TwilightWander
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TwilightWander
ja
2013-09-19T21:01:05+09:00
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※R-18 コーヒーの香りは危険な香り(原作:空の境界)
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「今日は私が二人にコーヒーを淹れてやろう」
始まりは唐突に起きる。
何の気まぐれか、普段は座った椅子から立つのも億劫にしか感じないような彼女が、そうおっしゃって立ち上がった。
「どうしたんですか、橙子さん」
「頭でも打ったのか?」
当然の如く、僕と式は訝しげにそんな彼女を見つめた。
「偶には自分で淹れるのも悪くないと思ってね。そもそも黒桐が来るまでは自分で淹れていたわけだ。何も可笑しなところはないと思うがね」
そう言われればそうだが、彼女は自分以外ができることは、自分ではほとんどやろうとは思わない。
だから、本当に意外で仕方なかった。
「えっと、はい。じゃあ、よろしくお願いします」
「誰が淹れても同じだろ。こんなもの」
疑問は晴れないが、害があるわけではないだろう。好意は受け取るとする。もしかしたら、本当に気まぐれで、調子がいいだけなのかもしれないし。
……と、僕と式は橙子さんのことを結構舐めていたのかもしれない。
後悔先に立たず。それが今の僕と式の感想か、それとも怪我の功名、不幸中の幸いとも言うべきか。どっちにしろ僕たちの判断ミスは、小さいけど大きな事件へと発展した。
「暑い…」
3人でコーヒーを飲んで、作業を…というより、僕一人が書類整理に追われる中、式がポツリと呟いた。
珍しい。式は暑さ寒さには強いタイプだというのに。
そういえば僕も、少し体が火照っている気もする。まあ、橙子さんのコーヒーが異常に熱かったのが原因だと思うけれど。
「大丈夫?式」
「――ん、だるい」
本当に気怠そうに式はソファでぐったりとしていた。
その頬は少し赤を帯びていた。
「もしかして、熱ある?」
「わかんない」
心なしか息遣いも彼女のそれにしては荒い。
「……ふむ。式、今日は帰れ」
「そうだな。…そうする」
気分が悪いのは間違いないようで、式は素直に橙子さんに従った。
「黒桐、式を送ってやるといい。今日は特に大事な要件もないからな。そのまま帰っていいぞ」
「え、ですが……」
「いい、と言ったらいい」
やはり今日の橙子さんはいつもと違う気がする。そのことを追求しようと口を開きかけるが、先に橙子さんから新たに言葉が紡がれる。
「ああ、そうだ。式」
「まだ何か?」
「お前にプレゼントがある。今日明日中にもアパートに届くだろうから受け取っておいてくれ」
「……?」
首を傾げながらも、式は早く家で眠りたいらしく、すたすたと扉に向かう。
僕は僕で、橙子さんの視線に追い返され、式の後ろを追いかけた。
アパートに着いた式はそのまま着替えることもなく、部屋で一番目立つ物体。つまりはベッドに倒れこんだ。
相変わらず趣味の欠片もない、それこそいつでも身支度一つで住居を変えられるほど、最低限のものしか置かれていない彼女の部屋。
だけど、それでも彼女らしさが滲み出ている場所。
僕はそんな彼女の傍まで寄り、彼女の額に手をのせた。
帰り道の最中、何度も触ろうとして振り払われた手は、普通に抵抗されることなく彼女の下へ辿り着いた。
「―――」
「うーん、やっぱり少し熱いね」
風邪でも引いたのかな。タオルと洗面器を借りるとしよう。
そう思って、足に力を入れて立ち上がろうとする。
がくん。
「あ、れ――?」
一瞬の眩暈と共に体が崩れる。
「幹也…?」
頬を上気させた式が、どうしたのかと体をむくりと上げて僕を見る。その表情が艶めかしくて、僕の心臓はびくんと大きく高鳴った。
「お、おい。一体どうし――」
体がどんどん熱くなってくる。
式の言葉が上手く脳に反映されないのに目は式から離れず。
彼女の熱で潤んだ瞳に吸い込まれるように、僕は――。
「幹、也……?」
普段よりも荒い彼女の吐息が聞こえる。僕の体の真下から、生を実感させる呼吸音。
あれ…、真下?
「式……」
気付けば僕は式の両肩の傍に両手をつき、四つん這いになっていた。
しかも片方の足は、小さく空いた足と足の間に落ちており。
他人から見たらこの現状は――。
いや、その、つまり。
僕が式を押し倒したみたいに見えるのでは……?
実際に押し倒したわけではないのだが、それだけでは弁明にすらなり得ない状況だった。だって、どう説明するというのだ。気付いたら、ベッドの上でこんなことになっていたなんて――。
考えようとすれば考えるほど頭には靄がかかってくる。
だけどまず、今の僕がするべきことは。
「ご、ごめん!今すぐ降りるからっ」
一刻も早くの、状況の改善だった。
式だっていきなりこんな状況になったら怒るに違いない。
「……いい」
だけど、予想外の処から邪魔が入った。
降りようともがく、僕の手が式に掴まれる。
あれ、今式はなんて――。
「えっ…?」
「だから。降りなくて、いい」
顔を真っ赤にしてそっぽを向く式。今、そんな可愛らしい表情を見せられて正気を保っていられるか。
答えは――決まっている。そんなのいくらなんでも無理だ。
体が熱い。脳は既にぐちゃぐちゃだ。もう、目の前にいる愛しい彼女しか認識できない。
「……式」
呼ばれた彼女は恥ずかしそうに此方を見る。
僕はゆっくりと彼女の顔に向かって顔を落とす。何をされるかに気付いた式は、一度だけピクリと体を震わせた後、目を瞑った。
唇と唇が触れる。
彼女の唇は暖かった。触れたのはほんの数秒間の事だけど、その一瞬を体は記録し続ける。彼女の暖かみは未だ僕の唇に残っていた。
「その、いいの?」
ゆっくりと彼女の胸部に手を近付ける。
「ここで、オレが嫌だって言ったら止めてくれるの?」
「それは――」
努力はするけれど、正直つらい。
「いいよ、コクトー。お前の好きにして」
そんな僕の心を見透かしてか、それとも彼女の中でも僕と同じようにスイッチが入っているのか、式は体の力を抜いた。
「うん。じゃあそうさせてもらうよ、式」
着物の上から優しく胸に触れた。それに反応して小さく式の体が震える。
そんな小さな挙動を悟らせまいと顔を逸らす式が愛しく思えて、僕はゆっくりと胸や性器以外の部分の愛撫を始める。
「――――んっ」
腰に這わせた右手が振動で揺れる。感じ始めているのか、先程より増して式の目はとろんとしてきた。
敢えて焦らすように服の上から優しく触れるか触れないかの愛撫を続ける。もう片方の手は彼女の左脇に。
「……はぁ、はぁ…」
今は式の息遣いが僕の耳に届く唯一の音楽だった。
腰より下、だけど大事な部分はするりと避け、彼女のふっくらした太腿に右手が届く。正直素肌で触りたいが、今は我慢だ。
「――ぅ、ぁ」
式は小さく足を動かし、快感を逃がそうとする。だけど、僕は式の足を自身の足でがっちりと固定し、逃がさない。
「幹也の意地悪」
小さく漏れる声。
僕は敢えて聞こえない振りをした。
「何か言った?式」
左手でまたもや腰を触れながら、足を大胆に触る。
「わざと、でしょ――っ」
「何のことかな?」
這わせていた指を止める。
「――――」
無言で小さく睨む式。正直、今は怖いという感情より、可愛いという感情が大きく上回っていた。
「ほら、どうしたの?何か言いたいことがあったんじゃないのかい?」
「………悪魔め」
ボソリと式は悪態付く。
「式」
「な、なんだよ……」
「式は僕にどうして欲しい?」
「ぇ――」
「式の口から聞きたいな。式がこれ以上は嫌って言うなら止めるし」
流石に、嫌と言われたらつらいが。それでも式が本当に嫌ならここで止めるべきだとは思う。
でも、式がこれ以上の交わりを求めてくれるのなら。自分の意思を伝えてくれるのなら、それは大事なことだし、喜びでもある。
「――――」
荒い息遣いが聞こえる。
暫くだんまりを決め込んだ式だったが。
「――触って…」
小さく、普段からは想像できない程か細い声で。
「直に、触って、欲しぃ」
確かに、そう口にした。
「分かったよ。じゃあ腰を少し浮かしてくれるかな?」
そう言う僕に、小さく首を傾げながらも式は頷く。
力が入らないのか、式は両腕でかろうじて自身の体を持ち上げる。
すかさずその腰に腕を当てて、帯紐を解いた。
「………」
無言でそれを見守る式。僕はゆっくりと彼女のシンボルでもある着物を崩していった。
彼女の胸に巻かれていたさらしを、体を支えながらゆっくりと解いていく。
そしてようやく彼女の肌が露出した。控えめな胸に、か細い肩。なんとなくもったいなく感じて、僕は彼女を半脱ぎの状態で、一度手を止める。
その代わり、着物の裾を捲り上げ、先程まで触っていた太腿を空気に触れさせた。
「……んぁ」
式は小さく吐息を漏らす。
「綺麗だよ。式」
それは本当に素直な黒桐幹也の感想だった。
さて、それでは素肌に触れていくとしよう。
ピンポーン。
そう思い、式を押し倒そうと肩を持った瞬間。来客の合図を告げるベルが鳴った。
「なっ……」
動揺は式のもの。
「どうしてこんなタイミングで」
式のアパートに来る客は少ない。しかもそのうちの一人である僕はこうして中にいる。
となると――。
「もしかして、秋鷹さん…?」
「――っ」
そんな僕の憶測に怯えたように身を隠す式。
さすがの式でも、肌を露出したうえに、頬を赤く染めた今の状態を他人に見られるのは嫌らしい。
「えっと、じゃあ僕が出てみるよ」
幸い僕の服に着崩れはない。何とかごまかせるだろうと思う。
立ち上がり、ドアへと向かう。
「はい。どなたでしょうか?」
意を決して僕は式が外に見えないように小さくドアを開けた。
「あ、両儀さん宛ての宅配便です」
そこにいたのは、想像していたものとは全然別の人物だった。
「ああ、どうも。サインでいいですか?」
「はい。構いませんよ」
両儀っと。あまり慣れていない文字を走らせる。
「どうぞ」
「確かに。では」
配達員から少し大きめの箱を渡される。なんだろう、これ。
「ありがとうございました」
「いえいえ。毎度どうもありがとうございました」
笑顔で礼をして立ち去る配達員。どうやら何もおかしく思われることはなかったようだ。
「ふぅ…」
小さく息を吐いてドアを閉める。
「式。君に届け物だってさ」
「届け物…。あ、確かトウコがそんなこと言っていたな」
少しお預けを食らったせいなのか、式は仏頂面になっていた。とはいえ、それでも頬から赤みが取れているかというとそうでもないようだ。
「開けてみる?」
「…そうだな。このまま忘れたら後でトウコに何言われるか分からないし」
橙子さんもどうしてこう、間が悪いんだろう。
心の中でぼやきながら、段ボールのテープを剥がし、蓋を開ける。
そこには……。
「手錠…?」
「はあ…?」
いや、正確には足枷もある。だがそれよりも、なんだこれは……。
ベルト、というには少々小さすぎる革製のソレ。
どうみても首輪だった。あ、リードまである…。
……橙子さん、貴方が何をしたいのかわかりません……。
こんなものを式に送ってなんのつもりだろう。
そう思って、見なかったことにしようかとした時、小さな白い紙を見つける。
はぁ、念のために見ておくとしよう。
『やあ、これを読んでいるのは黒桐だな?
どうせ丁度良いところで配達が来て悪態付いていることだろう。まあ、そんなことはどうでもいい。』
どうでもいいんですか。というか、橙子さん。鋭すぎです。いや、寧ろ計画的に……さすがにそれはない、よね。
『いいか、黒桐。式は普段の言葉遣いや態度こそ男顔負けだが、その実、内面的な部分では、他人に依存したいという思いが強い。』
それには確かに同感だ。式も女の子なんだし、それに――。
今の式は本当に可愛い。
ベッドの上で此方をどうしたのかと見下ろすその姿は小動物をイメージさせる。うん、やっぱり式は動物に例えるなら兎だと思う。
『そういった輩はな、ただエロいことをしただけでは満たされない。ぶっちゃけて言えばな、式自身はドMなのだよ』
え、えぇ…?
『支えてくれる人間がいないと、まともに立って歩けないほどのな。故に、黒桐は準備しているわけがないと思ってそういった心を満たしてくれるアイテムを準備しておいた』
アイテムって、これですか。手足枷にリードの着いた首輪。
『心配するな。初心者用のアイテムしか送ってないし、嫌がるなら使わなければいい。そこはお前たち次第だ。ではな、精々頑張れよ黒桐』
「………」
十分首輪はハードですよ、橙子さん。でも、もしそれを式が望んでいるのなら………。
「――幹也。トウコの奴、なんて書いてるんだ?」
「い、いや何でもない。説明書みたいだ、これ」
なんとなく誤魔化す。
「そうか。で、なんで手錠なんか入ってるんだ?」
「次の依頼に必要とかじゃないかな?」
「ふーん、まあいっか」
あまり、気にした様子もなく、式は受け入れた。
微妙に罪悪感を感じないでもないが、橙子さんからの入知恵だと思わせるのもよくない、と思うし――。
「その、式」
「――ん?」
「このアイテム使ってみていいかな?」
「は…?」
式は少し驚きの色を含ませる。
「式相手に、今だけ、その――」
式は段ボール箱の中身を一瞥した後、小さく息を吐いて。
「幹也がそうしたいなら」
まんざらでもなさそうな顔で、呟いた。
「うん。そうさせてもらう」
取り敢えず、首輪は背中に隠したまま、枷を手に取る。
ベッドでさらに顔を赤くした式の下に歩み寄り、体を支えながら、彼女の腕を後ろに組ませた。
「変なプレイが好きなんだな。幹也は」
「そういう式は、こんなことされて感じない?」
「………」
無言で式は視線を逸らす。
恥ずかしがるということは、つまり橙子さんの考えは外れていない、ということなのだろう。式なら、本当に嫌なことは嫌というはずだ。
「じゃあ、締めるね」
カシャリという音がして、小さな鎖がつながっている手枷が式の手の自由を奪う。
今は手枷だけ。足枷はその必要ができた時にすればいいだろう。
僕はお預けにされていた、彼女の柔肌にそっと触れる。
「ぅ……ん、ぁ…」
やはり着物の上からとは感度が全然違うようで、徐々に式の喘ぎ声は増えていった。
「首筋舐めるね」
乳房を優しく揉みしだきながら、首に顔を近付ける。
「首って―――ひゃんっ」
可愛い声が漏れる。如何やら、相当感じるらしい。
「ちょ、幹、也ぁ…ん」
そのまま僕は顔を少し上に向けて、彼女の耳を軽くはんだ。
必死に手を動かそうとするが、残念ながらぴったりと拘束された腕は払い除けるだけの力を持ってはいない。
「式は首や耳が弱いんだね」
腰や脇、太腿も随分弱そうだったけど。
「そんなことっ、な――ぃゃぁぁ」
言葉を言い終える前に、強く胸を揉みながら、脇を舐める。
少し汗ばんだ式の肌はしょっぱくて、それでいて甘かった。
そんな式が可愛くてつい、意地悪をしたくなる。
「式。僕は触ってすらいないのに、君の乳首はもう起ってるよ」
「そ、そんなわけ…」
「嘘じゃないよ。自分で見てみればいいじゃないか」
式はおそるおそる、自身の胸に視線をやる。そこにあるのは見紛うことなき、硬くなった突起。
「う、嘘でしょ…」
だから、嘘じゃないってば。
「ぇ――はふぅ――ぁん…んっ!」
自分自身の体の素直さに茫然とした式は、次なる快感にピクピクと痙攣を起こした。
太腿から足の裏まで一直線に舐める。当然、足枷をしていない足は途中で異変に気付いて、止めようともがくが、僕とて男である。弱った式ならばある程度は腕ずくで抑えることが出来る。
「舐め、すぎ――だ、幹也ぁ」
もう片方の足も舐める。はっきりと感じてきているらしく、式の声はどんどん色っぽさを増す。
その声に、僕の理性はゆっくりと犯されていく。
「じゃあ、もう舐めない方がいいかな?」
「――ぇ?」
あくまで触れるか触れないか程度の、胸に対するタッチ以外の行為をいったん中止。
式を真っ直ぐと見つめた。
式はゴクリと生唾を飲み込んで、目で訴えてきた。
だけど、言葉にしてもらわなければ僕は動かない。あくまで式の乳房を焦らし続けるのみ。
「幹也……」
「なに?式」
「焦らさないで……もっと、舐めて……私の大事な処っ」
少し涙目になりながら、意地悪をした僕を睨みつけた。
「それじゃあ。僕の言うこと、これから何でも聞く?」
こくんと頷く式。
「じゃあ、これを嵌めてもらうよ」
背中に隠していたソレを、式に見せる。
「首、輪…?」
「そう。これを付けている間は、式は僕のものだよ」
「私が、幹也のもの……」
「そう。そして付けている間、君は絶対僕の指示に従わなきゃならない。出来るかい?式」
小さく頷く式。
でも、今回はそれで納得にはしない。
「『お願いします』だよ。式」
ちょっとやりすぎだと思うけど、式がそれで満たされるのであれば。
「……っ。お願いします」
「うん。了解」
彼女の首に触れ、苦しくない程度にベルトを締める。ベルト自体は後ろで固定するようになっており、本人の意思ではとれないような設計となっている。
リードをちょっと引っ張って、彼女の体をこちらに預けさせる。
「さて、じゃあ。式の要望通り始めよう」
だから、これ以上焦らすのは辞めよう。
「―――んっ」
ようやく僕の左手は胸の中心部である突起に。そして、もう片方の乳房を優しく口に含む。
「ひゃぁん――、はふぅ…、あふ」
硬くなった乳首をちょっと強めに抓む。充血していた乳首は、既に快感を得るためだけの物となっていた。僕は乳輪を舌で舐め回しながら、時折左手が乳首を抓むのと同時に右の乳首を吸う。
ピクピクと式は度々痙攣を起こし、このままでは乳首だけでイってしまいそうだった。
「まだイカないでね。式」
「……はい」
首輪を嵌めたせいか、式は口調が先程から丁寧語になっている。こういった、普段のギャップというのも式自身にとって、自虐プレイか何かなのだろうか。
「膝を曲げて、足を開いてくれるかな」
所謂M字開脚。最初は戸惑ったような表情を見せたが、軽くリードを引っ張ると式は無言でそれに従った。
「うわ、パンツ。凄く濡れてるね」
式の体に跨るようにして、彼女の秘部に顔を埋める。
「仕方ないでしょ――、です」
「そうかな。式が淫乱だからこんなに濡れてるんじゃない?」
「それはっ――ひゃん!?」
濡れた布きれの上から、圧迫するように女性のもっとも敏感な部分に触れる。
暫く中指の腹で、ツンツンと突いたりしてみる。既にパンツを穿いたまま、式の中は愛液で溢れきっているようで、先程から白い液体が滴り落ちていた。
「このままじゃ気持ち悪いだろうし、脱がせるよ。式」
ピクリと式の体が震える。
返事を聞くまでもなく、僕は彼女を守る最後の防壁を摺り下ろしていく。
式は耐えるようにしてじっとそれを見つめている。足首まで下ろすと、片足だけ脱がせ、代わりに最後の枷を手に持つ。
「さて、最後の抵抗を封じさせてもらうよ」
板により最初から位置を固定された足枷は、式の意思とは関係なく、開脚させたままの状態で彼女の自由を奪う。普通は共についていた付属品でベッドに固定するように出来ているのだろうが、別にその必要はないだろう。
カシャリ。
式が見守る中、僕は容赦なく彼女の開ききっていた足を固定した。
そのまま露わになっていた彼女の性器をまじまじと見つめる。
「幹也、そんな……」
「うん?」
恥ずかしいのか、式はもぞもぞと太腿を擦る。
「もっとよく見せて欲しいな。式のお○んこ」
「み、幹也っ――?」
彼女の膝の間に腕を入れ強引に開ききる。
ああ、綺麗だ。純粋にそう思った。
淡いピンク色をしているそれから滝のように白い液が滴り落ちている様は僕の息を更に荒くさせる。
とはいえ、最初からそれに臨むわけにはいかない。
「あぁんっっ――!?」
再び彼女の上に跨ると、僕は先程まで手で弄っていたもの――ク○トリスに小さくキスをした。
またもや彼女の体が大きく痙攣する。そろそろ近いのかもしれない。
「さぁ、本人と同じで恥ずかしがり屋な処には、いい加減出てきてもらおうかな」
リードを時折引っ張り、己の状況を式に把握させつつ、未だ皮を被っているそれを丁寧に上下に舐めていく。割れ目の先端から指で腹の方へ持ち上げ、ク○トリス○ードをゆっくりと剥いていく。
「ま、待って幹――ぁんっ!」
確かに感じている、という証拠にそれは少しずつ大きくなっていく。程なくしてそれは支えなしで完全に衆目にさらされる位置まで立ち上がっていた。男のペ○スと同じで勃起したのだ。
僕は膨れ上がったそれを中指と人差し指の間に挟み、ゆっくりと上下させる。
はぁ、はぁと荒い息が式から漏れる。それが僕をさらに興奮させる。
時折、唾液をどろりとかけ、滑りを良くする。どんどんピンク色だったそれは赤く染まっていく。
小さいとはいえ、沢山の神経が張り巡っているのだ。
感じれば感じるほど痛みも感じていることだろう。式は声を我慢して、僕の指を受け入れるのに必死だった。
だが、そのままでは一向に進まない。意を決して、僕は軽くデコピンの要領で軽くクリ○リスを弾いた。
「痛っ――はぁん、あひぃぃぃん!」
ドロドロとした白濁液が式の秘部から溢れだす。
「ねえ、式。我慢しなくていいんだよ?僕に式の可愛い声を聞かせてよ」
中指の腹にくちゅくちゅと音を立てながら彼女の愛液を絡めつけて、強くク○トリスを圧迫する。
「ひゃぁっ!駄目、これ以上は、もう――」
限界だ、と。
式は怯えるような目で僕を見つめる。咄嗟に焦らしたくなり、手を放そうとする。
しかし、それは駄目だ。さっき、もう焦らしたりはしないと約束したのだから。
「イっていいよ。式!」
寧ろ、彼女が心地よくイケるように、僕は素早く指を動かした。
「ひゃぁぁぁあああん!イっちゃうっ――コクトーの指で私ぃ、イっちゃうよおぉ――!!」
初めて聞く彼女の絶頂に僕の胸は最高潮に高鳴った。息をするのさえ苦しくなるぐらいに、収まることを知らない。
ふるふると式の体が震え、先程の比ではない量の愛液が、彼女のア○ルに垂れていく。
焦点が合わないのか、ボンヤリとした式は自身の胸の鼓動を抑えようと必死に息継ぎする。
「可愛かったよ、式」
そんな彼女が愛おしくて、咄嗟に唇を奪う。
「――んっ」
嫌がる素振りはなく、式は受け入れる。だけど唇を放すと、そこには不満そうな式の顔があった。
「嫌だった?」
「いや、だったわけじゃないけど。幹也は色々と酷い」
拗ねたように振る舞う式。真っ赤な顔でぷいっとそっぽを向かれると、あまりにもの可愛さに動悸がさらに高まる。
「ごめん」
「その、たまには、ペットから甘えるのも、有り、だよな……?」
「えっ…?」
どういう意味だろう。考えようとして顔を伏せた瞬間、式に顎を掴まれて、彼女の唇に僕の唇が塞がれた。
其の儘、式は僕の唇を舌で舐め回した。急なことで驚いて、僕が口を少し開くと、待っていたとばかりに式の舌が僕の口内に滑り込んでくる。唾液を僕に飲ませるように伝い込ませ、僕の舌に絡まりつく。
「――くちゅ――ちゅぱっ――」
卑猥な音が脳内を支配する。
その、これはつまり――。
ディープ、キスなんだろうか、やっぱり。
僕も絡ませたままの舌を彼女の口内へと滑り込ませる。唾液と唾液を交換し合い、息が続く限界まで、僕は彼女に弄ばれ、僕も彼女を弄ぶ。
「――ぷはぁっ」
やっとまともに見た式の顔は、トロンと目尻が下がり恍惚とした表情をしていた。
それがとても僕には美しくもあり、儚いものに見えた。
「ねえ、式」
「なんで、すか……」
小さく小刻みに未だ快感の余韻に浸っている式。
そんなものを見せられていれば、もう僕も我慢の限界だった。
「本番始めちゃってもいいかな?」
ピクリと式の肩が震える。
そして、己の首に巻かれた首輪と僕の手に握られたリードを交互に見て。
「はぃ…」
小さな声で返事をしてくれた。
可愛らしい式にまたもや悪戯したくなって、僕は意地悪な顔をする。
「そこは『どうぞよろしくお願いします、御主人様』って言うんだよ」
「そんなことっ――」
流石に恥ずかしいと身悶える式。だけど、僕はそれで許してやるつもりは毛頭ない。
リードを強く引っ張り、早くしろと催促する。
「うぅ――っ」
自虐心を煽られた式は、顔を真っ赤にして顔を伏せながら。
「どうぞ、よろしく、ぉねがい、しますっ。ご、御主人様ぁ」
どうにか、言葉に出した。
言いながらも愛液が溢れてくるのを見て、彼女が感じていることを再確認する。
「うん、よく言えました」
僕はズルリとズボンを脱ぎ、自身のペ○スを式の目の前に現した。
「幹也の、すごく、大きい……」
「式の可愛い姿を沢山見せてもらったからね」
「でも、こんなの入らないよぉ……」
小さく体を震わせる式。
「試してみれば分かるさ。――出来るだけ、優しくするから。式も力を抜いて」
優しく彼女の漆黒の髪を撫でながら、押し倒す。
びくびくと式は依然として震えていたが、体はだらりと力が抜かれていっている。
「じゃあ、入るよ式」
「――――っ!」
これ以上がないというぐらいに濡れている式のお○んこに僕のをゆっくりと擦りつけながら白濁液を塗りたくる。
「――んっ――んんっ!」
充分に濡れたのを確認すると、僕は彼女の中に押し込むように動き始める。ゆっくりゆっくり、だけど確かに彼女の中に入っていく。
「あふ――んぁ、はぁんっ」
式の喘ぎ声を聞きながら掘り進めていくと、途中で通行止めにあう。
「式、ここからは一気に貫くよ!」
「ぇっ――――ひゃあん!?」
処女膜を引き裂く為に、精一杯力を入れて、僕は彼女を貫いた。
「痛っ――」
予想は出来ていたけど、裂けた代償に彼女の膣から愛液と混ざって血が流れてきた。
「入ったよ式。ごめん、痛かったよね。大丈夫?」
「大丈夫、じゃないけどっ―――大丈夫。幹也と繋がってるって分かるからっ」
「式の中、とても暖かくて気持ちいいよ」
「莫迦。そんなこと言うなよぉ……」
「バカは酷いなぁ。君は今、僕の物なんだよ?」
リードを引っ張り、存在を示す。式はそれを思い出すと、かあっとさらに赤くなった。
「もうそろそろ動いても大丈夫?」
「駄目って言っても、動くんでしょ」
「うん、まあそうだけど」
このままでいるのは正直とてもつらいです。
「じゃあ聞くなよ」
それが彼女に出来る精一杯の抵抗か。
僕はそんな彼女が微笑ましくてしょうがなくて。
「じゃあ少しずつ動いていくね」
快楽を共有せんと、彼女の中で動き始める。
「うっ――式の中、結構締まるっ」
まあ、先程まで処女だったのだから当然と言えば当然なのだが、未開発の式の中は想像を絶する気持ちよさだった。
僕はゆっくりと出し入れをしながら、彼女の中を僕の形に開発していく。
「んっ、はぁ――はぁ」
痛みより快感が優ってきたのか、式もまた快感に身を任せ始めてきた。
僕もまた、さらなる快感を求めてスピードを上げていく。
「はぁん、はふ――ぁんっ―――ああんっ」
式の口から声が漏れる。
「幹也のが、幹也の大きいのが壁を擦って…!」
「式はここら辺が気持ちいんだね?」
ならばと集中的に、彼女のGス○ットを攻める。
「そこっ――いいっ…気持ちいよぉ幹也ぁ」
更に強弱を付けながら、僕は空いていた手で最初と同じように乳房を揉みしだき、脇を舐める。
「んふぅ――ひゃああっ!?」
突然の新たなる快感に式はものすごい勢いで痙攣し始める。
「同時攻め、なんて、聞いてな――」
「最初から聞いてたら、興醒めだと思ってね」
親指と中指を使って、ピンポイントに両乳首を弄る。
勿論、その間も式の中に入ったり出たりピストン運動を繰り返す。
「こんなの、気持ち、良すぎて、頭が真っ白になっちまう……」
「いいよ。もっと感じて、式」
言いながらも式の唇を奪う。今度は自分から式の唾液を求めて舌を絡める。
「あふ――はぁんっ…こんなの感じるなって方が無理だよぉ…」
普段の強気は何処へやら。式は完全に快感の虜となっていた。
そろそろ彼女も、本日2度目の絶頂が近いらしく足が震えている。
そう判断する僕もまた、そろそろきつくなってきた。
ラストスパートをかけるべきかと、僕は更に力を入れて彼女の子○口に勢い良くキスさせる。何度も何度もどんどん垂れ下がってくるソレを攻める。
「幹、也。もう、私――っ」
「僕も…出すよっ式!君の中に!!」
「来てっ幹也ぁ!!」
彼女の絶頂に合わせて僕も○液を放出する。
式の中でどびゅっという音がする。
出し終わると、僕はピクピク震える式からゆっくりとなにを抜こうとするが、締め付けられる形でそれは途中でぴたりと止まる。
「……式?」
「……抜くな」
ボソリと、本当に小さな声で、でも確かにそう言った。
「どうしたの?」
「いいからっ」
そう言われて、僕は抜きかけていたそれをゆっくりと落ち着く場所まで入れなおした。
「これで、いいかな?」
でもまたどうして、急に。
「お前の○液。多すぎる……」
「式の中がとても気持ち良かったから」
うぅと式は小さく唸ると、真っ赤な顔のまま僕の方を見た。
「その、未だ体の中で感じていたいから…垂れないように蓋をしてて……」
言い切る前に顔をうつむけ恥ずかしさを噛み殺す式。
なんだこの可愛い生き物は!?
「うん。分かった。暫く、こうしているから……」
そのまま式を抱き寄せる。
「少し、疲れた……」
「僕も…」
式の熱が伝わってくる。
「このまま、少し休もうか」
そう言う僕を少しだけ恨めしそうに、式は睨んだ。
「その前に、寝る時ぐらい外して欲しい」
「あっ―――」
そうだった。今も式は後ろに手を拘束され、足もまた股開きのまま、固定されているのだった。
「ごめん、今解除するね」
鍵を不器用な手つきで解除し、体を開放する。
「首輪も外すね」
「いや、いい……」
「えっ…?」
恥ずかしそうにごにょごにょと呟く式。
「寝て、起きるまでこれは外さないでおく。幹也、オレは――私はお前の物だ」
精一杯の強がりかのように、式は言った。
「うん。式、君を一生許はなさない――」
自由になった腕で、式は僕に抱き付く。僕もまた抱き寄せた式にさらに密着する。
そうして、僕たちは夢の中に堕ちていった。
夢の中でも幸せでありますように――。
後日。
「それで、どうだった黒桐」
やっと獲物が首を持って来たとでも言った感じの口ぶりで橙子さんは前置きもなく、尋ねてきた。
「どうだった――って、何のことですか?」
「しらばっくれるな。昨日は式とお盛んだったんだろう?」
やはり、偶然というには都合がよすぎると思うんだ。
恐らく、僕も式も彼女の術中に嵌ってしまったのだろう。その、別に後悔をしているわけではないんだけど。
「――む。大体なんなんですか、あの荷物」
「役に立っただろう?それともあの程度では全然物足りなかったか?」
ニヤリと笑う橙子さんに、僕はますます仏頂面になる。
「コーヒーに媚薬を入れましたね?橙子さん」
「ん、ああ。その通りだが?」
式の妙な熱の原因はこの人だったというわけだ。
「なんであんなことを……」
「そりゃあ。お前、面白そうだからに決まっているだろう」
何でもないことのようにあっけらかんと橙子さんは答える。
「そんなことのために、僕たちを振り回さないで下さいよ」
「いいじゃないか。お前たちも良い経験ができたわけだし。私はお前たちの乱れる姿を想像して面白いし」
はぁ、この人は一体何を言っているんだろう。
「でもどうして、僕と式とじゃ効き目のレベルが大きく差が出ていたんですか?」
一緒に入れられたコーヒーだ。別に、特に分けているような様子は見られなかったし。橙子さんが飲んだコーヒーは普通に飲む前に媚薬を打ち消したのだろうが、僕と式のを分ける方法など、如何にも思いつかない。
「ああ。それはお前が自分で入れた砂糖が原因だよ。予め媚薬の効果を半減させる薬を砂糖の中に混ぜておいたのだ。ほら、式は砂糖は入れないだろう?」
なるほど、そんな手まで打っていたのか、この人は……。
「今回は、橙子さんをなめていた自分が敗因なので、諦めますけど…二度とこんなことしないでくださいね」
「さて、それはどうしたものかな」
「……はぁ」
僕は毎度のことだが、大きなため息を吐いた。
2013-09-19T21:01:05+09:00
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・連載小説
○[[アオイシロ~シロを視る世界~]]
・短編小説
○[[※R-18 コーヒーの香りは危険な香り(原作:空の境界)]]
2013-09-19T20:38:23+09:00
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第4話:隠されたもの
https://w.atwiki.jp/duoigunis/pages/29.html
喜屋武汀。鬼切部守天党の鬼切。現在、トウコから齎された仕事により協力関係となった一つ年下の少女。
……ん、少女というのは言い過ぎだろうか。彼女は平均のそれである私の身長よりも高く、二十歳を過ぎていると言われれば、きっと不信がらずに受け入れてしまえるほどには色々な面において大人だった。
そのギャップなのか、彼女はあえて嘘やからかいを用いる。口八丁手八丁を以て良しとする汀は、普段から本心を奥深くに隠しこんでいる。彼女のふるまいの七割がたが嘘であり、残りの三割は冷酷さと、そしておそらくはひた隠しされた優しさで出来ている。
例えば、そう。人は肉を食す。その時殆どの人間が生きている牛やら、豚、鳥を思い浮かべながら食べることはないだろう。己の世界を守るために、肉を牛肉、豚肉、鶏肉と称しながらも決定的に生きている動物に繋げようとしない。当然の自己防衛機能である。きっと、その現場を見せられれば思うだろう。「可哀そうだから殺さないでやって」と。
だが平気で食卓に出された肉は喜んで食べる。弱肉強食、この場合、弱者である牛は人間が生きるための糧となる。それは食物連鎖による仕方のない事だ。だが一度、屠殺場の中で行われる儀式を目にすれば、人は今まで当然と食していたそれを準備しているモノたちを恨む。
彼らに罪はない。むしろ彼らは普通の人達が出来ない事をやっているのだ。讃えられこそすれ、貶されなければならないところなどない。だが目の前で起こった悲しい出来事に、自身から湧き上がるエゴによって、「あの人たちがやってしまったことだから仕方がない。食べ物を粗末にするのはいけないことだから食すのだ」と、もっともらしい理由をつけて責任をすべて屠る側の人間へと丸投げする。
だからこそ、屠殺場の存在は隠されている。一般人にその現場が目撃されないように、知らずにいられるようにと。
つまるところを言えば、喜屋武汀という女性の立ち位置は一般人ではなく、貶される屠る側にあった。
一般人が襲われることが無いように、平和に暮らす人々に危険が及ばないようにと鬼を狩る。
まだ高校2年生という若さで彼女は修羅の道を歩んでいた。それもおそらくは幼い頃より。でなければこのような地まで《剣》を取り戻すために派遣されるはずがない。私の直死の魔眼に頼らなければならないほどの神代の呪物を相手にいくら人手不足とはいえ、ただここ数年鍛えてきた少女が鬼切部守天党の代表として選ばれるはずがないのだ。彼女が普通ではなく、異常を抱える人間なのだということはそんな現実からも汲み取れる。
助けたはずの相手に恨まれる、なんて日常茶飯事なのだろう。ここ数日、鬼の踏み石を監視していた際に見た彼女の冷たい視線は、普段のそれから見れば完全に別人級だ。無感動に切り捨てる。仮に吸血鬼に血を吸われ、鬼となった友人がいたとしても、彼女は躊躇わずに友人だったソレを切り捨てるだろう。
だがそれは彼女に感情がないというわけではなく、優先順位が存在するというだけの話だった。第一に鬼は殺す。私情は彼女にとって二の次なのだ。
普通の人間から見れば破綻した核である。彼女はそうやって育ち、育てられてきた。切った後に相手の事を考えて悲しむ。それが最後に残された彼女の優しさ。とはいえ、そんなことが続けば彼女が普段から彼女の普通でいられるはずがなかったのだ。
仮面を被る。人懐っこく、だけど猫のように急にじゃれてきたと思えば、興味が失せるとすぐ他の対象へ、その視線を向ける。飄々とした、人を振り回す性格。
とってつけられたチグハグさ故にこそ、真実は綺麗にオブラートに包まれる。
汀の事は好きだった。人間として、彼女の有り様に興味がある。だけど、必要以上に仮面を被っている姿を見るのは苦手だった。先程、青城の連中と話しているときの汀が正にそれだった。
焦っているのだ。きっと本人は気付いていないのだろう。だからこそ空回りする、余裕がない。彼女は焦っている。それも今の彼女にとって、一割にも満たしていないかもしれない優しさによって。
一般人を巻き込むことを良しとしない。鬼切である汀にしてみれば、厄介のお荷物が大量に現れた、ということになる。しかも全員の安全を考えて節介を焼いているというわけだ。彼女から余裕がなくなるのは仕方がない事だと思う。かといって、空回りし続ける彼女を見続けるのは御免であった。
「まったく、メンドくさい……」
どうやら私と関わる人間はいつだって普通ではないらしい。類は友を呼ぶとか、そういうつもりじゃないけど、黒桐幹也という普通すぎる異常さを持つ少年と出会ってからの私は、おかしい。
まあ、考えても仕方のない事だけど。
そういえば――幹也は今頃何をしているのだろうか。トウコの散らかした資料をまとめているか、それとも鮮花にじゃれつかれているか。……考えてみると、何故だかムカついて、イライラしてくる。心が乱れる。いつだって、私がおかしくなる原因の中心点には黒桐幹也がいた。いてもいなくても彼は私の心を引っ掻き回すのだ。
「………」
溜息を一つ。和尚の声が襖越しに微かに聞こえる。おそらくは部屋を案内しているのだろう。甲高い声も入り混じって聞こえてくる。
それも暫く経つと、女子の声しか聞こえなくなった。それに混じってもう一つ。こちらへと真っ直ぐに向かう足音。だが気にすることはない。これはここ数日で聞き慣れた音だ。
「式~寂しかった?」
先ほどまで頭を過っていた女性、喜屋武汀が部屋に戻って来たのだった。
「……別に」
「つれないなぁ。どうしていきなり帰っちゃったのよ?」
「興味がない」
本当は汀の余裕のない態度を見ていたくなかっただけなのだが、正直に吐露するのも癪だ。
「ふーん。ま、いいけどね」
深くは聞いて来ず、その代わりに――
「……なんだ?」
私に向かって汀は手を差し出していた。
「今からちょいオサ達の頃に話し合いに行く必要があるのよ。だから式も一緒にね」
「……オサ?」
ああ、あの気難しそうな少女の事か。
「小山内梢子、愛称オサ。なんかぶすっとした純黒のおかっぱ頭がいたじゃん? ほらほら! それに負けず劣らずぶすっと座ってないでさっさと立つ!!」
そういって半ば強引に私の手を汀が掴む。まったく……しょうがない奴だ。
「…行くとはまだ言ってない」
「――む。式ってあの子たちの事、嫌い?」
「言ったろ?興味がない」
これは本当。彼女等がどうなろうと、どうしようと勝手だし、こちらに迷惑が掛からないというのなら何をしようが構わない。
「興味がないってことは嫌いというわけでもないわけだ」
まあ、それはそうだけど。
「じゃ、いいわね」
有無を言わさず歩き出す。だから、私は行くとは言っていないんだけど。
だけど、何故だろう。彼女に強引に引かれることにひどく落ち着いている自分がいた。
「………」
――喜屋武汀。本当に可笑しな奴だった。
するりと伸びた手が襖を迷うことなく開けた。
それと同時に視界に現れる一人の少女。彼女の手は宙で中途半端に止まっている。
ああ、彼女が襖を開けようとしたときに、ちょうど汀が先に開けたのか。か弱そうに見えるその少女の奥にいる――これは逆に気の強そうな――に視線を定めて汀が手を軽く上げる。
「ちわー」
「どうも」
目を細めて作り笑いをする汀と警戒しているのか小さく後ずさりしながらも返事する黒髪の少女――この人がオサか。
「何か用事ですか?」
「愛想悪ーっ」
たしかに聊か以上に汀は警戒されていた。まあ、最初からこんな調子の汀を相手にしているのだから、当然と言えば当然の反応だが。
「オサ先輩のこういうところは、今に始まったことじゃないですけど」
「何だ、それなら、まあ、いいか」
後輩と思われる少女からのフォローにすぐに立ち直る汀。相変わらず思考を切り替えるのが上手い。
「…………」
「で、葵先生からオサに伝言」
「……オサ?」
自分に使われた愛称に訝しげにオサ――小山内さんが反応する。
「最初ぐらいは礼儀正しく、『小山内さん』とか呼ぼうと思ったんだけど、呼び方途中で切り替えるのってタイミング難しいじゃない?」
別に長い間一緒というわけでもあるまいし、そこまで気を使う必要もないと思うのだが。…ま、汀にそれを言っても無駄か。
「とはいえ最後まで『小山内さん』だと長いし、まどろっこしいし」
……長いか?
「で、同じ年だから『先輩』なんかの敬称も略」
「いいけどね、それで」
軽く溜息を吐いた後、小山内さんが妥協する。
「ま、あたしのことも適当に呼んでいいからさ」
「それではあたしは『きゃんきゃん』と」
「そうきたかっ!?」
年下である少女からの一言にさすがの汀も項垂れる。目には目を、歯には歯をというが、これは酷い。
「きゃんきゃん?」
「きゃんきゃん……」
小山内さんを除く残りの二人が反芻する度に見えないが汀に突き刺さる。
「きゃんきゃんか……」
少し悪乗りしてみるとする。
「……式までそう呼ぶの!?」
こちらを恨めしそうに見た視線を、次は事の中心に坐する少女へと向ける。
「なんかその『弱い犬ほどよく吠える』って感じの響きが、個人的にちょっと嫌なんだけどー」
毒を以て毒を制す、夷を以て夷を制す。言い方は様々あるわけだが。武術を生業にしている汀には一番ダメージがある言葉を無意識に使うこの少女は一体何者だろうか。
「あのさ、百ちー。もうちょっとスタイリッシュでカッコ良さげっぽくなったりしない?」
「では『ミギーさん』一択で」
「…………」
またもや項垂れる汀。どうやらこの少女は汀の天敵であるようだ。
「『きゃんきゃん』とか『みぎやん』とかよりは、シャープな感じだと思いませんか?」
色々と比べるものを間違えているような気がするのだが。
「あー」
どうしたものかといった態度で、短めの髪を指の隙間に、頭を書いていた汀は。
「……ま、いっか」
「いいんだ」
「…いいのか?」
意外にもあっさりと受け入れた。途中、私と小山内さんの声がはもる。
「オサも式もミギーって呼んでいいわよ?」
「……普通に汀って呼ばせてもらうわ」
「オレも小山内に同意見だ」
名字の呼び捨てが気になったのか、一瞬小山内さんと目が合う。だがその視線は眩しいものを見た時のようにすぐに外される。
「そう?」
少し残念そうな響き。
「両儀さんはえーっと」
次は私に矛先を向けたのか、こちらをマジマジと少女が見つめる。
「考えなくていい」
生まれてこの方、愛称なんてつけられたこともないわけだし、必要とも思えない。
「式っちとか、両ちゃんでどうです?」
いや、話はちゃんと聞け。
「………」
無言で軽く睨む。
「――うわ、もしかして私睨まれてます?」
それ以外になんだというのだ。
「百子、いい加減になさい」
軽く小突かれ窘められる百子。小山内さんも大変そうだ。
「式はほら、ちょっとお固いからさ。あまり愛称とかあだ名はねー」
「必要なことでもないだろ」
「それはそうなんだけど。もう少し愛想良くってもいいのよ?」
その言い方がなんとなく、しばらく会うことが出来ない青年のものに似ている気がして、あたしはいっそう仏頂面になる。
しかもそいつの声が私の中でリフレインするのだからムカつくことこの上ない。『式、君は女の子なんだから』。言葉遣いを気をつけろと毎度毎度世話を焼く彼に心の中で毒づきつつ、私はいつもの言葉を呟く。
「……オレの勝手じゃないか」
まったく、幹也も汀もへんなところでずるい。
「……で、先生からの伝言って?」
少女、秋田百子の反省を確認した小山内さんは閑話休題とばかりにずれていた話を元に戻す。
「先生、代打に任せて一休みするから、予定通りに進めておいてって」
「代打?」
「イエス、代打」
バットを振るゼスチャーを織り交ぜ答えた後に、立てた親指で自分の胸元を指し示す。
そして、暫くするとその自身に向けた指をこちらにも。…話が見えない。
「ま、あたしと式なんだけどさー」
「先生に買収でもされましたか?」
「んー、当たらずとも遠からず。合宿中は和尚の食事も、まとめて一緒に作るんでしょ?」
「はい、その予定です」
か弱そうな少女が答える。ああ、つまりは――。
「なんだ、飯を条件に買収されたのか」
「身もふたもない言い方しない!」
まぁ、材料を自分で買いに行く手間が省けるのならばその条件もありだと思うけど。
ここ、咲森寺は田舎であると同時に人気のない所に建っている。仕方のない事ではあるが、2日に一回の食事の材料の買い込みは歩きとバスを駆使せねばならず、中々に面倒だった。
それを考えれば、少々面倒な事を押し付けられようと共同した方が効率的であり。
「まあ、オレはどっちでもいいけどさ」
汀の判断に委ねることにする。……もう決定事項なんだろうけど。
「ぶっちゃけあたしと式だけ除け者なのは寂しいじゃない?」
いや、これといって特には。
「ご飯を炊くにしても、お味噌汁を作るにしても、別々にやると、いろいろ勿体ないですしね」
先ほどのか弱そうな子が同意を得て、汀の調子が上がる。
「そういうわけで、葵先生と和尚とあたしの三人で打ち合わせた結果――」
ひとり、ふたり、さんにんと、人差し指から順繰りに薬指まで持ち上げて数え上げ。
さっとその手をひるがえすと、立てた三本の指は親指一本と入れ替わっており――
「あたしと式も一緒にご相伴にあずかる」
「ギブ」と自分の胸元を、その親指で指し示し。
「代わりにあたしたちも可能な限り、そっちに混じって作務をする」
「テイク」と再び手をひるがえし、ぱっと開いたてのひらを、私たちの方へと向けて差し出す。
「そんな結果になりましたとさ。よっろしくー」
向こうも異論はないようで、小山内さんが一度周りの部員を見渡したあと、汀が差し出した手を握り返した。交渉成立ということだろう。
「それで、先生は?」
「働き手は確保したから、もう先生の出る幕じゃないわね……と、お風呂に」
それでいいのか、教師。
「ちなみに咲森寺のお風呂は温泉だったりして」
「温泉!?」
素っ頓狂な声を百子――秋田百子が上げる。
「上水道を引くみたいに、源泉から温泉水を引いてきたりもできるのよ」
有名な火山が県内にあるこのあたりでは、そう珍しいことではない、と付け足しつつ説明する汀。毎回思うけど、汀って説明好きだよな。
「なかなか、最高なご身分ですねぇ」
「あたしがそそのかしたんだけど、先生なんだから別にいいでしょ?」
犯人はお前か。
「まあ、そうね」
「で、オサ。これからどうするわけ?」
「まずは仕事の分担からかしら」
「妥当な判断だな」
「……あ、ありがとうございます」
「別に敬語じゃなくていいよ。……どうせ汀から年とか聞いたんだろうけど。その当の汀だって溜口だろう?」
「えっと、はい。じゃあ、そうさせてもらうわね」
「ああ」
こちらをちらりと見ながら小山内さんは、振出しに戻る。
「……食事の支度に最低限の人数だしたら、後は全員掃除に回らなきゃって思ってたんだけど――」
「百子ちゃんが脅かすので、もっと掃除甲斐のあるお部屋を想像してました」
「あ、わたしもです……」
和尚が予め手を入れてくれていた故に、既に部屋はこざっぱりと掃き清められていて、寝起きするには文句のない状態にまで整えられていた。
古びてはいても汚くはなく、色の失せた畳などは、好き嫌いの別れる藺草の青臭さを薄めていて、かえって万人向けの居心地の良さに貢献していた。
「部屋の掃除は、必要なら後からそれぞれやればいいってレベルよね。
わざわざ人手を割くことないから――」
言葉を一旦止め、小山内さんは開かれた襖の先に見える風景を見据えた。
私と汀も一緒になって境内を見る。ここ数日で見慣れたいつもの風景。和尚ひとりでは手に余るだろう広々とした敷地。夏にもかかわらず真っ白な地面。
小山内さんは真っ白な――夏椿が散った地面を眺めて。
「とりあえず、今日の所は境内辺りからかしら」
そう言って他の部員に確認した。
山と積まれた白い花は、まさに掃いて捨てるほど、放って置けば腐るほどあるのだ。掃除場としてはうってつけ……とはいえ。
掃除しても次の日にはまた山が出来ているのだろうな。なんて考えてしまうと、徒労に終わる労働が億劫になるのは仕方のない事である。
「それで手一杯だろうけど、廊下とか広間とかは、するなら迷惑にならない範囲で」
「その場合は、和尚さまに確認をとるようにします」
「うん、そうして」
まあ、ここで意見を出したところで剣道部の連中は掃除する気満々なようで。ちらりと汀を見てみれば普通に手伝う気みたいだし。
「お風呂は先生が入ってるから、特に手を付ける必要なし」
ちなみに二十四時間風呂である。まあ、源泉かけ流しの温泉だし。
「後は食事の支度ですから――」
桜井さんの口から出た“食事の支度”という単語に反応してか、部員全員の視線がか弱そうな少女へと向けられる。つまりは――
「ほう?」
部員と一緒に彼女を捉えていた汀は、視線だけでは足りぬとばかりに、そのまま一歩二歩と歩みを進め、物理的に距離を縮めると。
「あ―――っ!?」
何を企んでいるのかと思えば、いきなり彼女の顔の両側をがっしり両手で挟み込み、自分の顔を近づけた。
「……え?」
汀の落とす影の下、被捕食者はきょとんと眼を見張る。……というか、いきなりそれは止めろ。
「なるほどねー、これはいかにもお菓子作りとかやってそうな顔だわ」
「え? え? ええ?」
戸惑う少女と笑顔で這い寄る変質者。そんなイメージが頭の中に沸き立つ。……なんか無性にムカついてきた。
「ちょーっ! ミギーさん何をーっ!?」
汀を捕まえようと動こうとした足が隣からの悲鳴によりピクリと止まる。
「やすみんの観察」
対する汀は平然と言い放つ。観察っておまえ、観るだけに飽き足らず触れてるだろう。
「ちょっちょっちょっ、ちょーっとスキンシップ過剰なんじゃないですかーっ!?」
その必死な形相に気付けば、私の中に沸いたもやもやした感情は形を潜めていた。が――。
「オサ先輩! ぼーっと見てないでざわっち助けてあげてください!」
次はおまえの顔が小山内さんと近すぎるぞ、秋田さん。
それもいつものことなのか、小山内さんはひとつ大きなため息を吐くと、か弱い――いや、保美だったか。相沢保美――と汀の間に割って入った。
「手伝ってくれるのはありがたいけど、うちの部員に変なちょっかい出さないでよね」
「良いじゃない、減るもんじゃないし」
「減るわよ。神経だとかやる気とか」
顔を赤く染めた相沢さんとジト目で汀を見る秋田さん。
「うわー、何気にひどーい」
それにプラスして、情け容赦ない小山内さんの一言が汀にダメージを与える。
汀は冗談めかして嘆いて見せると、大人しく両手を放した。私といるときもそうだが、やはり汀は初対面から馴れ馴れしすぎると思う。――そう、やっぱりアイツみたいだ。
ふと、またもや黒縁眼鏡が視えた気がして、私はいっそう仏頂面になる。
――ま、幹也はこんな嘘でこりかためたりとかはしないんだけど。
寧ろ、真正面過ぎて恐れ入る。
「なら、情報ぐらいはちょうだいよ。やすみんが剣道部の料理番長って認識でオーケー?」
「えっと……」
不貞腐れる汀にはにかみつつ視線を泳がせる相沢さん。
「ざわっち印の美味しいごはんは、ほっぺた落ちる出来映えですよ?」
何故か、かわりに隣にいた秋田さんが自慢を始めた。
「ほほう」
「それはもう、寮のごはんを作ってくれる、調理師のおねーさん達が嫉妬するほどなのですよ」
「百ちゃん、それ言い過ぎ……」
「いーや、ンなこたァないね! ありませんね!」
いや、なんでおまえがそこまで自信たっぷりなんだよ?
「へー、本当なら大したもんね」
どうやら私に対しても所見は疑っていたようだが、私みたいなタイプやお嬢様学校に通う目の前にいるお嬢様たちは料理が出来ないというレッテルが汀の中では貼ってあるようだ。
「オサは知ってた?」
「話というか噂はね。私は自宅通学だから」
2012-11-15T16:21:55+09:00
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間話:初戦
https://w.atwiki.jp/duoigunis/pages/28.html
「まずはあたしがやってみせるわね――」
水面を乱した糸に喰いついてきたのは、やはり雑魚だった。
何も驚くことはない。まだ時期としては早いぐらいなのだから、狙った大物が掛からなくても仕方がないのだ。――とはいえ、小物とて釣ってしまったからにはちゃんと引き上げてやらないと。
立ちあがりざま手にした長い棒を軽く振り回す。
よし、準備は整った。
今日の釣りは聊か騒がしいことになりそうだった。
「――――!」
雑魚も群れれば何とやら。目の前には今夜釣れた大漁の―――。
「ギシャァオァ――!!」
触れた先から失われていく鈍い感触。先程あった重みはあっさりと消え去る。
軽く周囲を見渡す。赤い目が一つ、二つ、三つ――――。
二つで一セットのそれがおよそ二十はあるか。いや、今は十八だ。
数えている最中にも、あたしの腕は動き、鈍い感覚を覚えさせる。舞のように足を動かし、棍が円を描く。
ただの雑魚でしかないソレは奇怪な声を放ち塵となる。
そう、これはただの釣りなんかではなく――。
「なるほど、だいたいの相手の動きは理解した」
隣でニヒルに笑う彼女を視界に収めた時――敵の数が十を切った時、一陣の風が吹いた。
「グギャア――!?」
銀色の線が脳裏に焼き付き、無意識に瞬きした後、目前の魍魎を確認しようとするが、数が合わない。
――三匹減ってる?
代わりに、雑に切られた彼女の前髪が風に揺られ、赤い目に反射して鋭物が輝きを放つ。
二つの現実を頭に叩き込んでようやく理解に至る。
「速い――!」
なんのことはない。あたしの眼の前にいた魍魎は死神に目をつけられたのだ。
両儀式という名の、生きているなら神様だって殺す少女に―――。
ここに来た運を呪うしかない。鬼切と死神の前に現れたからには一匹たりとも逃さない。あたしは式の視線に頷くと、襲ってくる魍魎の鉤爪を横に跳んで避け、相手が次の動きに入る前に咽喉元を棍で勢いよく突く。また一体消え去った。
さて、鬼退治はあたしの方がプロなのだから負けてはいられない。棍を握る手に力を入れて振るう。
式と数を競うようにしてやってみればそれはほんの刹那の時であり――。
「なんだ、もう終わりか」
不服そうに言う彼女がちょっと可笑しくて笑う。
「お疲れ様」
棍を一振りし、彼女の肩を叩く。
「でもさすがは若が認めただけのことはあるわねー」
実際のところ、あれを敵に回した場合の事を考えるとヒヤリとする。なにしろ、意識していなかったとはいえ、初撃の動きは全くあたしには視えていなかった。
「人ならざる者の相手をするのは初めてじゃないしな」
「ふーん?」
鬼を狩る、というのも正確には初めての出来事ではないらしい。ただ、狩った鬼は魍魎みたいな式神の類ではなく、もっと人に近い存在――吸血鬼と呼ばれる人の血を吸う鬼だったようだ。
その中でも真祖と呼ばれる種とも戦ったことがあるらしいが、結果は引き分けに終わったらしい。彼女の自身の言葉を使えば、「あんなメチャクチャな存在があっていいのか?」というほどその真祖は強かったそうだ。
式をそうまで言わせる存在となれば、鬼退治を生業としているあたしとしてはどう反応すればよいのか。できれば一生戦いたくはない相手である。
「ま、それでも表向きは式も一般人のレッテルを貼られる人間なわけだ」
あたしと同じく“高校生”という配列に入れられている式。それはあくまで表の顔であっても、…あったとしても偽りというわけではなく。だがその中途半端さはあたしと式の弱みなのかもしれない。高校なんて義務教育ではないのだし、意外にも鬼切というのは職業として成り立っている。給料もでる上に、保険なんかもかなりの額(あまり笑えないが)で、別に在学することに必要性があるのかと問われれば難しい事であった。目下、あたしが高校に通う理由なんておそらくは楽しいから、という私的感情に他ならなかった。だが、目の前の彼女はどうだろう?楽しいから、という理由で高校に通うようには見えない。むしろいつものように「メンドくさい」といってサボりの常習犯になりそうな空気さえある。
「…そうだな」
普段から遠くを見つめる目が少し、また遠くになった気がした。彼女はいつだって遠くを見つめている。今より先を見つめている気がする目は、あたしにとって新鮮だった。正直魅せられているといっても過言ではない。底が見えない黒い瞳。今まで何人の人間が魅せられてきたのか想像も出来やしない。
「……夜が明けるな」
丑三つ刻も過ぎ、鬼の踏み石もまたすこしずつ潮が満ち始めてきていた。これから後に来ることはまずないだろう。
「そーね。とりあえず仕事はこれにて終わり。帰って一風呂浴びるとしましょ」
式の歩幅に合わせてゆっくり歩く。
「先に入っていいよ。オレは後で済ませる」
一緒に入ろうという前に言葉は遮られた。一緒に寝てるし、裸を見られて恥ずかしがるようなタイプともあまり思えないわけだけど。はて、なんでだろう?ここにきて数日たった今でも一度たりとも一緒に入ったことはなかった。
「一緒に入ったほうが効率よくない?」
「別に効率とかどうでもいいだろ。急ぎじゃないし」
「あたしは式と一緒に入りたいんだけどなー」
わざとらしく拗ねてみる。隣で式が今日何度目かの溜息を吐いた。
「今日はいいだろ?また今度な」
その言葉を聞くのも何度目か。せめて言葉に色を付けたらどうだろうか、式。とはいえ、あまり引きずるのもよくないのは確かだ。
「しょうがないなぁ。じゃ次は一緒にね」
微かに呆れながら笑う式の姿を軽く見やりながら大きく伸びをする。四六時中温泉につかれるという待遇は本当にありがたい事だった。
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後書き
書いたのは書いたけど、出すべきか悩んでいた式の魍魎との初戦闘です。
別にこれがあってもなくてもさほど問題ないんですよね(爆
時間軸としてはまだ青城の子たちが来る前です
[[次回予告>http://www.youtube.com/watch?v=OGXQeV_5zug]]
2012-11-14T06:53:52+09:00
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第2話:青い城からの来訪者
https://w.atwiki.jp/duoigunis/pages/26.html
ずいぶんと前に亡くなった祖母は旅が好きだった。
見知らぬ景色。
見知らぬ人々。
見知らぬものとの出会いが大好きで――
高い天井で育てば背が伸びると言うように、
世界を広く持つことが、人を大きくするのだと――
そして高校二年の夏休み、私も遠くへ旅に出る。
部活の合宿なのだけれど、これも旅には違いない。
電車と車を乗り継いで、私たちは南の海へ。
剣と胴着をかばんに詰めて、鬼ヶ島を望む岬の山門へ。
そこで私が出会うのは――
我が部を支える内助の功。旅先で知る新たな顔も出会いと言えば出会いなのかも。
―――相沢保美
ここより先の南から来た、目的不明の先住者。ちょっと苦手かもしれない。
―――喜屋武汀
神代の《剣》を携えて神ます島へと向かう黒衣の剣鬼――
―――カヤ
沙羅の木の咲くシロの中、一際異彩に咲き映える枯れずの赤い椿にも似た――
―――コハク
――そして、私が辿り着いた夜。互いに惹かれるように、波に運ばれやってきた少女。
―――ナミ
投げ入れられた六つの小石。波紋が重なり彩を成し。まだ見ぬ絵巻を織り上げる。
月の満ち欠け、潮の満ち引き、
水面(みなも)を乱す宿命(さだめ)の周期(めぐり)――
瑠璃の宮処(みやこ)にまどろむ龍の、いざなう嵐に私はあらがう。
むげんのなみはわだつみのこどうーー
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「うはー階段ながーっ」
ぞろぞろと大名行列のようにやってきた一団の中から甲高い声が聞き取れる。
――あれが、青城女学園の子たちか……また面倒なときに来てくれちゃって。
まあ、来てしまったからにはしょうがないわけだが、さて。
あたしは彼女たちに見つからないように気配を殺して背後に回る。式に見つかったら、呆れられるに違いない。
そもそも彼女たちは山門に繋がる長い階段に眼を奪われていたので、そんなに気にしなくとも彼女らの死角に回る事は容易だったのだが、ここはノリというやつだ。驚かすなりなんなりするときには、まずタイミングが重要なのだ。
「そしてぼろーっ」
またもや同じ甲高い声。まあ、そりゃぼろいでしょ。由緒正しいお寺なわけなんだし。むしろ、こんな田舎の山奥に聳える寺が、真新しかったら、それこそ場違いに見えるのではなかろうか。
「…………風情がある、と言えばあるんでしょうけど……」
今度は落ち着いた声が響く。偏見ではないけど、先程の甲高い声よりはよっぽどこちらの方が、和を以てよしとする剣道には向いている。だが、そのあたしの感想は更なる上の登場に前言を撤回せざるをえなかった。
「もっと率直な感想でもいいんじゃない?」
凛とした響き。いかにも武を連想させる、冷たい空気に触れるような声だった。こちらが『武』ならば前者の落ち着いた声の持ち主は『文』というべきだろうか。ほら、茶道とか日舞とか、なんかそういう純日本文化の中でもよりお上品なものの方。
「では……百子ちゃんに同意ということで」
「つまり、ぼろいと」
「えっと……」
はにかんだような笑顔で落ち着いた声の持ち主は誤魔化した―――と思ったが。
「そうですね」
すぐに誤魔化すのをやめ、肯定した。ここまで率直に言われて、和尚泣かないといいけど。
「門は別にいいとして、建物の方は大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫って?」
「雨漏りとか、したら困りますよね……」
聞き耳を立てていたあたしは、その言葉についつい苦笑してしまう。本当に青城女学院ってお嬢様校なわけね。
「姫先輩大甘です!とんだ箱入り和三盆です!田舎の大自然が持つ住居浸食能力を軽く見過ぎですっ!」
先程の甲高い声が割入った。ふむ、なんだかこの子だけお嬢様が似合わないわね。
本人達が気付いていないことをいいことに、あたしは情け容赦なく観察して、素行調査を行う。たまに聞こえてくる『オサ先輩』とはあの声に比例するように凛とした立ち居振る舞いをしている少女の事だろうか。見たところ同年齢かなと思うが、部長かもしれないことを考慮に入れると3年生かもしれない。
「え?」
「穴だらけの障子襖は当たり前、天上隅の蜘蛛の巣なんかも序の口で、布団はがびがび、踏むと沈むじっとりとした畳、夜は鼠の大運動会――
ひいいっ!なんて恐ろしい!考えるだけで怖すぎます!」
ひとりで叫んでひとりで怖れだした。――不憫な子だ!
「そんなに……すごいところ、なんでしょうか」
隣では落ち着いた声――姫先輩と呼ばれた少女が不安そうに眉を「ハ」の字にする。まあ、たしかに田舎によってはそうなんだろうけど。
特に、海辺の田舎家は潮による影響で畳がじっとりとするところが多いし、ここも目の前に海が広がっているわけで。その不安があったといっても可笑しくはないわけだ。
とはいえ、意外ときちんとそのあたり整備されている咲森寺には無縁の話である。……普段がどうかは知らないけど、少なくとも客をもてなしている間――つまり、あたしと式が泊まってる今は、毎日和尚が手入れをしていたし、畳は古くはあっても、常日頃の賜物か汚くはなく、寧ろ安心して寝転がれる、十分に快適な環境と言えた。というわけで見た目が古くてもその心配は杞憂に終わるというわけだ。
「いや、私に聞かれても正直困る。百子が言うほどのところだとは思わないけど……
先生、その辺りはどうなんですか?」
「大丈夫だと思うわよー。廃屋ならともかく、鈴木さんが住んでるわけだし」
「鈴木――佑快さん、でしたっけ?」
「ええ。お父さんの知り合いなんだけど、合宿先の相談をしたら、二つ返事で引き受けてくださってね――」
鈴木佑快、それがこの寺の和尚の名前だ。まさに快く佑と読んで字が如く。今回のあたしと式の件においても、目前の青城女学院の子たちにおいても、快く快諾してくれた。まあ、後者は出来れば断ってくれたらあたしの仕事が少し減ってくれたんだけど、贅沢は言えまい。
「和尚さんのその即答が『くっくっくっ、都会の萌やしっ子がこの環境に耐えられるものならな』みたいな挑戦状じゃなければいいんですけど」
「さすがに和尚さまですから、そういう人ではないのでは……」
甲高い声――百子の言葉に、姫先輩…こっちは本名か分かりづらいわね――が、やんわりと否定する。というか、否定したそうに言葉が宙に舞う。
「…………」
「うわっ!?その沈黙はなんですかっ!?」
先生の沈黙に百子が悲痛な叫び声を上げる。実際のところ佑快和尚は豪快ではあるものの、そんな挑戦状まがいな事を突き付けるような人間ではない。むしろ和尚としては少々問題があるぐらい物事にルーズな一面があると言っていいだろう。
「え?鈴木さんはとてもいい方よ。お坊さんとしては、少し問題あるかもしれないけど……」
即後、あたしと概ね同じ意見を先生が口にする。
「祇園精舎の鐘の声――」
……お?
「―――諸行無常の響きあり」
あたしは「これぞベストタイミング!」と言わんがばかり、凛とした声の持ち主の諳んじた言を継いだ。
その言霊に誘われたのか、山の上から鋳物の応え。和尚が鐘を突き始めたのであろう。
「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」
長く尾を引く鐘の音に和し、滔々暗唱する。それが自身の先生のものでも、部員の誰とも異なるものと気付いたのか、先に諳んじた少女はこちらに振り向いた。
今まで見上げていた山ではなく、その反対側に広がっている――あたしの背にあるのは夕凪の海。
暮れなずんでいた太陽は、今では型端を水面に浸し、輝く赤を溶かし込んでいる。
「奢れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。猛き者もついには亡びぬ、偏に風の前の塵に同じ」
逆光が眩しいのか、眉をしかめて目を細め、夕焼けに同調するように立ったあたしを彼女は視界にようやく納めた。
「ふーん、いきなり『平家物語』とは、随分とまた渋い趣味してるじゃない。
みなさんこんにちは。一応確認しとくけど、青城女学院の剣道部の人?」
さも今来たかのようなしぐさで見据えて尋ねる。
「そうですけど」
すると、少し低めの声で返答が帰ってきた。
「ならばようこそ咲森寺へ!」
きゅっと両の口端を軽く釣り上げて笑顔で出迎える。いや、あたしの方が山門より遠いんだけどさ。
「あー、そこそこ。そんなにこっち睨まない」
気付けば、馴れ馴れしいあたしの態度を不審に感じたのか、先に諳んじた張本人がこちらを睨んでいた。
「あたしは別に、ナンパ目的で女子高生に近づく不審者ってわけじゃないから」
むしろあたしも女子高校生と言えば、そうなるわけなので本当にそう思われているのだとしたらさっさと撤回しておきたい。
「あたしは睨んでなんかいませんよ?」
「わ、わたしも……」
百子と、今までずっと黙って聞いていた少女が弁解の声を上げる。それを一通り見ると、件の少女が自身に向かって人差し指をさした。
「……もしかして、私?」
「そうそう。そこの純黒おかっぱ頭」
そう、件の少女は今の現代人にしては見事なおかっぱ頭をしていた。いかにも堅そうなイメージを受ける。
「私も睨んでませんけど」
「そう?」
睨んでないというのならば、可能性は――。
「なるほど、夕日が目に染みたのか」
まだ、夕日に眼が慣れてくれないのか、という妥協点を打つことにした。それだと他のメンバーが睨んでいるように見えないのが疑問点として残るわけだけど。
「ちぇーっ、あたしの美貌に目がくらんだとか、嫉妬の炎を燃やしたとかじゃないのかー」
「…………」
無言の応酬に、あたしはちらりと片目だけで彼女の表情を見る。堅物相手ならここ数日で慣れたものだ。
「せっかく隠れて聞き耳立てて、ここだってタイミングまで見計らったのになー」
「…………」
わざとらしく現実を吐露してみる。こりゃ、式並みにぶっきらぼうなのかもしれない。まあ、あっちの方が最近はあたしのテンションに慣れて付き合いやすくはなってるんだけど。
「お?まだまぶしい?」
「いえ……別に。それで、もういいです」
未だ彼女の中では睨みつけていないけど、睨みつけているように見えた理由というやつを考えていたようだった。
「……失礼ですけど、咲森寺の方ですか?」
姫先輩がおそるおそる尋ねてくる。
「おっと、自己紹介がまだだった」
どうやら、あたしは自己紹介をし損ねる癖があったらしい。
「あたしはミギワ。キヤンミギワ」
胸に手を当てて、答える。ああ、漢字が解りずらいか。
「喜ぶ、屋号の、武士で、喜屋武」
「確か、沖縄にそういう地名がありましたよね?」
お、よく知ってたなぁ。喜屋武岬とかで有名なのかねぇ。ちなみに喜屋武岬ってのは沖縄の最南端にある岬のことね。
「そうそうそれそれ、その喜屋武。あたしの実家、そっちの方」
「はぁ……」
「ミギワはさんずいに十干十二支の丁――」
「『ひのと』?」
このいい方じゃわからないか…じゃあ、何と言えばいいかな。
「甲乙丙丁の『てい』。この言い方、成績悪いみたいで好きじゃないんだけど――」
「包丁とか一丁目とかの『ちょう』?」
「それだ!」
なんだもっとわかりやすい言い方があったじゃない。
「その、口八丁手八丁の『ちょう』とさんずいを合わせた一字が持つ意味は――」
くるりと浜辺を振り返り、波が打ち寄せる海と陸との境目を指さす。
「音の通り、水の際」
てのひらに漢字を書きとっていたらしい百子は。
「こうして字面を並べてみると、喜と屋が名字で後ろ半分が名前みたいですよね」
そんな陽気な感想を述べた。
「なんて読むのよ……」
全く同意見だった。
「『ぶちょう』とか?」
「そりゃ良くないわ。被りはまずい」
「え?」
「ほら武汀と部長で被るでしょ?」
自分を指さした手を純黒おかっぱ頭の少女へと向ける。
「……私、部長だなんて言いましたっけ?」
さらに視線が鋭くなる。いや、絶対睨んでるでしょ、これ。
「おー、怖っ」
剥き出しの警戒にあたしは大げさに肩を竦める。演技もここまでくれば中々堂に入ってくるというものだ。――それに、どうやらあたしの方が五,六センチ背が高いみたいだ。
「誰がボスかは見りゃわかるって。そっちの子に『オサオサ』言われてたりするし?」
「らしいですよ、オサ先輩」
言っている当の本人が面白そうに自身のボスを見る。
「…………」
「……梢子先輩?」
難しい顔で悩む先輩に気遣わしげに声をかける後輩。こりゃ部長であることは事実だと言っているものだ。
「それ、違いますから」
確信めいたものを感じていると、逆に否定の言葉が彼女から放たれる。
「ん?」
「組織の長って意味じゃなくて、苗字ですから」
ふむ、苗字だったのかー。それはあたしの失態である。
「へー。オサさん?オサ何とかさん?」
「小山内です。小山内梢子」
「オサナイは小山内(おやまうち)か。残念ながら『長』の字は入ってないわけだ」
ひとつの問いに、ひとつの答え。まあ、これで彼女のフルネームは聞けたわけだ。
「…………」
「お察しの通り、夏休み直前に部長を引き継いだりしましたけど」
あたしが感心そうに頷いているのが、続きの催促だと思ったのか、最後に小山内さんは付け足した。
「……あ」
「あ?」
「……何でもないです」
「そう?本当に何でもない?」
一体どうした事か、小山内さんは頭を振って、若干視線を緩ませた。
「ふーん」
「何ですか?」
「何でもなーい」
わざとらしく目を細めて、笑顔で答える。ちょっと初対面ではやりすぎだろうか。
ならば――さっさとここらで行動に移るとしますか。
あたしはするりと視線を咲森寺のある山の上へと外し、小山内さんの隣をすり抜けた。
「じゃあ、みんな行くわよー」
「ういーっす」
百子の暢気な返事に押されてか、他のメンバーも三々五々、石の段に足をつけた。
上る階段の両端には、低い柵が立っている。
その仕切りの向こうから、壁のように密に立ち並んだ木々が、枝を越境させている。
「それにしても……
咲森寺というだけあって、すごい花ですね」
長い階段に沿って、ただ一種類の木だけが花開いている。青葉が落とす濃い影の中、夕日の色を濁りなく載せる花弁は無垢な白。そう、まさに沙羅の木が右を見ても、左を見ても咲き誇り、昼まで咲いていた花は白い絨毯を作り出している。
「あー、朝とか昼はもっとすごいんだけど」
「夕方はすごくないんですかー?」
「そういえば花、けっこう落ちちゃってますね」
階段まで侵食している白い絨毯に目をやりつつ、姫先輩――桜井綾代は少し残念そうだった。
「朝(あした)に咲いて夕(ゆうべ)に散るから――まさに盛者必衰の沙羅の木って感じじゃない?」
「これが沙羅の」
「あら?小山内さん、さっきのは知ってて諳んじたんじゃないの?」
感心そうに漏らす小山内さんに先生が意外そうに尋ねた。あたしとしても急に『平家物語』なんて諳んじるものだから、知っているとばかり思っていた。逆に言えば、知らずに諳んじたのだからそのセンス、なかなかに侮り難い。
「いえ、そういうわけでは……
これが沙羅の木なんですか?」
「んー、そうなんだけど違うというか?」
先生からの返事は微妙に曖昧なものだった。
「本当の沙羅――サーラの木ってインドの方の木だから、暖かくないと育たないのね。だから温室が普及する以前の日本には生えていないわけ。
でも昔のお坊さんは『日本にもあるはずだ』って、野山を巡って探しちゃったのね。
その結果、この白い花を咲かせる木――夏椿が、沙羅の木ってことになっちゃったわけなのよ。日本では」
先生らしく説明好きなのか、いやそれとも説明好きだから先生になったのか、先生――葵花子はさらりと答えた。おそらく普段からこんな豆知識を蓄えているのだろう。
「へー」
「でも、そういう由来の木だから、お寺に植えられていること自体は珍しくないのよ。
ここまで徹底しているのは、ちょっと珍しいかもしれないけど」
ふむ、そういえばあたしもここまでたくさんの沙羅の木を見るのはここに来て初めてかもしれない。
「確かに、すごいですよね……」
「上はもっとすごいわよ。まさに沙羅の森があるから」
背中を押すように、強い風が一陣吹いた。
あたしは一足先に上り終える。それに続いていた百子、桜井さんが感嘆の声を上げた。そこに小山内さんともう一人の大人しい気の子がいないことにようやく気付いた。
丁度、二人揃って登ってくるところのようだった。あたしはそれを見据えつつ、式がこちらにゆっくりと歩み寄ってくるのを肌で感じた。
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後書き
[[次回予告:第三話>>http://www.youtube.com/watch?v=SKaz9vUg2G0]]
2012-11-13T16:15:19+09:00
1352790919
-
アオイシロ~シロを視る世界~
https://w.atwiki.jp/duoigunis/pages/23.html
・[[プロローグ]]
・[[登場人物設定]]
・[[第1話:自己紹介]]
・[[第2話:青い城からの来訪者]]
・[[第3話:既視感がないことも……]]
・[[間話:初戦]]
2012-11-11T22:19:25+09:00
1352639965
-
第3話:既視感がないことも……
https://w.atwiki.jp/duoigunis/pages/27.html
それなりの広さの境内とその奥に控える本堂が小山内さんら剣道部の面々を迎えた。
石畳の隙間を広げて伸びる野草や、落ち放題に落ちた花が、廃れた印象を抱かせる。
夕べの光が染めるセピアめいた色味が、余計に侘びしく見せているのかもしれない。
漆喰の剥がれが目立つ山門程ではないが、本堂も十分に古い。
「うはー、やっぱりぼろいですねえ」
「まーね。使ってる部屋なんかは、こざっぱりとしてるんだけど」
一応今のうちに誤解は解いておくとする。
わざわざ和尚が時間を割いて整えていたところを目撃してしまっているので、すぐに確認すれば分かる事とはいえ出来る限り早く誤解は解いておきたい。でないと少々不憫だ。まあ、あの和尚ならそんなこと気にしないんだろうけど。
「それは朗報です」
「ちょっと安心しました……」
純粋な感想を述べる百子と、心底心配していたのだろうか、胸を撫で下ろす桜井さん。
「こらこら、あなたたち失礼なこと言わないの。これからお世話になる場所なんだから――」
今まで大人しく聞いていた先生は、慌てて二人の生徒の無礼をたしなめようと口を開いた。
「いやいや、正直、大いに結構」
だがその言葉は途中で渋い声に遮られた。和尚と式がすぐ横手まで来ていたのだ。
「見ての通りのぼろ寺によく来なさった」
墨染めと輪袈裟を身に纏う和尚の隣でこれまた和服を着こなす式。結構様になっているのではなかろうか。
和尚は、名を体で表すかのごとく、「山寺の和尚さん」のような――というかまさに山寺の和尚さんなんだけど――出で立ちをしていた。
「でかっ!うちのじーちゃんよりもでかっ!」
ただ、背が高い。しかも筋骨逞しい。おそらく何かの武道をしていたのだろう。どうにも精進料理ばかりを食べてきた体には見えない。
「おや、驚かせてしまったかな?」
間近に立たれるとあたしでさえも壁のように感じる和尚の身長は、女子のそれにしても平均以下と思われる百子にととって、正しく遮壁だった。
「拙僧、咲森寺の住職にして唯一の僧侶、鈴木佑快と申しまする。ぼろくてすまんが、わしひとりではなかなか手がまわらんでのう。
鐘を撞いておったら、出迎えにも遅れる始末じゃ」
和尚が示す先には小さ目の鐘突堂がある。それもまた寺の古さに比例して一般的な鐘楼であるが、今時は少し珍しいのかもしれない。若の仕事に付き添って赴いた寺ではその過半数が自動式のものに切り替わっていたような気がする。
「では、先ほどの鐘は和尚さまが?」
「うむ」
むしろ未だ相変わらずの無言状態で背景と化している式が撞いている風景があったら、明日はきっと予定より早い嵐となっていたことだろう。
「心が現れるような響きでした」
……そういえばこの子たち、ちゃんと式の存在に気付いているのだろうか。
「気に入っていただけたようで、それは何より」
まあ、本人が気にしていないようなので今は突っ込まないべきか。むしろメンドくさいと言わんがばかりにそっぽを向いてるわけだし。
「ですけど、随分と中途半端な時間に鳴らすものなんですね」
「まあ、確かにね……」
五時や六時といった、切り良い時間からは外れていたため、疑問に思ったのだろう。それを指摘された和尚はすこし眉間に皺を寄せた。
「ううむ、気付かれてしまいましたか。確かに中途半端な時間なのじゃが――見ての通りの貧乏寺でしてのう。自動撞木などというものには、とんと縁がない」
「え? 自動……ですか?」
「ふっふっふっ、近頃はそういったものがあるんじゃよ」
きょとんとした目になる桜井さんに、顎鬚を得意げにしごきながら和尚は続ける。むしろ、最近はそっちが多いと思うんだけど。
「この咲森寺のような、何とか暇なしの小さな寺であれ、檀家を抱え込み過ぎて、年中師走の巨刹であれ――」
途中、言葉と共に止めた手を袂にしまい込んで。
「毎朝毎夕、決まった時間に鐘を撞き続けるというのは、なかなかに難しいことなんじゃよ。
その難しいことをきちんとするのが、日々の修行というものなのじゃが、生憎とわししか人手がおらんのでのう」
「……あれ?」
至極残念そうに語る和尚を見て、小山内さんがこちらと、式を軽く見据えて疑問の意を上げる。
「喜屋武さんとそちらの方…はお寺の人じゃ?」
ちゃんと小山内さんの視界には式も含まれていたらしい。
「勝手に出迎えたりしてなんだけど、実はあたしも単なるお客さんなのよ。あー、もちろんさっきから一人むすっと和尚の隣に立っている人もね」
あたしの連れなのだ、と式の肩をポンと叩く。それを鬱陶しそうにする式と、じろりと強めに睨めつけてくる小山内さん。
「ま、寺の人間だなんて言ってないし?」
「…………」
小山内さんが納得いかなそうに唸る。話を切り替えようとしてか、中途半端な声が桜井さんから漏れた。
「えーと……」
桜井さんの視線が不機嫌そうにそっぽを向いている式に向けられる。
「この人はリョウギシキ。漢字はえーっと、易有太極 是生両儀 両儀生四象 四象生八卦 八卦定吉凶 吉凶生大業の両儀と式神の式ね」
実際のところ、両儀という苗字はこちらから来ているのではないかと思っている。あまりにも珍しいではないか、『両儀』だなんて。
「すみません。式の方はわかりましたけど、リョウギの方がわかりません!」
真剣に頭を悩ませて煙を上げようとしていた百子は敗北したかのようにぐったりとして己の内を吐露した。
「わたしもちょっと――」
「車両とか一両日の『両』に正義、講義とかの『義』?」
おしいっ。たしかにそう書くときもあるけれど。
「儀式の方の『儀』だ」
今まで黙っていた式がそう付け加えた。
「なるほど……」
「なんだか御二人揃って難しい名前ですね」
百子が問題を解決したためか、すぐに元気を取り戻して言う。
「そう?」
「そうか?」
式と同時に漏れた声が宙を舞う。なんでこんなところばかり息が合うのかねぇ、あたしたち。
「ですね。あまり聞いたことがないです」
「あたしの苗字はさっき言ったように、地区の名前だし、式の方はえーっと、何だったっけ?」
「……知らない。『何だったっけ?』なんて振っても最初から汀に説明した覚えもないぞ、オレ。強いていえばうちは武家だったらしいからそれが理由じゃないか?」
「あれ、そうだったっけ?」
おどけて場を繕う。どう考えてもただ、「武家だったから」なんて理由ではないと思うのはあたしの深読みだろうか。式は何かを隠している、そう思えて仕方がなかった。
「たしかに武士っぽい響きですよね」
とはいえ、周りを納得させるには十分な回答であった。
「汀。オレ先に部屋に戻ってるから」
対する式は彼女らに全く興味がないらしく、言うや否や背を向けて歩き出していた。
「愛想がないなぁ。まあ、求めるだけ無駄かもしれないけれど」
あたしと二人の時はあそこまで突慳貪ではないのだが。どうも式は自身に興味が湧く対象以外にはひどく無関心な所がある。あれ、逆に言えば、式にとってあたしは興味有る対象ということになるのか。それはそれで悪い気はしない。
「喜屋武さんと両儀さんってどういう関係なんですか?」
「ん?旅の連れだけど」
さっき言わなかったっけ。
「いえ、そういう意味ではなく」
「あー、そっちか。友達よ、友達」
式がここに居たら否定されていたかもしれないが、まあこのあたりが妥当な所ではないだろうか。ただの仕事仲間なんです、なんていうのはちょっといただけない。それに、これからなればいい話だし?
「友達……」
「あれ、そうは見えない?」
「見えないというか。失礼ですけど――避けられてますよね?」
「む――」
そんな事はないと思うんだけど。…ないよね?
「ふむ、わしはとても仲が良いと感じておったのじゃが」
「もちろん、仲なら良いわよ。ほら、式もあたしのこと呼び捨てにしてたでしょ?」
実際のところ、式が名字で呼ばれるのが嫌う性質があるせいで最初からこんな感じなのだが。今は誤魔化す手としてはいいカードかなと思う。
「たしかに『汀』って呼び捨てにしてましたね」
百子が先程の会話を思い出して、頷く。それをみると一応は納得したようで小山内さんは引き下がった。というより、深く聞きいるつもりもないのだろう。
「そういえば両儀さんはお幾つなのでしょうか?」
「あたしの一つ上。年齢的に学年で表せば高校3年生に値するかな」
「……“年齢的”?」
意外と目聡いなぁ。小山内さんって絶対後から小姑っぽくなるわよ。
「そんな細かい事まで気にしない!」
深い意味はないと手を振って示す。
「まあ、それ以上の事は本人に聞けばいいんじゃない?」
「たしかに、そうですね」
「本人のいないところでこういう話をするのもよくない、か」
「そういうこと」
そう言いつつも、小山内さんの視線は式が去ったほうに向いたままだった。
「む?」
不意に、和尚が目を細く眇めて小山内さんともう一人を見た。
「そこのお嬢さんとそちらのお嬢さん」
「「はい?」」
「お嬢さん方、こちらに来るのは初めてかね?」
自慢の髭を触りながら、そんな事を訊いていた。
「えっと……どうして……ですか?」
「わしの頭のこのあたりが――」
和尚、つるりと一撫でして。
「お嬢さん方に見覚えがあるような気がすると、何やら訴えておるのじゃが……」
困惑したように眉を寄せ、ぴしゃりと頭に刺激を与える。……むしろ逆に大切なものが何か抜け落ちそうな音だった。
そんな和尚にフォローを入れるべく百子が口を開いた。
「わかります、わかります。思い出せそうなのに思い出せないのって、気持ち悪いんですよねー。
それでざわっち、こっちの方に来たことは?」
「ふむ、そちらのお嬢さんは『何とかざわ』さんと申されるか」
「…………」
対する『何とかざわ』さんは、無言でちらりと小山内さんを見た後、申し訳なさそうに顔を伏せた。
「相沢保美……です。マネージャーをやっています。えっと、こっちに来るのは……初めてです」
「ふむ……。
珍しくない苗字じゃが、わしが知っとるどの相沢さんにも、該当するお嬢さんが思い当たらんわい」
むぅ、と唸り声を上げつつ頭をまた一撫でする。
「わしは職業柄、人の顔と名前には強い方――のはずなんじゃが」
はて、と首を捻る動作に連動して動く、和尚の視線を皆が追い、あたしももう一人の人物に視線を向けた。
「それで、オサ先輩は?」
「ん?」
百子に促された小山内さんは、ぐるりと周囲を見渡して、境内を囲む夏椿に目を向けた。
「長い――階段と――お寺――。
それから白い花にも、見覚えがあるような気がするんだけど――」
単語々々で記憶を遡っているのか、声が小さく漏れる。
「それ以上は覚えてないから」
最後にそう締めくった。
「お寺参りなんて珍しい出来事ですから、覚えていたりしそうですけど」
「そうでもないわよ」
桜井さんの言葉にすぐさま否定が入る。
「ないんですか?」
「秋子さん――お祖母ちゃんが旅行好きだったから、小さい頃はあちこち連れまわされたのよ」
なるほど。たしかに年寄りは何故だか、お寺だの神社だのを回る趣味があることが多い。
「お祖母さまと旅行三昧ですか。それはちょっと羨ましいですね」
「基本は寺社とか温泉とか。それも有名観光地を外した、通好みな所ばっかりだったけどね」
「子供が喜ぶ場所じゃないですよねぇ」
「それでも、良い思い出でしょう?」
げんなりする百子と比べ、それでも桜井さんにとっては羨ましいものに感じるらしい。小山内さんも桜井さんに頷き返した。
「確かにね。私と、秋子さんと――」
「そうそう。お寺や神社やその手の場所って、お年寄りの旅行先では、ベスト何位かには必ず食い込む人気スポットだと思うんですけど――。
和尚さんは別として、ご老体にあの長い階段は不親切きわまりないと思うんですよね」
「言われてみれば、確かにそうですね」
また記憶を遡っているらしい小山内さんを置いて、二人の会話は進む。
「お年を召した方だけでなく、小さな子供にもきついですよね」
声は聞こえているのか、小さく頷く小山内さん。一体何を思い出していればこんなに長く耽るというのだろうか。あたしは注意深く、彼女の動向を視た。
「なっちゃ―――」
そこで漏れた声にびくりと体に電気が走る。
「なっちゃんって、誰?」
あたしは上の空状態になっていた小山内さんに近寄り耳元で尋ねた。若干、いつもの軽々さを捨てた低い声で。
「――!?」
我に返った小山内さんは息を飲み込み、心臓を跳ねあがらせた。
「~~~~」
あたしはすぐに冷や汗を流す彼女から遠ざかり、にんまりと笑顔を作る。
「ねーねー、オサ、オサ。なっちゃんって誰―?」
あえて愛称で彼女を呼ぶ。
小山内さんは掌で顔を覆い、その甲であたしの向ける視線を遮った。
「喜屋武さんには関係ない人よ」
そう冷たく言い放つ彼女には、自身が愛称で呼ばれたことにすら気づける余裕がない。
「へー、そうなんだ」
ここは普通にスルーするべきだと判断。あまり深く尋ねるのはそれこそ野暮だ。――とはいえ、何だったというのだ、さっきの背筋に電気が走ったような感覚は。
「私の親戚――お母さんの従姉妹だもの」
「……ふむ」
何かを思案するように、あたしと小山内さんのやりとりに耳を傾けていた和尚は、髭をいじっていた手を袂に戻し。
「まあ、一期一会と言いますように、今日この時の出会いを大切にするのが良いでしょう」
と、締めくくり。
「それではお嬢さん方、案内しましょう」
言うや否や、彼女らの返事を待たずに歩き出した。……和服を着た人は返事を待つのを嫌うなんてジンクスでもあるのだろうか?
――――その頃、伽藍堂では――。
「どういうことですか?式が暫くこっちに帰ってこないって」
自身の上司である蒼崎橙子はさも面倒臭そうにこっちを見た。その顔からは、普段かけている眼鏡は外されている。
「頼んだ仕事が面倒なことになってね。黒桐、おまえは魔術もなしに鬼と渡り合う自信はあるか?」
はあ、やはりまたオカルト絡みなのか。うん、でもどうだろう?昔話では鬼が村を襲い、民が戦う姿はよくあることだけど。
「普通に考えて無理ですよ。僕はそもそも魔術なんて使えないですけど、銃を握ろうが、剣を握ろうが、結局僕は素人だし、そもそもそんなものを見た経験すらないんですから」
鬼。一般的には角が生えていて棍棒を振り回すようなイメージが強い。無論ながら、魔術師である橙子さんから漏れた言葉ということはそういうイメージを覆す現実がある可能性が高い。つまり、鬼は物語の世界だけのモノではなく、現実に存在するのだとも橙子は言っているのだ。
「だろうな。だが、お前は無理でもそれを可能とする集団がこの世界には存在する」
「え、鬼を倒す集団……ですか」
そんなものは初耳である。もしかして、僕たちが知らないだけで外国では普通に鬼が闊歩していたりするのだろうか。――いや、それはないだろう。例え外国であったとしてもそんな事実があるのならば僕たちの耳に入らない筈がない。
「そう、“鬼切部”という部署があり、そこから系列はさまざま。『何とか党』だの数を数えれば切れないほどの党が存在する。
今回私の下に来た依頼主の名前は『守天正武』。彼が属するのは鬼切部守天党といってね。その名の通り、鬼を切る事を仕事とする人間であり、守天党の長、鬼切役だ」
組織だって鬼を狩る、なんとも自分の現実からはかけ離れた話ではあるが、蒼崎橙子という人間は僕に全く関係のない話をするほどの暇人というわけではない。元々説明好きで話が長くはなりがちだが、それ一つ一つに意味があるというのは、ここで働き始めてすぐに理解した事だった。まあ、式は長話を嫌って、いつも要件をさっさと言えと不機嫌そうに催促をするのだけども。
「依頼の内容はなんだったんですか?」
「ああ、おまえも御伽噺で聞いたことはないか?蛇を倒したらその体の中から剣が出てきただの、山一つを一振りで半分にするほどの威力を持つ剣だとか」
たしかに聞いたことがある。昔話によくありがちな事だ。
「そういう話は完全に御伽噺だとおまえは思うか?」
「そうですね。全てがとは思いませんけど。何か物語のきっかけになるようなものが存在しなければ、まったくの思いつきで書かれた物ばかりだとは言い難いですね」
よろしい、と軽く橙子さんは頷く。
「いま黒桐自身が言ったように、だいたいの物語には原型(アーキタイプ)が存在する。何かそう思わせるような存在がなくてはならない。でなければ物語が派生することなどないのだからな。例えば式や私の魔眼もそうだ。実際にそういったものが存在するからこそ、いくら秘匿されていても噂という形で綻び、魔眼が現実の世界で想像(イメージ)という形を得て模造(トレース)されていく。魔眼が実在するというのを知らないときに、存在するのだと教えられても、そうそう信じられるものではないだろう? だが実在することを間近で見せられたとき、簡単な説明で頭にうまく情報を入り込ませやすいのは、そういった、予めに近くなくとも遠くない存在を御伽噺として頭に最初から蓄積させているからだ。その代わり、御伽噺を現実と受け止めるのはなかなかどうして難しい。何故ならそれは本人にとっての現実を覆すことが多いからだ。人はいつだって自身の現実にしがみついて生きている。そうでなければ、彼らにとっての“普通”であり続けることが適わなくなるからな」
たしかに僕たちにとっての現実は橙子さんの現実ではない。僕から見たら彼女や式が話す話はオカルトであって、真と知っていても、どこか信じたくないと思う自分がいる。だがそれが普通の人間にとって正しい感情なのだと、橙子さんは言う。
「つまり、そういった伝説上の武器が存在する、と」
「その通りだ。鬼切部守天党の役割は一般的にはその名の通り、鬼切だ。しかし、本来の――創設目的には別の理由が存在する。とある『神代の呪物の封印』。それが鬼切部守天党の存在意義さ」
神代の呪物……それはまさに神話や御伽噺でしか存在しないとされている存在。そしてそれを魔術とは別の力で秘匿し、数百年も昔から封印してきたのだと。
「彼らの長である守天正武は“万物全てを殺すことが出来る”魔眼に興味を抱いた。とりあえず、破壊できるかどうかだけでも見定めて欲しいとな」
「それで式が……」
話は振出しに戻り、一番聞きたかった真実が橙子さんの口から出る。だけど、僕が言うのもなんだけどさ。……よく式がそんな依頼を受けたなぁ。
「もちろん式はあまり乗り気ではなかったのだがね。その時に事件が起きた」
「事件、ですか……?」
「秘匿されていたはずの神代の呪物《剣》が、正武がこちらに依頼しに来ている間に、鬼に盗まれたのだそうだ」
組織の人間は全員、死に至る程の傷は受けていないそうだが、全治数か月のありさまで、まともに動けるのは戦いには敗れたものの比較的軽症だった少女一人だけだったらしい。何故、鬼が《剣》の存在を知っていたのか、その真実も未だわからず仕舞い。橙子さんとしてもオカルトが現実を闊歩するのは好まない。秘匿されるからこそ、価値があるという魔術師らしい理由を以て、彼らに協力することにしたようだ。
「えーと、つまり式は鬼退治の協力を?」
「正確に言えば、《剣》の奪還、または破壊のため、だな」
とりあえず、今はっきりと判るのはまたもや式は危ない目に自ら飛び込みに行ったらしい、ということだ。
「鬼退治はしなくてもいいんですか?」
「さてな。それは両儀式が判断する事だろう」
呟くように、空を見上げながら言う橙子さん。式次第ということだろうか、それとも“彼女”次第ということだろうか。
まあ、聞いても答えてはくれないんだろうな。
「それで、式はいま何処に?」
「鬼退治にはうってつけの場所、さ」
「はい?」
「鬼ヶ島…卯良島に最も近い地。卯奈咲さ」
後から情報を探っていて気付いたことだけど、卯奈咲や卯良島、その名前を持つ地はかなりにオカルト臭がする、いわくつきの場所であった。
2012-11-11T22:15:24+09:00
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第1話:自己紹介
https://w.atwiki.jp/duoigunis/pages/25.html
「そういえば、まだちゃんと自己紹介してなかったっけ?」
はたと思い出し、…といっても口実に近いが今の今まで必要最低限のことしか口にしない我がパートナーに声をかけた。
あたしと両儀さんが若のコネで世話になる事になった咲森寺に来て早1時間。十分身の回りの準備を終えた今、何も話さずにいるのはあまりにも気まずかった。
「そうか?」
対する彼女は出会った時と変わらずぶっきらぼうだ。
「ほら、あたしまだ両儀さんに名前教えてないよね?」
自分で言って思い出す。ああ、そういえば―――いろんなことがあり過ぎてそんな当然なことまでしていなかった。彼女の名前は知っているのに、こちらの名前を相手は知らぬとは如何なものか。
無言で見据えるのはそのまま話を続けろという意思表示なのか、それともあまり興味がないのだろうか。……いや両方か。とりあえず彼女の意思に従うことにする。
「あたしの名前は喜屋武汀。分かっちゃいると思うけど鬼切部守天党の鬼切よ。役付きじゃないただの下っ端だけどね。そして普段はただの高校2年生」
ただのってところをわざとらしく強調してみせると、彼女は少し可笑しなものを見るように口元を笑みの形に歪めた。なんだ、ちゃんと笑えるんじゃない。
「オレは両儀式。まあ、こちらに来る前に名乗ったから分かってるだろうけど。蒼崎橙子の協力者…みたいなものかな。普段は高校1年生だ」
「あ、年下なんだ?」
男っぽいとは最初から思っていたけど、彼女がそれを意識しているのかどうかはさておき、なんと一人称までもがオレだった。予想通り彼女は近しい年齢だったわけだが、それでも同い年かちょっと年上…ぐらいを見積もっていたため少し吃驚する。
「いや……年齢的にはお前の一つ年上になる」
なるほど。彼女もあたしと同じく“普通”ではないというわけだ。咄嗟の仕事に駆り出されれば単位取得のための最低時間が足りなくなる可能性はある。そうなれば致し方なく留年ということにもなるだろう。勉強ができないってわけじゃなさそうだし。
「…お互い大変ね」
今のところは何とかそうあらずに済んだがこれから先も“普通”の学校生活を送れるとは限らない。そう思い彼女に同情の意思を示すと、彼女は不思議そうにこちらを見た。あれ、何か勘違いした?
「当たらずとも遠からずってとこか。オレが今でも1年のままなのは仕事が原因ってわけじゃない」
ふむ、では何故なのだろうか。当たらずも遠からずってことは普通の理由ってわけではないようだし。ここは彼女がそうしたように無言で耳を傾けることとしよう。こういうのは頭で考えるより答えてくれるなら初めからそうした方が良い。
「2年間、入院していたんだ」
両儀さんはさもどうでもいいことのようにぽつぽつと語りだした。
なんでも彼女は車に撥ねられたらしい。そして気付いたら病院のベッドの上で、2年の月日が経っていたことを知った。その代償との引き換えだったのか、目覚めた彼女の身にはある一つの異変が起きていた。
「万物全てに綻びがある」
ずっと2年間、生と死の狭間を彷徨っていた彼女にはその綻びが線という形で視ることが出来るようになったのだという。それを恐れて自身の目を潰そうと思い立つ程の恐怖。あたしの眼も普通ではないが彼女の眼の異常さと比べれば正しく天地の差だろう。
入院している際に蒼崎橙子とは出会ったらしい。両儀さんが医者や他人と話すことを拒んでいたため、言語療法士という仮面を被って蒼崎さんは現れた。そして直死の魔眼に気付いた蒼崎さんは両儀さんをスカウト。それからは彼女の意思によって血腥い依頼を好んで受けてきたという。
「正直、だから今回の依頼はオレにとってあまり気が向かないモノではあったんだけどな」
皮肉なことに2年間の月日を経て無事生還を果たした彼女は生と死の境目に立っていないと生の実感を得る事すら難しい状況にある。実感を得るために蒼崎橙子からもたらされる依頼を受けてきた彼女にとって、《剣》が自身にとって、破壊できる対象であるかどうかなんて些末なことでしかないらしい。
まあ、そんなことを当の《剣》を琉球へと運んできた人やあたしのご先祖様が聞いたらそれこそ心底こう思うだろう。「馬鹿にしているのか?」って。だが、その力を持った本人にはそんな事は全くもって関係ないらしく、先程から畳の上で胡坐をかきながらナイフを磨いている。というより、よくもまあ和服で胡坐かけるわよねー。
「それじゃあ、どうしてこんな辺境の地まで付き合ってくれたわけ?」
ちょっと確認に来たつもりが、いきなり長期旅行となってしまったわけだ。彼女としてはかなり面白くない状況であろう。
「《剣》がどうのこうのってのは橙子やおまえたちの都合だから興味ない。けど、おまえを軽くあしらったっていう剣鬼には興味が湧いた」
軽くあしらわれた身としてはかなりムカッと来ることこの上ないが、事実は事実だ。あたしは一つ溜息を吐くとそのままニヤリと笑った。
「あたしの仇なんだから簡単に獲られちゃ困るわね」
折角若を言いくるめてこんな所まで来たのだ。彼女がいかに強かろうとほいほいと自分の獲物を渡してしまうほどあたしも甘くはない。だけどそんなあたしの態度の何処かが気に入ったのか、彼女は先程のような笑みではなく純粋に面白そうに笑った。
「ああ、だけどまたやられたらその時は問答無用で奪っちまうからな」
「そうなったら、まあしょうがないかな」
任務に必要以上の私情を挟むべからず。それぐらいはあたしも何年も鬼切やっているのだから理解している。
「おまえ、面白い奴だな。オレ、おまえの事気に入ったよ」
「ほぉ、それは奇遇ね。あたしも両儀さんみたいなタイプって結構好みよ?」
実際、こういったタイプの人間は個人的に見ていて楽しいし、なにより仕事上ではベストなパートナーということになる確率が高い。必要以上に他に興味を持たないということは、それだけで相手がどんな行動に出るのかわかりやすいし、それに合わせての共同戦線も組みやすい。一見、単独行動に長けているように見えてその実、グループの中でもある程度はやっていけるはずだ。その点、経験不足は否めないだろうけど。
まあもちろん、グループ戦をやれというのならある程度指揮官が部下の事情を把握しておかなければならないだろうが。
「そうか、本当に面白い奴だな。だが『両儀さん』は止めてくれ。あまり苗字で呼ばれるのは好きじゃないし、さん付けってのは性に合わない」
ふむ。初対面だから一応…と思って気を使ったのだけど、不要だったか。
「じゃあ式って呼んでいい?それとも何かニックネームでも?」
それこそ柄じゃなさそうだが。式にあだ名をつけるやつがいるなら一度会ってみたい。
「……式でいい」
「うん、だよね。――あ、あたしのことも汀でいいから。おまえと呼ばれるのは若や鬼切の上司だけで十分ってものよ」
「ああ、わかった」
すんなりと頷き、彼女は丁度磨き終えたらしいナイフを懐にしまった。
「そういえば式の得物ってそのナイフなの?」
「そうなるかな。普段から持ち運びできるものが好ましいし。結果的にナイフでの戦闘が多い」
なるほど。たしかに普段から刀や剣を持ち歩ける程、日本は無法地帯というわけではない。あたしの得物はむりやり釣竿と見立ててケースに仕舞っているが、なかなかに危ない橋を渡っているという自覚はある。その点ナイフならば護身用にと持つ者もいるし、取締りがどうあっても緩くなりがちだ。
「汀は何を使うんだ?」
あたしはわざとらしく釣竿ケースをとんとんと叩く。
「もしかして竿で戦うのか……?」
「ふっふっふ意外と使えるのよこれが――」
そんなスタイルの人間は初めてだとでも言わんがばかり。不思議そうに頭を傾げるから驚きだ。そんな式が意外でわざとらしく釣られてやる。興味深そうに見つめるものだから性質の悪さこの上ない。
「―――って、んなわけないでしょ。これはカモフラージュよカモフラージュ!」
本当に信じかねなさそうなのであたしは早めに解答を用意した。
「…なんだ。違うのか」
「なんでそんなに残念そうなのよ…」
こんな天然なところまであるとは恐れ入る。あたしは和尚が近くにいないことを確認すると、ケースを開いて式に得物を見せた。
朱色の棍。実際は仕込み棍というべきか。中には金属探知機に引っかかる物騒なものを内包している。
「へぇ、棒術か」
竿でなかったのは未だ残念そうだったが、それでも興味は持ったようだ。どうやら式の周りでこういった獲物を使う人はいないらしい。
「そういうこと。式が近接武器であたしが間接武器。うん、ちょうどいい役割分担ね」
聊か近接武器のリーチが短い気もするが、それでも何とかなるから彼女はその武器を選んでいるのだろう。深くは気にせずにおく。
「御二人方、ある程度はくつろげましたかな?」
唐突に障子の向こうから声がする。
「あ、はい!お陰様で!」
――やっばーいつの間に和尚ここまで来てたんだろう。
和尚が障子を開けるよりも早く棍をケースに仕舞う。式もすくっと立ち上がり、何事もなかったように装う。
「それはようございます。何分長旅でありましたでしょうからな」
「はい、まあ。いきなりの事で本当申し訳ありません。どうぞこちらのことはお構いなく」
そうですか?と髭を触りながら傾げる和尚に笑顔で返す。式は―――うん、こういう時は期待しない方がよさそうだ。
「ふむ。では何かあったら声をかけてくだされ。ああ、もうすぐ暮れます故、薬石の準備をするのならば案内しますぞ」
「大丈夫です。こちらに向かう際にあらかたの場所は確認しましたので」
「ほう、そうでしたか。これは拙僧の節介でありましたな」
ははっと声にあげて笑う佑快和尚に、和尚の分もこちらで作る旨を伝えあたしは持ってきた材料の確認に取り掛かった。
さて、何を作ればいいかねぇ。
「手伝った方がいいか?」
不意に式があたしの手元を覗き込み尋ねてきた。手伝ってくれるという意思は大変ありがたいわけだけど、さて。
「式って料理できる方?」
イメージとしては性格の通りぶっきらぼうで必要最低限の食事をとる以外興味を示さない。…つまりは料理できないに分類されると思うんだけど。ここに来る前も無言でコンビニで買った感じのフルーツサンドウィッチを食べてたわけだし。
「一人暮らしだし、多少の心得はある。専門は和食だから問題はないと思うけど」
さらりと一言。あたしのちょっと前までのイメージを簡単に砕いてくれた。
「ほほぅ、それは朗報ですな。あたしもある程度は出来るんだけど、あくまである程度なのよねー」
実際、あたしの“ある程度”とは、鬼切の仕事で野営するために使えるような簡素な食事を、まあ、まずいとは思わないぐらいの手腕で手軽に作ることが出来る。というものであってあたしの料理の腕前が高いというわけではない。
「なら今日はオレがしてもいいぞ。どうせやる事がなくて暇だし」
願ってもない提案だ。ふむ、だけど式って禅寺での…というか精進料理の知識はあるのだろうか。一応元々そういう類の材料は持ってこなかったから問題ないと思うけど。
「式って精進料理の知識はある?」
「……ないな」
さすがに普段から和服を身に纏っているからといってそういう知識があるというふうには等式は成り立たないらしい。
「じゃあ間をとって今日は二人でやりましょ?知識はあたしが腕前は式が、初めての共同作業ってことで」
ふざけて言うと、式はまんざらでもなさそうな顔をした。
「“初めて”が仕事じゃないことで、とはな」
「まあ細かい事は気にしない!……というか気にしていたらこの後もたないわよ?」
おどけてみせるあたしに小さく溜息を吐くと式は材料を物色し始めた。
結果的に言うと式の料理はあたしの予想をはるかに上回る出来栄えだった。精進料理はどうにも素っ気ないものばかりのイメージがあるけど、うん、悪くない。むしろ美味しいといえるだろう。料理姿を見ている間は見た目通りぶっきらぼうであったが、食べてみると小さな気配りまでされていることがわかる。長年この山門で食べてきた和尚にも大好評なのだからその腕前は折り紙つきと言えるだろう。
飲み込みも早かった。あたしが精進料理において気を付けることを説明するとそれだけで簡単にレシピを思いつきもした。少々羨ましいぐらいだ。
ちなみにあたしと式が共同して作ったのは唐芋ごはん、胡麻豆腐、蓮根の澄し汁、ふろふき大根である。…あれ、気付けば本当に典型的な精進料理ばかり作ってるような?ま、いいか。
そしてあたしと式は夜になり交代々々で"鬼の踏み石"を見張る手はずを整え、長い待ちぼうけを始めることとなった。そういえば式を風呂に誘ったら一人で入るって言って断れちゃったのよねー。女同士なんだしあまり気にしなくていいと思うのに。
そんなつまらない仕事も数日たって、あたしと式がここでの生活に慣れてきた日のことだった。和尚からこの咲森寺に青城女学院高等学校の女子剣道部が合宿に来るという知らせが来たのは―――。
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後書き
もし、これから先専門用語でわからないような部分があれば逐次報告していただけるとありがたいです
2012-11-11T22:04:51+09:00
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登場人物設定
https://w.atwiki.jp/duoigunis/pages/24.html
登場人物設定(第3話までの段階)
前書き
物語に登場した段階で登場人物は追加されていきます。(真実が明らかになると既に書かれたキャラの説明の補足もあり)
文章のレイアウトはPC向けにしているので、携帯やスマフォで見た場合ずれている場合があります、ご了承ください
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アオイシロside
◇喜屋武汀…鬼切部守天党の鬼切りであり、本作の主人公。(原作:メインヒロイン)
運動神経抜群であり女性から見ても文句なしの美人。
飄々とした態度ゆえか動物に例えると山猫。
《剣》を追って卯奈咲を訪れる。梢子をライバル視している。
武器は朱色の棍。必要になれば仕込みを使用する場合もある。
◇小山内梢子…青城女学院高等学校女子剣道部2年主将。(原作:主人公)
女子剣道において全国クラスの実力と腕前を有している。
部員たちからは「オサ」「オサ先輩」と呼ばれ慕われている。
真面目で律儀な性格で強い責任感があるが、反面少々無愛想。
運が悪いらしく、運任せなこと(トランプなど)に弱い。
◇相沢保美…青城女学院高等学校剣道部1年女子マネージャー。(原作:メインヒロイン)
病弱で人一倍体力がないが、芯の強い心を持っている。
料理の腕前は相当なもので、今回も剣道部の料理番をかってでている。
梢子のことは「梢子先輩」と名前で呼ぶ。
◇桜井綾代…青城女学院高等学校剣道部2年。
おっとりとした性格で愛称は「姫」。
練習では相当な力を発揮するものの、本番に弱く結果を出せていない。
梢子のことは「梢子さん」と呼ぶ。また、1年の頃からのクラスメイト。
◇秋田百子…青城女学院高等学校剣道部1年。
期待のルーキーであるが何より経験不足が否めない。
ルームメイトである保美の付き添いで剣道部に入部する。
常に元気に動き回るトラブルメイカー。
愛称で呼ぶ癖があるらしく、梢子や綾代はもちろん、保美のことも「ざわっち」と呼ぶ。
◇葵花子…青城女学院女子剣道部顧問の新米教師。
担当科目が古典で、昔話にも詳しい。実は剣道は素人だったりする。
大のお酒好き。自分の名前に劣等感を抱いている。
◇守天正武…鬼切部守天党の党首。汀からは「若」と呼ばれている。
封印指定の魔術師である蒼崎橙子とは知り合い。汀と式を卯奈咲に向かわせる。
◇鈴木佑快…咲森寺の住職。背が男のそれとしても高く、威圧感がある。
声も背丈と比例してか豪傑であるが、細かな気配りが得意。
空の境界side
◇両儀式…本作のもう一人の主人公。内に潜む殺人衝動故に蒼崎橙子に手を貸している。
何事に対してもぶっきらぼう。
普段着は和服。履物は編み上げブーツか下駄という現代にしては異質な風貌をしている。
『直死の魔眼』を持っており、万物全ての綻びの線を視ることも触れることも可能。
武器は懐に忍ばせたナイフだが、武器としての深いこだわりはない模様。
◇黒桐幹也…式の高校時代からの友人にして伽藍堂唯一の社員。
両親とはとある理由により縁を切ってる。
黒縁の眼鏡に全身真っ黒の服を普段着としているためか、とにかく地味。
探索能力がずば抜けて高い。
どれくらい高いかというと魔術師の隠れ家を一人で見つけるぐらい。
◇蒼崎橙子…封印指定の魔術師。人形師であり魔術師としての個人戦闘ではルーン魔術を使用する。
式の『直死の魔眼』に興味を示し、以後世話を焼いている。
鬼切部守天党の党首である正武とは知人であるらしい。
眼鏡を自身のスイッチとしており、ON OFFで性格がガランと変わる。
社員である幹也からもたらせる情報により式と接触した。
2012-11-11T21:59:37+09:00
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プロローグ
https://w.atwiki.jp/duoigunis/pages/22.html
<div style="text-align:left;"> </div>
<div class="body-novel"> 赤い花を思い出していた。血のように赤くて、綺麗だけどあまり触れたくはない。<br /><br />
海石榴とは違った意味でなんとなく不思議な感じの合わさり方をしている二つの漢字で表された花。海石榴を日本では木偏に春と書くけど、この花は中国からそのまま入ってきたまま、変わることがなかった。まあ、読み方は異なるんだけど。<br /><br />
薔薇……、イバラを鋳薔薇と記すようにその赤い花には棘がある。見るだけならば綺麗なだけだが、触れれば花の色と同じように、自身の手からも赤黒いものを滴り落とすことになる。薔は『細長く伸びる』という意味の『艸檣』を短縮した文字とされているわけだけど、薔の一文字ではその名の通り『みずたで』という名の植物の名前となる。花も葉も細く長いそれは正に、といった漢字だ。そう考えると薔と薇で薔薇と呼ぶのはちょっと面白いかも、なんて思う。<br /><br />
薔と薇はどちらも茎が長いとは思うが、薔とは違い、薇は上部は丸みを帯びた…というより、蝸牛の殻のように、漫画でよくあるような子供向けのペロペロキャンディように、中心に向かって渦をなしている。そのうえ、薔薇のように美しい花を咲かせるわけではない。同じなのは茎が長いことだけかとさえ考えてしまう。元々はバラやカラタチなどの棘のある低木の総称だったから、と安易に考えるべきなのだろう、と結局は妥当なラインであたしは結論を出していた。<br /><br />
さて、なんであたしがこんなに長ったらしく薔薇について考えに耽ることになったのかというと、その理由は簡単だった。<br /><br />
若の隣で未だ一言も口に出さずに目を瞑ったままの少女を見たときの、最初の感想が薔薇みたいな人だな、だったから。<br /><br />
いかにも高そうな青藤色の着物で身を包んでいる少女は私と同い年ぐらいだろうか。正坐したままピンと張った背、注視しなければ気付かないほど薄い息遣い。人形を思わせるように肌は白く、それでいてこの場に溶け込むように全くの違和感がない。彼女自身にとっては座っているだけなのかもしれないが、十分にそれだけで絵になりそうだった。<br /><br />
逆にそれだけ溶け込んでいる、という現実に違和感をあたしは覚えた。<br /><br />
「―――というわけで、《剣》を奪還、最悪の場合破壊のため両儀さんと組んで卯奈咲に行ってもらう」<br /><br />
彼女のことが気になって、若の言葉を半分しか聞いてなかったが、さすがに最後の締めくくりは耳に留まった。<br /><br />
ちょっと待って、それってどういう―――。<br /><br />
「ペアを組むっていうのはとりあえず良しとしますけど、”破壊”ってどういうことですか?納得できる説明をお願いします」<br /><br />
彼女がこの場にいる、ということは今回の事件についての何らかの協力者であるということはいくらあたしでも予想がついた。守天党の存在意義に関わる事件だ。そう外部の者にほいほいと説明できるはずがない。つまりは彼女は若にとって信用に足る、それでいて戦力として期待できる相手だ、ということになる。<br /><br />
一般人ではない限り、ペアを組むことには問題ない。いや出来ることなら慣れない相手とのペアは願い下げではあるんだけど今は非常事態である、だからそれはいい。とはいえ――。<br /><br />
そもそも破壊ができないからこそ《剣》は封印されたのだ。それを軽く、最悪の場合は破壊って……。<br /><br />
いくらなんでも話が急展開すぎる、と思う。<br /><br />
「俺の知人に蒼崎橙子っていう人がいてな。お前、魔法使いは信じるタイプか?」<br /><br />
唐突に若は真剣な表情でそんなことを聞いてきた。<br /><br />
「ま、魔法…?」<br /><br />
いきなりの言葉に間抜けな声が宙に舞う。いやだって、そんな……。<br /><br />
「―――若」<br /><br />
「なんだ?」<br /><br />
「若って電波な人だったんですね」<br /><br />
「失礼なことを言うな。じゃあ、両儀さん。あんたならどう反応する?」<br /><br />
目を瞑ったままの少女に若は声をかける。彼女は表情を崩すことなく、口を開いた。目は瞑ったままだ。<br /><br />
「そうだな。普通なら今、彼女が言ったようなことを考えたいとは思うよ。<br />
―――だけど、実際に存在するということを識っているなら答えはどうあっても変わってくるんじゃないか?」<br /><br />
初めて聞いた彼女の声は予想以上に綺麗で、それでいてなんというか男前だった。声色から察するに女では間違いないようだけど、口調は男そのもの。とてもちぐはぐなものを見ている気分だ。<br /><br />
そもそも彼女はとても中世的な顔立ちをしていた。男が見れば美女に、女が見れば美男に見えるだろう。その割には髪は短めに雑に切られている。もしかしたら、自分で切っているのかもしれない。加えて男勝りな口調ときたものだ。少し、ほんの少しだけだけど彼女が女性であるということに自信がなくなってきた。<br /><br />
さて、彼女の観察はここまでにするとして、考えるべきは彼女の言った言葉の意味であるべきだろう。<br /><br />
……つまるところを言うと、彼女は魔法使い、またはそれに類する存在を見たことがあるということだろうか。それこそ胡散臭い話だ。<br /><br />
「まぁそんなもんだよな。俺も最初はそんな気分だった」<br /><br />
おまけに若までがその回答に満足そうに頷くものだから性質が悪い。<br /><br />
「若、あたしをからかってそんなに楽しいんですか?」<br /><br />
「いや、からかっているつもりはない。端的にいうと蒼崎橙子っていうのはな。魔術師と呼ばれる存在なのだそうだ」<br /><br />
「――はぁ?」<br /><br />
いやいやいや、それこそあたしをからかっているつもりなのではないだろうか。鬼がいるなら、そういうものも有り、って問題ではないのだ。それこそ杖を振っただけで勝手にモノが動いたりしてくれるのなら、陰陽師はいらないというものだ。<br /><br />
「――おい、気配から察するにお前の部下、見事に魔術師っていう輩を勘違いして考えてるぞ」<br /><br />
仕方ない、といった感じのため息。さては彼女まで若のように電波なことを言う気だろうか。それとも逆だろうか。むしろ彼女が現れたからこそ若は今電波なことを言いだしたのかもしれない。<br /><br />
「といってもなあ。俺もよくわからない部分が多いんだよな」<br /><br />
「それには同感しないこともないけどね。<br />
ま、説明しても実際に見てみない限り信じられないものは信じられないだろうし…そんな存在がいるとだけ認識しとけばいい」<br /><br />
どうやら存在することだけは二人の間では当然の事実のようだった。<br /><br />
「わかりました。とりあえず魔術師というのが実在していて、若の知り合いの蒼崎さん…でしたっけ?が、魔術師だということでOKですか?」<br /><br />
もうやけになれ。この二人の話をまともに聞いてたら、あたしまで電波なことをそのうち言いだすような羽目に合うかもしれない。…いや、撤回。十分鬼退治なんかやっているあたしは既に周りからすれば電波なのかもしれない。<br /><br />
「うむ。そして蒼崎の元で特殊な依頼の時の”足”となっているのが、彼女というわけだ」<br /><br />
なんでも蒼崎橙子なる人物は人形師らしい。しかも魔術を使った傀儡(人形)。陰陽師が式神を作るのと同じようなものだと説明された。<br /><br />
そして彼女の部下であり有事の際の蒼崎橙子の足であり、手である少女もまた”普通”ではないらしい。<br /><br />
本人曰く”生き物全ての死が視える”とのこと。だけど彼女自身は魔術師ではなく、ただそんな能力を持った魔眼を有しているだけらしい。魔眼ということならあたしもあたしの中の常識の範囲内だ。<br /><br />
彼女には全ての命あるモノの”死の線”が視えているのだという。おまけに視えるだけでなく、触れればどんなものでも”殺す”ことが可能だという。<br /><br />
実際に証明するために若が渡した大振りの大剣を、彼女は彼女にだけ視えているらしい線をなぞるように触れただけで綺麗に粉砕(ころ)してしまった。<br /><br />
名を『直死の魔眼』。死神の目だ、とは彼女の上司である蒼崎橙子が言った言葉だとか。<br /><br />
生き物すべての綻びが視える彼女には理屈上、《剣》さえも破壊可能らしい。今回彼女がこの地を訪れたのもそれを確認するために若が蒼崎橙子に依頼して連れてきた、とのこと。<br /><br />
だが、それは遅かった。ちょうど若が留守にしていた時に―――あたしが遅れて守天党の屋敷を訪れた時には《剣》は既に剣鬼に奪われており、仲間はほぼ全滅。単独で挑んだあたしは気付かないうちに決定打を受け敗北してしまった。<br /><br />
その後、若と蒼崎橙子の話し合いの結果、彼女の手足たるこの少女があたしたちに協力することになった、ということらしい。<br /><br />
どうやら魔術師であるという彼女にとっても今回の件は聊か軽視して黙認するわけにはいかないみたいで、いざとなったら蒼崎橙子自らの協力さえ約束してもらえたそうだ。その代り、報奨金の要求額も目玉が飛び出るほどデカいものだったとか。その話を頭が痛そうに話した若に、少女は「だろうな」と相槌を打ちながら失笑していた。<br /><br />
あ、ちなみに失笑って「笑いを失う」と書くからってよく冷笑と同じような意味だと誤解されがちなんだけど、本当は、というか本来の意味はおもわず吹き出してしまうってことなのよ?<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
「蒼崎橙子より仰せつかり参上しました。両儀式と申します」<br /><br />
小さな声で、だけど部屋に響き渡るには十分なトーンで彼女は最後に言った。<br /><br />
それがしばらくあたしのパートナーとなるらしい少女の名前だった。</div>
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2012-11-11T21:27:04+09:00
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