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電波先生裏切りのオフ会ss

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匿名ユーザー

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電波先生裏切りのオフ会ss


 待ち合わせ場所は、駅改札そばのモニュメントだった。

 鍋と包丁が前衛的に模された夜見市の象徴を前に、人々は砂時計の砂の如く、細く仕切られた改札を我先にと流れていく。
平日の夕方、帰宅ラッシュの人足は未だ途絶える様子を見せない。

 グレーのスーツ、黒の制服、赤いマフラー――色々の砂粒が視界を横切っていく中に、一際目立つ純白の砂。

「はぁい稔君。待たせちゃったかしら」
白衣のポケットに両手を突っ込んで、悠々とこちらへ歩いてくる。
あまりに普段通りのスタイル。
校外の雑踏の中、彼女は明らかに周囲から浮いていた。
「……いや、俺も来て間もないんで。
 ていうか先生、今日は早めに抜けて直行するとは聞いてましたけど。
 あの。その、格好のままで?」
「うん? ままも何も、これが普通よ。
 外を出歩くときだっていつもこう。何かおかしいかしら?」
「……まぁ、先生らしいかとは思います。
 じゃ、さっさと切符買っちゃいましょう」
目的の駅へは電車でおよそ15分、オフ会場の飲み屋は駅から徒歩で更に5分の場所にある。
そうして距離と時間を換算しながら券売機に並んでいると、先生が
「交通費や会費・食費なんかは私が出すから。キミを誘ったのはコッチだしね」
と囁いて、俺のキップもまとめて購入してくれる。
正直、そうなるんじゃないかなと期待してはいた。
でなければ今月の小遣いが吹っ飛んでいる所だ。

「私ね、駅はれっきとしたパワースポットの一つだと思うの」
と、ホームで列車を待ちながら先生は言う。
「それは分からないでも無いですね」
「やっぱり稔君もそう思う!? いいわぁ、感性が研ぎ澄まされてきた証拠よそれ」

 確かに駅には不思議な魔力があると思う。
ベンチに腰掛け、やや上空の見えない何者かと口論を繰り広げる女。
エッ、ウェッ、と奇声を上げつつ忙しなく車両内を動き回る男。
どうみても鉄道会社とは無関係の、大きなリュックを背負った男が、突然「え~間もなく一番線に……」などと一人構内放送を始める。
俺の経験上、奇人変人の類はそのほとんどが駅の近辺で目撃された。
彼らを惹き付けるような未知の力が存在していたとしても、全く不思議ではない。

 と、スーツ姿の中年男性が、俺たちの前を歩き煙草で通り過ぎていった。
それを、機械追尾でもするみたいに首で追う先生。
「やっぱり教育者たるもの、ああいったマナー違反は許せないって事ですか」
「え? ああ、マナーね。それもあるけど。
 アレ、煙草よ。私も何度か君たちに話してみせたけれど」
「そうでした。"20歳を過ぎても煙草には手を出すな"って、幾度となく。
 確かに身体の事を考えたら」
「そう、ニコチンなんて只のカモフラージュよ。
 実際には人々の"受信感度"を高める為、人体の一部をアンテナに作り替えているの……
 あの紙筒に染み込ませたナノ・テクノロジーによってね!」
「……」
「だから、例え20歳になってもけして煙草には手を出さない事! 分かるわね?」
「ハイ」
「可哀想にあの男、もう手遅れなんだわ……きっと自由意志のほとんどを浸蝕され」
列車がプラットホームに入ってくる。
騒音があまりに耳障りで、そこから先は聞き取れなかった。

 車内はすし詰めとまでいかないものの、人と人との間にはさほど余裕が無い。
俺と先生は車両の端に空いたつり革を見つけ、そこに並んで立った。
「お酒はいいんですか?」
「お酒?」
「煙草が駄目でもアルコールは良いのかなって。
 これから行くのは飲み屋なんですよね?」
「えぇ、比較的静かなダイニングバーだそうよ。
 それと、お酒についてだけど。
 宇宙人というのはね、その多くが体内の主要な臓器に宇宙酵素を有しているの。
 そして、アルコールにはその宇宙酵素を分解する力があるのよ。
 つまり奴等にとって、酒は猛毒……裏を返せば、お酒を飲める相手は信用できる可能性が高いってわけ。
 稔君も私の助手ならこれくらいの事は知っておくべきね」
「ソウデスカ」
「信用できる相手かどうか見極めるには、まずお酒の場に誘ってみる事よ。
 キミにはまだ気の早い話だけれど。
 ただ、お酒を飲んで平気な連中も少しはいるのよ。その点は注意なさい」
「ありがとうございます。そうします」
何だかんだで俺の事を気に掛けてくれているのかも知れない、先生なりに――そう思った。

 目的の駅までもう少しと言う所で、先生が急にこちらを押しのけ、俺の右隣にいた若い女性との間に立った。
「あなた今、彼に何しようとしてたの」
「?」
OL風の大人しそうな女性は訳が分からないという顔をした。
そうして自分の後ろ周囲をきょろきょろと見廻す。
誰か他の人間に話しかけているのではないか、そう考えたのだろう。
俺も訳が分からず、ただじっと先生の背を見つめる。
「とぼけないで。さっきバックの中から彼に向けて、何か取り出そうとしてたでしょ!?
 何? 注射器? 盗聴器? それとも……」
「な、何の事だか分かりません……!」
先生の異様な剣幕に周囲の視線が集まる。
「知らばっくれないでよ!
 私じゃなくて彼になら、上手くやれるって思った? お生憎様、それを見逃す私じゃないわよ。
 ホラ、そのバッグの中をちょっと見せてごらんなさい」
「ちょ、ちょっと、止めて下さい! 止めて下さいよー!」
先生は女性のバッグを奪おうと躍起になっている。
マズイ。
先生の言い分がどうであれ、このままでは強盗と何も変わらない。
「先生っ、落ち着いて下さいっ」
と、止めに入ろうとした所で、車両が急に大きく揺れた。
到着駅のプラットホームに差し掛かったのだ。
体勢を崩した俺はそのまま先生に負ぶさる格好となった。
「きゃっ! 稔君っちょっとっ」
先生が怯んだ隙に、OL風の女性はサッと俺たちから身を離す。
その顔には恐怖と混乱が渦巻いていた。
プシューッと車両扉の開く音。
「あぁもう……あっ。
 あなた待ちなさい、そんな大事そうにバッグ抱えちゃって。
 やっぱり何か入ってたのねっ? 見られちゃ不味いものが!
 あなた、組織の一員でしょっ!?」
そうして再びOL風の女性に詰め寄ろうとする先生、その手を俺は取って、
「ホラ先生、早くしないと扉締まっちゃいますよ!」と強引に車外へ引き連れ出す。
「はっなっしっなっさっいっ稔君! 私はあなたの為を思って……」
奇怪な――明らかに自分たちとは異質なものを見る目。
怯えや哀れみや好奇の混ぜ合わさった眼差しが、車内全方から俺たちに向けて注がれていた。

 ゆっくりと炭酸の抜けるような音がして扉は閉まり、車体が緩やかに動き出す。
そうしてホームを出て行くと同時、先生が溜息を一つ吐いた。
「稔君、一体どういうつもりかしら……あの女、工作員に違いないわよ。
 勇士達のオフ会と知って、さっそく仕掛けにきたんだわ!
 それをみすみす逃がすだなんて……」
「いやでも、俺はこの通り無事でしたし……それに、あのまま乗り過ごしていたら大事な会に遅れちゃいますよ?
 結構時間ぎりぎりで来てるんですから」
「ん。それはそうかも知れないけれど……でも、」
「それに、もしあの人が工作員だとして、一体どこからオフ会の情報が漏れたって言うんですか?
 ネット対策は万全だから協力者達の事は知られていないはずだ、って言ってたのは先生じゃないですか」
「……けどあの女は絶対……、稔君。
 キミ、まさか今日の事を誰かに」
「それだけは絶対にありません、誓って。
 思い過ごしですよきっと。誰にだってあります。
 それに、いざ同士に会うという事もあって、先生にしても気が立ってたんじゃ」
「……そう言われると……ううん、でも……」
「ホラ、急がないと本当にオフ会遅れちゃいますよ?」
「え? あら本当ね、……ちょっと走るわよ稔君!」

 本当、いざとなると切り替えの早い人だ。
奇抜な言動で周囲を巻き込みはしても、教師としての仕事はきちんとこなす。
――無意識下での均衡、ってやつなんだろう。

 けれど。
さっきのはちょっとシャレにならないな、と思った。
嫌がる相手に詰め寄ってまでみせるのは、どうも先生らしくない。

 結果として、会場のバーには待ち合わせの一分前に到着した。
ビルの5Fに構えたそのお店は話通り落ち着いた雰囲気で、この時間帯でも馬鹿騒ぎや下品な笑い声と云ったものが全く聞こえてこない。
薄暗い照明の中、和洋折衷の小物や調度品がそこいらに飾りつけられている。
毒男達とよく行くファミレスとは大きく異なった空気に、正直尻込みすら覚える。
というか、俺みたいな学生はかなり場違いなんじゃないか、服だってなんかガキっぽいし、
などとこの後に及んで狼狽え始めるが、よくよく考えたら目の前の先生の方がよほど場違いな格好をしている。
あぁ。店員の女性が「いらっしゃいませ」なんて言いながらも生暖かい視線を先生に。
「待ち合わせをしているのですけれど。"スペース・バギー"という集まりで予約が入っているかと思うのですが」平然と答える先生がなんとも頼もしく思えてきた。
「はい、奥のお席を用意してございます」
店員はそう言って俺達を店の奥側へと案内する。

 途中の各座敷席には簾が掛けられ、外からは中の様子がはっきりと見られない。
薄暗い廊下の上を、簾から漏れた淡い光が流れている。

「やぁやぁやぁいらっしゃい、初めまして、ヒマワリさん! ですよね?
 私、マシバです、どうぞよろしく!」
目的の席には既に先客が居た。
簾をくぐった先生に陽気な声で挨拶する小柄な中年の男性。
それから20代後半だろうか、やや背の高い女性はオフィスカジュアル風の装いをしている。
加えて、やや太めでニキビ顔の青年――こちらは20代前半と云った所か。
先生の話ではマシバさん・チエさん・ダイチャンさんの三人が来るという事だったから、どうやら俺たちが最後の到着となったらしい。
ちなみにヒマワリというのは先生のHNだそうだ。
「僕達も今さっき来たばかりなんだ。
 あ、君が噂の"助手君"だね。僕はダイチャンって言います、よろしくね。
 まぁダイちゃんでもさんでも呼び捨てでも、好きに呼んでくれていいよ。
 ささ、座って」
ダイさんは見た目よりも話しやすそうなタイプらしい。

「ヒマワリちゃんこんばんは~、チエで~す。
 わたし最初ビックリしちゃって。"あっ、保険の先生だ~!"って。
 なんか想像通りの人で嬉しい~」
「はじめましてチエさん。
 それと、私は保険ではなく物理の教師です。
 ネットでは極力個人情報を控えてましたから、驚かれるのも無理はないわね」
「えっ、ヒマワリさん学校の先生ですかぁ!?」
とマシバさんが大袈裟に驚く。
「ええ。いち物理教師として、学園の子達を如何にして組織の魔の手から守り抜くべきか……日々頭を悩ましている所です」
「ははは。ヒマワリさんは相変わらず熱くて良いなぁ。
 ささ、まずは一杯どうですか。
 あ、助手君は未成年……だよね? ならジュースか何かにしとかないとマズイなぁ」
と言って、ダイさんが飲み物のMENUを開いてくれる。
一覧の隅には申し訳程度にオレンジジュース等のソフトドリンクが並んでいた。
「あ、じゃ俺コーラで」
「うん。それじゃぁポチッとな」
と店員呼び出しのスイッチを押して戯けてみせる。
やはり悪い人ではなさそうだ。

「ところで、禁煙席で良かったですかねぇ? 私煙草は吸わないものですから、ここに決めちまいましたが」
とマシバさん。
「当然ね」
先生がうんうんと頷きを返す。
「やっぱり煙草はね、吸うと色々後が怖いからね」
「さすがダイチャンね。
 私も学生達には口を酸っぱくして言ってるのよ。
 20歳を過ぎたからって、煙草にだけは手を出すな!ってね」
「あはは、私もヒマワリちゃんみたいな先生に教われたら良かったな~。
 本当に生徒の為を思ってくれてるって感じしますし。
 ……ところで。ひょっとしてぇ、そこの助手君って……」
「ええ、私の教え子よ。
 今は私が保護者のようなものだから、こういったお店に連れてきても問題ない……という事にしておいてちょうだい」
「へぇ~、教え子なんだ~……ヒマワリちゃんやるなぁ~」
チエさんがジロジロと意味ありげな視線をぶつけてくる。
彼女は比較的整った目鼻立ちをしていた。
美人と言っていいのかも知れない。
「まぁお酒は飲まないんだし、問題ないでしょ」とダイさんも何だかニヤケ顔、マシバさんに至っては、これはどうも聞こえなかった振りをしているようだ。
――少し、予想していた反応と違っている。
「さて、それじゃぁ食い物の方も頼んじまいましょうか」
「あっマシバさん、さっき僕が店員呼びましたから。
 もうそろそろ来ると思いますね」

 程なくして現れた店員に各自思い思いの注文を告げ、まずは飲み物が揃った所で乾杯となった。

 思ったより普通な人達で良かった――というか、普通すぎる気がする。
先生も初めの内こそ日常的な雑談を交わしていたが、次第に宇宙人やら組織やらの話を絡め出した。
けれど、「うん。さすがヒマワリちゃん!」だの「いやぁ日常の平和を保つのも大変だよねぇ」だのと云った合いの手が入り、話はそこで終わってしまう。

 時間を追うに連れ、俺の中に或る一つの疑念が生まれていた。

「……わたし、ちょっとお化粧直してきます」
そう言って先生が席を立ち、「あ、私も行ってきま~す」とチエさんがその後を追う。

「急に華がなくなっちまいましたな、わはは」
「でも、女性陣お二人ともお綺麗ですよねぇ。
 特にヒマワリさんなんて、予想外って言ったら失礼ですけど……あ、助手君の前で悪かったかな」
「いえ……」
「ヒマワリさんなぁ、やっぱり面白い人だな。
 オフでもしっかり役に成りきっている」
「でも流石に学校ではやらないでしょう、宇宙人ネタは。
 先生ですもんね。でしょ? 助手君っ」
「あっ、あの……、違うんです」
「うん?」
二人の声が綺麗にハモった。
「あの人、本気なんです。
 冗談なんかじゃないんですよ。
 本当に宇宙人の組織が人類を侵略しようとしてるって、そう思い込んでるんです」
「……」
無言。
俺は構わず続ける。
「学校でも普通に宇宙人だの陰謀だのって騒ぐんですよ。
 あ、でも人になにか危害を加えたりとかは無いし、教師としての仕事はそれはそれでこなしてるんですけど……
 とにかく、なりきりネタだとかそういうのでは、全く無いんです」
「……はは」
「いやはや、むぅん」
乾いた笑い。
二人の顔には困惑の色が張り付いている。

 それもそうだろう。
おそらく、先生なりのジョークと解釈されていたのだ。
そういうネタ的なキャラを演じる彼女に、やはりその世界観に乗っ取って話を合わせ、互いに楽しむ――楽しんでいるつもり、だったのだろう。
当の本人を除いては。

「だから、やめなさいってばっ!!!」
何処からか聞こえてきた先生の怒声に、俺は思わずその場を立った。
慌てて靴を履き、声の聞こえてくる方へ駆け足で向かう。
すると、手洗い所の前で、先生が丁度チエさんに掴み掛かっていく所だった。
「ちょ、ちょっと先生! 一体何を!」
二人の間に身体をねじ込み何とか引きはがすも、
「稔君そこどきなさい! こいつっ! 組織のスパイだったのよ!」と先生はますますヒートアップしていく。
対してチエさんの表情は真っ青だ。
純粋な怯えの色。
「わ、私なにもしてないですよ~……。
 お座席が禁煙だから、お手洗いで一服してから戻ろうかなって~。
 そしたらヒマワリちゃんが後ろからいきなり私のバッグ取り上げて"どういうこと!?"って、凄い剣幕で~……」
「先生……」
「これよ、稔君。この煙草の箱。
 バッグの中にも一杯。結構吸ってるみたいねぇ?」
「……それはぁ、まぁ、私だって吸う方ですけど~。
 でも皆の前で吸った訳じゃないし、何も迷惑かけてないじゃない~」
「そういう事を言ってるんじゃないのよ!
 煙草であいつらに脳を乗っ取られかけてるような女が、こそこそ隠れるようにして吸って……それって、組織からの命令を受診しようとしてたんでしょ?
 煙草でアンテナの感度を上げてね!」

俺に少し遅れ、ダイさんとマシバさんも手洗い所へやってくる。

「……な、なに言ってんのヒマワリちゃん……それも救世ネタの一つって訳?
 全然笑えないんだけど~……あ、ダイチャン!
 ね、ね~、ヒマワリちゃんてちょっとおかしくないですか~?
 なにもここまで役になりきらなくっても」
「役? なりきる? はんっ、本性を現したようね、この女狐!
 そうやって今日の会合をかき乱そうって言うんでしょ!
 まさか、私達の中にスパイが紛れ込んでただなんてね……どうりで、私の乗ってきた電車に工作員が紛れ込んでいる訳だわ」
そう言って取り上げたバッグをチエさんに投げ返すと、今度は俺の方を向いて
「ね、これで分かったでしょ? 稔君。
 あなたあの時、本当に危ない所だったのよ。先生が一緒だったから無事に済んだけれど。
 でもね、安心して。あなたの身は私が必ず守ってあげるわ」と、今さっきとうって変わって優しい笑顔。
――その笑顔が、手洗い所のライトを逆光にして、まるで不気味な絵画の魔女めいて映る。

「ヒマワリさん。どうか一つ、落ち着いちゃぁくれませんか」
マシバさんが前に出て、チエさんを先生から庇うような位置取りで立った。
チエさんはこぼれたバッグの中身を泣きながら拾い集めている。
それを慰めつつも手伝うダイさん。
「……それって、おかしいんじゃないの」
と先生。
「チエさんは――その女は、組織のスパイだったんですよ?
 私達の中に奴等の仲間が入り込んでいたのよ!?
 それを、どう落ち着いてみせろっていうのよっ!」
「あぁ……お気持ちは、その、よぅく分かるんですがぁ」
マシバさんはすっかり弱り果てたような顔をしている。
「いや。我々にも責任はあると思ってます。
 うぅん。その、なんだ、ヒマワリさんの世界に土足で踏み込んでしまった罪悪感と言いますかぁ、その。
 色々煽るような事も書いてしまったしなぁ、と。
 いやその、でもね。
 やっぱり、我々の常識とあなたの常識とが食い違う部分ちゅうのは、こりゃありますから。
 だから、その事でチエさんを責めないでやって欲しいんですわ」
「……なに、いってるのよ」
先生の顔が蝋でも塗られたかのように固まっていく。
「その、ですから。今日の会合。
 これね、ヒマワリさんがどうお考えだったか分かりませんがぁ、私達としては、普通に。
 お酒でも飲んでパーッとやろうよと、そういう集まりですから。
 ここは一つ、穏便に願えませんかなぁ、と」
「ヒマワリさん」
チエさんの手伝いを終えたダイさんが、すっくと立ち上がる。
「悪いことは言いません。
 ……あなたの話に合わせて馬鹿をやってしまった僕の、言える立場じゃありませんが……でも、どうか落ち着いて聞いて欲しい。
 ヒマワリさんは一度、カウンセリングかなにかを受けてみたら良いんじゃないかって思うんです。
 あなたが日頃どんな目に遭っているのか、どんな辛い思いをしているのか、そういった話をカウンセラーの人達は親身に聞いてくれるはずです。
 ホラ、僕達と話していると励まされるって言ってくれてたじゃないですか。
 カウンセラーっていうのはその道のプロですから、きっと僕達より遥かに頼りに……」
「分かったわ」
と短く一言、先生が返す。
「……あぁ。良かった、良かった。
 そうそう、カウンセラーさんなら私らよりよっぽど話もお上手ですもんなぁ。
 ささ、ヒマワリさん。今日の所は、ねぇ。
 酒でも飲んで、チエちゃんとも仲直りという事で、どうか」
「分かった、分かったわよ、そういう事、分かったわ……」
マシバさんの言葉が聞こえているのか、いないのか。
先生は下を向いたまま何事か呟いている。
「あの……ヒマワリさん?」
ダイさんが声を掛けると同時、先生は顔をぐいっと上げて
「分かった! あ、あなた達っ全員グルだったのね!
 それでっ、それで私の行動を、ネットを通して監視して、
 あわよくば上手く丸め込んで組織の施設にでも運び込もうっていう、そういう魂胆だったんでしょぉっ!!!」
突然の咆哮に、チエさんが再び泣き始めた。
今度はすすり泣きだ。

面食らって立ちつくす僕達に、「あのぅ……」と背後からの声。
振り向くと、いつの間にか傍に立っていた店員が、
「大変申し訳無いのですが。お客様同士のトラブルが長引かれますと、他のお客様にもご迷惑がかかりますので……」とやや冷たい目線で言う。
「あ、あぁ……こりゃ申し訳あり」
「稔君っ!」
マシバさんの詫びの弁を遮って、先生がこちらにつかつかと歩みよった。
そうして、困惑と共に立ちつくしていた俺の手を取ると、そのまま強引に引っ張ろうとする。
危うくバランスを崩しそうになりつつも、俺はそのまま先生に引きずられていった。

「わっ、たっ、たっ……せ、先生、何処いくんですか?」
「店を今すぐ離れるの。
 奴等の手が掛かっていると判明した以上、ここは危険よ」
ちらっと後ろを振り返ると、そこには呆然とこちらを見つめているマシバさん、ダイさん、店員さん。
それに、未だ泣き崩れたままのチエさん。

 先生は会計でバンッと一万円札を出すと、「後の分は彼らが支払うから」と手洗い所前のマシバさん達を顎で指し、そのまま店を出た。
そうして入り口脇のビルの階段を駆けるようにして降りていく。
エレベーターは使わない。
俺も慌ててそれについて行く。

 ビルを出てからの先生は無言だった。
ただの一言も発しないまま、夜の街を歩いていく。

 ここは近隣エリアでは特に発達した街で、毒男達と買い物に来た事が幾度もある。
けれど、今の俺には全く見知らぬ街のように思えた。

 先生はやがて無人の小さな公園へと入り、隅に備えられていたベンチへ腰掛けた。
そのまま顔を俯かせ、後はやはり無言のままだ。

 俺はどうしていいか分からず、「先生、俺ちょっとコーヒー買って来ますんで」とだけ声を掛けて、公園前の通りにあった自販機で缶コーヒーを二つ買った。
街外れまでやってきていたようで、辺りには全く人気がない。
ベンチへ戻って来ると、先生が泣いていた。
ひっ、ひっ、と喉を震わせながら涙を零していた。

「……あの、缶コーヒー。もし良かったら……」
「あひぃがふぉ」
俺から缶を受け取り、そのまま両手の指を絡ませるようにして握り締める。
その仕種は、何かに耐えようとする者の祈る様を思い浮かばせた。

「……信じてたのよ」
「はい」
「……ずっと、信じてたの。
 夜見市のすぐ近くに、共に闘う仲間がいて。
 私の辛みや苦しみを理解し、分かち合ってくれているんだって……。
 ――全部、私の一人相撲だったのね。
 不届きな連中にからかわれていただけとかなら、まだ救いがあったわよっ……
 けれど、よりにもよって、組織の監視員に踊らされていただなんてっ!!!」
先生はそう叫んで俺へと振り向く。
その顔は涙でぐちょぐちょに崩れている。
こんな先生は初めてだった。
何だか、見てはいけないものを見てしまったような気がする。
「キミも、そう思うでしょ? 馬鹿な女だって……」
「いや、俺はそんな風には……」
「いいのよ。キミだって私が強引に連れてきたようなものだしね。
 ご苦労様。疲れたでしょう? 
 学校での活動だって興味半分だったんじゃないかしら? 
 変な事いう教師に面白そうだから付き合ってやろうって……もう、いいのよ。
 そういえば最近は委員長ちゃんとも親しくしているみたいね。
 一緒に手伝ってくれる事も増えたし。
 彼女にも伝えておいて。
 これからは全部私一人でやるから……」
「俺は止めませんよ」
正面切って先生の目を見据えながら、俺は言った。
今、ここで、そう言わなくてはならない気がした。
「止めませんから。
 先生がいいって言っても、勝手に手伝いますから。
 今まで通りに」

 ――俺とオフ会の彼らと、一体何が違うのだろう。
俺だって先生の妄想を真に受けている訳じゃない。
ただ、それを冗談の一環として笑い話のタネにするつもりは全くない。
ジョークめかして嘴を入れる訳でもない。
俺はただ、『先生の手伝い』がしたかっただけなんだ。

「……今まで通りに?」
「はい。
 俺は先生の助手なんでしょう? 
 だったら、思う存分こき使ってくれたら良いんですよ。
 それでこそ助手ってもんでしょう?」
「そうね……」
数秒の沈黙。
ベンチに隣り合った二人の距離。
と、先生が急に前屈みになったと思う間に、俺の懐に顔を埋めてきた。
うっ、うっ、と嗚咽に合わせ肩を振るわせている。
俺はそのままじっとしていた。
先生が泣きやむのを待っていた、というよりは、ただ単にどうしていいのかが分からなかった。
こんなシチュエーションは生まれて初めてだったから。

 数分はそうしていただろうか。
ようやく落ち着きを取り戻した先生が顔を上げた。
手で涙を拭いながら、「無様な所をみせちゃったわね」と笑いながら言う。
「助手としては、見なかった事にしておきます」と俺も笑って返す。
「ふふ……はぁ~、スッキリしたわ……。
 全く、ネット上でも油断ならないって事ね。
 今回は本当に失敗したわ」とベンチから立って背伸びをしつつ先生。
薄暗闇の中にひらりと白衣がはためいた。
「ん、寒い……風が出てきたみたいね」
「夜風は冷えますから。
 もう時間も遅いですし、そろそろ帰りませんか」
「そうね。そうしましょう」
そういって微笑む先生は、もう普段通りの彼女のように見える。

 けれど。
確固たる信念に基づき、我が道を歩んでいるかに見えた彼女の芯は。
とてもとても繊細で、ふとした事で折れやすいものなのかも知れない。
まして、今日のオフ会の出来事は……。

 それじゃあ、さっき。
もし先生の言うがままに、助手の座を辞退していたとしたら?

 夜風が再び公園に舞い降り、びゅうと背中を撫でた。
俺は思わず身震いをする。

「さて、と。帰る前に一端、お化粧を直さないと……」
そう言って先生は歩き出す。
俺もその後について公園を出た。

 中心街の方はまだ明るく、上空がぼぅっと照らし出されている。
ふと、立ち止まって空を見上げてみる。
今夜は曇りでなかったはずだが、夜空に星は一つも見あたらなかった。



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