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 赤い花を思い出していた。血のように赤くて、綺麗だけどあまり触れたくはない。

 海石榴とは違った意味でなんとなく不思議な感じの合わさり方をしている二つの漢字で表された花。海石榴を日本では木偏に春と書くけど、この花は中国からそのまま入ってきたまま、変わることがなかった。まあ、読み方は異なるんだけど。

 薔薇……、イバラを鋳薔薇と記すようにその赤い花には棘がある。見るだけならば綺麗なだけだが、触れれば花の色と同じように、自身の手からも赤黒いものを滴り落とすことになる。薔は『細長く伸びる』という意味の『艸檣』を短縮した文字とされているわけだけど、薔の一文字ではその名の通り『みずたで』という名の植物の名前となる。花も葉も細く長いそれは正に、といった漢字だ。そう考えると薔と薇で薔薇と呼ぶのはちょっと面白いかも、なんて思う。

 薔と薇はどちらも茎が長いとは思うが、薔とは違い、薇は上部は丸みを帯びた…というより、蝸牛の殻のように、漫画でよくあるような子供向けのペロペロキャンディように、中心に向かって渦をなしている。そのうえ、薔薇のように美しい花を咲かせるわけではない。同じなのは茎が長いことだけかとさえ考えてしまう。元々はバラやカラタチなどの棘のある低木の総称だったから、と安易に考えるべきなのだろう、と結局は妥当なラインであたしは結論を出していた。

 さて、なんであたしがこんなに長ったらしく薔薇について考えに耽ることになったのかというと、その理由は簡単だった。

 若の隣で未だ一言も口に出さずに目を瞑ったままの少女を見たときの、最初の感想が薔薇みたいな人だな、だったから。

 いかにも高そうな青藤色の着物で身を包んでいる少女は私と同い年ぐらいだろうか。正坐したままピンと張った背、注視しなければ気付かないほど薄い息遣い。人形を思わせるように肌は白く、それでいてこの場に溶け込むように全くの違和感がない。彼女自身にとっては座っているだけなのかもしれないが、十分にそれだけで絵になりそうだった。

 逆にそれだけ溶け込んでいる、という現実に違和感をあたしは覚えた。

「―――というわけで、《剣》を奪還、最悪の場合破壊のため両儀さんと組んで卯奈咲に行ってもらう」

 彼女のことが気になって、若の言葉を半分しか聞いてなかったが、さすがに最後の締めくくりは耳に留まった。

 ちょっと待って、それってどういう―――。

「ペアを組むっていうのはとりあえず良しとしますけど、”破壊”ってどういうことですか?納得できる説明をお願いします」

 彼女がこの場にいる、ということは今回の事件についての何らかの協力者であるということはいくらあたしでも予想がついた。守天党の存在意義に関わる事件だ。そう外部の者にほいほいと説明できるはずがない。つまりは彼女は若にとって信用に足る、それでいて戦力として期待できる相手だ、ということになる。

 一般人ではない限り、ペアを組むことには問題ない。いや出来ることなら慣れない相手とのペアは願い下げではあるんだけど今は非常事態である、だからそれはいい。とはいえ――。

 そもそも破壊ができないからこそ《剣》は封印されたのだ。それを軽く、最悪の場合は破壊って……。

 いくらなんでも話が急展開すぎる、と思う。

「俺の知人に蒼崎橙子っていう人がいてな。お前、魔法使いは信じるタイプか?」

 唐突に若は真剣な表情でそんなことを聞いてきた。

「ま、魔法…?」

 いきなりの言葉に間抜けな声が宙に舞う。いやだって、そんな……。

「―――若」

「なんだ?」

「若って電波な人だったんですね」

「失礼なことを言うな。じゃあ、両儀さん。あんたならどう反応する?」

 目を瞑ったままの少女に若は声をかける。彼女は表情を崩すことなく、口を開いた。目は瞑ったままだ。

「そうだな。普通なら今、彼女が言ったようなことを考えたいとは思うよ。
―――だけど、実際に存在するということを識っているなら答えはどうあっても変わってくるんじゃないか?」

 初めて聞いた彼女の声は予想以上に綺麗で、それでいてなんというか男前だった。声色から察するに女では間違いないようだけど、口調は男そのもの。とてもちぐはぐなものを見ている気分だ。

 そもそも彼女はとても中世的な顔立ちをしていた。男が見れば美女に、女が見れば美男に見えるだろう。その割には髪は短めに雑に切られている。もしかしたら、自分で切っているのかもしれない。加えて男勝りな口調ときたものだ。少し、ほんの少しだけだけど彼女が女性であるということに自信がなくなってきた。

 さて、彼女の観察はここまでにするとして、考えるべきは彼女の言った言葉の意味であるべきだろう。

 ……つまるところを言うと、彼女は魔法使い、またはそれに類する存在を見たことがあるということだろうか。それこそ胡散臭い話だ。

「まぁそんなもんだよな。俺も最初はそんな気分だった」

 おまけに若までがその回答に満足そうに頷くものだから性質が悪い。

「若、あたしをからかってそんなに楽しいんですか?」

「いや、からかっているつもりはない。端的にいうと蒼崎橙子っていうのはな。魔術師と呼ばれる存在なのだそうだ」

「――はぁ?」

 いやいやいや、それこそあたしをからかっているつもりなのではないだろうか。鬼がいるなら、そういうものも有り、って問題ではないのだ。それこそ杖を振っただけで勝手にモノが動いたりしてくれるのなら、陰陽師はいらないというものだ。

「――おい、気配から察するにお前の部下、見事に魔術師っていう輩を勘違いして考えてるぞ」

 仕方ない、といった感じのため息。さては彼女まで若のように電波なことを言う気だろうか。それとも逆だろうか。むしろ彼女が現れたからこそ若は今電波なことを言いだしたのかもしれない。

「といってもなあ。俺もよくわからない部分が多いんだよな」

「それには同感しないこともないけどね。
ま、説明しても実際に見てみない限り信じられないものは信じられないだろうし…そんな存在がいるとだけ認識しとけばいい」

 どうやら存在することだけは二人の間では当然の事実のようだった。

「わかりました。とりあえず魔術師というのが実在していて、若の知り合いの蒼崎さん…でしたっけ?が、魔術師だということでOKですか?」

 もうやけになれ。この二人の話をまともに聞いてたら、あたしまで電波なことをそのうち言いだすような羽目に合うかもしれない。…いや、撤回。十分鬼退治なんかやっているあたしは既に周りからすれば電波なのかもしれない。

「うむ。そして蒼崎の元で特殊な依頼の時の”足”となっているのが、彼女というわけだ」

 なんでも蒼崎橙子なる人物は人形師らしい。しかも魔術を使った傀儡(人形)。陰陽師が式神を作るのと同じようなものだと説明された。

 そして彼女の部下であり有事の際の蒼崎橙子の足であり、手である少女もまた”普通”ではないらしい。

 本人曰く”生き物全ての死が視える”とのこと。だけど彼女自身は魔術師ではなく、ただそんな能力を持った魔眼を有しているだけらしい。魔眼ということならあたしもあたしの中の常識の範囲内だ。

 彼女には全ての命あるモノの”死の線”が視えているのだという。おまけに視えるだけでなく、触れればどんなものでも”殺す”ことが可能だという。

 実際に証明するために若が渡した大振りの大剣を、彼女は彼女にだけ視えているらしい線をなぞるように触れただけで綺麗に粉砕(ころ)してしまった。

 名を『直死の魔眼』。死神の目だ、とは彼女の上司である蒼崎橙子が言った言葉だとか。

 生き物すべての綻びが視える彼女には理屈上、《剣》さえも破壊可能らしい。今回彼女がこの地を訪れたのもそれを確認するために若が蒼崎橙子に依頼して連れてきた、とのこと。

 だが、それは遅かった。ちょうど若が留守にしていた時に―――あたしが遅れて守天党の屋敷を訪れた時には《剣》は既に剣鬼に奪われており、仲間はほぼ全滅。単独で挑んだあたしは気付かないうちに決定打を受け敗北してしまった。

 その後、若と蒼崎橙子の話し合いの結果、彼女の手足たるこの少女があたしたちに協力することになった、ということらしい。

 どうやら魔術師であるという彼女にとっても今回の件は聊か軽視して黙認するわけにはいかないみたいで、いざとなったら蒼崎橙子自らの協力さえ約束してもらえたそうだ。その代り、報奨金の要求額も目玉が飛び出るほどデカいものだったとか。その話を頭が痛そうに話した若に、少女は「だろうな」と相槌を打ちながら失笑していた。

 あ、ちなみに失笑って「笑いを失う」と書くからってよく冷笑と同じような意味だと誤解されがちなんだけど、本当は、というか本来の意味はおもわず吹き出してしまうってことなのよ?






「蒼崎橙子より仰せつかり参上しました。両儀式と申します」

 小さな声で、だけど部屋に響き渡るには十分なトーンで彼女は最後に言った。

 それがしばらくあたしのパートナーとなるらしい少女の名前だった。