リアルリアリティ

リアルリアリティ

 現実世界におけるリアリティの事。自然科学や人文科学に根ざす、ごく当たり前の「因果」の事を呼ぶ。

 TRPGシステムは当然ながら、世界の全ての法則を包括している訳ではなく、ゲームの焦点となっている部分以外は、このリアルリアリティや、あるいは特定ジャンルの小説・映像作品・漫画などの「お約束」に因果を委ねている事が多い。
 そういった意味で、リアルリアリティはごくごく当然の概念であり、決して軽視されるべき事ではない。

 が、リアルリアリティにはいくつかの限界がある。
 この手の問題はきりのない口プロレス興行を引き起こし、プレイヤーを辟易させてしまう事があるので、注意した方がいい。

ゲームの舞台は現実世界ではない
 ゲームの舞台は大抵の場合、現実世界ではない。あるいは概ね現実世界であっても、過去だったり、外国だったり、我々が日常的に認識している「現実」とは異なる事が多い。
 そういった世界においては、我々が日常的に共有している「現実」とは異なる「因果」があるはずである。
 例えば現実において、人間一人が剣を百本担いで自在に立ち回り、チャンバラをするのは無理だろう。が、矮小な人間が小山のようなドラゴンを剣一本で斬り殺してしまえるような世界でもそれは不可能なのだろうか?
 どこまでが「その世界の常識」であり、どこからが「リアルリアリティ」で裁定されるのかの棲み分けについて、プレイヤーが現実的なレベルで全てを説明するのは不可能だろう。

システムで定義された部分とリアルリアリティが矛盾する
 ゲームシステムは焦点となっている部分を迅速かつ的確に、しかもゲームとして楽しくなるように選定してデフォルメし、ルール化している。
 そのレンジを外れた部分や、境界付近においては、システム通りにするとおかしな事になり、リアルリアリティを元に裁定するとシステムと矛盾する事が時折起こる。
 例えばシステムの通りにすれば、高レベルの英雄は砒素を1ガロン一気のみしたところでびくともしないかもしれないが、そのルールのワールドガイドを見ていると、名だたる英雄がつまらない毒を一口盛られただけで簡単に暗殺されていたりする。
 囚われの女戦士問題百匹のゴブリン問題もこの辺に根ざすものだろう。

現実の認識は人によって違う
 当たり前の事だが、いくらリアルリアリティが我々のよく知る世界での事であるとはいえ、世界の全てを知る者はいない。
 知識量や、生活環境、人生経験、居住地域などによって、網羅する「常識」や「印象の強さ」は異なるのが当然であり、やむを得ない事である。
 自分の持つ「常識」が偏っていると自認していても、自分が体験し構築してきた「常識」とは異なる「常識」を提示されれば戸惑うのが人情というものだろう。