第4回「都市と都市」

日時 2013年2月8日(金)
場所 石川町駅近郊の某所
参加人数 18人

課題書

「都市と都市」チャイナ・ミエヴィル/日暮雅通訳 ハヤカワSF文庫



告知

翻訳ミステリー大賞シンジケートのHP内に掲載された告知ページです。
こちら(外部リンク)

レポート

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読書会参加者のレポートを紹介します。未読の方はご注意ください。



・岡本のレポート
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第4回読書会の課題書はチャイナ・ミエヴィル『都市と都市』。
ヒューゴー賞など名だたる賞をいくつも受賞した「SFミステリー」として話題になった作品です。

この作品の最大の特徴は、なんと言ってもその世界観と設定の奇異さでしょう。
舞台となる2つの都市国家<ベジェル(※1)>と<ウル・コーマ(※2)>は地理的に同じ位置を占め、その領土を共有しています。
さらに2つの国家の間には、隣の国の人の存在を「見ても意識してもいけない」という暗黙のルール<ブリーチ(※3)>が存在しています。
そんなある日、両国家を股に掛ける殺人事件が起こってしまうからさあ大変。
果たしてどんな真相が待ち受けているのか?
そしてどんな読書会になるのか?
良い意味で予測不能の2時間となりました。


さて、当日はミステリー好きの方に加えてSF愛好家の方々も参加。
今回もみなさまにはグループ分けのクジを引いていただきました。
グループ名は「べジェル」と「ウル・コーマ」の2つです。
もちろん、読書会の間は他の班の様子を見ても、話し声を聞いても<ブリーチ>は出動しませんのでご安心を。

19時に読書会スタート。まずはグループディスカッションの時間です。
各班それぞれ、順に自己紹介と感想を発表していきます。
課題書を訳されたゲストの日暮雅通さんには、30分ずつグループ間を行き来しながら補足や質問への回答をしていただきました。

この時間では以下のような感想が出ましたので列挙します。

◆べジェル班◆
――設定が面白い。とても新鮮な印象を受ける作品だった。
――マグリットの絵のように、見る人に解釈を委ねる=読む人の数だけ解釈がある作品だと思う。
――短編集『ジェイクをさがして』を読んでいたので、課題書も違和感なくすんなり読めた。
――独特の設定のみで書ききったという印象。
――中学時代以来の読みにくい作品だった。人物一覧表くらいはあっても良かったのでは?
――<ブリーチ>が怖かった。
――「冷戦」+「変な都市」というモチーフを組み合わせた警察小説という感想。
――日本人には縁遠いものだからか「都市国家」というイメージが湧かなかった。

◆ウル・コーマ班◆
――世界観や設定の説明に乏しいので、最初はシリーズものかと思った。
――ミステリーとしてはアンフェア? 設定だけで終わってしまった感じ。
――京極夏彦の「アレ」を連想した(「アレ」についてはご想像ください)。
――思ったほどSFっぽくなかった。
――ディテールは面白いけど、謎解きとしては消化不良かな。
――世界観に浸ることができた。ちょっと寂しい結末だけれど、ラストに萌えた。
――警察小説のメソッドに忠実な作品だと思う。
――淡々とした描写で、設定の詳しい説明がないまま終わってしまった。

このように賛否両論。
作品のルールや世界観に馴染めるかどうかで感想がガラリと変わっていたのが印象深かったです。

続いて休憩時間を挟み、<クロスハッチ(※4)>して全体で話し合う時間となりました。
各班のグループディスカッションの内容をホワイトボードに書き出し、それぞれの疑問点を議論します。

(写真提供・参加者Aさん)

ここで話題になったのは<べジェル>と<ウル・コーマ>の風景のイメージ。
東西ドイツをイメージした方もいれば、イギリスとアイルランド、韓国と北朝鮮が思い浮かべた方もいらっしゃいました。
細かな描写が少ない作品だったので、余計に頭の中で想像が膨らみましたね。

続いて「隣人を見ない/認識しない」というルールについては、
――「目を見て話さない」という行為は日本ではごく自然なこと。例えばアメリカ人がこの作品を読んだらもっと奇妙なものに映ったのではないか。
――「近くて遠い」のは、インターネットごしの人間関係に似ている気がする。
――誰でも「自己と他者の境界線」を引いている。我々の心の中にも<ベジェル>と<ウル・コーマ>は存在しているのではないか。
といった意見が出ました。

そして驚きは、「バールレ=ナッサウ」というオランダの町の話。
ベルギーとの国境線が至るところに引かれている、飛び地だらけの町だそうです(家の中に国境線が引かれている場所もあるらしい)。
まさに<ベジェル>と<ウル・コーマ>(注:『都市と都市』のモデルではないらしい)!
現実にこんな町が存在するとは…(Wikipediaのリンク)。

さらに「ミエヴィルはイケメンかどうか」論争や、一般参加いただいた翻訳家の鎌田三平さんと日暮さんによる「翻訳ウラ事情クロストーク(?)」が実現したことも付け加えておきます(どんな話かは内緒)。

(ヒューゴー賞授賞式のチャイナ・ミエヴィル。写真提供・参加者Aさん)

最後にまとめとして、翻訳者の日暮さんによる解説がありました。
日暮さんは「『都市と都市』が日本のミステリーファンから突っ込まれるであろうことは予想済みでした(笑)」と前置きされたうえで、作品の翻訳にまつわるお話をしてくださいました。
この作品はミエヴィルが母に捧げた「彼なりのクライム・ノベル」であること、そして短編用のアイデアを長編に加工したものであること。
そして何より苦労されたのが、単語の扱いだったとか。
『都市と都市』は不可解な造語のオンパレード。翻訳にあたって細かい人物一覧表や用語集を作成して、注意深く作業されたそうです。
英国には言葉の扱いに対する思い入れがある作家が多く、特にミエヴィルはこだわりが強い人だそう。
単語と単語をくっつけて言葉を作ったり、言葉そのものが仕掛けになっていたり…
などなど、実に興味深いお話を伺うことができました。

こうして2時間にわたる読書会が無事に終了。
その後は二次会場に移動し、再び果てしない読書トークタイムへと突入しました。

毎度のことながら、準備や受付、進行、くじや名札作成などを手伝ってくださった方々に感謝します。
またお忙しいなか参加していただいた日暮さんにも重ねて御礼申し上げます。
参加されたみなさま、本当にお疲れさまでした。


【用語集(超簡易版)】
※1)べジェル…作品に登場する都市国家の名称。主人公であるボルル警部補が属している。
※2)ウル・コーマ…べジェルと領土を共有している都市国家の名称。
※3)ブリーチ…2つの都市国家間における禁忌行為、またはそれを監視する謎の集団を指す言葉。
<ブリーチ>行為をした者は<ブリーチ>によって連行され、その後どうなるかは誰にもわからない。
2つの都市国家の住民は、幼い頃から<ブリーチ>行為をしないように教育される。
日暮さんによれば、日本語では「エンガチョ」という言葉が近いかもしれないとのこと。
※4)クロスハッチ…<ブリーチ>行為に該当しない、両方の都市が混在している場所を指す言葉。

【告知】
SFファン主催のコンベンション「はるこん2013」が4月27日(土)~28日(日)に開催されるそうです。
今回のゲスト・オブ・オナーはジョー・ホールドマン。いずれはミエヴィルも招聘すべく鋭意活動中とのこと。
興味のある方はぜひ!




最終更新:2013年02月14日 12:38