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< 【[[back>忘れたい思い出]]】 【[[next>頼まれ委員長 2]]】 > **頼まれ委員長  「また忘れ物か……」  この高校に入ってから何度目かわからない忘れ物。  今日の忘れ物は、授業で使った体育着だった。  取りに戻ることもないかと思ったが、一日置いて嫌な臭いになったものを机の脇にかけていては、俺の品性が疑われてしまう。  元からそう大した品性では無いにせよ、周囲の人間に不快な思いをさせることは避けたい。 「しかし、こうも忘れ物が多いと、自分の脳みそ大丈夫なのか不安になるな……」  自分の頭を叩きつつ、いつものように人の居ない廊下を歩いた。  最後に出た人間が閉めていかなかったのだろう。  教室の戸は開いていて、中の様子がすぐに目に飛び込んできた。 「委員長……?」  橙赤色に染まった教室の中で、委員長が一人机に向かっていた。  見ると、何やら黙々と手を動かしている。  作業に集中しているようで、俺が来たことに気づいていない様子だった。 「委員長、何やってるの?」 「え? 藤宮君?」  手を止めて、こちらを振り返る。  机の上には紙の束が置かれていた。 「何やってるの?」  話しかけながら、委員長の前の席の椅子に座った。 「少しお仕事を」 「これって……」 「ええ、いつも保健委員の方が配る冊子ですね」 「委員長、保健委員も兼ねてたんだっけ?」 「違いますが……頼まれまして」 「保健委員本人は?」 「今日は色々忙しいそうですよ」  困ったように笑って、委員長はまた作業に戻る。  パチン、パチン、とホチキスで閉じる音が、教室に響いた。  保健通信一月号と題された薄い冊子が、委員長の机の端に積まれていく。  どんな内容なのだろう。  手にとって見ると、『避妊具の重要性!』という小見出しが目に入った。 「な、何だこれは……」 「今月は性教育特集らしいですね」 「性教育って……いいのか、こんな生々しいの配って。一応うちの高校、生徒手帳に『不純異性交遊を禁じる』ってあった気がするけど」 「そうですが、やめろと言って止められるものでもなし、先生方も諦めているのでしょうね」 「うーん……」  同級生の女子とこんな話をするのは、非常に気まずく感じる。  委員長は平気な顔をしているけど、こういうの気にしないんだろうか。 「……あのさ、委員長は、こういうのどう思う?」 「こういうの……とは?」 「その、男女の付き合いとかについて」 「そうですね……皆さんのやりたいようにすればいいと思いますよ」 「おおらかなんだな、委員長は」 「……まあ、性交渉については、試みる気になりませんけれど」 「え、どうして?」  かなり際どい話になっている気がしたが、聞かずにはいられなかった。 「私には少し荷が重いです」 「ええと……どの辺が?」 「どうしようもない遺伝子を残しても、後の世に迷惑がかかるじゃないですか」 「俺たちくらいの年で、子供を残そうとか考えてエッチなことしてる奴らは、まずいないと思うよ……」  さすが委員長は気にすることが違う。  世代単位で人に気を遣うあたりがすごい。 「それに、委員長の子供なら、すごくいい子だろうから、迷惑なんてことはないと思うけど」 「え? どうしてそう思えるんですか?」 「委員長がいい人だからさ。今だって、こうやってみんなのために色々働いて。俺なんか、やれって言われてもやらないし、委員長はすごい人だなっていつも思うよ」 「別に……すごくなんかないですよ。私からすれば、藤宮君の方がすごいですから」 「ええ? 俺が?」 「……藤宮君は……他の人のために何かしなくても生きていけるでしょう?」 「……?」  窓から差し込む西日が委員長の顔に深い陰影をつけて、その表情はよくわからない。  ただ、レンズの向こうの瞳が、妙に虚ろに黒ずんで見えた。 「私は、こうやって色々やらなきゃ、生きていけませんから」 「えー……つまり委員長は、根っからの福祉精神の持ち主で、いつも人を助けずにはいられない……と?」 「ふふ……違いますよ」  委員長は笑っている。  いつもと変わらない笑顔。  でも、喉から漏れる笑いは、どこか平坦に感じた。 「藤宮君は、そこにいるだけでみんな喜びます」 「え? えーと、褒めてくれてるの?」 「私は、役に立たなければみんなの傍にいられません……」 「え……?」 「藤宮君みたいな人こそ、子供を残すべきなんでしょうね。そうしたら未来の人も幸せになれるでしょう」  バチンと、一際大きな音でホチキスの針が閉じられる。  委員長は顔を伏せて、そのまま動かなくなった。 「い、委員長?」 「……」 「委員長、あの……悩みとかあるんなら、俺に……」 「ふふふ……なんちゃってなんちゃって」  不意に委員長が顔を上げる。  そこには、いつもの柔らかな微笑があった。 「え?」 「自分を落として相手を上げる……褒め殺しの練習でした」 「へ?」  意味がわからない。  頭の中が真っ白になった。 「もうそろそろ作業は終わりますから。良ければ一緒に帰りませんか?」 「ああ、うん、いいよ。俺も残ってるの手伝うよ」 「ありがとうございます。藤宮君は、優しいですね」  それからの委員長はいつも通り。  穏やかに、最近読んでいる本の話を聞かせてくれた。 < 【[[back>忘れたい思い出]]】 【[[next>頼まれ委員長 2]]】 >

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