代償として魔器を疲労状態に追い込み使用不能にする。
 しかし、
 左の斬撃に右の斬撃を重ね、防御障壁を削り、柊は左手の魔剣を手放して新たな剣をその手にした。
 即座に叫ぶ。

「封印、解放ッ!!」

 突き立つ剣は、すべて彼の魔剣。三千世界より集った一億の剣。
 この場、この時に限り、封印解放の代償は意味を成さない。
 二発目の封印解放を受けて、防御壁が大きく軋んだ。

 ローズは、追撃を避ける為に、大きく退く。

 その背後から近づく気配が在った。
 バックステップを踏んだローズは滞空中であり軌道の修正は出来ない。不意を討つ絶好のタイミングで、それは襲い掛かった。

 しかし、

「考えが足りませんわ、上条当麻!!」

 この不意討ちは簡単に予想できた。
 御坂美琴の傍に、上条当麻は居なかった。おそらくは剣の杜に身を潜め、機会をうかがっていたのだろう。

 何も無い空中で身を捻り、刃のように研ぎ澄ました魔力弾を発射する。
 それは襲撃者の首を刈る軌道。
 しかし、予想外の反応速度で回避行動に移った襲撃者は、髪の毛を数本、切り飛ばされるに留まった。
 亜麻色の髪の毛が、宙を舞う。

「なっ!?」

 その髪色を持っているのは、この場には一人しか居ない。

「考えが足りないのは、アンタの方よグロロリ女ッ!!」

 御坂美琴は、非常識な速さでローズに迫り、どかどかどかどかどん!! と、正中線に拳の連打を浴びせる。

(なぜ、この娘がココにいる!? 雷撃の援護砲撃は今も続いているというのに!?)

 衝撃と拳に帯びていた電撃の相乗効果で、ローズは一瞬、朦朧と忘我の淵を彷徨った。
 だが、間髪入れず、復帰し反撃する。
 閃く魔力の輝きを、やはり美琴は人間離れした反応速度で回避した。

 ぱりぱりっ。と、美琴の周囲で放電が起こる。
 彼女はニヤリと不敵な笑み浮かべる内心で、自分自身に感心していた。

(まさか、こんな漫画みたいなマネができるとは………)

 超反応の種は至って簡単。
 己が纏う電磁波の薄い膜、AIM拡散力場から電場を筋肉に直結し、外から直接動かす。
 敵の攻撃をAIM拡散力場が感じ取った瞬間には、無線のように筋肉に信号が送られ、その場を退避する。
 また、此方の意思は直接AIM拡散力場に反映され、神経を通さずそれを超える伝達速度で筋肉を動かす。
 そして、同時に行う雷撃の援護は、射線から発射地点を割り出せないように、大気中に作り上げたイオンの路を介しての中継射撃。

 普段なら、やろうとすら思わない荒唐無稽な荒業だ。

 この月匣に―――、否、白い世界にノーチェに送り込まれたときから、演算が楽になったことに加え、上条の頼みが無ければこんな事は絶対にやらない。
 射撃は兎も角、筋肉を能力で動かすのは後のダメージが怖すぎる。

 文脈依存。対象を認識に従えることは、学園都市の能力者には当然のこと。それも、最高位の電撃姫、超電磁砲(レールガン)御坂美琴には朝飯前だ。
 この場、この時に限り、彼女は超能力者(レベル5)を超越する。

 身構える美琴を睨み、しかし、ローズは泡を食って視線を巡らせた。
 その隙に、柊と美琴が迫り来るが、そんなことより上条の所在の方が重要だ。
 三人の敵の中で、唯一。旗を壊せるのは上条当麻の幻想殺し(イマジンブレイカー)のみ。

 ならば―――、

 巡らせる視界の中で、動く影を捉えた。

 這うように低く、刃の杜に潜むように、上条当麻は剣の只中を駆け抜ける。子供の背丈ほどある大剣を飛び越え、その先には『旗』。
 幻想殺しに触れれば、幾らパール・クールの道具とは言え、

「させません!!」
『こっちの科白だ(よ)! それは!!』

 上条の狙いに気付いたローズが、攻撃魔法を放つ。
 寸秒遅れて、柊の魔剣と美琴の手刀がローズの腕を切り落とした。
 しかし、すでに発動している魔法攻撃は、過たず上条へと奔った。
 迫る魔弾。足を止めて右手を出す前に、攻撃が届くだろう。
 破壊の魔力に肉迫され、けれど、上条は足を止めない。

(逃げ切れると思うの?)

 嗜虐を込めて嘲笑するローズの視線の先で、

 ―――爆光が、視界を染め上げた。

14


 大地は死と再生の母体であるが故に、
 母なる女神は生の女神であると同時に、
 死者を受け入れる死の女神でもある。

 マグナマーテル・デオールムイダエア。

 ―――それは『大地母神』シャイマールの、負の側面。


「ちょっと―――、そんなのアリ!?」 

 榴弾のように撒き散らされた破壊の魔力は、周囲数十メートルを蹂躙し、範囲内の全てを焼き払う筈だった。
 けれど、その破壊力は別のナニカに食い尽くされ、虚空に消え去る。
 そんなものは、一つしかない。

 荒廃の力。
 アゼル・イヴリスが持つ死を呼ぶ力。

 けれど、近くには三人ばかりの人間が居た筈だ。
 護る事をあきらめたのか。と、思えばアゼルの後には、煌々と輝く魔力結界が健在だ。
 けれど、今も現実に、死の風は虞風となって吹き荒れている。

 それに、何より。

 パール・クールが凝視するのは、穢れ無き灰のような白い雪―――純白の羽毛が舞上がる只中に佇む、アゼル・イヴリス。

「――――アンタ、『それ』は、何なのよ」

 肌蹴る魔殺の帯は風に舞い、黒い炎のように揺らめく。
 力強い輝きを宿した瞳は、東方王国の王女を正面から捉え、

 その背に広がる三対六枚の白き翼が揺れる。

「なにそれっ、いつの間に使徒に鞍替えし――――っ!!!!」

 軽口を皆まで言わせず、六枚の翼がパールを指し示す。
 背筋を駆け抜ける悪寒に、パールはその場を離脱する。

 しかし、音もなく、右の腕が消滅した。

「なっ!?」

 今度こそ、驚愕の一色に表情が塗り替えられた。
 即座に修復したが、この症状は、紛れもなく荒廃の力を受けたものだ。
 プラーナを根こそぎ奪われ、最初から存在しなかったように消し飛ばされる。

「如何言うことよ……」

 自問して歯噛みする。
 如何言う事もこういう事もない。
 無限の力を供給され、膨大な力を纏うこの身体まで一時に喰い付かれた。
 それは、

―――アゼル・イヴリスが、荒廃の力を使いこなした。

 そうとしか、この現象は説明できない。

 アゼルの背に現れた六枚の翼。
 その外見に意味は無い。重要なのはその機能。
 それは、最初(はじめ)に喰らった、一万人の、このセカイのプラーナで造り上げた力。人(神)造人間アゼル・イヴリスの新たな機能。
 無秩序にプラーナを収奪する荒廃の力に、標的のみに効果を及ぼす様、調整する為の器官。
 一時に喰らう事が可能なプラーナの総量が上がったわけでは無い。しかし、標的のみ力に捉える事で能力の無駄は減り、結果的に処理能力が上昇する。

 何より、荒廃の力を使いこなすという事は―――、
 ―――『破壊神』シャイマールの再臨に、他ならない。

 知らず。パール・クールは後ずさり、そんな自分に愕然とする。
 裏界帝国に正面から喧嘩を売っている身であっても、『破壊神』の名は軽々しく扱えるものでは無い。
 判ってはいるが、それは別にして、ほんの少しでも怖気を覚えたなど、矜持が許さない。

 アゼルは薄く笑った。

「何に怯えるの? パール・クール。
 所詮この翼(チカラ)は、この場を限りに造り上げた仮初の機能(チカラ)。
 このユメが醒めれば、彼岸の彼方に葬られる幻に過ぎない」

 所詮、このユメのような世界でのみ許される幻想(チカラ)。
 『破壊神』の再臨など、喩えるのもおこがましい。

「それでも、貴女と私の間にあった溝を、埋めるぐらいは出来たかもしれないわね。
 ……。それに―――」

 それを侮辱ととったか、パールの頬が怒りの紅を宿す。

 怒声と共に、魔力を破壊の意思に従えて撃ち放つ。使い得るすべての力をこめた一撃は、しかし、放った光はアゼルに届きもせずに消え去った。

 ―――白い翼に赤が散る。

「このっ!」

 二射目を行う。
 結果は同じく、処理能力を上げた荒廃の力に食い尽くされる。どうやら、遠距離攻撃には意味が無いと見るほかない。
 ならば望み通り、白兵戦に付き合ってやる。と、パール・クールは身構えた。

 二柱の魔王が激突する。
 踏込んだ左足で、全力疾走から急停止。アゼルの左脚が撓む。

(そして、疾走のベクトルを、左手を引き、腰の回転で加速し、肩を基点に右腕を真直ぐに突き出してくる―――)

 一秒後の展開が見て取れる、典型的なテレフォンパンチ。
 幾ら荒廃の力を使いこなせるようになったとは言え、アゼル・イヴリスに、圧倒的に戦闘経験が足りていない事に変わりは無い。
 そして、たとえ無限の力が無かったとしても、そう簡単に食い殺されるほど、パール・クールの器は小さくは無い。
 易々とかわし、カウンターを取る。取れると確信して、パールは踏込み――。

 アゼルの拳を、頭を振って回避し、懐に飛び込んだパールは、その小さな拳を胴体に叩き込む。
 鉄槌の威力に、アゼルは身体をくの字に折るが、しかし引き戻した右手でパールを掴む。

「………。荒廃せ………」

 掠れる声で言霊を吐こうとするアゼルに、パールは予想通りとほくそ笑む。
 荒廃の力をゼロ距離から解放する。もしかすれば、致命的なところまで食い荒らされるかもしれない。しかし、それより先に切り札を奪わせてもらおう。

 荒廃の力は、『破壊神』シャイマール自ら、扱いづらいと切り離した能力。
 幾ら世界の後押しが在ったとは言えアゼル・イヴリスの器でそれを制御するのは、荷が勝ちすぎている。
 見れば、今も翼は軋み、粉雪のように羽毛を散し、ひび割れる傷から流れ出す血が、純白を真紅染め変えている。
 もう少し負荷をかければ、勝手に自壊するだろう。
 そうなれば勝利だ。
 人間共は未だ近くに在り、そうなればアゼルは力を封じるほか無いのだから。

 残りのプラーナを全力解放。立ち昇るチカラに触れて、翼は大きく軋む。

 衝撃が身体を貫いた。パールを掴む右手が離れる。
 背中、翼の付け根から血を噴き出し、アゼルの上体が後ろに泳ぐ。

「え?」

 大気を打つ、奇妙な音が。

 そのまま天を仰ぐように、彼女は仰け反って―――、
 下から上へ、弧を描いた左脚がパールの顎を跳ね上げる!

「ぐがっ」

 顎を蹴り上げられて、パール・クールはまともに吹き飛んだ。
 荒廃の力を使うと見せかけて、東方王国の王女を蹴り飛ばしたアゼルは、その勢いで後方に宙返り―――、

「<ヴォーティカルカノン>!!!」

 掲げた両の手から、闇色の矢を撃ち放つ!

「生意気なッ!!」

 歪む空間の矢が疾る。
 回避は不能と見て取ったパールは、防御のために魔力を集中する。
 しかし―――、

「荒廃せよ! 世界ッ!!」

 血染めの翼を振りたてて、アゼルはその魔力を奪い去る!

「っ!! 上等ォッ―――!!」

 パールは供給される無限の力をすべて防御に廻した。
 防御の魔力は、<ヴォーティカルカノン>と軋み合い火花を散す。
 限界を超えて開放するプラーナに身体が軋む。
 アゼルがパールを食い尽くすか、それとも耐え切れずに自滅するか、これは―――、

「クソつまらないチキンレースと行きましょうかぁ!!」
「ぁあああああああああああああ!!!!」

 鮮血(アカ)と羽毛(シロ)が飛交う。

 荒廃の力は、濃密な力の壁を切り裂いて進む。
 それは、流れに逆らい歩を進めるのに似ていた。むしろ進むたびに壁は厚くなってゆく。
 膨大なプラーナが、パールからアゼルへと流れる。
 その度に、翼のみならず全身が跳ね、血が噴き出す。
 だけど。

「それが―――、」

 背に弾ける痛みに耐え、今にも弾け跳びそうな頚木を押さえつける。
 負けられない。こんなことでは負けられない。
 だって信じている。私を信じてくれた、上条君を信じている。

 だから。それまで。どんな痛みにも耐えてみせる。

「―――如何したぁあああああ!!!!!」

 叫ぶ声が力となり、闇の矢を押し込んでゆく。

 削り取る力と注がれる力。
 静かな、しかし極限の鍔迫り合い。
 傍目には、二種類の力は拮抗しているように見える。
 しかし、パール・クールとアゼル・イヴリスの消耗具合を比べれば、パール・クールの側に軍配が上がるだろう。 

 ギリギリまで張り詰めた糸が切れるように。
 終わりはあっけなく訪れた。

 壁が突然砕けたように―――、
 突如として抵抗がなくなった。

「!?」

 驚愕するヒマすらあるものか。

 荒廃の力を押し留めていたプラーナが、唐突とも呼べるあっけなさで底を突いた。

 その一瞬で何を理解できたのか、パール・クールは顔色を変え、そのまま迫る闇の鏃に、胸の真ん中を撃ち抜かれた。

 音も無く―――。

 あっけない程、静かに。
 黒い塵となってパール・クールだったものは虚空に消えた。

 後に残ったアゼルは、呆然とその光景を前に立ち竦んで、
 膝から崩れ落ちるように、地面に座り込んだ。

 あのままでは、自分が力尽きる方が速かった筈だ。ソレなのに、全身が悲鳴をあげてはいるが、それでもこの身は未だ健在。

 そんなコトの理由(ワケ)は、一つしかない。

「………。上条君――――」

15


 這うように低く、刃の杜に潜むように、上条当麻は剣の只中を駆け抜ける。
 美琴に頼んだのは一つ。雷撃を飛ばしながら、ローズに接近戦を挑む事。つまりは囮。己が『東方王国旗』を破壊するまでの時間稼ぎを。
 正直、剣の杜は良い意味で予想外だった。
 当初は回路を柊に広範囲にぶち壊して貰って、それを修理している隙を突く心算だったのだが―――。

(見えた!!)

 子供の背丈ほどある大剣を飛び越え、上条は『旗』に迫る。

「させません!!」
『こっちの科白だ(よ)! それは!!』

 上条の狙いに気付いたローズが、攻撃魔法を放つ。
 寸秒遅れて、柊の魔剣と美琴の手刀がローズの腕を切り落とした。
 しかし、すでに発動している魔法攻撃は、過たず上条へと奔る。
 迫る魔弾。足を止めて右手を出す前に、攻撃が届くだろう。
 雑多なことに関わる暇は無い。一秒でも早く、この右手で旗を壊す!!
 破壊の魔力に肉迫され、けれど、上条は足を止めない。

(間に合わないッ!! ―――なら!!)

「うぉおおおおお!!」

 手を伸ばす。
 その手は、ソレを確かに掴み。

―――爆光が、世界を染めあげた。

 柊も美琴も、刹那、閃光に目を晦まされる。
 その瞬間、ローズは空を渡っていた。
 染み出すように現れたのは、上条の目前。

(やはり!!)

 どうやったのか、上条当麻は健在。右手を伸ばしたその先には『旗』。

「死になさい!! 上条当麻ッ!!」

 健在な手で魔弾を撃つ。
 気付いた上条が、右手を引き、身体を捩るがもう遅い。
 魔力は既に形を得て、それは発射を待つ弾丸だ。
 刹那の後には、上条の頭を打ち貫くだろう。


―――しかし、魔弾は上条を掠めて月匣の壁に炸裂する。
横殴りの衝撃に跳ね飛ばされ、ローズ・ビフロは狙いを誤った―――。


「!?!?!?!?ッ」

 まるで鉄塊に殴られたかのような衝撃が脇腹に弾けた。
 知覚は、殴られた。と訴える。
 知性は、在りえない。と反駁する。
 混乱し、ローズは受身も無く地に転ぶ。

 攻撃される瞬間。上条は右手を引き身を捩り、―――左手を振り抜いた。
 その手に握られるのは、真紅の宝玉を抱いた諸刃の蛮剣。

 『担い手』以外が魔剣を振るったところで、その刃に鈍ら以上の意味は無い。
 しかしそれでも、魔弾を叩き潰し、魔王を殴り倒すには充分。

 役目を終えた魔剣を手放し、上条は駆ける。
 そして目前に迫る『旗』―――、魔導具『東方王国旗』。

 これを、壊せばッ!!

 上条は血まみれの右手を握り締める。

「これで―――ッ」

 弓のように引かれ、矢の様に放たれた右拳は、赤い尾を引き、魔王パール・クールの象徴に激突する。

「終わりだァああああッ!!!」

 バキン。と、
 硝子の砕けるような音が響き、旗のカタチをした魔導具は、この世から消滅した。
 そして、ローズは絶叫する。
 叫ぶ上条に向けられる、視線に溢れる感情の波は、憎悪。

 そして恐怖。
 役目を果たせなかった。
 回路を壊されただけならば、言い訳は効いただろう。しかし、『旗』まで壊されてしまえば。
 その事でパール・クールにどのような目に合わされるか。ココにいるのは所詮移し身だが、本体はお互い裏界にある。
 抗おうにも、裏界において、力の差は絶対。
 ローズ・ビフロに、未来は――――、無い。

「あっ――――、アァあぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!」

 想像力が生み落とした恐怖に襲われ、致命的に思考が狂乱する前に、しかし彼女は解放された。
 翻った柊の魔剣と、美琴の閃く能力が、その感情を、肉体(からだ)ごと切り裂いたことで。

「俺たちの勝ちだ!!」
「人間舐めてんじゃないわよ!! グロロリッ!!」

 死霊女王ローズ・ビフロの肉体は、砂が崩れるように崩壊する。

 それを見届け、上条当麻は膝から崩れ落ちた。

幕間 10


 アゼル・イヴリスは夜天を仰ぐ。
 中天に輝く紅い月。
 心安らぐ紅を写す瞳からは、真珠のような雫が零れる。

「………ありがとう―――」

 上条当麻―――、貴方を、
 信じて、信じられて、本当に良かった。
 口元はほころび、口角が上がる。

 こんな事は初めてだ。

 嬉しい時にも涙は流れると、知識を経験する。
 白紙の大地に打ち込まれた杭(感情)は、大きな歓喜を伴って、

 だから―――、それだけでもいい。

 未練はある。けれど、満足している。

 いつの間にやら、立ち並ぶウィザードたち。
 少女たちを保護して、此方に刃を向けている。

 一万人を殺した。街を此処まで破壊した。
 もう、私は此処には居られない。そんなこと、誰も許さない。
 人殺しの怪物は、人間の傍にはいられない

―――解っている。

 幻想(ユメ)の終わりを前にして、アゼル・イヴリスは笑みを浮かべていた。


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