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**無題  「本当に怖い夢って、どんなのかしら」  薄暗い道の遠く先から、どおんという音が響いた。 濃い藍色の空に、華やかな色々の火花が散って、細かく爆ぜたかと思うとすぐ消えていく。  後にはまた薄闇が戻った。 ちょろちょろと云う水の流れが聞こえる。 小さな川の、ほとりの草道を歩いている。 懐中電灯の拙い光が、道先をぼんやりと照らしていた。 先輩は意識して手元をふらつかせるのか、それがまるで蛍のようにふわふわ宙を舞った。 「夢ですか。  俺なら、そうですね……」 例えば、空から墜ちる夢。 そうしていつまで経っても地面に辿り着かない。 あるいは、死霊の類に追いかけられる夢。 捕まった、と思う途端に醒めてしまう。  けれど、どれだけの夢を語ろうとも、先輩は曖昧な相づちを返すばかりだった。  やがて道の先に、一つの蹲る人影が現れた。  影は中年の女性だった。 道ばたにガラスのコップを置いて、そこへ百合の花を挿している。 薄闇の中に百合が白く、まるで亡霊の装束のようにぼんやりと立った。  先輩は彼女をちらと見もせず、ただ真っ直ぐに道を歩いた。 俺もその後を追った。 「娘はここで死んだのです」 女性がぽつりと呟いた。 俺は振り向きもせず、蹲る影を追い越した。 「思うのだけれど。  私たちは毎晩幾度も夢を見ているはずなのよねえ」 レム睡眠下での話だろう。 確かに俺たちはほとんどの夢を記憶しない。 いくつかの欠片だけが時折記憶の影にかかって、こうした場面でひょいと顔を出す。 「何が違うのかしらね?  覚えている夢と、いない夢」 「……印象的だったかどうか、じゃないんですか」 自分で言っていて、"どうも違うな"と矛盾した思いも抱いている。 何気ない風景をただ切り取っただけの、無味無臭な夢。 それがふいと脳裏へ絡みついて、いつまでも忘れられない、そんな事もある。    どおん。  花火の灯に照らされて、数歩の先を小さな地蔵が立っていた事に、初めて気がついた。  地蔵の前には初老の男性が屈んでいる。 どこか、見覚えがある。 ――男はみずきの父親だった。 「印象的。  なら、怖い夢は全て印象的だとも言えるわね。  けれど私たちは」 先輩は彼に目もくれず歩いた。 「やっぱり、そのほとんどを忘れてしまう」 俺も先輩に続いて彼を追い越す。 「みずきはここで殺されたんだ」 父親の悲哀と怨嗟が零された。 俺は先輩の後ろ姿をひたすらに追って歩いた。 「忘れてしまった夢は、もう恐ろしいものではなくなるわよねぇ」 「なるほど」 それでは、本当に怖い夢とは。  道脇のせせらぎの中で、ばしゃばしゃと云う音が立った。 手の平で水をかき乱すような。 道を照らす蛍火の中に、やがて二つの人影が揺らめいた。  影の主は俺の両親だった。  母さんは川の縁に膝をついて、水の流れを幾度も手繰っている。 震えるその肩を父さんが包み込むように支えていた。 「ひめの右手が見つからないの」 母さんの声が震えている。 川の冷たさに濡れきった、底冷えのするような声色だった。 「姉さんはお前のために死んだんだ」 父さんの淡々とした呟きは、母さんと対照的にすっかり乾ききっている。  先輩はただ前を向いて道を進んだ。 俺は後ろ髪を引かれるような思いでその後に続いた。 「稔くんはもう分かってるんでしょう?」 「何をですか、先輩」 先を行く先輩がこちらを振り返った。 電灯の逆光が邪魔をして、表情がはっきりと見られない。 「私がここに居る訳を――、黒川さんは邪魔だったの。  稔くんに惹かれすぎたから。  みずきちゃんは目障りだったの。  稔くんに擦り寄りすぎるから。  ひめっちには悪い事をしたわ。  でも、稔くんに近すぎたから」 手元の電灯をやはり弄ぶようにしながら、先輩が俺へと歩み寄ってくる。 両足が石になったかのように固まり、地面を蹴ってくれない。 「んもう、逃げちゃだめよぉ……逃がさないわよ?  私は稔くんと溶け合うの。  いつでも、貴方の中にいる」 先輩の手が俺の頬を撫でた。 ぞくりとするほどの冷たさ。 悪寒がそのまま喉元へと下りて、俺の呼吸を締め付けてくる。 次第に、意識が遠くなる。 「忘れないで」 そう呟いた先輩の目は、獲物を一呑みする蛇のように、らんらんと輝いていた。  そうして目が覚めた。 ぶはぁっ、と本当に喉を締め付けられていたかのように、無様な呼吸を繰り返した。  息苦しくて二度寝は出来そうにない。 アナログ時計の針だけがチクタク音を刻んでいる。 と、思う内に窓の外が白けてきた。  けれども、間際の夢はいつまで経っても薄れる事なく、この現実を咀嚼し続けていた。
**原文 →蓬山早紀 (黒背景) 稔「先輩…俺と、付き合ってください!」 早紀「…んもうしょうがないなぁ!あたしも好きだからしっかり捕まえておいてね」 良かった。当面の目標は下の名前呼ぶ事かな…はは。 ――数ヵ月後 包丁…?どうして俺は包丁なんて握って先輩に圧し掛かってるんだ? 早紀「ねぇ、早くそれであたしを刺して。まずは脇腹から。次はお臍の辺り…早く…!早くあたしの全てを稔くんの物にして!あたしの命も…」 俺の手は言われるがまま先輩の体を包丁で陵辱する。 先輩の全てを支配してゆく気持ちの悪い快感が俺の体内を駆け巡って行く。 ピタリと、俺の首に冷たい物が当たった。 気付けば先輩が俺の首に同じ形の包丁を突き付けていた。 ああ、これで俺は愛する人の命を奪うという世にも恐ろしい快楽から開放される。 ゆっくりと包丁が引かれた。痛みなんて無かった。 薄れていく意識の中、俺は先輩と永遠に一緒である事を祈った。 稔「うわあ!」 いつの間にか少し眠ってしまったらしい。全く馬鹿馬鹿しい妄想をしてしまったもんだ。 先輩に対して失礼すぎるぞ。まったく。 俺は姿勢を正し、改めて寝る事にした。 稔「でも…なんだか妙にリアルな夢だったな…」 **無題  「本当に怖い夢って、どんなのかしら」  薄暗い道の遠く先から、どおんという音が響いた。 濃い藍色の空に、華やかな色々の火花が散って、細かく爆ぜたかと思うとすぐ消えていく。  後にはまた薄闇が戻った。 ちょろちょろと云う水の流れが聞こえる。 小さな川の、ほとりの草道を歩いている。 懐中電灯の拙い光が、道先をぼんやりと照らしていた。 先輩は意識して手元をふらつかせるのか、それがまるで蛍のようにふわふわ宙を舞った。 「夢ですか。  俺なら、そうですね……」 例えば、空から墜ちる夢。 そうしていつまで経っても地面に辿り着かない。 あるいは、死霊の類に追いかけられる夢。 捕まった、と思う途端に醒めてしまう。  けれど、どれだけの夢を語ろうとも、先輩は曖昧な相づちを返すばかりだった。  やがて道の先に、一つの蹲る人影が現れた。  影は中年の女性だった。 道ばたにガラスのコップを置いて、そこへ百合の花を挿している。 薄闇の中に百合が白く、まるで亡霊の装束のようにぼんやりと立った。  先輩は彼女をちらと見もせず、ただ真っ直ぐに道を歩いた。 俺もその後を追った。 「娘はここで死んだのです」 女性がぽつりと呟いた。 俺は振り向きもせず、蹲る影を追い越した。 「思うのだけれど。  私たちは毎晩幾度も夢を見ているはずなのよねえ」 レム睡眠下での話だろう。 確かに俺たちはほとんどの夢を記憶しない。 いくつかの欠片だけが時折記憶の影にかかって、こうした場面でひょいと顔を出す。 「何が違うのかしらね?  覚えている夢と、いない夢」 「……印象的だったかどうか、じゃないんですか」 自分で言っていて、"どうも違うな"と矛盾した思いも抱いている。 何気ない風景をただ切り取っただけの、無味無臭な夢。 それがふいと脳裏へ絡みついて、いつまでも忘れられない、そんな事もある。    どおん。  花火の灯に照らされて、数歩の先を小さな地蔵が立っていた事に、初めて気がついた。  地蔵の前には初老の男性が屈んでいる。 どこか、見覚えがある。 ――男はみずきの父親だった。 「印象的。  なら、怖い夢は全て印象的だとも言えるわね。  けれど私たちは」 先輩は彼に目もくれず歩いた。 「やっぱり、そのほとんどを忘れてしまう」 俺も先輩に続いて彼を追い越す。 「みずきはここで殺されたんだ」 父親の悲哀と怨嗟が零された。 俺は先輩の後ろ姿をひたすらに追って歩いた。 「忘れてしまった夢は、もう恐ろしいものではなくなるわよねぇ」 「なるほど」 それでは、本当に怖い夢とは。  道脇のせせらぎの中で、ばしゃばしゃと云う音が立った。 手の平で水をかき乱すような。 道を照らす蛍火の中に、やがて二つの人影が揺らめいた。  影の主は俺の両親だった。  母さんは川の縁に膝をついて、水の流れを幾度も手繰っている。 震えるその肩を父さんが包み込むように支えていた。 「ひめの右手が見つからないの」 母さんの声が震えている。 川の冷たさに濡れきった、底冷えのするような声色だった。 「姉さんはお前のために死んだんだ」 父さんの淡々とした呟きは、母さんと対照的にすっかり乾ききっている。  先輩はただ前を向いて道を進んだ。 俺は後ろ髪を引かれるような思いでその後に続いた。 「稔くんはもう分かってるんでしょう?」 「何をですか、先輩」 先を行く先輩がこちらを振り返った。 電灯の逆光が邪魔をして、表情がはっきりと見られない。 「私がここに居る訳を――、黒川さんは邪魔だったの。  稔くんに惹かれすぎたから。  みずきちゃんは目障りだったの。  稔くんに擦り寄りすぎるから。  ひめっちには悪い事をしたわ。  でも、稔くんに近すぎたから」 手元の電灯をやはり弄ぶようにしながら、先輩が俺へと歩み寄ってくる。 両足が石になったかのように固まり、地面を蹴ってくれない。 「んもう、逃げちゃだめよぉ……逃がさないわよ?  私は稔くんと溶け合うの。  いつでも、貴方の中にいる」 先輩の手が俺の頬を撫でた。 ぞくりとするほどの冷たさ。 悪寒がそのまま喉元へと下りて、俺の呼吸を締め付けてくる。 次第に、意識が遠くなる。 「忘れないで」 そう呟いた先輩の目は、獲物を一呑みする蛇のように、らんらんと輝いていた。  そうして目が覚めた。 ぶはぁっ、と本当に喉を締め付けられていたかのように、無様な呼吸を繰り返した。  息苦しくて二度寝は出来そうにない。 アナログ時計の針だけがチクタク音を刻んでいる。 と、思う内に窓の外が白けてきた。  けれども、間際の夢はいつまで経っても薄れる事なく、この現実を咀嚼し続けていた。

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