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頼まれ委員長 - (2010/02/10 (水) 05:43:52) のソース

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**頼まれ委員長 

「また忘れ物か……」 
 この高校に入ってから何度目かわからない忘れ物。 
 今日の忘れ物は、授業で使った体育着だった。 
 取りに戻ることもないかと思ったが、一日置いて嫌な臭いになったものを机の脇にかけていては、俺の品性が疑われてしまう。 
 元からそう大した品性では無いにせよ、周囲の人間に不快な思いをさせることは避けたい。 
「しかし、こうも忘れ物が多いと、自分の脳みそ大丈夫なのか不安になるな……」 
 自分の頭を叩きつつ、いつものように人の居ない廊下を歩いた。 
 最後に出た人間が閉めていかなかったのだろう。 
 教室の戸は開いていて、中の様子がすぐに目に飛び込んできた。 
「委員長……?」 
 橙赤色に染まった教室の中で、委員長が一人机に向かっていた。 
 見ると、何やら黙々と手を動かしている。 
 作業に集中しているようで、俺が来たことに気づいていない様子だった。 
「委員長、何やってるの?」 
「え? 藤宮君?」 
 手を止めて、こちらを振り返る。 
 机の上には紙の束が置かれていた。 
「何やってるの?」 
 話しかけながら、委員長の前の席の椅子に座った。 
「少しお仕事を」 
「これって……」 
「ええ、いつも保健委員の方が配る冊子ですね」 
「委員長、保健委員も兼ねてたんだっけ?」 
「違いますが……頼まれまして」 
「保健委員本人は?」 
「今日は色々忙しいそうですよ」 
 困ったように笑って、委員長はまた作業に戻る。 
 パチン、パチン、とホチキスで閉じる音が、教室に響いた。 

 保健通信一月号と題された薄い冊子が、委員長の机の端に積まれていく。 
 どんな内容なのだろう。 
 手にとって見ると、『避妊具の重要性!』という小見出しが目に入った。 
「な、何だこれは……」 
「今月は性教育特集らしいですね」 
「性教育って……いいのか、こんな生々しいの配って。一応うちの高校、生徒手帳に『不純異性交遊を禁じる』ってあった気がするけど」 
「そうですが、やめろと言って止められるものでもなし、先生方も諦めているのでしょうね」 
「うーん……」 
 同級生の女子とこんな話をするのは、非常に気まずく感じる。 
 委員長は平気な顔をしているけど、こういうの気にしないんだろうか。 
「……あのさ、委員長は、こういうのどう思う?」 
「こういうの……とは?」 
「その、男女の付き合いとかについて」 
「そうですね……皆さんのやりたいようにすればいいと思いますよ」 
「おおらかなんだな、委員長は」 
「……まあ、性交渉については、試みる気になりませんけれど」 
「え、どうして?」 
 かなり際どい話になっている気がしたが、聞かずにはいられなかった。 
「私には少し荷が重いです」 
「ええと……どの辺が?」 
「どうしようもない遺伝子を残しても、後の世に迷惑がかかるじゃないですか」 
「俺たちくらいの年で、子供を残そうとか考えてエッチなことしてる奴らは、まずいないと思うよ……」 
 さすが委員長は気にすることが違う。 
 世代単位で人に気を遣うあたりがすごい。 

「それに、委員長の子供なら、すごくいい子だろうから、迷惑なんてことはないと思うけど」 
「え? どうしてそう思えるんですか?」 
「委員長がいい人だからさ。今だって、こうやってみんなのために色々働いて。俺なんか、やれって言われてもやらないし、委員長はすごい人だなっていつも思うよ」 
「別に……すごくなんかないですよ。私からすれば、藤宮君の方がすごいですから」 
「ええ? 俺が?」 
「……藤宮君は……他の人のために何かしなくても生きていけるでしょう?」 
「……?」 
 窓から差し込む西日が委員長の顔に深い陰影をつけて、その表情はよくわからない。 
 ただ、レンズの向こうの瞳が、妙に虚ろに黒ずんで見えた。 
「私は、こうやって色々やらなきゃ、生きていけませんから」 
「えー……つまり委員長は、根っからの福祉精神の持ち主で、いつも人を助けずにはいられない……と?」 
「ふふ……違いますよ」 
 委員長は笑っている。 
 いつもと変わらない笑顔。 
 でも、喉から漏れる笑いは、どこか平坦に感じた。 
「藤宮君は、そこにいるだけでみんな喜びます」 
「え? えーと、褒めてくれてるの?」 
「私は、役に立たなければみんなの傍にいられません……」 
「え……?」 
「藤宮君みたいな人こそ、子供を残すべきなんでしょうね。そうしたら未来の人も幸せになれるでしょう」 
 バチンと、一際大きな音でホチキスの針が閉じられる。 
 委員長は顔を伏せて、そのまま動かなくなった。 

「い、委員長?」 
「……」 
「委員長、あの……悩みとかあるんなら、俺に……」 
「ふふふ……なんちゃってなんちゃって」 
 不意に委員長が顔を上げる。 
 そこには、いつもの柔らかな微笑があった。 
「え?」 
「自分を落として相手を上げる……褒め殺しの練習でした」 
「へ?」 
 意味がわからない。 
 頭の中が真っ白になった。 
「もうそろそろ作業は終わりますから。良ければ一緒に帰りませんか?」 
「ああ、うん、いいよ。俺も残ってるの手伝うよ」 
「ありがとうございます。藤宮君は、優しいですね」 
 それからの委員長はいつも通り。 
 穏やかに、最近読んでいる本の話を聞かせてくれた。


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