ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第02話02

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だれでも歓迎! 編集
 同じく<A-0>区画東棟5階、執行部室。
 そこには今、3人の学生と1人の事務員がいた。

「はーい。これ、ウチのお兄ちゃんから。いつもわたしがお世話になってるから、って張り切って作ってくれたんだよー」

 大きな3段重を取り出したのは、穂群原小等部のイリヤスフィール=フォン=アインツベルン。
 彼女の言う「お兄ちゃん」は、「衛宮 士郎」。
 穂群原学園高等部に通っており、家事全般を完璧にこなし、壊れたものの修理のために穂群原内を歩き回る少年で、ついたあだ名は「ブラウニー」。
 最近では、穂群原以外の学校からもその能力を重宝されており、「座敷わらし」に格上げされかけているとかいないとか。
 その物品修理の能力だけではなく、「調理実習に忍び込みたい学校No.1(麻帆学新聞部調べ)」に輝いた強者ぞろいの穂群原の中で、
「和の蒔寺」・「中華の遠坂」・「洋の間桐(妹)」・「家庭料理の三枝」と並び、「折衷の衛宮」と黒一点に輝く強者の一人である。

 そんな名前が『学園世界』中に名の響く人物直々の差し入れなのだから、その場のテンションが盛り上がらないわけがない。

「おおぉ……、この卵焼きのコゲ一つない絶妙な火加減、冷めてもおいしく柔らかなから揚げ、よく味の染みてる割に素材の食感の損なわれていない筑前煮。
 さすがは『穂群原五天星』の一人―――すっげーっ!!」

 いきなり料理解説をしながらから揚げをまぐまぐと食べる、チョコレート色の髪に深い緑の瞳の少年の名はアルヴィン・ケンドール。
 エルクレスト・カレッジに通うオルランド寮住まいの少年で、噂と情報収集が趣味な彼は、しかし別段執行委員ではなかったりする。
 そんな彼がなぜここにいるかと言えば、ちょっとした好奇心と上級生に与えられた任務のせいである。

 エルクレスト・カレッジは、比較的最近『学校転移』が起きたこともあり未だこの世界の勝手がわからない。
 『極上生徒会』の構成員には代表生徒が選ばれることとなり、オルランド・シェフィールドの2寮からそれぞれのプリフェクトが仲良く参加することになった。
 ……仲良く、である。
 たとえ出会った瞬間幽波紋(龍と虎)背負って舌戦繰り広げる間柄でも仲良く、である。たぶん。おそらく。メイビー。

 しかし、未知のことに関して情報は多い方がいい。
 そう考えたオルランド寮のプリフェクトは、顔見知りの好奇心の強いこの少年に校外の情報を集める役割を頼んだのである。
 ただでさえ情報収集が趣味であるアルヴィンはその頼みを快諾。
 授業の休憩時間になってはこっそりと抜け出し、色々な所を見ていったところ―――
最終的にこの学園の事情を知るための場所として、この『学園世界』の最新の地図が張り出されている執行部室によく顔を出すようになったのだった。

 もちろん、執行部室に執行委員以外の人間を長い時間置いておくのは問題がある。
 各学園内にも執行委員に対してよく思っていない人間は確かに存在している。
 各生徒会の中には、露骨に彼らに敵愾心を持っていたり、隙あらば利用しようと考えている者すらいる。
 その中で一部の学校に肩入れするようにも取られかねない行為をするのは、つけこまれる隙になりかねない。
 よって、アルヴィン自身にもエルクレスト・カレッジにも忠告を数多く行い、水面下の協議を行った結果、一つの結果を弾き出した。

 『アルヴィン・ケンドールを生徒会直属越校機関・報道組織(仮)の代表とする。
  また、報道組織(仮)の施設建設の間、その身柄を執行委員預かりとし、事務研修期間とする』

 学校間の情報伝達の役割を果たす機関の必要性はこれまでに『極上生徒会』でも何度も取り上げられてきた問題であり、
そこにちょっかいをかけてきた行動力のあるアルヴィンは、格好の存在だったわけである。
 そんなわけで、B区画のどう考えても学校が転移するには無理がある隙間土地に「報道組織(仮)」の専用施設を立てる間、アルヴィンは執行部仮所属となったのだった。

 ……とゆーか、なんで西洋ファンタジー学園のエルクレスト・カレッジ所属の人間が筑前煮なんて食べ物を知っているんだ。
 意外とすごいぞアルヴィン。

 閑話休題。
 その隣の椅子でタコさんウィンナーを口に放り込んでいるのは、緑色のつんつん頭の少年だ。
 彼は重箱のタコさんウィンナーを飲み下すと、ぽつりと呟く。


「うん、うまい。……けど、俺は森の料理のが好きだな」

 少年の名は植木 耕介(うえき こうすけ)。火野国中学に通う高校3年生である。
 火野国中学が転移してきた当初、近くにいたトリステイン魔術学院の一部生徒といざこざを起こし、
(まぁ相手が確かに悪いわけであるが)トライアングル相手にモップ一つでケンカを売り、果ては調停執行が必要と判断され、柊を引きずり出した少年である。
 そんな経緯があったにも関わらず今彼がここにいるのは、
その調停執行の翌日、彼が名前を出した森こと『森 あい』に引きずられて謝りに来た際、戦闘記録を見た初春と宗介にスカウトを受けたのが原因だ。

 ちなみに。
 彼の言う『森の料理』というのは、普通の材料を使って作ってもなぜか見た目は「旧支配者の煮込み」のようになる凄まじい見た目であるが、
味は『割とうまい』の部類に入るという、なんとも見た目とのギャップの激しい料理のことである。
 味の部分に関しては、某破滅的な料理の腕前の少女たちに見習っていただきたいものである。

「耕介は相変わらずでありますなぁ。
 あーっ! アルヴィン、それわたくしのっ! わたくしの小龍包でありますからっ!?」

 自分用の小皿に取り分けた小龍包(しょうろんぽう)を横からかっさらわれて涙目なのはノーチェ。
 後衛のスペルキャスター系相手にシーフが本気出している。超大人気ない。
 そんな彼女に、ただ1人立っている少女が声をかける。

「ノーチェさん。取り合いをしなければならないほど数が少ないわけではありませんので、落ち着いてください」

 エメラルド色の長い髪、機械っぽい飾り耳、「超包子」のロゴの入ったユニフォームを着た背の高い少女。
 彼女の名は絡操 茶々丸(からくり ちゃちゃまる)。麻帆良学園都市内麻帆良学園中等部所属の3年生である。
 なお、別に彼女も執行委員所属ではない。
 茶々丸は麻帆良学園によって開発されたロボットであり、実用試験兼実地によるデータ採取のためにさまざまな経験を積んでいる最中なのである。
 超包子という移動屋台のウェイトレス、というのもその一つだ。
 彼女は、自身の開発者の1人である葉加瀬が先日執行委員に迷惑をかけたということで、葉加瀬に頼まれそのお詫びの品として超包子の出前を運んできたのだった。

 実は、こういった差し入れは意外と結構ある。
 執行委員には敵が多い、と前述したが、多くの一般レベルの生徒にはそれほど敬遠されてはいないのだ。
 いわれなき災害に襲われた時、命を助けてもらった者がいる。
 仲裁できない争いに巻き込まれそうになった時、それから守ってもらった者がいる。
 彼ら自身に学園そのものを動かすような力はないが、それでもその行為によって確かに助けられた人間はいて、それを感謝する者もいるのである。

 ―――基本的に、差出人不明のものは何が起きるかわからないため一回走査されてはいるが。

 個人宛の小包が届くこともある。
 この間ベホイミ宛に届けられた鈴原 未来(すずはら みらい)からの小包の中には、やけにきちんとした形のドクロ型型抜きクッキーが入っていた。
 ……他の執行委員が未来の行く末を深く心配したのは言うまでもない。
 彼女がこのクッキーの作り方を教わったのは、実家が甘味処をやっているという某聖祥の白い魔法少女だったりするのは、やはり心配する所かもしれないが。

 閑話休題。
 執行委員2人、外部の人間が2人と珍しいことになっている執行部室。

 そんな所でがらがらー、と戸が開かれる。

「ふぇんひ、ほうほうひはほはっはんへんぐひあふは?」
「……とりあえず口ん中のもの飲んでからしゃべれ、お前は」

 口いっぱいに(無銭で食べられる)食料を頬張って喋りかけるノーチェに、脱力しながら半眼でツッコミを入れるのはこの部屋のヌシであるところの柊だ。
 彼は用事がある、と言ってこの部屋にノーチェを1人残して出かけていたのだった。
 柊が仕事と食事以外の時間この部屋にいないのはごく珍しいことであるため、彼が出かけた後やってきた植木・アルヴィン・茶々丸は驚いたものだった。


 んぐんぐと一生懸命飲み込もうとしているノーチェの言いたかったことを、植木が代弁する。

「用事は終わったのか?」
「あぁ、もともとそう大した用でもなかったしな。面倒事はさっさと済ませてきた。
 っていうか久しぶりだな、茶々丸。元気か?」
「変わりありません、お気遣いありがとうございます。柊さんの方は?」
「こっちも相変わらずだ。……物騒さも相変わらずなんだけどな」

 言いながら、彼は席について置いてあったおしぼりで手を拭くとひょいひょい、と春巻きと焼売と卵焼きとポテトサラダを皿に取って手を合わせる。
 柊自身、一度超包子に訪れたことがあり、その際に店長の五月と茶々丸と話をしたことがあったのだ。
 一口かじりながら、彼はたずねる。

「で。こっちの中華っぽいのは茶々丸のトコの差し入れってことでいいんだよな?」
「はい。正確にはハカセがこの間のミサイル誤射の件のお詫びとして、とのことですが」

 あー、とようやく思い当たる柊に、相変わらずですね、と茶々丸。
 相変わらずトラブルに首を突っ込んでいることに対して指摘されるも、柊としてはそれがこの町での日常だ。
 よほど強烈な思い出でもない限りは、事件の一つ一つに関して覚えているはずもないのだった。
 バツが悪そうに乱暴に口の中にあった焼売を飲み下すと、行儀悪く箸の先で重箱を指す。

「んで? こっちはどこの差し入れなんだ?」
「あ、それはウチのお兄ちゃんから。いつもお世話になってますって」
「衛宮か、そりゃ楽しみだ。……っていうか、イリヤは料理しないのか?」

 その一言で「う」と動きを止めるイリヤ。
 顔を伏せてしまったイリヤを見て、ぴょい、と彼女の懐から飛び出すのはカレイドステッキ・ルビーの省エネモード。

『対朴念仁用必殺奥義っ、ルビーサミングっ!!』
「どうあっ!?」

 ※サミング……目潰しのこと。文字通りの方。当然反則技。
 ルビーの飛び出しいきなり必殺奥義を何とか首をそらして回避する柊。
 回避されてもルビーは動じない。そのまま柊に片翼をびしぃっ!と指して告げる。

『さすがは前衛型、避けられましたか。だがしかーし! 全国10億人の恋する乙女の敵っ、朴念仁撲滅のためならルビーちゃんは負けません!
 いいですかそこの多次元多世界型朴念仁、耳をかっぽじってよーくお聞きなさいっ!
 あなたに、思い人の方が料理が上手だから料理の勉強することをためらってしまうオンナノコの気持ちの何がわかるって言うんですかっ!?』
「る、ルビー。追い討ち、それ追い討ちだから」

 ルビーの言葉にさらにダメージを受けるイリヤ。
 柊としてもあまりに(彼視点で)理不尽な急所攻撃にツッコミをいれようとしたが、ルビーのあまりの剣幕にそのタイミングを逸した。
 さすがは策士のルビーちゃんである。

『女の子の甘くてすっぱくてもはやベリーベリーベリーすら生ぬるい葛藤をなんだと思ってやがるんですかっ、
 このデリカシーをおかーさんのお腹の中に置き忘れてきたとしか思えない先天性デリカシー欠如症候群のハタ折り式おバカさん―――っ!』
「いや、なんつーか、その。
 ……俺、そこまで言われるようなことしたか?」
「さあ?」
『えーいここにもいやがりましたか先天性以下略2号が―――っ!?』

 ルビーに気圧された柊が助けを求めるように植木にたずね、タコさんウィンナーを頬張っていた彼は首を傾げるだけに終わった。
 もちろんキレっぷりが二乗されるルビーちゃん。
 なんか朴念仁相手に嫌な思い出でもあるのだろうかといわんばかりの喝っぷりだ。


 いいですもうそこに正座なさいこの先天性おバカ共、とマジ説教を開始しかねないルビーの声を止めたのは、蚊帳の外に置かれていた茶々丸の声だった。

「思うのですが、イリヤさん」
「ん? なに茶々丸さん。今のわたしはちょっとハートがブレイクしてるのー。なぐさめなんかいらないよー」

 イリヤの周囲は光の恵みが減っているかのような光景が広がっていて、ちょっと涙が止まらなくなりそうだ。
 ともあれ、そんなイリヤにあくまで無表情のままに茶々丸が提言する。

「料理の仕方がわからず、またお兄さんの方が料理が上手だから努力し辛いと仰っておられましたね」
「うんそーそー。どうせね、ママもわたしも不器用なのよー。
 細かいことは考えずに大容量でゴリ押し上等なのようふふふふ」
「要は、そのお兄さんに料理を教えてもらえばいいのでは?」

 硬直。
 「わたしは今までそのことを考えたことがありません(英語の例文風味)」並の衝撃がイリヤとルビーを襲う。
 さらにそこにアルヴィンが追い討ちをかけた。

「ナイスアイデアっ! 料理も上手くなれるしその時間中ずっとお兄さんと一緒にいられるって特典付きだなっ!」

 おぉ、と小さな呼気が漏れると同時、彼女は同じクラスの男子にすら負けたことのない自慢の足で二人に近づき、その両手を握る。
 あまりの勢いに、茶々丸ですらが少し雰囲気に呑まれる。

「―――二人とも、ありがとう。わたし、今日家に帰ったらすぐにお願いしてみる。
 誰にも邪魔はさせない。それがたとえセラでもリズお姉ちゃんでも向かいのあかいメイドでもことあるごとにやってくる虎でも通い妻気取りの黒いのであってもね……」
『あぁン☆ イリヤさんがヤる気全開フル充電っ!
 今ならありとあらゆる壁をぶち抜いてこの世界取りにいけそーな気がしますっ!!』

 とても『ヤル』が物騒な響きに聞こえて仕方がありません。本当にありがとうございました。


 閑話休題。
 イリヤとルビーがやけに物騒な気を全身から発しているのを横目に、彼らは席に戻って食事を再開する。
 茶々丸が新たに岡持ちから取り出したあんかけ焼きそばとお重に入っていたいなり寿司を取りながら、柊はアルヴィンに聞いた。

「ところでお前の方はどうなんだよ。
 たしか、生徒会直属の報道部の始動まであと一週間かそこらなんだろ?」
「あぁ。今はまだ一緒にやってくれる人を色んな学園まわって探してるんだけど、ちょっと広すぎてな。
 あんた達はなんかそういう人の話とか聞かないか?
 行動力があって、好奇心満載で、ちょっと猫みたいに殺されかねないけど機転が利いて危機は脱するタイプ。そうでなきゃ頭がよくて人をまとめるのに長けた人間」

 と、肉まんの欠片を口に放り込みながらアルヴィン。
 前者は記者として必要な能力で、後者はそれを記事にしたり編集したりするのに必要な能力である。
 自分の性格指向に合わせてどんな人間が必要なのか考えた上での発言であった。アルヴィン、意外にプロデュース仕事が得意なのかもしれない。

 その彼の言葉に最初に答えたのは、茶々丸だった。

「麻帆良学園では、すでに報道の仕事にたずさわっている朝倉さんか、自分で自分をプロデュースするだけの処理力を持つ千雨さんをオススメします。
 本人が了承してくれるかは自力での交渉次第と思われますが」
「ほうアサクラとチサメ、と。茶々丸さんからの情報なら信頼性ばっちりだな。後で麻帆良学園都市に行かせてもらうよ」

 少しだけ目を細くし、メモをまじめに取るアルヴィン。
 その真面目さを全面に押し出せばもっと女性にモテる可能性もあるだろうに、まったくもってもったいない少年だ。
 彼は、茶々丸の隣へと視線を移す。

「それで、植木の方は?」
「好奇心なら森が一番だな、人をまとめられるかはよくわからん」
「また森かよ、お前ら本当にアツいなぁ」
「? アツいって、なにが?」

 これで彼氏彼女の関係でないというのは本当にサギだと思う。
 どこぞの幼馴染どもよりもよほど熱々な本編であるのだが、しかし彼らの関係が言及されているのはおまけページのみだという。
 アレか。やはり植木が天然なのが全ての障害で元凶なのか。

 閑話休題。
 と、そこへトランス状態から戻ってきたイリヤが話に加わる。

「ねぇねぇ、何を話してるの?」
「お帰りイリヤちゃん。いや報道部作るのに人材が必要なんだけど、なんかオススメしてくれる人いない?」
「オススメ、かぁ……うーん、お兄ちゃんたちの高等部にいる、人間観察大好きメガネっ娘こと穂群の呉学人・氷室 鐘(ひむろ かね)さんとか?
 わたしも会ったことはないんだけど、なんとか探偵とかいってちょっと有名だった時期があるしね」

 あごに可愛らしく指をあてて考えるイリヤ。
 正直な話、小学生にそんなことを聞くアルヴィンもアルヴィンであるのだが、それだけ追い詰められている証拠だと受け取ってほしい。
 最後に彼はノーチェと柊を見る。

「で、お前らは?」
「俺ら一くくりかよ」
「なんだよ、同じ世界から来てるんだろ? そっちから来てるのは輝明学園だけなんだから、一緒に聞いても問題ないじゃないか」

 そもそも柊はまともに学校に行っていたとは言いがたく、ノーチェに至っては輝明学園に行ったことすらなかったりするのだが。
 ともかく。
 求められれば断れないのがノーチェという少女である。
 知っている輝明学園生は数少ないが、なんとか頭の中で適正のありそうな知人を探し―――ぽん、と手を叩く。

「思いついた、でありますっ!」
「おぉ、聞いてみるもんだ。で、なんていう奴なんだ?」
「斎ど―――」
「よーしノーチェ、ちょっとこっち来ような?」

 彼女がみなまで言う前にがし、と首根っこを引っつかんでぷらぷらさせながら回れ右する柊。
 アルヴィンの目が点になっている間に、深く溜息をつきながら柊はノーチェに話しかける。

「……まぁ、ある程度予想ついたっちゃついたんだが。
 お前が輝明学園の人間で知ってる奴とか、絶滅社関連以外じゃ考えらんねーもんな」
「そりゃそうでありますよ、わたくしに何を望んでるのでありますか」
「知らない時は知らないって言うのも間違ったことじゃねぇっての。お前、なんて言おうとした?」
「へ?
 最近ユイは荒砥山に行っててここにいないでありますし、
 秋葉原校内限定なら純粋に破壊工作しかできない灯よりは、忍者で隠密行動が得意な一狼の方が向いてるかと―――」
「あいつは今じいさんに連れまわされてて大変なんだろうが。お前が言ったんだろ。
 ついでに、隠密行動をやってる奴が表舞台に立たされたら本業がやり辛くて仕方ないっつーの」

 柊の至極尤もな説明もなんのその。
 ノーチェはいっそ(ない)胸を張って答える。

「大丈夫でありますよ。昼は下着メーカーの冴えない社員、夜はヤクザの三代目組長とゆー職業の方も世の中には……」
「なれってか。静かなるドンになれってか」
「……無理でありますな、一狼では」
「わかってんなら無茶なことをさせようとすんじゃねえよ、ただでさえ学業とウィザード両立させてんだぞ」
「蓮司とは一味も二味も違うでありますな」
「このまま5階の窓からアスファルトに向けて文字通りノーロープバンジーさせてやろうか?」
「ぼーりょくはんたーい、でありますっ!」

 月衣を持っている以上そんな『事故』は特にダメージにならない上、ノーチェは吸血鬼であって肉体再生スキルには事欠かないためほとんど意味がない行為なわけだが。
 ともあれ、柊はその場でノーチェを掴んでいる手を離す。べちん、と真正面から落下するノーチェを尻目に柊は正面のアルヴィンを向き直る。


「悪ぃ、このバカの言ったことは気にしないでやってくれ。
 で。俺からこれといって勧められるような奴は特にいない。あえて1人挙げろって言われたらマユリくらいだが、正直あいつは今どこにいるのかわからん」
「輝明学園内にいるのか、ダンガルドの命令で違うところにいるのか。それさえもよくわからないでありますからなぁ。
 一時期赤羽理事長代理の直属にいたこともあったでありますが、『学園世界おむすびの旅』に出てからは現在地もハッキリしないのでありますよ」

 なにをしてる高レベル魔術師。
 アルヴィンはうんうん、と頷きながらその言葉に答えた。

「……なんか、すごい人なんだってことだけはわかった気がする。マユリ、な。探せたら探してみるよ、ありがとう」
「行動力もある、好奇心もある、協調性もある、常識もあるという珍しい人間でありますからな。
 味方に出来れば心強いと思うでありますよ」
「うん、うん……っと。結構いるもんだな。他にも誰かいたら教えてくれないか? 片っ端から声かけてくつもりでいるからさ」

 そう言ったアルヴィンの言葉に、口々に語りだす執行委員たち。
 茶々丸はともかく、彼らは学園内を飛び回っている生活を送っているために、色々な学校の学生とも交流がある。
 ぐだぐだと益体もない案を挙げるヒマな執行委員+1。



 その時、ぴんぽーん、とインターホンが来客を知らせる。
 先ほどまでおでこと床が刺激的なランデブーを繰り広げていたノーチェが、ふらふらしつつ教室の外へと向かう。

 そんな彼女を放りっぱなしで話はヒートアップ。
 果ては報道する時にアイドルみたいなのいたらうまくいくのでは、つまり磯野第三中の江戸前 留奈か瀬戸 燦入れとくとかどうよ、とか。
 いやいや機材扱える人が必要だし、御川高校の『こわしや』に協力頼んだ方がよくない?
 などと喋っていた時、ノーチェがまだふらふらしながら、学生カバンほどのサイズの小包を持って戻ってくる。とゆーか、まだ目がぐるぐるしていたりする。

 植木がたずねた。

「おかえりノーチェ。なんだったんだ?」
「うぅ……黒いローブを目深にかぶった中肉中背のボイスチェンジャーでしゃべる人が、これを執行部室に届けてくれって言ってたのでありますよー」

 そんなあからさまな『怪しい人物』から小包なんぞもらうなという。
 しかし、ここで会話をしているのは『学園世界天然バカ決定戦』でも行おうものなら見事にトップ10入りする内の二人である。
 特に何かを疑うこともなく、へー差し入れか。と答えて植木が小包の紙をはがす。
 そこには。


 なんだか簡素にくみ上げられたプラスチックの箱。
 隙間からは色とりどりのコードが見える。
 そして極めつけに、デジタルの時計がついており、当然ながら一秒経過するごとに一秒時間が減っている。


 執行部室の空気が凍りついた。
 そしてその時計のカウントが2分を割ると同時に、その空気を壊したのはノーチェだった。

「―――なんとゆーか、こう。まるで……時限爆弾みたいでありますな?」
「そのものだよっ!?」
「え、そうなのか?」
「植木さんわかってなかったのっ!?」
「ジゲンバクダンって、なんだ?」
「ある一定の時間に達すると炸裂する爆発物のことです」

 一応上からノーチェ・柊・植木・イリヤ・アルヴィン・茶々丸の順である。
 状況をきちんと把握した5秒後、ノーチェが慌てだす。

「ど、どどどどうしたらいいでありますかっ!?
 しまった、やっぱりさっきの人は怪しい人だったでありますかっ!?」
「今さらそこに気づくのっ!? ど、どうしようかルビーっ!?」

 ちなみにイリヤも充分テンパっている。
 そんな彼女にルビーチョップをくらわせながら、ルビーがくるりと回って答える。

『イヤですねぇ、落ち着いてくださいよイリヤさん。
 転身(プリズムトランス)してしまえば、この量のC4如きの爆発でイリヤさんに傷一つつくわけないじゃないですか』
「あ、そっか。ノーチェと柊さんは月衣持ちのウィザードだから、やっぱり死んじゃうようなことはないよね」

 自分が死ぬようなことはないと知って、イリヤは一瞬にして落ち着きを取り戻す。
 ゲンキンさんである。
 さらに茶々丸が補足する。

「私には飛行仕様がありますので、植木さんとアルヴィンさんを抱えて逃げるくらいのことでしたら特に問題ありませんが」


 再びの静まり返る部屋。



「あれ。じゃあひょっとして全然慌てる必要ない、とか?」
「なんだ、そうなのか」
『まったく、人騒がせですねー』

 普通は人騒がせどころの話ではない。つーかテロだぞもうちょい慌てろよ。

 閑話休題。
 何気なく弛緩した空気が漂いかけたそこに、茶々丸が冷静に告げた。

「しかし、この部屋に置いてある機材と資料は守れないわけで跡形もなく吹き飛びますが」


 三度止まる空気。


 機材と資料が跡形もない→復旧作業→デスクワーク処理通常の数倍→初春マジ泣きの図式が全員の頭をいとも簡単に駆け巡る。
 いや別に初春が全部やるわけではないが、少なくともここの機材が吹っ飛んだ場合初春が本気で落ち込むことは間違いない。

 全員が再び爆弾の時計に目をやると、ちょうど残り1分をさしている。
 イリヤが慌てながら言った。

「そ、そーだっ! 確かベホイミさんとソースケさんは爆弾解体できたはずっ!」
『んー、それはちょっと遅かったですねー。
 お二人ともさすがに最寄の転送陣使ってこっちに来てもらって爆弾を解析した後バラすっていうのを1分でやるのは無理でしょう。
 最初にいてくれれば問題なかったんですが』

 ルビーに言われてがくりと肩を落とすイリヤ。
 茶々丸が無表情なままに告げる。

「申し訳ありません。
 私も解析、分解をするには専門的知識がインプットされていないため、最適解の模索の時間が5分ほど必要になります」
「そ、そっか。じゃあしょうがないねー……。
 ―――あ、そうだノーチェっ! ノーチェの水晶玉でどうすればいいかを調べてもらえばっ!」

 茶々丸の発言で一度は落ち込んだイリヤであったものの、彼女は最後の砦を思い出す。
 情報収集・捜索・調査にかけては、この『学園世界』でも屈指の魔法使い、見た目はただのおバカ吸血鬼がここにいることを。
 その見た目おバカはおぉ、と手を打つと破顔した。

「うっかり忘れてたでありますよ。
 よーし、そうと決まれば簡単であります。ウチの伝家の宝刀を見せてあげるで―――あげるでー……あれ?」

 一見何もない虚空―――月衣に手を突っ込んで。逆の手を突っ込んで。果ては自分の上半身をそのまま月衣に突っ込ませる。
 よくわからないゴスロリ物体が下半身だけ出してうぞうぞもぞもぞと動くという光景はもはやシュール通りこして滑稽ですらある。
 3秒ほどそのシュールな光景が広がっていたものの、そのゴスロリはすぽんと頭を出した。
 五体満足になったノーチェは困ったように笑った。

「あ、あははー……申し訳ないでありますー、水晶玉ちょっと家に置いてきたみたいでありますよー」
「そ、そんなっ!?
 水晶玉のないノーチェなんて、ただのよく食べるおバカじゃないっ!?」
『そうですよ! ちょっと死ににくいだけのおバカじゃないですかっ!?』
「わたくしの存在意義、水晶玉九割な認識なのでありますなー……」

 イリヤとルビーのダブルツッコミに、ちょっと世の中の世知辛さを味わうノーチェであった。
 まぁアレだ。ファンブったお前が悪い。

 閑話休題。
 爆弾を解体することが不可能とわかってテンパるイリヤとルビー。
 部屋のすみっこでさめざめと落ち込むノーチェ。
 爆弾を持ったまま硬直するアルヴィン。
 無表情ながらもオロオロする茶々丸。
 そんな光景を見ながら残り30秒を切ったことを確認し、柊は立ち上がるとかたわらの植木に声をかけた。

「植木」
「なんだ?」
「アレ、いけるか?」

 言って彼が指差すのは窓の外。
 この区画は『極上生徒会』専用の区画であり、東棟の壁から1㎞の間何もない。
 しかし植木は柊の言ったことを正確に理解したらしい。

「もちろん」
「よし。んじゃ、頼むわ」

 そう言い残して、柊はアルヴィンに向けて歩を進める。
 植木は右手に意識を集中させると、右手の平にスタンプのようにあるモップ型の紋が小さな光を放ち、そこからモップが吐き出された。
 彼の右手にあるのは、彼のいる世界に存在する職(ジョブ)能力と呼ばれる特殊能力者の持つ二つの紋の一つ、『道具紋』だ。
 職能力者は右手の道具紋に1人1つの道具をしまっておき、いつでも取り出すことができる。

 しかし、職能力はそれだけの力ではない。
 もう一つの紋、『効果紋』を発揮してこそ職能力者は一人前なのである。
 職能力者とは『道具』に『効果』を与える者たちのことであり、その内一つの能力を発現した植木の能力は―――

「モップに―――」

 取り出したモップを両手で掴み、構える。
 同時。左手の『効果紋』が小さな光を放った。

「―――『掴(ガチ)』を加える能力!」

 気合いの声を上げると同時、モップの毛の部分が窓へ向けて風を裂き奔る。
 モップは開いていた窓を超え、何もない空間をただひたすらにまっすぐ進む。
 空を裂いたモップの道は―――東棟から1㎞離れた南棟の外壁に巻きつき掴んで、止まる。

 あまりに突然にできた棟同士を結ぶ道。
 植木はモップの柄を持つ手に力を込め、アルヴィンから爆弾をかっさらった柊にアイコンタクト。
 柊は小さくそれに頷き返すと、そのまま窓を飛び越える。
 ウィザードとしての身体能力を活用して、東棟と南棟をつなぐモップの道のど真ん中に着地、膝を軽く曲げて力を溜める。
 それを確認し。

「いっ、……けえええぇぇぇぇっ!!」

 モップを持ったままの植木は、柊の重量が加わったことでたわんだモップの毛を、渾身の力を込めて一気にぴんと張りなおす。
 植木の作った即席のトランポリンの力を借りて、柊は勢いよく上空へと跳ね上がった。

 爆発まで、10カウントを切る。

 ウィッチブレードを月衣から取り出し、3秒だけ最大開放。
 加速加速最大加速。
 『学園世界』内の最高を誇る建物を眼下に見下ろせることを確認。トリガーから指を離す。
 右手にまだ抱えたままの爆弾を、思い切り上に向けて振りかぶる。


 カウント5。

 不安定な体勢から、右手の力一本で爆弾を思い切り上に向けて放り投げる。

 カウント4。

 これまで進んでいた『上』に向けて月衣を展開。爆弾を投げたことで崩れた体勢を利用し、体をぐるっと反転。足場と化した月衣を踏む。

 カウント3。

 数秒とはいえとんでもない加速を果たしていたウィッチブレードの勢いを完全に殺すことにより足や膝に奔る痺れ。

 カウント2。

 無視。そのまま踏んだ月衣を蹴る。

 カウント1。

 重力に囚われだす体。しかしそれでも時間は足りない。できるのなら背後にある爆弾から可及的速やかに離れたい。けれど―――

 0。

 圧倒的に時間が足りない。
 爆炎と爆風と衝撃が背後から体を叩く。
 もちろんウィザードはこんなことで死んだりはしないが、痛いものは痛い。
 しかし、それよりも大切なことがある。
 爆風や衝撃でウィッチブレードとともに嵐の中を揉まれるように落下しながら、なんとか風を読み衝撃をいなし、安定を取り戻し空中で静止すると同時、爆発地点を見る。

 上空、いまやかなり離れた空の上。
 爆発地点は煙に覆われているものの、空を飛ぶ類の学生に被害があったようには見えない。周囲を見回しても建物のガラスが割れたような被害もない。


 それだけ確認すると―――柊は、体を相棒の腹に預けて脱力する。
 目の前に広がるのは、いまや爆煙の吹き流されて青い平和な空。
 とりあえず報告書は怪しい人間から厄介なものを拾ってきたノーチェに丸投げすることを固く心に決め、大きく一つ溜息。
 あー、と無意味に声を上げてひたすらに平和に青い空に向け、誰にともなく一言。

「……ったく、大人ってのもラクじゃねぇわ」

 その表情は、どこか諦めたように。
 けれど微かに、確かに―――その表情を見ることが出来る者がいたのなら、嬉しそうに笑っている、と称しただろう顔だった。


 この街には、平和を守る者たちが複数存在する。
 その中でも最も全世界的に知られた存在の名を『極上生徒会執行委員』という。
 彼らは一日中学校同士のいさかいを『調停』し、力なき人々を蹂躙せんとする『悪意』に対して日夜立ち向かい続けている。
 そして。今日も、また―――

おわる。


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