ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第15話03

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匿名ユーザー

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 第三世界エル=ネイシア 王都サーディーン。
 壮麗なる都の中でも一際目につく巨大建造物。それは、女王セフィスの住まいし太陽の塔。
 其の地下底深くに、もう一人の女王が君臨する、もう一つの宮廷がある事を、知る者は少ない。

"ラース=フェリアに現れたアンゼロット艦隊はメイオルティスの軍勢が敗走させたぞ、エルヴィデンス"
「其れは重畳」

 第一世界から届いた知らせを聞き、エルヴィデンスは満足気な様子で重々しく頷いた。
 自らの世界へと帰還した古女王は、黒ローブに身を包み、正面に大きな宝玉を飾った黒く丸い布の帽子を目深に被った姿で玉座に腰を下ろし、面前に据えた姿見に映る冥魔の王と言葉を交わしていた。

「どうにか間に合ったか。身体を張って時間を稼いだ甲斐があったわ」
"ああ。貴女の働きで、迎撃体制を整える余裕が出来た。それにしても古女王陛下自ら足止めに出向くとはな"
「裏界のぽんこつが役立たずにも程があるのでな。一度はアンゼロットを捕らえたが、あの忌々しい蝿めの所為で取り逃がしてしまったわ」
"蝿の女王ベール=ゼファー、か。奴もまた、フレイスに攻め込んだことがあったのだったな"

 此れからフレイスを攻める冥魔王は「前任者」の名を聞き、記憶を探る気配を見せる。

"確か……人間如きに大敗し、一夜にして数万の軍勢を失い、自らも下半身を斬り落とされながら唯一人逃げ延びたのだったな"
「フッ。アンゼロットの用意した結界装置と、エルンシャの創り出した星の錫杖の力を甘くみるからだ」
"娘夫婦を自慢するのは自重して戴けますかな、ご老体。犠牲となったのは我等が同胞なのですぞ?"
「文句はぽんこつに言え。総ては、奴の愚かさが招いた事なのだからな」

 古女王の嘲笑に気分を害したらしく、鏡の中の冥魔王は狐の面を思わせる頭部を傾けて不快の念を表したが、古ぶるしき邪神は動じた風もなく“未熟な若造”の抗議を一蹴し、睨むように目を細めた。

「貴様は蝿めの轍を踏むでないぞ、エンダース。炎砦の再奪取はどうなっている?」
"今、冥界樹で制圧用の冥魔を養殖しているところだ。フレイス如き、3日もあれば落としてみせよう"
「その台詞、4日前にも聞いたぞ」
"ラース=フェリアとエル=ネイシアでは時間の流れが違うのだよ、ご老体。
 ところで、直接第八世界に干渉したのなら、あちらの英雄達についても調べたのだろう?
 ゲイザーを倒した柊蓮司とは、いったい、どのような戦士だったかな?"

 今度は冥魔王が古女王の揶揄を一蹴してみせると、ずい、と身を乗り出して自らの関心事を問うた。
 露骨な話題逸らしだったが、古女王も深く追求はせず、素直に答える。

「奴か。なかなか面白い男だったぞ」
"ほう、柊蓮司には白い尾が生えているのか"
「ああ。七本もな。意外だぞ、エンダース。貴様はもっと堅物だと思っていたのだがな」
"優れた武人は常に余裕を忘れないものなのさ。フフッ、神殺しの魔剣使いか。刃を交える日が楽しみだ"
「止めておけ。貴様の腕では、柊蓮司には敵わん」

 強敵との戦いを夢想して期待に胸を躍らせる武人に、古女王が冷酷な言葉を投げつけ、水をさした。
 そして、自らの経験を元に、現実の厳しさを突きつける。

「貴様如きでは掠り傷一つ付けられるかどうか、そもそも攻撃の手番が回ってくるかどうかも怪しいわ。
 仲間内のじゃれ合いと同じ気持ちで戦場に出るでないぞ、小僧。貴様など、本物の戦場では二分と生き延びられはせん。
 今の内にエレナに命を繋いで貰っておくがよい」
"これはこれは、随分と軽く見られたものですな"

 侮辱に等しい酷評を浴びせられるも、エンダースは憤る様子もなく涼しげに受け流し、エルヴィデンスは更に言葉を重ねた。

「よいか、エンダース。絶対に、自ら前線に出るでないぞ。そこそこの冥魔で波状攻撃を仕掛け、消耗させて討ち取るのだ。
 冥魔達は一体残らず人間と命を繋げ。そして、冥魔を一体倒す毎に罪無き幼子が一人、息絶えるのだと言ってやるのだ」
"たかが人間如きを相手に、そのような卑怯卑劣な手を使うまでもないだろう"

 冥魔王は苦笑し、「そうか、これが老婆心というものか」と呟いて会話を切り上げに掛かった。

"近々、ジュグラットと柊蓮司の首を土産に持参しよう。噂に聞く古女王陛下お手製の蛸のフルコースを用意しておいて貰おうか"

 其の言葉を最後に、姿見に映った冥魔王の姿が消えた。

 冥燐王エンダース。
 柊蓮司との交戦を経て、その名が『惨劇の冥魔王』として主八界に広く知れ渡るのは、この会見から2日後の事であった。



「餓鬼めが、図に乗りおって。貴様が其処に座って居れるのは、貴様の力に因ってでは無いのだぞ。
 貴様等、冥魔七王がラース=フェリアを奪えたは、我等が兵を貸し、神玉を開放して遣ったからだと言うに。
 お前もそう思うだろう、リオン=グンタ?」
「仰せのとおりです」

 下僕に命じて鏡を片付けさせた古女王に水を向けられ、リオンは裏界の魔王に相応しい冷酷な笑みを浮かべて同意を示した。
 尤も、プリギュラによって人形よろしく抱きかかえられた2歳児の姿では、イマイチ決まらなかったが。

「リオン=グンタよ。お前の能力は素晴しいな。お陰で実に貴重な情報が大量に手に入った。
 特に、聖虚姫(セント★ヴォイド)の存在が判明したのは収穫であったぞ」
「お褒めに預かり恐縮です」
「うむうむ。今回の蝿めの愚行、お前の働きを持って不問に付そう」
「ありがとうございます」

 機嫌の悪いときのルー=サイファーに接するが如く、慎重に相手の内心を探り、従順に振舞ってみせる。
 リオンはチラと視線を横に走らせ、壁際に控える黒衣の女官を一瞥した。

 闇冥姫(シャドウ★プルート)。
 エルンシャの12人の娘達の内、最も清らかな心を持ちながら、精神を破壊され、邪神の尖兵と成り果てた戦姫。
 無言でリオンを見つめるガラス玉のような瞳が自分の未来を暗示しているようで、酷く不快で、そして不安にさせられた。

 精神生命体である裏界生まれの侵魔にとって、精神破壊を得意とする古女王は天敵以外の何者でもない。
 もしも、面と向かった状態で不興を買ったならば、消滅は必至だった。

 恭しく頭を下げる秘密侯爵に機嫌良く頷き、古女王が言葉を継いだ。

「これ程便利な手駒を持ってして尚、あの体たらくとはな。コロネとぽんこつの無能ぶりが伺えるわ。
 どうだ、リオン。裏界など見限り、我が配下に加わる気は無いか。
 其の書物、蝿めの尻拭いのみに用いる様では余りに惜しい」
「勿体無い御言葉ではございますが、お断りさせていただきとうございます」

 即答だった。

「何その御見合い断るときみたいなセリフ。
 セルヴィの靴を舐めるよりぃ、ぽんこつちゃんのお尻を拭いてるほーが楽しいってゆーのぉ?」
「い、いえ、決してそう言う意味では―」
「裏界に居たらぁ、自慢の書物もぉ、ぽんこつちゃんのトイレットペーパーにしかならないわよぉ?」
「よさぬか、プリギュラ」

 抱え込んだ幼児の顔を上から覗き込み、裂けるような笑みを浮かべて問い詰める冥魔王を制して、エルヴィデンスはリオンに微笑みかけた。
 穏やかな、それでいて見る者を不安にさせる笑みを湛え、裏界の魔王に語りかける。

「リオンよ。其の返答の真意は問わずにおこう。
 ベール=ゼファーへの――或いはルー=サイファーへの――忠義故であるのか。
 愚かな蝿めを傀儡とし、裏界の実権を握らんとする野心を秘めたればこそであるのか。
 ちびでぺたーんなぽんこつの傍に居れば、自らが聡明かつグラマラスであるとの錯覚を楽しめるが故か。
 其れは聞かずにおくとしよう」

「ご配慮、痛み入ります」

 言ってリオンは慇懃に頭を下げたが、こっそりと闇姫の方を窺い、その大艦巨砲と、自身の(普段の)体格を頭の中で比べてみた。

 ベルの気持ちが、実に良く理解出来た。

 エルヴィデンス様が自分をグラマラスでないと評したのは、きっと、幼児化した姿しか見ていないからに違いない。
 そう、必死に自分に言い聞かせていると、なんだか虚しくなってきたので、急いで思考を切り替えて別の話題を口にした。

「それにしても、エルヴィデンス様は本当にベルが嫌いなのですね」
「私はな、殺したくなるほど嫌いなものが三つあるのだよ」

 即ち、怠惰、裏切られる事、そして百合だと、古女王は吐き捨てた。

「あの蝿めは総ての要件を満たしておる。好む理由も何も無い」

 余談だが、裏切られるのは許さないが、自分が誰かを裏切るのはいいらしい。
 随分と身勝手な話だが、其処を断固として押し切るのが神の神たる所以であった。

「アンゼロットへの振る舞いを見て、ベルが天界に寝返ったのではと疑っておられるのは察しております。
 ですが、決して、そのような事実はありません」
「ぽんこつちゃんが、怠け者で百合なのは否定しないのねぇ」
「ほう? 奴が怠惰でも裏切り者でないのなら、何故、アンゼロットが帰ってこれるのだ?」

 魔王ではなく、邪神と呼ばれる古代神の氷のような視線が、2歳児の姿をしたモノを刺し貫いた。
 まるで、初めて魔王に相対した駆け出しウィザードのように、裏界の魔王は、少女の姿をした冥魔王の腕の中でゾクリと背筋を振るわせた。
 それに気付いたか。プリギュラが、幼児となったリオンの身体をあやす様に揺すり、おどけた調子で口を挟んだ。

「んー。ぽんこつちゃんって、基本、愉快犯でぇ、真面目に働く気が全くないんだと思うわぁ」
「それは怠惰だ」

 一片の容赦もなかった。

「リオンよ。第八世界には君主論なるものがあるそうだな。
 君主たらんとする者、運命に頼らず、情に流されず、部下と政敵からは畏れられ、民衆からは聖人と看做されるよう努力すべし。
 そして何より、手段を選ぶな。そんな内容だとか」
「ぽんこつちゃんたら、見事に逆の事しかしてないわねぇ」
「私も伝え聞いただけで、まだ、まともに読んではいないのだがな。一読の価値はあるのではないか?」

「ご助言、感謝致します」

 リオンが礼を言って深々と頭を下げると、ちょうど、そこで控えの間の扉がノックされ、許可を得て入室した闇下僕が、皆、謁見の間に参集したと報告した。
 古女王は頷いて席を立ち、戸口へと向かうと、部屋を出る前にリオンを振り返った。

「リオンよ。お前達に半年の猶予を与えてやろう。私がアンゼロットを引き付けておいてやる。その時間、有効に使うのだな」
「それは勿論、心得ています。ところで……一つ、不躾な願いがあるのですが」
「何だ?」

 リオンはプリギュラの腕の中でモゾモゾと身じろぎし、片腕を自由にした。
 そして、自らの黒髪に結えられ、魔力を封じて無力な幼児へと変えた魔道具を撫でつける。

「このリボン、譲って戴くことはできませんか? アゼルが喜びますので」
「裏界が第八世界を征した暁には、祝いの品として下賜してやろう。精々、励むがよいわ」

 激励と嘲笑の入り混じった台詞を投げつけ、エルヴィデンスはリオンに背を向け、謁見の間へと歩みを進めた。
 古女王が退室し、我知らず、小さく息を吐いたリオンの耳元に、プリギュラが口を寄せた。

「ねぇ、鉄子ちゃん。わらわも頑張るからぁ、鉄子ちゃんも、ぽんこつちゃんのお守り、頑張ってねぇ。
 わらわがアンゼロットを追い払うのとぉ、裏界が表界を滅ぼすの、どっちが早いか競争よぉ」
「ええ。お手柔らかに」

 冗談めかした冥姫王の言葉に、リオンは他意なく、愛想良く答えた。

 この日から7ヶ月後。
 リオン=グンタはルー=サイファーを復活させるも、アンゼロットは第三世界を離れず。

 更に2ヶ月後。
 プリギュラ率いる冥魔の軍勢が、アンゼロットの住まう月都ヴァリディアを包囲するのである。



 冥魔化した光の精霊を光源とする石造りの部屋の中、一段高い場所にある玉座から、古女王は居並ぶ配下を見渡した。

「私の可愛い下僕達よ。朗報だ。アンゼロットの帰還は大幅に遅れる事とあいなった」

 その言葉に、謁見の間の薄暗い闇の中で、影姫を始めとする古代神信者達のどよめく気配が生じた。

「大陸各地に潜伏する闇下僕には、奴が戻り次第『かの者は騙りである』と民衆を煽動するよう、既に指示している。
 だが、一ヶ月の猶予を得た以上は、より入念に準備をして出迎えてやろう」

 ゆっくりと配下の顔を見渡し、一人ずつ指示を与えていく。

「タナトス。お前に与えた聖姫暗殺任務は一時凍結する。
 月都ヴァリディアに赴き、旧月女王派の主だった"文官"を暗殺せよ。まずは神官から殺せ。余裕があれば魔術師を狙え。
 アンゼロットが戻ってくる前に、月都の事務処理能力を下げるのだ。優秀な文官が一人でも減れば、其れだけ奴の負担が増えるからな」
「承知」

「影虎姫(シャドウ★タイガー)。お前はアルクスタ大森林に隠遁する聖木姫の身柄を確保しろ」
「ハッ!」
「エンシェント・プリースト。お前は聖地姫(セント★ガイア)に接触し、その信頼を得てアンゼロットとの対立を煽れ。
 男を取り合って戦さを起こした愚かな女などよりも、聖地姫の方が世界の守護者や女王に相応しいと吹き込むのだ」
「御意」

「聖水姫(セント★アクア)は如何いたしましょうか」
「奴は聖兄姫が口説いておる。宰相セルヴィ・エンデに助力するようにな。
 其れと、聖虚姫なる新たな聖姫の所在が判明した。ルーンクレリック。この者についてはお前に任せる」
「総て、御心のままに」

「モンク。お前は手勢を率いて、空導王の逆侵攻作戦でエル=ネイシアに攻め込んだ神聖騎士団の残党を装い、月都周辺を荒らし回れ。
 アンゼロットは此方で兵力を集め、第一世界に送る心算だ。故に、先んじて民衆の対ラース=フェリア感情を悪化させるのだ」
「お任せあれ」

「歌下僕エミー・ザ・クローン。ラース戦役で捕らえたサモナー達の調教は進んでいるか?」
「はいッ! 24時間交代でエルヴィデンス様を讃える聖歌を聞かせ続けています!
 後一週間程度で、立派な下僕になるでしょう!」
「よしよし。調教が済み次第、儀式魔法で異世界から有能な人材を召喚するのだ。
 其れまでには、我が祭器たる洗脳アイテム・黒の魂の増産も出来ていよう」

 満足気に頷いて、今度は影姫の一人に目を向ける。

「影蠍姫(ダーク★スコーピオン)。どうやらエンダースは使えぬ男のようだ。第一世界へと援軍に向かう準備をしておけ」
「畏まりました」

「それから―」
「わらわはぁ? わらわはぁ?」
「お前は大人しくしておれ。"セルヴィ宰相"が冥魔と手を組んでいる事は、民衆には秘密だからな」

 裏界に戻るリオンを見送り、遅れて謁見の間に現れた冥魔王を嗜めた古代神は玉座の上から皆を睥睨した。
 この中に、単独で荒廃の魔王と互角以上に戦える者はプリギュラしかいない。
 秘密侯爵のような便利な能力を持つ者もいない。

 だがしかし、エルヴィデンスは世界の守護者を打ち倒し、この世界を支配している。
 古女王は識っている。手札の有効性は、使い方によるのだと。

「さあ行け、私の可愛い下僕達よ! 異世界からの侵略者〈真昼の月〉の侵攻に備えるのだ!」

   ウラァァァアァァァッァァッッッッ!

 主の言葉に、下僕達が一斉に鬨の声を上げた。

「我らの女王様の為にッ!」「主八界を創造主の御手に取り戻す為にッ!」「世界の総てを、あるべき姿に正す為にッ!」

   「「「生きとし生ける者総てに、下僕の喜びを教えんがためにッ!」」」

 人間にとっての最高の幸福。それは、より優れたる者との一体感への耽溺である。
 下僕とは、そうと信じて疑わない者達であった。

 大陸各地に散っていく部下達を見送るや、エルヴィデンスは別室に移り、古女王の装束から宰相の正装へと着替えた。
 金色の髪を撫で付け、額にサークレットを飾り、眼鏡をかけ、唇を紫に塗る。
 見る者総てに戦慄を強いる邪神の姿は其処になく、換わって、知的かつ妖艶な長身の美女の姿が現れる。

 聖星姫(セレスティアル★プリンセス)セルヴィ・エンデ。
 国民の崇敬を一身に受ける、美貌の敏腕宰相。
 アンゼロットとイクスィムがエルンシャを巡って起こした争いに端を発する、長き戦災に荒廃した国土を復興させた偉大な政治家。
 それが、今の彼女の表の顔だった。

 地上に出ると、丁度、鶏の鳴き声が響いていた。

「おや、もう朝ですか。今朝は少し、遅れてしまいましたね。
 今日中に処理しなければならない書類が沢山あるというのに。
 ミカエル宰相との外交もしなければなりませんし、今日も仕事が山積みですね」

 傲岸不遜な独裁者の口調から余所行きのソレに切り替えて、一人言を呟きつつ職場に向かう。
 擦れ違う下僕達の崇敬に満ちた眼差しに温和な笑みを返して歩みを進め、病床に伏せる傀儡の女王セフィスの容態を確認する。
 今日も、病状は安定しつつも、快方に向かう様子は見られなかった。望み通りだ。此方は何の問題もない。

 女王の私室を辞したセルヴィは宰相の執務室に入り、朝食の前に部屋を埋め尽くす書類の山に一通り目を通した。
 下僕達が決済の終った書類を運び出す間に、何気なく席を立ってテラスに出る。
 太陽の塔のテラスからは、壮麗なる都が一望出来た。
 其処では今日もまた、従順で勤勉な下僕達が、笑い、喜び、楽しみ、己が選んだ主に仕えられる幸せを噛み締めて生きていた。

「美しい……下僕達よ、誇るが良い。お前達は主八界で最も優れた民族だ」

 古代神が関わらずとも、毎日のように世界の危機を起こし続けてきたラース=フェリア人。
 敬虔ではあれ、戦う事しか知らぬエルスゴーラ人。
 冥界から自分達を保護していた天界に弓引き、結果、冥界の影響下に落ちた、愚かなるエルフレア人。
 実在する神々から目を背け、世界結界に包まれた偽りの世界に生きるファー・ジ・アース人。

 いずれも、信仰に篤く自己犠牲精神に富むエル=ネイシア人とは比べるべくもない。

「アンゼロット。イクスィム。この世界は"神にとって"理想郷だな。全く、素晴らしい世界ではないか」

 感慨を込めて、呟く。

 第三世界エル=ネイシア。
 其処は、無数の下僕達がひしめくパラダイス。
 ある意味、主八界で最も完成された世界だ。

 そのまま見惚れていると、やがて道行く下僕達がテラスに立つ宰相の姿に気付き、歓声を上げて手を振り始めた。
 セルヴィは微笑みながら手を振り返し、立ち上る崇敬の念に満ちたプラーナを全身で受け止め、うっとりと目を細めた。

「心地良い……」

 そう、此れだ。此れこそが、人と神のあるべき姿だ。
 超至高神は此れが欲しくて世界を創らせ、百八柱の古代神は此れを求めて反逆したのだ。

「ベール=ゼファーよ。幻夢神よ。
 此れが、此れこそが、神の誇りを投げ捨て、弱者の命運を握って悦に入る貴様等には決して味わえぬ無上の幸福。
 "信仰の享受"だ。
 愛、敬意、喜び……正の感情に満ち満ちたプラーナの、何と美味なる事か……この幸せは、何物にも変え難い」

 今はまだ、この信仰は"エルンシャの地上代行者セルヴィ・エンデ"に向けられたもの。
 されど、いつの日にか。
 必ずや、ありのままの自分に。真実の自分に。
 古代神エルヴィデンスへと、この信仰を向けさせよう。

 第一世界ラース=フェリアは冥龍王クルムクドゥ率いる冥魔七王が制圧した。
 第二世界エルスゴーラでは、冥魔王ジルコニアを頂点とする機械帝国が最強の大国パイリダェーザにとって変わった。
 第三世界エル=ネイシアは、冥姫王プリギュラを擁する古女王エルヴィデンス自身が掌握。
 第四世界エルクラムへとは、冥獣王ゼイエルの束ねる精霊獣の群れが触手を伸ばす。
 第五世界エルフレアの方では冥蛙王ヘルクストーのドラグテイル王国とミカエル宰相のエイサー王国が天界門を確保。
 第六世界エルキュリアでは、冥蟹王カニジェネラルが守護天使の座を蹴って冥界の軍門に下った。
 第七世界ラスティアーンでは、八大神に匹敵する力を持った冥魔が間もなく誕生すると聞く。
 第八世界ファー・ジ・アースでは、アンゼロットが帰郷して裏界魔王百余体への対処が二十歳にも成らぬ小娘に委ねられた。

 永き雌伏の刻を経て。
 今、古代神陣営は、総ての世界で天界との戦いを優位に進めていた。

「此度こそ……此度こそ、我等の創りし世界の総てを……我等、百八の"創造神"の手に取り戻すのだ……」

 低く呟き、空に残る月に目を向ける。

「この世界は私のものだぞ、アンゼロット。私がずっと見守って来たのだ。ずっと昔から。お前が産まれるよりも、前からな」

 この時より48日後、アンゼロットは故郷の土を踏む。だがそれは、長く苦しい闘いの幕開けに過ぎない。
 主八界総てを舞台とした第二次古代神戦争は、まだ、始まったばかりだった。



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