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百合SS02 - (2008/09/25 (木) 21:04:49) のソース

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**昼 委員長 犬

昼休み…、それは平日の学生に許された長い休み時間…
「いいのか? そんな誘いに乗って? 俺はどんな奴でもサッカーに誘っちまう奴なんだぜ?」
そんな毒男たちの誘いにホイホイ乗って俺はサッカーに興じている…
「ムシャムシャしてやった。今は反すうしている」
今はそんなセリフを吐いて投げ出したい気持ちで一杯だ。

校庭のど真ん中でガチガチ震えながらボールの動きを目で追っていると、近くにボールが落ちてバウンドする。
「稔!ボール行ったぞ!!!」
遠くで長岡の声がして走り出すが、寒さのせいでぎこちない動きになってしまった。
「ヒャッホー! いただきぃ!」
毒男が華麗にボールを奪い去るとそのまま一人でボールをゴールに叩き込んだ。
その瞬間、相手からは歓喜が上がり、見方からは落胆の声が上がった。

無言のまま長岡が近づき、俺をボカッと殴った。
「いてぇ! 何すんだよ!」
「稔、お前、これで三回目だぞ?」
三回目とは俺の目の前に落ちたボールを毒男が奪い取りゴールに叩き込むんだ回数ことだ。
長岡は校庭でうなだれる面子を指差す。この勝負に負けると一週間ジュースを相手におごらなければならないのだ。
「すまん…、寒くて体が動かないんだ」
『ボカッ』また無言で長岡に殴られた。

「お前今日はやたらと暴力的だな」
「稔! お前なあ、ジュース一週間分だぞ? 寒さなんかに挫けてどうするよ!?」
おっぱい以外でも真剣になるのかと殴られた部分を手で押さえて感心している俺を尻目に長岡は語り続ける。
「せっかくおっ○いスライダーを買うためにこつこつためておいた貯金を果たさせる気か!」
やはりおっぱいか…とあきれた表情を浮かべていると長岡の語りがぴたりと止まった。
「走ると体が温まるぞ! ちょうどそこに犬もいるし、犬に追いかけてもらえ!」
振り向くと大きな犬が毒男に飛び掛って噛み付く瞬間だった。

「痛えええぇぇぇ!」
毒男が叫び声をあげる。犬は毒男がショックで気絶するまで何度も噛み付いていた。
そして毒男から反応がなくなると犬はおもむろに頭を上げる。口元は赤く染まりふざけての甘噛みではなく本気噛みだった。
校庭にいた全員がクモの子を散らすようにその場から逃げようとした。

しかし、逃げ惑う俺たちを見て興奮したのか犬はよりによって俺を次の獲物として認識したようだ。猛烈な勢いで突進してくる。
もちろんやられたくないので俺は駆け出した。時間稼ぎもあるし何より他の人間を危険に晒すわけにはいかない。

冬の昼休みに外にいる人間はまずいないし、中途半端な時間で移動する人間もいないと思い渡り特別教室へ続く廊下を目指して走った。
だがこういう予想外の出来事には予想外のことが重なることも多い。走っていく先には委員長がいた。
「委員長! 逃げろ!」
委員長が声に気づきこちらを見る。まだ俺の後ろにいる犬には気がついていないようできょとんとしている。

俺が進路を変えようとしたとき、犬は俺を追い抜いていった。その先には委員長がいる。
『委員長が襲われてしまう』そんなことを考えた時には犬は委員長に飛び掛っていた。

襲われた反動でゴロゴロと転がる委員長と犬。だがなぜか悲鳴が聞こえることはなかった。
委員長が馬乗りになり犬を押さえつける不思議な光景が見えた。急いで駆け寄ると委員長は犬の首の側面を押さえつけていた。
始めはじたばたとする犬だったが程なくして動かなくなっていた。別に死んでいるわけではないただ気絶をしているようだった。

「大丈夫か!?」
何人もの先生が騒ぎを聞いて駆けつけたが、既に騒ぎの元凶は泡を吹いて地面に伏していた。
その後、事情を聞かれたが突然のことでよく覚えていないと言うとすぐに釈放してもらい授業が始まるまで時間をつぶしていた。

放課後、相変わらず頼まれごとで教室に残る委員長と昼休みのことを話した。
どうしてそこにいたのか、どうして無事だったのか、怪我はないか…。いくつも聞きたいことはあったが、とりあえず犬に何をしたのか聞いてみた。

「とっさのことであまり覚えていないのですが、たぶん動脈を押さえて気絶させたのだと思います…」
いつもと同じ声の抑揚、表情のはずだがなんとなく違和感を覚えた俺は委員長が嘘をついているような気がした。
「動物は好きですけど、襲われるのは嫌ですね」
「当然でしょそれはw」
俺が笑いながら返事するとつられて委員長も笑い出した。笑っている委員長を見るとさっきの違和感はなかった。
『きっと考えすぎだったんだろう』と思い、俺は違和感の記憶を忘却の彼方へ流してしまった。

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*委員長とボールペン

四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴ったが、ググレの野郎は未だに黒板に向かって理解しづらい公式を書き殴っている。
「――であるからして、この公式から先生の頭脳の偉大さが分かるだろう。こればかりは辞書にも検索サービスにも載っていない。貴様らが知らなくても恥ずべきことではないぞ」
……何を言ってんだあのググレカスは。
しかも、黒板の文字の読みにくさと言ったら、現代の日本語じゃなくて古代中国の亀甲文字かと疑いたくなるくらいだ。
よくまあ、みんな、あんな下手糞な字をノートに書き取れるもんだな。
ちょっと気になったので視線を黒板から離し、手近なところでジョルジュの方を見てみた。
長岡は――あいつはノートに向かって一心不乱に書き込んでいた。
誤解の無い様に付け加えておくが、あいつがノートに書いているのは黒板の文字じゃない。おっぱいだ。
ググレのような糞つまらない授業のとき、長岡はノートに理想のおっぱいを描いている。
『好きこそ物の上手なれ』なんて言うけど、おっぱいだけなら長岡は神絵師だ。それ以外は幼稚園児以下だったけど。
ドクオはなんというか、予想通りに面倒くさそうな顔で窓の外を眺めていた。
最後に俺は、チラっと隣の席の委員長を見てみた。
……さすが委員長だ。真面目にノートを取っているじゃないか。
頼めば、後で内容を写させてもらえるだろうか?
もちろん、長岡じゃあるまいしタダで頼むなんて事はしない。
俺は財布の中の軍資金の残額を思い出す。学食のラーメンなら、確か一杯分は奢れる程度の金はあったはずだ。

「以上、今日の授業はここまでだ。今日の授業について質問は受け付けんぞ。黒川さん、号令」
「起立。気をつけ――礼」
ググレがお定まりのセリフを吐いて、昼休みに五分以上食い込んだ四時限目がようやく終わった。
ノートと教科書を机にしまいこんだ委員長に俺は声をかけた。
「なあ、委員長。学食、一緒に行かないか?」
「え……私と、ですか?」
きょとんとする委員長。普段が真面目で凛々しいだけに、その表情は幼さにも似た愛らしさがあり、思わずドキッとしてしまった。
「あ、あぁ……その……さっきの授業のノートを貸して欲しくてさ……」
「ノートでしたら、いつでもお貸ししますよ?」
委員長が、ごそごそとしまったノートを机から取り出そうとする。
「いやいや、タダで借りるのも悪いし。前払いっつーことで学食のラーメンでもどうかなーって思ったんだけど……ダメかな?」
……いきなり強引過ぎただろうか?
ノートを借りたいのは本心だが、それ以上に委員長と一緒に飯を食いたいという本音もある。
なので、恐る恐る聞いてみたのだが。
「駄目なわけありません。それでしたらお言葉に甘えます」
委員長は逡巡することなく二つ返事で席を立った。
ラーメンが好物だと聞いといてよかったぜ。
俺は心の中でガッツポーズをしながら、委員長のラーメン好きに感謝した。

■ ■ ■

ググレのせいで出遅れたのもあったが、やっぱり学食は混みあっていた。
「藤宮君のお陰で、売り切れる前にラーメンが買えました」
「あぁ、うん……それは良かった……ね……」
紅しょうがを山のように盛り付けた塩ラーメンをトレーに乗せたまま、委員長がにこやかに笑った。
……さすがに載せ過ぎじゃないかと思う。これじゃまるで紅しょうがラーメンだ。
「やっぱさ……委員長って、味オンチだよね」
「ひ、人が気にしていること、言わないでください……」
恥ずかしそうにうつむく委員長。そんな顔も可愛いと思う俺はSなのかもしれない。
「さて。飯は買えたけど座れそうな場所は……っと」
生徒たちで混み合う食堂の中を見回し、
「おっ、いたいた。おーい、伊万里ー」
冷水器近くのテーブルで昼食を取っている伊万里に声をかけた。
「って、お前もラーメンかよ」
「なにさ、ボクが何食べようとボクの勝手でしょ? てか、ボクにラーメンを食べるなって言うの?」
「んな事言うかよ。お前の好きなもの食えよ。ラーメンでもツタンカーメンでも」
「そうそう、あの渇き具合がビーフジャーキーみたいで……ってンなもんなんか食えるかっ!」
さすが幼馴染。こういうノリツッコミはお前がナンバーワンだ。
と、挨拶代わりのネタが終わったところで、伊万里は俺の隣にいる委員長に気がついたらしい。
「およ? みのりんと委員長ってなんか珍しい組み合わせじゃない?」
「珍しいとか言うなよ。クラスメイトだから一緒に飯だって食うさ。ま、そういうわけなんで、座らせてもらうぞ」
半ば強引に俺はテーブルに着いた。委員長も、少し迷っていたようだったがラーメンの誘惑に負けたのかトレーをテーブルにおいて席に着く。
まあ麺類は時間が経つとノビてしまうから、早く食べなきゃいけないよな。

「いただきます」
俺は目の前のゴーヤチャンプル定食に軽く手を合わせて、山と盛られたチャンプルから箸をつけていった。
……ゴーヤは正直苦手だ。こんな苦いものを食べるなんて沖縄の人たちはチャレンジ精神が豊富だと思う。
なんで、好きでもない物を頼んだかというと、塩ラーメンが意外に高かったのと俺が財布の残額を一桁間違えて覚えていたことが原因だ。
委員長はと言えば、レンゲに麺と紅しょうがを載せると、細長く息を吹きかけて麺を冷ましながら食べている。
どうやら眼鏡が曇るのを徹底的に避けているようだ。その気持ちは分からなくもなかった。
「くそ……どうしてこんなに苦いんだ……」
「よう、稔。お前、ゴーヤなんか食ってんのか?」
俺がゴーヤ独特の苦さを味わっていると、ドクオと長岡が一緒にやって来た。
どうやら二人も座る場所を探していたようだ。
「ちょっと邪魔するよ」
ドクオたちは手近なテーブルから椅子を二脚持ってくると、俺たちのテーブルに座った。
ちなみにドクオの昼食はエビフライ定食。長岡のはおっぱいプリンだった。
「女子の目の前でおっぱいプリンを躊躇いもなく喰うだなんて……さすが長岡だ。俺には恥ずかしくて出来ないことを平然とやってのけるっ! けど痺れもしないし憧れもしねえというかセクハラだぞセクハラ。いつか訴えられるぞお前」
それ以前に、おっぱいプリンを売っているうちの学食がアレ過ぎる。カオスだ。
「稔、そんなに誉めるなよ。照れるじゃないか」
「誉めてねえよ。照れるな。キモい」
「あはは、ジョリーはいつ見ても面白いね」
「まあ……確かに長岡君は、あまりいないタイプのキャラクターですよね」
爆笑する伊万里につられて、苦笑する委員長。
委員長のことを暗いとか無愛想だとか言う奴がいるけど、それは大きな間違いだ。彼女は、こんなにも違った表情を見せてくれている。

昼食は和気藹々と――長岡が、おっぱいプリンにハチミツと練乳を1:2で混ぜたシロップをぶっかけ、チェリー色したティクビからむしゃぶりつくといった暴挙を除けば――過ぎていった。
「つーかさぁ。ググレの野郎、マジ調子乗ってるよな」
冒涜的な方法でプリンを喰らい尽くした長岡が、腹をさすりながら言った。
「あいつのせいで、俺はおっぱいプリンを一組しか買えなかったんだぜ。いつもなら、もう一組買っておいて下校中に愛でることも出来たのに!」
……いつもそんなことしてるのか。
長岡のおっぱいにかける情熱というか異常性はさておき、ググレカスの奴がムカつくのは俺も同意見だ。
「だよねー。あの先生、質問しても『自分で調べろこのクレクレ厨がッ!』とか言うんだもん。ボクもあの人の授業受けたくないよ」
伊万里も腹立たしいことを思い出したのか、ムッと頬を膨らませた。
「まあまあ。九暮先生はきっと、私たちが与えられるのを待つだけの人間にならないように、あえて質問に答えないのかもしれませんよ?」
「いや、委員長。さすがにそれは好意的な解釈が過ぎないか?」
そんな立派なことを考える教師が、俺を目のカタキにするわけ無いだろう。
「マジでホント、あのググレの奴、卒業までに一回シメてボコボコにしてやんよ」
シュッシュッ、と中空にジャブをかます長岡。おっぱいプリンを二組買えなかったのが、相当頭にきているらしい。
「んな面倒くさいこと、やめとけって」
ダルそうにドクオが言った。
「大体、お前に先生を殴れる度胸があるとは思えん」
ドクオの指摘は正しい。俺は思わずうなずいた。
「ジョリー……ボクも暴力に頼るのはどうかと思うよ?」
「私も……長岡さんには、一歩を踏み出せる勇気が無いと思います……」
伊万里もさることながら、あの委員長でさえも遠慮がちに同意している。
まさに四面楚歌とはこのことだ。
「ち、畜生っ! お、俺にだって度胸くらいあるさ!」
長岡は涙目になりながら、制服の胸ポケットからボールペンを取り出した。
テーブルの上に左手を投げ打ち、指と指の間を限界まで開く。
「あ、あれは、もしや噂に聞く『拿畏怖外射武(ナイフゲーム)』!!」
「知っているのか伊万里!?」
「『拿畏怖外射武』とは……古代中国の殷王朝時代の拷問を元に生まれた度胸試し。
 指の間を刃物が跳ね回ることから指間跳刀とも呼ばれ、その熾烈なプレッシャーから手先を誤り、指を落すものも多かったとか!
 余談だが『指を詰める』とは後漢の武将、建韓中(ケンカンチュウ)が敵軍につかまった際、指をすべて切り落してこの度胸試しを行って勇気を示した故事が元になっているとか」
「……即興でそこまで出てくるお前の才能が怖いぞ」

「いいか、見てろよ。おっぱいの求道者ジョルジュ長岡様の生き様をッ!」
大見得を切った長岡はボールペンを勢いよく親指と人差し指の間に――

ざくっ

「うわああぁぁああぁぁぁあああぁぁぁあっ!!?」
狙いがそれて思いっきり人差し指に突き刺さっていた。
「うわー……ボク、あんなAAみたいな顔で悲鳴上げる人、はじめて見たよ……」
「痛ぇぇぇ、いでぇよぉぉぉぉぉっ!!」
痛みとショックで我を失ってるなんて、どこの拳法殺しだお前は。

バシャっ

今にも平手で襲い掛かってきそうな長岡の顔に透明の液体がぶちまけられた。
「ひっ――冷てぇ――!」
「落ち着いてください。長岡君」
水をかけたのは委員長だった。底に滴の残ったコップをテーブルに置き、きわめて冷静な声で言った。
「その程度の傷では、人は死にません」
「で、でも……痛いし、血が……たくさん出てるし……」
「成人男性でも総血液量の3分の1……およそ1.5リットルを失わない限り、失血性ショックは起きません。
 それに見たところ、あなたが傷つけたのは静脈のようですよ。血の色が黒ずんでいます。ヘモグロビンの酸素含有量が少ない証拠ですね」
冷静で理性的な論調に、長岡の表情にも落ち着きが戻ってくる。
「ボールペンはまだ抜かない方がいいですね。保健室に行って養護の先生に診てもらってからの方がいいでしょう。
 手首の……そう、そこ。そこが止血点です。そこを押さえて……ええ、でもあまりキツく押さえると血が行きにくくなりますから、時折緩めてくださいね。
 ドクオさん、長岡君を保健室に連れて行ってください」
てきぱきと指示を飛ばす委員長。
「……あいよ」
さすがのドクオも今回ばかりは自分が煽った負い目があるのか、どんよりとした顔の長岡を連れて食堂を出て行く。

昼休みが終わりに近づいてきたこともあって、食堂の慌しさは先ほどまでの騒然としたものから、日常的な喧騒に戻っていた。
「すごいな。委員長は……」
俺は思わず呟いた。
「え、何がでしょう?」
「いや、委員長って傷の処置とか色んな事を知ってるんだなと思ってさ」
「すごくなんかないですよ。全部、父に教わっただけのことですから」
「だとしても、それを覚えて実行できるのは素直にすごいと思うよ。ほら、俺なんか血が出てきただけで半分パニくってたもの」
「まあ……私は、血とか見慣れてますから」
はにかむように微笑む委員長だったが、それを聞いた伊万里が顔を真っ赤にした。
「い、委員長……そ、それって下ネタだよぉ……」
「え? 何が…………あ」
伊万里がどうして照れてうつむいているのか、委員長は訳が分からないようだったが、だんだん理解をしてきたのか、頬に赤みが増していった。
「あ、あの……小金沢さん、藤宮君……私、そ、そんな意味で言ったんじゃ、な、ないんです……けど……!」
「そっ、そうだよ伊万里。委員長が下ネタなんか言うわけないじゃないか。何言ってんだよバカだなあ」
「そそ、そうだよねー。さっき聞こえたのはボクの幻聴に違いないよ。最近足音が一つ多く聞こえたりするからその関係だよね!」
気まずさを吹き飛ばすように、とにかく俺たちはお互いを誤魔化しあうように笑いあっていた。
さすがに委員長は、俺たちみたいに馬鹿笑いはしなかったけど――
「……くすっ」
嬉しそうな笑顔が見られたのは、ものすごい収穫だったと思う。


ちなみに、長岡の怪我は2週間ほどで治るそうだ。


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