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『ひとりでできるもん』

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『ひとりでできるもん』


「さて、掃除当番だな」
 誰もいなくなった教室を見渡す。
「…俺一人で」
 放課後に机を運んでるときから徐々に徐々に人がぞろぞろといなくなった。
 モップを片手にしたときはすでに教室には誰も残っていなかった。
 これは何の罰ゲーム?
 俺はいじめられてる?
 いやいや。今日は教室の掃除当番だが班の人間が数人風邪をこじらせたり、
 サボるクソヤローが出てきたりして結局俺1人になってしまっただけのこと。
 あーあ、俺もサボりてえなあ。と思いながら机を運んでいるとポケットが震えた。
 電話がかかってきたんだ。
「…はい」
『あ、稔?』
「ああ、みずきか」
 携帯電話のディスプレイを確認しなかったが、
 その幼さの残る声を確認するとみるみるうちに声の主の顔が頭に浮かび上がってくる。
『あのさ今日ヒマ?』
「お前分かってて言ってるだろ」
『あははは、ごめんごめん、ヒマだよね』
 クククと電話越しに笑いをこらえているのが分かる。
 部活もバイトも没頭するような趣味もない俺は放課後ヒマじゃない方が珍しい。
 というのを電話の主は分かっている。
「で、何の用だ」
『あ、ゲーセン行こ』
 こいつのことだ。断っても無理やり連れて行かされるんだろうなあ。
 とか考えつつ俺はそれとは別に頭を働かせる。
 さてどう言ったものやら。
「…ああいいよ」
『やったっ、じゃあ今から稔の教室に…』
「あー、ストップ。俺がお前の教室に迎えに行くからそれまで待ってろ」
『ん? 分かった』
「絶対だからな」
『うん』
 それだけ言うと早々と電話を切った。
「聞きわけが良い子で助かるな」
「…」
「さて…早めに掃除を終わらすか」
 あいつのためにも。
 俺はせっせとモップを片手に教室を動き回る。
 教室は閑散としており誰も残っていない。いるのは俺のみ。
 モップをかけ終わったら雑巾がけ…は省略しよう。廊下もいいか。
 あとは黒板も軽く消してほどほどに手抜きをするかー。
 なんて思ってると廊下からドタドタドタという駆け足が聞こえてくるとともに…
 ガラガラッ!!
 ふいに教室の扉が開いた。
「稔っ!」
 扉の前には先ほどの電話の主がいた。
「なっ、なんでお前…待ってろって言っただろ!?」
「稔って今日掃除当番なんでしょ? 手伝いに来たの!」
「なんで知っ…」
「でもなんで稔1人しかいないの?」
 なぜ知ってる、と言いかけたがすぐに打ち消された。
「ああ、かかか風邪引いたやつとかいてさ」
「冗談。全員が全員風邪なわけない」
「そりゃそうだ」
「もしかして…っ!ねえ稔っ!」
 俺の両肩を掴み、大きく揺らす。
 このちっこい体にどこにそんなパワーが秘められているのだろう。
「いやあの、いじめられてるとかはないから安心しろ」
「…ほんとに?」
「ほんとほんと」
 俺の言葉に心底安心した様子だが、それもまた一瞬で。
「じゃあ、誰かサボったんだっ!」
「…そういうことになるな」
「稔1人に押しつけたんだ…」
 低く唸るように呟く。
「稔、そいつの分まで1人で掃除するつもりだったんだ…」
「そういうわけじゃねえけど」
 俺までサボったのがバレて、あのググレに怒られるのが嫌だったから1人でも掃除してるに過ぎない。
 そしてみんなの分までするわけじゃなく、あくまで一人分の仕事量をするのみ。
「あたし…稔と遊びたいのに……なんで…なんで稔とあたしの時間を奪う…!」
「おいみずき…」
 みずきが作った小さな拳が震えている。
 昔からこいつは俺のこととなるとお姉さん風を吹かせ、いらない心配をする。
 あーあ、だからバレたくなかったんだと思うと深くため息が出た。
「みずき、あのな、俺だってたまにサボるしその…誰かに1人でやらせちゃったことだってあったかもしれない」
「だからって許せるわけないっ!」
「サボったやつを恨んでやるなよ? お前がそういうの嫌いだって分かるけどさ」
「…っ」
「お前がそいつを恨むと俺が恨まれてるみたいで気分が悪い」
「…」
 俺に諭されるとみずきの固く握った拳は解かれた。
 が、代わりにそっぽをむいて唇を噛み締めていた。
「稔がそう言うんならいい」
「それはよかった」
「でもさ、なんで稔はあたしに頼ってくんないかなー」
「俺のノルマは俺でこなしたいって思ったから」
「次からはちゃんと言ってよ、あたし手伝うから」
「分かった分かった、じゃあさっさと終わらせて行こうぜ、ゲーセン」
「…うん、早く終わらせる」
 殊勝になったみずきの態度に満足しながらノルマをこなした。


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