憲法

〔体系書〕


  • 芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法』岩波書店(2011年3月・5版)……芦部は1999年他界。憲法で伝統的通説といえば、おおむね芦部説を指す。記述は簡潔ながら基本的な知識(共通理解)は本書で一通りおさえられるため、長年受験生からの圧倒的支持を集めている。もっとも、芦部憲法学を凝縮した本書の記述を真に理解するには「行間を読む」ことが求められる。つまり、ある程度の実力がなければ読みこなせない。内容はかなり古く、おおむね平成以降の議論には対応していないが、高橋和之による補訂は依然小規模にとどまっており、芦部原文にはノータッチである。5版においてドイツ憲法の三段階審査についての解説(1ページ弱)が付せられた。

  • 高橋和之『立憲主義と日本国憲法』有斐閣(2010年5月・2版)……書名は論文集のようであるが、人権・統治の全範囲にわたるれっきとした体系書である。著者は前東大教授。芦部の一番弟子で、芦部に続く現在の第一人者。ケルゼンの法段階説に立脚した独特の統治機構論を展開。国民内閣制論の提唱者。私人間における人権の無効力説、司法権の定義に関する独自説、外国人参政権賛成など。古い芦部を補うためのテキストとしてロースクール生の間でも人気があるが、内容は高度。芦部に目線を合わせた単なる芦部のサブノートではなく、芦部よりずっと新しい議論を展開している。したがって、腰を据えて取り組む必要がある。また、直前期の総まとめ等には向かないだろう。


  • 野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利著『憲法I・II』有斐閣(2012年3月・5版)……通称四人組。芦部門下らによるスタンダードな教科書。共著だが各者の自説主張はほぼなく(高橋執筆の15章「内閣」に自説を含むが、一読の価値ある内容)、共著の弊害がそれほど出ていない。大抵のことが詳しく載っており、最近の説にも一応配慮しているが、全体としては芦部ベースの穏当な道を踏み外していない。宍戸教授いわく、「質、量ともに最高の基本書」。憲法学の共通理解を学生向けに丁寧に示した本といえるが、記述が平板なため初学者にはやや読みづらい面がある。通読するというより、辞書として使う学生が多い。2冊あわせて900ページ超。択一対策に万全を期すならば(特に統治に関して)本書以外に選択肢はありえないだろう。

  • 佐藤幸治『日本国憲法論』成文堂(2011年4月)……かつて青林書院から出版されていた旧著『憲法』(第3版、1995年。今では絶版となっている)の実質的な改訂版。もっとも本書においてはレイアウトが横書き・二色刷に変わったほか、叙述の順序も芦部と同じ(人権→統治→違憲審査)になっている。なお旧著は、芦部が刊行されるまでは定番の基本書だった。解釈論は精密で、論理的。漢語を駆使して一つ一つのセンテンスに情報を詰め込んでいるため、全体として情報量がかなり多い。とくに統治の分野の情報量は他の追随を許さない。
  • 長谷部恭男『憲法』新世社(2011年3月・5版)……定跡+新たな視点。政治哲学(リベラリズム)の視点から判例と学説を補強・再解釈している。平成19年度旧司択一第4問エにて長谷部の解釈が取り上げられている。現東大教授。最近は一般人向けの新書も多く出している。副読本として『Interactive憲法』有斐閣(2006年9月)、『続・Interactive憲法』有斐閣(2011年10月)、『憲法入門』羽鳥書店(2010年1月)。
  • 戸波江二『憲法』ぎょうせい(1998年7月・新版)……改訂遅れる。しかも改訂待ちのため在庫切れ。一部に少数説もみられるが、基本的には芦部ベース(章立てもよく似ている)。読みやすく、ほどよく掘り下げられた記述は芦部の行間を埋めるのにちょうどよい。
  • 松井茂記『日本国憲法』有斐閣(2007年12月・3版)……プロセス的憲法観。自然権思想をベースとする芦部説を中心とした通説と対立。
  • 伊藤正己『憲法』弘文堂(1995年12月・3版)……元最高裁判事。自説主張が控えめなので最高裁判事時代の少数意見集『裁判官と学者の間』有斐閣(1993年2月、OD版 2001年12月)と併読すると吉。全体として、読みやすい文章で丁寧な解説がなされている。前田会社法入門と同じタイプの本。縦書き700頁弱と厚い本だが、スイスイ読み進められるだろう。芦部と同世代の学者であり、本書の内容も比較的古い方に位置する。
  • 渋谷秀樹・赤坂正浩『憲法1・2』有斐閣アルマ(2010年3月・4版)……ロー1年生、憲法が苦手な人、演習書を見ても解き方がわからない人はとにかくこれを読め、という本。
  • 辻村みよ子『憲法』日本評論社(2008年3月・3版)……杉原イズムの継承者。東北大学教授。人民主権を発展させた市民主権を提唱。最終的に少数説をとる場合があるも、学説の整理は客観的で丁寧。収録判例も多く、下級審からの流れも分かる。
  • ☆阪本昌成『憲法1(国制クラシック)・2(基本権クラシック)』有信堂高文社(2011年8月・全訂3版,2011年9月・4版)……古典的リベラリスト。
  • 大石眞『憲法講義I(2版)・II』有斐閣(2009年4月,2007年1月)……薄かったが2版で厚くなった。内容は高度。
  • 粕谷友介『憲法』ぎょうせい(2003年4月・改訂)……判例豊富。
  • 渋谷秀樹『憲法』有斐閣(2007年12月)……学説の対立が鮮明になるような記述。体系が独特。註の文献引用が便利。
  • 浦部法穂『憲法学教室』日本評論社(2006年3月・全訂2版)……塾テキスト。論理的で明快だが独自説多し。くだけた表現も特徴の一つ。左翼的との評価あり。
  • 樋口陽一『憲法』創文社(2007年4月・3版)……体系書とは性格を異にし、司法試験テキスト向きとはいえないが(違憲審査基準論が弱い)、教養としては読むに値する。本書以外ではなかなか目に触れないような、しかし芦部などが行間で当然の前提にしている歴史的・比較法的知識を補うことができる。通説・判例の問題点を的確に指摘している個所も多い。芦部と同様、網羅性は他に一段劣るが、択一で問われるような重要なポイントは意外にきちんと押さえている。
  • 小林昭三他『日本国憲法講義 憲法政治学からの接近』成文堂(2009年9月)……真正保守必携の憲法体系書。明治憲法を評価し、昭和10年代の出来事は西洋が悪いというスタンスで一貫している。集団的自衛権は当然認め、愛媛玉串訴訟では法廷意見を批判して三好意見に賛同する、といった具合である。体系書だが論点や判例は余り拾っていない。
  • 初宿正典『憲法2 基本権』……体系は基本的に芦部に則っているので芦部の参考書としては非常に使いやすい。判例の引用と評釈も丁寧な隠れた一品。中でも信教の自由の解説は秀逸。
  • 赤坂正浩『憲法講義(人権)(法律学講座)』信山社(2011年4月)……人権のみ。各種人権について細かく合憲性審査基準を提示しているのが特徴。記述は比較的あっさり。
  • 毛利 透,小泉 良幸,淺野 博宣,松本 哲治 『リーガルクエスト 憲法1 統治』有斐閣(2011年3月)……情報量が多く、時事的な話題にも富むが、叙述に難あり。学説・自説等の整理区別・引用にも精細さを欠く。他のテキストとの併読が吉。

〔その他〕

  • 芦部信喜『憲法学I・II・III』有斐閣(1992年12月,1994年1月,2000年12月・増補版)……芦部『憲法』の人権論を補うための体系書。脚注の参考文献欄が充実しているが、自説についての説明は意外に多くない。収録は居住移転の自由まで。
  • 高見勝利『芦部憲法学を読む』有斐閣(2004年11月)……芦部『憲法』の統治機構論を補うための体系書。また、最初に書かれている芦部の戦争体験は芦部憲法学を理解するために有益。
  • 小山剛=駒村圭吾編『論点探究憲法』弘文堂(2005年7月)……有力若手・中堅が執筆。演習書と銘打ってあるものの、論文集として読んだほうが適切。体系書で深く論じられない問題について解説。
  • 安西=青井=淺野=岩切=木村=齋藤=佐々木=宍戸=林=巻=南野『憲法学の現代的論点』有斐閣(2009/09・第2版)……高橋弟子による論文集。高橋説の補充に使える部分もあるが、著者の独自説も強い。
  • 井上典之=小山剛=山本一『憲法学説に聞く』日本評論社(2004年5月)……編者の内の1人とゲストの学者が対談し、編者は通説の立場からゲストの学説について質問を投げかけ、それに対してゲストが答える形式。ゲスト陣は、戸波、戸松、市川、大石、長谷部、初宿、棟居、内野、浦部、辻村、高橋、岡田、松井、岩間、浦田と超豪華。それぞれの学説に興味がある場合、また学説の立場から判例や通説の欠点を見極めたいときに本書は役に立つだろう。
  • 佐藤幸治ほか『ファンダメンタル憲法』有斐閣(1994年7月)……昔の種本。論点解説集。比較的薄めだが、内容は明快かつ簡潔。一行問題時代なので宍戸、急所などの論点よりも易しいが一読の価値有り。
  • 大石眞・石川健治編『憲法の争点(新・法律学の争点シリーズ3)』有斐閣(2008年12月)……10年ぶりに改訂された。執筆者も大幅に入れ替わったが抽象的なテーマが多い。

〔コンメンタール〕

  • ☆芹沢斉・市川正人・阪口 正二郎編『新基本法コンメンタール 憲法』日本評論社(2011年10月)……最新の判例・学説を網羅している。解説は、いわゆるその分野の権威が執筆しているというものではなく、むしろあえて外しているようなところもあり、論点の本格的な検討という点では物足りない。しかし、その分客観性が高く、情報量は多いので、受験用の参考書としては好適である。
  • 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂『注解法律学全集 憲法I・II・III・IV』青林書院(1994年9月,1997年8月,1998年12月,2004年2月)……憲法のコンメンタールでは随一。判例・学説の紹介が、非常に網羅的。いわゆる論点は完全に網羅されているうえ、非常に細かい点まで議論されている。たとえば、刑事手続上の人権については、詳しめの基本書でも言及がかなり乏しく、緊急逮捕や盗聴の合憲性が論じられる程度にとどまるが、このコンメンタールは違う。憲法34条の「抑留」には逮捕・勾引が含まれ、「拘禁」には勾留・鑑定留置が含まれるために、後者についてのみ、憲法34条後段により理由開示が保障される、など、かゆいところに手が届く丁寧さ。特に、佐藤幸治と中村睦男の執筆箇所は、学説資料へのリファーが充実しているので、調べものにも大変役に立つ。司法試験対策のための学習にも有益。学習で疑問が生じて、本書を調べれば、疑問は氷解するだろう。本書1巻のうち、佐藤幸治が憲法13条について解説している箇所は、学説が自己決定権を論じる際、いまだに頻繁に引用されるなど、特に評価が高い。
  • 芦部信喜監修『注釈憲法』有斐閣(2000年12月)……全6巻(予定)。芦部信喜を監修者として、野中俊彦・戸松秀典・江橋崇 ・高橋和之・高見勝利・浦部法穂という豪華メンバーで編集作業に当たる予定だったが、芦部の死去により1巻が出たのみとなっている。1巻は総説から9条まで。なお、同タイトルの新書が有斐閣から出ているがこちらは出版年が1995年とやや古い。

〔判例集〕

  • 高橋和之・長谷部恭男・石川健治『憲法判例百選I・II』有斐閣(2007年2月,2007年3月・いずれも5版)……執筆者は大幅に入れ替わったが、解説は相変わらず玉石混交。
  • 戸松秀典・初宿正典『憲法判例』有斐閣(2010年3月・6版)……解説なしの判例集。判旨引用は百選より長く、反対意見等の掲載も豊富。章立ては独特。
  • 野中俊彦・江橋崇編著『憲法判例集』有斐閣新書(2008年12月・10版)……解説なし。要点を要約しており新書サイズなので便利。
  • 井上典之『憲法判例に聞く』日本評論社 (2008年4月)……違憲審査基準以外の判例の思想を分析。引用文献を見ないとわからないことが多い。
  • 大石眞・大沢秀介『判例憲法』有斐閣(2009年4月)……適度に解説が付せられた憲法判例集。

〔ケースブック〕

  • 長谷部恭男・赤坂正浩・中島徹・阪口正二郎・本秀紀『ケースブック憲法』弘文堂(2010年3月・3版)……判旨のみ。設問が難解。独習はまず不可能、可能な人も(試験対策としては)やる必要がないレベル。長谷部執筆箇所と思しき章は、長谷部の一人説が全面的に展開される、長谷部ワールド。
  • 初宿正典・大石眞・高井裕之・松井茂記・市川正人『憲法Cases and Materials 人権基礎編・人権展開編・憲法訴訟』有斐閣(2005年8月,2005年8月,2007年5月)……判例の解説、文献の引用が充実。ケースブックの中では一番わかりやすく、独習にも使用できる。
  • LS憲法研究会『プロセス演習憲法』信山社(2007年4月・3版)……評価待ち。
  • 浦部法穂・戸波江二編著『法科大学院ケースブック憲法』日本評論社(2005年7月)……一審からの判決文にちょこちょこっと問題文を付加。解説はない。

〔演習〕

  • 木下智史・渡辺康行・村田尚紀編著『事例研究憲法』日本評論社(2008年6月)……長文事例問題集。判例・裁判例をベースとした設問多数。問題文における「問いかけ方」は本番と同様だが、本当の意味で本番と同じ質・量を兼ね備えた問題は稀である。解説にはやや癖のあるものが多い。
  • 棟居快行『憲法解釈演習』信山社(2009年5月・2版)……評価待ち。
  • 小山剛・新井誠・山本龍彦『憲法のレシピ』尚学社 (2007年4月) ……評価待ち。
  • 棟居快行『旧司法試験 論文本試験過去問 憲法』辰巳法律研究所(2001年1月)……旧司法試験の過去問集。棟居教授の解説講義を書籍化。辰巳作成答案、解説(+答案検討)、教授監修答案からなる。全24問。絶版だったがオンデマンドで復刊された。
  • 宍戸常寿『憲法 解釈論の応用と展開』日本評論社(2011年2月)……法学セミナー連載(640号〜669号)の単行本化。最近の学説に基づいた事例問題・論点解説。一通りの学習を終えた中級者向けとし、芦部説の劣化コピペ論証作業を批判して、いちおう芦部説から解説を始める。が、三段階審査や高橋説等の予備知識がないと理解の難しい部分が多い。「雛見沢」「ハレ晴レユカイ」等のキーワードも一部に。
  • 石川健治・駒村圭吾・亘理格「憲法の解釈」(法学教室連載・319号〜342号にて完結)……憲法学者2人、行政法学者1人による公法系融合問題のリレー連載。連載のねらいは違憲審査基準による憲法事例問題の安易な解答を戒めること。三段階審査

〔違憲審査制度〕

  • 芦部信喜『憲法判例を読む』岩波書店(1987年5月)……市民セミナーでの講演を収録。非常に古いがいまだに芦部違憲審査基準論の入門書として広く読まれている。
  • 戸松秀典『憲法訴訟』有斐閣(2008年3月・2版)……憲法訴訟の体系書。訴訟の中で憲法が問題になる場面、問題になった後の処理について詳細に分析。判例のとる違憲審査基準についての分析が秀逸。著者の自説は極めて控えめ。
  • 永田秀樹=松本幸夫『基礎から学ぶ憲法訴訟』法律文化社(2010年11月)……口語的な文章で書かれており、多少辛辣な口調が見られるが、それも含めて読みやすく分かりやすい本であろう。一方、内容に疑問を持つ者も多い。例えば、法令違憲と文面判断の関係の指摘、LRAの基準を中間審査ではなく厳格審査としている点等。また、記述は特定の立場に基づくもののみで、複眼的思考に対する配慮を欠く。詳細は、アマゾンのレビュー参照。とはいえ、この批評自体も一方的な面が拭いきれず、結局のところ人によって好き嫌いが分かれる本であろう。後半は問題集となっている。
  • ☆小山剛『「憲法上の権利」の作法』尚学社(2011年9月末・新版)……三段階違憲審査制を簡潔にわかりやすく叙述したもの。都合上、本書の紹介はページの最下層に来てしまっているが、まさにバカ売れという表現がふさわしいほどに、ロースクール生の間で最近もっとも読まれている本である。
  • 野坂泰司『憲法基本判例を読み直す』有斐閣(2011年6月)……法教に連載されたものを書籍化。著者は新司法試験委員。重要判例につき、事案・判旨の分析は非常に丁寧かつ秀逸で、安易に既存の学説にはめ込むような判例解釈の姿勢に距離を取っている。
最終更新:2012年05月23日 23:50