第九次ダンゲロス

第九次ダンゲロス武勇伝-呉井歳美編-

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希望崎学園の3年生・迫沢葱は学園に人気のない夜中に、さらに学園の中でも人気のない山中を独りとぼとぼと歩いている。
彼がこんな時間に歩いているのは他でもない、彼はこれから自分の大切な仲間たちを裏切ろうとしているのだ。
葱は彼の所属する陣営の長の中学時代からの友人であり、また後輩の面倒見がいいことから多くの後輩から兄のように慕われている。
しかし彼はその友を、後輩たちを裏切ってでも守らなければならないものがある。それは最愛の妹・モカである。
魔人である葱と違い普通人であるモカ。その彼女が敵陣営の何者かにさらわれたのだ。
相手が誰なのかは分からないが彼の下駄箱に入れられた手紙にはモカを連れ去った事と、要求、そしてその受け渡しの時間と場所が記されていた。
彼は犯人の要求に従って、自陣営の魔人能力を明かしていないメンバーの能力を知りうる限り文書にしたため、それを懐に忍ばせ夜の学園をゆく。
「しかし、果たしてこれで相手はモカを返してくれるのだろうか…この情報を渡したところでモカは戻らず、むしろさらに要求はエスカレートしていくのではないか…?」
そう不安がよぎる。しかしそうであっても妹を見捨てるわけにはいかない。魔人能力が覚醒し、親に勘当同然にこの学園に入学させられた自分を追ってこの学園を受験し、晴れて今年から希望崎学園の生徒として通い始めた心やさしい妹。彼女を守るためならばたとえ世界ですら敵に回してもいい、友を仲間を裏切る罪悪感に心をズタズタにされそうになりながらも葱はそう心に決めていた。
「このあたりの、ハズだが」
山中の少しだけ開けた場所に出て葱は周りを見渡す。月は雲に隠れ視界が悪いが、生え茂った草むらに一つの大岩が転がっているのは確認できた。
相手はまだ来ていないのだろうか。葱はその岩に腰かけようとした。
そこで気づいた。その大岩に見えた物、それは岩などではなかった。胴体を袈裟がけに斬られた大男だったのだ。


「な、なんだ、これ?」
月が半分ほど雲から出る。
そこで葱は一人の人影が立っているのを見た。それは見慣れた人物だった。
生徒会の可愛い後輩であり、そして最愛の妹の友人でもある少女、呉井歳美。
「お前どうしてここに?」
自分で言っておきながら葱は何が起こったのか大体の予想がついていた。おそらくはこの倒れている大男こそが今回の事件の犯人なのだ。モカが行方不明になった事を気付いた歳美が何らかの形でこの男を倒しモカを助けてくれたのだろう。
「お前が片づけてくれたんだな。それで、モカはどこだ?」
「そこです」
歳美はごく自然に答えた。月の光はまだ十分ではなく、その表情がどのようなものであるかはうかがい知ることが出来ない。
葱は歳美が指し示した方向を見る。
果たしてそこには冷たい亡骸と化した最愛の妹の姿があった。
葱は目の前が真っ暗になり、足元からは大地の感覚が無くなるのを自覚したが、しかし精一杯の冷静を装い後輩に声をかけた。
「そうか、お前は良くやってくれた、何も気に病む必要はない。そう、そんなことより奴らを、こんなことをした奴らの仲間ををぶっ殺す事を考えよう」
歳美はきっとモカを取り戻そうと必死に闘ってくれたのだ。しかし敵が卑怯にもモカを巻き込み、そして妹は死んでしまったのだ。怨むべきは敵陣のクソどもであり歳美にはなの恨みもない。むしろ友人を巻き込んでしまった事で彼女は深く傷ついているに違いない。
歳美はモカと同じくらい心やさしい少女なのだ。今は彼女を慰めてやらねばならない。それが先輩としての務めだ。
そう思いながらもその視線はモカの遺体から一瞬も外せずにいる。
――ああ、モカ!モカ!あんなに似合っていた制服が血みどろに!あのキラキラ輝いていた目も虚ろになって。その細い身体も袈裟がけに両断されて…
――袈裟がけに両断!?

葱はようやく妹の亡骸から視線を外し、憎むべき大男の死体に目を向けた。
そう大男を絶命せしめた一刀とモカを殺した凶刃は正しくまったく同じ太刀筋であった。
「これは一体…」
葱は頭の中が急速に冷めていくのを感じた。彼がこの魔人学園にあって恐れられているのはその魔人能力ゆえではない。本当に危険な状況においてこそより一層冴えわたる頭脳がためであった。
――まさか歳美は相手ごとモカを斬ったのか?だが何故だ、歳美の「血風剣」は同時に敵と味方を切っても発動しない。そもそも歳美はあの力を使うのに抵抗を持ってたハズだ。
葱は歳美がその能力「血風剣」を使った時の事を思い返していた。

生徒会と番長グループのよくある抗争。しかしその最中で敵の卑怯な手により味方の一人が致命傷を負ったのだ。その男は日ごろから歳美とウマが合わず幾度となく衝突していた相手であった。
もう助からないと見たその男は、歳美に自らの命を「血風剣」の糧としろと言ったのであった。
泣きながら歳美は拒否しようとしたのだが、男が力なく笑いながら「最後の頼みぐらい聞けよ」と言った事で覚悟を決めたのか、何度も「ごめんなさいごめんなさい」と繰り返しながら男を介錯し、その魔剣によってもっとも手ごわい敵の魔人を仕留めたのであった。
しかしその後の歳美の落ち込みようは半端ではなく、葱含め仲間たちは彼女にこんな残酷な魔人能力はもう二度と使わせまいと誓ったのだった。


そんな彼女が敵ごと、部外者でしかも友人のモカを手にかけるハズがないではないか。葱はそう自分に言い聞かせた。しかし脳漿の反対側では必死にそれを否定し、さらなる危機を全力で告げていた。

瞬間、歳美の十三代兼定が閃き、己の中の不吉な考えを必死に否定していた葱は一瞬反応が遅れ、その身を翻そうとした時には既に彼の身体は両断されていた。
消えゆく意識の中で葱は歳美の兼定の白刃が血のように赤く風のように渦巻く禍々しい妖気で包まれているのを見た。
これこそが自分の仲間の命を、想いを、無念を、恨みを刃へ宿し必殺の剣と変える呉井歳美の魔人能力「血風剣」である。
「先輩」
歳美が静かに口を開いた。

「私、思うんですよ。生徒会も番長グループもどっちが正しいっていうことはない。それぞれに言い分があるし、良い面、悪い面があるって」

淡々と話すその声からは何の感情も読み取れない。
「だけど私は片側の人間だから、そんな正論は関係ない。自分たちの陣営を守る為にならどんな事でもしよう。そう、決めたんです」
死体が三つ転がる山中で独り、ぽつぽつと言葉を繋ぐ。
「モカは迫沢先輩の泣き所です。現にモカを人質に取られた先輩はノコノコと相手の要求を呑みにここまで来た。彼女がいれば同じ事が何度も起きる可能性は否定できない。それは我々の陣営の危機を招きかねない。だから彼女には消えてもらいました」
無力な友人を殺したというのに何でもない事を話すように独白する。
「そしていかなる理由があろうとも先輩は私達を売ろうとした…」


一呼吸置いて続ける。
「…迫沢葱、貴様は赦されぬ事をした」
わずかばかり歳美の声に力が入った。
「だがこの事をみなが知っても、妹を人質に取られたような状況であったのだからしょうがなかったと貴様の裏切りを見逃すだろう。貴様はあの人の中学時代からの友人であるし、皆にとっても兄のように頼れる男だからだ。貴様は赦されまた仲間として我々の元に戻ってくるだろう。だが駄目だ。そんな事をしていればいつか組織にほころびが生じる。裏切り者は生かしておくわけにはいかぬ。だから私が殺したのだ、モカの命を使って」
月が雲から完全に出て闇は明るく照らされた。だが月光に照らされた歳美の瞳は泥沼のように淀み、そこからはいかなる思いも読み取ることができない。
「生徒会を脅かすものは敵であろうと味方であろうと、この呉井歳美が斬るッ!」
呉井歳美、1年生の秋のことであった。


GK評:3点
こういう真面目をこじらせちゃった女の子って悲愴感があっていいですよね。
内容はこれぞまさしく戦闘破壊学園!といった感じ。殺伐!
『血風剣』という能力名もシンプルながらカッコよくて好き。

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