ヒロインがヤンデレのギャルゲみんなで作ろうぜ!

早紀SS12

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 目覚めたのはいつからだろう。
 生まれてからしばらくすると病にかかり数年昏睡状態に陥った。
 などという記憶はもちろんない。そのもっと前の記憶も。
 何もせずただ病院の天井を眺めることすらできなかった自分を、今の誰が知っていよう。
 いや、誰でもいい。覚えているのだろうか。

 父と、母なら。

 病院のベッドに横たわる自分の傍らに、父と母がいた記憶はない。
 病室で目覚めたとき、はじめて目に映ったのは看護婦の背中で、食事の摂り方も、言葉も、何もかも看護婦に教わった。
『ここがお前の家だ』
 病院こそわが家と思い、一生をここで過ごすのが当たり前だと思ったが、しばらくして白髪の老人に連れられ病院を出た。
 連れられて向かった大きな建物には、自分とその老人と、一人の女以外はいなかった。
『お前の父と母は遠くで仕事をしている』
 その老人が祖父なる存在だと気付いたのも、女を母と思い付き従ったが単に金で雇われた家政婦だと気付いたのも後のこと。
 自分に父と母がいないと気付いたのはもっと後のこと。

 わが家は退屈以外は何もなかった。
 祖父はカーテンを開け、ただひたすらソファで朝昼晩とだだっ広い家の庭を眺めているだけ。
 その時分、自分はひらがなを覚え、毎日を古く擦り切れた童話に費やす。
 童話は好きだった。だがかぐや姫は嫌いだった。
 竹取物語を読み、いもしない父と母の姿に焦がれ、この退屈な世界からいつか自分を連れ出してくれるだろう、と心を 躍らせた記憶をたどる。
 かぐや姫は父と母が待つ月にさっさと帰ればいい。こんな退屈な世界に何の未練がある?
 そう思いながら幼少を過ごした。


 しばらくして幼稚園、そして小学校へ。
 毎日決まった服を身に纏う。しかし小奇麗で。
 思い起こせば、砂遊びもかけっこもあまりした記憶がない。
 広大で整えられた敷地、何も不自由なく完備された建物。
 そういうところだった。そういうところで育った。
 自分が望まなくとも。


『今日からお前がわたしの世話をするんだ』
 いつからか女は家に来なくなった。
 代わりに、女が家でやっていたことを自分がやらされた。
 掃除を、洗濯を、食事を。祖父の身の回りの世話を。
 面倒だった。
 もちろん学校の人間で自分と同じようなことをしている人間は一人としていない。
『体を拭け』
『服を着させろ』
『夕飯を用意しろ』
『トイレに連れて行け』
 なぜ自分がこんなことを?あの女はどうしたのだ?お前はなぜ何もできない?
 命令以外祖父との会話は一切無くなった。否、元からしていなかったのだからそれは少し間違っているか。
 ともかく遊ぶ暇もなく、すべてを祖父に費やした。
「世話がある」という理由で修学旅行にも行けなかった。

 なぜ自分だけこんな目に?
 逃げ出したかった。
 どこへ逃げる?
 逃げてどうやって生きる?
 しかしこのままでは、閉ざされた世界で自分が終わっていく―。
 そんな気がして。
 気づいた時には、荷物をまとめ家を飛び出していた。

 1日目はホテルに泊まった。2日目は友達の家に。
 3日目はファミリーレストランで過ごし
 4日目と5日目は橋の下で眠った。
 6日目は・・・・家の庭で。

 限界だった。
 金も尽き、腹が減る。衣服の匂いが気になり頭がかゆくなる。
 慣れない環境に精神がボロボロと崩れ自分が破壊されていく。
 なぜこんなことをしてしまったのか。
 自分への自己嫌悪。
 こんな自分を許してくれるだろうか。
 祖父へ罪悪感。
 いや、祖父も悪いのだ。
 何年もこんなところに閉じ込めて、彼が生きているだけで自分から自由を奪っている。
 でも自分は彼がいなければ生きてはいけない。
 なんて理不尽で、なんてやるせない。

 その祖父は今どうしているだろうか。
 カーテンが開け放たれた家、庭から見える祖父は相変わらず、ずっと庭を眺めているだけ。
 夜になっても。
 次の日になっても。
 その次の日になっても。
 その次の次の日もずっと。

 祖父はいつまでも庭を眺めていた。
 それをあたしはずっと眺めていた。

 あたしを迎えに来た白髪の老人は
 いつのまにか、あたしの介護がなければ生きていけなかったのだ。
 あたしは、それを知っていた。

 ・・・。

 今日という日を過ごせるのは過去があるから。
 しかし過去が良いものであるとも、記憶に残るものとも限らない。

「ここが早紀先輩の部屋・・・へえ、このアパートで一人暮しなんですね」
「うん、そだよ。藤宮くんに言ってなかったっけ?」
「もしかして先輩の家って結構金持ちなんですか?仕送りいくらぐらいもらってるんですか?」
「あはは、ひみつだよー」
「けちー。いつか絶対聞き出してやるー」
「はいはい。コーヒーどうぞ」

 祖父の遺産は自分のものになった。
 ・・・少し違うか。受け取る人間が自分しかいなかったのだ。
 家も土地も家具も売った。持っていてもどうしようもなかったし、忌まわしい過去を手元に置いておく気もなかった。
 おかげで一生生きていけるだけの莫大な金額になってしまったが、毎日を生きれるだけの、だけどちょっと贅沢した生 活を送るに至る。
 普通に生きれればそれでいい。
 今まで普通でなかった分だけ、普通でいたい。
「俺も金ほしいなー」
「そう?」
「父さんも母さんも散々出張行って稼いでる割にケチであんまりお小遣いくれないんですよ」
「それじゃ遠くに行ってるから文句も言えないよね」
「あ、分かります?そうなんですよ!電話しても小遣いの話になると切るんですよー!」

 いつか祖父の言っていた「両親は仕事で遠くに行った」という言葉は今さらながら子供だましであり、病室のベッドで 両親の温もりを感じなかったのは気のせいではなかった。
 だがいつ、どこで、どうして親がいなくなったのかは遺産のことで話し合った弁護士からは聞かされていない。
 ただ知ったのは、血縁者がすでにこの世に存在しないということ。もしくは血縁関係が離れすぎている、ということのみ。
「あ、雪降ってきましたね」
「外すごく寒そうだね」
「うわ・・帰りたくない」
「じゃあ、泊ってく?」
「え・・・?いいんですか?」

 ずっと1人だと思っていた。
 祖父が死んでから、さらにそう感じるようになった。
 会話すらないあの祖父とのつながりなど、あってないようなものだったのに。
 ・・・時には早く死んでほしい、と願った。
 ずっと自分を苦しめる存在だったから。
 そして彼は望みどおり死んだ。
 しかし彼は死してなお自分を苦しめている。
 後悔と懺悔で苦しくなり、今も夜中に急に目が覚め、悪夢にうなされる。

「・・・あは、ジョークに決まってるでしょ?」
「で、ですよねアハハ・・・」
「・・・・・まあそのうち・・・ね」
「え?今なんて?」
「なんでもないよー」

 人間は後悔と懺悔を一生背負っていくのだろうか。
 それとも、いつの日か贖罪される日がくるのだろうか。
 ・・・それは自分で決めることかもしれない。


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