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頼まれ委員長 4

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頼まれ委員長 4


 明けて月曜日、学校は例の生徒の自殺未遂の話で持ち切りだった。
 土曜に部活の練習に来ていた生徒が何人か見ていたらしい。
 俺や委員長、日向先生のことも、すでに知れ渡っていた。
「藤宮、自殺を止めたんだってな」
「いや、別に……」
「すごいな。どんな感じだったんだ?」
「俺は何もしてないよ」
 実際俺は何もしていない。
 そして委員長も。
 止めたのは、間違いなく、日向先生一人の力だった。
 日向先生はあれから徹底的に追及したようで、今日は朝から同じ学年の数名の生徒が生徒指導室に呼び出され、そのことも話題になっていた。
 人は見かけによらない、というが、日向先生はまさしくそうだ。
 年がら年中意味不明のことをわめきたてる、真性の変な人ではあるが、その根っこは優しく、教師として良識ある大人として、きちんと事に当たってくれる。
 そして、人は見かけによらないという言葉を実感させられた、もう一人の人物。
 隣の席に座った委員長を、ちらりと見た。
 クラスメイトの何人かに囲まれて、俺と同じく、先日の自殺未遂について聞かれている。
 終始笑顔で、級友の言葉に丁寧に対応している姿は、優しくて真面目な優等生そのものだ。
 しかし、あの時、自殺しようとする男子生徒を目の前にしての委員長の言動には、底知れない冷たさがあった。
 他人の言葉を否定しない。
 言われたままに頼みを聞く。
 それが最終的にその人のためになるのか、関係無しに。
 その人の生死すら、欠片も気にせずに。
 他人の行いにひたすらに寛容と言えるのだろう。
 しかし逆にそれは、徹底的に突き放しているともとれないだろうか。
 人によって感じ方は違うのかも知れない。

 何でも頼みを聞いてくれる委員長を、ありがたい存在だと思う人もいるのだろう。
 でも俺は……俺は、とても寂しい気がする。
 委員長は、本当は、どんな気持ちでみんなの頼みごとを聞いているのだろう。
 どんな気持ちで、いつも笑顔でみんなの話を聞いているのだろう。
 それを知りたい。
 委員長の心が何からできているのか、知りたかった。
 長岡と話す傍ら、どうしても委員長に目が行く。
 委員長は、変わらず笑顔でクラスメイトたちと談笑し、「わかりました」と頷いていた。
「見たいのですね?」
 級友にそう問いかけて、筆箱の中からカッターナイフを取り出す。
 キチキチと音を立てて刃を伸ばし、そのまま委員長は、自分の左手首を切り裂いた。
「え……」
 あまりに突然だった。
 委員長の手首に赤い線が走り、それがみるみるうちに膨れ上がる。
 赤い雫がぽつぽつと床に落ち、やがて床と手首を繋ぐように、一本の筋となって血が流れた。
 委員長と先ほどまで話していた女子が、金切り声をあげた。
 俺と長岡は、とっさに委員長の腕を掴み、止血を試みた。
 といっても何をどうしたらいいかなんてわからない。
「な、な、長岡! 何か紐みたいなの持ってるか!?」
「紐は無いけど、おっぱい測定用のメジャーはあるよ!」
「でかしたっ!」
 この際腕を縛り上げられればなんでもいい。
 長岡から放り投げられたメジャーをしっかりつかみ、委員長の制服の袖をまくって、腕の辺りをこれでもかと言うくらいにきつく縛り上げた。
 適切な止血の処置なのかどうかは知らない。
 ただ、どうにか血の勢いは和らいだ。

「委員長、保健室に行こう」
「へ?」
「行こう」
 半ば無理矢理委員長を席から立たせ、肩を抱くようにして促した。
 教室の皆が一体何事かと委員長の方を見ている。
 血に赤く染まった袖口を見られないよう、体を寄せて隠した。
「先生への説明と床の掃除は任せろ!」
 長岡がそう言って見送ってくれる。
 委員長と話していた女子たちは、ただ呆然と立っていた。
 保健室では保健医さんが驚いて出迎えた。
「ちょっと! どうしたの、これ!」
「いや、その、突然切りまして……」
 切った位置が位置だけに、心配して聞いてくるが、そうとしか答えられなかった。
 ともかくも手当て優先ということで、保健医は傷口の様子を見る。
 委員長の手首がパックリと裂け、薄紅色の肉が見えた。
 じくじくと、赤い血が滲み出てくる。
 思わず目をそらしてしまうような痛々しさだった。
「なるほど……深くは切れていないみたいね」
「ほ、本当ですか」
「うん。動脈とか切ってたら、このくらいの出血じゃ済まないし」
 良かった……。
 随分血が出たように見えたが、大丈夫なら良かった。
「でも、一応すぐに病院に行った方がいいからね。手配しちゃうから」
 保健医は、手早く治療を済ませると、すぐに戻るからと言って、職員室に行ってしまった。
 職員室でもそろそろ話題になっている頃か。
 きっと後でググレカスあたりに色々聞かれるのだろう。
 だが、その前にまずは俺だ。
 俺が委員長に聞きたかった。

「委員長……どうして、いきなり手首を切ったりしたんだよ」
「どうして、ですか……?」
 本当に突然だった。いつもの笑顔のまま、何一つ表情を変えることなく、手首を切った。
「まあ、その、どうしてかといいますと、頼まれまして」
「は?」
「ほら、あの男子生徒の自殺の話で、今日はずっと盛り上がっていたでしょう?」
「ああ……」
 盛り上がるには不謹慎な話題だが、確かにそうだった。
「日常そうあることではないから、きっと皆さん刺激的に思ったんでしょうね。どんな様子だったかと話題になりまして」
「そうだな。俺も似たようなことは何度も聞かれたし……」
「それで、自殺の方法とか、そんな話にもなったんです。世の中、飛び降り以外にも色々とありますから……」
 不謹慎にもほどがあると思うが……。
「一緒に話していた子が、見られるものなら見てみたいと、言ったので……」
「それで、手首を切ったのか?」
「はい」
 俺は思わず、委員長の頭を引っぱたいていた。
「あいたっ」
「何を……考えてるんだよ」
「いえ、ですから、見たいと言われたので……」
 いつかのようにずれた眼鏡を直しつつ、先ほどと同じことを口にする委員長。
「何でそんなことが簡単にできるんだよ」
「は? いえ、ですから……」
「頼まれたからってやることじゃないんだよ! 普通は!」
「そうでしょうか?」
「そうなんだよ! 下手したら死んでたんだぞ? 委員長、頭いいんだから、わからないはず無いだろ!?」

「ああ……」
 委員長は、俺の言葉に、少し小首を傾げるようにして、
「そこまでは考えが至りませんでしたね」
 そう言った。
「委員長、おかしいよ。やっぱりおかしい」
「そうですか」
「そう。委員長は、優しくて、寛容で、本当にいい人だと思ってたけど……今でも思ってるけど……それ以上におかしいよ」
「不快なところがあるなら改めますが」
「そういうところもおかしいんだよ。何でそんなあっさり人の言うことを聞くんだ? 俺が間違ったことを言っているとは思わないのか?」
「どうでしょう……」
「委員長は、自分を蔑ろにし過ぎるよ」
「私は、皆さんに快適に過ごしていただけたらと、そう思っているだけですよ」
「その、委員長の奉仕心については、すごいなと思うよ。でもさ、他人のことだけ考えてるのは異常なんだよ。みんな、何よりもまず自分のことを考えるし、それが普通なんだよ」
「普通……ですか」
 委員長は自分の手首を見つめていた。
 こびりついた血の跡が、生々しく、俺は直視できなかった。
「委員長だって、嫌なこととか、やりたくないこととかあるだろ? そのことを考えたりしないのか」
「それは……全てを望んでやっていると言ったら嘘になりますけど……でも、いいじゃないですか。私は今までの自分に特に不満は抱いていませんし、皆さんもそれで満足しているわけですから」
「俺は満足して無い」
「は?」
「俺は満足して無いよ。嫌なことは嫌だと言ってほしいと思ってるし、自分のことをもっと大事にしてほしいと思ってる」
「……でも、仮に私が藤宮君の言うとおり、頼まれたことを断ったりするようになると、藤宮君は困ることになると思いますし……そうしたら、より不満に感じるはずですよ?」
「不満になんて思わないよ。喜ばしいくらいだ」
 委員長は小さく眉をしかめた。
「ちょっと……理解に苦しみますね」
「何がだ?」
「どうして私にそんなことを望むのか、わかりかねます」
 どうして? 答えは決まってる。

「俺にとって委員長は、誰よりも大切な友達なんだよ」
「は?」
 委員長は、自分の顔を指差して、目をぱちくりとさせた。
「大切な……友達? 私が? 本気で言ってるんですか?」
「本気に決まってるだろ」
「よくわかりませんが、錯覚だと思いますよ」
「錯覚じゃないって。本当に。誰よりも大切な友人だと思ってる」
 委員長は顔を赤らめたかと思うと、ぱっと俯いてしまった。
 前髪の陰になって、どんな目線をしているのか、どんな表情をしているのかはわからない。
 ただ、口をぎゅっと引き結んで、黙っていた。
「まあ、俺みたいなのに懐かれて、委員長も迷惑だとは思うけどさ」
「……嬉しいです」
「え?」
「いえ、藤宮君のような方に、私なんかを大切だと言ってもらえて……私……本当に、本当に、嬉しいです。たとえ気の迷いだとしても、嬉しいです」
 委員長は、左手を何度か握り返しながら、またじっと手首を見つめていた。
 包帯に、わずかながら血が滲んでくる。
 止めようとしたところで、委員長がその左手を差し出してきた。
「よろしくお願いします」
「え?」
「私も、藤宮君を大切にします。大切にしたいです。これからも……よろしくお願いします」
 左手首が大丈夫なのかと思ったが、俺は委員長のその握手に応じた。
 何か――やはり何か様子がおかしいとは思ったけど、委員長の手を握ってしまった。
 委員長の手は、柔らかく、しっとりとしていて、そして、冷たかった。
 ちょうどそこで、保健室の戸が開いた。
 保健医さんと、それに続いて、なぜか日向先生も一緒に入ってくる。
「それじゃあ、先生の車で病院に連れて行くからね」
 日向先生が車の鍵を指先で回していた。

「ありがとうございます」
 そう言って、委員長は椅子から立ち上がり、俺に手を振った。
 委員長と日向先生が出て行って、俺と保健医さんだけが保健室の中に残された。
「……藤宮君、九暮先生が話を聞きたいってさ」
「はい」
「職員室に来てね」
 保健医さんも、保健室を出て行く。
 俺はしばらく椅子に座ったままで、委員長と握手を交わした手を見ていた。
 窓から射す冬の日差しに、俺の手が浮き上がる。
「冷たい、手だったな……」
 昔、誰かから聞いた話。
 手の冷たい人は、心は温かいのだと。
「そうだよ……委員長は、おかしいけど、優しい人ではあるんだ」
 頭に浮かぶ、委員長の穏やかな笑顔。
 それと同時に、ぞっとするような酷薄な言動も思い起こされた。
 冬の日差しの中、保健室で、しばらく一人手を見つめていた。


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