後日譚2

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madromanticist

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だれでも歓迎! 編集
――今日もふたりは仲良しこよし。
――きっと明日も仲良しこよし。
――いついつまでも、幸せに。


ゆとりのひじ 筆


『初夜』



夜の帳が降りて、もう外はすっかり闇の中。
夢追中(ゆめさこ かなめ)は濡れ縁から庭を眺めて火照った頬と身体をなんとか冷まそうと試したが、
高鳴る胸の鼓動は周りの静けさを震わせるくらい飛び跳ねるばかり。緊張は一欠片もほぐれなかった。

深呼吸を一度、二度繰り返し、目をつぶって精神集中。
よし、と小さく口の中で呟き、そっと寝室へ繋がる襖を開く。
薄暗闇の部屋の中。畳敷きの寝室の真ん中に、大きめの布団が綺麗に敷かれて待っていた。





――――『初夜』――――





『Side 夢追中』

布団に潜り込むべきか、座るべきか、はたまた立っているべきか……。
薄手の白い襦袢の下で早鐘のように打ち鳴らされる胸を抑えながら、夢追は落ち着かずにいた。

「……はぁ」

熱い吐息をこぼし、暗闇に慣れた目を閉じたままの襖に向ける。
もうすぐその襖を開いて待ち焦がれた相手がやってくる。
そう思っただけで目の奥が熱くなり、胸が苦しくなる。
夢追は自分の腕を強く抱き、震えだす身体をなんとか抑えこんでいた。
しかし湧き上がる期待、羞恥、不安……次々と溢れだす思いが、今すぐ駆け出したくてたまらない気持ちにさせる。
なにせ、これから始まるのは夢追中と姦崎姦(かんざき れいぷ)の――初めての――夫婦の営みなのだから。

――姦君!

姦の名前を頭に浮かべた瞬間、のぼせ上がるように夢追の視界がいっそう熱く揺れた。
姦は触手である。それもその道においては右に出る者もいないと謳われる存在だ。
そういった方面には疎い夢追にとって、未知の世界へと踏み込むことは、
しかも最愛の相手とそこへ至ることは、意識が遠のくほどの激情を湧かせた。
悶々とした時間が流れる。
姦はいつやってくるだろうか――揺らめく思考の中、夢追が襖を見やったその時。

「お、おまたせ」

その想いの相手が襖を開けて現れた。
その声を聞き、その姿を見て夢追はビクリと全身を震わせた。

お嫁さんである自分。
お婿さんである姦崎姦。
自分達は純愛の末に結ばれ、晴れて夫婦となり――そして、この時を迎えたのだ。





――――





「かなめちゃん」
「あっ、姦君」

姦は寝室へと入ると、布団の脇に立ったままの夢追の身体をそっと抱きしめた。
しゅるしゅると姦の腕が夢追の腋や背を回り、暖かくその身体を包み込む。
夢追もまた姦の身体をまとめて束ねるように抱きしめ返した。
慣れ親しんだ姦の体温が、今日は燃えるように熱く感じられる。
抱きしめられたまま、夢追は自分の息が荒く上がっていくのを実感していた。

ふわり。ふわり。

姦の腕が、夢追の緊張をほぐすように髪を軽く撫でた。
ぎゅっ――と、思わず姦の腕を握りしめる。
これからなにが始まるのか。自分はなにをすればよいのか。
意識ばかりが加速して、身体が石のように動かない。
なにかを言おうにも唇が震えてまともに声も出ない。

「かなめちゃん、大丈夫だよ」

そんな夢追の耳元で、姦がなだめるように囁いた。

「わ、私……あの……どうしたら……」
「大丈夫、僕に任せて」

そして火照った頬に、優しく触れるキスを感じた。





『Side 姦崎姦』

時刻は少し遡る。
湯気のたちこめる温泉の傍らで、姦は岩肌から溢れる天然のシャワーを浴びていた。
塩辛いお湯を浴びて、身体のすみずみまで洗い残した腕がないよう入念に手入れを続けていた。
一本一本の腕を丹念にお湯にさらし、続けて長い柄のついたスポンジと石鹸を手に取り、よく泡立てる。
そうして泡立てたスポンジで腕を一本ずつ、さらに念入りに磨いていく。

シャワシャワ、シャワシャワ――

白いあぶくにまみれた姦が、もう一度シャワーの下に移動して、身体についた泡を落とした。

「ふう」

洗い残しがないか腕を振り、そしてやっと満足がいったようにくねくねと湯船へ浸かった。
揺れるお湯の中、はーっと伸びをして全身を温泉に委ねる。ゆらゆら――昆布かワカメに見えなくもない。
そのまま一本の腕を水面から上げ、空を見あげた。
白く煙る湯気のむこうに綺麗な夜空が広がっている。
今、この屋敷が建っているのは都会から遠く離れた山奥の、そこの開けた丘の上。
今日は特別に星空の綺麗な場所がいいと、お嫁さんの夢追が望んだのであった。

――かなめちゃん。

姦は思わず力を込め、腕を一本、二本と水中で振った。
水面にざぶざぶと小さな波が広がる。同じように、姦の心中も波立っていた。
今日、いよいよ愛しあい、愛し続けた相手とひとつに結ばれるのだ。
純愛に憧れ、夢見るような恋に焦がれ、そしてそれをふたりで叶えた相手――夢追中。
夫婦となり、もはや何ひとつ心に悩むことのない、愛の伝えあい、繋がりあいを共感するのだ。

「――がんばらないと」

姦は声に出して、己を鼓舞した。
なんだかんだと、そういった事には場数を踏んでいる姦である。
普段は奥手の性格でも、そこには自信もある。
だからこそ! と、姦は奮起する。
だからこそ、本当に愛しあい、身体より先に心で結ばれた相手には、
これまでのいつよりも、誰よりも、何よりも最高の繋がりを共有したかった。

ブン、ブン――バシャ、バシャ――

湯気の先に夢追の白く輝く姿を幻視する。
そしてすぐ後に実際にそれを目の当たりにするだろう事を思い、姦は身体を震わせた。
落ち着いて、興奮し過ぎないで――大丈夫、僕になら出来る――僕にしか出来ない!

バシャリ――

ひときわ大きく水を跳ねさせ、姦は屹立した。
よし! がんばろう! 腕に力をみなぎらせた。そして、

「――あ! 急がないと!」

姦は自分が感慨に耽り過ぎていた事に気付き、大慌てで温泉から上がった。
脱衣所に駆け込むと急いで複数のバスタオルを掴み、わしわしと身体の水分を拭き取った。





―――――





「お、おまたせ」

襖を開けて寝室に入った姦の視界に、緊張で倒れそうな夢追が飛び込んできた。
見返す夢追の目は、期待と不安に色付き、燃え盛っていた。

「かなめちゃん」
「あっ、姦君」

意識よりも先に姦の腕は夢追の身体を絡めとっていた。
けれどもその手つきはあくまでひな鳥を扱うように繊細に。
自分の無意識の振る舞いに、姦はふたりで築き上げてきたこれまでの時間を感じ、いっそう心が沸き立った。
夢追の燃えるような体温と打ちつける胸の鼓動が強く伝わる。
ぎゅっ――と、姦の腕の一本を、夢追の両手が握りしめてきた。
その手から夢追の期待と不安が痛いほど伝わってきた。

「かなめちゃん、大丈夫だよ」

そんな夢追を安心させようと姦はそっと囁いた。
どうかその心を安らかにさせたい。
そして、絶対にその心を満たしたい。
だから――
感極まって今にも泣き出しそうな瞳の、愛する人の頬にキスをして、姦は思った。

興奮し過ぎないなんて、無理かもしれない。





『in the bed』

「姦君……んっ!」

姦の腕の中で、夢追が小さく息を飲んだ。
姦が、夢追の唇をそっとなぞるにようついばんだのだ。

「……ふっ……あ……」

夢追は身体をこわばらせ、目を強くつぶった。
目尻から、溜まっていた涙が一滴、頬を伝って落ちた。

「あっ!?」

姦が夢追の足と腰に腕を伸ばし、そのままふわりと夢追を持ち上げていた。
思わず声をあげ、夢追は両手を胸の前で強く握り、足先を縮こませ、空中で固まる。

「大丈夫。大丈夫だよ」

夢追に腕を一本、痛いほど強く握りしめられながらも姦は優しく囁き続ける。
一度、二度、幼子をあやすように夢追の身体を揺すり、それからそっとその身体を布団に横たえさせた。
勿論、緊張で石のように固まる夢追の上に、覆いかぶさるように、姦も一緒に横たわった。

姦は燃え上がるような想いをなんとか押しとどめ、夢追の状態を確認した。
全身に力を込めて、すっかり固まってしまっている。
不安と緊張で、事態もよくわからなくなっているかもしれない。
まずは緊張を解きほぐして、リラックスさせてあげなきゃ――姦はそう判断した。

「かなめちゃん、少し一緒にこうしていようか。身体の力を抜いて」
「あ、う……え……?」

姦は身を乗り出し、いっそう多くの腕を夢追の身体に密着させた。
そして一本は頬に寄り添うように、耳元で優しく語りかけ。
一本は髪を乱れないよう梳いて、撫でてやり。

「――――ひぅっ!?」

腕や足の筋肉に沿って、夢追の力を抜くように触手を走らせ、揉みほぐし。

「――――ひぁっ!?」

襦袢の上から、そっと腹筋や、腋を撫でほぐした。

「……あ、はっ……姦君……?」

姦に身体を撫でられるたびにビクリビクリと細かく身体を震わせ、声を漏らす夢追。
全身を姦に触れられ、全身から姦の体温が伝わってくる。
しゅるりと姦の身体が大きく動き、夢追の腕や足をくるくると包み込んだ。
腹を巡り、胸元もややおずおずと、壊れ物を扱うようにそっと腕を密着させる。

「……姦君……あったかい」
「かなめちゃん、すごいドキドキしてる」
「だ、だって……今もなんだか夢見心地で……」

夢追の身体から、少しだけ緊張が抜けた。
姦はそれをいち早く察知すると、改めて一本の触手を夢追の顔の正面に、真正面に向けて、その双眸を受けとめた。
そして、はっきりと言う。

「かなめちゃん、愛してる!」
「姦君……! 私も愛してる!」

そして、夢追の口へ、ゆっくりとキスを落とした。
ふにりと、夢追の唇と姦の触手の先端が触れ合い、繋がる。

「んむっ……ん」

姦の触手が、夢追の唇を優しくなぞり、揉み、吸い上げる。
これまでにも何度かくちづけを交わしてきたが、これまでに一度もなかった情熱的な唇の愛撫。
夢追はその瞬間に、意識を手放しそうな程の多幸感を味わっていた。





――――





姦の触手が夢追の手に、足に、背に、腹にキスを落とし続けてしばらく。
夢追の身体は再び緊張を始めていた。
これまでとは違う理由によって。

姦の腕が夢追の身体を撫で、さすり、揉むのにあわせ、夢追の腕が、脚が緊張にこわばる。
姦の腕に抱かれた肌がしっとりと汗に濡れて、襦袢が張りつく。
その乱れた襦袢の隙間から、桜色に染まった肌が汗で光る。
そんな夢追の腕に、脚に、襦袢の隙間から覗くヘソに、姦は沢山のキスを落とした。

「あぁ……はぁ……は……姦君……姦君……」
「かなめちゃん……」

姦の沢山の触手が沢山のキスを浴びせ、そのたびに夢追は息を荒く乱す。
夢追は今まさに、全身で姦を感じ。
姦は今まさに、夢追の全身を感じ。
夢追の身体から返される反応に、姦の落とすキスひとつひとつの所作に、共に愛を感じていた。

「あ、あ、姦……君……あっ」

姦が首に、耳にキスを落とした時、熱に浮かされた口調で、夢追は姦の名を呼んだ。
夢追の身体から返る感触を、巻き付けた腕の中で震える手足の反応を――
そして、自分の名を呼んでくれる夢追の声に満たされていた姦が、その声に反応して、腕を止め、夢追の顔をうかがった。
両目をうるませ、上気した顔で、泣き笑いのような充足の表情を見せる夢追は、姦の燃える思考をよりいっそう焼き上げた。

「だいすき……」
「かなめちゃん……っ!!」

その口から、そんな言葉を聴いて、姦は思わず夢追の全身を強く抱きしめていた。

「んっ!……んむっ!?……むあっ!」

そして、迷わず夢追の口へ再度のキスを。
今度は唇を撫で上げ、その中へ。
姦の触手が夢追の口の中へと注がれ、口腔を撫でまわし、燃えるように熱い舌を絡めとり、その舌へ、キスをした。

「ん――――! んーっ――――!」

夢追が喉をのけぞらせ、身体を弓なりに曲げて大きく痙攣する。
初めて味わう、愛しい相手の味は、熱く、とろけるほどに甘かった。

夢追の手足が腕の中でつっぱられ、ぎゅうと握られる。
浮き上がった腰を楽にするように、支えるように腰回りの触手を調節しながら、姦は思う。
本当に、嬉しかった。
姦はただ、その想いを乗せて、夢追へと深い、深いキスをした。

「――――っ!!!」

その瞬間、夢追の呼吸が止まり、全身が極限まで緊張し、そして弛緩した。
姦の腕に抱き支えられながら、夢追は一気に脱力し、ふにゃりとその身を姦に預けた。
夢追の口と、姦の触手が、ふうわりと離れる。

「かなめちゃん、そろそろ……いくよ」

夢追の全身がほぐれきった事を確認した姦は、緊張していた手足をいたわるようにやわやわと揉みながら言った。
もう、十分に頃合いだろう。夢追の出来上がった身体を見て、姦は考えていた。
正直なところ、姦自身もそろそろ我慢の限界を迎えようとしていたのだ。
夢追の緊張をほぐすためとはいえ、この状況で我慢し続けるのは流石に無茶というものだ。
ぴったりと肌に張りついた襦袢の中へ、なにも隔てるもののない触れあいを。

そして――

「かなめちゃん……いくよ」

姦は宣言し、みなぎり溢れる触手を奮い立たせた。

「……かなめちゃん?」

が――

「きゅう……」
「か、かなめちゃん!?」

どうも反応がないなと夢追の様子を見てみれば――先ほどのキスですっかりと意識を飛ばしていたのだった。

「……ど、どうしよう!? ちょっと頑張り過ぎちゃった!?」

溢れる想いで熱が入り、本番を前にして完全に夢追をノックアウトしてしまっていた。





――――





「すぅ……すぅ……」
「ううん……」

夢追の寝顔を間近で見ながら、姦はなんとか考えを巡らせていた。
恐らく夢追をなんとか起こして続きをすると言っても、夢追は許してくれるだろう。
きっと、それも喜んでくれるだろう。
だが、完全に満足しきった表情で安らかな微笑を浮かべて眠る夢追を見ると、
満足させた相手をもう一度起こすのもはばかられるように思えた。
思案しながら、姦はそっと夢追の頬を撫でる。

「ん……ちゅっ」

その姦の腕に、夢追が反応してキスをした。
姦の腕にキスをした夢追の表情は、先程よりいっそう笑顔の色が濃くなっているようだった。

「……うん、僕達、結婚したんだものね。まだまだ、ずっと時間はあるんだし、慌てる必要もないよね」

姦は呟くと、夢追の頭をそっと抱え、腕枕してやった。
身体を巻いていた触手も夢追が寝やすいように調整し、改めて横並びに抱き合うように、柔らかな身体を抱きしめる。
眠ったままの夢追が、姦の身体を抱きしめ返した。

「ふふふ……おやすみなさい、かなめちゃん」

くすぐったさを感じながら、姦はそう言って夢追の頬にもう一度優しくキスをした。





―――――





夜更けの寝室に、穏やかな寝息が流れている。
窓のないその部屋は、しっとりとした暗がりに暖かな空気を満たしていた。
その部屋の中央には少し大きな布団がひとつ。
その布団の真ん中には、少し大きな小山がひとつ。

晴れて異種族婚を果たし、純愛の末に結ばれた夫婦。
姦崎姦と夢追中。
ふたりは仲良く、寄り添いあって眠っていた。





『in the garden』

夜更けの寝室の真ん中の、少し大きなひとつの小山。
その山裾から、一本の触手が伸びている。
その触手は畳の上を這い、襖をうっすらと開けて隙間から外へと伸びていた。

辺りはすっかり夜も更けて。
静まり返った庭にひとつ。
空気を静かに切る音が聞こえた。
影絵のようにシルエットとなった一本の触手は、木刀を持ち、一心不乱に素振りをしていた。

姦崎姦。
純情純朴の触手少年。
だけどやっぱり男の子だもの。

燃え上がったこの想い。発散せずに寄り添ったまま寝るなんて、とても出来ない話であった。

「――――ふっ! ――――ふっ!」

寝室では眠る夢追の体温を感じながら、庭の姦は全力で木刀を振る。
時間はあるから、慌てる必要はないんだからと、迸る情念を振り払っていた。
そんな光景を、空のお月様が優しく見守っていました、と、さ。

めでたしめでたし。





『後日譚』

よく晴れた、清浄な空気に満ちた、山の朝。
穏やかな日差しを浴びて、山の中に立つその風変わりな屋敷は柔らかく輝いていた。
姦と夢追の『初夜』が明けた朝。

「ん……」
「あ……おはよう、かなめちゃん」

甘い体温に暖められた寝室の、真ん中に敷かれた少し大きな布団の中で。
夢追がまどろみから覚めて、それに気付いた姦が、微笑むような声で挨拶をした。

「んん……姦君……? おはよう……」
「うん」

ぼんやりとしたまま夢追は目の前の姦に返事を返す。
そして、間近で姦と見つめ合い、自分の身体がしっかりと姦に抱かれている事に気付き――

「――――! れ、姦君! おおお、お、おはよう……ござい……ます」
「そ、そんなにかしこまられると、僕もなんだか照れちゃうな……」

前夜の記憶を取り戻し、瞬時に赤面。大慌てでもう一度挨拶を返すと、語尾を急速に縮めながら、かしこまった。
その反応に、くすぐったさと、幸せを感じながら、姦もまた、おおいに照れた。

「……」
「……」

しばし黙ったまま、互いに相手の身体をおずおずと抱きしめ、その温もりを堪能する。

「……あ、朝ごはん! 用意しま、よ、用意するね!」
「う、うん、ありがとう!」

やがて恥ずかしさに耐えられなくなったか、夢追が布団から飛び出し。
姦もまた、照れ照れと触手の先をくねらせながら、起床した。





―――――





「ごちそうさまでした!」
「お、おいしかった?」
「すごく美味しかったよ!」

雨戸を開け放ち、山の朝をすっかり屋敷の中に取り込みながら、朝食を終えた食休みの一時。
ギクシャクとお茶を注がれ、それを受け取ってひとすすり。ふう、と姦が一息をついた。

「ふわぁ……」

と、思わずあくびが溢れる。

「姦君?眠そうだね」
「あ、うん。昨日はあまり眠れなくて――――あ」

夢追の疑問に思わず素直に答えて、慌てて言葉を止める。
まさか興奮が収まらなくてずっと木刀を振っていたなどと言える訳がない。
だが、その言葉をどう解釈したか、

「!!!」

夢追は思い切り沸騰したように顔を赤らめ、うつむいてしまった。

「あ、かなめちゃん、あの」

その反応に、今の言葉をどう勘違いしたかをだいたい予想した姦がなんと言葉を続けようか考えている間に、

「れ、姦君……き、きいてもいいかな」

夢追が先に口を開いた。

「わ、私……昨日は、その、姦君にいっぱい、触ってもらって、えっと、その、すごく幸せで、
 と、途中からふわふわしちゃって、なんだか、全然覚えて……いない、んだけど、その……、
 あ! 姦君の腕がずっと私を抱いていてくれたっていうのはなんとなくわかってて、
 ずっと暖かくて……
 で、でも! その……姦君は、ええっと……あの、
 わ、私! ど、ど、ど、どうでしたか!?!?」

真っ赤になったまま、ものすごく恥ずかしがりながら、最後の方はやけっぱちじゃないかというくらいの勢いで、夢追が言い切った。
最後までできませんでした――――などと言える訳がなかった。
姦は冷や汗をダラダラと垂らし、考えた。
一体、何て答えればいいんだろう、と。

だが――――

手をぎゅっと握り、真剣な眼差しでこちらを見続ける夢追を見て、嘘や誤魔化しは言えないと姦は思った。
と、同時に、その表情に、昨夜の夢追の表情が被る。
泣き笑いのような表情。弛緩した笑顔。安らかで、満ち足りたキス。
それらを改めて思い出した姦は、すっかり照れながら、こう言うしかなかった。

「ほ、本当にすごく――――良かったよ」

やったあ! と明るい笑顔になる夢追。抱きつかれ、キスをされ、お嫁さんと幸福感に包まれながら、姦は改めて思った。
ああ、夢追中という人と出会えて、結婚できて本当に良かった、と。
そしてもうひとつ。

「そ、その、それで……ね? きょ、今日も、ぎゅーって……だ、だ、抱いて……寝てくれるかな?」

姦は重ねて思った。

「う、うん!もちろん!」

今日こそは我慢できるかなあ――――と。





―――――





「きゅう……」
「ああーっ、またやっちゃった!」

――――その後、

気持ちが昂ぶり過ぎていつも本番前に夢追をノックアウトしてしまう姦が、夫婦一緒に高まりあう技を求め、触林寺の門を叩いたとか。

「えいっ!」
「わぁ! 凄ーい! 姦君、いつの間にそんなに鍛えたの?」
「え、それは……えへへ……」

晴れて、夫婦の営みが出来るようになった頃、姦の振るう木刀は大岩を砕くようになっていたとか。

――――そんな話もあるけれど、





それはまた、別の話。

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