――まだ次元転移に慣れていない頃、ZEROは次元の狭間(パラレルワールド)(死後の世界)に迷い込んだ。
暗い世界に似合わぬ程、狂い咲く桜の樹。そこにただ一人たたずむ盲目の女性と出会った。
弱り、かすれた声で女はZEROに言った……。
「大切な者に裏切られ、辱められ、哀しみのあまり自ら光を断ちました」
「その哀しみで流した血や涙に怨念が宿り、邪神(邪心)を産み出し、 あらゆる世界に飛散させてしまうという大罪を犯してしまいました」
「私が愛した世界から、全ての罪を、邪神(邪心)を断ち斬って欲しいのです……」
光無き眼から涙を流し、目の前にいるであろうZEROに対して懇願する。
しばしの沈黙の後、大きく息を吸い、ZEROは女に言う。
「キミを裏切ったヤツに、キミの目の前で“ゴメンナサイ”って言わせてやる。」
「ここから連れ出して、ここではない世界へ連れてってやる。光も絶対に取り戻す」
「俺は決して裏切らない」
ZEROはまっすぐな眼で女にそう告げた。光無きその眼にZEROの眼を見ることはできなかったが、それでも女はゆっくりと頷いた。
女の弱々しい手を取ると、女は無から淡い蒼に輝く一振りの美しい刀を産み出し、ZEROに握らせた。
「では、まず最初の罪を。邪神(邪心)を断ち斬って下さい。“私”という愚かな女を…」
ZEROは選択を迫られた。この女を殺すか。否か。
長い長い葛藤。1秒が1年に感じる程の感覚に吐き気を感じた。
「キミの、名前は?」
長い沈黙の末、ZEROは女に聞いた。女は静かに答える・・・。
「私は……――――です。」
女の名前を聞くと、ZEROは渾身の思いで女に刀を突き立てた。刺したところから暗い世界をも照らす光が溢れた。
やがて光が収まると、そこには女の姿は無かった。ZEROの手に握られた刀は、さらに蒼を輝かせている。
「どう……して……?」
刀から声が響く。刺した女の声。刺す前よりも、生気を帯びているようにさえ聞こえる。
ZEROは刀をかざす。すると先ほどの女が刀から現れた。いまだ状況が掴めぬ女に対し、ZEROは少年のように笑み、女に言った。
「俺が断ち斬ったのはキミの罪で、キミの名だ。もう、――――は死んだ」
「今からキミの名は、“十六夜”だ」
「俺と一緒に元のキミが作り出した罪を。邪神(邪心)探しを手伝ってもらうよ」
死を否定したZEROが出した選択。それは十六夜という新たな命を作り出す程、運命を捻じ曲げる程の想いの強さだった。
弱々しかった女の姿は、見る見る内に生気を取り戻していく。生前の美しい姿を取り戻していく。
金色の長い髪をゆらめかせ、天女のような法衣を纏った女性。…ここに、十六夜と、聖剣・十六夜は誕生した。
眼の光こそ取り戻せなかったが、手探りでZEROを見つけ、柔らかな笑顔を見せる。
そこに、魑魅魍魎たちの怨念の声が響く。招かれざる生者を嗅ぎ付け、死者の世界に引きずり込まんと牙をむき出し、眼光を照らしたのだ。
十六夜はたじろき、怯えた表情を見せた。どこか、諦めにも似た声色でZEROに告げる。
「いくら生まれ変わったとは言え、私は既に死んだ身です。この死者の国の食べ物も口にしました」
「ここから出ることなど、到底不可能です。どうか私など置いて行って下さい……」
涙を浮かべる十六夜。ZEROはそっとその涙を拭い、十六夜を刀に引き戻す。
刀は蒼く光り、刀剣へと形を変える。太刀とも呼べるし、大剣とも呼べるその十六夜を、深く、どっしりと腰に構え眼を閉じる。
「言った筈だ。俺は、決して裏切らないと。キミをここから連れ出すと……!!」
ZEROの意志に呼応するかのように、十六夜の刀身が蒼く蒼く輝きだす。
輝きが最大になり、ZEROは虚無の闇めがけ一薙ぎ、一閃の閃光が次元を斬り裂いた。
すぐさま次元の裂け目に向かって跳ぶ。ZEROが裂け目を潜った瞬間にそれは閉じ、魑魅魍魎たちの爪は虚無を裂いた。
――転移した先は、どこかの惑星だった。緑溢れるその世界で、改めて十六夜を呼び出した。
いまだ信じられないという顔をした十六夜に、ZEROは「もう大丈夫」と笑って見せた。
その笑顔は見れずとも、十六夜の肌に感じる空気、風、足元に咲く花の香りが、自然と彼女を納得させた。
十六夜はゆっくりと、ZEROに向かって膝をつき、3つ指をそっと添えて頭を深々と下げた。
「十六夜として、あなたの武器として、私は貴方様と共にあることを願います」
「貴方様に降りかかる罪ならば共に背負います。罰ならば共に受けます。どうか……どうか……もう、私は」
懇願する十六夜の肩に、ZEROの手がそっとかけられる。眼に見ることはできずとも、片膝をついたZEROがそこにいるのが分かった。
ZEROは変わらぬ笑みを浮かべ、十六夜に言った。
「俺の名は、ZEROだよ。これから宜しくな。十六夜。」
肩から伝わる手のぬくもりが愛しかった。一筋の涙が十六夜の頬を伝うと、ZEROはそれを拭った。
「私はこの世界が好きです。愛しくて仕方ありません。ZEROさまという、この世界が……」
十六夜はZEROに顔を近づけ、眼を閉じる。だがZEROはただ微笑んでいるだけ。
耐え切れなくなったか、十六夜はさらに顔をZEROへと近づけるが………
――轟音。
緑溢れ、青空が眩しいこの世界に相応しくない音が響き、空は暗雲立ち込み、紫に染まる。
動物達は突然の出来事に散り散りに逃げ出す。ZEROと十六夜も何事かと顔を向ける。
そこには、とても黒く、巨大な影が空へと放たれていた。
そして地表には、おびただしい黒い粒子が湧き上がり、やがて蟲の形をした異形の怪物へと姿を変えた。
ZEROは立ち上がり、剣を構える。
「もしかして、アレも十六夜の罪だったりする?」
冗談交じりに、やや笑い混じりにZEROは言う。
十六夜も立ち上がり、眼を閉じて刀に宿る。聖剣・十六夜は強く呼応し、太刀へと大きさを変える。
≪分かりませんが…あまり良い空気ではありません。この世界に置いては危険な存在だと思います≫
武器に宿った十六夜が警戒するように告げる。
「俺もそう思う。この世界を荒らしに来たような雰囲気をとにかく感じてるよ」
ZEROも同じく、目の前のアレは危険なものだと警戒して刀を向けている。
どちらにせよ、こんな状況ではお互いに自己紹介もできやしないと判断し、聖剣・十六夜と成った太刀に力を込め……
「十六夜が好きだと言ったこの世界、護らないワケには行かねぇな!!!」
強く地を蹴り、異形の怪物めがけて駆け出す。放たれた矢のように。撃ち出された弾丸のように……
運命は 変化する…
ここに、ZEROと十六夜の契約が成立した。護る為に戦う守護剣士。
己が罪を探す為に、共に歩むことを決意した原初の女神。
ここから始まった、神殺しと断罪の剣の物語。
次元すらも飛び越え、光を取り戻すため、罪を断ち斬るため、世界を護るため……。
何1つとして死を否定した男と、何1つとして殺せない剣の物語。
此度訪れたこの世界も、彼女の罪が関わっているのかもしれない。
運命は 交差する……
ZEROと十六夜に出会う者たちもまた、別の目的を持ってこの世界に降り立つ者も少なくはなかった。
ある者は自分を探すため。ある者は仇を見つけるため。またある者は戦場を求めて。
次元の守護者ZEROと、原初の女神十六夜の物語もまた、多くの彼、彼女らと交差するだろう……。
十六夜との契約において、以下の条件が課せられる――
- 十六夜が宿った状態の全ての武器では、いかなる生物であっても殺傷することが出来ない。
- 聖剣・十六夜で殺せるのはただ一人のみ。そして殺害した場合、十六夜は完全に消滅する。
- 十六夜が消滅しない限り、契約者は死ぬことすら許されない。己に降りかかる死という運命を完全に否定される。
- 十六夜を用いて救った世界から別次元へ転移した場合、元いた世界から十六夜の所持者の名前は全ての記録から抹消される。(記憶だけがうっすらと残る程度)
- 十六夜と契約をした者は、時間という概念から否定される。傷つき病むことはあれど、老いる事、死ぬことを否定される。
|