たったひとりの魔王決戦 ◆iDqvc5TpTI


風が吹いていた。
地の底に引きずりこまれるような重く、不気味な風だった。
これが黒い風というものなのだろうか。
ルッカは対峙する銀の髪の男へと率直に問いかける。

「ねえ、あなたには今も聞こえるの? 黒き風の音が……」

黒い風。
類稀なる魔力を持つ男が凶兆を――多くは遠からず誰かに死が訪れることを予知した時に用いる表現。
転じて男が自らの手を汚すときにも行う死の宣告。

「……ああ」

故にその返答は男が自らと同じ称号を持つ絶対者が開いた悪魔の宴に興じている証拠に他ならない。
事前に聞いていた情報もあり、少女は動じることなく――少なくとも表向きは――頷いた。

「検討はついているけど理由、教えてくれないかしら?」
「…………」

他者に運命を握られることを嫌い、理不尽に暴虐をもって抗ってきた男が、大人しく他人の掌に乗せられている理由は唯一つ。
そのことを聡明な少女が推測できないはずがない。
男もそれを分かっているからこそ、数瞬の沈黙のあと、口を開いた。

「姉上を、サラを取り戻すためだ」
「……そう」
「ねえ、ジャキ。一つ聞いて欲しいことがあるの」

ルッカは切り出す、男を説得しうる研究中の一つの理論を。
それは極小ブラックホールを利用しての、“時のたまご”。
超重力の一点を自転させることにより、時空をすいよせ、全てをのみこむ特異点をリング状に変形させる。
これを次元転移のためのゲートとして利用すれば、異なる時空との行き来が可能となることを。
要点を絞った簡素な説明を聞き終えた魔王の内で一つの謎が解消された。

「……擬似ブラックホールを発生させられないのはそういうわけか。大方オディオの仕業だろうとは踏んではいたが」
「ブラックホールを!? そうね、魔力で生じさせたものに置き換えても理論は成り立つわ……」

魔王、しいては他の参加者を箱庭より開放する可能性をオディオは見逃さなかったのだ。
用意周到なオディオに悪態を吐きたくなるも、一先ず後回しだ。
ルッカはまだ魔王から説得自体への答えを聞いていない。

「それで? 言ったとおりこの理論が実用化されればオディオを頼らずともサラさんを助けにいけるかもしれないのだけど、まだ殺し合いを続ける気?」
「かもしれない、だ。今のところは机上の空論なのだろう。
 それに理論的には間違っていなかったとしても無数の時間軸や平行世界の中から一人の人間を探し出せる可能性は限りなく低いのではないか?」
「……否定はしないわ」

科学の限界。
悔しいけれどそれは確かに存在する。
いや、限界があるのは科学では無くそれを扱う人間の方か。
時の卵さえ推測の領域でしかない今のルッカは魔王の言葉を否定できなかった。
無論嘘をつくこともできたが、それはルッカの性格が、科学者としてのプライドが許さない。

「ならば答えは決まっている!」
「……分かったわ。じゃあその前にもう一つ。これ、返しておくわ」

袂を別つと今一度宣言した己に向かって放り投げられた何かを、魔王は大して警戒することなく右手でキャッチした。
ルッカの性格からこの状況でだまし討ちをするとは思えず、危険物では無いだろうと判断したからだ。
例え害をもたらす物でもどうにかできるという自信もあってのことだったが。
その魔王の顔が投げ寄こされた物の正体を確認して歪んだ。

「これは、サラの……」

手の中に納まったそれを魔王が見間違えるはずは無かった。
虚空へと消えた姉が唯一つ残してくれたもの。
全てを奪ったラヴォスへの憎しみの炎を絶やさんがため、守ってくれると言ってくれた大好きな姉へと縋り付こうとした幼子の弱さ故に。
見知らぬ時代、人ならざる魔族の中での過酷な日々の中でいつ何時も手放さず身に着けていた首飾り。

「何のつもりだ?貴様ならこのペンダントに込められた姉上の力は重々承知しているだろう。それを敵である俺に渡すなどと」

姉は言葉通り傍におらずとも魔王のことを護ってくれた。
ペンダントに込められた祈りの力――毒や魔封といった災厄を撥ね退ける護りの力。
共に攻撃魔法を主体とする魔王とルッカが戦う上では確かに戦況に影響を与えない道具だが、有用な道具であることに変わりは無い。
敵となった相手へと無条件で渡すには余りに惜しい代物だ。
だというのに女は言う。笑みを添えて自分の行いになんら悔いはないとばかりに。

「関係ないわ。あなたが敵であることと、誰かが大切にしていた家族との思い出の品を返すこととはね」
「……そうか。貴様は、貴様たちはそういう奴らだったな。いいだろう、くれてやる」
「これって!」

今度はルッカが声を上げる番だった。
見るからに強そうな、その名もずばり究極のばくだんを5つたて続けに渡してきたのだ。
魔王にとってのペンダントとは違いルッカにとって思い入れのある物ではない。
しかしこれから始まる戦いにおいては間違いなくルッカの心強い戦力となる。

「一体いつからこんなにもサービスがよくなったのよ、魔王」
「ちょうどいいハンデだ。それに――」

それでも礼としては全く釣り合っていないくらいだからな。
ほんの僅かに笑みさえ零して見えたのは錯覚か。
そこに少しでも自分達との旅で培った何かがあってくれればと今から殺す相手に思ってしまったことにルッカは苦笑する。

「そう、なら遠慮は要らないわね。サイエンスを舐めてると痛い目見るわよ?」
「構わぬ。俺と同じ過ちを犯したくないのなら……、クロノを守りたいのなら……」

ペンダントを強く握り締め、友ではなく、されど敵でもなかった少女へと魔王は告げる。

「全力で来い、ルッカ・アシュティア。現代科学の担い手よ!」

空気中の水分が一瞬で凍結され魔王の背後にいくつもの氷柱が浮かび上がる。

「行くわよ魔王! カエルには悪いけどここでわたしがあなたを倒すわ」

ルッカの左手から迸った魔力が空気中の酸素を取り込み業火と化す。

「失ったものを取り戻すため」「もう二度と失わないために」

氷と炎。
取り戻すためと失わない為。
二つの相反する力と想いが

「「……勝負っ!!」」

森の木々を吹き飛ばしつつ中空で爆ぜ激突した。





少女を押しつぶさんとしていた氷塊が炎の嵐に飲み込まれ殆どが蒸発する。
男を焼き払おうと牙を剥いた炎もまたその時点で全てのエネルギーを失う。
二つの力の消失と同時に引き起こされたのは大量の蒸気の瀑布。
固体から一気に気化させられた氷の成れの果ての中煌く物があった。
水滴の散布に伴い現れるにはこれほどなくお似合いの虹という名を冠した剣が陽光を反射した光だった。
ジョウイ達を襲った時同様、アイスガを盾に魔王自身もまたルッカへと駆け出していたのだ。

「……っ!」

だが己が魔法を囮に次の手を打っていたのは魔王だけではなかった。
エイラやクロノ程でもないが魔王が自分よりは遥かに接近戦に強いことはルッカも承知済み。

「ほぅ……、早くもここで使ってくるか」

魔王の進路を塞ぐように設置されていたのは数分前までは彼の持ち物であった究極のばくだん。
マジックバリアを以ってしても軽減できない対魔王の切り札にもなる道具を惜しむことなくルッカは使用したのだ。
気付かれても避けきられないように間を開けて投じられていた爆弾は勿論火を宿し爆発寸前の身。
咄嗟にダークボムで爆風を相殺しようとするも、一発の魔法では二つ分の威力は防ぎきれない。
マントで全身を包むように守ったことで飛散した破片による被害は抑えられたが、足は完全に止まってしまっていた。
その隙をルッカが逃すはずがない。

「くらいなさい、魔王!」

格好の的へと無数の矢の雨降り注ぐ。
常に使う鎌とは違い回転して弾くだけの柄の長さを持たない虹では到底払いきれない。
魔王は剣による迎撃を諦め、魔炎によって乱射された矢の一群を焼き払う。
それだけではない。
ルッカお得意の機械仕掛けの武器に魔王もまた対策たる一撃を返す。
古代ジール王朝で生まれた為魔力で動かない機械には詳しくない魔王だが、クロノ達との旅で一つ知ったことがある。

――精密機械は電気に弱い!

「……サンダガ」

天破雷咆。
駆ける魔王を中心に広がった幾条もの雷光が獲物を求め爪を伸ばす。
素早く金属でできたオートボウガンを上空に投げ捨て避雷針代わりにし寸前のところで回避するも、これでルッカは丸腰だ。
魔王の進軍を阻むものも、距離を詰めた魔王の刃を遮るものもない。

「……!!??」

筈だった。
刃が届く距離にルッカを収め、剣を振るった魔王の表情に明らかな驚愕が浮かぶ。

「……正気か?」
「マッドサイエンティストってのも悪くはないけれどね。あいにく私はいつでも正気よ!」

速度が乗り、止めることも叶わない刃は。
ルッカが剣を受け止めるために取り出した3つ目の究極の爆弾を断ち切る!
超至近距離の爆発から身を守るためにバランスを崩してでも大きく後ろに跳ぶことを選ぶしかなかった魔王に対し、
事前にプロテクトを唱え備えていたルッカの動きは早かった。
究極の爆弾はあくまでも当初の想定外の戦力。
真に対魔王にと当てにしていた兵器は別にある。
爆風の勢いに逆らうことなく吹き飛ばされたことで魔王と距離を取ると地面を転がりならデイパックに腕を入れ真の切り札を取り出した。

「さあこれからがサイエンスの真髄よ!」

聞こえた声に嫌なものを感じた魔王は、直後、勘が間違っていなかったことを理解する。
ルッカのデイパックから響くのは小さいなれど明らかに機械の駆動音。
開けられた蓋から伸びるコードの先には共に旅したロボの胸に搭載されていた放電兵装を思わせる17の電極。
魔王が知る由もないが、それは彼の生まれた世界とは異なる世界における未来の時代において誕生した『学び』『考える』ロボットに内装された究極の武器。
安易な使用を諌める為に装着者のOSを極限までに更新し、高度な判断の元初めて使用が許可される程だといえば、その危険性が分かるだろう。
無論機械ならぬ人の身では17ダイオードの付属ソフトの恩恵は受けられない。
が、問題ない。
天才ルッカ・アシュティアは十分すぎるほどの知恵と知識、そして何より優しさ(HUMANISM)を持っているのだから。

「蒸気機関スイッチオン! エネルギー充填完了!」

本来なら自立小型ロボット――キューブの内部電力で賄うはずのエネルギーをフィガロ城で作ったバッテリーから搾り取る。
潜行中に蒸気機関が壊れた時用の予備機関から作ったものな為使い捨て式だが、一度限りの使用なら問題ない。
5つの世界の技術が入り混じった集いの泉を調べて得たノウハウを以ってすれば異なる規格の二つの機械を合一させることも朝飯前だった。

バッテリーが唸りを上げ、17ダイオードの砲身が展開される。
整流作用により迸るは過剰なまでに生み出された電気の渦。
圧縮され、束ねられ、方向性を与えられた雷はロボのエレキアタックさえ上回る電荷量へと到達する!

「HUMANISMキャノン、いきなさい!」

号令とともに砲身を溶解しながら解き放たれるは、天より降り注ぐ陽光さえ染め上げる圧倒的な白。
大地を切り裂く雷の槍は少しでも威力を減衰させようとして唱えられた魔蝕の霧を易々と突破し魔王へと突き刺さる。

「ぐがっ!?」

然しもの魔の王とて全身を一瞬にして駆け巡った高圧電流には耐え切れず膝を着く。
血液が沸騰しつくし、神経が残らず断ち切られたかのような衝撃だった。
目の前に火花が散る錯覚を起こしながら、魔王は身悶える。
否、錯覚ではない。
魔王の眼前には確かに破滅を呼ぶ赤い焔が集い始めていた。
ルッカの誇る最強魔法の予兆だと察知しても、感電した身体は動いてくれず痙攣するばかり。
詠唱の完了を妨害するどころか避けることも叶わないと判断し自由を取り戻せば即座に迎撃の魔法を唱えられるよう精神を集中することに努める。

それもまたルッカの計算の範囲内。

「今まで随分魔力を使ってくれたわよね? そんな魔力の少ない身で私のフレアを防げるかしら?」

全てはこの時のために。
離れた場所を攻撃するのに魔王は武器を使わない。
己が魔法の威力に絶対の自信を持っているからだ。
そう、威力。
確かに魔王の魔法はどれも高い破壊力を誇るものばかりだ。
が、その分一撃一撃が要する魔力も多い。
星を喰らう化け物、ラヴォスへの復讐の為だけに力を磨いてきた魔王は常に高みだけを目指して生きてきたのだら。
そこが付け入る隙となった。
無理に無茶を重ね己が魔力の消費を抑えつつ魔王に魔法を何度も唱えさせることに成功。
ジョウイから聞いた話を考えるに、ルッカと出会う前にも数度魔王は戦いをこなして来たことになる。
特にリルカという少女に対しては虎の子のダークマターまで使用したという。
それから後休憩したことを入れても恐らく今の魔王にはぎりぎり一発ダークマターを撃てるだけの魔力しか残っていまい。
そしてダークマター単発ではフレアには届かない。
魔法理論に加え、熱核融合の科学理論も取り入れたフレアにはその名に恥じぬ威力がある。
万全の状態ならファイナルバーストにそうしたようにマジックバリアを以って耐え抜けたろうが、今の彼は満身創痍。
ルッカの科学によるものだけではない。
ブラッドの拳が、リルカの魔法が。
魔王に刻んだARMSの意思がそこには残されていた。

「その怪我……。あなたが傷付けた人達が残していったものね」

苦悶の中、心を落ち着かせることに必死だからか、単に答える気がないだけか。
無言のまま動かない魔王を見下ろしルッカは思う。
もしも……もしもあの時、あの岬で。
クロノを失った悲しみのままに魔王を討っていれば一人の少女の命は失われなかったのではないのかと。
今、止めの一撃を放つことに涙なんか浮かべることもなかったろうにと。
知恵の実を食したアダムとイヴは楽園を追われた。
変えられないはずの過去を覆せると知ってしまったからこそ、優しい少女は苦しむ。
苦しんで、けれども得たものから目を逸らさず前を見る。

「なら、覚えておきなさい、魔王。あなたは敗れるのよ。私と、その人達に!」

全天に一際強く輝く魔を焼き払う神聖なものとされてきた星。
本物のそれとなんら遜色の無い無限熱量が空気を喰らいながら魔王へと迫る。
天と地の二つの太陽に照らされれば、いかな魔族といえど無事ではいられまい。

されど忘れる無かれ。
今、ここにいるのは太陽神殿の主が纏う炎さえ剥ぎ取る冥の力を従えし光の民だということを!

それは、大きなミスディレクション。
なまじラヴォスに魔力を吸い取られ弱体化した魔王と長く旅していたからこそ起きてしまった思い込み。
サンダガ、アイスガ、ファイガ、ダークボム、マジックバリア、ダークミスト、ブラックホール、ダークマター。
果たしてそれだけだったであろうか?
かって一度だけ少女が直接戦った魔王の手札は。
否。
足りない、魔王を魔王たらしめていた力はまだ他にもある。
魔王との戦いにおいて、特にルッカとマールが苦しめられた魔法があったではないか。
その力の名は――

「……バ、リア、チェンジ」

フレアが着弾する刹那苦しげに響いた言葉の意味を理解してルッカは唖然となる。
周囲の世界から色が抜け落ち、漆黒の闇が腐食をもたらす。
だがこんなものはこの魔法からすれば余波に等しい。
バリアチェンジとはその名の通り強力なバリアを張る魔法なのだ。
しかも万能性には欠けるがバリアの効果はマジックバリアよりも遥かに上だ。
何せ敵の魔法の威力を軽減するどころか、術者の体力に変換し吸収するのだから。

「……これで仕切りなおしだな」

フレアの光が収まり、冥府の闇が晴れた森の中。
HUMANISMキャノンによる感電が無かったかのように立ち上がる魔王の姿を認めてルッカは舌を打つ。
仕切りなおし?
冗談じゃない。
確かにここまでやってきたことは無駄ではなかった。
魔王の魔力の大半を消耗させることに成功し、フレアを吸収した割には魔王の傷は大して癒えてはいない。
対してこちらは体力、魔力ともにまだまだ余裕がある。
至近距離で爆発物を扱ったことで服はぼろぼろで、眼鏡にも皹が入っているが魔王に比べればずっと軽症だ。

それでいながら戦いは完全にルッカの詰みだった。

失態だった。
殺し合いに参加された者達の時間軸の違いに気付けたのなら魔王もまたその例に当てはめて考えるべきだった。
自分達と旅していた時、魔王はラヴォスに力の多くを奪われ、本調子ではなかった。
その力が長き時をかけて回復したことで、或いはそもそも力を奪われる前の時間から呼び出されたことで使える可能性も考慮に入れておくべきだったのだ。
『仲間だった魔王』を殺す。
戦いたくないと甘える自分を説き伏せようと強く心に誓ったことが裏目に出た。
ルッカが立てた対策は無意識のうちに仲間だった頃の魔王の能力を基準にしたものと化してしまっていた。

バリアチェンジにも弱点が無いわけでは無い。
魔王ほどの天賦の才をもってしてもバリアを完璧にすることはできなかった。
火、水、天、冥。
一度にそれら全ての属性の魔法を防ぐことはできないのだ。
しかしその弱点も、火の魔法しか使えないルッカからすれば突きようが無かった。
ルッカが魔王のように複数の属性魔法を扱えさえできれば、せめて火属性以外の力を持つ仲間と共に挑んで居れば。
話はまた違ったかもしれない。
詮無きことだ。
誰も巻き込まないようにと止めようとした青年の手を振り切り一人で魔王と戦うことを選んだのはルッカなのだから。

もっとも、

「そうだね、仕切りなおしだ。ここからは君対僕とルッカの一対二になるんだから」

振り切られた青年がそのまま言われたとおり引き下がったのかは別の話だが。






え、と少女が声の主を確認するよりも早く薄暗い夜色の障壁を漆黒の刃が穿つ。
刃はすんなりとバリアを通り抜け魔王に到達。
迎撃せんと振るわれた虹に叩き落されるよりも炸裂し黒き衝撃波となりて魔王の血肉を抉る。

「魔女の連れの小僧か……。どうだ、その後の調子は?」
「最悪だよ。君に心置きなく黒き刃の紋章を味わってもらうにはちょうどいいくらいにね」
「ジョウ、イ? あなた、どうして」

どうして、か。
魔王はここで倒しておくべき相手だから。
ビッキーを待とうにも一箇所に留まり続けていては情報収集にならないから。
損得勘定に基づいた理由がいくつも思い浮かんでは消える。
そのどれもが少なからずジョウイに魔王との再戦を選ばせる要因となったのは事実。
けれど最大の理由はもっと別の、一国の王としては失格な個人的感情によるものではなかったか?
自分とジョウイを庇い死んだナナミの姿が。自分を逃がすために死力を使い果たしたリルカの姿が。
ルッカに重るビジョンが浮かんでしまったからこそ、迷いの果てに追わずにはいられなかったのではなかったか。

『甘いよ!!!!!!少年!!!!!!!!!』

初めてすすんで手にかけた人の言葉がジョウイの脳裏をかすめる。
その通りだ。
いざという時に甘さを捨てきれず詰めを誤ってきた。
ただ、それでも。
その甘さを含めた全ての選んできた道に後悔だけはしてこなかった!

「いくよ、ルッカ。魔王を、ここで倒す!!」
「そうねよ、私にはフィガロの二人を探して首輪を外すって大仕事も残っているもの!」

命を削ることへの躊躇いを捨てたジョウイの手の甲で黒き刃の紋章が歓喜を上げる。
いかな属性にも染まらず赤と黒のみで形作られた刃は易々と魔王の障壁を引き裂いていく。
意気を取り戻したルッカも超過駆動により壊れたHUMANISMキャノンを魔王へと投げつける。
魔王もやられるがままではない。
掌から爆発的な濃紺の閃光を迸らせ、

「魔王ーッ!!」
「……どうやらつくづく今日は縁のある人間に出会う日らしい」

それをそのままルッカとジョウイの数十メートル後方、声を荒げ走り来る二人目の乱入者へと撃ち込む。

「カエル!?」

魔王への警戒を怠らないままルッカの声に振り返ってみれば後数メートルのところにそのものずばり剣を構えた蛙の姿が。
様々な亜人種が暮らす世界出身のジョウイは異様な容姿をすんなり受け入れる。
彼が注目したのはもっと別の部分。
魔王の名を呼ぶ声に込められた怒りを伴った殺気。
姿を見るや否や狙いを変えてまで魔王が攻撃したことも大きい。
二人の間に何らかの因縁があるのは誰の目にも明かだ。
加えて、事前にルッカから仲間の名前としてカエルのことを聞いていたのだ。
故にカエルの登場を魔王と戦う上で味方が増えたと喜んでしまった。

――甘いと、裏切り殺した人の言葉を思い出したばかりだというのに

「……っ!? ジョウイ、危なっ!」

ジョウイはデジャビュを感じた。
一人の少女が降り注ぐは数多の死の雨からジョウイを庇わんと覆いかぶさり代わりに全弾被弾する。
押し倒され地に伏せたジョウイに新たな影が落ちる。
咄嗟に上に載ったままの少女を抱きしめ、地を転がる。
直後、ジョウイが元居た位置に銃剣が突き刺し降り立つは異形の剣士。

「貴様、何のつもりだ……?」
「……俺と手を組め、魔王」

仲間だったはずの少女を撃ち貫いたカエルはそれが答えだと怨敵の疑問に提案で返す。
カエルのことをよく知る魔王にはにわかに信じがたいことであったが、続く言葉に納得がいった。

「俺は最後の一人になる。エイラを蘇らせ友と生きた時代を護る!」

ほんのかすかな過去の変化で未来が大きく変わることを、ルッカやカエルほどではないが魔王も多く見てきた。
他ならぬ魔王の差し向けた部下により先祖が殺されかけたせいで存在そのものが消えそうになったとおてんばな王女から文句を言われたこともある。
エイラの死によるガルディアの消失。
カエルの心を揺さぶった最悪の未来とそのことへの葛藤を魔王が想像するのは難しくなかった。

「……悪く無い話だ」

疑念さえ晴れてしまえばカエルの提案は魅力的なものだった。
遺跡で考えていた有用な仲間、その条件を見事にカエルは満たしている。
それにカエルの性格からして自分との決着は真っ向からつけに来る。
騙まし討ちをされないというのは精神的にありがたい。
組みたがっているのも、単なる戦力増強や余計な消耗の回避だけではなく、他の誰かに魔王を討たせない為だろう。
もっとも、目の前でルッカを奇襲したことで、その面の信頼はいささか下がりはしたが。

「よかろう。私達が最後の二人になるまで組む。それでいいな?」
「ああ。決着は他の参加者を殺した後、だ!」

カエルは一先ずの交渉の成立に喜ぶ顔もせずバレットチャージで弾丸を補充。
起き上がりルッカが息をしていることに安堵したジョウイへと銃弾を撃ち込む。
転がって避けた先を目で追い、魔導の力を引き出しながら魔王に叫ぶ。

「手伝えっ!!」
「連携か。あの程度の魔法を放つのに私の手を煩わせるなと言いたいところだが、仕方が無い」

三度、ジョウイの直上に影が落ちる。
銃弾によるものでも、人によるものでもなく、影を生み出したのは大量の水。
滝の如く怒涛の勢いで流れ落ちる水は、半ばから凍りだし、巨大な三つの氷柱と化してジョウイ達へと降り注ぐ。
アイスガよりも大きく、鋭く、重い氷の塊の群れだ。
つらぬく者の名を冠したジョウイの迎撃の魔法さえも逆に貫く。

「くっ……う……ううっ、こんな時に、また力が……」

更に絶望は重なるもの。
不完全な紋章の連続使用の反動が来たのだ。
脱力感に襲われたのは一瞬で、ルッカも落とさずに済んだが、元よりオディオに呼び出される前の時点で限界間近だった身体だ。
目前へと迫った氷の天蓋に抗うすべはもう残されていなかった。

「すまない……」

ジョウイに許されたのはたった一言の謝罪だけだった。
守ってくれた少女への、守れなかった少女への、そして、再会を約束した友への。
ジョウイの姿が消える。
連なる氷の塊に押しつぶされて。
それで、全てが。終わ――らなかった。

「へっへっへっへ、やっと追いついたな」

ジョウイ達を下敷きにしたはずの一本がぐぐぐっと持ち上げられる。
寸前のところで氷河の刃は受け止められていたのだ、ジョウイのものよりもずっと強く、逞しい二本の腕に。
タイタンの紋章があって初めて可能な力技を披露したのはジョウイ、カエルに続く3人目の乱入者。

「正義の味方、ただいま参上ってな!」

いつかのキャロの街でのように、天狐星がそこに輝いていた。


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069:時の回廊 ルッカ 079-2:約束はみどりのゆめの彼方に
魔王
カエル
ビクトール
ジョウイ
066-5:Alea jacta est! ストレイボウ


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最終更新:2010年07月01日 22:04