「あれが“月光館学園”、か」
夜の闇。
風靡く駅の前で、一人の青年が視界の果てにそびえる校舎を見据えて呟いた。
闇を纏うような青黒いコートを羽織り、若干長めに伸びた前髪が風に揺れて、その奥にある整いながらも鋭い瞳が揺れた。
唇に挟まれた一本の煙草がジリジリと音を立てて、先端から灰になっていく。
そして、肺の中に吸い込んだ紫煙をゆっくりと味わうと、青年は口元から煙草を掴み取り、ゆっくりと月もない夜闇に煙を吐き出した。
至福の一服。
そんな言葉が似合いそうな光景に、不意に甲高い排気音が割り込んだ。
風靡く駅の前で、一人の青年が視界の果てにそびえる校舎を見据えて呟いた。
闇を纏うような青黒いコートを羽織り、若干長めに伸びた前髪が風に揺れて、その奥にある整いながらも鋭い瞳が揺れた。
唇に挟まれた一本の煙草がジリジリと音を立てて、先端から灰になっていく。
そして、肺の中に吸い込んだ紫煙をゆっくりと味わうと、青年は口元から煙草を掴み取り、ゆっくりと月もない夜闇に煙を吐き出した。
至福の一服。
そんな言葉が似合いそうな光景に、不意に甲高い排気音が割り込んだ。
「――“藤堂”」
「ん?」
バイクが奏でる鼓動音とも言うべき排気音に目を向けると、そこにはライダースーツを身に纏い、白いヘルメットと特徴的な『1』とプリントされたマフラーを付けた青年がバイクに跨って佇んでいた。
「そろそろ時間だ。準備しろ」
そういってヘルメットを外した青年は、バイクの後部座席に括りつけた大型バックを藤堂と呼んだ青年に投げつけ、コートの青年はそれを受け止める。
「ああ」
ガチャリという硬質の音とずっしりと重い重量にも関わらず、藤堂と呼ばれた青年はいとも容易くバックを背に掛けて、同時に足元に転がしておいた竹刀袋を足先で弾き上げ、手で受け止める。
「――“南条”。他の二人は?」
「彼らは例の“学生たち”を見張っている。今夜は俺とお前だけで十分だろう」
「そうか……」
僅かに濁る語尾に、南条と呼ばれた青年がメガネの奥に目を細めた。
「どうした?」
「いや、少し不安でな」
「む?」
「お前にとっては久しぶりの実戦だろ? やはり、俺一人のほうが……」
「下らんな」
眉を潜め、バキリとライダーグローブに包まれた指を鳴らしながら、南条は静かに告げた。
「俺がいて、お前もいる。手数が足りないのは事実だが、不安を覚える必要も無い」
確信的に、自信たっぷりに、南条はそう言い切った。
藤堂と呼ばれた青年が覚えている記憶のままに。
そして、その事実に少しだけ苦笑する。
藤堂と呼ばれた青年が覚えている記憶のままに。
そして、その事実に少しだけ苦笑する。
「む? 何かおかしいことでもいったか?」
「いや、別におかしくないさ」
ケラケラと笑う藤堂に、不機嫌そうに眉間にしわを寄せる南条。
終電間際の電車が通り過ぎ、流れるような人ごみが去っていったあとのぽっかりとした空白の時間。
その瞬間、カチリと藤堂の腕に嵌った腕時計が音を立てた。
終電間際の電車が通り過ぎ、流れるような人ごみが去っていったあとのぽっかりとした空白の時間。
その瞬間、カチリと藤堂の腕に嵌った腕時計が音を立てた。
――AM 00:00
午前零時。
その時を鳴らして、時計の針は――音を刻むのを止めた。
世界は一変した。
その時を鳴らして、時計の針は――音を刻むのを止めた。
世界は一変した。
【魔法使いたちの仮面舞踏会】
Vol_1 仮面の踊り手
音は無い。
まったくの無音。耳が痛くなるほどの静寂。
人の気配は感じられない。否、人は存在していない。
周りに立っていた人間であったものは全て――異物と化していた。
それは棺桶。まるで抽象画の如く、世界は巨大な月に照らし出された月夜と墓場の如き無数の棺桶に、血塗られた世界へと変わっていた。
理由など分からない。
分かっていることは午前零時になると、人と世界は姿を変えてしまうということだけ。
そう、“一部の例外を除いて”。
まったくの無音。耳が痛くなるほどの静寂。
人の気配は感じられない。否、人は存在していない。
周りに立っていた人間であったものは全て――異物と化していた。
それは棺桶。まるで抽象画の如く、世界は巨大な月に照らし出された月夜と墓場の如き無数の棺桶に、血塗られた世界へと変わっていた。
理由など分からない。
分かっていることは午前零時になると、人と世界は姿を変えてしまうということだけ。
そう、“一部の例外を除いて”。
「……何度体験しても、違和感が消えないな」
「それが正常だろう。慣れたいとも思えん光景だ」
コートを纏った青年とライダースーツの青年は、変貌した世界と時計の止まった時間の中でありながら平然としていた。
他の人間が棺桶の如きオブジェクトへと変貌しているのにも関わらず、二人は常のまま存在している。
その理由はただ一つ、彼らが“特別な人間”だということだった。
他の人間が棺桶の如きオブジェクトへと変貌しているのにも関わらず、二人は常のまま存在している。
その理由はただ一つ、彼らが“特別な人間”だということだった。
「さて、今日こそ異変の原因を探るぞーっと思ったんだけど……」
「予定変更だな」
歩み出そうとした二人の目つきが、同時に明後日の方角へと向かう。
ドクンと高鳴る心臓の鼓動のような感覚。
それは彼らにとって慣れ親しんだ感覚であり、その感覚の理由とそれが示しているものを理解していた。
ドクンと高鳴る心臓の鼓動のような感覚。
それは彼らにとって慣れ親しんだ感覚であり、その感覚の理由とそれが示しているものを理解していた。
「『共鳴』……この感覚は“シャドウ”だな」
「イレギュラーか? しかし、少しデカイ――が」
二人が言葉を交わし終えた瞬間、その足は動き出していた。
同時に左右に二人が飛び離れる。
同時に左右に二人が飛び離れる。
「来るっ!」
「っ!」
そして、言葉が終わるよりも早く――それは出現した。
ゴポリと地面が沸騰する。
血溜まりと化した水面が泡立ち、そこから巨大な真っ黒な爪が飛び出した。
ゴポリと地面が沸騰する。
血溜まりと化した水面が泡立ち、そこから巨大な真っ黒な爪が飛び出した。
「ひゅうっ♪」
狭い出入り口を無理やりこじ開けるように真っ黒な鋼線で束ねられたような前足が、
黒い毛糸で編まれた狼のような顔が、グネグネと震える肉体を持った巨狼が出現した。
そして、その真っ黒な牙を生やした顔の上面には“仮面”がある。
黒い毛糸で編まれた狼のような顔が、グネグネと震える肉体を持った巨狼が出現した。
そして、その真っ黒な牙を生やした顔の上面には“仮面”がある。
「やっぱり“悪魔”じゃないか」
「……シャドウだな。しかし、少しばかし大きいか?」
全長八メートルを超える巨躯に、人間の胴体ほどもある足と人間数人程度なら軽く丸呑み出来そうな顎。
まさしく怪獣と呼ぶに相応しい巨体だったが。
まさしく怪獣と呼ぶに相応しい巨体だったが。
「倒すか」
「ああ。学生たちに気付かれる前に、仕留める」
二人は平然とした態度で、仮面の巨狼の前に立つ。
その態度に恐れなど微塵も無く、むしろ余裕すら浮かんでいた。
その態度に恐れなど微塵も無く、むしろ余裕すら浮かんでいた。
「RUWOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
卑小なはずの人間の態度に激昂したかのように、黒き巨狼が月夜に咆哮を上げた。
そして、その顎から涎を流しながら、巨大なる前足が――振り上げられる。
そして、その顎から涎を流しながら、巨大なる前足が――振り上げられる。
「慌てるなよっ」
大型トラックすらも引き裂けそうな爪の斬撃に、コートの青年は慌てることなくステップを踏み変えて、それを躱す。
まるで決められた演舞のように優雅さすら見せる動きで避けて、
空ぶった爪の行方を見届けて――藤堂は手に持っていた竹刀袋を後方に投げた。
まるで決められた演舞のように優雅さすら見せる動きで避けて、
空ぶった爪の行方を見届けて――藤堂は手に持っていた竹刀袋を後方に投げた。
「前面よろしく!」
「分かったっ!」
目すらも合わせていないはずなのに、後方に回っていた南条が竹刀袋を受け止める。
そして、それを見届けることなく、藤堂は背負っていたバックのファスナーを素早く開いた。
ジジジ、と音を立てて開かれたバックの中から飛び出るのは真っ黒な鉄の塊。
それを掴み取り、激昂に咆哮を上げながら噛み付いてくる巨狼の顔面へと“それ”を突きつける。
そして、それを見届けることなく、藤堂は背負っていたバックのファスナーを素早く開いた。
ジジジ、と音を立てて開かれたバックの中から飛び出るのは真っ黒な鉄の塊。
それを掴み取り、激昂に咆哮を上げながら噛み付いてくる巨狼の顔面へと“それ”を突きつける。
「ぶっとべ」
耳を劈くような炸裂音と悲鳴が上がった。
藤堂の手に握られたのは【イングラムM11】 装弾数32発、フルオート射撃で全弾二秒で撃ち尽くす機関銃。
それを片手で、襲い掛かる強烈な反動をものともせずに彼は引き金を引き続けた。
連射という言葉すらも生温い鉄のシャワーに、黒き巨狼の顔面がズタズタに抉れ、切り裂かれ、真っ黒な体液が噴出される。
痛覚があるのか、まるで痛みに悶えるように巨狼が首を振った瞬間、さらなる絶叫が上がった。
視界を逸らし、隙だらけとなった体重を支える前足に一本の大剣が半ばまで食い込んでいた。
藤堂の手に握られたのは【イングラムM11】 装弾数32発、フルオート射撃で全弾二秒で撃ち尽くす機関銃。
それを片手で、襲い掛かる強烈な反動をものともせずに彼は引き金を引き続けた。
連射という言葉すらも生温い鉄のシャワーに、黒き巨狼の顔面がズタズタに抉れ、切り裂かれ、真っ黒な体液が噴出される。
痛覚があるのか、まるで痛みに悶えるように巨狼が首を振った瞬間、さらなる絶叫が上がった。
視界を逸らし、隙だらけとなった体重を支える前足に一本の大剣が半ばまで食い込んでいた。
「甘いな、痛みに我を忘れ、足元をおろそかにするとは」
大剣を振るいしは淀みない足取りで間合いを詰めた南条。その大剣とは、渡された竹刀袋に収められていた代物だった。
「GIGAAAAAAAA!!!」
瞬間、巨狼が三度目の咆哮を上げた。
剣に切り裂かれたまま、前足が振り上げられる。
剣に切り裂かれたまま、前足が振り上げられる。
「ぬっ?!」
もちろん、それを掴んでいた南条の身体もまた持ち上がり――振り飛ばされた。
手を離すのが遅れ、手を離した瞬間には投げられた投石の如く反動がついて、南条の身体が宙に舞い、数瞬の間を置いて地面に着地する。
アスファルトの大地に叩き付けられたも同然だというのに、いかなる耐久力なのか。
さほど苦痛の色も見せずに、ガリガリと急ブレーキの如き足音を立てて南条の身体が止まった。
そこに、巨狼が襲い掛かる。
距離にして十数メートル。それだけの距離を、体重十数トンにも達するであろう巨躯が駆け、三度脚が目の前の人間を串刺しにしようと振り抜かれた。
それはさながら戦車砲が飛び込んできたの如く、視界全てを埋め尽くすほどの襲撃。
だがしかし。
手を離すのが遅れ、手を離した瞬間には投げられた投石の如く反動がついて、南条の身体が宙に舞い、数瞬の間を置いて地面に着地する。
アスファルトの大地に叩き付けられたも同然だというのに、いかなる耐久力なのか。
さほど苦痛の色も見せずに、ガリガリと急ブレーキの如き足音を立てて南条の身体が止まった。
そこに、巨狼が襲い掛かる。
距離にして十数メートル。それだけの距離を、体重十数トンにも達するであろう巨躯が駆け、三度脚が目の前の人間を串刺しにしようと振り抜かれた。
それはさながら戦車砲が飛び込んできたの如く、視界全てを埋め尽くすほどの襲撃。
だがしかし。
――“ペルソナ”
その瞬間、南条の足元から光が迸った。
「GA?!」
その爪は。
目の前の人間をズタズタに切り裂き、殴り飛ばすはずの前足は――その場に出現した“黒と青の幻像”に遮られていた。
虚空に浮かび、人間大ほどの奇妙な服装をした幻像は片手で巨狼の足を受け止めていた。
目の前の人間をズタズタに切り裂き、殴り飛ばすはずの前足は――その場に出現した“黒と青の幻像”に遮られていた。
虚空に浮かび、人間大ほどの奇妙な服装をした幻像は片手で巨狼の足を受け止めていた。
「アイゼンミョウオウ」
足を止め、ただ真っ直ぐに己の前に立つ幻像――“もう一人の自分”に対し、静かに告げた。
「殴り飛ばせ」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、アイゼンミョウオウと呼ばれた幻像が、
足を受け止めていた腕とは別の手を振り上げ――掻き消えた。
“ソニックパンチ”
音速を超えた拳が、膨大な質量とソニックブームを発生させて、足を真正面から打ち貫く。
傍目からは喜劇のように見えただろう。
伸ばした足が、まるで弾かれたように吹き飛んで、己の顔面に激突したのだから。
足を受け止めていた腕とは別の手を振り上げ――掻き消えた。
“ソニックパンチ”
音速を超えた拳が、膨大な質量とソニックブームを発生させて、足を真正面から打ち貫く。
傍目からは喜劇のように見えただろう。
伸ばした足が、まるで弾かれたように吹き飛んで、己の顔面に激突したのだから。
「GI、UXURRUUUU!!!」
顔面への二度のダメージ、さらには切り裂かれ、殴り飛ばされて半ば千切れかかった前足。
それらの参上に、巨狼が怯えるようによろめいて、仮面に隠された瞳が目の前の人間たちへと今だ戦うかどうか迷った。
だがしかし、それは既に遅かった。
それらの参上に、巨狼が怯えるようによろめいて、仮面に隠された瞳が目の前の人間たちへと今だ戦うかどうか迷った。
だがしかし、それは既に遅かった。
「逃がさないよ」
「GRU?!」
いつの間に上がったのか、電灯の真上で一枚のカードを携えたコートの青年が目線の先にある仮面を見つめてそう告げた。
「ここで終わらせる――、ペルソナァァアア!」
コートが翻る。
光が溢れる。
クルクルと青年の手の中で踊っていたカードが、パリンと鏡のように砕け散る。
風も吹いていないというのに、コートがたなびき、同時に青年の足元から迸る光が、まるで映写機のように青年の背後に一つの幻像を映し出した。
光が溢れる。
クルクルと青年の手の中で踊っていたカードが、パリンと鏡のように砕け散る。
風も吹いていないというのに、コートがたなびき、同時に青年の足元から迸る光が、まるで映写機のように青年の背後に一つの幻像を映し出した。
――“我は汝 汝は我”
――我は汝の心の海よりいでし者
――我が名はセイメンコンゴウ
――楽園求めし汝を守護するモノなり
それは石造りの仮面を被った怪人。
青き手足に、凄烈なる烈風を纏いし者。
青き手足に、凄烈なる烈風を纏いし者。
「切り裂け、マハガルーラ!!」
藤堂が振るい刻む軌跡そのままに、幻像もまた腕を振るう。
時の止まった夜闇の大気が渦巻き、不可視の刃となって巨狼の顔面へと迫り――その仮面を切り裂いた。
時の止まった夜闇の大気が渦巻き、不可視の刃となって巨狼の顔面へと迫り――その仮面を切り裂いた。
「GIRUXXAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
断末魔の声が上がる。
そして、甲高いはずだった断末魔の絶叫は次第に泥混じりの濁音となって小さくなっていく。
仮面を切り裂かれた身体が、次第に泥のごとく崩れ去っていく……
そして、甲高いはずだった断末魔の絶叫は次第に泥混じりの濁音となって小さくなっていく。
仮面を切り裂かれた身体が、次第に泥のごとく崩れ去っていく……
「終わったか……」
「ああ」
その光景を眺めながら、電灯から飛び降りた藤堂と南条が言葉を重ねる。
「やはり悪魔とは違うな」
「ああ。どちらかというと“シャドウ”……JOKER使いのペルソナに感覚が似ている」
「魔界とは関連してないのか?」
「かもしれん」
消えていく巨狼の残骸を見据えながら、二人がそう呟いていた時だった。
「ッ、藤堂!?」
「なんだ?」
「あれを、見てみろ!」
南条が指出した方向、そこにあったのは崩れていく巨狼の残骸であり――その片隅に白い何かが見えた。
「っ、まさか!」
藤堂が駆け寄り、自然消滅していく残骸も待ちきれずに、手袋を嵌めた手で白い何かが見えた場所を払っていく。
そして、一番最初に見えたのは白く、細い手。
そこから引きずり出して、現われたのは真っ白な、見慣れない制服を纏った茶髪の少女だった。
そして、一番最初に見えたのは白く、細い手。
そこから引きずり出して、現われたのは真っ白な、見慣れない制服を纏った茶髪の少女だった。
「大丈夫か?」
「シャドウにやられているのならば、意識はないはずだが……」
二人の青年が見つめる中、その少女はゆっくりと目を見開いて告げた。
「……ウィザード?」
「え?」
「蓮司……くん……」
少女の目が閉じていく。
ぺちぺちと頬を叩かれてもなお、その意識は緩やかに落ちていった。
ぺちぺちと頬を叩かれてもなお、その意識は緩やかに落ちていった。
それが魔法を操る夜闇の魔法使いと無限に存在するもう一人の自分を操るペルソナ使い。
その初めての出会いだった。
その初めての出会いだった。