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ひめ17

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「みのるくーんっ!一緒にかえろーっ!」
 鈴のような声は教室にむなしくチリンと響いた。
「…誰も居ない?」
 はてさて、何故誰も居ないのか。せっかく特別講習が終わったのに一緒に帰れないなんて。
 寂しさに打ちひしがれた姉は、ふと黒板を見た。
「ほおほお。」
 どうやら2年生は普通に7時限目で帰ったらしい。3年生だけ特別講習があるので、帰宅時間がずれるというわけだ。
 そういえば2年生の頃は特別講習などなかったなぁとひめは思い返した。

 ―ふと、目に付いた。それだけだった。
 (これは…?)
 教室の中に入り、発見したものに近づいて拾ってみる。教科書のようなもの。いや、教科書。
 興味本位でパラパラめくる。数学の公式の羅列。新しい紙の匂いが鼻の頭を触る。
「いい匂い…。」
 きっとこの教科書の持ち主は天才か馬鹿のどちらかだ。
 2年間の授業を脳裏に浮かべてみる。すぐに教科書を閉じた。
 テスト期間に教科書を忘れるなんて抜けてるにも程がありすぎる。そう思って裏表紙を見てみる。
「藤宮…みのる…」
 思わず額に手を当てる。こんな弟で大丈夫だろうか、とついついため息が出てしまうのはお約束。
 出来のいい姉を持ったことを感謝しなさいと思うと同時に、一度彼を再教育する必要がありそうだと考えを巡らせた。

 もう一度開く。

 右隅には書きかけのパラパラ漫画。

「これが―」

「こ、これが稔君の―」

 明日のテストの教科は、確か数学と化学と日本史。3年生は受験真っ只中というだけあって、1年から3年生の内容が満遍なく出題される。
「つまりですね―」
 そおっと身をかがめながら、いるであろう相手側から確認されないよう注意を払い廊下を確認する。手にした教科書はもう離さない。
 すっかり暗くなった校舎には、人影など見えるはずもなく、沈みかけた紅い光がただただ朦朧と差し込むだけである。

 誰も居ない。
 今がチャンスだ。

「っ…!」

 引き裂く。引き裂く引き裂く引き裂く。
 これは勉強だ。料理だ。愛だ。私の全ての一部。いちぶ?
 見つかってはいけないのに、見つかってはいけないのに、大きな音を立てながら、裂いていく。裂いていく。裂いていく。
 放り込む。放り込む。放り込む。
「っ…!げほっ…!」
 よく噛んでいるつもりだが、喉をまだ原型をとどめつつある紙が通過する。だから、もっと引き裂く。食べやすく。食べやすく。
「苦い…、でもおいひいよおっ…!」
 眼に涙がうっすらとうかぶ。涎もだらしなくたれていた。

 ビリビリという音と、小さな少女が咀嚼する音は、日が沈みきった後も冬の空にしばらく鳴り響いていた。

 次の日。
 教室に入るやいなや騒がしい。朝から煩いのは勘弁してほしいんだが…。
 昨日は教科書を忘れたおかげで、今日のテスト科目の数学の勉強ができず、あまり眠れてないのだ。
 眠気とストレスでかったるい。少しでもいいから、忘れた数学の教科書を手に入れて静かに勉強したい。
 そう思いつつ教室の人だまりを遠巻きにみてると、俺の顔を確認した毒男とジョルジュがよってくる。
「なんだよこの騒ぎは。」
 大して興味もないが聞いてみる。
「おまえ知らないのか?お前の教科書がすごいことになってんぞ!」

 は?

「とりあえず見てみろって」

 意味が分からない。
 長岡にいたってはまるで発情期の猫のようにひたすら興奮しっぱなしで俺の背中をおすばかり、コミュニケーション不可能とみた。
 とりあえず確認しなければならないので、めんどくさく思いつつもその塊を割って入っていく。
 そこには―

「なんじゃこりゃ…」

 中のページが綺麗に切り取られ、表紙だけの数学の教科書がそこにあった。

「終わった…俺の数学は終わった…」

 力をなくした少年は、ついに床へ膝をついたのだった

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