スピンオフ読書会2「卵をめぐる祖父の戦争」

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

日時 2012年6月8日(金)
場所 横浜駅近郊のとある居酒屋
参加人数 8人

課題書

「卵をめぐる祖父の戦争」デイヴィッド・ベニオフ/田口俊樹訳 ハヤカワポケットミステリ、ハヤカワ文庫NV



レポート

+クリックで表示
読書会参加者のレポートを紹介します。未読の方はご注意ください。

・tkdさんのレポート
+クリックで表示
雌伏のヨコハマ読書会、スピンオフ第二回のテーマは、デイヴィット・ベニオフ『卵をめぐる祖父の戦争』です。
前回、『アイアン・ハウス』は、率直に言って参加者には不評でした(いずれ喧喧轟轟で侃侃諤諤な感じのレポートをどなたかがupなさることでしょう。ファンの方すみません)。
今回は、単純に面白いものがいいよね? ということで、既読の方の強いすすめもあり比較的すんなりと、この作品に決まりました。

当日は、サッカーの国際試合が催されていたようす。
周辺で若人どもがうぉううぉうとおめき声をあげる中(いわゆるパブリック・ヴューイングってやつですか)、われわれの会場は幸いにもTVを具備していないお店だったため、逆にいつもより静かで落ち着いていました。

毎回参加される方ばかりではないことや、顔と名前が一致しないことなどをふまえて、それぞれのハンドルネームを記した名札を作って下さるDさん。
今回は、わたくしがその名札を入れるケースを作ってみました。
趣味で紙細工をたしなんでおりまして、洒落た感じに呼びならわすと「カルトナージュ」とかいうらしいんですけど、まあ紙細工です。あ、すみません完全な余談ですねこれは……。

さて、名札を胸に留めつけて、いよいよ議論に入ります。
今回は、そのような作品を選んだだけあって、おおむね高評価。私自身、ベニオフ作品は『25時』も『99999〈ナインズ〉』も既読でちょっとファンだったので、ほっとしました。

以下、感想です。未読の方は目をそらしましょう。
――おもしろかった。
――男の子たちの友情、さわやか。
――コーリャもいいんだけど、主人公のレフもずっとぐじぐじしていていいところがなかったのに(中二病感が半端ない)、ラストのチェスのシーンで一気に挽回! レフの成長物語としても読めるし、高校生くらいの子に読んでもらいたい。
――それにしても途中で死亡フラグが立っちゃって、読み進めるのがこわかった……。ただ、破局は予想した箇所よりも後にやってきて、しかもそれが、あまりにも虚しい死だった、無駄な死だったので、そのへんに戦争の不条理を感じた。
――回想の中ではレフは少年だけど、一人称はあくまでおじいちゃんとしての「わし」になっている。このあたり、訳者はなにを意図していたんだろうか。
一人称の区別がない英語のままだったら、読者はこれがおじいちゃんの昔語りだということをすっかり忘れ「レフの物語」に夢中になって、だからこそラストのひとことがもっと効果的になり、より一層メタフィクショナルな味わいが楽しめたのじゃないかなあ。
(※これについてはのちに訳者の田口さんから回答をいただいき、熟慮の末の一人称であったことがわかり納得する)
――第二次世界大戦というともっぱら「イギリスがボンボン空襲を受けながらがんばった!」という印象で、ロシヤは戦争末期になってようやく宣戦布告とかしてオイシイところをさらっていったものと思っていたので、
レニングラードがこんな悲惨なことになっていたとは……。図書館キャンディってなんだ!
――でも、ふつうはロシアとかナチスとかいうとどうしても陰惨になりがちで読みづらく、抵抗感が拭えないんだけど、これは案外すんなり読むことができた。やはり、さわやかだからか。
――しかし、当時のロシアにおけるユダヤ人の立場というのがどれほど危険なものだったのかが分からない。ユダヤ系ロシア人の少年にしては行動があまりにも果断すぎはしないだろうか。
これを勇気だけで動機付けてしまっていいものか。当時、レニングラードのいち少年が、果たしてレフのような思考回路をもつことができたのか?
すなわち、これはやはり、「いちアメリカ少年が当時のレニングラードにいたとしたなら」ということになってしまってはいないか(まあそれはそれでいいんだけども……)?
――ベニオフは、裕福なユダヤ人の家庭に生れていて、若くして自身も文筆で名をあげ映画界でも活躍している、成功したアメリカ人のはず。
だけど、彼の作品はいつでも、負け犬の視点から書かれていると思う。ふしぎだけれど、そういうところに共感します。

等々、思い出せる限りではこのようなことが話題にのぼりました。
けっきょく、エンターテインメントと歴史と感動が絶妙なバランスだぜ! ということでわれわれの意見は一致しました、めでたしめでたし。
でも「ミステリ」ではなかったよね!

因みに、この日は次回の形式や作品選びが難航しました。
――「読書地図」づくりをしたいけど、居酒屋さんだとお料理がどんどん運ばれて、用紙を広げるスペースがない。
――ピクニック的に屋外ってどうなんだろう? 夏だぜ、暑いぜ? 秋はどうだ?
――ここまですべてハヤカワ&ポケミスだから、たまには創元なんかどうでしょう?
――ここまですべて比較的新しいものばかりだったから、たまには古典なんかどうでしょう?
――いやでも新作がいいんでないか。
――うーんうーん。
――うーんうーん。
などと言っているうちに時はたち、皆の心は決まらぬまま解散。
その後どうなったかについては#3『湿地』のカエルさんレポートに詳しうございますので、どうぞそちらを。


・岡本のレポート
+クリックで表示
さっそく2回目の開催が決まったスピンオフ読書会。
課題書は前回の読書会で話し合いの末に決まった、デイヴィッド・ベニオフ『卵をめぐる祖父の戦争』です。

気になるあらすじはこんな感じ(Amazon.co.jpより)。
「ナイフの使い手だった私の祖父は18歳になるまえにドイツ人をふたり殺している」
作家のデイヴィッドは、祖父レフの戦時中の体験を取材していた。
ナチス包囲下のレニングラードに暮らしていた17歳のレフは、軍の大佐の娘の結婚式のために卵の調達を命令された。
饒舌な青年兵コーリャを相棒に探索を始めることになるが、飢餓のさなか、一体どこに卵が?
逆境に抗って逞しく生きる若者達の友情と冒険を描く、傑作長篇。

第二次世界大戦中の独ソ戦における「レニングラード包囲戦」を舞台にした青春冒険小説です。

当日は8人が参加しました。
この日はちょうど国際サッカーの日本×ヨルダン戦が行われていて、会場となるお店の前のスポーツバーには日本代表サポーターがいっぱい。
お酒が入っている若者だらけで、相当盛り上がっていました。
そんな国際戦を尻目に、我々はドイツ×ソ連戦について熱く語り合うというわけです。

まずはレジュメと、Dさんが作成してくれた名札を配布(Dさんは名札に加えて、ご自身の評価付き読書記録表も配ってくれました)。
さらに今回は、Tさんが作った人数分の素敵な紙製名札ケース(のちに横浜読書会名物となる)まであります。
というわけで、各自名札入れを取り付けて読書会スタートです(こうしている間にも、外からは時折り「ウォォォォォォーッ」という歓声が聞こえてきます)。

みなさんの感想を順に伺っていくと、ほとんどの方が「面白かった」という評価だったのが印象的でした。

●レフとコーリャ
最初の話題は、登場人物について。

過酷な旅を続けながら成長していく主人公のレフについては、
――頼りないけど、とっても純粋。
――コーリャとの男同士の友情が素敵。
――終盤のチェスシーンでの活躍を見て「長い旅で大人になったんだな、レフ……」と感慨深くなった。
そして中には「自分とレフを重ねながら読んでしまった」という幸せ者まで。

強烈な個性を放つお調子者のコーリャについては、
――戦時中の話のはずなのに、彼のおかげで爽やかな物語になっている。
――トラブルメーカーなんだけど憎めない。
――コーリャの最期があんまりだ。ひどすぎる……。

といった感想が出ました。どちらかといえば、コーリャの話で盛り上がったかな?

●レニングラード攻防戦
次なる話題は、レニングラード攻防戦やその時代背景について(詳しくはこちら――Wikipedia「レニングラード包囲戦」をご参照ください)。

この戦いはドイツ軍がおよそ900日(!)にわたってソ連の都市・レニングラードを包囲したというもの。
結果的にレニングラードは陥落することなく耐えしのぎ、ドイツ軍は撤退を余儀なくされるのですが、驚くのはその間のレニングラードの惨状です。
もちろんドイツ軍に包囲されている間は物資の供給がストップしているわけで、少ない食料を市全体で分け合いながらレニングラード市民は抵抗を続けます。
しかしやがて食料が底をつき、とてもここには書けないような残虐な行為が横行したといわれています。
しかも季節は冬。ロシアの冬。レフとコーリャはそんな地獄のような飢えと貧困の中を旅していくわけです。

これについては、
――この作品を読んで、レニングラード包囲戦について知ることができた。
――2人の楽しげな旅の途中でふと顔を覗かせる戦争の恐ろしさ、やりきれなさが上手く描かれていた。
という意見がありました。

その他にも「なぜ『わし』という一人称が使われたのか?」(これは訳者の田口俊樹さんから「グッド・クエスチョン!」をいただきました)
といった翻訳に関することやタイトルについて、歴史を扱った小説の話になりました。

『卵』の話題がひとしきり落ち着いたところで早くも次回の課題書の話になったのですが、これが案の定決まらない。
みなさんの意見を聞くとやはり「古典の名作でやりたい派」と「刊行ホヤホヤの話題作でやりたい派」に分かれます。
結局ゴールが見つからないまま終了時間を迎え、次の課題書については保留。
ともあれ、今回も盛況のうちに閉会することができました。

後日、課題書を翻訳された田口俊樹さんに、読書会メンバーからの質問に回答していただきました。
その内容はページ下段「田口俊樹さんへのQ&A」に掲載しています。
田口さん、お忙しい中引き受けてくださってありがとうございました。

しかし結局「図書館キャンディー」の謎は残されたままなのでした。

話題

読書会で上がった本の紹介。
+クリックで表示
  • 『25時』デイヴィッド・ベニオフ/田口俊樹訳 新潮文庫
  • 『リヴァトン館』ケイト・モートン/栗原百代訳 武田ランダムハウスジャパン(上下巻)
  • 『ねじれた文字、ねじれた路』トム・フランクリン/伏見威蕃訳 ハヤカワポケミス
  • 『時の地図』フェリクス・J・パルマ/宮崎真紀訳 ハヤカワ文庫NV(上下巻)
  • 『シンドロームE』フランク・ティリエ/平岡敦訳 ハヤカワ文庫(上下巻)
  • 『燃えよ剣』司馬遼太郎 新潮文庫(上下巻)

田口俊樹さんへのQ&A

読書会の開催にあたり、訳者の田口俊樹さんに質問を受け付けていただきました。
以下、そのお返事です。
未読の方はご注意ください。
田口さん、ありがとうございました。

+クリックで表示
▼邦題について
(1)原題は"City of Thieves"ですが、『卵をめぐる祖父の戦争』というすてきに購読心を刺激する邦題はどこから浮かんだのでしょうか?
これに決まった理由はありますか?

――これは担当編集者の山口さんの手柄ですね。私もうまいと思いました。
まあ、誰もが気づくと思うけど、村上春樹の出世作のパクリですが。

(2)他に候補になった題はありましたか?

――いや、記憶にないですね。うまい題が決まるときって、わりとそういうことが多いような気がします。スパッと決まっちゃうの。
相談も受けなかったような気がするんで、山口さん、思いついてこれはいけるって思ったんでしょうね。

▼登場人物などについて
(3)「どろぼうたち」というのは、誰のことと思われますか?

――そう、誰なんでしょうね? 私も訳してるときにちょっと考えたけど、はっきりしなかったです。
なんか昔の社会派のイタリア映画のタイトルにあってもよさそうだけどね。
まあ、ごく自然な解釈としては、ああいった飢餓状況に陥れば、誰もが「どろぼう」にならざるをえないってことでしょうかね。

(4)実際、コーリャはいったい何者だったのでしょうか?

――え? あのまんまじゃないの? それとも、コーリャというキャラクターが象徴するもの?
すみません、あんまりそういう読み方はしなかったです。

(5)主人公の一人称が「わし」でしたが、あえてこの一人称にしたのには理由があるのでしょうか?

――グッド・クエスチョン!
いやあ、最初は迷ったんですよ、実は。年齢的には地の文も「ぼく」でいいかなと思いつつ、最初は無難な「私」で訳したんです。
実を言うと、これは最初の部分だけ、翻訳の専門学校でテキストに使って(下訳をつくってもらうクラスです)、
生徒には「私」で訳すようにって注文をさきに出したんだけど、一個所、どうしても「お祖父さん」が台詞の中で一人称を使わなければならないところがあり、
そこが決め手で、途中から「わし」でやってくれ、と生徒に指示し直しました。
でも、回想シーンになって訳すうち、どうしても「わしら」という複数の一人称を使いたくなって――「わしらはなんとかだったんだ」みたいな――これはもう「わし」で行くしかないって感じで決めました。
そう、「わし」をつかいたかったわけではなく、「わしら」をつかいたかったんです。
ただ、回想シーンでは、お祖父さんの台詞は、当時17歳なんで、「ぼく」をつかわざるをえず、そのあたり、山口さんからの指摘で、「ぼく」と「わし」があんまり接近しないようにしたりもしました。
結果的に、私自身はこの「わし」がけっこう気に入ってるんですが、違和感を感じられました?
そんな感想を寄せてきた読者もいないわけではなかったです。

(6)作中に「図書館キャンディー」なるものが登場しますが、田口さんはどのようなものかご存知でしょうか?
実物をご覧になったことはありますか?

――いや、知りません。ここだけの話、私、そういうところ、あんまり凝らない翻訳者です。
想像してだいたいわかれば、ま、OKって性質でして。

▼作品刊行の経緯、刊行後の反響について
(7)前二作は新潮社からだったのに、この作品はハヤカワ、しかもポケミスからの出版となった経緯について、差支えなければお聞かせください。(無粋な質問ですみません)

――端的に言って、第二作「99999」が売れなかったからです。
新潮の担当編集者も頑張ってくれたんだけど、新潮文庫はほかの社より初版部数が多いので、そのぶんハードルが高いわけです。
結果的には無理してでも取っておけばよかったと新潮さんは思ってるかもしれませんね。
正直、私も「99999」が案外だったんで、あまり期待はしてなかったんです。

(8)今作は、状況は『25時』よりずっと過酷であるにもかかわらず登場人物が(というかコーリャが)おちゃらけていて明るく、これほどの死と悲惨とに囲まれながらおどろくほど生き生きと描かれて、読みやすさは『25時』以上だったと思います。
実際のところ、『卵を――』のほうが反響は大きかったのでしょうか。

――そうですね、日本の翻訳ミステリー・シーンでは、このミスとか文春とかいい順位にはいったしね。

▼参加者からのメッセージ

『25時』『99999』と映画『ステイ』も気に入っていたので、今作も期待を込めて読みました。
その期待は報われたうえ、今回こうして田口さんに質問を送らせていただけるとは、光栄のいたりです。

――いえいえ、こちらこそ読書会の課題図書に拙訳を選んでくださり、光栄に思います。

『25時』のあとがきで田口さんが作品を「微温的」と評してらしたのが印象に残っていて、
この『卵を――』もまた、戦時中なのに、戦争と全然関係ない「任務」のために奔走することになるあたり、どこかなまぬるく……
しかしそうした滑稽さ、理不尽、馬鹿馬鹿しいことのつみ重ねこそが戦争なんだろうか、あの愛すべきコーリャの死にざまときては。
全くの無駄、全くの無意味、必然性のなさ。それこそが戦争なのだろうか。
などと、おそらく偉大な英雄を描いた作品からは得られないであろうようなものを、ベニオフは与えてくれるよなあ。と、思いました。

――そうですよね。この人の人物造型って、基本的に等身大ですよね。
そういうキャラばかりだとどうしても奇想天外なストーリーにはならないけど、それでもひとりひとりが魅力的に描かれてる。
この「卵」は特にそうですよね。でもって、筆致が温かいよね。それがベニオフさんにいいところではないでしょうか。

ベニオフが映画の人になってしまわないで、これからも小説を書いてくれるように願っております。
そしてそれらも田口さんが翻訳して下さるものと、期待しております。

――嬉しいおことば、ありがとうございます。

――みなさんへ

よく読み込んでくださってありがとうございました。答えられない質問もあってすみません。
でも、こうしたみなさん読者の方々の反響が翻訳者にとってはなによりの励みになります。
今後とも翻訳ミステリーをよろしくお願いします。あ、翻訳者もね。
ではでは。

田口俊樹