ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

それぞれの溜息の理由――井上準の場合

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匿名ユーザー

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「はあ……」

 井上準は、公園のベンチでまた一つため息をついた。
 待ち合わせの相手はまだ来ない。
 約束の時間はもう過ぎているというのに。
 彼は今、一つの恋をしている。
 彼女のことを知ってから、彼の人生で出会ってきた女性の誰よりも輝いていた。

「はあ……」

 また一つため息をつく。これで何度目のため息になるのか、もう数えるのも億劫になってきた。
 ふと、彼の中で不安が立ち上る。
 もしかして、俺はすっぽかされたのか。
 待ち合わせる相手のことを考えれば、それも容易に想像できる。
 だが、あえてここは、もう少しの間だけ、このベンチで待つことにする。

「はあ……」
「何辛気臭いため息なんてついてるのよ」

 ふと、可憐な少女の声が準の耳に届いた。

「っ……」

 顔を上げる。そこには彼の待ち人が、不敵な笑みを浮かべて佇んでいた。

「待たせたわね」
「い、いや、全然問題ない……」

 準は取り繕うように相手の少女――ベール・ゼファーに言う。

「それで? このあたしを捕まえて話があるということだけど、一体何?」
「あ、ああ、すまん……」

 準は自分を落ち着かせるように、一つ、また一つ深呼吸をする。
 相手は魔王なのだ、呑まれるわけには行かない。

「こんなことを他の誰にも頼めねえ、あんたにだけしか頼めないんだ」
「へえ……」

 ベルは目を細める。
 彼女の予想では彼の頼み、例えば誰かの暗殺、謀殺。
 こんな後ろ暗い依頼なのだろう。
 それも楽しそうだ。ここしばらく退屈していたが、ちょっとは面白くなる予感に、ベルは心を躍らせる。

「頼む、俺に……」

 さあ、言え。お前の願いを。
 悪魔的な思考でベルは準の次の言葉を待つ。

「俺に、シアースたんを紹介してくれ!」



 その日。
 学園世界の公園で、謎の大爆発が発生した。
 幸いにも被害者は一人で済んだのが奇跡的だったが、次の日に、やけに不機嫌なベルとそれをなだめるアゼルの姿が目撃され、ウィザードは何らかの関連性を疑った。

「あー、畜生、やっぱだめか……」

 病院のベッドで準はぼやく。

「お前は何考えてるんだ?」

 見舞いに来た柊は、あきれたようにそう準に言う。

「シアースに一目ぼれして、そいつを紹介してもらおうだなんて、呆れて物が言えねえよ」
「あんたに何が分かる! 小さい子だぞ! しかもずっと小さいままなんだぞ! 最高じゃねえか!」
「分かりたくねえよ」

 冷ややかな視線を向けて柊は、花瓶に花を添えた。

「あー、俺の理想なんだけどなあ、シアースたん……」

 惜しそうに準はまた呟く。
 柊は、今度こそ準を虫を見るような目を投げかける。

「じゃ、俺はもう行くぞ」

 もうこれ以上ここにはいたくない。柊は無言で病室を後にした。
 しかし、話はここで終わってはくれなかった。

準が全快して、しばらく経ち。

「今度は俺に何のようだ?」

 柊はうんざりしたように、待ち合わせた準に語りかける。

「なあ、極上生徒会にノーチェ、って子がいるだろう?」
「……何だ、まさかノーチェにお近づきになりたいとか、そういうんじゃないだろうな」
「ああ! 一つの恋が破れた今、俺は新しい恋に生きることにしたんだ!」
「じゃあな」

 柊は踵を返して立ち去ろうとするが、その手を力いっぱい掴みあげて、準は無理やりにでも彼を引き止める。

「頼む! 他に頼れるのは先輩くらいしかいないんだ! 俺の精一杯の頼みを聞いてくれ!」
「離せ! もうお前と関っていられねーんだよ!」

 柊は背中を向けてこの場を立ち去ろうとする。
 しかし、準はその背中にすがり付いて、柊を逃がそうとしない。

「頼む、生徒会の接点は、もう先輩だけしかいねえんだ! あんたを男と見込んでお願いしてんだよ!」
「そんなことで俺を頼るなああああああああ!」

 柊の心からの絶叫が公園に響いた。それは近隣にまで届いたのだが、「ああ、いつもの柊だ」と誰もが納得し、それ以上の騒ぎになることはなかったという。

「あー、ノーチェ、ちょっといいか?」
「はひ?」

 アイスを加えてご満悦なノーチェに、心底疲れきった柊が呼び止める。甘いアイスを口の中に流し込み、そのリストラ直前のような顔をした柊に、いぶかしげな顔を浮かべる。

「どうしたでありますか、そんな公園のブランコで黄昏てるようなサラリーマンのような顔をした蓮司ははじめて見るでありますよ」
「俺はリストラされた親父か!? じゃなくてだな、あー、その、なんだ……」
「歯切れが悪いでありますね。はっきり言うであります」
「……お前に会いたいって、やつがいるんだが……」
「はい?」
「おい、出て来い」

 柊が投げやりに呼びかけると、緊張した面持ちの準が、どこかで買ってきたのか、花束を抱えて姿を現した。

「は、はじめまして、ノーチェさん! 俺、川神学園の井上準って言います!」
「川神? ああ、あそこでありますね。なんか変わった校則があるという話は聞いたことがあるでありますよ」
「はい、知っててもらって光栄です!」

 裏返った声で元気よく話す準だが、そんな様子の彼に、柊は肩を落としてこれまでの経緯を思い出す。
 結局あの後、3時間に渡って、彼に幼女の素晴らしさをとうとうと語られ続け、いい加減心が荒みかけた柊が根負けして、ノーチェを紹介する段取りを取り付けると約束し、タイミング的に重なった今日まで、ひたすら電話による催促が続き、柊の疲労はピーク寸前だった。
 ようやくこの心労が報われる。ついでにこいつからようやく解放される。それがたまらなく柊には嬉しかった。

「その井上準が、一体なんでありますか?」
「はい! 今日は是非、ノーチェさんに聞いていただきたいことがあるんです!」

 準はこの日のために用意した台詞を頭の中で反芻し、深呼吸して精神を落ち着かせる。
 花束を差し出して、準は溜めに溜めた言葉を一気に解放する。

「ノーチェさん、俺の妹になってください!」
「……はい?」

 ぽかんとするノーチェ。

「一目見たときからずっと貴方が俺の理想の妹像と重なるんです! お願いします! 一度でいいから俺のことを“お兄ちゃん”って呼んでください!」
「……蓮司、どういうことでありますか?」
「どういうことも、そういうことだよ。これ以上俺に言わせるな」

 視線を合わせずに柊はそう言う。
 準の熱い視線に、薄ら寒いものを感じたのか、ノーチェの全身の毛が総毛だった。

「う、うひいいいいいいいい! き、気持ち悪いであります! 寄らないでほしいであります!」

 ノーチェは力いっぱい準を突き飛ばし、猛ダッシュで逃げ出した。突き飛ばされた衝撃で頭を打ったのか、準はその場で気を失っていた。

「……あいつも災難だよな」

 もう見えなくなったノーチェに、同情の視線を向ける柊だった。



 その後、準の猛烈なアタックは延々と続き、大人しいノーチェが完全にキレて魔法で彼を追い払うまで、ノーチェは夜も眠れない日々が続いたという。
 そして、新しい恋を見つけたと柊にまた別の相談が彼に寄せられるのだが、今度こそ柊は彼をグーで張り倒した。 


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