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委員長の冗談 2

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kawauson

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委員長の冗談 2


 駅前から南北に伸びる大通り、さらにそこから枝になって分かれるアーケード街は、この町では中心街と呼ばれている。
 大概の種類の店は並んでいて、何か買い物があるといったら、町の人はまずここに来る。
 娯楽施設も色々と揃っていて、適当に遊ぼうかという時は、とりあえずこの中心街に来ることが多かった。
 俺が今日来たのも、一応娯楽が目的だった。
 ポケットの中には、映画のチケットが一枚入っている。
 とは言っても、一緒に見に行く人はなく、一人で映画を見に行く予定だった。
「ちょっと寂しいものがあるけどな……」
 何も好んで一人で映画を見に行くわけではない。
 昨日の夜、期限ギリギリのチケットを見つけて、友人に電話をかけたもののつかまらず、チケットを無駄にするのももったいないということで、こうして一人で来ることになってしまったのだ。
 こんな冬の日でも、さすがに中心街はにぎわうようで、アーケード街にはたくさんの人が溢れている。
 カップルの姿も少なからず見受けられ、一人映画を見に行く自分が、どうにも惨めに感じられた。
「うーん……やっぱりやめとけば良かったかな」
 ポケットからチケットを出し、改めて見てみる。
『恋愛大戦争』と題されたその映画は、少し妙な作りだが、一応恋愛物の映画らしい。
 ひょっとして、一人で見に行くのは、思った以上に恥ずかしいことなのではないのだろうか。
 そんなことを思っていると、ぽん、と肩に手を置かれる感触があった。
「藤宮君、こんにちは」
 振り向くと、そこには委員長が立っていた。
 相変わらずの、少し暗めの色合いでそろえた私服に身を包み、にこにこと笑っている。
 どこかで買い物をしてきたのだろう、小さな紙袋の包みを、胸に抱くようにして持っていた。
「何だか浮かない顔をしていますね」
「そうかな?」
「はい。人ごみの中で私がこうして気付くくらいには、落ち込んだ様子でしたよ」
 それは少し恥ずかしいかもしれない。
「何かお困りですか?」
「困っていると言うか……」
 手に握った映画のチケットを再び見る。
 ひょっとしたら、ここで委員長に出会ったのは、天恵ではなかろうか。

「委員長は、映画とかって好きかな?」
「映画ですか? 長らく見ていないので、何とも言えませんね」
「もし良かったら、俺と一緒に映画を見に行かないか? ここに丁度映画のチケットがあるんだ」
「それはなかなか……突然ですね」
 委員長は眉の端を下げて、困ったような顔をした。
 まずい。
 下手なナンパみたいだし、引かれてしまったのかもしれない。
「いや、違うんだ! これは妙な下心とかじゃなくて、チケットの期限が今日までで、誰もつかまらなかったんだけど面白いらしくて、今委員長に会えたのは幸運と言うか、一緒に行けたらありがたいというか……」
 慌ててフォローしようとするも、何だか焦ってしまって、うまく口が回らない。
 我ながら何を言っているんだろうという説明に、委員長はくすくすと笑い出した。
「い、委員長?」
「わかりました。よくわかりませんが、抜き差しならない事情があるんですね」
「まあ、そう、そんな感じ」
「では行きましょうか。私なんかでよろしければ、ご一緒しますよ」
 委員長は、その胸を軽く叩いて、頷いた。
「ただ、私と一緒に映画を見に行って有意義な時間が過ごせるかどうかは保障しかねますよ。私は、楽しいお喋りはあまりできませんから」
「大丈夫だよ。委員長と一緒にいて、つまらないと思ったこと無いし。それに、映画見てる時は普通喋らないから……」
「言われてみればそうですね」
 そうして、俺は委員長と恋愛大戦争なる映画を一緒に見ることになった。
 内容としては、やはり男女の恋愛が中心の話で、最後はさくさく人が死んでいって、残った二人が結ばれる話だった。
 面白かったとは思う。
 恋愛モノということで、カップルで見に来ている人たちが大半だった。
 映画を見終えて、劇場近くの喫茶店で、二人でお茶を飲んだ。
 付き合ってもらったお礼にと、委員長には好きなものをおごることにした。
 初めは遠慮していた委員長だが、今はおいしそうにフルーツカルピスをストローで吸っていた。
「恋愛、か……」
 何となく滑り出た言葉に、委員長がストローを口から離して、問いかけてきた。

「恋愛がどうかしましたか?」
「今日の映画を見に来てた人たち、カップルが多かったなと思ってさ」
「確かにそうでしたね」
「俺……今まで恋人がいたことって、無いんだよな」
 委員長は、何を言い出すのかという顔でこちらを見ている。
 自分でも何を言ってるんだろうと思った。
「俺たちの年頃だと、恋人つくる奴って結構いるよな」
「そうですね。私たちの学年でも、それなりにいるとは思いますよ」
「やっぱり、俺たちくらいの年頃で恋人がいないのは、負け組なのかなあ……」
 少し落ち込んでしまう。
 映画館に溢れていた幸せそうな空気は、俺の心に少なからず虚しさを残していた。
「そんな、藤宮君ならきっといい人が見つかるでしょうし、気に病むことでもありませんよ」
「そうかなあ……」
 ふと気になって、委員長に尋ねてみた。
「委員長は、恋人っていたことあるの?」
「え……わ、私ですか?」
 委員長は人差し指を唇に当てる、いつもの考える仕草の後で、恥ずかしそうに言った。
「恋人はいたことはありませんが、恋ならしたことはありますね」
「おお……」
 ちょっと意外だった。
 けど、いかに真面目な委員長とはいえ、やはり人間、恋の一つくらいはするのだろう。
「どんな人だったんだ? その、委員長の好きだった人」
「……中学校の頃、ちょうど今くらいの季節でした」
 頬を赤くして、委員長は話し始めた。

「学校からの帰り道に、窓の張り出した大きな家があったんですよ」
「ふむふむ」
「この時期は日が沈むのが早いので、帰り道はいつも急いでいたんですけど、ある日、ふとその家の二階を見上げたら、張り出した窓の向こうに男性が一人椅子に座っているのが見えたんです」
 その時のことを思い出しながら話しているのだろう。
 委員長はどこか遠くを見るように、視線を宙に向けていた。
「その男性は、窓の外、空を見上げて、椅子に座っていました。何を見ているのだろうと、私もつられて見ると、そこには夕闇の空に冬の星々が浮かんでいたんです」
「星か……」
「何故か私は胸がドキドキしてしまいました。あの人は、どんなことを思ってこの星空を見ているんだろうと、妙に気になってしまって、その夜は眠れませんでした」
「一目惚れ、だったのか?」
「そう……なんでしょうね。次の日も、その次の日も、私は学校からの帰りに、その家を見上げました。あの人はいつも、物憂げな表情で空を見ていました」
 委員長の声に、いつにも増して感情がこもっているのが分かった。
「そして、四日目の夕方、またその家の前を通ると、パトカーと救急車が止まっていました」
「んん? 何で?」
「窓を見ると、あの人の姿はありませんでした。ひょっとして、あの人に何かあったのではと……私は気になって、遠巻きに見ていた近所の方に話を聞きました」
「ど、どうなったんだ」
 気になって、思わず身を乗り出して続きを促してしまった。
「……結論から言うと、私の知っているあの人自身には何もありませんでした。ただ、死体が一つ、家から運び出されて行きました」
「どういうこと?」
「私が見たあの人は、既に亡くなっていたんです。心臓の発作で、椅子に座ったまま」
「え……えーと……」
「つまり、私が恋をしたその人は、初めから死体だったんです。死体に恋をしていたんですよ、私は」
 言葉が出ない。
 委員長は淡々と続けた。
「夕暮れ時に、距離をおいて窓越しに見ていたのでわからなかっただけで、あの人の体はかなり傷んでいたそうです。回収に部屋に入ったときは、それは酷い臭いだったとかで……」
「そ、そうなんだ……」
 隣のテーブルで食事をしていた人が、顔をしかめてフォークを置いた。

 委員長は、軽く笑いながら続けた。
「まったく、おかしいですよね。初恋がよりによって死体かよー、て感じです」
「そう、かもね。少し困っちゃうね」
「生きてる人間じゃなくてもいいのか、お前は、と自分が情けなく思えました」
 どう言ったらいいんだろう。
 返答に困って、黙り込んでしまった。
 委員長はカルピスを飲みながら、こちらをじっと見つめてきた。
「……あの」
「ん? な、何だろう」
「面白くありませんでしたか?」
 おずおずと聞いてくる。
 また今度は何を言っているのか、よく分からなかった。
「いえ、冗談だったのですが……」
「はい?」
「先ほどの話です。有名な都市伝説を改変したものなんですよ」
 それはつまり……。
「死体に恋とかは全部嘘だったってこと?」
「はい。その……いわゆる一つのジョークです」
「またジョークっすか」
 隣のテーブルの人は、食事を半分以上残して、既に席を立ってしまっていた。
「藤宮君が落ち込んでいたので、笑っていただければと思ったのですが……不発だったようですね」
「はは、は……や、まあ、面白かったよ」
 力が抜けて、テーブルをがくんと揺らしてしまう。
 フルーツカルピスのグラスが揺れ、委員長の眼鏡に白い飛沫が飛んだ。
「あ……」
 いそいそとハンカチを取り出して拭こうとする委員長。
 曇った時とどう違うのか知らないが、今度は停止することは無かった。
 委員長は実は、ちょっとおかしな人だと思う。
 前回のことといい、とりあえず、冗談は笑えないことがはっきりした。



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