ヒロインがヤンデレのギャルゲみんなで作ろうぜ!

凛々18日のss

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kawauson

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凛々18日のss


「初めてのプリクラが、これとはなあ」
 などと声に出してみるが、顔がにやけてしまうのには変わりない。
昨日から思い出すたんびにこれだ、まるで思春期の中二じゃないか。
などと考えるがそうだ俺一応思春期の真っ直中じゃん、じゃあ仕方ない仕方ないと言い聞かせつつ、もう一度白水の感触を思い出してみる。
柔らかい唇。それも不意の。そして赤面。
恥ずかしいやら嬉しいやらで、自分の気持ちに整理がつかない。

 そう言えば、『仕切り直して』なんてあっさりした口ぶりとは云え、整理がつかないのは白水だって同じはずなのだ。
『男とは』初めてだと言った。
俺なんて人間とするの自体初めてだよ、キスなんて。
キス。「キス、したんだよなぁ」と呟きながらプリクラをかざしてみる。
ベッドに寝転がったまんま天井へ向いた顔の先には、目をひんむいた白水と俺の紛う事なき接吻の証。
「はは、青春かっつうの」

 コンコンと云う突然の音で心臓がぶっ飛びそうになる。
「うぉわっ」ノックの主は言うまでもなく姉さんだが、俺の口はそんなの関係無しに恐怖映画の如き悲鳴をあげた。
そうしてプリクラを反射的にズボンの後ろポッケへ突っ込む。

「うおわ?」 
 訝しげな顔で部屋に入ってくる姉さん。
返事はあってもなくても構わないらしい。
俺のプライベートなんてもの、此処には存在しないのだなぁ。
「やあ姉さん、どうしたの」と表面は取り繕って声を返すが、姉さんの眼光はまるでこちらの動揺を見透かしたかのように鋭い。
「どうしたのって、お昼の時間だからそろそろご飯の支度……って思ったんだけど。
そういう稔くんがどうしたの?」やはりバレている。
そういえば俺、姉さんへ満足に隠し事できた試しが無い。
言葉につまる。
返事が何も思いつかないって訳じゃない、下手に口を開くといつもボロが出るのだ。ってなんで俺慌ててんの。
そうだ、姉さんにファーストキスの事知られたくないんだよ。いやだからなんでそうまで秘密にしたがるの俺。
いいじゃんいいじゃん、実の姉にキスの思い出知られたって。そんなのもう恥ずかしがる様な年でもないだろ、とか何とか思いながらやっぱり口を開けずにいる。

「む~っ、稔くん何か隠し事してるでしょ!
 なに、何かやましい事でもあるの?
 お姉ちゃんにちゃんと教えなさい!」あらま、どうしましょ。動転する俺。
こうなると追求モードの姉さんはあの手この手で俺を吐かせにかかるのだ。
もうごまかしとか何とか言ってられない、ひとまずこの場を逃れなくては。

 腰に手をあててぷんすかしている姉さんを目前に考えていると、電話が鳴る。
携帯のディスプレイには"ドクオ"の文字。
空気の読める男、毒男。
成長したなぁお前なんて思ってる余裕も無い。
「姉さん、ごめん」速攻携帯に出た。
さしもの姉さんも電話の邪魔まではしない、半目で睨みながらも一旦は黙ってくれる。
「もしもし、ドクオ?」「もしもしじゃねえよ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
なんだコイツどうした、今日はいつも以上にキレキレだ。
「おい何いきなり電話口で泣き叫んでんの。びっくりするじゃん。
 なに、俺おどかしたくてかけてきたの」
「ちげーよバーカ、昨日のゲーセンの事だよこの野郎!」「うげ」
なに、なんで?なんでこいつが昨日の事で電話掛けてくんの?やっぱり空気の読めない男。
というかなんで昨日の事知ってんの。
「なんで昨日の事知ってんの?」思った言葉がそのまま口をついて出た。
「昨日のこと?」姉さんがますます訝しげな顔をするので慌てて取り繕う「あーおほんっ、ちなみにお前どこまで、
 その、見てたってっ言うっかっ」しまった。つい喉がつっかえてしまった。姉さんの射抜くような視線が痛い。

「どこまでも何も、おめーらがいちゃいちゃキスして仲良くゲーセン出てったとこまでだよ!」
うええええ。こいつあの時の会話聞いてたのか。
「こっちが一人寂しくゲームやってりゃなんだ、お前らカップルでゲーセンになんか入りやがって。
 俺たち一人もんのゲーマーを笑いに来たんだろ、えぇっ!そうなんだろオイ!」
駄目だ。一方的にまくし立ててくる。
ドクオは完全に被害者意識の固まりへ変じていた。
「ショックで家帰って寝込んで、今起きたばっかだよバーカ!ムカムカしたんで寝覚めに速攻電凸だ文句あるか!あぁっ!!!」「あー、本当に?そりゃ仕方ないな」
「あ?仕方ないっておま」
「いやいやいや、そうかしこまるなよ。俺とお前の仲だろ。分かった、今すぐ行くわ」
「オイッ!?お前、さっきから何言っ」
「そうだなー、今からだと……後15分ぐらい?で着くと思うから。ああ、気にすんなって。んじゃな、待っててな」プッ。
電話を切って、さり気に完全マナーモードへ。
ドクオが折り返し掛けてくるが、完全モードでは一切の外観的挙動が生じないよう設定されている。
そのままズボンの後ろポケットに突っ込み、次いで壁掛けのハンガーからコートを引きはがすように下ろして姉さんへ向き合う「ごめん姉さん、俺急用ができたから」
「ちょ、ちょっと稔くん!まだお姉ちゃんのお話が」
「親友のピンチなんだ。本当にごめん、お昼ご飯はインスタントででも適当に繕って。
 俺、一刻も早くあいつの元へ向かってやんないと」とかなんか言って、姉さんの脇をすり抜け一気に玄関へ。
「――あっ!稔くーん、待ちなさいっ!」突然の事で数秒ロスしてしまった姉さんを間一髪振り切り、外へと駆け出る。
「夕飯までには戻るからー!」

 んで見事離脱に成功、俺はこうして公園遊歩道の直中にいる。
姉さんが意地になって追いかけてくるんじゃないか?と思うと気が気で無かったが、流石にそこまではやらないらしい。

 パニックになった時は静かな風景に入り浸るのが一番良い。
てな感じで小綺麗な道を文字通り遊歩すると、色々な人達が視界を横切っていく。

 健康目的と云った風で散歩に"勤しむ"老人達。
時折後ろ向きに歩いてくるのもあるが、あれは普段使わない筋肉を鍛えるためなんだろう。
メットにゴーグルでマウンテンバイクだか何だかを駆って走り抜けていく青年。
サイクリング、いいねえ。ああして風を切って緑の中を行けば自分のもやもやした感情も一歩先へと進められそうだ。
しかし今の俺には二本の足しか無いので、んじゃぁ走るかって勢い立った所で前方から学生風のカップル。
やっぱり止めた。彼らの前で駆け出すのがなんとなく気恥ずかしい。

 あっ。いけないいけない。
自然へ浸ろうと公園まで来たのに、人目なんて些細な物を気にしてなんになる。
俺は雄大な眺めと一体化するのだ。無我の境地。頭からっぽ。
姉さんへの言い訳どうしよ。毒男もフォローしてやった方がいいかなぁ。
なんて、悟りからはほど遠い、悩みの渦へと足を踏み入れかけたもんだから、道先に幻覚が見える。

 晴れた公園のベンチで読書する眼鏡の美少女。
そよ風に浮きかけた頁を手で抑える仕草が様になっている。
大変な妄想に取り憑かれてしまった、あれでは委員長そっくりじゃあないか。
なんか前にもこんな事あったような。
って空想少女が俺を見て驚いた風に頭を下げる。
あれ。え。本物じゃん、この委員長。


「こんにちは。びっくりしました、藤宮君が目の前を歩いてくるものですから」
「ああ、いや、俺の方こそ驚いた。こんにちは委員長」
このまま通り過ぎるのもおかしいので、取りあえず隣に腰を掛けてみる。
おや。そうした先から腰の引けてしまう俺。
なんで?って、考えてみたら委員長への返事保留にしてあるんだよ。
なんてこった、新たな悩みの種を見つけてしまった。減らすべき荷物を増やしてしまってますます重い。
なもんだから口まで重くなって、"こんにちは"から二の句が継げない。

「今日は良い天気ですね。空気は冷たいですが、お日様の光がじんわりと包み込んでくれているようで。
 こういう日には外へ出て本を読みたくなるんです」
 微妙な空気を嫌ったのは同じなんだろう、委員長の方から話を振ってくれる。ありがたや。
「へえ。でも何となく分かる様な気もするよ。
 インドアな趣味をアウトドアに楽しむって、いつもと違った感覚が味わえるんだろうね多分」
「ええ、本当に。日の真下で読むと、同じ場面でも受ける印象が違ってきたりするんですよ」
「なるほどね」

「そうなんだ」

「へえー」

「ふんふんふん」

 ってなに委員長にばかり振らせてるんだ。
むしろ俺の方から応えてやらなきゃならんだろ、保留なままの告白に。
とは思うが、自分の気持ちもあやふやなのに、いい加減な回答を出す訳にいかない。
あやふや。まてよ。何であやふやなままなの俺。
委員長を彼女として見られるのか。そこだけはっきりさせたらいい事なのに。
感性に従えば、答えなんてすぐに出せるはず。なのに迷っているんだよ。
迷い。他に気になる娘、とか?
例えば。白水――「あの」「うひゃい」本日二度目の奇声。


「うひゃい?」
「あいや、はい、はい。何でしょうか委員長」
「ええ、あの。
 少々差し出がましいのですが……もし宜しければ先日のご返事をお聞かせ願えたら、なんて思いまして」

 キタッ。きたきた。
そうだよそろそろ応えないとまずいよなぁ、って頭じゃ分かっていても口は動かない。
第一その頭だってまだ答えが出せていないのだ。

 沈黙。気まずい。

「あっ。いえ、いいんです。お時間が必要なようでしたら、ご返事の整うまで。ゆっくりと考えて頂ければ。
 答えは、いつか必ず出るものですから」
「ああ、うん。もうちょっとだけ……ごめん」
 なっさけないなあ。告白してくれたヒトにはっきりと返事のできない男。
そういうシチュエーションってドラマみたいに画面一つ隔てた存在だと思ってたのに、よもや自分が巻き込まれようとは。
ああいう男にはなるまいと思ってただろお前。と自分へ活を入れるが、そうそう悟りが得られるものでもない。
相変わらず迷いの渦の中をさまよっているだけだ。迷い。さっき、その根源がちらと見えたような。
そうだ白水。白水だって?俺は、白水と委員長との間で迷っているのか。あのガチレズ撫子と。

 なんてこった。
しかしそれはおそらく真実なのだ。

 あのキス、それが俺に返事を止まらせている。
それに男は汚物だなんて顔しながら、俺にだけは結構まともに接してくれる所が、その落差がむしろ可愛いっていうか。
えっ。"可愛い"って?

 オーケー分かった、そこは認めざるを得ない。
それにあのルックス、肌の白さ、線の細い撫子ぶり。外見だけなら文句のつけようもない。
でもそれを言ったら委員長だって負けないくらい可愛い。オーノー、どうすればいいんだ。すまない毒男。

 なんてまたパニックに陥ったもんだから、無用な静寂が二人の間に訪れる。
バカバカ俺のバカ。黙りこくってたら委員長だって困るだろ。

「あの」そんな俺を見かねてか、またも委員長から話しかけてくれる。
眼鏡の奥にはこちらを労る風な瞳。本当に駄目男だなぁ、俺。
その瞳がすっと細められて「ただ――もし私を選んで頂けなかったとしても。それでも、"お友達"であり続けてはもらえないでしょうか……?」
「え?ああ、そりゃ勿論」そんなの断る理由がない。
委員長はそもそも人として尊敬できるお方なのだ。
日向先生に二人して振り回される中、何度彼女に助けて貰った事か。

「――良かった。そうですよね、藤宮君が私を裏切るはず無いですもの」
あれ。今、さらりと重い事を言われた気がする。

「それで、差し出がましいついでと言っては何なのですが……藤宮君の携帯の番号を教えては頂けないでしょうか?」
「ん、ああ。そっか、まだ教えてなかったんだっけ」
委員長との距離感を考えたら、携帯の番号やアドレスを交換してたっておかしくない。……よな。
うん。すまない毒男。

 な感じで、腰を浮かせて携帯を後ろポケットから取り出すと、合わせてシート状の物がひらり足下へ舞い落ちる。

「あ。何か落としまし――」あっ。うわぉう。
やってしまった。すっかり忘れていた。
委員長の手元には俺と白水のファーストキス、その劇的瞬間が。
目をまん丸に見開いて固まる委員長。
薄く閉じた唇に風でそよぐ髪が相まって、まるでギリシアの彫刻のよう。

「あーっ。いや、それはね。
 ちょっとした事故っていうか、うん。
 話せば長くなるんだけど」
「――そういう事だったんですか」
「え」
まん丸だった目は元に戻り、けれど眼光は研がれた刃物のように鋭い。
んで顔だけこっち向いて、なのに"俺"を見ていない。
ちょっと怖いよ。こんな委員長を見るの初めてだ。
裁きの神を模した像が人々を威圧するのと同じく、目の前の彼女は俺を圧殺せんばかりだ。

「あの、委員長……?」
「藤宮君」
「はい」
思わず声がかしこまる。
委員長は右手で左のおさげをくりくりしながら、「大丈夫ですよ。私、ちゃんと分かってますから」
「え」
俺まだ何も説明してないけど。
でも委員長の顔はなにかの境地へ至ったかのように、ある種すがすがしい。
「いやいやいや、ちょっと待ってね委員長。
 これね、白水を社会勉強でゲーセンへ連れてった時に撮ったんだけど。
 たまたまお互いが同時に振り向いたもんだから、なんというか、事故で偶発的な口づけっぽい何かにっていうか」
その後おでこにキスした事は黙っておこう。だって怖いし。
ああ。俺ってこんなどうしようもないヤツだったっけ?
「たまたま?」
「そう!たまたまなの、ほんと」
「それで……どうしてその"たまたま"を、今も持ち歩いていたんでしょう」
こちらを探るような言葉遣い。
嫌だな。背筋をナメクジが這ってるみたいだ。こんなの委員長らしくないよ。
「んあ、それね。家出る前にたまたま手にした所へ、たまたま姉さんが入ってきて、たまたま毒男が電話してきたが故の、たまたまなのでありまして」
「はあ……やはり"たまたま"ですか」
「"たまたま"なんですよ」
「そうですか」
言って、委員長はまた左のお下げを弄りまわす。

 そうして少し俯いていたかと思うと、急に顔を上げて「藤宮くん、私今日はもう帰りますね」「え?」

 とか驚いてる暇もなく、本をバックへ仕舞い込んでベンチを立つ委員長。
突然の事で言葉もない俺を尻目に、
「藤宮くん」
「はい」
「私、頑張りますから」
「はい?」
そのままこっちを振り返りもせず、足早に去っていく。
頑張る。って、何を?

 あいや、ここで頑張るっていったら告白絡みの事か。
そうか。そうに決まってるじゃん。察しわりー、俺。
でもあそこで頑張るなんて言葉が出るのは、つまりは白水との事をバリバリに誤解されているって訳なのだ。

「まずったなぁ……」
口に出してはみるが状況は何も変わらない。
けれどあの様子じゃ変に言い繕った所で、疑いをますます深めてしまうだけだろう。

 行き場を無くした携帯電話が右手の中でずしりと重い。気分まで重くなってくる。
そろそろ腹が空いても良い頃なのに、全く食欲の湧いてこない事に気が付く。
弱い日差しの中を、ベンチへ腰掛けたままぼうっとする俺。

「街へ気張らしにでもいくかなぁ……」

 呟いてみるが、なんというか腰と、ポケットに仕舞い直したプリクラシートが重くて、なかなか立ち上がれない。

 結局家へ戻ったのは夜の七時前だった。
姉さんは『ごはんまーだー!?』を繰り返すばかりで、昼間の事を追求してこなかった。
俺の顔を見て何か察してくれたのかも知れない。
持つべきは気遣いの出来た姉。ありがたや。

 毒男?もうどうでもいいや、放っとこ。

(以下、背景暗転)

 暗い、寝室の中央で、わたくしはベッドの上に身を横たえておりました。
もうすぐ夜中の0時でしょうか。
明日は学校だというのに、まだ眠りへ就く事ができずにいるのです。

 昨日――あるいはもう一昨日になるのかも知れません、藤宮に連れられて行ったゲームセンターの喧騒が、まだ耳に染み着いているかのようです。
それは今までのわたくしと無縁の場所で、全く新しい体験に自身、戸惑いを覚える所もありました。
ですが、同時に純粋な"遊び"へ触れた喜びの勝る部分があるようにも思います。


 わたくしの父は『厳格が服を着て歩いている』と周囲に評される人で、その厳しさと気難しさは己のみならず、家族である母とわたくしへ向けられる事もしばしばでした。
わたくしの母も負けず劣らずの厳格な家柄に育ったのですが、父に比べれば幾分か緩やかな気質を生来持ち合わせていたようです。

 わたくしがまだ幼かった頃、どうしても洋食のオムライスが食べたいと駄々をこねた事がありました。
父は和食以外を認めない人でしたから、家の食卓にオムライスが上る事は無論あり得ないのです。
そればかりか、家族が洋食を口にするのにも良い顔をしませんでした。
母はそれを見かね、文具を買いに行くと父へ告げて、わたくしと二人きりで街に出掛けました。
もちろんそれは口実なのです。
母は街中で適当な鉛筆やら消しゴムやらを買い揃えた後、一軒のレストランへわたくしを連れて行きました。
そこでわたくしは生まれて初めてオムライスというものを口にしたのです。
学友が生き生きした目で語ってくれた味、そのとき思い浮かべた空想上の美味しさが、確かにそこにはありました。
『お父さんには内緒よ』と微笑んでくれた母の顔を今でも思い出す事ができます。
父に外食を気取られぬよう、その日の夕飯を無理矢理胃の中へ押し込んだのも、今となっては良い思い出です。

 そんな母も、父の厳粛さに面と向かって異を唱える事はありませんでした。

 そのような環境に育ったわたくしは、ゲームやカラオケといった遊びに無縁の生活を送ってきました。
友人達とのプリクラ撮りに付き合った事はありますし、携帯電話をインターネットへ繋げたりもします。
ですが、"遊ぶ時間があるなら習い事をせよ"というのが父の、ひいては家の方針でした。
ですから、藤宮との社会見学はわたくしにとって、ちょっとした冒険の様なものでもありました。
実を言えば父には『百合と図書館で勉強をしに行く』と嘘をついて家を出たのです。
そうした経緯は、かえって遊びの喜楽というものを引き立たせてくれたようにも思います。


 ゲームセンターで起こったアクシデントは、完全にわたくしの不意をついたものでした。
藤宮には少し気を許しすぎていたかも知れません。
けれども変な所で単純というか素直な性格に、どうにも邪険にしきれない部分があるのは事実でした。
ですがまさか、男性と口づけする日がやってこようとは――わたくし自身、想像だにすらしませんでした。
唇とは男性のそれも変わらず柔らかいのですね。
それは確かにわたくしを混乱させましたが、更なる混乱を生んだのはその後の自分の行動でした。
『仕切り直し』の名目とはいえ、藤宮に再び口づけをせがんだのですから。
あまりに突然のトラブルで、少しどうかしていたのでしょうか。
結局口づけは額に為されたのですが、その感触はやはり柔らかで、わたくしが今まで想像してきた男性というものから
大きくかけ離れていたものですから、更にどうかしてしまったのでしょう。
もう一日以上が経つというのに、まるで初恋の瞬間のように胸が疼いて、夜も満足に寝付けないのです。
初恋。
恋、藤宮に?
まさか、ですわね。

 そうして、わたくしは初恋の人の顔を思い浮かべました。

「百合……」
 そっと、暗闇にその名を呟いてみると、冷えきったはずの部屋の空気が、わたくしを毛布でくるむかの如く穏やかな気配へ変じていきました。
百合の事を考えるだけで、わたくしはいつでも幸せな気分に浸れました。
あの美しい黒髪を撫でた感触が、今にも手に蘇ってきそうです。
けれども同時に、それはわたくしの忌まわしい記憶――過去の後悔を、この胸の奥底に浮かび上がらせもするのです。

 初恋の日。
後悔の日。
どうしても切り離せない思い出が碇となって、わたくしを当て所のない情動の中に留まらせているのかも知れません。



 ようやく眠くなってきたようです。
閉じた瞼の裏側で睡魔の闇が一層の濃さを増しました。
眠りに落ちる寸前、わたくしは百合の幼い泣き顔を思い浮かべました。
今夜もまたあの夢を見るのでしょうか。
百合――


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