ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第03話

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<店長の憂鬱>


結希は、店長に与えられた部屋の中で唸っていた。
経営は難しいが楽しい。ノイマンである彼女は好奇心も旺盛だ。対外的な交渉にも優秀な人材がいるし、喫茶店は上手く軌道に乗っていると言っていい。
忙しさは永斗が抜けたせいもあり以前より増えているが、キッチンで踏ん張ってくれている彼らがいる。今すぐどうなる、ということはない。
つまり、厳しくはあるがまだもう少しの間ならなんとかなる、ということだ。
霧谷雄吾に申請したエージェントやイリーガルの調達ももう少しで目処がつくとのこと。

ただし。ここで、それまでに解決しなければならない問題が発生したのだ。
ため息をつき、彼女はとりあえずやるべきことに目を向けた。

「仕方がありませんね。とりあえず必要なメンバーにメールを打っておきますか」

まだ喫茶店は仕事中だが、これは必要なことである。とりあえずはこの問題をなんとかしないと彼女の名誉にも関わる。
結希はこれからの予定を合わせるために智世を呼び出した。


<尋問は味方がたくさんいるところで行いましょう>


その日。メイド喫茶「ゆにばーさる」の閉店時間から10分ほど経ったが、従業員は全員フロアに集められていた。
結希は全員がいることを確認したあと、悲しげに言う。

「皆さんに、少し悲しいお知らせがあります」
「し、支部長。一つ聞いてもいいだろうか?」

少し強ばった表情で、手を挙げて尋ねた勇気ある少年がいた。
クセのない緑の黒髪。銀縁の眼鏡。狐を思わせる皮肉気な表情。眼鏡の位置を直すクセ。自前の白ランに着替えた彼は、「ゆにばーさる」の特別執事として君臨する者。

黒須左京(くろす・さきょう)。
UGNのイリーガルエージェントであり、一癖も二癖もある、皮肉屋の情報通執事である。コードネームは『オーディンの槍(グングニル)』。
なにかと他人に突っかかり、余計な一言もかなり多いが、このアクの強い集団の中ではそれもまた個性として見られている。
そんな彼が誰かに許可を得るために挙手して発言するのは非常に珍しいが、結希はそれに笑顔で応えた。

「はい。なんでしょう左京さん?」
「なぜ我々は床に正座させられているのだろうか?」

その通りである。
今、『ゆにばーさる』の店員のうち何人かが床に正座させられているのだった。
集まれと言われて集合した時に、笑顔の頸城智世が何人かに向けて、
『いいからそこにお座りなさい下っ端。正座で支部長をお迎えするのですよ』と告げ、それに逆らえる人間がいなかっただけの話である。
今、智世のお願い(めいれい)を聞いて床に正座しているのは左京・隼人・司・十也・柊の五人。
大抵不服そうではあるものの、何か口答えすることができずに大人しく正座させられている。
立っているのは結希・智世・綾・桜・椿・狛江・ノーチェであるから、ちょうど男性と女性で扱いが区別されている形となる。
……つくづく男性の立場の低い職場である。

閑話休題。
左京の質問に、結希は先ほどの少し悲しそうな表情をして答える。

「今、この喫茶『ゆにばーさる』において重大な事件が起きているんです」
「それと今俺らが正座しなきゃならないことにどういう関係があるんだよ支部長」

司がそう口を挟む。そーだそーだ、と口々に言う面々。と、その時だ。
あらあら、といままで笑顔で状況を見守っていた智世が、結希には聞こえないよう能力を調整して呟いた。

「最近の殿方は女性のお話を静かに聞く耳をお持ちではないのかしら?
 なんならわたくしの歌で試してみましょうかしら。何人がリザレクトせずに済むか、見物ですわね」

重い沈黙の落ちる店内。
言われた男性陣のみならず、ノーチェや狛江まで震えている。が、言われた当人達はそれどころではなくクーラーの利いた部屋の中で冷や汗をかく羽目になっていた。

頸城智世(くびき・ちせ)。
UGチルドレンの一人でありながら、精神攻撃を得意とするヤンデレメイドである。コードネームは『暗い日曜日(ラストソング)』。
結希を偏愛といっていいほどに溺愛し、彼女の敵になるものと見れば全部が全部容赦なく叩き潰すのを主義とする。
それを知っている店内の人間はもう黙るしかないのであった。
みんなが黙った理由を結希だけは理解できていないが、とりあえず静かになったようなので話を続けた。

「実は……女子用の制服であるメイド服が、数着足りないんです」

途端に、(主に心の)距離の離れる男子勢と女子勢。
戸惑っていた少女達に、汚物を見るような視線が混じる。
「やだ」とか、「サイテー」とか、そんな感じのいたたまれない視線である。男どもが無罪を主張しようとめいめい口を開こうとしたその瞬間。
発言を封殺するように結希が動いた。神妙な面持ちで彼女は告げる。

「その事態を重く見た私は、霧谷さんに相談しました。
 霧谷さんはおっしゃいました―――『その支部の支部長はあなたです。どんな方法を使っても構いません。あなたの力で、解決してください』」

いやそれ絶対『こっちにそんな問題を振るな』って言われてるよな。と男ども全員の心の声が唱和するが、心の中のことだからやっぱり意味はない。
せいぜい彼らの心のシンクロ率が上がったくらいの話だ。無駄に。
そんな彼らの心の内を知るはずもなく、結希は続ける。

「そう。わたしは秋葉原支部の支部長です。つまり、この事件を解決できるのはわたしだけ。そう、わたしだけなんです!」
「……だから?」

司が促す。
それに呼応するように、芝居がかった様子でびしぃっと男性陣に指を指して決めポーズをとりながら結希は宣言した。

「そうっ。つまり、薬王寺探偵団結成ですっ!」
『なんでだぁぁぁぁぁぁああああっ!?』

今度はリアルで男性陣の声が唱和した。
シンクロ率上げは無駄ではなかったようである。無駄に。


智世が言うには、最近結希は古い少年探偵ドラマにはまっているらしい。
『おじいさんの名にかけて誓うだけでどんな難問も解けてしまうなんて、すごく素敵ですよねっ』とか、
『わたしは誰に誓えばいいのかな。死んだ人じゃないと意味無いのかしら……それじゃ、黄麗ちゃんとか?』とか、
『謎はすべて解けた!とかって決め台詞は一度は言ってみたいですよねぇ……』とか、楽しそうに話してくるとのこと。
ちなみに彼女のオススメは、二人組みユニットの片割れが主役を演じる方の二期だとか。
つまり俺らはとばっちりかよ!とか、ちょうどいいから利用しようとしてるだけじゃねぇか!と口々にぶーぶー言う男性陣は、
智世の『どなたが一番はじめにジャームになるのか、試してみましょうか?』という小さな呟きにより沈黙。……さすがに立場低すぎないか、コレ。
笑顔で楽しそうに瞳をきらきらさせながら、結希は智世の取り出した伊達眼鏡をかけながら言った。

「では、これから聴取をはじめたいと思います。じゃあ、端っこにいる柊さんから。
 柊さんは、何か申し開きはありませんか?」
「すでに犯人扱いじゃねぇかっ!?」

とはいえ、そんなことを言っていても彼の疑いが晴れるわけではないので必死で頭を巡らせる。
すぐに名案が思いつくわけでもなく、とりあえずこういう時の常套手段として話をそらして時間を稼ぐことにした。

「っていうか支部長さんよ、俺がメイド服盗んでなにすると思ってんだ?」
「え……なに、と言いますと?」
「だから、俺がそれを盗む理由だよ。人を犯人扱いしてんだ、動機のひとつやふたつは掴んでるんだろ?」

そう胡乱な目で問う柊に、しばらくうーん、と唸ってから、ぴんと来たように指を立てて言ってみた。

「動機、動機ですか……メイドフェチ、とか?」
「そんな怪しい趣味は持ってねぇ。っつーか、それなら俺の部屋に盗品があるって言うんだよな?探してみろよ、絶対出てこないから」
「皆さんの部屋はもう調べましたよ。なかったからこういうことになってるんじゃないですか」
「エラそうに言うんじゃねぇよっ!?」
「えらそうじゃなくてえらいんですよ、支部長ですから」

そういう話はどうなんだ。
閑話休題。そういえば、と柊はたずねる。

「数着足りねぇっつったな、それって一気になくなったのか?」
「え?いえ、一着ずつ足りなくなっていってるんですけど」
「……それって、一番最初のがなくなったのはいつなんだ?」
「十日前、ですかね?」

結希のその言葉を聞いて、柊は深く長いため息をついた。その『これだからお子ちゃまは』と言わんばかりの仕草に、結希がむくれる。

「なんですかそのため息は。まるでわたしの推理が間違ってるみたいじゃないですか」
「推理っつーか、それ以前の問題じゃねぇか。
 なぁ支部長さん、俺が来たのは一週間前だぞ?どう頑張っても十日前にメイド服盗むのなんか無理だろうが」

あ。とやっと気づいたように、結希。
言われてみればその通りなのだが、彼女は今気づいたようだ。どうやら調査の前の、与えられた前提情報を見逃していたらしい。
結希はごまかすように笑って、柊に謝った。

「それもそうですよね。失礼しました」
「本気で失礼だよな今回の件って。まぁ、疑いが晴れたならよかったけどよ」
「そう言っていただけると助かります……それにしても、一番に近いくらい怪しい人物として見ていただけにちょっとヘコみますねぇ」
「なんだよ、やっぱりよそ者は信用できないってか?」

柊はそう苦笑交じりに言うものの、もちろん本気で言ってはいない。結希がそれを否定することを理解した上で言っている。
短期間にこれだけ他人のことを信じられるというのは、ある意味大物なのか、バカなのか。判断に困るところである。もちろん結希も苦笑交じりにいえ、と否定し―――続けた。

「アンゼロットさんから、柊さんは下着ドロの容疑で警察にご厄介になりかけたことがある、とお聞きしていたものですから」
「黒歴史のことを語るんじゃねぇえええっ!?」

結希の言葉を聞いた女性陣の視線が、よりいっそう厳しいものになったのは言うまでもない。
……なお。柊の言う『黒歴史』とは、彼の人生上の汚点のことである。別に特定作品を指してそう言っているわけではないのであしからず。

ノーチェが奮闘して、柊の容疑が誤解であることを証明するまでの10分間、彼は冷たい視線を受け続けることになった。
そのためにちょっといじけた柊が部屋のすみっこでさめざめと泣いている光景があるが、結希はそれを無視。
……少しは自分の趣味のために起きた出来事であることを自覚してほしいものである。

一人減った男性陣の中を見回し、結希は次の人物を指定した。

「では、一人容疑者が減ったところで次にいきましょう。次も本命ですよー。
 ね、この支部に来てから自分を指してアキバ系の人間だとたまに言うようになって、そっち側のお友だちまでできた隼人さん」
「俺っ!?」
「はい、あなたです。この間同好のお友だちができたって、なんか嬉しそうに話してたじゃないですか。
 メイド服を横流しして、お友だちに配っているんじゃないですか?」

そう『いけませんよ、お友だちは選ばなくては』と暗に責めているような表情で言う結希に、あわてて叫ぶ。

「待てって!確かに俺は自分をアキハバラに馴染む人間だとは思ってるけど、支部長の言うような意味じゃない!
 っていうか、俺はメイド喫茶にはどっちかっていうと不満があります!」
「メイド喫茶に不満……ということは、この支部を○○○喫茶や、××××しゃぶしゃぶのお店にしたいんですの?」
「違うっ!頸城、アンタは口出すなよ!ほら、支部長があまりのアブノーマルな発言についてこれてないだろうがー!」
「は、はにゃあっ……こ、これが本物のアキバ系の力ですか。
 支部長としてはエージェントの趣味に口を出す気はないのですけど、あんまりにも、こう、コアな趣味をしている人はちょっと……」

ちーがーうーんーだーっ!と、正座のまま器用にその場に崩れ落ちる隼人。
衝動は加虐な智世、隼人を前に水を得た魚状態。大全開である。
そんな彼らを見ていた女性陣の一人が、意を決したように手を挙げて結希に向けて発言する。

「あの、薬王寺支部長」
「なんです?椿さん。もう少し待っててくださいね、隼人さんが犯行を自供するのも時間の問題なんで」
「いえ……その、差し出がましい口を挟みますが、隼人にそんな趣味はないです。
 毎回毎回こちらの支部に出向くことになるとぐちぐち言いますけど、休みの日は楽しそうに機械をいじくってますし。
 もしそういう趣味があるなら、休みの日はそういうお店に行くんじゃないかと」

椿が淡々とそう言うと、結希はう、とうめいて黙りこくった。
隼人が椿を見て拝みはじめるが、まぁそこはスルーの方向で。
結希が隼人に問う。

「ごめんなさい。ちょっと話が脱線してしまいましたね。
 それで隼人さんは、自分が犯人じゃないって証明できますか?」
「証明って……なぁ支部長。言わせてもらうけどな、俺にとってはメイド服って興味がないもんなんだぜ?なんでそんなもん盗まなくちゃいけないんだよ」
「そんなに興味ないんですか?椿さんのメイド服姿とか」
「そんなもんここに来ればいくらでも見られるだろ。
 っていうかなんで椿なんだよ、あいつはやっぱりあんなひらひらした服似合わないって。そもそも開店の時だって合うメイド服がなくてウェイターのカッコだったんだろ?
 メイド服の規格に合わないような体型のヤツのメイド姿なんか見て嬉しがる特殊な奴の気が知れないね」

そう否定する隼人。確かに彼に店のメイド服を盗むような動機はなさそうですね、と結希が心の中で思った時、ぽつり、と隼人の背後から声が響いた。

「……誰が、女の子らしい服の似合わない男女ですって?」

次の瞬間、隼人が宙を舞った。
一瞬で何かに縛られたように後ろへと引っぱられる。背中をしたたかに打ちつけた隼人が痛みを独り言のように呟き、仰向けになった視線の先にいた声の主を見る。

そこには、とてもとても酷薄でありながら楽しそうに笑う椿という名の般若がいた。

「……あの、椿、さん?俺にぐるぐる巻きついてるこの糸はなんでしょうか」
「隼人―――ちょっと向こうで、お話しましょうか?」

その笑顔を見た者は言う。あれは本物の鬼だった、と。っていうか、気にしてたのか。隼人そこまで言ってないけど。
デリカシーのない発言は身を滅ぼします。お気をつけください。

しばらく隣の部屋で隼人の悶絶しているような声や、魂消る絶叫が響き―――ぼろぼろになった彼を、ぽいっとゴミのように店の端にうち捨ててから椿が元の位置に戻る。
彼女は笑顔で結希に言った。

「お見苦しいところをお見せしました。どうぞ続きを、支部長」
「わ、わかりました。次行きましょう次」

こくこくこくこく、ともの凄いスピードで首を縦に振りまくる結希。
椿は怒らせちゃダメだ、という共通認識で一丸にまとまったゆにばーさるの面々であった。
じゃ、じゃあ……と呟いて、結希は次の容疑者を口にする。

「次は、司さんですね。司さんも有力な容疑者です」
「なんでだよ。俺にもそんな趣味ないっての」

言われた司は不機嫌そうにそう答えるが、いえいえ、と結希が首を横に振る。

「司さんは、誰よりも強い動機があるじゃないですか」
「強い動機?なんだよそれ、心当たりないぞ?」

意外そうにそういう司に、結希は悲しそうに言う。

「司さん……なんで、苦しいならそう言ってくれなかったんです?」
「えーと、支部長?」
「生活苦で店のものに手をつけ、あまつさえそれを売り払うなんて……」
「ちょっと待てぇぇええええっ!?」

司の絶叫。
もう魂から出る声だったが、店の八割方の人間はなるほど、と納得している。
各人が唸る。

「うぅむ……見事な推理だ、薬王寺支部長。なるほど、そんな犯罪を起こす人間全てがそういう趣味をもっているわけではない、という視点か」
「おいコラ左京っ!?てめぇ人を売るつもりかっ!」
「司くん、言ってくれればお昼ご飯くらいはおごったのに……」
「玉野までっ!?っていうか昼はここでまかない自分で作って食ってるっての!お前らの分も作ってるだろうがっ!?」
「司ー司ー。なんとか鍋の中で曲がるくらいまでの時間でゆでたパスタに塩こしょうかけて、パスタをかみしめながら食べると、少しの量でお腹膨れるでありますよー?」
「いらんわそんなナポリの知恵っ!?っつーか俺がスパゲティなんて水と熱を大量に使うもんを主食にできると思うなっ!」


ツッコミどころはそこかい。
と、そこでそれまで黙っていた左京の隣の少年がぽつりと呟いた。

「……そこまで切羽つまってるんだったら、すぐにメイド服売っちまってんじゃねぇの?」

薄い色素の髪と目。司ほどではないものの低めの身長。常に憮然としている無愛想な表情。
彼の名は加賀十也(かが・とおや)。左京とは色々と因縁のある、UGNの高校生イリーガルエージェントだ。
コードネームは<探求の獣(クエスティング・ビースト)>。司や左京と同じく、夏休みということでここに召集されたメンバーの一人である。
十也のその言葉に、首を傾げる結希。

「どういう意味です?十也さん」
「だから言葉のまんまの意味だよ。
 金目当てならメイド服売っちまって金にしてるはずだろ、その割に司の生活が楽になってるとこは見たことないと思ってよ」

十也の言うことはこうだ。
もしも司が金ほしさにメイド服を盗んだのだとしたら、それをさっさと金に換えているはず。そうだとしたら、司の生活がよくなったという話があってもいいはずなのだ。
にも関わらず、相変わらず飲み物は水。それを冷やすのはエフェクトで作った氷、という自分の侵食率を上げて生活するという極限状態なのが変わらないのである。
金があるならまずそんな身の危険をまねく事態は真っ先に回避するだろう。茶を作るにしても、ペットボトルを買うにしても、その金がないからこそのこの状態だ。
でも、と結希が反論する。

「もしかしたら、盗んだはいいけど売りさばくルートがなかっただけかもしれないじゃないですか?」
「つまり、あんたはそこまで司がバカだって言いたいのか?そんなもん盗む前に普通考えつくだろうが」
「そういえば、数度にわたってメイド服が盗まれていると言っていたな。
 売りさばくルートのない人間で、明日をもしれん身の奴がもう一度同じ危険を冒してまで無用の長物を盗む意味がない、か。フッ、お前にしては冴えているじゃないか」

十也の考えを補強したのは左京だ。もっとも、最後のいらない一言でよけーなお世話だこの野郎、と十也に言われているが本人はやはり気にしていない。
お互いに憎まれ口を叩きつつも、彼らはそれなりに長い付き合いである。本人達は否定するだろうが、お互いの考えていることくらいはわかるのだった。
結希は残念そうに言った。

「つまり、司さんもハズレですか……ちょっと残念です」

はぁ、とため息をつく結希を尻目に、椿とノーチェがもう床につっぷして泣いている司に声をかける。

「えぇと……疑ってごめん、司くん」
「結希の話結構説得力あったでありますからな」
「こらノーチェ!……だ、だからほら、泣かないで?あとで何かお詫びするから。ね?」
「同情はいらない、信頼がほしい……」

もう、半分人間不信になってもおかしくない司だった。……合掌。

では。と結希が残った二人に視線を向けた。

「残る容疑者はあなた方だけですが……ぶっちゃけ、どっちが犯人なんですか?」
「探偵ごっこはどうしたっ!?」

司のツッコミ!
結希はスルーした!
閑話休題。
言われた二人のうち、先に口を開いたのは左京だった。

「言っておくが。俺にそういった趣味はないし、メイドなら親父の屋敷に結構な数が働いている。
 売り払うのならそちらの方が足がつきにくい。俺なら確実にそちらを選ぶが」

左京の言葉にごもっともです、と頷く結希。
彼の父親は政治家をやっている。それなりに大きな屋敷に住んでいるらしい父親であるが、少々複雑な家庭の事情により、左京がその家に行くことはあまりない。
とはいえ、やろうと思えばオーヴァードが進入できない屋敷でもないため、やっぱり左京は容疑者とは考えにくいのだった。
左京は続けて言った。

「一番怪しいのは、やはりこいつではないだろうか」
「ちょっと待てお前司に続いてオレまで売る気かっ!?」

隣の十也に指をさしての発言に、十也が叫ぶ。
しかし左京はそんな彼の激昂を前にしても涼しい顔で、ついでに人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて答える。

「フッ、当然だろう。容疑者はもはやお前しかいない。素直に罪を認めてはどうだ?」
「やってないものを認めるわけねぇだろうが!?」
「ふむ、さしずめ動機は……メイド服への興味か?メイドを見続けることでメイド服の方に興味を持ってしまった、と。
 長いつきあいになるが、お前が服装倒錯者だとは思っていなかったぞ」
「人の趣味を勝手に作んなよっ!?っつーかなんだよメイド服への興味って!それじゃオレはただの異常者だろうがっ」
「きっと探究心が大きくなりすぎていつの間にかジャームになってたんだろう。なぁ、<探求の獣>?」
「あぁ、だから<探求の獣>なんですか」
「おぉそうなんだ。じゃああたしとは獣つながりだね。よろしくねー<探求の獣>」
「オレをその名で呼ぶなぁぁぁぁぁあああああっ!?」

左京の半分ニヤニヤしながらの確信犯、結希のやっとふに落ちたという表情の一言、狛江のズレた呼び方、そして十也の魂の絶叫。
……これまで幾度となくこの台詞を口にしてきた十也であるものの、なんか血涙でも流しそうなほどの魂からの声である。
まぁそれはさておき、だ。と、一通り十也をいじくって満足したのか、左京が再び問う。

「もしも自分でないというのなら、それにふさわしい証拠を出してもらおうか。
 そもそも俺がお前が怪しいと言ったのは別に何の根拠もない言葉ではないぞ?
 お前ももともとここでウェイター業をすること自体には抵抗があっただろう。それが、いくらUGNの依頼とはいえここ毎日ほぼ連勤だ。
 俺達イリーガルはエージェントとは違い、任務は依頼という形で提供される。断ってもいいはずなのに、それを断らない理由とは何だ?
 その理由がはっきりしないと、この状況ではメイド服を盗むのにやりやすいからと思われても仕方ないと思うがな?」

その言葉にぐ、とうめいて視線をそらす十也。
その顔が少し赤くなっていることは、隣にいる左京以外には気づけない。ちなみに気づいた左京はニヤニヤ笑いをさらに深めている。

「べ、別にいいだろうが。どんな理由があって働いてようが、俺の勝手だろ」
「……犯行の自供」

そう、今までなかった声が響いた。
それと同時に、ごりぃっ、という音がして十也の後頭部に固い何かが突きつけられる。
一瞬の沈黙。その後状況を理解した十也は、認めたくないがとにかく今の状況の確認をとろうと背後にいる声の主に呼びかける。

「……えぇと、綾、さん?」

珍しく敬語になりつつ推測の声の主へと呼びかけると、背後に立つ少女はそう、と言葉すくなに肯定した。
ゆるやかにウェーブの入った黒髪。茫洋とした瞳。いつもどこか悲しげな表情の消えない、年齢の平均からいっても小柄で細身の少女。
久遠寺綾(くおんじ・あや)。
割と早期に実戦投入されたUGチルドレンの一人であり、「ゆにばーさる」では上級メイドをつとめる少女である。
無口で必要最低限以上はしゃべらないが感情がないわけではない。表出が苦手なだけである。

そんな綾は、今愛用の拳銃の銃口を十也の後頭部に押し付けている。その状況下で、十也はとりあえず延命のためにたずねた。

「なにを、してるんだ?」
「……罪をさばくために。たとえお友達でも、罪を犯したのならばわたしがさばく。
 ……それが、お友達が変わってしまう前に止められなかった、わたしのできるたった一つのことだから」
「だからやってねぇって言ってるだろうがよ!?」
「……みんなそう言うの。罪を犯したお友達は、みんな」
「絶対お前冤罪で何人か殺ってるって!っていうか今まさにその状況だよUGNはもっとこいつの扱い方考えてくれよっ!?」

精神的にさっきからダメージ受け続けているせいなのか、もはや十也の精神はクラッシュ寸前である。
半分涙目の彼に、じゃあ、と綾がぽつりと呟く。

「……なんで最近よくこの支部でよく働くのか、その理由を教えて。やましいことがないのなら。答えられるはず」

ぐっ!?となにか綾の言葉がクリティカルヒットしたらしい十也のうめき声。
うんうん、と頷きながら左京が心底楽しそうに言う。

「そうだな、やましいところがないなら言えるはずだ。さすがは<断罪の女神(アドラスティア)>、いいことを言う」
「それともアンタ、自分が犯人だって言いたいの?」

そうキツイ口調で言ったのはキツい目つきの少女だった。
長めの流れるような黒髪。ツインテールにまとめているものの、艶のある髪はまるでビロードのよう。
富士見桜(ふじみ・さくら)。
東京近郊のM市支部に在籍する、UGNのイリーガルエージェントである。
とはいえ、並のエージェント以上にUGNとしての活動に熱心であり、今では作戦立案が彼女の手で行われることもあるほどなのだとか。
そんな彼女がなんでここにいるのかというと、人員があまりにも足りていないアキハバラ支部への出向を霧谷から命じられたゆえである。
そもそもM市支部も少し前まで支部長不在の状況下だったので結局人数は足りていないのだが……
まぁ、ある支部は支部長と高校生エージェント一名計二名でなんとかなっていたので、死ぬほど忙しくてもなんとかはなるのだろう。
霧谷雄吾も頭を悩ませながらもその辺りは考えているはずである。たぶん。

桜は、言い方こそキツイものの身内に対しては配慮に欠ける行動はしない。やや感情にまかせて勢いで行動する傾向もあるが、そこは持ち前のノイマン脳でカバーしている。
十也へのこの言葉も、彼がそんな人間ではないのを知っている上で、このままでは犯人扱いされる彼に対して発破をかけた形でもある。
言われた十也はそれでもしばらく逡巡していたものの、あぁちくしょう!と叫んで一気に結希に向かって言った。

「9月の頭が穂波の誕生日なんだよっ!
 何がほしいかって話を夏前に綾と穂波がしてて、その時にあいつが限定モノのイルカのシルバーアクセが欲しいって答えてて、そのために金が必要なんだっ!」

その告白に、店に沈黙が落ちる。
ちなみに彼の言う穂波、というのは正式名称を高城穂波といい、彼の学校のクラス委員をつとめる明るく前向きな少女で―――ついでに十也の片思いの相手でもある。
結希は青春ド直球なその言葉にしばし沈黙し、ちょっといたたまれない気分になりつつ十也に言った。

「……すみませんでした。納得したんでもう泣かなくていいですよ、十也さん」
「誰のせいだ誰のっ!?」

十也、本気で泣き出す五秒前。


<計画は計画的に立てましょう>


ともあれ。
男性陣全員の疑いが晴れた後、全員が結希を見た。
具体的に言うと、ドラマで探偵が「犯人はこの中にいる!」って言った後に、外にいた違う奴が「実は犯人俺です」って言ったくらいの気まずさ。
そんな空気に包まれつつ、結希はおかしいですね、と言いながらぽつりと呟く。

「大抵こういう事件は内部犯なんですけどね、ドラマだと」
「ドラマの見すぎだよっ!っていうかそんな理由で内部犯説出してたのかっ!?」
「え、だって内部犯じゃないと『犯人はこの中にいる!』って言えないじゃないですかっ!?」
「言わんでいいっ!あんた今日からもうドラマ見んなっ!」

もちろんそんなことで疑われてはたまらない。付き合いの長い司がツッコミをいれる。
でも、と椿が思い出したように言った。

「メイド服がなくなる事件そのものが終わったわけじゃないんですよね。
 薬王寺支部長、その事件の周期性や、盗まれたものの特徴なんかはないんですか?」
「特徴って、みんな同じ制服のメイド服ですよ?」
「いえ、そうじゃなくて。誰が着てたとか、そういうことなんですけど……わかりますか?」

む、と唸って結希はぺらぺらと資料のページをめくる。
しばらく唸った後、答えた。

「えぇ、各人の衣装が一組ずつ盗まれてますね。これが偶然でないとすれば、相手はメイド服を選んで持っていっていることになる」
「あら支部長、ちょっとここ見て。勤務表」

桜が持ってきた勤務表を見て、これがどうかしたんですか?と問う結希。桜は自分の気づいたことを告げる。

「こっちの表が盗まれたメイド服と、その日付の記録でしょ。で、ここ見てここ。
 一番最初が10日前、あたしと玉野さんと久遠寺さんのが盗まれてる。次が8日前。ノーチェと支部長のやつね。で、ちょっととんで3日前に狛江の」
「それが、どうしました?」
「あたしと玉野さんと久遠寺さんと支部長はいつもいるからいいとして、問題はノーチェと狛江よ。
 ノーチェも狛江も、メイド服が盗まれる日に店に立ってるでしょ?」
「えーと……ほんとですね。わたしも確かメイド服が盗まれた日は久しぶりにホールで働いてました。
 じゃあ、もしかして犯人は常連のお客さんの中にいる、ってことですか?」

結希のたどりついた答えに、こくりと頷く桜。ノイマン持ちはやっぱり話が早い。さすがはノイマン脳。いや、そんな用語ないけど。
げ、と呟いて司が嫌そうな顔をする。

「常連ったって、どんだけいると思ってんだよ。今夏休みだから毎日見る顔なんて結構数いるぜ?」

うーん、と唸って、結希が隼人に聞く。

「確か隼人さんはモルフェウスでしたよね?」
「……支部長、前のめりの能力しか持ってない、しかもチルドレンに何を期待してるのか知らないけど、<サイコメトリー>なら使えないぞ?」

<サイコメトリー>とは、モルフェウスの物品から情報を読み取るエフェクトである。
しかし、ハヌマーン/モルフェウスで前衛型であり、社会的経験の少ないチルドレンの隼人では上手く情報が集まるはずもなく、習得していない技能だったわけだ。
ちぇ、と結希が呟いたそこに、先ほどから天性のひらめきを見せている桜が話しかけた。

「ねぇ支部長、犯人は狛江やノーチェみたいに新しいメイドが入ってくると、それに反応してメイド服を盗みにくるのよね?だったら―――」

桜は、これまで数多くの作戦立案をこなしてきているエージェントである。
彼女の立案した計画は、即実行に申し分ないほどに練りこまれていた。
結希は彼女がこの支部に慣れてきたことを嬉しく思いながらも―――彼女の作戦を実行するために、すぐさま号令を飛ばした。


<作戦は二重三重に予防線を張って決行しましょう>


翌日の喫茶「ゆにばーさる」。
営業時間を終了し、フロアはすでに明かりが落ち、明日の仕込み組であるキッチン担当たちもすでに店を出ている。
フロア担当も、新人のメイドが最後にロッカーを出て、しばらく経った時だった。

ボルサリーノを斜に掛け、夜だというのにサングラスをかけた黒コートの、職質モノのもの凄い怪しい男が立っていた。
男はゆにばーさるの壁にある鎧戸に触れた。
同時―――鎧戸が抵抗もなく一瞬にして砂に変わる。
その先は事務室で、そこを出て左に曲がれば女子更衣室である。
男は迷うことなく女子更衣室へと入り、ロッカーの名札を確認し、新人メイドのロッカーに手をかけ―――

「―――現行犯だな。言い逃れできねぇぞ、メイド服泥棒」

声をかけられて、びくん、と一つ震えて手を止める男。
男は声の方を向く。そこにいたのは、彼が今盗もうとしていたメイド服を昼間着ていた人間が立っていた。
柔らかく風になびく髪、大きな瞳、小柄で華奢な体。しかし、昼間に優しく微笑んでいた顔は、今は引き締められ、強いまなざしで男を睨んでいる。

逢杜玲(おうもり・れい)。
UGNにもFHにも所属せず、仕事とあればなんでもこなす何でも屋。
その端麗な容姿から、最近は潜入任務などを多く受けこなしているオーヴァードで、今回、結希が調達した罠の一つである。

男は逡巡した後、昼間は笑顔で給仕をしていたメイド一人なら組み伏せる、と考えたのか、手の中に20センチほどのサバイバルナイフを生成。
玲に向けて駆け出しながらナイフを突き出す男。

しかし玲はあわてず騒がず横に立てかけておいた自分の得物を手に取り―――両手で思い切り床に向けて振り下ろす。
ごどぅんっ!とすさまじい音がして、床が陥没。
ついでに男が握っていたサバイバルナイフは、玲の得物によって吹き飛ばされかぃん、とマヌケな音を立てて天井に突き立った。
男が凍りつく。それは、ナイフが弾き飛ばされたことに対してではない。玲の握っている得物―――その身長よりもはるかに長いクレイモア(十字剣)に対してである。
呆然としている男を見て、はっ。と嘲るように笑うと、玲は酷薄な視線を向けて言う。

「女一人相手ならどうにでもなると思ってたか?ナメんなよ、この野郎」

クレイモアの切っ先をゆっくりと男に突きつけて言う。

「俺は、男だっ!」

……ツッコミどころはそこなのか。
逢杜玲。最近女装しての潜入依頼ばかりが入ってくる何でも屋を一人で経営する、バリバリの武闘派な青年である。
玲のその言葉に正気に返ったのか、男はすぐさまロッカーから手を離し、逃走に入る。
逃がすか、と玲が追撃に走ろうとした時、男の手のひらからどろりと液体が流れだして瞬時に人型になる。
クレイモアを振り抜こうとしていた玲は、男との間に割って入る形になったその人型を苦もなく一撃で叩き斬る。
彼は男を追おうとして、気づく。両断された<血の従者>が、液体ならではといった形で彼を縛りつけていたのだ。
男が逃げていくのを見てち、と舌打ち。
器用に携帯を取り出して、結希に電話をかける。

「もしもし、支部長か?最低限の仕事はしたぞ、後は好きにしろ」

外に出た男を待っていたのは、怖い顔をした昼間はメイド服を着ている少女達と、ウェイター勢。
路地に逃げようとしても、路地全てを塞いでいるのか逃げても逃げても追ってくる。
そして―――とうとう袋小路に追い詰めた。
椿が言う。

「大人しくしてください。でないと、少し痛い目にあってもらわないといけなくなります」
「死ぬようなことはないと思うけど。でも、警察に行って頭くらいは冷やしてきなさいよこのド変態」

桜は本気で汚物を見る目で男を見て言う。
彼女もかなり怒り心頭のようだ。そしてそれは、むしろ女性陣よりもとばっちりをくらった男性陣の方が強いのかもしれない。

「俺らもアンタのせいでイヤってほど最悪な目にあったけどな、大人しくしてくれるなら何もしないぜ?」
「そうそう。大人しくしててくれるんなら、店長も危害加えないようにって言ってたしな」
「……加賀、高崎。お前ら顔にさっさと動けって書いてあるぞ」

十也も隼人も実にイイ笑顔でいるが、男を見る目は獲物を狙う肉食獣の目である。動けたら好きにできるのにな、という心の声がダダ漏れになっているとも言う。
10人近い人間に囲まれた男はじりじりと後ろに退っていき―――隼人・椿・柊・十也・狛江が気づいた。
次の瞬間、男が内側から弾け飛んだ。衝撃が閉鎖された空間を暴れ狂う。
あわててそれぞれ近くにいた人間―――隼人が左京を、椿が桜を、柊が司を、十也が綾をかばい、狛江は重力の壁を生み出して衝撃を緩和した。

爆発の余韻が未だ残る中、爆心地近くにいながらも彼らは一人もリザレクトすることなく立っていた。
当然かばった人間は無傷とはいかないので、壁にもたれかかったりはしているものの、とりあえず全員生きてはいた。
桜が被害状況を説明するために、支部長に携帯で連絡する。

「もしもし、支部長?……まさか本当にこっちまで従者だとは思ってなかったけど、大丈夫?」

ビルの屋上で、双眼鏡を使ってどこかを見ている痩せぎすの男がいた。
彼の見ている先で、一瞬光と爆音が響く。
それを見て、ひゃは、と焦ったように笑う男。

「ボクを捕まえようとなんかするからだ。天罰が下ったんだ。
 ひゃはは、ひゃはははっ!メイドはメイドらしく、ご主人様のすることに口を挟んじゃいけないんだよ、死んじゃうよ?」
「それは残念でしたね」

その声は、涼やかなものだった。
男は声に凍りつく。
見てはいけない。見てはいけないと理性は理解しているのに、それはやめることが出来なかった。
後ろを振り向く。
そこには、中学生くらいの印象が「こいのぼり」な少女と、けして目の笑っていない女性が立っていた。結希と智世だ。
智世は笑顔で言う。

「殿方というのは、女性を守る甲斐性があってこそ素敵な殿方足りえるのですわよ?
 メイドとは使用人とはいえ意思を持つ一人の人間。ご主人様と呼ばれたいでしたら、相応の品性を身につけてからになさいな」

じり、と一歩退りながら、男は呟く。

「な、なんでここが……」
「最近のメイド喫茶は質実剛健なんですよ。それに、さっきの爆発で怪我をした人はいても亡くなった方はいません」

誇らしげにそう言って―――結希は、冷たい目を男に向けた。

「いませんが―――わたしの部下を傷つけたことを、絶対に許す気はありません」

怖い顔でそう言って。彼女は智世に一つ命令を下す。

「智世さん。懲らしめてあげてください」

それにはっ、と智世は嬉しそうに答えて―――夜の闇に、男の絶叫が響き渡った。

「それにしても、すごいでありますなぁ。この町の猫さんたちにお願いしてローラー式に場所を把握するなんて」
『いえいえ。あなたの助力がなければその把握は難しかったですよ、ご協力ありがとうございます』

その頃。マンションの部屋の一室で、黒猫とノーチェがハイタッチをかわしていた。黒猫は人語を話している。

ネームレス。
情報屋を営むオーヴァードであり、動物を伝達役として使うオルクスシンドロームを主とする。
結希の要請により、彼も今回の作戦に参加していたのである。
彼らの担当は、もしも相手が自分ではない存在を遠隔地から操る類の能力者だった場合、レネゲイドウィルスの波長をたどり、その場所を把握すること。
ノーチェの魔法で大体の場所を把握し、それに応じてネームレスが自分の操る動物をリーダーとした群れを誘導。位置を特定するというものだ。

黒猫はぺこりと頭を下げると、言った。

『それではそろそろ私はお暇させていただきます。皆さん返ってくる頃でしょう、あなたの力は必要になるでしょうが、私は必要ないでしょうからね』
「おや、もう行ってしまうのでありますか。気をつけるのでありますよ」
『えぇ。頼まれごとも、解決しなければなりませんしね』
「よろしくお願いするのでありますよ。―――では、また」

黒猫はぴょい、とその場を飛び退くと、窓から歩いて出て行った。
それを見送った後、すぐに下の階がにぎやかになる。おそらくは負傷者が帰ってきたのだろう。回復魔法を持つノーチェのできることは多い。
彼女は窓を閉じ、すぐさま扉を開けて下へと向かう。

そして、にぎやかな声が一つ、一階のフロアに増えた。


続く。

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