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委員長の冗談

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kawauson

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委員長の冗談


「寒い……寒いな……」
 呟くたびに白い息が浮き上がる。
 もう昼間になる、今日の冷え込みも相変わらずの厳しさだった。
 目の前には、澄んだ水を湛える湖が広がっている。
 薄く靄がかかっていて、対岸は見えない。
 水鳥の姿もなく、一切の動きを見せない水面は、大きな鏡のようだった。
「綺麗と言えば綺麗だけど……見に来るほどでもなかったかもなあ」
 ○○町自然公園。
 元々あった湖と、その周りに広がる雑木林を保護して、遊歩道や広場やキャンプを整備した、市民の憩いの場だ。
 この街で一番自然が残っている地区と言っていいだろう。
 休日は親子連れでにぎわうのが常なのだが、さすがに冬の日曜ともなると、人の姿もまばらだった。
「やっぱり、こたつで寝てた方が良かったかも知れん……」
 湖を囲うように伸びる遊歩道を一人歩く。
 時々人とすれ違うが、みんな寒さに肩を縮みこませるようにして歩き、言葉もない。
 風もなく、木々のざわめく音もしない。
 冬の湖は、ただひたすらに静かで、寂しいものだった。
 寒いからと言ってひたすら家に引きこもるのもどうかと思い、気分転換に散歩に出ようとこの自然公園にやってきたわけだが、どこか悲しい情景に、あまり気分は晴れなかった。
「せっかく来たのに、すぐに帰るのも微妙だしな……」
 ぼんやりと湖を見ながら、遊歩道を歩いた。
 どれくらい経っただろう。
 歩き続けて、体が寒さを感じなくなった頃、突然声をかけられた。
「藤宮君?」
「ははい」
 返事をして振り向く。
 三つ編みに下げた髪に、少し前髪のかかった眼鏡。
 色素の薄い瞳。
「委員長……」
 まさかこんなところで会うとは思わなかった。
 穏やかな笑みを浮かべるその人は、我がクラスの委員長だった。

「ふふ。今の返事、何だかおかしかったですね」
「いや、いきなりだったからさ。ちょっとびっくりして」
「驚かせてしまいましたか……。何か、熱心に湖を見ていましたけど、ひょっとしたら邪魔をしてしまいましたか?」
「いやいや! 声をかけてくれて良かったよ。熱心にというか、何もすることが無かったから適当に風景見てただけだし」
 委員長はいつも見慣れた制服姿ではない。
 黒のセーターと暗い赤のスカート、さらに、黒のストッキングを着込んでいた。
 何と言うか、全体として暗い印象だが、委員長らしいとも思ってしまう。
「委員長、どうしてこんなところに?」
「散歩ですよ。家が近くなので。それを言うなら、藤宮君こそどうしてこんなところに?」
「ああ、うん、俺も散歩だよ」
 本当に驚きだ。
 こんな辺鄙なところで知人に会うなんて。
「委員長、良かったら一緒に歩かないか?」
「え? 一緒に歩くって……一緒に散歩するということですか?」
 表情を曇らせる委員長。
 頬に手を当てて、悩んでいるようだった。
「いや、無理にとは言わない。うん、ごめん」
「いえ……私は別にかまわないですけど、本当にいいんですか?」
「何が?」
「私と一緒に歩いても、楽しくないと思いますよ」
 委員長は、申し訳なさそうに言った。
「私は、勉強と学校行事の話以外の、面白い話はできなくて……」
「そんなこと無いと思うけど。俺は委員長といて、わりと面白く感じるし」
 確かに委員長は自分からはあまり話題を振ることはない。
 しかし、一緒に居て息苦しく感じることもない。
 話しはしないけど、話し上手……いや、聞き上手ということなのだろう。
「一緒に歩こう。一人よりも二人の方が、ただの散歩も楽しいだろうし……って、これは俺のわがままだけど」
「いえ、そうですね。ご期待に添えられるかどうか分かりませんが、一緒に歩きましょうか」
 そんなこんなで、俺は委員長と二人、湖の周りを歩いた。

 周囲は相変わらずの寂しい冬の景色で、湖はただ冷たく水を湛えていたけど、委員長との会話があたりに細く響いて、少し上向いた気持ちになれた。
 昨日見たテレビの話、友達の話、漫画の話、このところの食生活の話。
 委員長は、どの話にも気持ちよく応じてくれて、俺としては実に楽しい時を過ごすことができた。
 が、やはり委員長から何か話題を口にすることは無かった。
「ごめん、委員長。ずっと俺の話に付き合ってもらっちゃってて……」
 話題が途切れたところで謝ると、委員長は笑顔で首を横に振った。
「いえ、気にしないでください。色々なお話が聞けて楽しいですよ」
「そうならいいんだけど」
「私こそ、気のきいた話の一つもできずにすみません」
 そんな話をしながら、気付いたら湖を半周して、歩き始めたところから対岸に位置する場所に来ていた。
 遊歩道のすぐ脇には雑木林が茂っている。
 腐葉土の地面に葉のついていない木々が立ち並び、茶一色に沈んだ世界が広がっていた。
 雑木林の中には、キャンプ場設備として、レンガの積まれたかまどや水道が設置されているのが見えた。
「懐かしいな」
「何がですか?」
「あのキャンプ場。子供の頃、夏休みに家族と来たことがあったからさ」
「キャンプにですか」
「ああ。委員長は、家族でキャンプとかはしなかった?」
「私の家庭は……そういったものとはあまり縁がありませんでしたね」
 本当に懐かしい。
 みんなでテントを張って、夕食もみんなで協力して作って、夜には花火をして、星を見て。
「委員長知ってる? この湖、結構魚がとれるんだよ」
「そういえば、たまに釣りをしている人を見かけることはありますね」
「ここの辺は水も綺麗だからさ、釣った魚を食べることができるんだよ。キャンプに来たら、父さんと魚釣りをして、釣れた魚をそのまま料理して食べたりしたんだ」
「料理、ですか」
「といっても、ただ焼くだけだけどね」
「釣った魚を……」
 委員長は呟いて、その唇に人差し指を当てた。
 学校でたまに見せる、考えている時の仕草だった。

「委員長、興味あるの?」
「興味と言いますか……」
 抑揚のない声で話し始める。
 どこか真剣味を帯びた声だった。
「前に、この湖で魚釣りをしていた年配の方に、釣った魚を見せていただいたことがあったんですよ」
「うん……?」
「なかなかに大きな魚だったんですが、私も、その魚を釣った人も、素直に感心することができなかったんです」
「またどうして?」
「その魚の口の端から、どう見ても人間の髪の毛だろうという黒い糸状のものが、束になって出ていたからなんです」
「!!」
 絶句してしまった。
 委員長は口調を変えることなく、淡々と話を続けた。
「何でこんなものが魚の口にと不思議に思ったんですが、後で調べたら、この湖はかつては有名な自殺の名所だったらしくて」
「そ、そうなんだ」
「湖の底に沈んでいる……その……人間を食べて、あの魚は大きく育ったのだなと」
「な、なるほどね。そうかもしれないね」
「藤宮君が食べた魚は、大きさはどんなものでしたか?」
「……」
 子供の頃の楽しい思い出に、一気に影が差した。
 あの魚。
 父さんと一緒に釣って、みんなで食べた魚。
 父さんは、肝まできちんと食べていたと思う。
 まさかとは思うけど……あれが自殺した人間を食べて育ったものだったら。
 考えただけで、くらくらと眩暈がした。
 間接的にせよ、俺は人間を食べたことになるんだろうか。
「藤宮君……?」
 委員長が呼びかけてくるが、声を返すことができなかった。
 鏡のような水面が、心なしか黒ずんで見えた。

「藤宮君……あの……冗談ですよ?」
「え?」
 不意の言葉に、また一気に思考が現実に引き戻された。
 思わず委員長の顔をじっと見てしまう。
「……冗談?」
 委員長は、恥ずかしそうに顔を逸らし、もごもごと口を開いた。
「あのう……はい、冗談なんです」
「なな、何でまた、こんな冗談を? というか冗談なの? 本当に冗談?」
「はい、その、本当に冗談です。藤宮君にばかり話をさせて、申し訳なくて……できれば私も、藤宮君を楽しんでもらいたいと思いまして」
 俯き、頬を赤くして、委員長は言った。
「その、いわゆる、ジョークです」
「じょ、ジョークっすか」
「面白く、無かったですか?」
 どうしたものか。
 これこそ反応に窮してしまう。
「いや、その、あれだ、斬新だったよ」
「……すみません」
 委員長は肩を落として謝ってきた。
「いや、本当に、結構面白かったって。委員長も冗談言うんだってわかって、ちょっと嬉しかったし」
「本当ですか?」
「ホントホント! 楽しめたよ!」
 委員長はまだ少し浮かない顔をしていたが、やがて恥ずかしそうに小さく微笑んだ。
「では、また機会があったら、何かお話してみますね」
「ああ、是非とも頼むよ。……機会があったら」
 また二人で歩き出す。
 委員長の話でこびりついた、黒い水面の印象はなかなか晴れなかったけど、綺麗な景色の中、楽しく話をして過ごすことができた。
 しかし、アレが委員長の冗談……。
 委員長はいい人だけど、ギャグセンスについては普通じゃないのかもしれない。
 そう思ってしまった。



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