「ひめSS05」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

ひめSS05」(2008/09/27 (土) 14:23:43) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

**監禁稔 ニート姫 奮闘毒男 「起きてー、起きなさいよ稔くん」 いつもの何気ない日常で俺が姉さんを起こすときのように、姉さんが俺の意識を覚醒させようとする。 「う、ううっ……」  もう何度“これが夢であってほしい”と願っただろう。  でもやはり今日も違う、これは現実なのだ。 「もう。ダメだよ、三百六十五日休日だからっていつまでも寝てちゃダメなんだからね」  俺の閉じたまぶたの上から、通常のライトの何倍もの眩しい光が染み込んでくる。  目が焼けてしまいそうだ。 「ほら、起きて稔くん、もう朝だよ」 「うああっ……!」  光から逃れようと、目を閉じたまま顔をそむけると、 「あ、起きた?」  そう言ってから姉さんはハイビームを消した。  それでも俺の網膜に光の残滓が残っている。すぐには目を開けられない。  だが、このまま目を閉じていれば、姉さんにまだ寝たふりをしていると受け取られかねない。 姉さんの機嫌を損なえば、地獄が待っている。  視力の戻らない目を、痛みを我慢して強引に開く。 「今日はね、稔くんに会いたいってお友達が来たから、特別に家に入れてあげたの」 「……家に? 入れた……?」  誰をだ……? 「もう月曜日なんてやってこないもんね、だから学校のみんなも稔くんに会いたくてしょうがないみたい」  この地下室に続く階段から、明らかに姉さんのものとは違う足音がどたどたと聞こえてくる。  急ぎ足で階段を下りているのだろう。  やがて足音はこの地下室内に到着して、俺の目の前にもう一人の誰かが立った。  まだはっきりと物が見えないが、どうやら男のようだった。 「VIPからきますた。って、み、稔ッ!? おい! 大丈夫なのか?」 「その声……毒男か?」 「声って、お前まさか目が見えないのか!?」 「強い光で目がかすんだだけだ……すぐに治る……」  毒男は明らかにうろたえているようだ。  無理もない。全身傷だらけで、両手足を手錠で縛り付けられて椅子に座っているんだから。 「もう少しの辛抱だ稔! すぐにこの俺様が解放してやるからな!」  その毒男の言葉と共に、珍しく頼りがいがありそうな微笑みがうっすら目に映りこんだ。  ようやくまともに物が見えるようになってきた―― 「――ッ!?」  次に、俺の目に映ったのは。  毒男の背後で、姉さんが、髪をまとめている大きなリボンを―― 麻酔薬を染み込ませたリボンをほどいて――今にも毒男にそれを吸い込ませようと動いているところで―― 「うし――」 後ろだ。と叫んでいる途中で映像がスローモーションで流れる。 俺は絶望的な状況であることを悟った。 もう間に合わない。 「――うおおおおおおおおッ」 地下室に叫び声が反響した。 毒男の。 「え……?」  姉さんの体が、ゴムで出来たボールのようにはじかれて、壁に叩きつけられていた。 「かはっ……」  そのまま苦しそうに息を吐き出し、お腹を押さえて床に倒れこんだ。 「どうせこんなことだろうと思ったぜ! この毒男様を不意打ちで倒そうなんて甘ェんだよッ!」    俺はその瞬間、何が起きたのかを理解した。  姉さんの行動を予測していた毒男が、逆に姉さんを殴り飛ばしたのだ。 「おい、ひめ」  毒男は壁際の床で丸くなっている姉さんの側に立って言った。 「稔の手錠の鍵はどこだ」 「う……言うもんかぁ……」 「言え! さもなきゃお前が稔に与えた分と同じだけの怪我を負わせてやるぜ!」 「ゼッタイにヤダぁ……!」  毒男の脅しに対して、姉さんは駄々をこねて首をぶんぶんと振る。――涙を流しながら。 「……稔くんをここから出しちゃったら、きっとひめから離れちゃう……! そしたらせっかくの休日が終わって、また月曜日がはじまっちゃう……! そしたら稔くんはまた学校に行くようになって、他の女の子と付き合うようになっちゃう……! そんなのヤダよぉ……! げつようびも、稔くんがいなくなるのも、どっちもイヤだよ……!」  姉さんはぼろぼろぼろぼろ、涙を流し続けた。  毒男はそんな姉さんを見て、一瞬なんとも言い難い表情を見せた。 しかしすぐに元の怒りの表情に戻って、姉さんの服の襟を掴んで強引に体を持ち上げた。 「――ッ! このガキ!」  とさらに威嚇するように怒鳴ってから――なぜかその手を離した。  姉さんは床に足を着いた。  毒男はさっきまで姉さんを持ち上げていたその手をじっと見つめている。 「おい、ひめ」  毒男は床に膝を着いた。 「俺に……何をしやがった……?」  姉さんはしばらく腫れ上がった目で毒男を見下ろしていた。 そしてうっすらと笑い始めた。 「――ふふ、ふふふふは」  徐々に笑い声が大きくなっていく。 「――あはっ! あはははははははは! あふへふはひゃはは!」  狂った笑いが反響し、俺の鼓膜を揺らす。そしてこの数日で弱りきった俺の頭の中にがんがん響く。痛い。 「やっと効いた効いたー☆ 念のためさっき出したジュースに筋弛緩剤入れといてよかったー! さっきはもうダメかとおもっちゃった、あはは」 「この……がっ!」  倒れた毒男がまだ何か言おうとするが、それを遮って姉さんが顔面を蹴った。 「一般的に痺れ薬って言ったらわかるかな? しばらく全身が痺れてまともな感覚がなくなって力が入らなくなっちゃうの。 さーてどう料理しちゃおっかなー?」  そう言ってこの地下室の棚からワインボトルを抜き出し、 「考えなくてもいっか、面倒だしこれで殺っちゃお」  即座に頭を殴りつけた。  ボトルが割れて破片があたりに飛んだ。  毒男の頭が割れたのか、破片が刺さったのか、血が流れた。  そして割れたボトルの底の方から大体三分の一ぐらいが消えて、代わりにギザギザの先端が出来て――まさか。  まさかあれで、毒男を刺すつもりなのか!? 「お姉ちゃんっ!」 とっさに俺は叫んでいた。 「お願いだから毒男は許してあげてよっ! 俺はお姉ちゃんとずっと一緒に休日でもいいからっ!」  これは俺の本来の喋り方ではないが、姉さんには『姉さんではなくお姉ちゃんと呼ぶこと』『弟らしい言葉使いで話すこと』を強制されている。 それを無視することは簡単だ。だがここで姉さんを怒らせれば間違いなく毒男の命はない。 「ダメだよ稔くん」  姉さんはこっちを向いて言った。ぞっとするような笑顔だった。 「こいつは月曜日なの。稔くんを現実世界の苦難に引きずり込もうとする敵なの。 月曜日は一人たりとも生かしておいちゃいけないんだよ。――えいっ」  割れたボトルが振り下ろされた。  毒男の左腕に突き刺さった。 「――うがああああっ!」 「やめろおおおお!」  じわじわと床に赤い液体が流れる。 「もう、何度言えばわかるの? “やめてよお姉ちゃん”でしょ? ちゃんと弟っぽくしないとまた怒っちゃうよ」  そう言いながら強引にボトルを引き抜き、今度は毒男の右腕にぐさりと……。 「月曜日、か……」  毒男がぼそりと言った。 「まだしゃべる元気があるの?」 「月曜日がそんなに嫌なら死んじまえよ……」  忌々しそうに毒男が毒を吐く。  姉さんの表情が不機嫌なものに変わった。  毒男は弱々しく、だが強く動じない意志の光を目にして叫んだ。 「――月曜日ってやつはな! 仲間とつながる日なんだよッ! 苦しいこともあるだろうよ! だがそれを仲間と一緒に分けあって暮らすんだよッ! お前はどうなんだよ、ひめッ!」 「――うるさいうるさいうるさい!」 姉さんは怒り狂って毒男の背中や腕を刺しまくる。 「ひめには稔くんがいれば月曜日なんていらないのっ! 夏はクーラーをがんがんにきかせたお部屋でごろごろしながら一緒にマンガを読んで、 冬はコタツでぬくぬくしながら稔くんの作ったお鍋を食べるのっ! 一生休みがいいんだあああああああああっ!」 「この、ニート姫があッ! いい加減にしやがれえッ! お前も本当はわかってんだろうが! お前のお気楽極楽な日には学校の仲間たちとの日々も含まれているはずなんだよッ!」 「もういいッ! やっぱりこいつは今すぐ殺す!」  姉さんは割れたボトルを投げ捨てた。代わりに、もう片方の手にはいつの間にか注射器が握られている。  わざわざ毒男の目の高さに持っていき、それを見せ付ける。 「ねえ毒男、これが何かわかるかな~?」 「知るかよっ……!」 「稔くんは? わかる?」  俺は言葉に詰まった。おそらく、いや間違いなく、毒かそれに近い類の薬品だろう。  だがそれを認めてしまえば、何というか、毒男がこれから間違いなく死んでしまうことを認めてしまうみたいで、言い出すことが出来なかった。 「これはね、ひな……ひな……どこだったかな? まあとにかく、どこかの田舎町の診療所で作られた毒なの。 でも効果がちょっと変わっていて、これを投与された人間は急激に幻覚や妄想などの症状を引き起こしちゃって、 最終的に錯乱状態になって自分で自分の喉を引っかいて自殺しちゃうの。ハァハァガリガリガリガリしちゃうの。 ほんとかどうか試しに実験してみたかったんだー、あはは☆」 「やめ――!」 俺が叫びだすよりも早く、姉さんは手馴れた動作で毒男の首にそれを突き刺す。 「ろぉ――!」 「う、あああッ!」 液体が流し込まれると、すぐに毒男の様子に変化が起こった。 「ハァハァ……」  毒男はここから見ているだけでもわかるほどの大粒の汗をだらだらと流し始めた。  そして傷ついた両腕を動かして自分の喉に持っていく。 「おいっ! やめろ! やめるんだ毒男!」 「ううっ! ……あっ!」  姉さんの言った効果は嘘ではないようだった。  毒男は歯を食いしばって必死に耐えていた。 「あはははは! いつまで我慢できるかなー?」 「毒男! やめろ! やめてくれぇ!」  しかし俺の叫びもむなしく、 「ハァ、ハァ……ハァッ!」 ハァハァガリガリガリガリ。  喉を掻き毟り始めた。 「ドクオ――ッ!」 「ぷっあはははははははは!」  姉さんはひとしきり大きな声で笑い転げた後、俺の方を向いて立ち上がった。  こっちに近づいてくる。 「これでわかったでしょ? 月曜日なんていれば悲しい気持ちになるだけなの。それなら最初からなかったほうがいいの」  優しく諭すように俺に話しかける。 「毒……男……」 でも俺の頭に姉さんの言葉は入ってこなかった。 俺の目にも姉さんの姿は映っていない。 「聞いてる? 稔くん」 でもそれは毒男が死んでしまったからじゃなくて―― 姉さんの背後で、毒男が立ち上がっていたからだ。 「はっ!」  ようやく俺の視線の先に気がついたようだ。姉さんは振り返った。  血だらけになった毒男が、それでもなお、姉さんの狂気を跳ね返すほどの輝きを瞳に宿して――立っていた。 「もう一度言ってやるぜ!」  叫んだ。 「――俺を甘くみるんじゃねえッ! この毒男様が毒でやられるかよッ!」 「うそ……なんで、なんで動けるの……? なんで、生きてるのよぉ……?」 「お前が散々痛めつけてくれたからな、おかげで体の感覚が戻ってきたぜ」  毒男はふらつきながらも、じりじりと姉さんに接近していく。 「こ、こないで……ひめから稔くんを奪ったりしないで! 学校になんて連れて行かないで!」 「断る! 休日は今日で終わりだ! 言っておくが来月まで祝日はねえぞ! ――それと連れて行くのは稔だけじゃあねえ!」  そこで一息つき、毒男はまた新たな言葉を吐き出す。 「お前もだひめ! みんなで一緒に学校に通うんだよッ! 月曜日がなんだ! 一日過ぎちまえばもうそこは火曜日なんだよッ! その次は水曜日! そのまた次は木曜日だッ!」 「な、何を言ってるの?」  そして毒男はこう叫んだ。 「一日一日を大切に過ごそうってんだ! ――それが俺たちに相応しい暮らし方なんだよッ!」
< 【[[back>ひめSS04]]】 【[[next>ひめSS06]]】 > **監禁稔 ニート姫 奮闘毒男 「起きてー、起きなさいよ稔くん」 いつもの何気ない日常で俺が姉さんを起こすときのように、姉さんが俺の意識を覚醒させようとする。 「う、ううっ……」  もう何度“これが夢であってほしい”と願っただろう。  でもやはり今日も違う、これは現実なのだ。 「もう。ダメだよ、三百六十五日休日だからっていつまでも寝てちゃダメなんだからね」  俺の閉じたまぶたの上から、通常のライトの何倍もの眩しい光が染み込んでくる。  目が焼けてしまいそうだ。 「ほら、起きて稔くん、もう朝だよ」 「うああっ……!」  光から逃れようと、目を閉じたまま顔をそむけると、 「あ、起きた?」  そう言ってから姉さんはハイビームを消した。  それでも俺の網膜に光の残滓が残っている。すぐには目を開けられない。  だが、このまま目を閉じていれば、姉さんにまだ寝たふりをしていると受け取られかねない。 姉さんの機嫌を損なえば、地獄が待っている。  視力の戻らない目を、痛みを我慢して強引に開く。 「今日はね、稔くんに会いたいってお友達が来たから、特別に家に入れてあげたの」 「……家に? 入れた……?」  誰をだ……? 「もう月曜日なんてやってこないもんね、だから学校のみんなも稔くんに会いたくてしょうがないみたい」  この地下室に続く階段から、明らかに姉さんのものとは違う足音がどたどたと聞こえてくる。  急ぎ足で階段を下りているのだろう。  やがて足音はこの地下室内に到着して、俺の目の前にもう一人の誰かが立った。  まだはっきりと物が見えないが、どうやら男のようだった。 「VIPからきますた。って、み、稔ッ!? おい! 大丈夫なのか?」 「その声……毒男か?」 「声って、お前まさか目が見えないのか!?」 「強い光で目がかすんだだけだ……すぐに治る……」  毒男は明らかにうろたえているようだ。  無理もない。全身傷だらけで、両手足を手錠で縛り付けられて椅子に座っているんだから。 「もう少しの辛抱だ稔! すぐにこの俺様が解放してやるからな!」  その毒男の言葉と共に、珍しく頼りがいがありそうな微笑みがうっすら目に映りこんだ。  ようやくまともに物が見えるようになってきた―― 「――ッ!?」  次に、俺の目に映ったのは。  毒男の背後で、姉さんが、髪をまとめている大きなリボンを―― 麻酔薬を染み込ませたリボンをほどいて――今にも毒男にそれを吸い込ませようと動いているところで―― 「うし――」 後ろだ。と叫んでいる途中で映像がスローモーションで流れる。 俺は絶望的な状況であることを悟った。 もう間に合わない。 「――うおおおおおおおおッ」 地下室に叫び声が反響した。 毒男の。 「え……?」  姉さんの体が、ゴムで出来たボールのようにはじかれて、壁に叩きつけられていた。 「かはっ……」  そのまま苦しそうに息を吐き出し、お腹を押さえて床に倒れこんだ。 「どうせこんなことだろうと思ったぜ! この毒男様を不意打ちで倒そうなんて甘ェんだよッ!」    俺はその瞬間、何が起きたのかを理解した。  姉さんの行動を予測していた毒男が、逆に姉さんを殴り飛ばしたのだ。 「おい、ひめ」  毒男は壁際の床で丸くなっている姉さんの側に立って言った。 「稔の手錠の鍵はどこだ」 「う……言うもんかぁ……」 「言え! さもなきゃお前が稔に与えた分と同じだけの怪我を負わせてやるぜ!」 「ゼッタイにヤダぁ……!」  毒男の脅しに対して、姉さんは駄々をこねて首をぶんぶんと振る。――涙を流しながら。 「……稔くんをここから出しちゃったら、きっとひめから離れちゃう……! そしたらせっかくの休日が終わって、また月曜日がはじまっちゃう……! そしたら稔くんはまた学校に行くようになって、他の女の子と付き合うようになっちゃう……! そんなのヤダよぉ……! げつようびも、稔くんがいなくなるのも、どっちもイヤだよ……!」  姉さんはぼろぼろぼろぼろ、涙を流し続けた。  毒男はそんな姉さんを見て、一瞬なんとも言い難い表情を見せた。 しかしすぐに元の怒りの表情に戻って、姉さんの服の襟を掴んで強引に体を持ち上げた。 「――ッ! このガキ!」  とさらに威嚇するように怒鳴ってから――なぜかその手を離した。  姉さんは床に足を着いた。  毒男はさっきまで姉さんを持ち上げていたその手をじっと見つめている。 「おい、ひめ」  毒男は床に膝を着いた。 「俺に……何をしやがった……?」  姉さんはしばらく腫れ上がった目で毒男を見下ろしていた。 そしてうっすらと笑い始めた。 「――ふふ、ふふふふは」  徐々に笑い声が大きくなっていく。 「――あはっ! あはははははははは! あふへふはひゃはは!」  狂った笑いが反響し、俺の鼓膜を揺らす。そしてこの数日で弱りきった俺の頭の中にがんがん響く。痛い。 「やっと効いた効いたー☆ 念のためさっき出したジュースに筋弛緩剤入れといてよかったー! さっきはもうダメかとおもっちゃった、あはは」 「この……がっ!」  倒れた毒男がまだ何か言おうとするが、それを遮って姉さんが顔面を蹴った。 「一般的に痺れ薬って言ったらわかるかな? しばらく全身が痺れてまともな感覚がなくなって力が入らなくなっちゃうの。 さーてどう料理しちゃおっかなー?」  そう言ってこの地下室の棚からワインボトルを抜き出し、 「考えなくてもいっか、面倒だしこれで殺っちゃお」  即座に頭を殴りつけた。  ボトルが割れて破片があたりに飛んだ。  毒男の頭が割れたのか、破片が刺さったのか、血が流れた。  そして割れたボトルの底の方から大体三分の一ぐらいが消えて、代わりにギザギザの先端が出来て――まさか。  まさかあれで、毒男を刺すつもりなのか!? 「お姉ちゃんっ!」 とっさに俺は叫んでいた。 「お願いだから毒男は許してあげてよっ! 俺はお姉ちゃんとずっと一緒に休日でもいいからっ!」  これは俺の本来の喋り方ではないが、姉さんには『姉さんではなくお姉ちゃんと呼ぶこと』『弟らしい言葉使いで話すこと』を強制されている。 それを無視することは簡単だ。だがここで姉さんを怒らせれば間違いなく毒男の命はない。 「ダメだよ稔くん」  姉さんはこっちを向いて言った。ぞっとするような笑顔だった。 「こいつは月曜日なの。稔くんを現実世界の苦難に引きずり込もうとする敵なの。 月曜日は一人たりとも生かしておいちゃいけないんだよ。――えいっ」  割れたボトルが振り下ろされた。  毒男の左腕に突き刺さった。 「――うがああああっ!」 「やめろおおおお!」  じわじわと床に赤い液体が流れる。 「もう、何度言えばわかるの? “やめてよお姉ちゃん”でしょ? ちゃんと弟っぽくしないとまた怒っちゃうよ」  そう言いながら強引にボトルを引き抜き、今度は毒男の右腕にぐさりと……。 「月曜日、か……」  毒男がぼそりと言った。 「まだしゃべる元気があるの?」 「月曜日がそんなに嫌なら死んじまえよ……」  忌々しそうに毒男が毒を吐く。  姉さんの表情が不機嫌なものに変わった。  毒男は弱々しく、だが強く動じない意志の光を目にして叫んだ。 「――月曜日ってやつはな! 仲間とつながる日なんだよッ! 苦しいこともあるだろうよ! だがそれを仲間と一緒に分けあって暮らすんだよッ! お前はどうなんだよ、ひめッ!」 「――うるさいうるさいうるさい!」 姉さんは怒り狂って毒男の背中や腕を刺しまくる。 「ひめには稔くんがいれば月曜日なんていらないのっ! 夏はクーラーをがんがんにきかせたお部屋でごろごろしながら一緒にマンガを読んで、 冬はコタツでぬくぬくしながら稔くんの作ったお鍋を食べるのっ! 一生休みがいいんだあああああああああっ!」 「この、ニート姫があッ! いい加減にしやがれえッ! お前も本当はわかってんだろうが! お前のお気楽極楽な日には学校の仲間たちとの日々も含まれているはずなんだよッ!」 「もういいッ! やっぱりこいつは今すぐ殺す!」  姉さんは割れたボトルを投げ捨てた。代わりに、もう片方の手にはいつの間にか注射器が握られている。  わざわざ毒男の目の高さに持っていき、それを見せ付ける。 「ねえ毒男、これが何かわかるかな~?」 「知るかよっ……!」 「稔くんは? わかる?」  俺は言葉に詰まった。おそらく、いや間違いなく、毒かそれに近い類の薬品だろう。  だがそれを認めてしまえば、何というか、毒男がこれから間違いなく死んでしまうことを認めてしまうみたいで、言い出すことが出来なかった。 「これはね、ひな……ひな……どこだったかな? まあとにかく、どこかの田舎町の診療所で作られた毒なの。 でも効果がちょっと変わっていて、これを投与された人間は急激に幻覚や妄想などの症状を引き起こしちゃって、 最終的に錯乱状態になって自分で自分の喉を引っかいて自殺しちゃうの。ハァハァガリガリガリガリしちゃうの。 ほんとかどうか試しに実験してみたかったんだー、あはは☆」 「やめ――!」 俺が叫びだすよりも早く、姉さんは手馴れた動作で毒男の首にそれを突き刺す。 「ろぉ――!」 「う、あああッ!」 液体が流し込まれると、すぐに毒男の様子に変化が起こった。 「ハァハァ……」  毒男はここから見ているだけでもわかるほどの大粒の汗をだらだらと流し始めた。  そして傷ついた両腕を動かして自分の喉に持っていく。 「おいっ! やめろ! やめるんだ毒男!」 「ううっ! ……あっ!」  姉さんの言った効果は嘘ではないようだった。  毒男は歯を食いしばって必死に耐えていた。 「あはははは! いつまで我慢できるかなー?」 「毒男! やめろ! やめてくれぇ!」  しかし俺の叫びもむなしく、 「ハァ、ハァ……ハァッ!」 ハァハァガリガリガリガリ。  喉を掻き毟り始めた。 「ドクオ――ッ!」 「ぷっあはははははははは!」  姉さんはひとしきり大きな声で笑い転げた後、俺の方を向いて立ち上がった。  こっちに近づいてくる。 「これでわかったでしょ? 月曜日なんていれば悲しい気持ちになるだけなの。それなら最初からなかったほうがいいの」  優しく諭すように俺に話しかける。 「毒……男……」 でも俺の頭に姉さんの言葉は入ってこなかった。 俺の目にも姉さんの姿は映っていない。 「聞いてる? 稔くん」 でもそれは毒男が死んでしまったからじゃなくて―― 姉さんの背後で、毒男が立ち上がっていたからだ。 「はっ!」  ようやく俺の視線の先に気がついたようだ。姉さんは振り返った。  血だらけになった毒男が、それでもなお、姉さんの狂気を跳ね返すほどの輝きを瞳に宿して――立っていた。 「もう一度言ってやるぜ!」  叫んだ。 「――俺を甘くみるんじゃねえッ! この毒男様が毒でやられるかよッ!」 「うそ……なんで、なんで動けるの……? なんで、生きてるのよぉ……?」 「お前が散々痛めつけてくれたからな、おかげで体の感覚が戻ってきたぜ」  毒男はふらつきながらも、じりじりと姉さんに接近していく。 「こ、こないで……ひめから稔くんを奪ったりしないで! 学校になんて連れて行かないで!」 「断る! 休日は今日で終わりだ! 言っておくが来月まで祝日はねえぞ! ――それと連れて行くのは稔だけじゃあねえ!」  そこで一息つき、毒男はまた新たな言葉を吐き出す。 「お前もだひめ! みんなで一緒に学校に通うんだよッ! 月曜日がなんだ! 一日過ぎちまえばもうそこは火曜日なんだよッ! その次は水曜日! そのまた次は木曜日だッ!」 「な、何を言ってるの?」  そして毒男はこう叫んだ。 「一日一日を大切に過ごそうってんだ! ――それが俺たちに相応しい暮らし方なんだよッ!」 < 【[[back>ひめSS04]]】 【[[next>ひめSS06]]】 >

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
目安箱バナー