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本編(年表以外)第参話」(2009/09/15 (火) 11:21:19) の最新版変更点

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<dl><dt>第参話です。</dt> <dd> <hr /></dd> </dl><p> <font color="#0000FF">841</font>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:10:57 ID:???<br /> <“ロジャーズ1”より“スチーム・リーダー”。下の連中はポイントL4を通過したぞ><br /><br /> <了解“ロジャーズ1”、引き続き警戒と監視を続けてくれ><br /><br /> ・・・ニューヨーク―――あまりに変わり果てたその姿は、今いったいどこに自分がいるのか、そこに住んでいる者でさえ確信が持てないのではと言うほど、ひどい有様だった<br /> ビルは崩壊し、電柱は捻じ曲がり、高速道路は裏返しにされ、アスファルトは捲れ、戦車や乗用車は潰れ、道はそれらの破片や残骸で覆い尽くされていた<br /> そして目に付くものの中でもっとも強烈なのは、死体の山―――ばらされた人形にぼろきれを掛け、その上にケチャップをぶちまけた様な何か―――は<br /> 腐った魚の内臓に似たヘドロから、魚のそれに数倍し、嗅覚に壊滅的な打撃を与えるであろう、下水道の中のような腐臭を漂わせ、寝そべっているかのように街中に広がっていた<br /> それは、障害物を避けるために時折進路をくねらせながら、制限スピード未満でノロノロと進む軍用車両の中に、ゆっくりと浸透してきていた<br /> 〈“ロジャーズ1”から“ベイビーズブレス”。状況を報告しろ〉<br /> 上空を飛行する航空機からの通信は、これ異常ないというほどの感度で、車両群の内、先頭を進む一両の運転席に響き渡る<br /> あまりに凄惨な光景と、過ぎ去った地獄を象徴するさまざまなオブジェクトを目の前に、ガムを噛む口の動きを止めたままの車両乗員は、その問いに答えない</p> <p><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">842</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:11:53 ID:???</font></p> <p>上空を飛行する航空機…米空軍の最新鋭戦闘機であるF-22ラプターは、その巨大な翼で大気を切り裂きつつ、彼らの上空を飛行していた<br /> そのパイロットは、応答が無いことを不審に思い、機体を左に大きく傾け旋回、監視対象の車両群を視認する<br /> なんら異常が無いように思えるその姿を確認し、ほっと胸を撫で下ろし、叩き付ける様な声で再び運転手を呼び出す<br /> 〈聞こえねぇのかッ! ベイビーズ(赤ん坊共)――――!!〉<br /> 我に返った運転手は慌てて無線機に目をやり、そのすぐ後に、本来それに出なければならないはずの助手席の兵士に声を掛ける<br /> 「…早く出ろ、ダニー」<br /> 反応は無く、口を開けたまま、外の参上をぼうっと見ているままだった<br /> 〈おいッ! どうなってる!! 何かあったわけじゃねぇだろ!?〉<br /> 「ダニエル上等兵ッ―――!!」<br /> ほぼ同時に二人から怒鳴りつけられ、ハッと我に返り、無線機を手に取る<br /> 慌てているせいで呂律が回らない彼の声が、F-22機内に響く<br /> 〈こっ、こちら“ベイビーズブレス”、な、何も異常は――ない、何も――――無い、問題ない―〉<br /> その上、ガムが口の中にいることもあり、声は聞き取りにくいものだった<br /> それを聞くロジャーズ1こと、F-22のパイロットは、司令部には聴こえないのを良いことに、罵声のひとつでも浴びせようとして口を開き、すぐに思い止まる<br /> 「っ…了解―――」<br /> 今まで不審そうにそのやり取りを聞いていた随伴機のパイロットが質問を投げかける<br /> 〈こちら“ロジャーズ2”、いいんですかね、極秘任務をあんな連中任せで〉<br /> 「知らんな…まぁいいさ、無線での私語はこれで止めるぞ少尉」<br /> 〈了解しました、中尉殿〉<br /> 陸海空問わず、戦域を支配する者―――地球最強の猛禽類<br /> アメリカ合衆国の先進戦術戦闘機、世界最高の技術と資金の結晶、最強の道具にして最高の芸術品<br /> しかし、それに搭乗するパイロットは、せわしなく周りを見渡し、明らかに何かに怯えていた<br /> 地球最強の猛禽が、果たして地球外から飛来した存在に、打ち勝つことができるのだろうか?<br /> その事だけを考え、彼らは宙を舞っている…<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">843</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:14:22 ID:???</font><br /><br /><br /> ―――“ベイビーズブレス”隊、ポイントL4通過から14分後<br /><br /> ・・・景色は変わり始めた、不思議とこの一体だけは、建物に損壊が少なく、道路にも砲撃であけられた穴はない<br /> もちろん偶然ではない、この都市の一区画は、事前の取り決めによって砲撃されないように、決められていた<br /> ある場所を―――ある者を守るための取り決め、別に兵力を配置するわけでもなく、ただ砲撃や爆撃をしないだけだったため、何の問題もなくどの部隊も受け入れた<br /> もっとも、この場所の存在に気づいた、あるいは予測していた中隊規模の敵が、そこを足場にして、延べ一個師団を消滅させた事実もあるのだが<br /> その中を、今までの数倍のスピードで次のポイントへ向かう車両の群れは、全部で僅かに5台、先頭車両には重機関銃と通信アンテナが付いていたが、残りはただのハーフトラック<br /> とても“敵”と戦闘が出来る様な編成ではなかった<br /> そして、その車両に乗っている兵士たちの装備も、とても“敵”に対抗できるような物ではなかった…一人を除いて<br /> 「重装弾狙撃銃(ペイロードライフル)か……すげぇ銃持ってるな」<br /> その一人の装備に疑問を持ったひとりの兵卒が、当たり前の反応を示す<br /> 25mm対物小銃(ライフル)、対施設・対航空機、あるいは資材破壊用の、装甲車の側面装甲すら場合によっては撃ち抜く、歩兵が携帯可能な小火器<br /> しかも、予備弾倉から僅かに見える“砲”弾の帯の色―――<br /> 「おまけに強化装薬弾か……何を撃つつもりだ? やっぱりあのモンスター共か?」<br /> 冷やかすような口調だったが、表情は至って険しかった<br /> もっとも、それを聞く男の顔は、険しいどころか、無表情極まりなかった<br /> 反応は無かったが、それでも質問を続ける<br /> 「その銃を持ってるってことは、特殊作戦軍だろ。あんた……所属どこだ? デルタか? シールズか?」<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">844</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:21:35 ID:???</font></p> <dl><dt>「止さないか上等兵。彼は国防総省から派遣されてきたのだぞ」<br /> 小隊長は、男の気分を害さないかと気に掛けながら、控えめの声で注意する<br /> 「分かりました、中尉」<br /> 上等兵はすぐに上官に対する態度に切り替える<br /> 国防総省から派遣されてきたこの男の階級は分からない、だから別にどのような接し方をしてもいい<br /> だが、国防総省から派遣されたからこそ、そう悪い扱い方も出来ない<br /> 彼への対応の仕方について、階級の低いものは基本的に前者、階級の高いものは後者の考えにいたる事が多かった<br /> 幸い、男のほうはどちらに対してもろくな反応を示さなかったので、特に問題は起きていなかった<br /> 本当に訳の分からない男だった<br /> ただ、国防総省からお墨付きで送られてくるようなエリート武官で、身体能力洞察力、とにかく異常だと言う事だけ分かっていた</dt> <dt><a><font color="#0000FF">847</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:25:01 ID:???</dt> <dt>「中尉殿! ポイントL5、目的地です」<br /> それを聞くと同時に、全員が銃を抱き寄せ、ずれていたヘルメットの位置を正す<br /> 「OK! GO、GO、GO、GO!」<br /> 車両が停止すると同時に一人の下士官が大声で叫びたてる<br /> 注意もそれに続いた<br /> 「散開しろ! 動きを止めるな、第3分隊は裏を固めろ!!」<br /> バタバタと足音を立てながら数十人、二個小隊ほどの兵士たちが、目的地となる、20階建てほどのビルに向かって走っていく<br /> さして高いビルでもなかったが、周りには不思議とそれより高いビルもない<br /> いや、有ったのかもしれないが、すべて消えてしまったのだろう<br /> そう、すべて消えてしまった、もはやニューヨークに“跡地”の二文字が着きそうな、ゴーストタウン、いや、もっと酷い様相を呈している<br /> そんなことを気にも留めずに、兵士たちは建物への突入準備を整える<br /> 今まで“敵”と遭遇はしなかったが、建物の中に潜んでいないとも限らない<br /> 実際は、地下鉄など地下に居るのだが、そんなことを知る由もない彼らは、あらゆる可能性を考慮し、警戒している<br /> もっとも、それが無駄なことだと言うことは、薄々感づいているだろう</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">848</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:25:58 ID:???</font></dt> <dt>数十万の将兵―――合衆国陸軍と周辺州兵に絶望的な被害を与え、海兵隊、海軍と空軍の地上要員も、僅か2回、時間にして数時間で死傷させた<br /> 更には数百万の民間人を虐殺<br /> それも事故に近い形で殺されたものだけでこの数値<br /> 彼らがその気になって進攻して来れば、兵力の大半を一失した米軍は、数千万単位の虐殺をただただ見守ることになるだろう<br /> それを、僅か数万、あるいは数千の個体を投入するのみで可能とする、総兵力100万の地球外起源生命体群<br /> そんなものとの戦闘になれば…いや、戦闘にすらならないだろう<br /> 彼らが襲ってくれば―――例え最小・最弱クラスの個体一体であっても、小隊程度はものの十数秒、下手をすればそれ以下で皆殺しにされる<br /> …そのためには散開し、分隊ひとつが1秒で粉砕されても、移動に5秒ほど時間をロスしてもらう様、しなければならない<br /> 例え一人でも生き残って、持ち帰らなければならない<br /> そういう任務だった</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">849</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:27:29 ID:???</font></dt> <dt>「貴方はここに残って下さい」<br /> 中尉の声を聞いて、男はようやく口を開く<br /> 「私が行かなければ意味がないだろう」<br /> 「ですが…危険です。このロケーションは、何が原因で連絡を絶ったのかも分からない場所で、しかも―――」<br /> 「奴らが居た」<br /> 面倒そうに声を割り込ませ、話を省略させる<br /> 「そうです。明らかにこちらの意図を知って、2回目は予測してここに来ていました。その過程で、すでに対象が死亡している可能性も…」<br /> 思い止まらせようとしたものの、まったく躊躇せずに男は返答する<br /> 「行かせてもらう」<br /> 「……分かりました」<br /> 仕方なく折れた中尉は、それでも心配げな口調で、出来るだけ単独で行動しないように告げる<br /> そこまで慎重になる理由は単純だ、兵士たちの中では、上を飛ぶF-22のパイロットを除いて、知っているのは彼だけだった<br /> (あの白衣やスーツ姿の連中、この男が死ねば…!!)<br /> 自分の行く末考えて、中尉は微かに汗をにじませる<br /> その表情の変化を見逃さなかった男は、いい加減にしろとばかりに口を開く<br /> 「私ではない、あの女だ」<br /> 「え?」<br /> 突然の発言に、思わず間抜けな声を漏らしてしまう<br /> 「私が死ぬことは重要ではない、問題なのはあの女だ、あの少女一人のためのものだ」<br /> 「?…それはどういう…」<br /> 「天然物と、養殖物のでは価値が違うだろう…私は作られたものだが、あの少女は一年前に“発見”されたものだ」<br /> 「は…ぁ…」<br /> どこか遠くを眺める男の顔を見て、自分が知らされていないことに対する疑問と不安を感じる中尉<br /> (さっぱり訳がわからん……何かいやな予感がする。そもそも、このロケーションでは何が起こったのかすら…どうすれば―――)<br /> わからない、が、とりあえずは与えられた命令を遂行するまでだ<br /> 彼はそう思い、男に「それでは」と、一言わかれを継げ、指揮車両へと駆け寄り、ビルの設計図に目をやりつつ、部隊配置の指示を出し始める<br /> 助手席に居た兵士など、残っていた数人も、その後に続いた</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">850</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:31:08 ID:???</font></dt> <dt>―――ポイントL5にて突入部隊展開開始。前線指揮所“スチーム・リーダー”<br /><br /> 小規模な野戦陣地といった前線指揮所のひとつに、今回の作戦の指揮官たちは集まっていた<br /> テントの中にはいくつかの折りたたみ式の机が置かれ、その周りを椅子が覆っている<br /> もっとも、椅子に座るのはPCや無線機の操作を行うオペレーターだけなので、警備兵と同じく、指揮官たちも立ち尽くしている<br /> 「作戦は順調のようですな、少佐殿」<br /> 「ああ。ただ、この後どうなるかが重要だがな」<br /> 机の上に広げられた二枚の地図―――作戦領域周辺を含む、50km四方を移した地図と、目的地をクローズアップした、中尉たちの持っていたものと同じ地図が置かれている<br /> 前者にはルートと各ポイント、それに上空哨戒機と周辺警戒を行う分隊が書き込まれ、後者はビルと、その周辺―――配管や水道などの構造が書き込まれている<br /> 「ケイト、セキリティが作動した形跡は有るか?」<br /> 「駄目です、セキリティは完全に死んでいます。それと、監視カメラは外部のものがかろうじて機能している程度で、まったく状況を確認できません」<br /> 白黒の砂嵐ばかりが表示される画面を見ながら、オペレーターは首を振る</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">851</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:32:14 ID:???</font></dt> <dt>「さて、一体何が起きたのかな」<br /> 「反乱の類…は、考えられませんからね。被験者が壊れたのだとしても、警防一本で止められる」<br /> 大尉の階級章をつけた、副官らしい男の声に、少佐は無言でうなずく<br /> 「となると、やはり“奴ら”の攻撃でしょうか?」<br /> 「何か引き付ける“者”があった……いや、居たのかも知れんな」<br /> そういって、少佐以外の3人の士官は、互いに目を見合わせ、緊張をあらわにする<br /> 「とにかく、そういったものが有るとすれば、連中が再び攻撃を掛ける可能性が十分にある」<br /> 少佐の意見に肯きながら、一人が地図を指差し、現状を再確認する<br /> 「要するに、セキリティがすべて死んでいる今、このビルのどこに何が在るか、居るか、まったく検討も付かないと言うことです」<br /> 「これだけ状況が悪いと分かっていたら……もう1個小隊は付けておくべきだったか」<br /> 「いや、佐藤殿はこの件に関しては嫌にご熱心だ、F-22を回してくれたほどだしな」<br /> サー・サトーなどと言う嫌に間延びした、発音しにくい名前を口にする<br /> 本人はこの略称を嫌がっているのだが、佐藤執行官(エクシュキューシュナー・サトー)の名を、こういった場で使うことは無い<br /> 「あの女の事だろう、アレはそれだけの価値がある者らしいからな」<br /> 「シベリアの方で進めているらしい“何か”と、関係が?」<br /> 今まで発言していなかった、四人目の士官が、設備・人員をヤクーツクに集めていたことを思い出して口を開く<br /> 「いや、あのことと、件の被験者は別物らしい…そもそも、あの少女がここまで重要視される理由は、純粋な適正の高さではないからな」<br /> 「例の能力で?」<br /> 大尉が声を低くする<br /> 「そうだ……あいつだけは、秘匿名称としてのそれではなく、真の意味での“ESP”だからな」</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">852</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:33:55 ID:???</font></dt> <dt>吐き捨てるように言う少佐の目には、明らかな憎悪の感情が見て取れた<br /> 初期の検体の特徴を、それら全てに共通するものだとして、不適当な呼称を与え、浸透させてしまう<br /> まったく合致しないと言うわけでもないから使われ続けているが、こういった辺りにお役所仕事としか言いようのない現状が垣間見える<br /> 取り仕切るのも役人で、仕切られるのも役人<br /> 専門的な知識を持つものは当然のように信用されず、引き込まれるか使い捨て―――“消す”などという、非効率的な行動に走っているわけでもないが<br /> 「仕方ないでしょう、時間がなかったのですから…ほんの一年間でこれだけのことをする必要があった、むしろここまで上手く言っているのは奇跡に近い<br />  それとも、非人道的なこの件に関しての不満ですか?」<br /> 耳障りなスーツ姿の女の声に、士官たちは振り向く<br /> 中肉中背で足が長く、胸のサイズ以外はスーツを着ることに関してマイナスになる要因はなく<br /> また、タイトスカートではなくパンツタイプで、睨むような目つきといい、組んだままの腕といい、より気を強く見せるという意味でも、マイナス要因はない<br /> さっきまで入り口で携帯をいじっていたはずのこの女が、する必要もない弁明を、しかもはっきりとこちらが明言したわけでもないのにして来た<br /> ということは、どうせ何かを続けるつもりだろうと、士官たちは若干警戒する<br /> だが少佐は、ここまでして来たのだから、無視を決め込んでも無駄だろうと、遭えてそれに答える</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">853</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:35:35 ID:???</font></dt> <dt> 「両方だ、担当官。どうかしている組織体制といい、上流階級の子女から余命いくばくもないホームレスまで強制的に実験材料にするやり方といい、この仕事に関することにはな」<br /> この話は半分近く嘘だった<br /> そう言った事に、あからさまな嫌悪感を示すような人間は、基本的に計画・作戦には参加していない<br /> 「この組織体制は急遽編成されたものであり未熟ですが、時間的にも、現在これ以上は望めません。被験者に関しては、軍の人間以外、強制的に計画に参加させた者はおりません<br />  不満や疑問があるというのでしたら、すでに送付させて頂いた資料に目を通し、こちらの状況や、このような行動を取るに至る経緯と、諸般の事情を理解していただき<br />  その上で、意見を筋道の通ったものとし、しかるべき機関・組織へ正式な―――」<br /> 「“ベイビーズブレス”、展開配置および突入準備、完了しました」<br /> 無表情に淡々と話す担当官は、同じく淡々と、しかし脈同感のある燐とした声の為に発言を中止する<br /> 「突入許可を求めています」<br /> 「今から20秒後に突入しろ」<br /> 「20秒後突入」<br /> オペレーターの復唱が聞こえるころには、全員が特に何かが写っているわけでもないモニターと無線機のほうを向いている<br /><br /> 「15………10……5、4、3、2、1―――突入―――――」</dt> </dl><p><a><font color="#0000FF">888</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 19:55:16 ID:???</p> <p>―――数分前、ポイントL5“ロケーション・チャーリー”<br /><br /> 《第3分隊も正面から行け、第5分隊は非常階段から3階に突入しろ…第6分隊の工兵共は下水で作業だ、全隊配置急げ》<br /> 〈こちらフリント。中尉殿、正面口のロック解除コードを〉<br /> 《フリント少尉、C4をセットしておけ》<br /> 〈了解、中尉殿〉<br /> 〈こちら正面口突入隊。中尉殿、嫌に静かです…探り撃ちを入れてみては?〉<br /> 《ビビるな、何か重要なものがあるかも知れないだろう、その何かが壊れたら困る》<br /> 〈おい、なんだあれ―――ああ畜生! なんだよもう!!〉<br /> 《オープン(全周波数)で私語をするな馬鹿ヤロウッ!!》<br /> あまり関係のない問答を交えながら、中尉は地図に印をつけつつ無線機に怒鳴る<br /> ビルを囲む形で、目立たぬよう展開していた各分隊が、指示を受けるごとにひとつまたひとつと突入ポイントに向かう<br /> いやに慎重な行動に出ているものの、すでに、ほぼ突入準備は完了していた</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">889</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 19:56:45 ID:???</font></p> <p>〈こちら第6分隊、地下端末にアクセスコードを入力。いつでも接続できます〉<br /> 下水で作業中の、工兵で編成された第6分隊…何故か、これだけはオープンではなく、専用周波数を使っていた<br /> その上、この通信を聞いているのは中尉のみであり、胸のポケットから資料を引っ張り出して、一人で受け答えをしている<br /> 「セキリティは死んでる…接続できる状態のままにしておけ」<br /> 〈了解〉<br /> 無線機で中尉以下、数人の下士官たちが受け答えと、地図への記入などを行っているが、あまり楽しい作業ではないようだった<br /> 「何といいますか、やはり勝手が違いますね、中尉」<br /> 中尉と同年代と思われる中年の少尉が、頭を掻きながら愚痴を言い始める<br /> 「普段ならATMをぶち込んで穴を開けたら、高性能爆薬か黄燐弾投げ込んで終了なんですが……」<br /> 一兵卒からの叩き上げを思わせる裂傷の痕の有る顔と、落書きとしか言いようのない、マジックで施したダイナマイトのエンブレムに合った発言だった<br /> 「勝手は変わらない、ドアを開けて索敵をして、何が起こったのか調べる。湾岸で敵が居たはずの家屋の中をあら捜しするようなものだ」<br /> 「まるでS.W.A.T.ですな」<br /> 自嘲っぽい笑いを浮かべている少尉に、中尉は嘲笑を返す<br /> 「我々があの役立たずどもと一緒だと?」</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">890</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 19:57:31 ID:???</font></p> <p>「はははっ、我々は座っている訳にはいきませんからな」<br /> 控えめの笑いを聞き終えた後、再び表情を切り替え、本題に戻る<br /> 「どうします?」<br /> 「アクセスコードを入力してもセキリティが死んでいてはな……探りを入れたいところだが、そういう装備もない―――」<br /> とは言っても、爆発物などのトラップがあるわけでも、待ち伏せが居るわけでもあるまい<br /> そう考え、少し間を空けてから指示を出す<br /> 「―――さしあたって、突入準備は完了した…と、伝えろ」<br /> 「了解」<br /> 無線で指揮所に向かって、突入準備完了の旨を伝える<br /> それを見ることもせず、中尉の方は別の無線を使って時計合わせを行う<br /> 「時計合わせ、1232時…………スタート」<br /> 「20秒後突入」<br /> 時計合わせ終了と同時に、少尉が指揮所からの指令を伝える<br /> それを聞き、真剣な表情で腕時計を見つめながら手に無線機を握り、しばらくしてそれを口元に運ぶ<br /><br /> 「―――全隊突入ッ!!」</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">891</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:00:10 ID:???</font></p> <p>各分隊長の持つ無線機に、突入の指示が届き、それを聞いた分隊長、あるいは数人のそれを束ねる人間が合図を出し、分隊を動かす<br /> いっせいに各分隊が行動を開始しただろう、ある分隊は正面から、ある分隊は裏口から、ある分隊は非常口から、6個分隊計75名が突入し始める<br /> 部隊は通常の12名編成の小銃分隊2個、それに士官―――といっても、“准”が付くものも混じっている―――が一名同行している分隊が3個、それと工兵分隊1個だった<br /> 地下に向かった工兵分隊を除いて、後者がいくつかの分隊を束ねるか、独立した部隊として行動している<br /> 「第3分隊、先頭を先に行け。第2分隊は俺の後ろ、残りは制圧まで待て」<br /> そのうちの正面から突入する隊―――全3個分隊37名のそれ―――は、動かなくなった自動ドアに付けた、ガムのような爆薬に埋め込んだ信管を作動させ、爆破する<br /> 「よぉし! 行けぇッ!!」<br /> 兵士たちは一斉に立ち上がり、正面入り口の両側にいる二つの分隊のうち、外から見て左側で待機する第3分隊が、中腰で中に駆け込む<br /> ダットサイト付のM4A2自動小銃を、顔のすぐ前で構え、ヘルメットを深くかぶった兵士たちの表情は伺いにくい<br /> だが、戦場で感じる昂りと緊張以外にも、恐怖に似た―――いつものそれとはどこか異質な―――感情から、目を見開き、必要以上に周りを注視している<br /> 今までのそれとはまったく違う存在と敵対している…という恐怖なのか、それともまったく別の“何か”なのか、そんなことを脳内で反芻しているものもいた</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">892</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:01:15 ID:???</font></p> <p> やがて正面入り口から廊下の突き当たりまでと、受付のような場所を確保した第3分隊はいったん動きを止め、それを見た正面口突入部隊の小隊長でもある少尉が腰を上げる<br /> それに続いて一人ずつ腰を上げ、先に侵入した分隊よりはゆっくりとした動きで正面入り口から奥へと進む<br /> 「クリアだ」<br /> 少尉がそう小さく言うと、後ろから続いてきた兵士たちが第3分隊員の肩を叩き、叩かれたものは次へと進み、叩いたものがそのポジションに就く<br /> そうしたことを繰り返していくうちに、徐々に人手が足りなくなるが、あらかじめ指定いておいた部屋の確保が終了すると同時に動きが止まり<br /> 「クリア」<br /> 「クリアっ!」<br /> 「クリア」<br /> と、各分隊をさらに細分した班の長が口に出す<br /> その声を聞いた入り口付近の兵士が手で合図をし、残りこと第1分隊が流れるように動き出す<br /> 「1階入り口付近制圧」<br /> 無線兵が中尉たちのいる指揮車両に一言告げる<br /> 〈3階非常入り口付近、および階段制圧〉<br /> 〈東口付近、および階段制圧〉<br /> 他の突入隊からの声が聞こえてくる<br /> 《一階の制圧完了を確認。警戒しつつ、上階を制圧せよ》<br /> 中尉が先刻とは別人かのような声で指示を伝えてくる<br /> 「正面口突入隊了解」<br /> 〈第4分隊了解〉<br /> 〈第5分隊了解〉<br /> 各隊が返答し終わった後、中尉は一間置いて、多少こわばった声で指示を追加する<br /> 《なお、工兵隊は現在下水道にて電源復旧作業中だ。3階までの制圧が完了した後、電源回復まで待機せよ》<br /> 〈〈了解〉〉<br /> 「了解」<br /> 無線機を戻すのを見て、少尉がゆっくりと近寄り、口を開く<br /> 「どうだ?」<br /> 「工兵が作業に手間取っているようです…ね……このまま3階まで行って待機です」<br /> 少尉は簡単な身振りで「呆れた」ということを表し、それを返答として他の部下に指示を伝える<br /> 「東口から入った連中と合流しだい上に上がるぞ、ジェイク伍長とコーネリアス軍曹の班はここに残れ。ただし、制圧が完了するまでは警戒を怠るな」<br /> 「了解」</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">893</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:02:02 ID:???</font></p> <p>「了解しました」<br /> 返答を聞くと同時に分隊長と視線を交わし、分隊長は行動再会の旨を伝える<br /> 再び流れるような動きで、兵士たちは一部屋一部屋確認しつつ、階段から上階を目指す<br /> 「少尉殿…」<br /> 動揺を隠しきれないといった様子のコーネリアス軍曹が、心配そうに少尉に声をかける<br /> 「ああ、考えるまでも無く異常だ」<br /> 何を言いたいのかを悟った少尉は、本題に入らせようと唐突に切り出す<br /> コーネリアスもその対応を予測していたようで、いたって普通に応答する<br /> 「調べてみるともっと異常ですよ…これは」<br /> と言って、コーネリアスが足元の何かを足で突く<br /> 「死体を足蹴にするな」<br /> 「すみません」<br /> 足元にある、どこか当たり前のように転がっている幾つもの死体…死後一日程度だろうと思われるが、色は僅かに紫色が混じっているものの、どす黒く染まっている<br /> 死臭こそするが、腐臭はしない、ハエの一匹もたかってはいない―――そもそも、昆虫…いや、虫の一匹すら見かけない<br /> 「で? どう異常なのだ、軍曹」<br /> 「はい、この死体はすべて窒息…まるで溺死したかのような状態です。絞殺でもガスによって死んだのでもなく、息ができずに死んだ」<br /> 「………」<br /> 足元の死体は、目と口をだらしなく開き、死から逃れようとした形跡は見て取れない<br /> 奴等なら、こういう殺し方ができるのだろうか?<br /> 「それと、他に数名が自殺しています」<br /> 通路の突き当たりの椅子に座っている、頭から血を流している白衣の女の死体を見ながら、コーネリアスが言うのを見て、ため息交じりに少尉が質問する<br /> 「他も拳銃自殺か? それとも服毒か?」<br /> 「拳銃自殺も一名います。が、残りは全員壁に頭を打ちつけるか、自分で首を絞めて死亡しています」</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">894</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名(ry</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:02:41 ID:???</font></p> <p>少尉が目を見開き、次いで足元の死体を見て、軽く頭を抱えながら納得する<br /> 「ああ、驚かん、驚けんよ、こんな者がすでに出てきているし―――」<br /> 「前例がある」<br /> 発言が遮られた事と、自分の部下の声で無いと感じた少尉が、あわてて振り向き、コーネリアスは銃に手をかける<br /> 「―――あ、あなたは…」<br /> 正面入り口の階段に足を乗せながら、男は再び口を開く<br /> 「前にもこういったことが起きている。それだけ言いたかった…」<br /> ペイロードライフルの引き金に指を乗せ、本当にいつでも撃てるようにしているこの男の顔を見て、少尉は思わず姿勢を正す<br /> 「す、すみません。声をかけようと思ったのですが」<br /> おどおどとした様子で、男の後ろにいる兵が弁解する<br /> 「構わん……どうします? このまま我々と―――」<br /> 「いや、3階に行かせてもらう、そこにだけ用事がある」<br /> もうすでに少尉の目は見ずに、階段へと通じる廊下のほうを見据えているので、“用事”について追求することもあきらめてしまう<br /> 「では2名同行させます」<br /> 「………」<br /> 男の沈黙を了解とした少尉は、コーネリアスに軽く目線を流し、2名をピックアップさせる<br /> そのやり取りも無視して男は歩き出すが、ほんのわずかの遅れも無く、2名の兵卒がその後ろに続いた<br /> その姿が通路の曲がり角で消えるのを確認した少尉は、いやに鋭い目つきで部下のほうに向き直る<br /> 「軍曹」<br /> その一言で、軍曹は少尉の質問内容を理解した<br /> 「はい、無線の周波数はこちらのものに合わせてありましたので―――」<br /> 盗み聞きの準備は万端だと言うことまでは口に出さなかった</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">895</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">(ry</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:03:08 ID:???</font></p> <p>「こいつ等のようにはなりたくないからな」<br /> 前言を無視して、今度は自分の足で、床の上に寝そべる、きれい過ぎる観すらある死体の頭の辺りを突く<br /> この異様な状況のせいもあり、警戒心を覆い隠そうとする少尉の表情は、どこか焦りのそれを感じさせている<br /> (焦っている? 何を? あの男は、我々とはまったく別の―――!)<br /> そこまで考えて、少尉は根本的な問題をついつい掘り起こす<br /> そもそもあの男はいったい何者なのか?―――その疑問は好奇心へとベクトルを変えていき、同時に情報の少なさから不安を感じる<br /> (中尉も怯えていた。あの男…いや、あの男が来た意味を知ったとたん、そうなった)<br /> では、いったい何のために着たのか? その来た目的…その何かが、中尉たちを怯えさせている<br /> となると、その前例と言うのが気がかりになる…前例と同じ状況に恐れを抱いていた、ということなら、中尉たちは―――<br /> 「何か知っているのか……」<br /> コーネリアス以下、部下数名が少尉の様子に気がついて、何事かと注視する<br /> (…となると、考えたくは無いが―――)<br /> 考えたくは無いが、つい考えてしまいそうになり、その意思のとおり、無意味な感情を煽る思考を破棄する<br /> にらみつける事で、何でもないと部下に無言で告げ、ガムを口に放り込んで軽く音を立てながら噛む<br /> 忌々しげな表情を隠そうともせず、簡単な配置を指示して、後で遺留品やらから重要な物品を探し出すことを考えながら壁にもたれ掛かる<br /> 上の階からかすかに破裂音が聞こえた<br /> 鍵の閉まったドアを吹き飛ばしたのだと、少尉はゆっくりと理解した</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">896</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">ry</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:03:45 ID:???</font></p> <p>―――施設2階、上階進行隊による制圧中<br /><br /> 金属片が撒き散らされ、思いっきり鐘を打ち鳴らしたかのような金属音が、唸るように響き渡る<br /> ドアの爆破が成功し、部屋の中に押し込まれた扉が壁にたたきつけられたことを意味していた<br /> 吹き飛ばされるドアの傍らに待機していた数人の兵士が銃を構え、靴底で床を叩き付けながら部屋に飛び込んでいく<br /> 「クリアーッ!」<br /> 先頭の兵士が手を軽く挙げてそう叫ぶ<br /> 司書室のような所だったが、女が一人、血液を撒き散らすようなことをしていた、その痕跡を、部屋一面に残して死んでいる以外、そこには何も無かった<br /> 女の首にはペンが数本刺されていて、手の位置とさし方からして、自分で刺したものだった様だ<br /> あまりの光景に目を顰めながら、兵士たちはその部屋を後にした<br /> 「くそッ! なんなんだここは!?」<br /> 先頭の兵士が出た先で、また別の兵士が悪態を付く<br /> 「どいつもこいつも自殺か、あのわけの分からない死に方のどちらかだぞ! どうなってるッ!?」</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">897</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆3Dpmcw7Gkg</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:05:46 ID:???</font></p> <p>「私語をするな兵長ッ! 次の部屋を探索すれば終わりだ!」<br /> 横で周囲を警戒していた下士官が、彼を怒鳴りつける<br /> 兵長が冷や汗をぬぐって配置に戻った後は、何事も無かったかのように廊下の突き当りまでを進み始める<br /> 通路の両脇にある部屋は、病室に似ている部屋と、小さなマジックミラーと機材のケーブルでつながっている以外は壁越しに隣接する、監視部屋のようなものがセットになって並び<br /> 病院と警察の尋問部屋が一緒にでもなったかのような、どこか奇妙な雰囲気をかもし出している<br /> 無機質な壁紙と、ところどころ姿を表す剥き出しのコンクリートに塗料を塗っただけの壁<br /> つるつるとして埃ひとつ無いが、どこか小汚いと思わせる、模様とも傷ともつかないものが付いている床<br /> そしてこの部屋の様相…だが、軽くシーツなどが乱れているなどするだけで、特に不自然な点が見られない<br /> 1階はロビーのような空間と、病院のナースセンターのような場所などがあった以外、とくにおかしな部屋は無かったが、ここまで急激な変化に見舞われると、さすがに困惑してしまう<br /> そして、幾多の戦場で死体を量産し、量産された彼らですら、目を疑うほどの、奇妙な死体たち<br /> しかも急過ぎた、兵士たちは動揺を隠しきれず、気は立ち、明らかに動作は硬かった<br /> 「よし、何も無い」<br /> 無意識のうちにだろうが、一人が小さく声を出す<br /> 何も無かったのだ、ただ死体が当然のようにあり、それ以外はまったくあらされた形跡も無く、資料などが散らばっている程度だった<br /> しかしそれすらも、彼らが死ぬ際に動いたものではなく、ただ単純に“アレ”が落ちてきた際の衝撃か、付近での戦闘の衝撃などでそうなっただけのように思えた<br /> まったく抵抗どころか、苦しんだ様子も無く、椅子にもたれ掛かりながら、あるいはたったまましに、そのまま倒れこむかしている死体ばかり、事実そうなのだろう</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">898</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し三等兵</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:06:11 ID:???</font></p> <p>警戒しつつもう一度もとの場所に戻り、分隊のほぼ全員がその曲がり角に集まる<br /> ふと通路の壁にかけてある掲示板に目をやると、わけの分からないことが書き綴られた資料が掲示されている<br /> また、壁が途中から腰の高さのところまでしかない部屋があり、その中を覗くことができたが、やはりわけの分からない資料と書類、ファイルの山がある<br /> そして見慣れない景気もちらほらと目に留まり、PCの画面は待機状態になっている<br /> 「………」<br /> 兵士の一人がその書類の山の中から、日誌のようなものを拾い上げる<br /> 彼は“被験体行動記録日誌”のタイトルを確認した後、もう一度机の上に戻し、ページを開く<br /> 日付はほぼ一年前から始まっており、パラパラとめくると、一ヶ月ほど置きに、数日から数週間の間、この日誌はつけられているらしい<br /> 読んでみれば「言動」と「行動」についてまとめた物らしい<br /> 周りに目を配れば、似たようなものがいくつかあり、健康観察のそれと思わせる、カルテの山を閉じたようなファイル―――日誌もあった<br /> 記録者はID番号表記なので、死体のIDカードを調べなければ、誰が書いたものなのかは分からない<br /> 流し読みすらせずにめくっていき、記入が途切れたのでこれで終わりかと思って閉じようとした<br /> これまでの動作はほんの一瞬のことだったが、閉じようとしていてあるページを開いてしまった瞬間、その動きが止まる</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">899</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">七誌上級太陽</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:10:08 ID:???</font></p> <p>――― 年 月 日<br /><br /> 記録者 :<br /> 記録番号:<br /><br /> 状況  :<br /> 内容  :<br /><br /> 空が落ちてくる<br /><br /> 分析  :</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">900</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:23:59 ID:???</font></p> <p>…それ以外は何もかかれてはいなかった<br /> ただ「空が落ちてくる」の殴り書きだけ、それ以外に何も無かったのか、書く余裕が無かったのか、おそらくは後者だろう<br /> その前にまともに書き込まれていたページの日付を見て、彼が呟く<br /> 「アレが落ちてきた日か…」<br /> そういった直後、彼の腕を誰かがつかむ<br /> 「!」<br /> 思わずあわてて振り向いた彼の目の前に、階級が幾つか上の下士官が立っている<br /> 「どうした、慌てる所を見るとやましい事でもしていたかバーンズ上等兵?」<br /> 「いえ、軍曹殿。自分はただこれを覗いただけで―――」<br /> 弁明しようとするバーンズの肩を叩くように押して、会話をそれっきりにする<br /> そのやり取りをいらいらしながら見ていた分隊長は、自分たちが探索していた場所の向こう側の通路から走ってくる兵士の顔を見て、自分から近づいていく<br /> 「どこにも生存者はいません」<br /> 兵士は軽く敬礼をしながら、若干悔しそうに言った<br /> そういう感情を表に出させるほど、悲惨な死に方をしている者が居たと言う事だろうか<br /> 「ああ」<br /> 焦りと、あまりの状況からくる不安による興奮で、そう答える分隊長の息は、多少荒い<br /> そういった気分を如何にかしようと、ヘルメットを脱いで、軽く汗をぬぐう</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">901</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:25:26 ID:???</font></p> <p>「とにかく、この階の探索は終了だ、上の階に上がる」<br /> 「了解」<br /> 言葉通り了解し、きれいにフォーメーションを維持しつつ、流れるように配置を交代し、ポジションを確保しながら階段へと向かう<br /> 「准尉殿!」<br /> 不意の呼びかけに、分隊長でもあり、上階の制圧へ向かっている隊の事実上の指揮官である男は思わず身構える<br /> 見てみれば、階段の脇で一人の部下が控えめに手を振っているのが見えた<br /> その後ろから、いやでも気にせざるを得なかった男と、少し後ろに続いて2名の兵卒が上がって来る<br /> 「あなたは―――」<br /> 頭を抱えたくなりながら准尉は思わず説いただす<br /> 「なぜここに? いくらなんでも危険です。あなたは別に来ずとも…」<br /> 「私の仕事がある」<br /> きっぱりと言い切る男に対して、これ以上どうにも反論ができない准尉は、渋々と了解する<br /> 「わかりました。ただ、あまり一人では動かないように頼みます」<br /> 「………」<br /> 何か言ってくれと言わんばかりの表情の准尉に、一人の下士官が声をかける<br /> 「行きましょう」<br /> 「…ああ」<br /> 准尉が声を出すと同時に、兵士たちはまた先刻までの動きを再開する<br /> 准尉と取り巻き数名が動くのと同時に、男と随伴の兵卒2名も階段を上り始め、3階へと向かう</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">902</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:26:34 ID:???</font></p> <p>―――施設地下、工兵分隊による復旧作業中<br /><br /> 施設の地下に広がる空間…地下水路、もとい下水道に、工兵で編成された一個分隊が配置されていた<br /> 彼らは二手に分かれ、一方は地下室にあたる場所で各種端末と配線を弄繰り回している<br /> もう一方はと言えば、下水道を通って、セキリティの作動の形跡が無いかどうかの確認に回っていた<br /> と同時に、彼らは作動の形跡こそ無いものの、明らかに“何者か”が、そこを通った痕跡を発見する<br /> 「なんだ……?」<br /> 彼らはフェイスマスクを被り、赤外線に“敵”が写らない事と、ゴーグル越しだと、細かなものは見えないことから、片目用の暗視ゴーグルを付けている<br /> 武装はH&KのMP5PDWにサイドアームのベレッタM92F、両方ともサイレンサーが装着されていた<br /> 「足跡……ですか?」<br /> 彼らの目の先には、薄暗い下水道が広がり、戦闘の影響で明かりがろくに灯されていないため、暗さは奥に行けば行くほど増していた<br /> その地面や壁、天井―――普通は足の着かないはずの場所にも、埃や汚れ、ところによっては塗料が、人のものではない足の形に落ちている場所があった<br /> 「足―――というのが正しいのかどうかは知らんが、何かがここを通ったことは確かだ」<br /> やはり―――そう思って無線を手にしようとしたところで、分隊長はおかしな点に気がつく<br /> (なんだ?…なぜ、ここまできれいな足跡が……?)</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">903</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:27:14 ID:???</font></p> <p>泡立つ汚水から飛び散る、あるいは配管の隙間から零れてくる水滴<br /> だと言うのに、この“跡”はきれいすぎる…現に、今こうしているうちにも少しずつではあるが消えていっている<br /> それは、自分たちの足跡と同じほどの状態―――<br /> 「まだ居る!?」<br /> 分隊長ではなく、その隣に居た無線兵が大声を上げる<br /> それを聞いて、残りの分隊員はいっせいにあたりに銃口を走らせる<br /> 「戻るぞ、警戒しろ」<br /> その一言で全員が作業を投げ出し、分隊長を先頭とした2列縦隊を作って走り出す<br /> 視界の横を通り過ぎる配管やネズミの死体…そして、ねじれ、決して直線ではないものの、途切れることなく続く足跡<br /> まるで道しるべかのようなそれを追いかけ、途中まで走ったところで、彼らは何かの音を耳にする<br /> C4爆薬で金属製の何かを吹き飛ばした音―――最初はそう思い、足を止めようとはしなかった<br /> だが、明らかにその音には何かが重なっていた<br /> きっかり同時に聞こえたその別の音の発生源は、なぜか彼らの進む方向から聞こえたようだった<br /> それだけならばここまで警戒しないだろう、ただ、音の伝わる速度まで考え、きっかり同時に、重なり合ってひとつの音に聞こえるようにして、その音は鳴らされていた<br /> そのせいで、分隊員の半数以上は気がついてはいない、握りこぶしを上げ「止まれ」の合図をする分隊長を不審に思ったほどだ<br /> どう考えても、ばれないように誤魔化されている…つまり、音を出した者からして、我々にばれてはならない何かが起きたらしい<br /> その事はもちろんだが、何よりここまできれいに音を重ねるようなことが、“奴ら”以外にできようか<br /> そう考えることによって、分隊長以下数名は激しい恐怖に感情を支配される<br /> 分隊長は、隣に居る一人の兵卒にもう片手で指示を出し、ライトで前方20m程の所にあるドアを照らさせた<br /> そうして丁字路の分岐点に照らし出されるのは、壁に埋め込まれるようにして作られていた、薄汚れ、若干さび付いた鉄製のドア<br /> その先には小さな部屋があり、上に―――施設の1階に上がれるようになっていた<br /> 何もおかしな点は無い…そう思った矢先だ</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">904</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:28:03 ID:???</font></p> <p>「…な゛」<br /> 思わず息を呑み、目を見開く<br /> 「こ、これは…!?」<br /> ドアと床の隙間、その僅かな空間から、赤黒い色をした絨毯がはみ出ていた<br /> はじめから充満していたものとは異質の、鉄臭い臭気を漂わせながら、ゆっくりと這うようにしてそれは丁字路を占領し始める<br /> 瞬く間に、彼らの視界に入っている空間に、赤いラインが出来上がった<br /> 幸いなことに、彼らの歩く通路は丁字路の縦線の部分―――一段高い橋によってそことつなげれていたため、絨毯に汚染されることは無かった<br /> 分隊長は手を開き、同時に軽く「来い」の合図をして、ゆっくりと付いて来るように伝える<br /> もう何人かの兵士は、激しい震えに襲われ、銃口を、赤い絨毯の上に浮かんでいるかのような、開けてはならないと思わずにはいられない“扉”に、真っ直ぐとは向けられずにいた<br /> 数十秒、いや、数時間にも及ぶように思えた長い時間をかけ、彼らは数歩前進する<br /> 怯えながら、それでもなお危険へと進む8人の兵士、彼らの人数はそれだけだった<br /> 残りはあのドアの向こうにいるはず…どのような状態でそこにいるのかは、漠然として入るが見当が付いていた<br /> 分隊長が何度目かの、足を地面に下ろす動作を終えた瞬間、鈍い音が響く<br /> 何であるかを認識する前に、兵士たちは短機関銃のグリップを握り、ストックを肩に食い込ませる<br /> その正体はドアが開く金属音…それだけではないような気もしたが、それを考える余裕はなかった</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">905</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:29:02 ID:???</font></p> <p>「 ! 」<br /><br /> 再び「止まれ」の合図をし、銃口をドアの隙間に向ける<br /> まるで彼らの進み方のようにゆっくりと開く“扉”…その先に見えたものは、彼らの同僚であった<br /> 「カ…カールッ!?」<br /> 顔を見て確認したのではなく、向かって右の二の腕に巻きつけている十字架のアクセサリーを見ての言葉だった<br /> そういえば本物の十字架を手に入れる金もないほどの男だったな―――そんなことを思い出しながら、顔を確認しようとする<br /> 右肩が見えた、首が見えた、左肩が見えた…おかしい、顔はどこに?<br /> 通り過ぎた? 通り過ぎる?<br /> 「そんな…」<br /> 通り過ぎるわけがない、首の位置は動かない、あるとすれば<br /> 「取れてる?」<br /> 無線兵が情けない声を上げた<br /> 同時に分隊長は、あの時ドアが開く音に混じって聞こえたのはこの音だったのかと、妙にスッキリとした気分になった<br /> まるでまだ生きているかのようにカールの肉体はドアを開ききり、寄りかかる物がなくなってもその場に立ち尽くしていた<br /> 小規模な噴水のようにして血液を撒き散らすその木偶じみた死体は、嫌に滑稽に見えた<br /> どれほどその状態が続いただろう?<br /> 彼のものと思われる首がころころとやって来て、絨毯の敷かれた道から汚水の川へと転がり落ちたあたりで、ほぼ全員、口を開くこともできなくなっていた<br /> そして、死体の背後で光る“何か”<br /> それが目であることは少し考えればわかりそうな気もしたが、分からなかった<br /> 地球上の生物のそれとは違う、見たことのない目だったためではない、放心状態のためでもない、そこにそれが“在る”事にすら気がつけなかった<br /> 確かに目に映っているのに、それを意識することができなかった…まるで都市の電柱か車のように、森の中の木立のように、そこに居た</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">906</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:30:24 ID:???</font></p> <p>「あっ……ああぁ…!!」<br /> 一人の下士官が震える口で何かを声に出そうとする<br /> もしかすると、口に出そうとしている言葉を思いつかなかったからそんなことを言ったのかもしれない、それとも無意識のうちに、だろうか?<br /> 分隊長はそんなことを嫌に冷静に考えている自分に驚き、少しした後、冷静に考えられるほど、その声で脳の機能が戻ったことに気がついた<br /> 「う………ぁ…―――――っ!!」<br /> 誰かが、頭のない人の形をした肉の塊の、その後ろにある、“何か”に銃口を向け、続いてほぼ全員が、引き金に手をかけつつ照準を光る目を持った物体に合わせる<br /> 咆哮を上げようと、思いっきりトリガーを引こうとしたときだ<br /><br /> ぼっ<br /><br /> 妙な音とともに、カールだった物は、すっと縦に割れ、その動きについていけなかった空気の力で弾けて飛び散った<br /> 雷鳴にも似た爆音が響き、軽い衝撃が伝わる<br /> その影響で、ライトを手にしていた兵士は、思わずそれを取り落とす<br /> がしかし、残りの兵士は微動だにせず、その血と肉片が目に入ろうとも瞬き一つせず、一斉にリアサイトの中の標的に発砲し始める</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">907</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">(ry</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:31:00 ID:???</font></p> <p>「お―――おぉおっ―――ッ!!!」<br /> 「ああぁあっぁああっぁぁぁ―――――ッ!!!!」<br /> 叫び声に鈍い銃声が重なっていき、水路中に響き渡る―――遅かった<br /> その音が発砲主の耳に入り、知覚されるより先に、彼らが“敵”あるいは“撃つべき存在”だと認識した“何か”は、撥ねる<br /> 撥ねた“何か”が天井を滑るが、誰もその動きを視界に捉えることも、ほんのわずかな足音を聞き取ることも出来なかった<br /> 血と肉片が地面にたたきつけられるのと、ほぼ時を同じくして薬莢が水路に落ち、水面にほんの一瞬だけクレーターを形成する<br /> 強化装薬弾だったため、銃声は通常より激しかったが、その高音域はほぼすべてサイレンサーでカットされ、上階にまで響くことはなかった<br /> また、彼らの肉体が砕ける音も聞こえることはなかったはずだ<br /> “何か”が滑った跡を示す、熱を帯びた赤い曲線が兵士たちの頭上に差し掛かる<br /> コンマの後に零が付くのではないかと言うほどの一瞬の間に、重力も、人間の知る歩行法も無視して歩み寄って来た<br /> それは降りることもせず、天井から、細長く、伸縮性のある触手をそっと、ゆっくり―――とは言っても、人間にとっては、知覚できないほどの速度で―――近づける<br /><br /> みちゃ</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">908</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">(ry</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:31:20 ID:???</font></p> <p>金属と珪素で出来たその槍は、まるで羊羹に楊枝を刺すかのように、彼らの肉体へと滑り込み、何の抵抗もなく貫通する<br /> そのまま槍は、邪魔な肉を引き裂き、骨格を砕き、臓物を掻き分けて、側面からするりと、流れるように抜けた<br /> 肉体が崩れる速度がついていけなかっただけなのだが、まるでチーズをナイフで切ったかのように、兵士たちの体は、幾つかに分けられる<br /> 半秒もせぬうちに、思い立ったかのように頭は弾け、手足は胴から離れ、胴自身は内容物を内側に留めることも出来なくなる<br /> 一瞬にして握りつぶしたトマトの様になってしまった兵士たちと、ズタズタにされてしまった装備<br /> 辛うじて原型を留めている部分も、血と汚物に塗れてしまい、潰れたそれと見分けがつかない<br /> 彼らの持つ短機関銃が生み出した、何十個目かの薬莢が落ちるのと同時にそれらは壁や天井に叩き付けられた<br /> 一部霧状にまでされて吹き付けられた赤い液体に、下水の一角は完全に隙間なく塗装される<br /> 運良く水路に転げ落ちなかったライトは、その光景を照らし出すスポットライトへと、その役割を変えてしまう<br /> 今まで動いていたすべては壊れ、かすかな血の滴る音をかき消す、水の流れる際のそれだけが響き渡る<br /> 工兵たちを皆殺しにした“何か”も、一切の音を出さずにそこから消え去っていた</p> <p><a><font color="#0000FF">959</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/05/24(土) 20:15:53 ID:???</p> <p>―――地上3階、隔壁爆破<br /><br /> 重たかった<br /> 発見される危険を冒してまでキログラム単位のC4を使い、ロックを開けたほどの金属製の扉なのだから当然だが<br /> よほど大事なものがあると、ほぼ全員が見ていた、「どうせ今までのものは余興だろう」と言うことくらいは薄々感づいていたのだ<br /> 病室があって、看護婦の死体があっても患者の死体が無い廃病院なんぞ、そうあるものではないだはずだ<br /> 24人の兵士が丁字路で、立ちながら、膝を付きながら、匍匐しながら、少しずつ拡大する隙間の向こう側に、銃口を合わせていた<br /> それともう6人、彼らは扉を必死に引き開いている<br /> 残りの兵士は周辺を警戒するか、無線機を弄繰り回していた<br /> 中に何かあったら、犠牲になるのは自分たちだと、気が気でない6人の下っ端―――階級・人間関係の両方において―――は、慎重に力をかけていく<br /> 隙間が人間の身長ほどになったところで、中に危険なものはないととりあえず気が付き、静かに胸を撫で下ろす<br /> 「…行け」<br /> 隙間が倍ほどになったところで、少尉がそう声を出す<br /> 軽く頷いて、4人1班がゆっくりと動き出す<br /> 〈内部に侵入…〉<br /> 隙間を通り抜けたところで、先頭の二人が左右上下を見渡し、警戒<br /> 残りの二人がゆっくりと前に進み始め、入り口のところで周囲を警戒している二人の肩を叩く<br /> これを受けて、その二人も、上半身の姿勢を固定したまま、先頭の二人に続き、奥へと進む<br /> 少し行って曲がり角に到着すると、動きを止め、膝を付いて後続を待つ<br /> それを見て、扉を必死に開いていた6人の兵士が、先に行った4人よりも若干大きめの足音を立てながら駆け出す<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">960</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/05/24(土) 20:16:19 ID:???</font></p> <p>〈異常なしです…〉<br /> その声を聞いた少尉は、さらに後続2名を出し、様子を見る<br /> 内部に進む、ちょうど1個分隊相当の兵士たちは、この金庫の中かのようなエリアをくまなく見渡す<br /> ちょうど十字型に通路があり、左右の通路は、自分たちの進んできた前後―――縦の通路の倍の長さがあり、部屋数は計8<br /> 全てに鍵がかかっていると思っていたが、一部の扉は開けっ放しになっている<br /> うち半分の中に見えるのは、今まで見てきた、囚人のいる部屋が病室になった刑務所の面会室、ないし危険な重犯罪者の尋問室と言った風体だった<br /> ただし、部屋の中の機器は数段上のもので、CTスキャン用の機械や脳波測定器のようなものまであり、警備員用と思しき、ゴム弾入りの散弾銃まで置いてあるほど<br /> 残りの半分、そういった部屋を向かい合う形の部屋は、ただの病室か官房、それに囚人監視・記録室が合わさったような部屋と、金庫室のようなものがセットになっていた<br /> それらの部屋に入り、中をすみずみまで見渡していく兵士たち<br /> そこら中に監視カメラが光っている<br /> 病室と向かい合う部屋には、すべモニター設備が整っていて、それらのカメラを通じてこの箱の中全てが見渡せた<br /> そうして行く過程で、一つ気が付いたことがある…その内のただ一室だけが、鍵が掛かっている<br /> 〈目標確認〉<br /> 〈了解。進入し、対象を確保せよ〉</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">961</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/05/24(土) 20:16:44 ID:???</font></p> <p>男の指示に基づいた、短いやり取りの後、兵士たちが間を置かずに動きだす<br /> 一人が中腰で扉のノブ側に付き、もう二人が同じようにその反対側に付く<br /> ほぼ同時に、3人が扉と反対側の壁に沿って並び、5人が二手に分かれて扉側の壁―――扉に張り付く一人と二人の後ろ―――で、銃口を扉に向けて待機する<br /> 本来、こういった隊形で突入しはしないのだが、場合が場合で、中に何が居るかは最良と最悪どちらかのみと、見当が付いているだけにこの形になった<br /> 足元の死体をどかし、ドアノブ側の兵士が、携帯端末を使ったピッキングを始める<br /> コードを接続し、ロックの開閉を制御している簡単なプログラムにアクセスし、書き換えてはいけないところを捏ね繰り回す<br /> ピッ<br /> そんな電子音が聞こえ、皮膚を通して、扉の向こう側の空気が少し抜けてくるのがかすかに感じられた<br /> 兵士が顔を見合わせ、軽く動作の確認をしあう<br /> 視線を扉に戻すと同時に、無駄のない滑らかな動きで扉を押し開き、バタバタと靴底を鳴らしながら中に流れ込む<br /> 手に持つのは回転弾倉式の自動擲弾銃と、MP5のPDWモデル<br /> 初弾は普通の銃弾ではなく、市販されているようなものではない特製のウッドチップ弾と、暴動鎮圧用ゴム弾<br /> その後に装填されている弾は人を殺せるものだが、殺意を抱く必要のないものが中に居ることを期待しているのが伺えた<br /><br /> ―――そして、中には最良の結果が待っていた</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">962</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/05/24(土) 20:17:37 ID:???</font></p> <p>―――部屋の外で周辺を警戒している兵士は水音を聞いていた<br /><br /> ぴちゃぴちゃ<br /><br /> ニューヨーク中の水道管や配水管―――建物の中のものまで当然のように砕けているのだから、そこらからずっと聞こえてきていた<br /> 当たり前のことなので、耳を凝らしはしなかった<br /> よく聴いてみれば、それには突然近くで聞こえ出した音も混じっていると気づけたはずなのに、だ<br /><br /> 気づかない方が良かったと言えば、そのとおりなのだが―――</p> <p><a><font color="#0000FF">964</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/05/24(土) 21:15:29 ID:???</p> <p>見るものにプレッシャーを与える、真っ白い室内、踏み込んだ兵士たちの服装は、対照的に暗色が多かった<br /> 照明の淡い光を反射して黒光りする短機関銃と擲弾銃は、そこに転がっている一人の少女に向けられる<br /> 「対象確保………居ました。魔女が一匹―――――」<br /> 安堵感を感じた矢先に、兵士たちは今まで以上にある種の恐怖を感じることとなる<br /> 恐怖とは、思考の対象に興味を感じながらも、対象が何なのか、理解できないことへの不安から来る<br /> そして、目の前にその対象が居る<br /> 最初期にして最高級の被験者<br /> 一部狂気じみた計画の最重要試料であり、それら計画に参加する狂った科学者たちに神格化すらされている<br /> 俗に被験者たちがESPの秘匿名称で呼ばれるようになった原因である、国連の政治屋たちをもって“魔女”と言わしめた少女<br /> 少佐たちの言う「何か引き付ける“者”」とは、無論彼女のことだ<br /> ロシア政府協力の元、シベリアにこの魔女を上回る適正値の被験者たちが配備されたと言うこと、それらが魔女と呼ばれていないことも聞いていた<br /> 要するに、彼女が高く評価されるのは、被験者とされるのに必要な適正値ではなく、“ESP”のほうだと…<br /> このこともあって、中尉はその脅威性を十分認識しており、部下もある程度聞かされていた<br /> 「これ、が…?」<br /> これ―――とは、無論目の前の少女のことだ<br /> 目を開けたまま寝ている…というよりは意識を失っている―――その目は影の差さない深い青、光の入った薄い藍、それこそはめ込まれた宝石のような、一切の濁りの無い色<br /> 肌の色は、度を過ぎないといった感じの色白―――長いことこうしている所為だろう、血色は悪いが、斑の無い綺麗な肌<br /> 伸ばしっぱなしにされている黒髪―――よく手入れされていたのだろう、纏まりのある髪は一つの塊のようでいて、一本一本作りこまれていた<br /> 壁に背をつけながら両手両足を投げ出して、頭をもたげているそれは、まるで人形だった<br /> 壊れた人形ではなく、箪笥の上に少し乱暴に置いてあるような、生気の有る―――どこか使い込まれた観の有る人形<br /> そんなものが、目の前に転がっていた・・・</p> <p><a><font color="#0000FF">29</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:00:05 ID:???</p> <p>・・・しばらくして、兵士たちは男が来たことに気が付いた<br /> 全員が気づいてはいる<br /> 気づいてはいるが、ヘルメットを被ったままでもエイミング出来るように極端な角度をつけられたB&T社製ストックの先を、肩に押し付けたままだ<br /> 誰一人として、少女に向けた銃口をずらそうとはしない<br /> 〈8、9、20………間違いない、これだ〉<br /> デジタルカメラを通じて、リアルタイムで送られてくる映像を見た中尉は、無線にもれていることも気にせず声を出す<br /> 男は人形じみた少女の体に歩み寄り、脈を測り、瞳孔を見る<br /> 脈は極限まで弱く、瞳孔は開いていたが、生きていることに違いは無かった<br /> 男は改めて少女の周辺を見渡す<br /> 少女に繋がれているのは、点滴用薬剤の入った大きすぎる袋と、首や米神に差し込まれるようにして付いている電極に、金属製のベッド―――手錠によって―――だ<br /> 男は何食わぬ顔で点滴用薬剤を取替え、首に目に見えないほど細い注射針を差し込む<br /> 注入されたのは覚せい剤と、その他幾つかの向精神薬<br /> 半分寝て半分起きている状態にするために、いくら一回だけの使用と入っても、少女には相当危険な薬物が投与されていた<br /> 続いて、少女をこの部屋に固定するために必要だったのであろう、一本の鉄の鎖に目を向ける<br /> すぐに男は鍵がないことに気づき、取りに行く手間を省くため、拳銃弾で手錠の鎖を引き千切る<br /> 兵士たちが思わず身をすくめたのも無視して、男は立ち上がり、しばらく様子を見る<br /> 一切操作していなかったはずの電子機器が動き出し、電極から軽い電気刺激が少女に送られたことが、画面に出る文字列とグラフで分かる<br /> どうも、事前に打ち合わせをしていたらしい<br /> 薬物投与による生体の変化に、元はただの医療用でしかなかった機器は敏感に反応した<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">30</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:00:37 ID:???</font></p> <p>いったいいくらする設備と装置だろうか?<br /> 誰かがそんな思いをめぐらしているうちに、二度目の刺激<br /> 軽く痙攣したかと思うと、心拍数が回復し始めたことを告げる、電子音のリズムが室内に微かに響き、その耳障りな電子音の発信源を探すべく、何人かは部屋を見渡した<br /> 残りは、男が何時に無く不機嫌そうに眉をしかめるのを見て、その視線の先のものに向き直り始める<br /> (………)<br /> 少女の口が微かに動き、呼吸をまともに再開しだした<br /> 目も、“閉じようと”している<br /> それを見た男が、少女が少し前まで貼り付けられていたベッドから、プラスチックで出来た小さな容器と、液体の入ったアルミ製の缶を取る<br /> 前者には目薬と成分表の書かれた張り紙があり、後者には何かの商品名らしいものが書かれていた<br /> 男はすぐに、無駄のない手つきで、少女の目に目薬を差して閉じさせてやり、口には清涼飲料水らしいものの入った缶を口元に運び、少量流し込む<br /> 大半が零れたが、それでもないよりは遥かにマシだろう<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">31</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:01:09 ID:???</font></p> <p>「…ぁ……」<br /> 微かに声を出す<br /> それを聞いた男は、少女に差し込まれている電極やチューブ、点滴の針を、固定しているテープごと剥ぎ取る<br /> 「ぎ―――ぁあ゛あ―――」<br /> 悲鳴とも呻き声ともつかない音を出し、少女はのけぞる<br /> 彼女につながれていた脳波測定用の機械も、単調な電子音の悲鳴を上げ始め、それに合わせて男は数歩後退<br /> 銃の引き金には指が軽く乗っかっている<br /> 「あ………」<br /> うなだれて動かなくなった少女は、その端整な顔を、引っ込めた自分の、それこそ白木から削り出したのではないかと言いたくなる様な足に向けながら、硬直する<br /> しばらくそのような状態だったが、見守る兵士たちが不安げなそぶりを見せ始めた頃には、また口を微かに動かし始めた<br /> 「………」<br /> まだ手に握られていた拳銃で、不快な電子音の発信源を黙らせ、今度は数歩前進する<br /> 下士官の一人が「いいのかよ」とでも言いたそうにそちらに目を向けたが、場の雰囲気に圧迫され、声が出ない<br /> もっとも、若年の、軍隊生活もろくに過ごしていないだろう兵卒には、そう思う余裕すら無いらしいが…<br /> 男が膝を付いて、覗き込むように耳を近づけると、これ以上出せないと言うほどかすれた声を、少女は絞り出す<br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">32</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:02:04 ID:???</font></p> <p>「ヘル…ナンデス……この、メキシコ野郎……」<br /> 次の瞬間には、少女のみぞおちから少しずらした程度の位置に、それなりに力を込めた蹴りが入っていた<br /> 「ゲハッ………!」<br /> 唾液と少量の胃液、それと何かよく分からないドロドロとした、粘液に混じる粉っぽいものを吐き出して、蹲る<br /> 「お、おい…」<br /> さすがにこれ以上はとばかりに、下士官の一人が「ヘルナンデス」と少女に呼ばれた男を制止する<br /> 男は眉一つ動かさずに少女を見据える<br /> 「目は覚めたか? 調子は良さそうだが…」<br /> 男はよく通る声で…いや、単純に静まり返った室内では目立つ程度の声量で、呟く様にして言う<br /> 帰ってきたのは、笑い声<br /> 少女は、ただそこで、とぐろを巻く蛇のようにして、笑っていた<br /> 身体面の理由と、精神面の理由<br /> その両方から醸し出される、あまりにも不規則で、耳を傾けずにいられないような韻律<br /> 子供っぽい声としか形容の仕様の無い、無邪気そうな声質で記述される笑いには、大人でしか出せないような“濁り”があった<br /> その濁りは、この状況に助けられて、無垢な少女の姿と重なり、狂気的な音色を奏でる<br /> 兵士たちは、最後の安全装置こと、人差し指を立てることすら、もう止めていた…<br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">33</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:03:26 ID:???</font></p> <p>少女は笑うのを止めると、蹲ったまま、心底嬉しそうに口を開き始めた<br /> 「調子は、良い…よ……ヘルナンデス?」<br /> お蔭様で最高の気分だよとばかりにこちらを見据えてきた少女に、手錠をはずす際に使ったP46の銃口を向ける<br /> 「この状況は何だ? 説明しろ」<br /> この声に合わせて、兵士たちもそれに習う<br /> 「……じゃないか……銃なん…か」<br /> 笑いつかれたのか、気分を害したのか、低いトーンで喋り出す<br /> 「寝てなければ……私には……できないのに…何、も……」<br /> 体を丸めたまま、顔だけを動かして、男を見据える<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">34</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:03:51 ID:???</font></p> <p>見据えられた男―――ヘルナンデスは、関係の無い話をするなと言いたげに、回答を促す<br /> 「何があった?」<br /> 「小さな失敗…この作戦の、成否には、かかわらない……ただ、の…小さな…事故」<br /> 置き画廊ともせずに、とぐろを巻いた少女はポツリポツリと言葉を漏らす<br /> これが小さな事故か?―――と、一人の兵士が、足元の死体に目をやる<br /> ほんの一瞥程度に観察し、刹那の間、今まで見てきた光景を思い出す<br /> 惨劇―――あまりにも奇妙ではあったが、そう形容するしかなかった<br /> 当然のことだが、事故とはたいてい惨劇を伴うものであって、たいていの場合は程度の違いこそあれ、原因や結果の一部、あるいはすべてが奇妙なものだ<br /> よくよく考えてみれば、別にこの少女はおかしなことは言っていない<br /> つまらないことで思考をめぐらしてみれば、その終着点がこれだったので、兵士は考えるのをやめた<br /> 発展させれば色々とあっただろうが、そうする気はさらさら無かった<br /> 問題は、事件と言うものがどうのこうのではないのだが…<br /> 「作戦の成否、か…まあいい」<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">35</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:04:36 ID:???</font></p> <p>男の反応を見て、また別の兵士が思考をめぐらす<br /> 「まあいい」と言うのはどういうことだろうか? 少女が言うには小さな事故らしいが、何に対してだろうか?<br /> この疑問の解として、その疑問を持つ兵士がとっさに考え付いたことは二つあった<br /> 一つ…彼と彼女が携わる作戦とは、この施設の一つや二つでは揺るがないものなのだろう<br /> これは戦術的な失敗=小さな事故であって、やり直しがきく<br /> 二つ…この作戦は続行不可能なほどの被害を被った<br /> これは一見大きなことのようだが、事故が起きる前、あるいは起きる瞬間(起きることによって)作戦の目標は達成<br /> 戦略的目標を達成した後に起こった戦略的敗北は、ただの大きな戦術的敗北として“小さな”ことになってしまう<br /> さて、どちらだろうか?…どう考えても前者だ<br /> 国防総省が国連に尻をけられた政府の圧力を受け、一部政治家たちが眺めているであろう謀略の海の絶景を知らない、大多数の木っ端役人に隠れての蠢動<br /> と言うと、どうも貧弱そうな印象を受けるが、人類存亡の危機と、すべての情報網が壊滅と言う状況を最大限に活用しての行動である<br /> 戦う理由に疑問を投げかけるのが訓練された政治家なら、戦う理由を叫んで国民を先導するのはよく訓練された政治家<br /> 優秀な政治家達と、世界最強の軍隊が共謀という状態に、マスメディアが壊滅し政府がほぼ全面管轄、国民は何も知らないというのも最大限に作用<br /> 人類未曾有の危機を前にして、怪しげな組織を従えた国連の元で結託した幾つかの大国(経済・軍事・国際的地位のすべて、あるいはどれかにおいて)に、ことに国内でおいて出来ない動きはない<br /> この程度の被害、上のほうの人間の目で見て、たいした損害ではないだろう<br /> それがこの、“今ここで”行われた実験とやらの失敗と直結しているかはまた別の問題であり、両方の理由を兼ね備えていることもありうるが<br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">36</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:05:53 ID:???</font></p> <p>「説明しろ。エレノア」<br /> 「名前…を…―――」<br /> 少女はいきなり声を出して、すぐに音のない咳をする<br /> “エレノア”と言う女性名を聞いた瞬間―――というよりも言い始めたころには口を開けていた―――に急に声を出そうとしたので、体が追いつかないらしい<br /> 「こういう事態に陥った経緯の説明と、成果を報告しろ」<br /> 少女を無視して、表情こそ変えてないが、多少わざとらしさも感じられる口調で、忌々しげに喋る<br /> 少女のほうも、同じようにして、話を続けた<br /> 「―――呼ばないで…くれと…―――ッ!?」<br /> 少女の体が軽く宙に浮きながら反り返ったかと思うと、半回転ほどして壁にたたきつけられた<br /> 男はゆっくりと、右足を左足の脇へと戻す<br /> 彼にとってはかなり手を抜いたものなのだろうが、脳震盪を起こさない程度のけりが、少女の左側頭部の前半分辺りに叩き込まれる<br /> 少女は、体に繋がれた管を引きちぎられて仰け反るなどした際に前進した距離を、一気に後退してしまった<br /> さして飛んだわけでもないが、あまりにもその距離が短いので、まだ勢いがある状態で壁にたたきつけられたのだ<br /> 壁が無く、ゆるい角度で地面に軟着陸する分に相当する打撃も、壁に叩き付けられてから重力に惹かれて床に落ちることで加わった<br /> 痛みからか、何が起こったのか分からないと言う心理状況からか、しばらく顔を伏せるような状態で固まる<br /> 「―――痛…っ……」<br /> 不思議とリアクションは少ない<br /> 痛みのあまり声が出ないと言う訳でもなさそうで、声は落ち着いている<br /> 加害者はこのような行為に及んだ後でも、冷静…と言うよりは無感動そのものだ<br /> 「大人しく質問に答えろ。国連直轄重要計画被験者“B(ベー)”…事によっては、お前は今すぐ捨てられる事も、こき使われる事もなく、委員会、ひいては人類の最重要人物だ」<br /> 男は少女の事を、所有物としての番号で呼んだ<br /> 脅迫とはまた別の成分を多量に含んでいるようで張ったが、並べられた単語の幾つかは、むしろ兵士たちのほうに影響を与えた<br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">37</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:06:48 ID:???</font></p> <p>「無駄話をする時間は、無い」<br /> 言葉こそ今までと同じ、感情を読み取ることが困難なものだったが、男の目には、妙な輝きがあった<br /> 微かではあっても、このような表情の変化を見せたのは、顔を伏せた少女に、それを見ることは出来ないと判断したからこそだった<br /> それでも―――もしかすると、ではあるが―――少女はこのことを判っていたかもしれないと、その判断の主には見えていた<br /> 自分の中に浮かび上がった感情と同時に、少女の口の両端が歪み、普通ならば愛らしいとしか映らない三日月をつくる<br /> 男の目に、ほんの一瞬だけ、心の中に生まれた感情が、そのまま浮かび上がったのを、距離はあれど、その横に立つ兵士は確かに見た<br /> とりあえず、恐れとも畏れとも違うようではあるが<br /><br /> ほんの一時の沈黙<br /><br /> この間に、男の脳内では、神経細胞が今までには無い動きをし始め、顔の筋肉組織以下、体もそれに続いた・・・</p> <dl><dt><a><font color="#0000FF">239</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:14:10 ID:???</dt> </dl><p>・・・足音が聞こえる<br /> 外からではなく、自分の頭の中から響いてくる、昔よく聞いた音だ<br /> どかどか云う軍靴の音ではなく、ひたひたぺたぺたと、ゆっくり背筋を這い上がってくるような音<br /> 「工兵分隊が消えたか…」<br /> メッセンジャーに張り付いていた一等軍曹が真っ青な顔で言った<br /> 「フリント少尉はッ!?」<br /> 「折れ曲がった状態のドックタグを回収しました……間違いありません」<br /> 作業を開始したであろう工兵分隊に必要機材を届けようと、地下に降りていった兵士たちの一人が、軽く震えながら報告する<br /> 「ぜ、全員粉々に…だ、誰が誰だかも……本当に…酷い状態で」<br /> 彼の後ろでは、地下に降りるなり真っ先に悲鳴を上げた伍長が、錯乱状態で何か喚いている<br /> 新兵など一人もいない、皆イラクや湾岸などで常に前線にあった兵士たちだ、容易に錯乱するはずが無い<br /> ただ歩くだけ、ただひとつのドックタグを回収するだけで、手も足も血まみれ…それどころか、肉片や頭髪すら付着していることも、地下の状況を示唆していた<br /> 中尉は一瞬目を泳がせた後、振り返って部下たちに指示を出す<br /> 「推測し得るものも含め、全滅する前の状態を何とかして洗う。突入した各分隊への連絡も急げ」<br /> 彼は未だ忍び寄ってくる足音に苛まされていたが、それ故に判断はすばやく、的確だった<br /> 一見すると、ほかの兵士たちとは違い、前から彼の部下だった工兵分隊の消失も、さっぱり忘れたのではと思うほど冷静そうにも見える<br /> 「了解…―こちら小隊本部。地下で工作中の工兵分隊が消失。原因と経過、現在の状況は不明なれども通常の事態とは考えがたい…各隊は次の指示があるまで十分に警戒されたし―」<br /> あくまで落ち着いたふうの声で伝える無線手の顔色も、大多数と同じように蒼白<br /> それも無理は無い、明らかにこれは敵の攻撃で、すでに工兵分隊は殲滅され作業は失敗<br /> そして、これだけの時間が経過した今、敵は次の行動に移っていることは疑いようもない<br /> 彼だけでなく、回りの人間ほぼすべてがそう考え、震え上がっていた</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">240</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:15:54 ID:???</font></dt> </dl><p>「それで、次の指示は?」<br /> 「どうすればいいと思う?」<br /> 催促する少尉に、一切の間をおかずに中尉は意見を求める<br /> その横には、各技術の専門下士官が数人並び、ドライバーも車両から顔をのぞかせ、無線手もさりげなく様子を伺っている<br /> 〈第2分隊より本部へ。施設内に敵が居るのか?〉<br /> これまた平静を装った分隊長の声が聞こえてくる<br /> 「―敵は確認できていない。また、これが敵によるものかも現在不明だ…警戒しつつ、指示を待て―」<br /> 「……彼らのためにも迅速な判断が必要だが―――」<br /> 無線手の応答を受けて、了解の一言だけを返して沈黙する無線の相手を指して中尉が言う<br /> キャップの位置を正して、数秒の間考え込んでから、冷酷ではあるが優先事項と上官からの指示に則った決断を下す<br /> 「対象“ブラヴォー”を確保し、余裕があれば情報を収集しつつ警戒。敵の攻撃があり、目的が“ブラヴォー”であれば死守。そうでなければ急ぎ足で帰る」<br /> 「して、その判断基準は?」<br /> 名だけの小隊最先任の曹長が即座に切り返す<br /> 部隊員のコンディションを保つ上で、曖昧な命令は避ける必要があったからだ<br /> 中尉は眉ひとつ動かさない</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">241</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:17:18 ID:???</font></dt> </dl><p>「簡単だ、“ブラヴォー”に敵が不必要に接近すれば妨害すればいい」<br /> 確かに命令文自体は簡単だ<br /> だが、その目的や指揮系統などはおろか、生き物なのかまともな思考はあるのかなど、人間とはまったく違うどころか、地球圏のものですらないものが相手だ<br /> さて、一体どのようにして通常(そもそも、この通常と言うのが曲者だ)では考えられないほど…つまり、不必要な接近をしていると判断するのか<br /> 指揮官として失格と言えるほどのことを、さらりと言ってのけたのは、彼が無能だからでも、楽観できる状況から出た冗談だからでもない<br /> 「部隊は今日を持って解体・再編成ですな」<br /> 少尉が、胸の階級賞が隠れそうな位置に資料を抱えた状態で嘆く<br /> 彼と中尉は同じ部隊から引き抜かれたが、別にその部下は、昔からそうだったわけでもなければ、同じ任務についていたわけでもない<br /> 彼らの手足となっている兵士の大半は、今回の作戦で始めて顔を合わせただけの仲だ<br /> かといってここまで無感動なのは、上層部による人選の賜物か…<br /> 「さて、武官殿はどうなさるおつもりか…」<br /> 部下の前では平静を装っているが、実際は迫り来る足音を聞くまいと、耳を塞ぎたい思いだった<br /> 最重要の被験者の確保に失敗し、国連派遣の男まで失ったとなれば、どのような処分を受けることになることか<br /> ただでさえ、この手の作戦に直接参加すれば、問答無用の異動か、これからもずっと、そういう方面の仕事に付き合うかの二つの選択肢しか残らない<br /> 作戦に参加させる意味のない無能力者と思われれば、後者の選択肢はまず消えてしまう</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">242</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:18:04 ID:???</font></dt> </dl><p>(もっとも、悪戯に犠牲を出させるのが得策とは言えないが……)<br /> かと言って“得策”を見つけ出すことも出来なかったので、いったん思考を停止させる<br /> すでに無線手たちが、各分隊に指示を出していた<br /> 「正面から突入した部隊を直衛に当たらせろ…残りの分隊は施設内の探索を優先」<br /> 中尉が次の指示を伝えた<br /> 「了解」<br /> 追加指示を加える無線手の顔はやはり蒼白だった<br /> ここまで来ると、自身の生命も危ういのだから当然の反応ではある<br /> 中尉も、ベクトルは若干異なるが、同じように“保身”と言う意味においては、この兵卒と大差ない心配から、頭を抱えそうになっていた<br /> 「………中尉殿」<br /> 「なんだ?」<br /> 無線手の顔に、自分の感情を憂慮してのものであろう表情を見て取り、警戒しながらも発言を促す<br /> 「その、武官殿が……本部に連絡をさせろといってきていますが、どうしますか?」<br /> 中尉は何かが抜け出たような顔を一瞬して見せた後、またもとの表情に戻して、冷静を装いながら指示を出す<br /> 「……許可しろ」<br /> もう勘弁してくれと思いながら、それでも声や表情、身振りには細心の注意を払って部下に対応するあたり、階級に似合わず、年齢相応に経験は相当豊富だと示している<br /> 「はい」<br /> うなずく無線手が機器に向き直る前に、中尉は耳を掻く仕草をして見せた</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">243</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:18:35 ID:???</font></dt> </dl><p>掻く―――というよりは、耳の周りで人差し指をくるくると回して見せるような動作<br /> ほんの一瞬だったが、無線手は表情を一瞬険しくして、作業に戻った<br /> その刹那だ<br /> 「盗み聞きは感心しませんな」<br /> 無線手宛に、ひそかに出していたハンドサインを読み取られたらしい<br /> 顔に傷跡のある士官が、後ろのほうで声を上げた<br /> 「君と私の会話が記録されているわけでもない」<br /> 中尉は強がって見せるが、少尉のほうはあまり気にも留めずに話を続けた<br /> 「それこそ、告げ口をしたらどうなります? だれがだれに、なにを…とは言いませんが」<br /> 「そうか、考えておこう」<br /> あくまで強がって見せるものの、中尉の表情を見るに、その自信の程は怪しい<br /> 少尉は中尉とこの部隊の中では数少ない顔見知りだが、不正黙認の責任を問われるくらいなら、告げ口をする気であると言いたげであった</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">244</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:20:41 ID:???</font></dt> </dl><p>「いえ、別にそういった指示を受けているわけでもないのですがね」<br /> これは、いざとなれば告げ口をするが、止める気はないと言うことを伝えたいのだと、聞くものに思わせる喋り方だが<br /> 中尉にはその言外に、「早くやれ」という、急かしのようなものを感じ取った<br /> とにかく、少尉は少し細めた声でそう残して、抱えた書類を車両に運び込み始めた<br /> 特に指示を出したわけではなかったが、交信記録その他を、撤収に備えて整理しているらしい<br /> 懸命な行動だし、事前にそういう心構えを持てと、上官にいって聞かせられた記憶も、中尉にあった<br /> 紙に書いた記録<br /> “逃げ足だけでも稼ぐべき”―――とすると、中尉にはなおのこと、この書類と言うのが面倒に思える<br /> いくら“敵”に対する防諜手段と言っても、ほんのごくごく一部の通信以外、本部ではなく、指揮車両すらないこの前線で記録の類を紙に…手書きしなければならないのだから…<br /> しばらくその行動を見守った後、何事もないかのように作業を続ける無線手に「続けろ」とだけ残して、中尉も車両の中に入る<br /> 運転手の姿はなく、開けっ放しにしているドアからは、手の空いた人間に、M16A2やらMP5のPDWモデルやらを配っている曹長の姿が見える<br /> いつ襲って来られるのかと言う恐怖を、その行動から見て取ることは出来ないが、目を見るに平静でないことが瞭然だ<br /> 「まったく、なぜこんなことに……」<br /> 中尉は急に疲れきったような表情をして、左右に首を振りながら呟く</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">245</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:26:31 ID:???</font></dt> </dl><p>しかし、そんな悲痛な声も、有史以来類を見ない規模のゴーストタウンは、何事も無いかのように飲み込んでしまう<br /> かつて、世界最高最大を謳われた都市、ニューヨーク<br /> “来訪者”たちの落着、それに続く二度の戦闘で建造物は倒壊し、地下構造などは完全に彼らの施設へと変わり果てつつある<br /> 目の前には象徴である、外宇宙由来の巨大な希少金属の塊が、雲の遥か上空まで聳え立ち、さらにはその縮図まで100m前方にある<br /> それこそ「なぜこんなことに」なったのかと言いたくなるのも肯ける光景だった・・・</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">246</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:27:24 ID:???</font></dt> </dl><p>・・・病室の中で響いていた兵士の怒鳴り声と、少女の弱々しい声が途切れる<br /> 無線手は中尉からの指示を早口で伝える<br /> 「“対象“ブラヴォー”を確保し、出来る限りの情報を収集しつつ警戒。敵の攻撃があり、目的が“ブラヴォー”であれば死守。そうでなければ急ぎ足で帰れ”…とのことです」<br /> 報告が終わり、手の空いている兵士たち全員が少尉のほうへ向き直る<br /> つい先刻まで、「お前が殺したのか」などと叫んでいた若い兵卒もそれに習った<br /> 「確保はした……このまま持ち帰るべきと思うのですが、後は―――」<br /> 少尉は男のほうを向いてさらに続ける<br /> 「―――各種資料の収集も、後始末も出来ていない…―――」<br /> 各種資料の収集は、最優先目標と施設の確保後に行うはずで、落ちたままの地下予備電源等の復旧が無ければ後者の確保は出来ず<br /> 後始末に関しても、地下に爆薬を設置して、脱出後に起爆して根元から崩壊させねばならない<br /> その両方を行うはずだった工兵分隊が、どうやら消滅してしまったらしいのだ<br /> 少尉の視線の先の男は黙ったまま銃を抱え、少女を睨み付けて<br /> 「どうなると思う?」とだけ質問する<br /> 少女は相変わらず無表情で、口だけ微かに笑っているように見える<br /> 兵士たちはその質問の意味も、なぜ少女に対して投げかけるのかも、まったく理解できずに事の顛末を見守っていたが<br /> 会話が続かないと見るや、途端に現在の状況を思い出し、切迫した表情を見せる<br /> 各方面から伝えられてくる噂だけでも、歴戦の兵を震え上がらせられるだけのものがあったのだ<br /> 対照的に男は眉一つ動かさず、さっさと次の行動のための準備を始めていた<br /> 弾倉と薬室内の弾薬を抜き取り、AP弾の詰められたものと交換し、薬室内に装填している</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">247</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:28:13 ID:???</font></dt> </dl><p>「―――…どうします?」<br /> 「“始末”する。少なくとも重要な資料だけはな」<br /> 少女の確保が最優先という点に異論は無いようなので、少尉は意見しようともせず、横にいた二人の上等兵に合図して、少女のほうへ視線を移してみる<br /> 無気力そうに見えるのは寝起きだからか、などと思いつつも“確保”の次の段階に入る<br /> 「さて、これからお前を持ち帰るわけだが…」<br /> 両手で持っていたM4カービンを左手に移し、右手ですぐそこに落ちていた清涼飲料水のボトルを差し出す<br /> 横では男が、いったん弾倉を抜いて、そこに焼夷弾を詰め込んでからもう一度差し込み、初弾にAP弾、次に焼夷弾を持ってくると言う作業を終わらせていた<br /> 「一人で立てるかね?」<br /> 一人で歩け、担架の類は無いぞと暗に示しながら、少女に問いかける<br /> 「無理」とだけ無感動な応答が帰ってきたので、両脇に兵卒―――合図を受けた上等兵二人―――が寄って、引き摺る様にしてその場に立たせる<br /> 「話を……―――」<br /> 「なに?」<br /> 少女が何かを言いかけて固まり、少尉は不審そうにその顔を覗き込む<br /> 腹部を庇う様な仕草をしながら、その人形じみた、形だけならば愛らしくも思える顔に、苦痛を浮かばせている<br /> 普通はこの少女が蹲っているのを無視はしないだろうが、状況のこともあり、少尉は何か助けてやろうとはしない<br /> そろそろ秒二桁になろうかと言う間を置いて、少女は喋りだす</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">248</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:31:20 ID:???</font></dt> </dl><p>「……電話を―――」<br /> 無線ではなく、少女は“電話”と言った<br /> 何かの間違いとも思えず、中尉はその意味を理解できなかった<br /> 確かなことは、伺おうとした突然顔色を変えた男が視界に入っただけだ<br /> 中尉は事の重大さに勘付きながら、声を出さずに口だけで笑う少女の横たわっている方に向き直る<br /> 「―――掛けさせて…」<br /> 「番号は?」<br /> 今までこの少女を侮蔑し切っていたはずの男が、中尉以外にも急にそう見えなくなった<br /> あの一言には、どのような意味があったのか知りたいと言う思いで兵士たちは二人に注目する<br /> 「国連派遣の…この作戦のリンカーン担当官経由で、EIEから着ている特務執行官に……」<br /> 「…用件は?」<br /> まったく苛立ちの無い声で急き立てる<br /> 無線機からは、誰も耳を傾けないと言うのに、各階のどの部屋も異常ないということや、地下の惨状についての報告が聞こえてきている<br /> 少女はたっぷり5秒ほどの間を置いて回答する<br /> 「…直接、云う」<br /> 少女が言い終わると同時に男は携帯電話を取り出し、番号を打ち込む<br /> 官給品の無個性な黒い長方形<br /> そこに一切の数字や記号は無く、打ち込んだ番号も表示されなかった<br /> 中尉たちを経由して伝えられる“スチーム・リーダー”からの「増援部隊が周辺に展開、前進中」との情報を伝えてきたのと同時に、発信音が鳴り出す<br /><br /> 〈ああ、どうも。国連のリンカーンです―――〉</p> <dl><dt><a><font color="#0000FF">279</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/10/28(火) 05:45:02 ID:???</dt> <dd>■機密第1号資料<br /><br /> 注:以下の文章は第三者によって改竄された可能性があります<br /><br /></dd> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">280</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/10/28(火) 05:47:57 ID:???</font></dt> <dd>ヤバイ。EOLTヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。EOLTヤバイ。<br /> まず科学力。もう科学力なんてもんじゃない。超科学。<br /> 科学力とかっても「ラプラスの悪魔くらい?」とか、もう、そういうレベルじゃない。<br /> 何しろ体積と質量を持って四次元時空の因果関係の中に囚われた事象の外側に由来する必然。スゲェ!なんか形容詞とか無いの。<br /> 内側にある人間の物理学とか形而学とかを超越してる。神由来だし超科学。<br /> しかもペンローズ・プロセスの全宇宙規模での導入を担当してるらしい。ヤバイよ、ペンローズ・プロセスだよ。<br /> だって普通は全宇宙規模でペンローズ・プロセスとか導入しないじゃん。<br /> だって全ての質量持ち出してまでブラック・ホール蔽い尽くしても、エネルギー使えないじゃん。<br /> いつも資源不足で苦労して設備整えても特異点に投げ込める質量無いとか困るっしょ。<br /> 結局何も無くなって、施設が事象の地平面に潜るのを止められなくなった挙句に、 蒸発に巻き込まれて光の国に生きて到達できないとか泣けるっしょ。<br /> だからEOLTが吐き散らした技術・情報の欠片を手に入れると人類種を宇宙すら越えるような種にしてまで自分たちが光の国へ到達しようとするのかもしんない。無謀なヤツだ。<br /><br /><br /></dd> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">281</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/10/28(火) 05:48:31 ID:???</font></dt> <dd>けどEOLTはヤバイ。そんなの気にしない。恒星系から資源収集しまくり。<br /> 最も遠くの恒星系の情報とか第六宇宙速度以下で着てもよくわかるくらいダイソン球。ヤバすぎ。<br /> 科学力っていったけど、もしかしたら科学なんかじゃないかもしんない。<br /> でも科学じゃないって事にすると「じゃあ、今オレらが鹵獲して流用してるのってナニよ?」って事になるし、それは誰もわからない。<br /> ヤバイ。自分にも分からないなんて凄すぎる。<br /> あと超戦争上手い。多分プロ級。先読み度で言うと超プロ級の戦略家。ヤバイ。上手すぎ。<br /> エッジワース・カイパーベルトの未確認天体の意味理解する暇も無く敗北。最強。<br /> それに超狂気的。超越的。それに超幾何学。究極の知性・知識を手に入れる馬鹿とか平気で出てくる。<br /> 宇宙的恐怖て。 エロネタでもそんなの流行らなねぇよ、最近。<br /> なんつってもEOLTは人間的なのが恐ろしい。仲間割れとか日常だし。<br /> うちらなんて仲間割れとかたかだか枢軸国が無くなっただけで思想対立するから条約機構樹立したり、狂気という名の相互確証破壊創ってみたり、無駄に衛星に国旗立てたりするのに、EOLTは全然凄い。<br /> 時間が浮くからと現在の宇宙の量子的揺らぎや物質=エネルギーの斑とかを相殺するする第三のインフレーション起こそうとかする。酷い。ヤバイ。<br /> とにかく貴様ら、EOLTのヤバさをもっと知るべきだと思います。<br /> そんなヤバイEOLTに勝利しようとする国連とか超ヒト至上主義。もっとがんばれ。超がんばれ。 <br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">306</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:16:10 ID:???</dt> <dd>■第92号文章“衛星軌道上に待機中のエコー目標の監視および調査・被干渉実験地点について”<br /><br /> 「概要」<br />  ―極秘事項に抵触するため削除― 監視および調査、被干渉実験のためのロケーション<br /> ・アルファ、ブラヴォーをニューヨークに、ジナイーダを中央シベリア・ウスチイリムスクに設置<br /> また、これらの落下予測地点への配備分以外にも、幾つか ―秘事項に抵触するため削除― を設置<br /> 被験体を含め、各種観測機器によって経過を観察・記録し、それらを分析 ―極秘事項に抵触するため削除― することを目的とする<br /><br /> 「各ロケーションについて」<br />  ―全文削除―<br /><br /> 「被験体について」<br />  ―削除― 詳細については各種資料を参照の事<br /><br /> 追記:<br />  本計画は一定の成果を挙げ、各後続の計画と推進機関に継承された<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">307</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:17:10 ID:???</dt> <dd><br /> ・・・真っ黒な紙に、白や青の絵の具を粒子のサイズを調節できるスプレーで吹きかけたら、このような景色が見えるだろうか<br /> なんど見ても、背後に見えるのは宇宙空間―――しかも、夜に見上げた空ではなく、大気圏の外から見たものだ<br /> よく見れば、光年単位で離れた恒星意外にも、大小様々な無数の塵が漂っている<br /> 一個一個の塵の間隔が広く、すべて遠くに見えるのだが、ものによっては恐らく、数百m規模のものもあるはずだ<br /> 一点を見ずに広い視野で見れば、其処からは、地上から見上げたものと同じ星座が見えた<br /> 星座の配置は、今の季節―――自分たちが生きていた時間と、ここの時間が同じものとして―――に地上から見上げているとして考えると、とても出鱈目に見える<br /> やはり地上ではない、と同時に、ここはカイパーベルト付近の小惑星帯らしい<br /> それが何を意味するかは知らないが、とりあえず真正面にはてんびん座が見えていた<br /> この、人類にはその果てすら捕らえられない広大な空間は、当然だが真空だ<br /> しかし、そこを振り返って眺めている男は、スーツを着て素顔も晒し、彼の仲間たちも同じように宇宙服など着込んでいないが、窒息も体液の沸騰も凍死もしてはいない<br /> さらには、そこには音も聞こえた<br /> ぱたぱたと、本のページをめくる音が、ゆっくり、一回一回、やたらとはっきりと響いている<br /> 首が疲れて、男が視線を半分だけ正面のほうに戻すと、眼鏡越しには仲間の姿が見えた<br /> スーツ姿の者と、その上に白衣を羽織っているもの、また軍服姿―――と言ってもドレス―――の者もいた<br /> 全部で二十人にも満たない一団は、皆微動だにせずに正面を見ている<br /> また同じ角度首を動かし、他の者にあわせて正面に視界を戻すと、そこは国連本部の議場であり、斜め前にいる白衣の女性も、そこの床に立っていた<br /> 彼は少し驚いたが、別に変わったことでもないと思えてしまった<br /> もう一度横を向いても、やはり仲間たちは全員磨き上げられた床や、高そうなカーペットにしっかりと直立している<br /> さらに背後まで見直してみるが、議場の出入り口や報道者席しか見えない<br /> そして今度は、ぱたぱたと言う音の主に注目する<br /> その視線の先、議長席に“それ”が在った<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">308</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:18:46 ID:???</dt> <dd>「   」<br /> 黙々と、しかしどこか落ち着き切っている様に一枚一枚丁寧に、それは議定書のページを進めていく<br /> 二進法で全てを記述しているため、少ない文章を小さい字で、恐ろしく細かく書き込んでいるのだが、それでもページ数は半端なものではない<br /> その為か、捲る速度は速い…普通なら読みきれないが、もちろん“それ”には十分すぎる遅さだろう<br /> 本来なら、ページをめくるどころか、このような茶番をせずとも、すべてを見通し、すべてを思うがままに決定し、造作もなくそれを実行する力があった<br /> 開いた手のひらのように、長い十一本の腕を広げた、背丈は人より少し高い程度の奇妙な物体<br /> 三つの巨大な紫色をした眼のような器官以外、影のように均一な、とても深い黒をしていて、輪郭以外は目に捉えられない<br /> ページを捲っているものを除けば、手にはそれぞれ、これまた奇妙なものを持っていた<br /> 一番天辺の方に掲げられた手からは「煙を伴わぬ純粋な光、あるいは炎」を発し<br /> 体の下のほうにある二本の手には「知恵の実」と「力の実」が実っては熟れ、腐り落ち、またその落ちた実の種から生え、実るのを繰り返し<br /> 残りの七本の手からは「七色、あるいは七掬いの塵」が途切れることなく溢れている<br /> 持ち物が見たままのものであれば、装備的にはキリスト教の神より強力だ<br /> 眼の瞳孔と思しき器官は、透明な角膜のようなものの後ろで、形はそのままに、体積の膨張と収縮を繰り返している<br /> 開ききったときには、その奥の方に、“それ”が見ている光景以外の何かが移っていることが伺えた<br /> 手は、よく見れば間接が無数にある触手のようなものだったが、一箇所が随分とよく曲がるのですぐにはそう見えない<br /> そしてその触手にも似た手で、“それ”は今まさに最後のページに到達した<br /> 最後のページを手に数え切れないほど生えた指でなぞりながら、“それ”は顔を上げる<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">309</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:20:37 ID:???</dt> <dd>「   <br />  ―――<br />  ………」<br /> 気づけばその目には、死角も含め、鏡のごとく議事堂全体の像が歪んで反射されている<br /> 「………」<br /> 今まで全員口を開こうともしなかったが、眼の変化に合わせて“それ”は人に語りかけられる状態に変質した<br /> この宇宙の全てと無を持っても捉えられぬ、ありとあらゆる数式も法則も破綻させるモノの代行の代行を無限に重ねた、その最下位に位置する端末<br /> 全てと無を理解し、掌り、超越するだけでなく、“それ”は体現することも出来るのだ<br /> 『―“記述された偶然”は自己原理を主張して自己と記述を観測し、私を認識する―』<br /> 突然の発言<br /> “それ”は、老若男女のどれにも分類不可能でありながら、これ以上ないというほど人間らしい声を出し<br /> 英語でありロシア語でありフランス語でありドイツ語であり日本語でありながらその何れでもない、人語でないが確かに人類がそれと認識可能で、理解可能な何かを表現した<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">310</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:21:41 ID:???</dt> <dd>『―ならば、私も自己を観測しよう…―』<br /> とん―――と、リンゴの様な知恵の実を議定書の隣に置き、羽ペンを手に取る<br /> ページを捲っていた手は、最後のページ―――署名するためのページをしっかりと押さえている<br /> 『―記述することも、記述されることもなく―』<br /> ペンをインク瓶に入れながら、話を続ける<br /> 『―観測者でも、非観測者でもなく、創造者でも被創造者でもないのだ―』<br /> 議定書の記述法に習ってか、1と0が、ゆっくりと記載され始める<br /> 『―有と無の、ゆらぐことのない確かな境界に在って、偶然であり必然でもありながら、存在の肯定も否定もさせはしない―』<br /> 二進法の羅列を書き終えた“それ”は、手にインクをつけて議定書に擦り付ける<br /> 『―私は“エコー”…反響するもの―』<br /> 何かを叩く様な音が議場に響き渡る<br /> “それ”は、インクで汚した議定書を閉じ、もう二度と開けなくしてしまった<br /> 『―…ならば、私も君たちを認識しよう…もはや、君たちは偶然なのだ…―』<br /> “それ”の発言を黙って聞いていた人々の視界に、突然のノイズが入る<br /> 頭上に掲げられた「光」が、いつの間にか消えていたことが関係しているのだろうか<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">311</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:22:34 ID:???</dt> <dd>「………」<br /> 突如、中央の眼の巨大な紫色の瞳が、形をそのままに、急速に収縮する<br /> 体積が急激に減少するのにしたがって、その密度が上昇していく<br /> そのたびに、視界のノイズは強さを増した<br /> 密度の上昇によって、あっ気なく崩壊した構成物質は、さらに容赦なく加えられる力によって中性子の塊へと姿を変え<br /> さらに収縮を繰り返して、中性子としての姿すら崩壊し、完全なクォークの塊になってしまう<br /> この時点ですでに、人間たちの視覚にのみに走っていたノイズは、五感全てに広がっていた<br /> 「―――」<br /> 密度の上昇はさらに進行し、ついに特異点が出来上がる<br /> それを包み込むほぼマイクロサイズの半径しかない事象の地平面は、周囲の質量を取り込むことでゆっくりと膨れ上がる<br /> すでにノイズは全ての感覚を奪っていたが、“それ”が事象の地平面の彼方に消えていくほどに、まだまだ悪化していく<br /> とうとう思考にまでノイズが入り始めた時点で、彼らは行動を起こす<br /> 腰や脇の下にあるホルスターに手を伸ばし、拳銃を手に取り、米神へと突きつける<br /> ―――爆竹が弾ける様な音が立て続けに響く<br /> 人々は脳漿を撒き散らしながら倒れこみ、ノイズの走り始めた思考を、一足先に完全に停止させる<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">312</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:23:11 ID:???</dt> <dd>「   」<br /> 一方の“それ”も、ほぼ完全にその姿を飲み込まれてしまう<br /> 特異点とは、重力崩壊した物体の質量に見合う潮汐力しか持たないため、引力で全てを引きずり込むことも、近くにあるものを素粒子レベルに引きちぎることも出来なかった<br /> なぜこのように小さなブラックホールが…と言う疑問はあるが、ただ触れたものが帰ってこないだけだ<br /> だがそれでも、確実に“それ”は時空に開いた穴に飲み込まれていった<br /> そのわずかに残っていた体も消えてしまい、一ダースほどの人間の死体の他にあるものは、たった一つの黒い球体だけ…<br /> こうして訪れた静寂は、一見すれば半永久的に続きそうに見える<br /> だがやはり、ここでは全てが狂っているらしい<br /> いくら見た目が小さいとは言っても、つい先ほど潮汐力の低さを見せ付けたこの黒い穴は、簡単に蒸発を始めた<br /> ホーキング輻射によって質量が膨大な量のエネルギーとなり、事象の地平面を超え、飛び出す<br /> これによって当然起こる質量の減少は、さらにそのプロセスを加速<br /> 強力な熱が発生し、それに伴う光子の放射が全ての議席と死体を消滅させ、惑星一つなど軽がると蒸発させるほどのエネルギーが狭い空間いっぱいに充満する<br /> すべてが光に飲まれ、時期に光そそのものへと変わった<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">313</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:23:56 ID:???</dt> <dd><br /> ―――ここで全員が夢から覚めた<br /><br /> これが本当に夢だったのかは誰にも分からない<br /><br /> ただ言えるのは、夢とは現実の一部であるらしいことだけだった・・・</dd> </dl><dl><dt><a><font color="#0000FF">431</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:47:57 ID:???</dt> <dd>・・・曇り空の下に横たわる、アメリカ合衆国海兵隊の総本山とも言える巨大な基地<br /> その湾口設備の一角に、本来“そこに存在してはならない”はずの潜水艦が寄港している<br /> この基地の在る州が名称の由来となっている、バージニア級原潜<br /> その2番艦である「テキサス」―――船体の、ちょうど陸からの死角になっている部分には「U.S.A.」と「U.N.」の二つが堂々と書き込まれている<br /> 数週間前から、演習の名目で東海岸一帯に集結している第二艦隊の所属でも、同じく演習の名目で軍港から距離をとっていた第一艦隊の所属でもない<br /> 「出来ることならさっさと出たいんですが、いろいろな意味で雲行きが怪しいので―――」<br /> なぜか嬉しそうに笑っている眼鏡の日本人は、米神の辺りを掻きながら後ろのロシア人に振り向き、続ける<br /> 「―――そちらのSSBN基地から、というのは?」<br /> わざと暈したのは、単刀直入に言い過ぎて相手の癇に障らないようにということなのだろうが、どうしても嫌味に聞こえる<br /> 「佐藤委員……いえ、執行官殿。仰りたい事は分かりますが、その雲行きの怪しい状況では無理です」<br /> 白い髭を、肌が濁って見える程度に生やした口元だけを無機質に動かす彼は、ただの仕事で海外に出てきた中間管理職にしか見えない程度に品の良いスーツを着込み<br /> その下には「8920」の小さな襟章が見えるグレーのワイシャツにオレンジのネクタイと言う姿だ<br /> 表情と「8920」の文字以外、その手の人間には見えない<br /> 「そうですよね……」<br /> 対照的なのは佐藤で、服装自体はオーダーメイドでブランド物の防弾スーツにワイシャツとネクタイ<br /> いずれも黒一色で、同じく「銃弾もはじけるサングラス」のメーカーが作った防弾性のある眼鏡を掛けていて、とくにこれは体に馴染みきっている<br /> ただその表情は、とてもではないがその手の仕事をしている人間ではない<br /> 「いや、困りましたね。イェジー少佐、あなたはどうしますか?」<br /> 「私はここに残ることになります。テキサスが出なければ私も戻れませんので」<br /> なぜか嬉しそうな佐藤を見ても、軍人には見えない格好の佐官は繭ひとつ動かさずに対応する<br /> 「ただ、この状況では例の“積み荷”は、ここで封切することになりそうですが」<br /> 「イージス艦一隻の代償だ、嬉々としてそうするのは……まあ、当然のことでしょうが―――」<br /><br /><br /><a name="a432"></a><a name="a433"></a><a name="a434"></a><a name="a435"></a><a name="a436"></a><a name="a437"></a><a name="a438"></a><a name="a439"></a><a name="a440"></a><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">432</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:50:33 ID:???</dt> <dd>佐藤は少佐と反対の方向に視線を戻す<br /> 「―――そちらの政府は黙っていないでしょうね」<br /> その先には、水揚げされた“積み荷”が横たわっている<br /> 「あちらはあちらで、こちらの都合で大損害をこうむった挙句、手に入ったのは肝心の脳が無い死体だけでは…」<br /> 全長20m、全高40mを超える巨大な一つ目の、機械でも獣でも虫でも植物でもないモノ<br /> 何者かの意思によって外宇宙からもたらされた脅威の技術と狂気の結晶<br /> それが横たわっている<br /> 「ローレンツァ・アーマ・ノーチラス・マグヌス……千里眼科快速属軽大型種に電磁投射属種を電磁気推進装置として搭載し、若干装甲した流体内運用個体ですか」<br /> ラテン語の単語を並べた後に、さらにその数倍の英単語を並べた<br /> 各種分野の専門用語などもあったが、彼の母国を思わせる訛りは一切なかった<br /> 「ええ、あのボロボロの死体に、人類か向こう数世紀かけても手に入れられないような技術が詰まってますよ」<br /> ボロボロと言ったが、イージス艦の全火力をぶつけられたと言う割りに、その体はほぼ完全な原形をとどめている<br /> だからこそ、大国がまた別の大国を敵に回してまで、それを手に入れようとしていた<br /> 推進器からは高性能な超次世代的燃料電池に高温超伝導、本体からは各種分子レベルでの加工技術や原子レベルでの生成技術に各種未知の元素と合金<br /> 何よりその脳から、人類の明暗を左右する技術・情報がもたらされることは明白だ<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">433</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:51:46 ID:???</dt> <dd>「まあ、これも基本的には同じですが」<br /> 「本体は“そこ”には居ませんか」<br /> 「いうなれば植物状態の人間か、OSの入っていないパソコンというところで……漸く手に入ったマクロな資料なんですがね」<br /> 佐藤は米神を掻きながら、横たわっているモノと、その周りでせわしなく動いているものを眺めていた<br /> 本来入るべき、半分地下に埋もれた形の大型弾薬庫の改修作業が長引いているので、数機分のヘリポートを占有している<br /> 周りには大量のコンテナが積み上げられ、まるでバリケードの様になっている<br /> 「爆破作業ですか、あれは」<br /> 呆れた様な声に少佐が目を向けると、ヘリポートに広げられた積荷に工兵と技術者の類が大量にたかっている<br /> 「NASA製のワイヤーと、コンクリートではなく溶けた鉄で拘束し、ありったけの高性能センサー各種を取り付け、数百kgのC4爆薬に繋いでいます。無駄でしょうが」<br /> 無駄と言うのには「拘束しても解かれてしまう」と「拘束などしなくても動かない」二通りの、どちらも正しい意味があるが、この場合は後者だ<br /> 「真上には攻撃ヘリがまるまる一個小隊に、タイコンテロガ級がほんの数km沖ですか……陸の戦力が乏しいのはニューヨークの余波ですかね」<br /> 延々上空を旋回している4機のAH-64Dロングボウ・アパッチと観測用のUH-1イロコイに、洋上待機中の2隻のタイコンテロガ級イージス巡洋艦<br /> よく見れば遠方の遥か上空、直線距離にして10kmほどの地点には完全爆装のF-15Eストライクイーグルがヘリポートを中心に旋回している<br /> それに対して、地上兵力はお粗末なものだった<br /> 装甲車両は無く、ハンヴィーとガントラックが数両で周りを囲み、数丁の重機関銃と対戦車ミサイルの照準が向けられているだけ<br /> さらに気になるのは兵員の量で、せいぜい二個小隊いるかどうかという人数しか、佐藤たちの位置から積荷を中心にして見える範囲にはいなかった<br /> すぐに銃口を向ける相手を動かしてしまうにしても、これは少なすぎる<br /> 「機甲部隊は全て出払っているそうです」<br /> ほんのつい最近のことを思い出して、佐藤は米神を掻きながらまた笑い出す<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">434</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:52:38 ID:???</dt> <dd>「ということは、元からあの大隊しかいなかったわけですか」<br /> 「他にも部隊はいますが、すべて展開中で、残っているものも基地周辺に分散配置されています」<br /> 佐藤のわざとらしい行動から、何を思っているかは容易に想像できたが、そのことを気にも留めずに回答してきた<br /> 佐藤の位置で、風の音より少し大きいかどうかで聞こえる声量を維持している<br /> 「どちらにせよ装甲車両、とくに戦車の類は一個小隊程度しか残っていないそうです」<br /> 佐藤は多少大げさな動作で辺りを見回し、基地の状況を観察する<br /> ここには今までにも顔を出したことが数回あったが、とても同じ基地とはいえぬような静けさと同時に、物々しさが漂っている<br /> 整備兵までが銃を片手に工兵紛いの作業へ従事するためか、歩哨に立つべく人手の足りない場所へ走らされ、そうしている兵たちの表情も、普段とは違った<br /> 「最悪、今回のことが発端で彼らが攻勢に出ることもあり得そうなんですが」<br /> 一隻足りなくなって、行動開始早々二隻だけになってしまった国連の息の掛かった駆逐艦に視線を移して、困ったように眉をしかめる<br /> 「三度目の戦闘になると?」<br /> イェジー少佐が驚いたように目を見開く<br /> 初めて感情らしい感情を見せた―――もちろん、声はいつもどおり冷静そのものだったが<br /> 「まあしないつもりですが、その出払っている機甲部隊がどうなるかですね」<br /> 「機甲部隊での対処行動が可能で?」<br /> 「攻勢と言ってもせいぜい小隊規模での機動打撃でしょうから……航空兵力との連携次第ではなんとかなるでしょう<br />  ただ、海兵隊全軍が再編制中で、基地機能どころか施設の一部までもが移動している状況では、浸透戦術には対応のしようがありませんが―――」<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">435</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:53:01 ID:???</dt> <dd>一息ついて、佐藤は懐から一本の缶コーヒーを取り出して、それのプルを捻る<br /> 「―――まして、大々的な攻撃を受けることを想定している基地でも、守勢に回ることを考えるような軍でもありませんし」<br /> いやに形の整った指先と、皮から一ミリほど余らせた「理想的な」切り方の爪でこじ開けたのみ口から少し湯気が昇った<br /> 「……ただ、ずいぶんと貴重なものが手に入りましてね。ニューヨークでの失態をチャラにするどころか、“災いを転じて福となす”こともできそうでして―――」<br /> 空いた手をポケットに戻し、片手でコーヒーを啜っている佐藤の目は陸揚げされた積荷ではなく、空のほうだった<br /> 「―――見えますかね、上のEC-130Eコマンドソロ。IUEITAアメリカが米軍の協力を得て改修・運用している機体なんですが」<br /> 佐藤の言葉に思わず耳を澄ますと、イェジーの鼓膜は、聞き慣れた部類の空気の振動を拾った<br /> 指摘されてからとは言え、このかすかなプロペラ音から大型機の存在を確信した彼は、佐藤の側頭部から目を放さずに追求する<br /> 「なぜそんなものが?」<br /> 当然の疑問だったが、質問と言うよりは、ただの嫌味のように聞こえた<br /> 「推進機関の意向については私も知りませんが、あれが我々の側に供与されると言うのは確かです。何を考えているやら」<br /> 「ニューヨークの件ですか?」<br /> 「件の被験者に関する情報は我々が建前上は独占しますし、66丁目の件に関しても、我々が鎮圧することになっています<br />  ただフランスが掘り出してきた……件の被験者の補欠の管轄について色々と取引がありましてね」<br /> 佐藤の目に妙な輝きが出てきたようにイェジーは思った<br /> 長年、軍人や役人と共にあった為か、その手の人間がどのようなことを考えていたときにどういった眼になるのかは、そのときの状況と照らし合わせればすぐに分かるつもりだったが<br /> ―――佐藤の眼からはどうも何を考えているのか判り難いものが滲んでいた<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">436</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:53:30 ID:???</dt> <dd>「すべては“人類向上の為に”………まあ、結局のところ、我々と彼らも根本の根本。理論の基底部分においては共通―――」<br /> 今まで目ばかりを見ていたが、ふと気づくと、佐藤はまた米神の辺りを掻いている<br /> 「―――袂を分かちたのがいつのことか、それすらもはや定かではありませんが」<br /> 小さな点程度にしか見えない電子戦機を見つめる佐藤の目は、物思いに耽る眼ではなかった<br /> 「人と人との戦いですか……より人らしく、より真っ当な戦い」<br /> 「ヒトが人であるために―――だとか、そんな事を措いておいても、そうであった方が良いに決まっているんですがね……どうもそうはいかないらしい」<br /> 笑みを浮かべてそう話す佐藤は、空になったコーヒーの間を、また内ポケットの中に押し込む<br /> 「おかげでこんな下らない事をする組織に終身雇用状態でして。まあ、私の国がそこまで下ることをしていたかと言われると肯定できませんが」<br /> 残念そうなため息をついて見せる佐藤は、また米神を掻いていた<br /> 「……では、これで」<br /> かかとを揃えて気をつけの体勢を取ったイェジーが、佐藤の後姿へ目礼する<br /> 「どちらへ?」<br /> 背中を向けたまま、佐藤が引き止める気はまるでないと言った口調でしゃべる<br /> 何を思ってか、その口は少し笑っていた<br /> 「ここにいてもし様がありませんので、お邪魔にならぬよう向こうの見学にでも」<br /> イェジーは佐藤が相変わらず自然な作り笑いを浮かべているだろうと知ってか、今までより少し冷たい声で回答し、踵を返す<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">437</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:59:03 ID:???</dt> <dd>「では、また。近いうちに………」<br /> 無表情に愛想のある声を出す佐藤の様は、正面から見れれば奇妙なものだっただろう<br /> 顔を見れないイェジーもそう考えていたが、らしい顔をしていようがなかろうが、まったく惜しげも無さそうに形式ばった別れの告げ方をする男の顔を、見たいとは思わなかった<br /> きれいで真っ直ぐな、軍人らしいが、妙に静かな歩き方でジャケット姿のロシア軍将校は米軍のジープに乗り込む<br /> 「………」<br /> 無言で佐藤の後姿を再び見つめてみるが、動きがまるでないとなると、片手でドライバーの方を叩く<br /> 「にしても、妙な光景だ」<br /> 走り出すジープの姿を思い描いてか、佐藤がうれしそうに笑う<br /> その手には缶を入れていたのとは反対側にある、ジャケットの内ポケットから取り出された携帯電話が握られている<br /> 親指を使ってそれを開いてボタンをひとつ押すだけで、すぐに通話状態になった―――コーヒーの缶を開けるのよりずっと早く、ミスもない<br /> 「…ああ、どうもどうも。佐藤です―――リンカーン担当官…ですか……えぇ、まあその様に―――」<br /> 後ろで響いたブレーキ音と、ずいぶん近くで聞こえるようになったエンジン音が気になってか、話が途切れる<br /> 「―――いえ、別に何も………じゃあ、あの娘のことはそちらで……それでは」<br /> 急に疲れたような表情を見せて、軽く息を吐きつつ、手に持っている携帯と空き缶をポケットの中で交換する<br /> 振り返る佐藤は、すこし愛想笑いのようなものを浮かべている<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">438</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:59:55 ID:???</dt> <dd>「いやぁ、自販機は無いし、ゴミ箱は無いしで不便ですねぇ。相原君」<br /> 日本から持ち込んだレベルⅣクラスの防弾4WDのドアは運転席からの操作で開かれ、中にいる真っ黒な長髪とスーツの女性は佐藤の差し出す空き缶に手を伸ばしてきた<br /> 「時間です。空港のほうへ移動を……」<br /> 受け取った空き缶を運転手役に連れてこられた米軍士官にリレーした相原は、投げかけられた言葉を冷然と無視して、優先事項を告げる<br /> 運転席の後ろに相原が座っているので、佐藤は必然的にいわゆる車の中の上座に腰を下ろすことになる<br /> 米軍士官にリレーした缶を回収する熊谷は集音―――つまりは盗み聞きされているとのハンドサインを乗車する佐藤に送った<br /> 「……分かってはいましたが……とにかく、早いところここを発ちましょうか、どうもロケーション・ブラヴォーの件は戦術的には失敗の部類に入る作戦になりそうで―――」<br /> 佐藤の顔からは、また表情が消えている<br /> 隣では無言のまま相原が、ノートパソコンでの作業に戻っていた<br /> 「リンカーン担当官が作戦部長を務めているそうですが…」<br /> 「―――彼女に訊く事はありませんが、司令部長の陸軍中佐へ適当に情報を流してください。任務部隊指揮官では担当官に意見するくらいがせいぜいでしょうから」<br /> 佐藤は最後まで聴こうともせずに指示を出し、熊谷は助手席でノートパソコンを立ち上げ始めた<br /> 「ああ、それと、リアルタイムで北アメリカ全域の天候を確認できるようしてらえますかね。どうにもあれが落ちてきてから、予報が狂ってばかりでいけない」<br /> マンハッタン事件によるネットとデジタル機器への損害を無視するかのようなことを言いながら、佐藤は時計に目をやる<br /> 顔を時計の面と平行にすると、メガネがやたらと光を反射した<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">439</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 05:00:51 ID:???</dt> <dd>「おや、もう時間だ」<br /> スーツや携帯と同じく、無個性で、官給であるがゆえに異常なほど高価な時計…<br /> 十分な信頼性を持ったそれなりに有名なブランドの製品であり、パリッとしたブラックスーツとワイシャツから姿を現したそれは、値段相応とは言えないまでも品がある<br /> その秒針の放つ微かな音は完全に車の駆動音にかき消されていたが、その動きは寸分の狂いも無く、時を刻んでいる<br /> その針の位置は、ある物がある場所の真上に来るほんの僅かな時間の終わりを告げていた<br /> 「月の単位側からの観測は、これで最後と見て間違いないでしょう」<br /> 「の、はずですがね……さて、この隙にあの施設を灰にしてしまえれば、一先ずは安心ですが―――」<br /> 車窓の枠に左手を乗せて、窓の外を見る<br /> 方角的にはニューヨーク―――ただの偶然だったが―――であり、その一帯の空には、“来訪者”たちの落下に伴う環境(主に気象条件)の変化か、大量の雨雲が浮いている<br /> 「―――そう上手く行くわけも無い……あの娘自身、結果はどうあれ勝手に動くつもりだろうし、その結果がこちらの望むものともなる道理もないときた」<br /> 演技を多分に含んでいるのであろう佐藤の疲れた表情は、誰に向けられたものでもなく、“自然な”ものだった<br /> 少なくとも僅かでも、疲労と、彼の普段の言動と行動から簡単に予測できるが、おそらくは倦怠も滲ませながら、独白を締めくくる<br /> 「試験前にカンニングしても、模範解答ではなく自分の答えを解答用紙に記入するような人間に、彼女がなっていなければ……というところですか」<br /> 熊谷や相原は何食わぬ顔で自分の仕事を続けているが、運転手はその奇妙な会話の内容に見え隠れする壮大な事実に思いを馳せていた<br /> これでも多くの要人・上官を運んできたが、社会的地位は及ばないにしても、その後ろにあるものは今まで彼が知ってきたどの人物・組織よりも遠大だったのだ<br /> ―――もっとも、佐藤の投げやりな表情や、まったく無感動なその部下二人を見ている内に、そういった思考を生む感情は麻痺してしまうのだが・・・<br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">440</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 05:06:59 ID:???</dt> <dd><br />  ―Rockefejjer Uiversity―(ロックフェラー大学)<br /><br />     ―pro bono humani generis―(人類向上のために)<br /><br /><br />  …ロックフェラー大学、正門のプレートより</dd> </dl><dl><dt><a><font color="#0000FF">514</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:51:56 ID:???</dt> <dd>数分前―――ロケーション・ブラヴォー、最上階・・・<br /><br /> 「走れ! 急ぐんだ!!」<br /> 途切れることのない、荒い呼吸音と足音、そして金属のぶつかり、擦れる音を掻き消さんばかりの叫び声<br /> 「MOVE! MOVE!!」<br /> 下士官たちが急き立て、准尉がその下士官を追い立てる<br /> エレベーターなど使えるはずもないこの状況で、頼りになるのは無傷の階段と、長年鍛え続けてきた自慢の脚だけだ<br /> 「情けない声出してるな、オニール! お前らもだ! へばるな、進めぇ!!」<br /> 兵卒の首を掴んで、無理やり上体を走りやすいように起こさせる黒人の伍長も、その発言が途切れ途切れだ<br /> もともとは、せいぜい駆け足程度で進んでいた彼らが、ここまで急がせるのは他でもない、地価での公平分隊“全滅”の報だ<br /> 「味方がやられた」と言う、無線兵の簡潔で分かりやすい訳で伝えられたCP(部隊本部)からの情報を聞くや否や、彼らは一斉に全力疾走しだした<br /> この程度、脊髄反射で脳ミソを使ったのと同じ判断が出来なければ、軍人など勤まるはずもない<br /> うっかりすれば足を滑らしそうな、戦火で巻き上げられた中東を思わせる埃―――こちらは灰色のコンクリート片だが<br /> ―――が、窓から降り積もっている階段で、整備されたグラウンドでの短距離走並みの脚力を発揮し続ける根性もまた、備わっていなければならない<br /> 実に十階分の階段を全力で走り抜けた彼らは、とうとう屋上への扉を発見する<br /> 「STG(軍曹)2! 二人連れてここに残れ、そこのドアも見張れよ!」<br /> 准尉が最後尾にいる軍曹を“名指し”で指名し終わると、ちょうど先頭の上等兵が手にしていた散弾銃でドアノブを吹き飛ばした<br /><br /><br /><a name="a515"></a><a name="a516"></a><a name="a517"></a><a name="a518"></a><a name="a519"></a><a name="a520"></a><a name="a521"></a><a name="a522"></a><a name="a523"></a><a name="a524"></a><a name="a525"></a><a name="a526"></a><a name="a527"></a><a name="a528"></a><a name="a529"></a><a name="a530"></a><a name="a531"></a><a name="a532"></a><a name="a533"></a><a name="a534"></a><a name="a535"></a><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">515</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:52:48 ID:???</dt> <dd>「最後だ突っ走れ!!」<br /> 飛び込むような勢いと体制で屋上に姿を現した兵士たちは、すでに息を切らせることも忘れて冷静に銃口と視線を一直線にし、綺麗にフォーメーションを作っていた<br /> 後ろを振り向いて出入り口とその上にある給水タンクを見渡し、あるいは変電器のごちゃごちゃとした配線の細部まで目を光らせる<br /> 地面を覆うブロックとブロックの境目まで目で追って、何かの痕跡はないかと無意識に探してしまう者もいた<br /> 幸い、何の痕跡も異常もないと踏んで、つい十秒ほど前に散弾銃で“ドア破り”を発射した伍長が、手で出入り口に残って様子を伺う残りに合図をする<br /> 少しゆっくりと走り出した残りの三人は、大きな三脚の上に何か機材の付いたものをすでに組み立てた状態で運んできた<br /> 赤外線マーカー―――航空攻撃等で、誘導兵器を文字通り誘うためのマーキングをする道具は、いざと言うときにどれだけ遠くからでも確実に探知できるサイズだ<br /> 「早くしろ、このままお前らだけふっ飛ばしてもらってもいいんだぞ!」<br /> 出入り口を中心にして、円形に広がった兵士たちは、その輪の中にいる三人を除いて、すぐ前に広がる景色を目にした<br /> 無論、何かが這い上がってきでもしないかと言う警戒から、景色よりもっと近くにある側壁やすぐ隣にある建物の屋上などに注視していたのだが、まったく見えないと言うこともない<br /> 特に、目の前にある物があったものは、ほぼ食い入るようにしてそれに視線を向けていた<br /> 「あれが…」<br /> 兵士の一人がつぶやく<br /> 彼らが物好きだったと言うわけではない、他のものからは階段のある部屋が邪魔になって、せいぜい“それ”の輪郭しか見ることが出来なかったのだ<br /> 見ることが出来たとしたら、おそらく全員が程度の差こそあれ、目を向けずにはいられなかったろう<br /> ずいぶんと目障りな黒光りするいびつな球形の、地球外に由来する技術と貴金属の巨大な塊がそこにあった<br /> 崩れ去ったニューヨークの町並みの中、ただひとつ無傷なものと言ってもいいのはこれだけだ<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">516</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:54:06 ID:???</dt> <dd>“来訪者たち”の載る巨大な構造体―――狂気に満ちた現象と現実をありったけ振りまいたそれを見るものは、精神活動と思考能力を害される思いがした<br /> ある種の寒気か虫唾が走るような感覚で、体の毛が逆立つのだ<br /> 違和感ではない―――むしろ、あまりに自然にそこにあることへの、そう感じる自分への違和感で、不安になった<br /> 構造体の幾何学模様に似た表面構造は、この距離からでも目を凝らすと、細かい部分以外の、輪郭だけ―――それだけで独自の模様を形作る―――だが見ることが出来た<br /> あまりのサイズもあるが、まるでそうして観て貰う為に作られた芸術品でもあるかのように、弱々しい日光を浴びて浮かび上がってきているのだ<br /> 目を閉じたときに広がるモヤモヤした光のように、その模様とそれへの興味に煮た目を離せない感覚が頭いっぱいに広がる<br /> 別に恐ろしくも嫌悪感も、それ自体へはまったく感じさせない<br /> ただ、そこに何らかの背徳を感じて、兵士たちは目を泳がせたり、逸らしたりしだした<br /> “感じさせない”ことに意図的なものはまるでない、むしろ感じないと言う事実へ、自分自身への感覚と言えた<br /> さらに言えば、この異常な思いを巻き起こさせる「模様」は、視線をはずすことを妨害しはしなかった<br /> …しばらく置いて、気持ちの整理をつけようとする―――ここらあたりで薄ら寒くなり始めた数人の兵士たちは、なにやら重要なものを見落としたことに気づく<br /><br /> 軽い水音と、金属音のようなもの<br /><br /> それが通り過ぎた<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">517</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:55:39 ID:???</dt> <dd><br /> 「あっ」っと言う間抜けな声を上げる頃には事は済んでいた<br /> 黒い影は、一見不規則なようで予測の容易く、また避けやすい動きをしだした兵士たちの視線を掻い潜る<br /> 点々と、伸び切った赤い雫を遺して、今までどこかで、己の感覚に頼るまでもなく様子を伺っていたそれが飛び上がった<br /> 空を切る音を抑えるためと、あまり飛びすぎると降りるのが面倒なので、“それ”にとって見ればずいぶんと軽い力で体を浮かせた<br /> それでもずいぶんな速さで高さを跳んだ“それ”は、階段の屋根と貯水タンクを越えて、赤外線マーカーのすぐ横に着地する<br /> 恐ろしく静かに下りたが、さすがにこれに気づかぬほどヒトの感覚は鈍くはない…もちろん、そのヒトが無事であった場合に限ってだ<br /> 「あっ」っという声はこのあたりで出されるはずのものだったが、それも声を出そうとするヒトが無事であった場合に限る<br /> 黒い影は平たくした二本の柔らかい触手を、ちょうど真正面と真後ろに突き出し、ヘリのローターのように回りだす<br /> 文字通りのチョッパー(肉切)となったそれは、兵士たちを切り分ける<br /> まるで切り離されたのではなく、刃の通ったところが無くなってしまったかのような錯覚を起こさせるほどの綺麗さだ<br /> ぐるり、と一回転した後、影の動きからすればとまっているとしか思えないスピードで、漸くそれらはその“綺麗さ”を失い始める<br /> 恐ろしい速度で体を通り抜けた触手は、直接的には余分な破壊をもたらさなかった<br /> 代わりに、大気に残された鋭い角度45度ほどの“余波”が、切り口から順に、兵士たちの体を殴りつけるように追突<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">518</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:56:31 ID:???</dt> <dd>同じく“余波”が兵士の肉体―――各種体液にも残り、濁流となったそれらは急激な圧力の変化で組織を破裂させる<br /> その後で、無くなった様に見えた部分は、ライフル弾のようなスピードで隣の兵士たちに突き刺さった<br /> はじけた肉と血は、平均的に見て触手の抜けた方向に、触手の抜ける角度で飛び出し、屋上を塗装し<br /> ほぼ同時に撒き散らされた、雷鳴か砲声に似た衝撃波が、遮る物がとっくに崩れ去ったニューヨークへ向かって駆け出す<br /> コンマ一秒足らずで兵士たちが消え、一秒も経たぬうちに真っ赤なサークルが姿を現した<br /> 黒い影は事が済むと、そのサークルの中心で、のんびりと触手を整形し、引っ込めて畳む<br /> ハイスピードカメラで捉えても、ただのビデオカメラで撮ったように思える一連の動作で、ヒトの目に見えるのは、その引っ込めて畳む作業の最後の一瞬だけだろう<br /> …いや、だけだった<br /> 残された一人の兵士が、目にも留まらぬ一撃の衝撃で、心身ともに吹き飛ばされそうになってよろめく<br /> 「―――――ッ!!」<br /> 声にも音にもならない、空気を吐くだけの呻きのようなものを上げて、その場に立ち尽くす<br /> 黒い影もその兵士と向かい合って、ただそこに在る<br /> なぜ殺されなかったのかなど考えられない<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">519</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:57:29 ID:???</dt> <dd>長い一瞬―――目の前で起きたのが殺戮だとも気づけないほどの状態から彼を正気に戻したのは、何かが毀れる音だった<br /> 水の音となにか<br /> 「あっ」っと声を上げるはずだった兵士は、何とか捉えられた黒い影に、切れ込みを入れられていた<br /> 三人のうちの一人の脳髄が、そこからゆっくりとした動作で一部、転げ落ちたのだ<br /> 本来は、ゆっくりと口元やあごから滴り、胸元を伝って散るはずの脳漿と血液を伴って…<br /> それだけでも身震いがしそうな音で取り戻した正気<br /> 情報を処理できず、フリーズすると言う形で失っていた正気は、再起動によって再び処理できない情報に直面する<br /> 処理エラーを起こしたばかりの情報の無理な再処理<br /> 引き起こされたのはただの崩壊―――彼は、プログラムの破損と言う形で正気を失ってしまった―――<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">520</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:58:09 ID:???</dt> <dd><br /><br /> ―――殺戮というなの敵性存在の無力化がひと段落してから、またすぐ数秒で次の標的が“それ”の目の前に現れた<br /> …目の前も何も、目で見えていない方向など、前後左右上下に一ミルたりとも存在しはしないが<br /> 「JESUS!!」<br /> 兵士の一人が悲鳴を上げてまた階段のほうへと戻ろうとする<br /> 「戻るな! 撃つんだよ、撃て!!」<br /> 後方警戒ことSGT2は、自分の声に耳を貸そうとしない、まだ若い部下のアーマーをつかんで引きずり戻す<br /> 「うわあああぁ!!」<br /> そんな二人を尻目に、膝を付いたまま叫び声を上げているもう一人の兵士が、腰溜めにしたM14EBR自動小銃の引き金を引く<br /> フルオートではじき出される7,62×51mmの強装仕様AP弾は、音速の三倍近いスピードで黒い影に吸い込まれる<br /> 平均以上の筋力と気合で跳ね回る銃口を押さえつけることで、その集弾性はM14のものとは思えなかった<br /> 「畜生め!!」<br /> 軍曹もそれに続き、フラッシュライト付きのM4 R.I.S.の引き金を引く<br /> フルオートで突撃銃を乱射すれば、途中で指を切っていても、ものの五秒もあれば弾倉内の弾薬はすべて使い切ってしまう<br /> 二個目三個目と、休みなく次の弾倉を装填し、引き金を引き続ける<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">521</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 11:03:11 ID:???</dt> <dd>打ち込んだ銃弾の数が二百を越えるあたりで、吸う様な悲鳴を上げて怯えていた若い上等兵が上体を起こす<br /> 「JESUS! JESUS CHRIST!!」<br /> 半狂乱の彼が指を掛けたのは、M4A1のトリガーではなく、その下のM203のそれだった<br /> 「このバカタレ、よせ!」<br /> 軍曹がそう言ったころには、すでに引き金は引かれている<br /> 押し出される40mm口径の擲弾は、銃弾に比べればずいぶんとノロノロ影に吸い込まれた<br /> と言っても化学エネルギーに頼る破壊に運動エネルギーはあまり関係があるとは言えず、威力は如何なく発揮される<br /> 着弾から間も無くあふれ出す光と音、熱を帯びた酸化中の大気<br /> 化学エネルギーを運動に換え、飛び散る金属片<br /> それらが、標的に密着した状態で放出され、黒い影はほぼ総エネルギーの半分を様々な形で受け止める<br /> 残りの半分はと言えば、影が反射した音とわずかな光とともに、辺りに放射状に広がる<br /> 三人の兵士は目を覆って倒れこむ<br /> 軍曹は発射とほぼ同時に伏せたが、残りは破片がかすめる音を聞いて姿勢も気にせず倒れこんだ<br /> 銃弾が飛ぶのにも似た、空を切る金属片の音<br /> それに続くコンクリートにぶつかる破片の音がいくつか聞こえてきた<br /> その中にずいぶんと不自然な音がひとつ<br /><br /> ひゅん<br /><br /> 破片の大きさもスピードも、屋上の材質も程度が様々なので、音はどれも決まったものではないが、こればかりは異質だった<br /> それがどういう音か、そういうことを考える前に、この音を聞いた、あるいは聞ける人間は一人もいなくなった<br /> ついさっき炸裂した40mm擲弾の直撃によってもたらされる破壊よりも大げさで容赦のない破壊<br /> 撒き散らされる血と肉は、擲弾で与えることが可能な値を大きく超える運動エネルギーで屋上一面へと飛散した<br /><br /> 彼らの聞いた音は、重たく、破片や銃弾に比べれば遅く、遥かに大きいものが出していた・・・<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">522</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 11:12:27 ID:???</dt> <dd>・・・この病院に似た実験棟あるいは観測棟には合計して4個分隊が展開している<br /> 二~四階に合計3個分隊が展開し過半を三階の被験体収容観察所に集中、残る一階にも1個分隊<br /> 施設周囲には中尉以下部隊本管部隊と車載重機関銃が睨みを聞かせ、さらにこのブロック、およびそれに隣接するブロックを含めて、囲むようにしていくつかの部隊が展開する<br /> 屋上と地下にもそれぞれ分隊が展開されたのだが、地下の工兵と屋上の小銃分隊は消え去った<br /> 「クレメンス! 出ないか少尉ッ!!」<br /> 中尉の声が空しく響く<br /> それに出られる人間は最早いない<br /> 二度の爆音を耳にし、その数十秒後に降り注いだ血と汚物のシャワーを受けながら彼は無線機に叫んでいた<br /> 「Fuck!」<br /> 無線機を持った手をフロントガラスにたたきつける<br /> 「そんな、この短時間で移動を…」<br /> 血や肉を払い落としたり、罵声を上げるのに忙しかった兵士たちは、すでに銃口を屋上に向けている<br /> 「上ばかり見るなァ! 全周を警戒しろ!!」<br /> 先任下士官の怒鳴り声を受けても動揺する兵たちを見て、中尉の顔が青ざめる<br /> 足音は大きくなる一方だ<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">523</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:07:36 ID:???</dt> <dd>「危険です! このままでは―――ッ!!<br /> 「無理だな、作戦は続ける……」<br /> 部下の具申を遮るかのようにして先読み回答する中尉の目付きが少し変わっていた<br /> 「―――ですが、すでに二十名以上が死亡しています!」<br /> 「敵の戦闘能力は異常です。機動速度からして、アンブッシュ(伏激)の可能性もあります」<br /> 車両部隊の少尉以下下士官数名が銃器を手にしたまま中尉を囲む<br /> 「移動したのだとしても、こちらの警戒など軽く抜けれると言うことになります。この期に及んで一点にとどまれば、包囲されるかも……」<br /> 「動こうが動くまいが、どちらにせよ奴等の掌の上だ、作戦を続けるぞ」<br /> 全員が口をつぐむ<br /> 中尉の決定はもっともだった<br /> この作戦領域は、敵の占領地域ではないにせよ、勢力圏内<br /> つまり活動あるいは影響のおよぶ範囲(テリトリー)内での作戦行動なのだ<br /> 彼らの目的が戦闘で達成されるものである場合は、テリトリー内の目標の排除→(非自営能力)部隊単位での殲滅に他ならない<br /> 攻勢は報復に限定される…撃退や警告などありえない<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">524</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:08:28 ID:???</dt> <dd>そう言った目的での行動の前に、作戦行動の放棄や撤退行動は無意味と言える<br /> だが中尉とその上官である作戦指揮所の少佐―――正確に言えばそのバックにいる人々だが―――はそういった状況に至るとは判断してはいなかった<br /> 戦闘それ自体が目的でない場合の交戦行動―――それがこの場合はありえるのだと考える<br /> つまり戦術レベルでの戦闘で得られる何かを欲していない場合の行動だ<br /> 事実、戦術的な勝利・戦利を得る為の行動としては、あまり散発的かつ小規模、おまけに後が続かないもの―――いい加減で尻切れトンボだった<br /> ではなぜか…?<br /> ヒントとなるのは、むしろ戦闘の一方的な展開、圧倒的な攻撃と結末、それをもたらす敵の脅威の戦闘能力だ<br /> この戦闘の原因はもっとミクロな、ほとんど“個”のレベルで発生したものなのだろう<br /> 要するに、何の特別な考えも持たず、短絡的に「邪魔だから」「邪魔になるから」を理由に排除したのだ<br /> そこに何の戦術的意味もありはしない<br /> 運悪く接触した、と言うあまりにも報われない理由で彼らは死んでしまったのだ<br /> 無論、やつらがここにきたこと自体には目的があるはず―――十中八九、あの少女が目覚めたことによるとしか思えないが…<br /> このように中尉は考えていたが、説明の必要は感じていなかった<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">525</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:11:21 ID:???</dt> <dd>「一階の分隊を二階に回して、二階の警備は四階の強化にまわすんだ、一階の警戒はこちらから行う」<br /> 「了解しました。何をしている、始めろ!」<br /> 「はっ!」<br /> 命令を受けると、少尉たちは今までの異論のことなど忘れて行動を始めた<br /> 相変わらず動揺と慄きがあるものの、その動きに迷いは感じられない<br /> (……放って帰るわけにはいかん。可能な限りのものを回収して、残りは処分せねば―――)<br /> 中尉は施設全体を見渡すようにして睨みつける<br /> (―――だが、うまくいくのだろうか…?)<br /> あの少女は“何”を起こす―――した―――のか?<br /> 敵は“何”を仕掛けてくるのか?<br /> あの男は、“何”の目的で着たのか?<br /> それらがどのように関係し合い、どのような結果を出すのか…?<br /> 何れの答えも見えなかったし、見えることもないだろう<br /> (……となると問題なのは、誰が生き残るか)<br /> 中尉は結論付ける<br /> うまくいくのかは別として、兎に角あの二人の生存が最低条件であることに変わりは無いのだ…と<br /> 件の二人―――とくにあの少女の死は、作戦の失敗をデブリーフィングで告げられる機会すら、最悪の場合奪ってしまうのだから…<br /> それにしても、あまり欲を張らずに兵力を集中させれば、貴重な兵士たちを失わずにすんだのではないか<br /> 中尉は作戦の内容と、上官たちの楽観的、ないしいい加減な状況の見方と行動に不満を感じ、より近づいて来る足音に気を病んだ・・・<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">526</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:12:18 ID:???</dt> <dd><br /> ・・・耳を押さえずに入られないような金属音が階段や通風管、壁や床の鉄筋を通じて施設中に響き渡っていた<br /> 階段には椅子やデスクが大量に積み上げられ、無数の指向性地雷と爆薬が仕掛けられる<br /> 非常階段含む、いくつかのドアにも機材などを凭れかけさせた上で、ワイヤーを巻きつけ、爆発物をセットしていた<br /> これらバリケード材料は、中に何らかの資料が入っていないかと探し回った後に出たものだ<br /> 「サンダースとマリオ! お前らはそこにあるものを持って下に行け!! 終わったら三階の資料室だ!!」<br /> 准尉は血眼になって紙の山を書き分けながら部下に指示を出す<br /> 「終わったらC4爆薬をセットしろ、燃焼剤(テルミット)も一緒にだ!」<br /> 工兵分隊が工具諸共引き裂かれたことから、地下での爆破準備は中止せざるを得なくなったが、地上階での爆破準備は引き続き行われていた<br /> さらに敵の襲撃と言う状況も加わり、設置するものに地雷などを用いたトラップが追加された上に、制限時間は切り詰められている<br /> 状況は切迫していた<br /> 「急げ!……―――――」<br /> このとき彼らは、敵がどの “型”であれ、通れる場所はかなり限定されるものだと思っていた<br /> 周囲は完全に囲まれているので窓からの出入りは無理だし、そもそも外部から近づくことすら出来るのか怪しい<br /> となると待ち伏せか、人の通れる場所をものすごい速さで動き回っているかのどちらかだろう…<br /> 常識的な思考と言えたが、それが通用するかどうかはまた別問題だ<br /> 「―――――……?」<br /> 背後にズルリと言う威容に鈍い金属の擦れる音を聞いて、この階層の指揮を任されていた分隊長の曹長は振り向く<br /> 何もなかったが、何かがあった跡はあった<br /> 埃が少し、真新しい感じで壁や天井の辺りに付けられていたし、宙にも待っている<br /> 少し“来る”ものを感じて、曹長は手で鼻を覆う<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">527</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:13:52 ID:???</dt> <dd><br /> ねち<br /><br /> 奇妙な感触と音が、鳥肌を立たせた<br /> あわてて手を離すと、どす黒いものが粘り気を持った液体とともに乗っている<br /> 唖然としていると、またさらに一欠けら、赤の混じった黄色い塊が零れ落ちる<br /> 脂肪か何かの塊だろう―――まず間違いなく生体組織だった<br /> 「うぁ……ぅ―――」<br /> どこから落ちてきたのかと確かめようと顔をあげようとすると、出したくもないうめき声が自然と出て、眼がぐりんと裏返ったように視界が暗転する<br /> 曹長は自分の脳髄が零れ落ちたことに気づけなかった<br /> 同じ状況で気づける人間がいるかどうかも怪しいほどに、性格で精密で確実な一撃を、彼の頭上を滑っていく、少々埃っぽい黒い影は放ったのだ<br /> 「オードリー曹長!!」<br /> 一人の分隊員が崩れ落ちる曹長の手を掴む<br /> 力が加わってこないのならまだ分かる、その手は歪に開かれたまま硬直していた<br /> (―――死んでいるッ!!)<br /> とっさにそう判断して、ほとんど反射的に手を離すと、MP5PDWに手を掛け、フルオートにセットする<br /> 銃を構え、ふとダットサイトを覗き込むと、急に視界が曇る<br /> 何か遮蔽物でもあったかと、あわててサイトから眼を離すと同時に、首筋から力が抜ける<br /> 力を入れようにも、とっくに取れていた―――<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">528</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:14:45 ID:???</dt> <dd><br /><br /> ―――三階では、衛生兵が横たわる人形並みに美しい少女を、それこそ値打ち物の人形を扱うように治療している<br /> 彼女は病み上がりの体で、携帯電話で話すだけ話した挙句、倒れこんでしまった<br /> 元から弱りきっていたらしく、今の衰弱具合は酷かった<br /> 「特に以上はなかったが…」<br /> 衛生兵がぶつぶつと漏らしている<br /> 「早くしろ、すぐにでも出ないと危ないぞ」<br /> 「今動かしていいものか分からん」<br /> 手に持った注射器で強壮剤になる薬品を一本打ち込んで、衛生兵は立ち上がった<br /> 「精神的なものだろ、多分……脳に疾患があるとか、そんなところだな。動かすのは危険だと思うが」<br /> 「動かすんだ、待っててもお前以上のレスキューは来ないが、敵は来るんだぞ!」<br /> 少尉が衛生兵に命令する<br /> 周りを囲む数十人の兵士たちは、みな一様に動揺の色を示していた<br /> 「じゃあなにか、除細動機の代わりになるものがないといけません。せめて担架なり持ってこないと……大事な娘なんでしょう?」<br /> 「軍曹、代わりになるものを何かとって来させろ」<br /> 「はい」<br /> 少尉の横で、軍曹は一人の兵卒を使いに出した<br /> 「よし…その間は作業を―――」<br /> 「少尉ッ!!」<br /> 無線兵が血相を変えて、無線機を握り締めたまま、少尉の前に飛び出す<br /> 「何だ!?」<br /> 「こ、これを…!」<br /> 渡された無線機からは、泣き声のような悲鳴だけがぼんやりと漏れてきていた<br /> 自分の無線機からは聞こえていなかったが、何かの聞き間違いとは思えない、耳に残る声<br /> 「第4分隊ッ! 誰でもいい、出ろ!!」<br /> 誰でもいいと言う発言は、言うまでもなくすでに無線機の向こう側に、生存者がほんの僅かしかいないと分かっていたからされたものだ<br /> ほんの僅か―――応答が無い事で、それすらも希望的な観測であるかもしれないと少尉は思った<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">529</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:15:27 ID:???</dt> <dd>「―――――ッ!」<br /> 中尉が無線兵以上に血相を変えてからだの向きを変え、指示を出そうとする少尉だったが、それはすぐに無駄になる<br /> 少尉の口が開くと同時に響いたのは、彼の怒鳴り声ではなく、バケツの水を零した様な音だった<br /> 《敵だァ!!!》<br /> 無線を通じた短い報告の後、階段のほうから悲鳴が聞こえ出す<br /> どこかなど問いただすまでもない、それは上の階からこの階にやってくる途中、そこに立っている二人の兵士と遭遇したのだ<br /> 先の水音は、第4分隊員が下に逃げようとし来た所を、引き千切られたのだろう<br /> 「全員出るな! ここで迎え撃つぞ!!」<br /> 「ここ」とは、彼のいる被験体の収容観察室八つが入ったシェルター上の区分のことだ<br /> 此処であれば、進入経路は正面一箇所しかなく、狭いので機動力も殺せる<br /> 火力も集中させられるし、なにより兵を動かしている状態や、分散した状態を叩かれたくなかった<br /> 「外にいるものは下手に動くな、下から来る応援を待て!!」<br /> 少女のいる部屋から、衛生兵含め、全員が飛び出す<br /> 唯一の扉は、通行しやすいように目いっぱいに開かれていた<br /> 幅は約3メートル、高さは背の高い人間がとると余り余裕がない程度<br /> 中に入ると少し広くなり、若干の機材が置かれていたり、ボードが掛けられたりもしていたが、それらは手早く撤去された<br /> そこに並ぶ二十五個の銃口―――内約は5,56mmと7.62mmの自動小銃計十二、9mmの短機関銃が四、十番ゲージの散弾銃と40mm連装擲弾銃が二に、M203など五つが加わる<br /> 機材横や出っ張った壁際にいる四人が匍匐、六人が膝立ちになり、残りの十人はフルオートで強装徹甲弾を撃ちまくれる様にと、前屈みに立つ<br /> サイトを覗き込む者もいるが、腰溜めに近い形や、銃を横に倒したり、方に押せたりしたCQB時の構え方をするものが過半だ<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">530</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:17:55 ID:???</dt> <dd>舌なめずりするほどの余裕も、汗に気を使うほどの感覚もなかった<br /> ただ目の前の四角い空間に全てを注いでいた<br /> 「一斉にだぞ……前列は無理に当てようとしないで、適当にばら撒け…!」<br /> 軍曹が押し殺した声で指示する<br /> その横で少尉は、今にも死にそうな様子で転がっている少女の様子を伺う<br /> (そういえば、コイツが意識を失ったタイミングは……)<br /> 何か今起こっていることと因果関係がないともいえないな―――と、乱れた黒髪を目で追いながら考えていた少尉は、異変に気づく<br /> すぐ横にいる軍曹の息遣いが、聞こえなくなった<br /> 興奮しているがために、落ち着いた、一定のリズムの深い呼吸が聞こえていたのだが、まるでそれがしない<br /> 「………な…ぁ」<br /> 軋む様な首を、必死の思いで振り向かせた少尉は、そこにいるものに目を奪われる<br /> このとき黒い影のようなものは、“視えなかった”―――<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">531</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 15:42:27 ID:???</dt> <dd><br /><br /> ―――「ヘルナンデス」こと得体の知れぬ国連派遣武官は、実を言うと空軍の志望だった<br /> 彼の父方の家計は代々軍人で、彼の父と祖父は、二人とも爆撃機に乗って、各地を飛び回ったことが進路を決めるにいたった理由だ<br /> まして父の乗ったB-52が未だ現役であったとなれば、それに憧れずに入られなかった<br /> だが父や祖父と同じ爆撃機乗りになるには、いろいろと素質が合わないことを聞かされて進む道を変え、挙句に今の怪しげなコースに進んでしまった<br /> まるで命の危険がなく、まして今の米軍では、そもそも前線に出ることもほとんどない様に思えた整備兵などという職に就く気には、到底なれなかったのだ<br /> 実を言うと、彼の祖父も父も、爆撃機に限らず、あまりパイロットには向かなかった<br /> かれらがなぜ乗れたかと言えば、その特異な“眼”―――正確に言えば、色素細胞の数にある<br /> 空に溶け込む微細な点―――ドイツ軍や日本軍の迎撃機を、普通の人間の目では見つけられなくとも、“色覚”への依存が少ない彼らは見つけられる場合があった<br /> 彼の父や祖父は、目の錐体細胞が一種類しかなかった<br /> 長波長の推戴視物質の遺伝子の重複が発生する以前の哺乳類ですら、二種類があったが、さらに一種類少ない<br /> 彼の一族は、全てにおいて他人とは違う見え方をした<br /> それが彼の祖父が、爆撃機の機関銃座などで敵機を警戒するにいたった理由だ<br /> さまざまな索敵技術の発達でその価値は下がったが、父はただ純粋に、運と努力が祖父以上だったので爆撃機にも乗れた<br /> しかし彼の場合、残念なことに少しばかり運がなかった<br /> 何はともあれ、彼の眼は他人とは違う見え方をする―――それは必然的に、大多数には見えぬものが見えることを意味した<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">532</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 15:43:48 ID:???</dt> <dd>「リンゴを―――知恵の実を食ったか知らないが……―――」<br /> 報告を兼ねていることにも出来る…つまり、音声記録に残ってもかまわない、個人的な感情を口にしつつ、足元の死体を足蹴にする<br /> 横たわる二等兵のすぐ横で、ヘルナンデスもうつぶせになった<br /> ペイロードライルは、目の前の壁に向けられる<br /> グリップを握り締め、引き金に指を掛ける<br /> 高価な照準機を覗き込む必要はない―――かれは、目の前に置いた形態からの映像をもとにタイミングを計り、頭の中の空間図で位置を特定した<br /> 「―――お前はただの魔女だ、試験紙め……」<br /> 引き金を絞り始めると、携帯から銃声と炸裂音が聞こえてくる<br /> 無数の銃口は、やっとの思いで引かれたらしい<br /> 上げながらでなければ引けなかったらしい悲鳴は、すぐにただの断末魔に変わりだした―――<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">533</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 15:44:45 ID:???</dt> <dd><br /><br /> ―――少尉たちは一心不乱に、そこに銃弾を叩き込んだ<br /> 始めは余所見をしていた少尉だった<br /> 彼だけは視線を動かしていたので、それが視えた<br /> その黒い影が兵士たちの目に映りながら、視えなかったのは、いわゆる錯覚によるところがあったのだ<br /> その異常な状況と、狂気的な作用を及ぼす存在を前にした人間の、精神的な異常だけではない<br /> 体組織のごく表層、皮膚の表面の構造を変化させ、人の頭で捉えにくくするのは、“それら”の技術と構造と思考能力からすれば容易なことだ<br /> 脳の性能のせいで、止まっているというだけでろくに視えない上に、盲点に入るなど眼の問題で見えない場合もある<br /> 揺らめくような七色の外側にまでグラデーションの広がりを持つ構造色と、滑った金属とも非金属ともつかぬ質の光沢と質感<br /> 光を浴びてなお、暗闇のようにぽっかりと沈んで見えると同時に、自身で光を出しさえする影との境界が判らなくなりそうな黒<br /> その全てが目と脳を誤魔化した<br /> 一度捕らえられたが最後、狂ったように釘付けになった眼は、震えるような運動をやめる<br /> 視野は狭くなり、その状態では静止する物体はぼやけて消えてしまう<br /> 移らないので見えない―――解らないので視えない<br /> ただそれには手順もあったし、全てに同時に効果を発揮できるとも限らなかった<br /> 余所見をしていた少尉が、理性的で冷静な対応を出来ないまでも引き金を引けたのはそれが幸いした<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">534</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 15:46:33 ID:???</dt> <dd>「ああああぁぁああぁ―――――!!」<br /> 言葉を口にする思考の余裕もなかった<br /> 銃弾が弾け、擲弾が炸裂する<br /> どれも有効打どころか、打撃と言えるものにすらなっていなかった<br /> 40mm擲弾は、成形炸薬弾が直撃さえすれば多少なり効果はあっただろうが、掠めるか通常の対人榴弾が至近で炸裂するか、運良く直撃するだけ<br /> まして銃弾は万に一つも効果はなく、全て当たっても跳ね返るか潰れて落ちる<br /> 発砲された弾薬のうち、これら無意味な命中弾以外の多くは避けられるか、“外され”、壁一面をコンクリートが剥き出しの状態にした<br /> 圧倒的な存在がいることを、狂っているが、もう鈍ってはいない兵士たちの脳が認識する<br /> 未だに感覚的にはそれが敵であることを掴みにくい<br /><br /> バキン<br /><br /> 鋭い金属音かプラスチック音がして、粘った水音がそれに続く<br /> 兵士たちは銃器を含めた装備ごと、ただの一撃で引き裂かれる<br /> 随分と軽い一撃は、何かに配慮してのものだろうか?<br /> 困ったことに、軽い反面つぎの一撃が繰り出される速度は、そう考える間も与えぬ勢いだった<br /> 四秒弱で二十人の兵士は全員、首から上を潰された上で、縦か横に裂かれる<br /> 粉々と言うほどではないにせよ、挽肉と何処だか分からない部位の塊にされた兵士たちの体は、薬莢の散らばる音が聞こえなくなるほど分厚く床を覆う<br /> 血とペーストの海に、ちらほらと服やアーマープレートなど装備の切れ端の着いた小島が浮かぶ<br /> 天井に吹き付けられた血が滴り始めた<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">535</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 15:47:39 ID:???</dt> <dd>黒い影は、決して悠然とではなく、撥ねたり奔ったりこそしないが、急いている<br /> 警戒しつつも急ぎ歩を進めねばならない理由があった<br /> 少女の横たわる部屋の目の前まで近づいたところで、壁面の一部が盛り上がる<br /> 表面の壁材がひび割れ、一部が飛び散り、その下にある分厚い均質圧延装甲の極々一点に強烈な力が加えられ、歪んだ<br /> これが理由だった<br /> 黒い影はその穴のすぐ横にまで二歩ほどで移動する<br /> 盛り上がった壁が、さらに盛り上がる<br /> 壁材が砕け散り、延びきった装甲は弾けてしまう<br /> その孔から円錐形の物体が僅かに頭を除かせ、さらにそれもはじけたかと思うと、飛び出してきたのは、強烈な焔だった<br /> 焼夷徹甲弾の強力な燃焼効果は鋭い扇状に広がりつつ前進し、瞬く間に黒い影に激突する<br /> “火”は、そのもっとも純粋な姿でもない限り、黒い影を殺すことは出来はしなかったが、ヒトを殺すには十分すぎる<br /> 燃焼効果が収まり、燃えカスの雲が視界から薄れていくころには、すでに孔の向こうに射手はいなかった<br /> 25×59BmmNATO弾二発で掘られた孔は、ちょうど横たわる少女の目の前に開いていた―――<br /></dd> </dl>
<dl><dt>第参話です。</dt> <dd> <hr /></dd> </dl><p> <font color="#0000FF">841</font>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:10:57 ID:???<br /> <“ロジャーズ1”より“スチーム・リーダー”。下の連中はポイントL4を通過したぞ><br /><br /> <了解“ロジャーズ1”、引き続き警戒と監視を続けてくれ><br /><br /> ・・・ニューヨーク―――あまりに変わり果てたその姿は、今いったいどこに自分がいるのか、そこに住んでいる者でさえ確信が持てないのではと言うほど、ひどい有様だった<br /> ビルは崩壊し、電柱は捻じ曲がり、高速道路は裏返しにされ、アスファルトは捲れ、戦車や乗用車は潰れ、道はそれらの破片や残骸で覆い尽くされていた<br /> そして目に付くものの中でもっとも強烈なのは、死体の山―――ばらされた人形にぼろきれを掛け、その上にケチャップをぶちまけた様な何か―――は<br /> 腐った魚の内臓に似たヘドロから、魚のそれに数倍し、嗅覚に壊滅的な打撃を与えるであろう、下水道の中のような腐臭を漂わせ、寝そべっているかのように街中に広がっていた<br /> それは、障害物を避けるために時折進路をくねらせながら、制限スピード未満でノロノロと進む軍用車両の中に、ゆっくりと浸透してきていた<br /> 〈“ロジャーズ1”から“ベイビーズブレス”。状況を報告しろ〉<br /> 上空を飛行する航空機からの通信は、これ異常ないというほどの感度で、車両群の内、先頭を進む一両の運転席に響き渡る<br /> あまりに凄惨な光景と、過ぎ去った地獄を象徴するさまざまなオブジェクトを目の前に、ガムを噛む口の動きを止めたままの車両乗員は、その問いに答えない</p> <p><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">842</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:11:53 ID:???</font></p> <p>上空を飛行する航空機…米空軍の最新鋭戦闘機であるF-22ラプターは、その巨大な翼で大気を切り裂きつつ、彼らの上空を飛行していた<br /> そのパイロットは、応答が無いことを不審に思い、機体を左に大きく傾け旋回、監視対象の車両群を視認する<br /> なんら異常が無いように思えるその姿を確認し、ほっと胸を撫で下ろし、叩き付ける様な声で再び運転手を呼び出す<br /> 〈聞こえねぇのかッ! ベイビーズ(赤ん坊共)――――!!〉<br /> 我に返った運転手は慌てて無線機に目をやり、そのすぐ後に、本来それに出なければならないはずの助手席の兵士に声を掛ける<br /> 「…早く出ろ、ダニー」<br /> 反応は無く、口を開けたまま、外の参上をぼうっと見ているままだった<br /> 〈おいッ! どうなってる!! 何かあったわけじゃねぇだろ!?〉<br /> 「ダニエル上等兵ッ―――!!」<br /> ほぼ同時に二人から怒鳴りつけられ、ハッと我に返り、無線機を手に取る<br /> 慌てているせいで呂律が回らない彼の声が、F-22機内に響く<br /> 〈こっ、こちら“ベイビーズブレス”、な、何も異常は――ない、何も――――無い、問題ない―〉<br /> その上、ガムが口の中にいることもあり、声は聞き取りにくいものだった<br /> それを聞くロジャーズ1こと、F-22のパイロットは、司令部には聴こえないのを良いことに、罵声のひとつでも浴びせようとして口を開き、すぐに思い止まる<br /> 「っ…了解―――」<br /> 今まで不審そうにそのやり取りを聞いていた随伴機のパイロットが質問を投げかける<br /> 〈こちら“ロジャーズ2”、いいんですかね、極秘任務をあんな連中任せで〉<br /> 「知らんな…まぁいいさ、無線での私語はこれで止めるぞ少尉」<br /> 〈了解しました、中尉殿〉<br /> 陸海空問わず、戦域を支配する者―――地球最強の猛禽類<br /> アメリカ合衆国の先進戦術戦闘機、世界最高の技術と資金の結晶、最強の道具にして最高の芸術品<br /> しかし、それに搭乗するパイロットは、せわしなく周りを見渡し、明らかに何かに怯えていた<br /> 地球最強の猛禽が、果たして地球外から飛来した存在に、打ち勝つことができるのだろうか?<br /> その事だけを考え、彼らは宙を舞っている…<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">843</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:14:22 ID:???</font><br /><br /><br /> ―――“ベイビーズブレス”隊、ポイントL4通過から14分後<br /><br /> ・・・景色は変わり始めた、不思議とこの一体だけは、建物に損壊が少なく、道路にも砲撃であけられた穴はない<br /> もちろん偶然ではない、この都市の一区画は、事前の取り決めによって砲撃されないように、決められていた<br /> ある場所を―――ある者を守るための取り決め、別に兵力を配置するわけでもなく、ただ砲撃や爆撃をしないだけだったため、何の問題もなくどの部隊も受け入れた<br /> もっとも、この場所の存在に気づいた、あるいは予測していた中隊規模の敵が、そこを足場にして、延べ一個師団を消滅させた事実もあるのだが<br /> その中を、今までの数倍のスピードで次のポイントへ向かう車両の群れは、全部で僅かに5台、先頭車両には重機関銃と通信アンテナが付いていたが、残りはただのハーフトラック<br /> とても“敵”と戦闘が出来る様な編成ではなかった<br /> そして、その車両に乗っている兵士たちの装備も、とても“敵”に対抗できるような物ではなかった…一人を除いて<br /> 「重装弾狙撃銃(ペイロードライフル)か……すげぇ銃持ってるな」<br /> その一人の装備に疑問を持ったひとりの兵卒が、当たり前の反応を示す<br /> 25mm対物小銃(ライフル)、対施設・対航空機、あるいは資材破壊用の、装甲車の側面装甲すら場合によっては撃ち抜く、歩兵が携帯可能な小火器<br /> しかも、予備弾倉から僅かに見える“砲”弾の帯の色―――<br /> 「おまけに強化装薬弾か……何を撃つつもりだ? やっぱりあのモンスター共か?」<br /> 冷やかすような口調だったが、表情は至って険しかった<br /> もっとも、それを聞く男の顔は、険しいどころか、無表情極まりなかった<br /> 反応は無かったが、それでも質問を続ける<br /> 「その銃を持ってるってことは、特殊作戦軍だろ。あんた……所属どこだ? デルタか? シールズか?」<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">844</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:21:35 ID:???</font></p> <dl><dt>「止さないか上等兵。彼は国防総省から派遣されてきたのだぞ」<br /> 小隊長は、男の気分を害さないかと気に掛けながら、控えめの声で注意する<br /> 「分かりました、中尉」<br /> 上等兵はすぐに上官に対する態度に切り替える<br /> 国防総省から派遣されてきたこの男の階級は分からない、だから別にどのような接し方をしてもいい<br /> だが、国防総省から派遣されたからこそ、そう悪い扱い方も出来ない<br /> 彼への対応の仕方について、階級の低いものは基本的に前者、階級の高いものは後者の考えにいたる事が多かった<br /> 幸い、男のほうはどちらに対してもろくな反応を示さなかったので、特に問題は起きていなかった<br /> 本当に訳の分からない男だった<br /> ただ、国防総省からお墨付きで送られてくるようなエリート武官で、身体能力洞察力、とにかく異常だと言う事だけ分かっていた</dt> <dt><a><font color="#0000FF">847</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:25:01 ID:???</dt> <dt>「中尉殿! ポイントL5、目的地です」<br /> それを聞くと同時に、全員が銃を抱き寄せ、ずれていたヘルメットの位置を正す<br /> 「OK! GO、GO、GO、GO!」<br /> 車両が停止すると同時に一人の下士官が大声で叫びたてる<br /> 注意もそれに続いた<br /> 「散開しろ! 動きを止めるな、第3分隊は裏を固めろ!!」<br /> バタバタと足音を立てながら数十人、二個小隊ほどの兵士たちが、目的地となる、20階建てほどのビルに向かって走っていく<br /> さして高いビルでもなかったが、周りには不思議とそれより高いビルもない<br /> いや、有ったのかもしれないが、すべて消えてしまったのだろう<br /> そう、すべて消えてしまった、もはやニューヨークに“跡地”の二文字が着きそうな、ゴーストタウン、いや、もっと酷い様相を呈している<br /> そんなことを気にも留めずに、兵士たちは建物への突入準備を整える<br /> 今まで“敵”と遭遇はしなかったが、建物の中に潜んでいないとも限らない<br /> 実際は、地下鉄など地下に居るのだが、そんなことを知る由もない彼らは、あらゆる可能性を考慮し、警戒している<br /> もっとも、それが無駄なことだと言うことは、薄々感づいているだろう</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">848</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:25:58 ID:???</font></dt> <dt>数十万の将兵―――合衆国陸軍と周辺州兵に絶望的な被害を与え、海兵隊、海軍と空軍の地上要員も、僅か2回、時間にして数時間で死傷させた<br /> 更には数百万の民間人を虐殺<br /> それも事故に近い形で殺されたものだけでこの数値<br /> 彼らがその気になって進攻して来れば、兵力の大半を一失した米軍は、数千万単位の虐殺をただただ見守ることになるだろう<br /> それを、僅か数万、あるいは数千の個体を投入するのみで可能とする、総兵力100万の地球外起源生命体群<br /> そんなものとの戦闘になれば…いや、戦闘にすらならないだろう<br /> 彼らが襲ってくれば―――例え最小・最弱クラスの個体一体であっても、小隊程度はものの十数秒、下手をすればそれ以下で皆殺しにされる<br /> …そのためには散開し、分隊ひとつが1秒で粉砕されても、移動に5秒ほど時間をロスしてもらう様、しなければならない<br /> 例え一人でも生き残って、持ち帰らなければならない<br /> そういう任務だった</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">849</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:27:29 ID:???</font></dt> <dt>「貴方はここに残って下さい」<br /> 中尉の声を聞いて、男はようやく口を開く<br /> 「私が行かなければ意味がないだろう」<br /> 「ですが…危険です。このロケーションは、何が原因で連絡を絶ったのかも分からない場所で、しかも―――」<br /> 「奴らが居た」<br /> 面倒そうに声を割り込ませ、話を省略させる<br /> 「そうです。明らかにこちらの意図を知って、2回目は予測してここに来ていました。その過程で、すでに対象が死亡している可能性も…」<br /> 思い止まらせようとしたものの、まったく躊躇せずに男は返答する<br /> 「行かせてもらう」<br /> 「……分かりました」<br /> 仕方なく折れた中尉は、それでも心配げな口調で、出来るだけ単独で行動しないように告げる<br /> そこまで慎重になる理由は単純だ、兵士たちの中では、上を飛ぶF-22のパイロットを除いて、知っているのは彼だけだった<br /> (あの白衣やスーツ姿の連中、この男が死ねば…!!)<br /> 自分の行く末考えて、中尉は微かに汗をにじませる<br /> その表情の変化を見逃さなかった男は、いい加減にしろとばかりに口を開く<br /> 「私ではない、あの女だ」<br /> 「え?」<br /> 突然の発言に、思わず間抜けな声を漏らしてしまう<br /> 「私が死ぬことは重要ではない、問題なのはあの女だ、あの少女一人のためのものだ」<br /> 「?…それはどういう…」<br /> 「天然物と、養殖物のでは価値が違うだろう…私は作られたものだが、あの少女は一年前に“発見”されたものだ」<br /> 「は…ぁ…」<br /> どこか遠くを眺める男の顔を見て、自分が知らされていないことに対する疑問と不安を感じる中尉<br /> (さっぱり訳がわからん……何かいやな予感がする。そもそも、このロケーションでは何が起こったのかすら…どうすれば―――)<br /> わからない、が、とりあえずは与えられた命令を遂行するまでだ<br /> 彼はそう思い、男に「それでは」と、一言わかれを継げ、指揮車両へと駆け寄り、ビルの設計図に目をやりつつ、部隊配置の指示を出し始める<br /> 助手席に居た兵士など、残っていた数人も、その後に続いた</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">850</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:31:08 ID:???</font></dt> <dt>―――ポイントL5にて突入部隊展開開始。前線指揮所“スチーム・リーダー”<br /><br /> 小規模な野戦陣地といった前線指揮所のひとつに、今回の作戦の指揮官たちは集まっていた<br /> テントの中にはいくつかの折りたたみ式の机が置かれ、その周りを椅子が覆っている<br /> もっとも、椅子に座るのはPCや無線機の操作を行うオペレーターだけなので、警備兵と同じく、指揮官たちも立ち尽くしている<br /> 「作戦は順調のようですな、少佐殿」<br /> 「ああ。ただ、この後どうなるかが重要だがな」<br /> 机の上に広げられた二枚の地図―――作戦領域周辺を含む、50km四方を移した地図と、目的地をクローズアップした、中尉たちの持っていたものと同じ地図が置かれている<br /> 前者にはルートと各ポイント、それに上空哨戒機と周辺警戒を行う分隊が書き込まれ、後者はビルと、その周辺―――配管や水道などの構造が書き込まれている<br /> 「ケイト、セキリティが作動した形跡は有るか?」<br /> 「駄目です、セキリティは完全に死んでいます。それと、監視カメラは外部のものがかろうじて機能している程度で、まったく状況を確認できません」<br /> 白黒の砂嵐ばかりが表示される画面を見ながら、オペレーターは首を振る</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">851</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:32:14 ID:???</font></dt> <dt>「さて、一体何が起きたのかな」<br /> 「反乱の類…は、考えられませんからね。被験者が壊れたのだとしても、警防一本で止められる」<br /> 大尉の階級章をつけた、副官らしい男の声に、少佐は無言でうなずく<br /> 「となると、やはり“奴ら”の攻撃でしょうか?」<br /> 「何か引き付ける“者”があった……いや、居たのかも知れんな」<br /> そういって、少佐以外の3人の士官は、互いに目を見合わせ、緊張をあらわにする<br /> 「とにかく、そういったものが有るとすれば、連中が再び攻撃を掛ける可能性が十分にある」<br /> 少佐の意見に肯きながら、一人が地図を指差し、現状を再確認する<br /> 「要するに、セキリティがすべて死んでいる今、このビルのどこに何が在るか、居るか、まったく検討も付かないと言うことです」<br /> 「これだけ状況が悪いと分かっていたら……もう1個小隊は付けておくべきだったか」<br /> 「いや、佐藤殿はこの件に関しては嫌にご熱心だ、F-22を回してくれたほどだしな」<br /> サー・サトーなどと言う嫌に間延びした、発音しにくい名前を口にする<br /> 本人はこの略称を嫌がっているのだが、佐藤執行官(エクシュキューシュナー・サトー)の名を、こういった場で使うことは無い<br /> 「あの女の事だろう、アレはそれだけの価値がある者らしいからな」<br /> 「シベリアの方で進めているらしい“何か”と、関係が?」<br /> 今まで発言していなかった、四人目の士官が、設備・人員をヤクーツクに集めていたことを思い出して口を開く<br /> 「いや、あのことと、件の被験者は別物らしい…そもそも、あの少女がここまで重要視される理由は、純粋な適正の高さではないからな」<br /> 「例の能力で?」<br /> 大尉が声を低くする<br /> 「そうだ……あいつだけは、秘匿名称としてのそれではなく、真の意味での“ESP”だからな」</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">852</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:33:55 ID:???</font></dt> <dt>吐き捨てるように言う少佐の目には、明らかな憎悪の感情が見て取れた<br /> 初期の検体の特徴を、それら全てに共通するものだとして、不適当な呼称を与え、浸透させてしまう<br /> まったく合致しないと言うわけでもないから使われ続けているが、こういった辺りにお役所仕事としか言いようのない現状が垣間見える<br /> 取り仕切るのも役人で、仕切られるのも役人<br /> 専門的な知識を持つものは当然のように信用されず、引き込まれるか使い捨て―――“消す”などという、非効率的な行動に走っているわけでもないが<br /> 「仕方ないでしょう、時間がなかったのですから…ほんの一年間でこれだけのことをする必要があった、むしろここまで上手く言っているのは奇跡に近い<br />  それとも、非人道的なこの件に関しての不満ですか?」<br /> 耳障りなスーツ姿の女の声に、士官たちは振り向く<br /> 中肉中背で足が長く、胸のサイズ以外はスーツを着ることに関してマイナスになる要因はなく<br /> また、タイトスカートではなくパンツタイプで、睨むような目つきといい、組んだままの腕といい、より気を強く見せるという意味でも、マイナス要因はない<br /> さっきまで入り口で携帯をいじっていたはずのこの女が、する必要もない弁明を、しかもはっきりとこちらが明言したわけでもないのにして来た<br /> ということは、どうせ何かを続けるつもりだろうと、士官たちは若干警戒する<br /> だが少佐は、ここまでして来たのだから、無視を決め込んでも無駄だろうと、遭えてそれに答える</dt> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">853</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/03/20(木) 19:35:35 ID:???</font></dt> <dt> 「両方だ、担当官。どうかしている組織体制といい、上流階級の子女から余命いくばくもないホームレスまで強制的に実験材料にするやり方といい、この仕事に関することにはな」<br /> この話は半分近く嘘だった<br /> そう言った事に、あからさまな嫌悪感を示すような人間は、基本的に計画・作戦には参加していない<br /> 「この組織体制は急遽編成されたものであり未熟ですが、時間的にも、現在これ以上は望めません。被験者に関しては、軍の人間以外、強制的に計画に参加させた者はおりません<br />  不満や疑問があるというのでしたら、すでに送付させて頂いた資料に目を通し、こちらの状況や、このような行動を取るに至る経緯と、諸般の事情を理解していただき<br />  その上で、意見を筋道の通ったものとし、しかるべき機関・組織へ正式な―――」<br /> 「“ベイビーズブレス”、展開配置および突入準備、完了しました」<br /> 無表情に淡々と話す担当官は、同じく淡々と、しかし脈同感のある燐とした声の為に発言を中止する<br /> 「突入許可を求めています」<br /> 「今から20秒後に突入しろ」<br /> 「20秒後突入」<br /> オペレーターの復唱が聞こえるころには、全員が特に何かが写っているわけでもないモニターと無線機のほうを向いている<br /><br /> 「15………10……5、4、3、2、1―――突入―――――」</dt> </dl><p><a><font color="#0000FF">888</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 19:55:16 ID:???</p> <p>―――数分前、ポイントL5“ロケーション・チャーリー”<br /><br /> 《第3分隊も正面から行け、第5分隊は非常階段から3階に突入しろ…第6分隊の工兵共は下水で作業だ、全隊配置急げ》<br /> 〈こちらフリント。中尉殿、正面口のロック解除コードを〉<br /> 《フリント少尉、C4をセットしておけ》<br /> 〈了解、中尉殿〉<br /> 〈こちら正面口突入隊。中尉殿、嫌に静かです…探り撃ちを入れてみては?〉<br /> 《ビビるな、何か重要なものがあるかも知れないだろう、その何かが壊れたら困る》<br /> 〈おい、なんだあれ―――ああ畜生! なんだよもう!!〉<br /> 《オープン(全周波数)で私語をするな馬鹿ヤロウッ!!》<br /> あまり関係のない問答を交えながら、中尉は地図に印をつけつつ無線機に怒鳴る<br /> ビルを囲む形で、目立たぬよう展開していた各分隊が、指示を受けるごとにひとつまたひとつと突入ポイントに向かう<br /> いやに慎重な行動に出ているものの、すでに、ほぼ突入準備は完了していた</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">889</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 19:56:45 ID:???</font></p> <p>〈こちら第6分隊、地下端末にアクセスコードを入力。いつでも接続できます〉<br /> 下水で作業中の、工兵で編成された第6分隊…何故か、これだけはオープンではなく、専用周波数を使っていた<br /> その上、この通信を聞いているのは中尉のみであり、胸のポケットから資料を引っ張り出して、一人で受け答えをしている<br /> 「セキリティは死んでる…接続できる状態のままにしておけ」<br /> 〈了解〉<br /> 無線機で中尉以下、数人の下士官たちが受け答えと、地図への記入などを行っているが、あまり楽しい作業ではないようだった<br /> 「何といいますか、やはり勝手が違いますね、中尉」<br /> 中尉と同年代と思われる中年の少尉が、頭を掻きながら愚痴を言い始める<br /> 「普段ならATMをぶち込んで穴を開けたら、高性能爆薬か黄燐弾投げ込んで終了なんですが……」<br /> 一兵卒からの叩き上げを思わせる裂傷の痕の有る顔と、落書きとしか言いようのない、マジックで施したダイナマイトのエンブレムに合った発言だった<br /> 「勝手は変わらない、ドアを開けて索敵をして、何が起こったのか調べる。湾岸で敵が居たはずの家屋の中をあら捜しするようなものだ」<br /> 「まるでS.W.A.T.ですな」<br /> 自嘲っぽい笑いを浮かべている少尉に、中尉は嘲笑を返す<br /> 「我々があの役立たずどもと一緒だと?」</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">890</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 19:57:31 ID:???</font></p> <p>「はははっ、我々は座っている訳にはいきませんからな」<br /> 控えめの笑いを聞き終えた後、再び表情を切り替え、本題に戻る<br /> 「どうします?」<br /> 「アクセスコードを入力してもセキリティが死んでいてはな……探りを入れたいところだが、そういう装備もない―――」<br /> とは言っても、爆発物などのトラップがあるわけでも、待ち伏せが居るわけでもあるまい<br /> そう考え、少し間を空けてから指示を出す<br /> 「―――さしあたって、突入準備は完了した…と、伝えろ」<br /> 「了解」<br /> 無線で指揮所に向かって、突入準備完了の旨を伝える<br /> それを見ることもせず、中尉の方は別の無線を使って時計合わせを行う<br /> 「時計合わせ、1232時…………スタート」<br /> 「20秒後突入」<br /> 時計合わせ終了と同時に、少尉が指揮所からの指令を伝える<br /> それを聞き、真剣な表情で腕時計を見つめながら手に無線機を握り、しばらくしてそれを口元に運ぶ<br /><br /> 「―――全隊突入ッ!!」</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">891</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:00:10 ID:???</font></p> <p>各分隊長の持つ無線機に、突入の指示が届き、それを聞いた分隊長、あるいは数人のそれを束ねる人間が合図を出し、分隊を動かす<br /> いっせいに各分隊が行動を開始しただろう、ある分隊は正面から、ある分隊は裏口から、ある分隊は非常口から、6個分隊計75名が突入し始める<br /> 部隊は通常の12名編成の小銃分隊2個、それに士官―――といっても、“准”が付くものも混じっている―――が一名同行している分隊が3個、それと工兵分隊1個だった<br /> 地下に向かった工兵分隊を除いて、後者がいくつかの分隊を束ねるか、独立した部隊として行動している<br /> 「第3分隊、先頭を先に行け。第2分隊は俺の後ろ、残りは制圧まで待て」<br /> そのうちの正面から突入する隊―――全3個分隊37名のそれ―――は、動かなくなった自動ドアに付けた、ガムのような爆薬に埋め込んだ信管を作動させ、爆破する<br /> 「よぉし! 行けぇッ!!」<br /> 兵士たちは一斉に立ち上がり、正面入り口の両側にいる二つの分隊のうち、外から見て左側で待機する第3分隊が、中腰で中に駆け込む<br /> ダットサイト付のM4A2自動小銃を、顔のすぐ前で構え、ヘルメットを深くかぶった兵士たちの表情は伺いにくい<br /> だが、戦場で感じる昂りと緊張以外にも、恐怖に似た―――いつものそれとはどこか異質な―――感情から、目を見開き、必要以上に周りを注視している<br /> 今までのそれとはまったく違う存在と敵対している…という恐怖なのか、それともまったく別の“何か”なのか、そんなことを脳内で反芻しているものもいた</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">892</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:01:15 ID:???</font></p> <p> やがて正面入り口から廊下の突き当たりまでと、受付のような場所を確保した第3分隊はいったん動きを止め、それを見た正面口突入部隊の小隊長でもある少尉が腰を上げる<br /> それに続いて一人ずつ腰を上げ、先に侵入した分隊よりはゆっくりとした動きで正面入り口から奥へと進む<br /> 「クリアだ」<br /> 少尉がそう小さく言うと、後ろから続いてきた兵士たちが第3分隊員の肩を叩き、叩かれたものは次へと進み、叩いたものがそのポジションに就く<br /> そうしたことを繰り返していくうちに、徐々に人手が足りなくなるが、あらかじめ指定いておいた部屋の確保が終了すると同時に動きが止まり<br /> 「クリア」<br /> 「クリアっ!」<br /> 「クリア」<br /> と、各分隊をさらに細分した班の長が口に出す<br /> その声を聞いた入り口付近の兵士が手で合図をし、残りこと第1分隊が流れるように動き出す<br /> 「1階入り口付近制圧」<br /> 無線兵が中尉たちのいる指揮車両に一言告げる<br /> 〈3階非常入り口付近、および階段制圧〉<br /> 〈東口付近、および階段制圧〉<br /> 他の突入隊からの声が聞こえてくる<br /> 《一階の制圧完了を確認。警戒しつつ、上階を制圧せよ》<br /> 中尉が先刻とは別人かのような声で指示を伝えてくる<br /> 「正面口突入隊了解」<br /> 〈第4分隊了解〉<br /> 〈第5分隊了解〉<br /> 各隊が返答し終わった後、中尉は一間置いて、多少こわばった声で指示を追加する<br /> 《なお、工兵隊は現在下水道にて電源復旧作業中だ。3階までの制圧が完了した後、電源回復まで待機せよ》<br /> 〈〈了解〉〉<br /> 「了解」<br /> 無線機を戻すのを見て、少尉がゆっくりと近寄り、口を開く<br /> 「どうだ?」<br /> 「工兵が作業に手間取っているようです…ね……このまま3階まで行って待機です」<br /> 少尉は簡単な身振りで「呆れた」ということを表し、それを返答として他の部下に指示を伝える<br /> 「東口から入った連中と合流しだい上に上がるぞ、ジェイク伍長とコーネリアス軍曹の班はここに残れ。ただし、制圧が完了するまでは警戒を怠るな」<br /> 「了解」</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">893</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:02:02 ID:???</font></p> <p>「了解しました」<br /> 返答を聞くと同時に分隊長と視線を交わし、分隊長は行動再会の旨を伝える<br /> 再び流れるような動きで、兵士たちは一部屋一部屋確認しつつ、階段から上階を目指す<br /> 「少尉殿…」<br /> 動揺を隠しきれないといった様子のコーネリアス軍曹が、心配そうに少尉に声をかける<br /> 「ああ、考えるまでも無く異常だ」<br /> 何を言いたいのかを悟った少尉は、本題に入らせようと唐突に切り出す<br /> コーネリアスもその対応を予測していたようで、いたって普通に応答する<br /> 「調べてみるともっと異常ですよ…これは」<br /> と言って、コーネリアスが足元の何かを足で突く<br /> 「死体を足蹴にするな」<br /> 「すみません」<br /> 足元にある、どこか当たり前のように転がっている幾つもの死体…死後一日程度だろうと思われるが、色は僅かに紫色が混じっているものの、どす黒く染まっている<br /> 死臭こそするが、腐臭はしない、ハエの一匹もたかってはいない―――そもそも、昆虫…いや、虫の一匹すら見かけない<br /> 「で? どう異常なのだ、軍曹」<br /> 「はい、この死体はすべて窒息…まるで溺死したかのような状態です。絞殺でもガスによって死んだのでもなく、息ができずに死んだ」<br /> 「………」<br /> 足元の死体は、目と口をだらしなく開き、死から逃れようとした形跡は見て取れない<br /> 奴等なら、こういう殺し方ができるのだろうか?<br /> 「それと、他に数名が自殺しています」<br /> 通路の突き当たりの椅子に座っている、頭から血を流している白衣の女の死体を見ながら、コーネリアスが言うのを見て、ため息交じりに少尉が質問する<br /> 「他も拳銃自殺か? それとも服毒か?」<br /> 「拳銃自殺も一名います。が、残りは全員壁に頭を打ちつけるか、自分で首を絞めて死亡しています」</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">894</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名(ry</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:02:41 ID:???</font></p> <p>少尉が目を見開き、次いで足元の死体を見て、軽く頭を抱えながら納得する<br /> 「ああ、驚かん、驚けんよ、こんな者がすでに出てきているし―――」<br /> 「前例がある」<br /> 発言が遮られた事と、自分の部下の声で無いと感じた少尉が、あわてて振り向き、コーネリアスは銃に手をかける<br /> 「―――あ、あなたは…」<br /> 正面入り口の階段に足を乗せながら、男は再び口を開く<br /> 「前にもこういったことが起きている。それだけ言いたかった…」<br /> ペイロードライフルの引き金に指を乗せ、本当にいつでも撃てるようにしているこの男の顔を見て、少尉は思わず姿勢を正す<br /> 「す、すみません。声をかけようと思ったのですが」<br /> おどおどとした様子で、男の後ろにいる兵が弁解する<br /> 「構わん……どうします? このまま我々と―――」<br /> 「いや、3階に行かせてもらう、そこにだけ用事がある」<br /> もうすでに少尉の目は見ずに、階段へと通じる廊下のほうを見据えているので、“用事”について追求することもあきらめてしまう<br /> 「では2名同行させます」<br /> 「………」<br /> 男の沈黙を了解とした少尉は、コーネリアスに軽く目線を流し、2名をピックアップさせる<br /> そのやり取りも無視して男は歩き出すが、ほんのわずかの遅れも無く、2名の兵卒がその後ろに続いた<br /> その姿が通路の曲がり角で消えるのを確認した少尉は、いやに鋭い目つきで部下のほうに向き直る<br /> 「軍曹」<br /> その一言で、軍曹は少尉の質問内容を理解した<br /> 「はい、無線の周波数はこちらのものに合わせてありましたので―――」<br /> 盗み聞きの準備は万端だと言うことまでは口に出さなかった</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">895</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">(ry</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:03:08 ID:???</font></p> <p>「こいつ等のようにはなりたくないからな」<br /> 前言を無視して、今度は自分の足で、床の上に寝そべる、きれい過ぎる観すらある死体の頭の辺りを突く<br /> この異様な状況のせいもあり、警戒心を覆い隠そうとする少尉の表情は、どこか焦りのそれを感じさせている<br /> (焦っている? 何を? あの男は、我々とはまったく別の―――!)<br /> そこまで考えて、少尉は根本的な問題をついつい掘り起こす<br /> そもそもあの男はいったい何者なのか?―――その疑問は好奇心へとベクトルを変えていき、同時に情報の少なさから不安を感じる<br /> (中尉も怯えていた。あの男…いや、あの男が来た意味を知ったとたん、そうなった)<br /> では、いったい何のために着たのか? その来た目的…その何かが、中尉たちを怯えさせている<br /> となると、その前例と言うのが気がかりになる…前例と同じ状況に恐れを抱いていた、ということなら、中尉たちは―――<br /> 「何か知っているのか……」<br /> コーネリアス以下、部下数名が少尉の様子に気がついて、何事かと注視する<br /> (…となると、考えたくは無いが―――)<br /> 考えたくは無いが、つい考えてしまいそうになり、その意思のとおり、無意味な感情を煽る思考を破棄する<br /> にらみつける事で、何でもないと部下に無言で告げ、ガムを口に放り込んで軽く音を立てながら噛む<br /> 忌々しげな表情を隠そうともせず、簡単な配置を指示して、後で遺留品やらから重要な物品を探し出すことを考えながら壁にもたれ掛かる<br /> 上の階からかすかに破裂音が聞こえた<br /> 鍵の閉まったドアを吹き飛ばしたのだと、少尉はゆっくりと理解した</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">896</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">ry</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:03:45 ID:???</font></p> <p>―――施設2階、上階進行隊による制圧中<br /><br /> 金属片が撒き散らされ、思いっきり鐘を打ち鳴らしたかのような金属音が、唸るように響き渡る<br /> ドアの爆破が成功し、部屋の中に押し込まれた扉が壁にたたきつけられたことを意味していた<br /> 吹き飛ばされるドアの傍らに待機していた数人の兵士が銃を構え、靴底で床を叩き付けながら部屋に飛び込んでいく<br /> 「クリアーッ!」<br /> 先頭の兵士が手を軽く挙げてそう叫ぶ<br /> 司書室のような所だったが、女が一人、血液を撒き散らすようなことをしていた、その痕跡を、部屋一面に残して死んでいる以外、そこには何も無かった<br /> 女の首にはペンが数本刺されていて、手の位置とさし方からして、自分で刺したものだった様だ<br /> あまりの光景に目を顰めながら、兵士たちはその部屋を後にした<br /> 「くそッ! なんなんだここは!?」<br /> 先頭の兵士が出た先で、また別の兵士が悪態を付く<br /> 「どいつもこいつも自殺か、あのわけの分からない死に方のどちらかだぞ! どうなってるッ!?」</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">897</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆3Dpmcw7Gkg</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:05:46 ID:???</font></p> <p>「私語をするな兵長ッ! 次の部屋を探索すれば終わりだ!」<br /> 横で周囲を警戒していた下士官が、彼を怒鳴りつける<br /> 兵長が冷や汗をぬぐって配置に戻った後は、何事も無かったかのように廊下の突き当りまでを進み始める<br /> 通路の両脇にある部屋は、病室に似ている部屋と、小さなマジックミラーと機材のケーブルでつながっている以外は壁越しに隣接する、監視部屋のようなものがセットになって並び<br /> 病院と警察の尋問部屋が一緒にでもなったかのような、どこか奇妙な雰囲気をかもし出している<br /> 無機質な壁紙と、ところどころ姿を表す剥き出しのコンクリートに塗料を塗っただけの壁<br /> つるつるとして埃ひとつ無いが、どこか小汚いと思わせる、模様とも傷ともつかないものが付いている床<br /> そしてこの部屋の様相…だが、軽くシーツなどが乱れているなどするだけで、特に不自然な点が見られない<br /> 1階はロビーのような空間と、病院のナースセンターのような場所などがあった以外、とくにおかしな部屋は無かったが、ここまで急激な変化に見舞われると、さすがに困惑してしまう<br /> そして、幾多の戦場で死体を量産し、量産された彼らですら、目を疑うほどの、奇妙な死体たち<br /> しかも急過ぎた、兵士たちは動揺を隠しきれず、気は立ち、明らかに動作は硬かった<br /> 「よし、何も無い」<br /> 無意識のうちにだろうが、一人が小さく声を出す<br /> 何も無かったのだ、ただ死体が当然のようにあり、それ以外はまったくあらされた形跡も無く、資料などが散らばっている程度だった<br /> しかしそれすらも、彼らが死ぬ際に動いたものではなく、ただ単純に“アレ”が落ちてきた際の衝撃か、付近での戦闘の衝撃などでそうなっただけのように思えた<br /> まったく抵抗どころか、苦しんだ様子も無く、椅子にもたれ掛かりながら、あるいはたったまましに、そのまま倒れこむかしている死体ばかり、事実そうなのだろう</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">898</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し三等兵</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:06:11 ID:???</font></p> <p>警戒しつつもう一度もとの場所に戻り、分隊のほぼ全員がその曲がり角に集まる<br /> ふと通路の壁にかけてある掲示板に目をやると、わけの分からないことが書き綴られた資料が掲示されている<br /> また、壁が途中から腰の高さのところまでしかない部屋があり、その中を覗くことができたが、やはりわけの分からない資料と書類、ファイルの山がある<br /> そして見慣れない景気もちらほらと目に留まり、PCの画面は待機状態になっている<br /> 「………」<br /> 兵士の一人がその書類の山の中から、日誌のようなものを拾い上げる<br /> 彼は“被験体行動記録日誌”のタイトルを確認した後、もう一度机の上に戻し、ページを開く<br /> 日付はほぼ一年前から始まっており、パラパラとめくると、一ヶ月ほど置きに、数日から数週間の間、この日誌はつけられているらしい<br /> 読んでみれば「言動」と「行動」についてまとめた物らしい<br /> 周りに目を配れば、似たようなものがいくつかあり、健康観察のそれと思わせる、カルテの山を閉じたようなファイル―――日誌もあった<br /> 記録者はID番号表記なので、死体のIDカードを調べなければ、誰が書いたものなのかは分からない<br /> 流し読みすらせずにめくっていき、記入が途切れたのでこれで終わりかと思って閉じようとした<br /> これまでの動作はほんの一瞬のことだったが、閉じようとしていてあるページを開いてしまった瞬間、その動きが止まる</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">899</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">七誌上級太陽</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:10:08 ID:???</font></p> <p>――― 年 月 日<br /><br /> 記録者 :<br /> 記録番号:<br /><br /> 状況  :<br /> 内容  :<br /><br /> 空が落ちてくる<br /><br /> 分析  :</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">900</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:23:59 ID:???</font></p> <p>…それ以外は何もかかれてはいなかった<br /> ただ「空が落ちてくる」の殴り書きだけ、それ以外に何も無かったのか、書く余裕が無かったのか、おそらくは後者だろう<br /> その前にまともに書き込まれていたページの日付を見て、彼が呟く<br /> 「アレが落ちてきた日か…」<br /> そういった直後、彼の腕を誰かがつかむ<br /> 「!」<br /> 思わずあわてて振り向いた彼の目の前に、階級が幾つか上の下士官が立っている<br /> 「どうした、慌てる所を見るとやましい事でもしていたかバーンズ上等兵?」<br /> 「いえ、軍曹殿。自分はただこれを覗いただけで―――」<br /> 弁明しようとするバーンズの肩を叩くように押して、会話をそれっきりにする<br /> そのやり取りをいらいらしながら見ていた分隊長は、自分たちが探索していた場所の向こう側の通路から走ってくる兵士の顔を見て、自分から近づいていく<br /> 「どこにも生存者はいません」<br /> 兵士は軽く敬礼をしながら、若干悔しそうに言った<br /> そういう感情を表に出させるほど、悲惨な死に方をしている者が居たと言う事だろうか<br /> 「ああ」<br /> 焦りと、あまりの状況からくる不安による興奮で、そう答える分隊長の息は、多少荒い<br /> そういった気分を如何にかしようと、ヘルメットを脱いで、軽く汗をぬぐう</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">901</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:25:26 ID:???</font></p> <p>「とにかく、この階の探索は終了だ、上の階に上がる」<br /> 「了解」<br /> 言葉通り了解し、きれいにフォーメーションを維持しつつ、流れるように配置を交代し、ポジションを確保しながら階段へと向かう<br /> 「准尉殿!」<br /> 不意の呼びかけに、分隊長でもあり、上階の制圧へ向かっている隊の事実上の指揮官である男は思わず身構える<br /> 見てみれば、階段の脇で一人の部下が控えめに手を振っているのが見えた<br /> その後ろから、いやでも気にせざるを得なかった男と、少し後ろに続いて2名の兵卒が上がって来る<br /> 「あなたは―――」<br /> 頭を抱えたくなりながら准尉は思わず説いただす<br /> 「なぜここに? いくらなんでも危険です。あなたは別に来ずとも…」<br /> 「私の仕事がある」<br /> きっぱりと言い切る男に対して、これ以上どうにも反論ができない准尉は、渋々と了解する<br /> 「わかりました。ただ、あまり一人では動かないように頼みます」<br /> 「………」<br /> 何か言ってくれと言わんばかりの表情の准尉に、一人の下士官が声をかける<br /> 「行きましょう」<br /> 「…ああ」<br /> 准尉が声を出すと同時に、兵士たちはまた先刻までの動きを再開する<br /> 准尉と取り巻き数名が動くのと同時に、男と随伴の兵卒2名も階段を上り始め、3階へと向かう</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">902</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:26:34 ID:???</font></p> <p>―――施設地下、工兵分隊による復旧作業中<br /><br /> 施設の地下に広がる空間…地下水路、もとい下水道に、工兵で編成された一個分隊が配置されていた<br /> 彼らは二手に分かれ、一方は地下室にあたる場所で各種端末と配線を弄繰り回している<br /> もう一方はと言えば、下水道を通って、セキリティの作動の形跡が無いかどうかの確認に回っていた<br /> と同時に、彼らは作動の形跡こそ無いものの、明らかに“何者か”が、そこを通った痕跡を発見する<br /> 「なんだ……?」<br /> 彼らはフェイスマスクを被り、赤外線に“敵”が写らない事と、ゴーグル越しだと、細かなものは見えないことから、片目用の暗視ゴーグルを付けている<br /> 武装はH&KのMP5PDWにサイドアームのベレッタM92F、両方ともサイレンサーが装着されていた<br /> 「足跡……ですか?」<br /> 彼らの目の先には、薄暗い下水道が広がり、戦闘の影響で明かりがろくに灯されていないため、暗さは奥に行けば行くほど増していた<br /> その地面や壁、天井―――普通は足の着かないはずの場所にも、埃や汚れ、ところによっては塗料が、人のものではない足の形に落ちている場所があった<br /> 「足―――というのが正しいのかどうかは知らんが、何かがここを通ったことは確かだ」<br /> やはり―――そう思って無線を手にしようとしたところで、分隊長はおかしな点に気がつく<br /> (なんだ?…なぜ、ここまできれいな足跡が……?)</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">903</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:27:14 ID:???</font></p> <p>泡立つ汚水から飛び散る、あるいは配管の隙間から零れてくる水滴<br /> だと言うのに、この“跡”はきれいすぎる…現に、今こうしているうちにも少しずつではあるが消えていっている<br /> それは、自分たちの足跡と同じほどの状態―――<br /> 「まだ居る!?」<br /> 分隊長ではなく、その隣に居た無線兵が大声を上げる<br /> それを聞いて、残りの分隊員はいっせいにあたりに銃口を走らせる<br /> 「戻るぞ、警戒しろ」<br /> その一言で全員が作業を投げ出し、分隊長を先頭とした2列縦隊を作って走り出す<br /> 視界の横を通り過ぎる配管やネズミの死体…そして、ねじれ、決して直線ではないものの、途切れることなく続く足跡<br /> まるで道しるべかのようなそれを追いかけ、途中まで走ったところで、彼らは何かの音を耳にする<br /> C4爆薬で金属製の何かを吹き飛ばした音―――最初はそう思い、足を止めようとはしなかった<br /> だが、明らかにその音には何かが重なっていた<br /> きっかり同時に聞こえたその別の音の発生源は、なぜか彼らの進む方向から聞こえたようだった<br /> それだけならばここまで警戒しないだろう、ただ、音の伝わる速度まで考え、きっかり同時に、重なり合ってひとつの音に聞こえるようにして、その音は鳴らされていた<br /> そのせいで、分隊員の半数以上は気がついてはいない、握りこぶしを上げ「止まれ」の合図をする分隊長を不審に思ったほどだ<br /> どう考えても、ばれないように誤魔化されている…つまり、音を出した者からして、我々にばれてはならない何かが起きたらしい<br /> その事はもちろんだが、何よりここまできれいに音を重ねるようなことが、“奴ら”以外にできようか<br /> そう考えることによって、分隊長以下数名は激しい恐怖に感情を支配される<br /> 分隊長は、隣に居る一人の兵卒にもう片手で指示を出し、ライトで前方20m程の所にあるドアを照らさせた<br /> そうして丁字路の分岐点に照らし出されるのは、壁に埋め込まれるようにして作られていた、薄汚れ、若干さび付いた鉄製のドア<br /> その先には小さな部屋があり、上に―――施設の1階に上がれるようになっていた<br /> 何もおかしな点は無い…そう思った矢先だ</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">904</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:28:03 ID:???</font></p> <p>「…な゛」<br /> 思わず息を呑み、目を見開く<br /> 「こ、これは…!?」<br /> ドアと床の隙間、その僅かな空間から、赤黒い色をした絨毯がはみ出ていた<br /> はじめから充満していたものとは異質の、鉄臭い臭気を漂わせながら、ゆっくりと這うようにしてそれは丁字路を占領し始める<br /> 瞬く間に、彼らの視界に入っている空間に、赤いラインが出来上がった<br /> 幸いなことに、彼らの歩く通路は丁字路の縦線の部分―――一段高い橋によってそことつなげれていたため、絨毯に汚染されることは無かった<br /> 分隊長は手を開き、同時に軽く「来い」の合図をして、ゆっくりと付いて来るように伝える<br /> もう何人かの兵士は、激しい震えに襲われ、銃口を、赤い絨毯の上に浮かんでいるかのような、開けてはならないと思わずにはいられない“扉”に、真っ直ぐとは向けられずにいた<br /> 数十秒、いや、数時間にも及ぶように思えた長い時間をかけ、彼らは数歩前進する<br /> 怯えながら、それでもなお危険へと進む8人の兵士、彼らの人数はそれだけだった<br /> 残りはあのドアの向こうにいるはず…どのような状態でそこにいるのかは、漠然として入るが見当が付いていた<br /> 分隊長が何度目かの、足を地面に下ろす動作を終えた瞬間、鈍い音が響く<br /> 何であるかを認識する前に、兵士たちは短機関銃のグリップを握り、ストックを肩に食い込ませる<br /> その正体はドアが開く金属音…それだけではないような気もしたが、それを考える余裕はなかった</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">905</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:29:02 ID:???</font></p> <p>「 ! 」<br /><br /> 再び「止まれ」の合図をし、銃口をドアの隙間に向ける<br /> まるで彼らの進み方のようにゆっくりと開く“扉”…その先に見えたものは、彼らの同僚であった<br /> 「カ…カールッ!?」<br /> 顔を見て確認したのではなく、向かって右の二の腕に巻きつけている十字架のアクセサリーを見ての言葉だった<br /> そういえば本物の十字架を手に入れる金もないほどの男だったな―――そんなことを思い出しながら、顔を確認しようとする<br /> 右肩が見えた、首が見えた、左肩が見えた…おかしい、顔はどこに?<br /> 通り過ぎた? 通り過ぎる?<br /> 「そんな…」<br /> 通り過ぎるわけがない、首の位置は動かない、あるとすれば<br /> 「取れてる?」<br /> 無線兵が情けない声を上げた<br /> 同時に分隊長は、あの時ドアが開く音に混じって聞こえたのはこの音だったのかと、妙にスッキリとした気分になった<br /> まるでまだ生きているかのようにカールの肉体はドアを開ききり、寄りかかる物がなくなってもその場に立ち尽くしていた<br /> 小規模な噴水のようにして血液を撒き散らすその木偶じみた死体は、嫌に滑稽に見えた<br /> どれほどその状態が続いただろう?<br /> 彼のものと思われる首がころころとやって来て、絨毯の敷かれた道から汚水の川へと転がり落ちたあたりで、ほぼ全員、口を開くこともできなくなっていた<br /> そして、死体の背後で光る“何か”<br /> それが目であることは少し考えればわかりそうな気もしたが、分からなかった<br /> 地球上の生物のそれとは違う、見たことのない目だったためではない、放心状態のためでもない、そこにそれが“在る”事にすら気がつけなかった<br /> 確かに目に映っているのに、それを意識することができなかった…まるで都市の電柱か車のように、森の中の木立のように、そこに居た</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">906</font></a>名前:<font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/04/11(金) 20:30:24 ID:???</font></p> <p>「あっ……ああぁ…!!」<br /> 一人の下士官が震える口で何かを声に出そうとする<br /> もしかすると、口に出そうとしている言葉を思いつかなかったからそんなことを言ったのかもしれない、それとも無意識のうちに、だろうか?<br /> 分隊長はそんなことを嫌に冷静に考えている自分に驚き、少しした後、冷静に考えられるほど、その声で脳の機能が戻ったことに気がついた<br /> 「う………ぁ…―――――っ!!」<br /> 誰かが、頭のない人の形をした肉の塊の、その後ろにある、“何か”に銃口を向け、続いてほぼ全員が、引き金に手をかけつつ照準を光る目を持った物体に合わせる<br /> 咆哮を上げようと、思いっきりトリガーを引こうとしたときだ<br /><br /> ぼっ<br /><br /> 妙な音とともに、カールだった物は、すっと縦に割れ、その動きについていけなかった空気の力で弾けて飛び散った<br /> 雷鳴にも似た爆音が響き、軽い衝撃が伝わる<br /> その影響で、ライトを手にしていた兵士は、思わずそれを取り落とす<br /> がしかし、残りの兵士は微動だにせず、その血と肉片が目に入ろうとも瞬き一つせず、一斉にリアサイトの中の標的に発砲し始める</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">907</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">(ry</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:31:00 ID:???</font></p> <p>「お―――おぉおっ―――ッ!!!」<br /> 「ああぁあっぁああっぁぁぁ―――――ッ!!!!」<br /> 叫び声に鈍い銃声が重なっていき、水路中に響き渡る―――遅かった<br /> その音が発砲主の耳に入り、知覚されるより先に、彼らが“敵”あるいは“撃つべき存在”だと認識した“何か”は、撥ねる<br /> 撥ねた“何か”が天井を滑るが、誰もその動きを視界に捉えることも、ほんのわずかな足音を聞き取ることも出来なかった<br /> 血と肉片が地面にたたきつけられるのと、ほぼ時を同じくして薬莢が水路に落ち、水面にほんの一瞬だけクレーターを形成する<br /> 強化装薬弾だったため、銃声は通常より激しかったが、その高音域はほぼすべてサイレンサーでカットされ、上階にまで響くことはなかった<br /> また、彼らの肉体が砕ける音も聞こえることはなかったはずだ<br /> “何か”が滑った跡を示す、熱を帯びた赤い曲線が兵士たちの頭上に差し掛かる<br /> コンマの後に零が付くのではないかと言うほどの一瞬の間に、重力も、人間の知る歩行法も無視して歩み寄って来た<br /> それは降りることもせず、天井から、細長く、伸縮性のある触手をそっと、ゆっくり―――とは言っても、人間にとっては、知覚できないほどの速度で―――近づける<br /><br /> みちゃ</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">908</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">(ry</font></a></strong>投稿日:2008/04/11(金) 20:31:20 ID:???</font></p> <p>金属と珪素で出来たその槍は、まるで羊羹に楊枝を刺すかのように、彼らの肉体へと滑り込み、何の抵抗もなく貫通する<br /> そのまま槍は、邪魔な肉を引き裂き、骨格を砕き、臓物を掻き分けて、側面からするりと、流れるように抜けた<br /> 肉体が崩れる速度がついていけなかっただけなのだが、まるでチーズをナイフで切ったかのように、兵士たちの体は、幾つかに分けられる<br /> 半秒もせぬうちに、思い立ったかのように頭は弾け、手足は胴から離れ、胴自身は内容物を内側に留めることも出来なくなる<br /> 一瞬にして握りつぶしたトマトの様になってしまった兵士たちと、ズタズタにされてしまった装備<br /> 辛うじて原型を留めている部分も、血と汚物に塗れてしまい、潰れたそれと見分けがつかない<br /> 彼らの持つ短機関銃が生み出した、何十個目かの薬莢が落ちるのと同時にそれらは壁や天井に叩き付けられた<br /> 一部霧状にまでされて吹き付けられた赤い液体に、下水の一角は完全に隙間なく塗装される<br /> 運良く水路に転げ落ちなかったライトは、その光景を照らし出すスポットライトへと、その役割を変えてしまう<br /> 今まで動いていたすべては壊れ、かすかな血の滴る音をかき消す、水の流れる際のそれだけが響き渡る<br /> 工兵たちを皆殺しにした“何か”も、一切の音を出さずにそこから消え去っていた</p> <p><a><font color="#0000FF">959</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/05/24(土) 20:15:53 ID:???</p> <p>―――地上3階、隔壁爆破<br /><br /> 重たかった<br /> 発見される危険を冒してまでキログラム単位のC4を使い、ロックを開けたほどの金属製の扉なのだから当然だが<br /> よほど大事なものがあると、ほぼ全員が見ていた、「どうせ今までのものは余興だろう」と言うことくらいは薄々感づいていたのだ<br /> 病室があって、看護婦の死体があっても患者の死体が無い廃病院なんぞ、そうあるものではないだはずだ<br /> 24人の兵士が丁字路で、立ちながら、膝を付きながら、匍匐しながら、少しずつ拡大する隙間の向こう側に、銃口を合わせていた<br /> それともう6人、彼らは扉を必死に引き開いている<br /> 残りの兵士は周辺を警戒するか、無線機を弄繰り回していた<br /> 中に何かあったら、犠牲になるのは自分たちだと、気が気でない6人の下っ端―――階級・人間関係の両方において―――は、慎重に力をかけていく<br /> 隙間が人間の身長ほどになったところで、中に危険なものはないととりあえず気が付き、静かに胸を撫で下ろす<br /> 「…行け」<br /> 隙間が倍ほどになったところで、少尉がそう声を出す<br /> 軽く頷いて、4人1班がゆっくりと動き出す<br /> 〈内部に侵入…〉<br /> 隙間を通り抜けたところで、先頭の二人が左右上下を見渡し、警戒<br /> 残りの二人がゆっくりと前に進み始め、入り口のところで周囲を警戒している二人の肩を叩く<br /> これを受けて、その二人も、上半身の姿勢を固定したまま、先頭の二人に続き、奥へと進む<br /> 少し行って曲がり角に到着すると、動きを止め、膝を付いて後続を待つ<br /> それを見て、扉を必死に開いていた6人の兵士が、先に行った4人よりも若干大きめの足音を立てながら駆け出す<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">960</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/05/24(土) 20:16:19 ID:???</font></p> <p>〈異常なしです…〉<br /> その声を聞いた少尉は、さらに後続2名を出し、様子を見る<br /> 内部に進む、ちょうど1個分隊相当の兵士たちは、この金庫の中かのようなエリアをくまなく見渡す<br /> ちょうど十字型に通路があり、左右の通路は、自分たちの進んできた前後―――縦の通路の倍の長さがあり、部屋数は計8<br /> 全てに鍵がかかっていると思っていたが、一部の扉は開けっ放しになっている<br /> うち半分の中に見えるのは、今まで見てきた、囚人のいる部屋が病室になった刑務所の面会室、ないし危険な重犯罪者の尋問室と言った風体だった<br /> ただし、部屋の中の機器は数段上のもので、CTスキャン用の機械や脳波測定器のようなものまであり、警備員用と思しき、ゴム弾入りの散弾銃まで置いてあるほど<br /> 残りの半分、そういった部屋を向かい合う形の部屋は、ただの病室か官房、それに囚人監視・記録室が合わさったような部屋と、金庫室のようなものがセットになっていた<br /> それらの部屋に入り、中をすみずみまで見渡していく兵士たち<br /> そこら中に監視カメラが光っている<br /> 病室と向かい合う部屋には、すべモニター設備が整っていて、それらのカメラを通じてこの箱の中全てが見渡せた<br /> そうして行く過程で、一つ気が付いたことがある…その内のただ一室だけが、鍵が掛かっている<br /> 〈目標確認〉<br /> 〈了解。進入し、対象を確保せよ〉</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">961</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/05/24(土) 20:16:44 ID:???</font></p> <p>男の指示に基づいた、短いやり取りの後、兵士たちが間を置かずに動きだす<br /> 一人が中腰で扉のノブ側に付き、もう二人が同じようにその反対側に付く<br /> ほぼ同時に、3人が扉と反対側の壁に沿って並び、5人が二手に分かれて扉側の壁―――扉に張り付く一人と二人の後ろ―――で、銃口を扉に向けて待機する<br /> 本来、こういった隊形で突入しはしないのだが、場合が場合で、中に何が居るかは最良と最悪どちらかのみと、見当が付いているだけにこの形になった<br /> 足元の死体をどかし、ドアノブ側の兵士が、携帯端末を使ったピッキングを始める<br /> コードを接続し、ロックの開閉を制御している簡単なプログラムにアクセスし、書き換えてはいけないところを捏ね繰り回す<br /> ピッ<br /> そんな電子音が聞こえ、皮膚を通して、扉の向こう側の空気が少し抜けてくるのがかすかに感じられた<br /> 兵士が顔を見合わせ、軽く動作の確認をしあう<br /> 視線を扉に戻すと同時に、無駄のない滑らかな動きで扉を押し開き、バタバタと靴底を鳴らしながら中に流れ込む<br /> 手に持つのは回転弾倉式の自動擲弾銃と、MP5のPDWモデル<br /> 初弾は普通の銃弾ではなく、市販されているようなものではない特製のウッドチップ弾と、暴動鎮圧用ゴム弾<br /> その後に装填されている弾は人を殺せるものだが、殺意を抱く必要のないものが中に居ることを期待しているのが伺えた<br /><br /> ―――そして、中には最良の結果が待っていた</p> <p><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">962</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/05/24(土) 20:17:37 ID:???</font></p> <p>―――部屋の外で周辺を警戒している兵士は水音を聞いていた<br /><br /> ぴちゃぴちゃ<br /><br /> ニューヨーク中の水道管や配水管―――建物の中のものまで当然のように砕けているのだから、そこらからずっと聞こえてきていた<br /> 当たり前のことなので、耳を凝らしはしなかった<br /> よく聴いてみれば、それには突然近くで聞こえ出した音も混じっていると気づけたはずなのに、だ<br /><br /> 気づかない方が良かったと言えば、そのとおりなのだが―――</p> <p><a><font color="#0000FF">964</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/05/24(土) 21:15:29 ID:???</p> <p>見るものにプレッシャーを与える、真っ白い室内、踏み込んだ兵士たちの服装は、対照的に暗色が多かった<br /> 照明の淡い光を反射して黒光りする短機関銃と擲弾銃は、そこに転がっている一人の少女に向けられる<br /> 「対象確保………居ました。魔女が一匹―――――」<br /> 安堵感を感じた矢先に、兵士たちは今まで以上にある種の恐怖を感じることとなる<br /> 恐怖とは、思考の対象に興味を感じながらも、対象が何なのか、理解できないことへの不安から来る<br /> そして、目の前にその対象が居る<br /> 最初期にして最高級の被験者<br /> 一部狂気じみた計画の最重要試料であり、それら計画に参加する狂った科学者たちに神格化すらされている<br /> 俗に被験者たちがESPの秘匿名称で呼ばれるようになった原因である、国連の政治屋たちをもって“魔女”と言わしめた少女<br /> 少佐たちの言う「何か引き付ける“者”」とは、無論彼女のことだ<br /> ロシア政府協力の元、シベリアにこの魔女を上回る適正値の被験者たちが配備されたと言うこと、それらが魔女と呼ばれていないことも聞いていた<br /> 要するに、彼女が高く評価されるのは、被験者とされるのに必要な適正値ではなく、“ESP”のほうだと…<br /> このこともあって、中尉はその脅威性を十分認識しており、部下もある程度聞かされていた<br /> 「これ、が…?」<br /> これ―――とは、無論目の前の少女のことだ<br /> 目を開けたまま寝ている…というよりは意識を失っている―――その目は影の差さない深い青、光の入った薄い藍、それこそはめ込まれた宝石のような、一切の濁りの無い色<br /> 肌の色は、度を過ぎないといった感じの色白―――長いことこうしている所為だろう、血色は悪いが、斑の無い綺麗な肌<br /> 伸ばしっぱなしにされている黒髪―――よく手入れされていたのだろう、纏まりのある髪は一つの塊のようでいて、一本一本作りこまれていた<br /> 壁に背をつけながら両手両足を投げ出して、頭をもたげているそれは、まるで人形だった<br /> 壊れた人形ではなく、箪笥の上に少し乱暴に置いてあるような、生気の有る―――どこか使い込まれた観の有る人形<br /> そんなものが、目の前に転がっていた・・・</p> <p><a><font color="#0000FF">29</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:00:05 ID:???</p> <p>・・・しばらくして、兵士たちは男が来たことに気が付いた<br /> 全員が気づいてはいる<br /> 気づいてはいるが、ヘルメットを被ったままでもエイミング出来るように極端な角度をつけられたB&T社製ストックの先を、肩に押し付けたままだ<br /> 誰一人として、少女に向けた銃口をずらそうとはしない<br /> 〈8、9、20………間違いない、これだ〉<br /> デジタルカメラを通じて、リアルタイムで送られてくる映像を見た中尉は、無線にもれていることも気にせず声を出す<br /> 男は人形じみた少女の体に歩み寄り、脈を測り、瞳孔を見る<br /> 脈は極限まで弱く、瞳孔は開いていたが、生きていることに違いは無かった<br /> 男は改めて少女の周辺を見渡す<br /> 少女に繋がれているのは、点滴用薬剤の入った大きすぎる袋と、首や米神に差し込まれるようにして付いている電極に、金属製のベッド―――手錠によって―――だ<br /> 男は何食わぬ顔で点滴用薬剤を取替え、首に目に見えないほど細い注射針を差し込む<br /> 注入されたのは覚せい剤と、その他幾つかの向精神薬<br /> 半分寝て半分起きている状態にするために、いくら一回だけの使用と入っても、少女には相当危険な薬物が投与されていた<br /> 続いて、少女をこの部屋に固定するために必要だったのであろう、一本の鉄の鎖に目を向ける<br /> すぐに男は鍵がないことに気づき、取りに行く手間を省くため、拳銃弾で手錠の鎖を引き千切る<br /> 兵士たちが思わず身をすくめたのも無視して、男は立ち上がり、しばらく様子を見る<br /> 一切操作していなかったはずの電子機器が動き出し、電極から軽い電気刺激が少女に送られたことが、画面に出る文字列とグラフで分かる<br /> どうも、事前に打ち合わせをしていたらしい<br /> 薬物投与による生体の変化に、元はただの医療用でしかなかった機器は敏感に反応した<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">30</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:00:37 ID:???</font></p> <p>いったいいくらする設備と装置だろうか?<br /> 誰かがそんな思いをめぐらしているうちに、二度目の刺激<br /> 軽く痙攣したかと思うと、心拍数が回復し始めたことを告げる、電子音のリズムが室内に微かに響き、その耳障りな電子音の発信源を探すべく、何人かは部屋を見渡した<br /> 残りは、男が何時に無く不機嫌そうに眉をしかめるのを見て、その視線の先のものに向き直り始める<br /> (………)<br /> 少女の口が微かに動き、呼吸をまともに再開しだした<br /> 目も、“閉じようと”している<br /> それを見た男が、少女が少し前まで貼り付けられていたベッドから、プラスチックで出来た小さな容器と、液体の入ったアルミ製の缶を取る<br /> 前者には目薬と成分表の書かれた張り紙があり、後者には何かの商品名らしいものが書かれていた<br /> 男はすぐに、無駄のない手つきで、少女の目に目薬を差して閉じさせてやり、口には清涼飲料水らしいものの入った缶を口元に運び、少量流し込む<br /> 大半が零れたが、それでもないよりは遥かにマシだろう<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">31</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:01:09 ID:???</font></p> <p>「…ぁ……」<br /> 微かに声を出す<br /> それを聞いた男は、少女に差し込まれている電極やチューブ、点滴の針を、固定しているテープごと剥ぎ取る<br /> 「ぎ―――ぁあ゛あ―――」<br /> 悲鳴とも呻き声ともつかない音を出し、少女はのけぞる<br /> 彼女につながれていた脳波測定用の機械も、単調な電子音の悲鳴を上げ始め、それに合わせて男は数歩後退<br /> 銃の引き金には指が軽く乗っかっている<br /> 「あ………」<br /> うなだれて動かなくなった少女は、その端整な顔を、引っ込めた自分の、それこそ白木から削り出したのではないかと言いたくなる様な足に向けながら、硬直する<br /> しばらくそのような状態だったが、見守る兵士たちが不安げなそぶりを見せ始めた頃には、また口を微かに動かし始めた<br /> 「………」<br /> まだ手に握られていた拳銃で、不快な電子音の発信源を黙らせ、今度は数歩前進する<br /> 下士官の一人が「いいのかよ」とでも言いたそうにそちらに目を向けたが、場の雰囲気に圧迫され、声が出ない<br /> もっとも、若年の、軍隊生活もろくに過ごしていないだろう兵卒には、そう思う余裕すら無いらしいが…<br /> 男が膝を付いて、覗き込むように耳を近づけると、これ以上出せないと言うほどかすれた声を、少女は絞り出す<br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">32</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:02:04 ID:???</font></p> <p>「ヘル…ナンデス……この、メキシコ野郎……」<br /> 次の瞬間には、少女のみぞおちから少しずらした程度の位置に、それなりに力を込めた蹴りが入っていた<br /> 「ゲハッ………!」<br /> 唾液と少量の胃液、それと何かよく分からないドロドロとした、粘液に混じる粉っぽいものを吐き出して、蹲る<br /> 「お、おい…」<br /> さすがにこれ以上はとばかりに、下士官の一人が「ヘルナンデス」と少女に呼ばれた男を制止する<br /> 男は眉一つ動かさずに少女を見据える<br /> 「目は覚めたか? 調子は良さそうだが…」<br /> 男はよく通る声で…いや、単純に静まり返った室内では目立つ程度の声量で、呟く様にして言う<br /> 帰ってきたのは、笑い声<br /> 少女は、ただそこで、とぐろを巻く蛇のようにして、笑っていた<br /> 身体面の理由と、精神面の理由<br /> その両方から醸し出される、あまりにも不規則で、耳を傾けずにいられないような韻律<br /> 子供っぽい声としか形容の仕様の無い、無邪気そうな声質で記述される笑いには、大人でしか出せないような“濁り”があった<br /> その濁りは、この状況に助けられて、無垢な少女の姿と重なり、狂気的な音色を奏でる<br /> 兵士たちは、最後の安全装置こと、人差し指を立てることすら、もう止めていた…<br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">33</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:03:26 ID:???</font></p> <p>少女は笑うのを止めると、蹲ったまま、心底嬉しそうに口を開き始めた<br /> 「調子は、良い…よ……ヘルナンデス?」<br /> お蔭様で最高の気分だよとばかりにこちらを見据えてきた少女に、手錠をはずす際に使ったP46の銃口を向ける<br /> 「この状況は何だ? 説明しろ」<br /> この声に合わせて、兵士たちもそれに習う<br /> 「……じゃないか……銃なん…か」<br /> 笑いつかれたのか、気分を害したのか、低いトーンで喋り出す<br /> 「寝てなければ……私には……できないのに…何、も……」<br /> 体を丸めたまま、顔だけを動かして、男を見据える<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">34</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:03:51 ID:???</font></p> <p>見据えられた男―――ヘルナンデスは、関係の無い話をするなと言いたげに、回答を促す<br /> 「何があった?」<br /> 「小さな失敗…この作戦の、成否には、かかわらない……ただ、の…小さな…事故」<br /> 置き画廊ともせずに、とぐろを巻いた少女はポツリポツリと言葉を漏らす<br /> これが小さな事故か?―――と、一人の兵士が、足元の死体に目をやる<br /> ほんの一瞥程度に観察し、刹那の間、今まで見てきた光景を思い出す<br /> 惨劇―――あまりにも奇妙ではあったが、そう形容するしかなかった<br /> 当然のことだが、事故とはたいてい惨劇を伴うものであって、たいていの場合は程度の違いこそあれ、原因や結果の一部、あるいはすべてが奇妙なものだ<br /> よくよく考えてみれば、別にこの少女はおかしなことは言っていない<br /> つまらないことで思考をめぐらしてみれば、その終着点がこれだったので、兵士は考えるのをやめた<br /> 発展させれば色々とあっただろうが、そうする気はさらさら無かった<br /> 問題は、事件と言うものがどうのこうのではないのだが…<br /> 「作戦の成否、か…まあいい」<br /><br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">35</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:04:36 ID:???</font></p> <p>男の反応を見て、また別の兵士が思考をめぐらす<br /> 「まあいい」と言うのはどういうことだろうか? 少女が言うには小さな事故らしいが、何に対してだろうか?<br /> この疑問の解として、その疑問を持つ兵士がとっさに考え付いたことは二つあった<br /> 一つ…彼と彼女が携わる作戦とは、この施設の一つや二つでは揺るがないものなのだろう<br /> これは戦術的な失敗=小さな事故であって、やり直しがきく<br /> 二つ…この作戦は続行不可能なほどの被害を被った<br /> これは一見大きなことのようだが、事故が起きる前、あるいは起きる瞬間(起きることによって)作戦の目標は達成<br /> 戦略的目標を達成した後に起こった戦略的敗北は、ただの大きな戦術的敗北として“小さな”ことになってしまう<br /> さて、どちらだろうか?…どう考えても前者だ<br /> 国防総省が国連に尻をけられた政府の圧力を受け、一部政治家たちが眺めているであろう謀略の海の絶景を知らない、大多数の木っ端役人に隠れての蠢動<br /> と言うと、どうも貧弱そうな印象を受けるが、人類存亡の危機と、すべての情報網が壊滅と言う状況を最大限に活用しての行動である<br /> 戦う理由に疑問を投げかけるのが訓練された政治家なら、戦う理由を叫んで国民を先導するのはよく訓練された政治家<br /> 優秀な政治家達と、世界最強の軍隊が共謀という状態に、マスメディアが壊滅し政府がほぼ全面管轄、国民は何も知らないというのも最大限に作用<br /> 人類未曾有の危機を前にして、怪しげな組織を従えた国連の元で結託した幾つかの大国(経済・軍事・国際的地位のすべて、あるいはどれかにおいて)に、ことに国内でおいて出来ない動きはない<br /> この程度の被害、上のほうの人間の目で見て、たいした損害ではないだろう<br /> それがこの、“今ここで”行われた実験とやらの失敗と直結しているかはまた別の問題であり、両方の理由を兼ね備えていることもありうるが<br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">36</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:05:53 ID:???</font></p> <p>「説明しろ。エレノア」<br /> 「名前…を…―――」<br /> 少女はいきなり声を出して、すぐに音のない咳をする<br /> “エレノア”と言う女性名を聞いた瞬間―――というよりも言い始めたころには口を開けていた―――に急に声を出そうとしたので、体が追いつかないらしい<br /> 「こういう事態に陥った経緯の説明と、成果を報告しろ」<br /> 少女を無視して、表情こそ変えてないが、多少わざとらしさも感じられる口調で、忌々しげに喋る<br /> 少女のほうも、同じようにして、話を続けた<br /> 「―――呼ばないで…くれと…―――ッ!?」<br /> 少女の体が軽く宙に浮きながら反り返ったかと思うと、半回転ほどして壁にたたきつけられた<br /> 男はゆっくりと、右足を左足の脇へと戻す<br /> 彼にとってはかなり手を抜いたものなのだろうが、脳震盪を起こさない程度のけりが、少女の左側頭部の前半分辺りに叩き込まれる<br /> 少女は、体に繋がれた管を引きちぎられて仰け反るなどした際に前進した距離を、一気に後退してしまった<br /> さして飛んだわけでもないが、あまりにもその距離が短いので、まだ勢いがある状態で壁にたたきつけられたのだ<br /> 壁が無く、ゆるい角度で地面に軟着陸する分に相当する打撃も、壁に叩き付けられてから重力に惹かれて床に落ちることで加わった<br /> 痛みからか、何が起こったのか分からないと言う心理状況からか、しばらく顔を伏せるような状態で固まる<br /> 「―――痛…っ……」<br /> 不思議とリアクションは少ない<br /> 痛みのあまり声が出ないと言う訳でもなさそうで、声は落ち着いている<br /> 加害者はこのような行為に及んだ後でも、冷静…と言うよりは無感動そのものだ<br /> 「大人しく質問に答えろ。国連直轄重要計画被験者“B(ベー)”…事によっては、お前は今すぐ捨てられる事も、こき使われる事もなく、委員会、ひいては人類の最重要人物だ」<br /> 男は少女の事を、所有物としての番号で呼んだ<br /> 脅迫とはまた別の成分を多量に含んでいるようで張ったが、並べられた単語の幾つかは、むしろ兵士たちのほうに影響を与えた<br /><br /><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">37</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/07/02(水) 02:06:48 ID:???</font></p> <p>「無駄話をする時間は、無い」<br /> 言葉こそ今までと同じ、感情を読み取ることが困難なものだったが、男の目には、妙な輝きがあった<br /> 微かではあっても、このような表情の変化を見せたのは、顔を伏せた少女に、それを見ることは出来ないと判断したからこそだった<br /> それでも―――もしかすると、ではあるが―――少女はこのことを判っていたかもしれないと、その判断の主には見えていた<br /> 自分の中に浮かび上がった感情と同時に、少女の口の両端が歪み、普通ならば愛らしいとしか映らない三日月をつくる<br /> 男の目に、ほんの一瞬だけ、心の中に生まれた感情が、そのまま浮かび上がったのを、距離はあれど、その横に立つ兵士は確かに見た<br /> とりあえず、恐れとも畏れとも違うようではあるが<br /><br /> ほんの一時の沈黙<br /><br /> この間に、男の脳内では、神経細胞が今までには無い動きをし始め、顔の筋肉組織以下、体もそれに続いた・・・</p> <dl><dt><a><font color="#0000FF">239</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:14:10 ID:???</dt> </dl><p>・・・足音が聞こえる<br /> 外からではなく、自分の頭の中から響いてくる、昔よく聞いた音だ<br /> どかどか云う軍靴の音ではなく、ひたひたぺたぺたと、ゆっくり背筋を這い上がってくるような音<br /> 「工兵分隊が消えたか…」<br /> メッセンジャーに張り付いていた一等軍曹が真っ青な顔で言った<br /> 「フリント少尉はッ!?」<br /> 「折れ曲がった状態のドックタグを回収しました……間違いありません」<br /> 作業を開始したであろう工兵分隊に必要機材を届けようと、地下に降りていった兵士たちの一人が、軽く震えながら報告する<br /> 「ぜ、全員粉々に…だ、誰が誰だかも……本当に…酷い状態で」<br /> 彼の後ろでは、地下に降りるなり真っ先に悲鳴を上げた伍長が、錯乱状態で何か喚いている<br /> 新兵など一人もいない、皆イラクや湾岸などで常に前線にあった兵士たちだ、容易に錯乱するはずが無い<br /> ただ歩くだけ、ただひとつのドックタグを回収するだけで、手も足も血まみれ…それどころか、肉片や頭髪すら付着していることも、地下の状況を示唆していた<br /> 中尉は一瞬目を泳がせた後、振り返って部下たちに指示を出す<br /> 「推測し得るものも含め、全滅する前の状態を何とかして洗う。突入した各分隊への連絡も急げ」<br /> 彼は未だ忍び寄ってくる足音に苛まされていたが、それ故に判断はすばやく、的確だった<br /> 一見すると、ほかの兵士たちとは違い、前から彼の部下だった工兵分隊の消失も、さっぱり忘れたのではと思うほど冷静そうにも見える<br /> 「了解…―こちら小隊本部。地下で工作中の工兵分隊が消失。原因と経過、現在の状況は不明なれども通常の事態とは考えがたい…各隊は次の指示があるまで十分に警戒されたし―」<br /> あくまで落ち着いたふうの声で伝える無線手の顔色も、大多数と同じように蒼白<br /> それも無理は無い、明らかにこれは敵の攻撃で、すでに工兵分隊は殲滅され作業は失敗<br /> そして、これだけの時間が経過した今、敵は次の行動に移っていることは疑いようもない<br /> 彼だけでなく、回りの人間ほぼすべてがそう考え、震え上がっていた</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">240</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:15:54 ID:???</font></dt> </dl><p>「それで、次の指示は?」<br /> 「どうすればいいと思う?」<br /> 催促する少尉に、一切の間をおかずに中尉は意見を求める<br /> その横には、各技術の専門下士官が数人並び、ドライバーも車両から顔をのぞかせ、無線手もさりげなく様子を伺っている<br /> 〈第2分隊より本部へ。施設内に敵が居るのか?〉<br /> これまた平静を装った分隊長の声が聞こえてくる<br /> 「―敵は確認できていない。また、これが敵によるものかも現在不明だ…警戒しつつ、指示を待て―」<br /> 「……彼らのためにも迅速な判断が必要だが―――」<br /> 無線手の応答を受けて、了解の一言だけを返して沈黙する無線の相手を指して中尉が言う<br /> キャップの位置を正して、数秒の間考え込んでから、冷酷ではあるが優先事項と上官からの指示に則った決断を下す<br /> 「対象“ブラヴォー”を確保し、余裕があれば情報を収集しつつ警戒。敵の攻撃があり、目的が“ブラヴォー”であれば死守。そうでなければ急ぎ足で帰る」<br /> 「して、その判断基準は?」<br /> 名だけの小隊最先任の曹長が即座に切り返す<br /> 部隊員のコンディションを保つ上で、曖昧な命令は避ける必要があったからだ<br /> 中尉は眉ひとつ動かさない</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">241</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:17:18 ID:???</font></dt> </dl><p>「簡単だ、“ブラヴォー”に敵が不必要に接近すれば妨害すればいい」<br /> 確かに命令文自体は簡単だ<br /> だが、その目的や指揮系統などはおろか、生き物なのかまともな思考はあるのかなど、人間とはまったく違うどころか、地球圏のものですらないものが相手だ<br /> さて、一体どのようにして通常(そもそも、この通常と言うのが曲者だ)では考えられないほど…つまり、不必要な接近をしていると判断するのか<br /> 指揮官として失格と言えるほどのことを、さらりと言ってのけたのは、彼が無能だからでも、楽観できる状況から出た冗談だからでもない<br /> 「部隊は今日を持って解体・再編成ですな」<br /> 少尉が、胸の階級賞が隠れそうな位置に資料を抱えた状態で嘆く<br /> 彼と中尉は同じ部隊から引き抜かれたが、別にその部下は、昔からそうだったわけでもなければ、同じ任務についていたわけでもない<br /> 彼らの手足となっている兵士の大半は、今回の作戦で始めて顔を合わせただけの仲だ<br /> かといってここまで無感動なのは、上層部による人選の賜物か…<br /> 「さて、武官殿はどうなさるおつもりか…」<br /> 部下の前では平静を装っているが、実際は迫り来る足音を聞くまいと、耳を塞ぎたい思いだった<br /> 最重要の被験者の確保に失敗し、国連派遣の男まで失ったとなれば、どのような処分を受けることになることか<br /> ただでさえ、この手の作戦に直接参加すれば、問答無用の異動か、これからもずっと、そういう方面の仕事に付き合うかの二つの選択肢しか残らない<br /> 作戦に参加させる意味のない無能力者と思われれば、後者の選択肢はまず消えてしまう</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">242</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:18:04 ID:???</font></dt> </dl><p>(もっとも、悪戯に犠牲を出させるのが得策とは言えないが……)<br /> かと言って“得策”を見つけ出すことも出来なかったので、いったん思考を停止させる<br /> すでに無線手たちが、各分隊に指示を出していた<br /> 「正面から突入した部隊を直衛に当たらせろ…残りの分隊は施設内の探索を優先」<br /> 中尉が次の指示を伝えた<br /> 「了解」<br /> 追加指示を加える無線手の顔はやはり蒼白だった<br /> ここまで来ると、自身の生命も危ういのだから当然の反応ではある<br /> 中尉も、ベクトルは若干異なるが、同じように“保身”と言う意味においては、この兵卒と大差ない心配から、頭を抱えそうになっていた<br /> 「………中尉殿」<br /> 「なんだ?」<br /> 無線手の顔に、自分の感情を憂慮してのものであろう表情を見て取り、警戒しながらも発言を促す<br /> 「その、武官殿が……本部に連絡をさせろといってきていますが、どうしますか?」<br /> 中尉は何かが抜け出たような顔を一瞬して見せた後、またもとの表情に戻して、冷静を装いながら指示を出す<br /> 「……許可しろ」<br /> もう勘弁してくれと思いながら、それでも声や表情、身振りには細心の注意を払って部下に対応するあたり、階級に似合わず、年齢相応に経験は相当豊富だと示している<br /> 「はい」<br /> うなずく無線手が機器に向き直る前に、中尉は耳を掻く仕草をして見せた</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">243</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:18:35 ID:???</font></dt> </dl><p>掻く―――というよりは、耳の周りで人差し指をくるくると回して見せるような動作<br /> ほんの一瞬だったが、無線手は表情を一瞬険しくして、作業に戻った<br /> その刹那だ<br /> 「盗み聞きは感心しませんな」<br /> 無線手宛に、ひそかに出していたハンドサインを読み取られたらしい<br /> 顔に傷跡のある士官が、後ろのほうで声を上げた<br /> 「君と私の会話が記録されているわけでもない」<br /> 中尉は強がって見せるが、少尉のほうはあまり気にも留めずに話を続けた<br /> 「それこそ、告げ口をしたらどうなります? だれがだれに、なにを…とは言いませんが」<br /> 「そうか、考えておこう」<br /> あくまで強がって見せるものの、中尉の表情を見るに、その自信の程は怪しい<br /> 少尉は中尉とこの部隊の中では数少ない顔見知りだが、不正黙認の責任を問われるくらいなら、告げ口をする気であると言いたげであった</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">244</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:20:41 ID:???</font></dt> </dl><p>「いえ、別にそういった指示を受けているわけでもないのですがね」<br /> これは、いざとなれば告げ口をするが、止める気はないと言うことを伝えたいのだと、聞くものに思わせる喋り方だが<br /> 中尉にはその言外に、「早くやれ」という、急かしのようなものを感じ取った<br /> とにかく、少尉は少し細めた声でそう残して、抱えた書類を車両に運び込み始めた<br /> 特に指示を出したわけではなかったが、交信記録その他を、撤収に備えて整理しているらしい<br /> 懸命な行動だし、事前にそういう心構えを持てと、上官にいって聞かせられた記憶も、中尉にあった<br /> 紙に書いた記録<br /> “逃げ足だけでも稼ぐべき”―――とすると、中尉にはなおのこと、この書類と言うのが面倒に思える<br /> いくら“敵”に対する防諜手段と言っても、ほんのごくごく一部の通信以外、本部ではなく、指揮車両すらないこの前線で記録の類を紙に…手書きしなければならないのだから…<br /> しばらくその行動を見守った後、何事もないかのように作業を続ける無線手に「続けろ」とだけ残して、中尉も車両の中に入る<br /> 運転手の姿はなく、開けっ放しにしているドアからは、手の空いた人間に、M16A2やらMP5のPDWモデルやらを配っている曹長の姿が見える<br /> いつ襲って来られるのかと言う恐怖を、その行動から見て取ることは出来ないが、目を見るに平静でないことが瞭然だ<br /> 「まったく、なぜこんなことに……」<br /> 中尉は急に疲れきったような表情をして、左右に首を振りながら呟く</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">245</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:26:31 ID:???</font></dt> </dl><p>しかし、そんな悲痛な声も、有史以来類を見ない規模のゴーストタウンは、何事も無いかのように飲み込んでしまう<br /> かつて、世界最高最大を謳われた都市、ニューヨーク<br /> “来訪者”たちの落着、それに続く二度の戦闘で建造物は倒壊し、地下構造などは完全に彼らの施設へと変わり果てつつある<br /> 目の前には象徴である、外宇宙由来の巨大な希少金属の塊が、雲の遥か上空まで聳え立ち、さらにはその縮図まで100m前方にある<br /> それこそ「なぜこんなことに」なったのかと言いたくなるのも肯ける光景だった・・・</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">246</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:27:24 ID:???</font></dt> </dl><p>・・・病室の中で響いていた兵士の怒鳴り声と、少女の弱々しい声が途切れる<br /> 無線手は中尉からの指示を早口で伝える<br /> 「“対象“ブラヴォー”を確保し、出来る限りの情報を収集しつつ警戒。敵の攻撃があり、目的が“ブラヴォー”であれば死守。そうでなければ急ぎ足で帰れ”…とのことです」<br /> 報告が終わり、手の空いている兵士たち全員が少尉のほうへ向き直る<br /> つい先刻まで、「お前が殺したのか」などと叫んでいた若い兵卒もそれに習った<br /> 「確保はした……このまま持ち帰るべきと思うのですが、後は―――」<br /> 少尉は男のほうを向いてさらに続ける<br /> 「―――各種資料の収集も、後始末も出来ていない…―――」<br /> 各種資料の収集は、最優先目標と施設の確保後に行うはずで、落ちたままの地下予備電源等の復旧が無ければ後者の確保は出来ず<br /> 後始末に関しても、地下に爆薬を設置して、脱出後に起爆して根元から崩壊させねばならない<br /> その両方を行うはずだった工兵分隊が、どうやら消滅してしまったらしいのだ<br /> 少尉の視線の先の男は黙ったまま銃を抱え、少女を睨み付けて<br /> 「どうなると思う?」とだけ質問する<br /> 少女は相変わらず無表情で、口だけ微かに笑っているように見える<br /> 兵士たちはその質問の意味も、なぜ少女に対して投げかけるのかも、まったく理解できずに事の顛末を見守っていたが<br /> 会話が続かないと見るや、途端に現在の状況を思い出し、切迫した表情を見せる<br /> 各方面から伝えられてくる噂だけでも、歴戦の兵を震え上がらせられるだけのものがあったのだ<br /> 対照的に男は眉一つ動かさず、さっさと次の行動のための準備を始めていた<br /> 弾倉と薬室内の弾薬を抜き取り、AP弾の詰められたものと交換し、薬室内に装填している</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">247</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:28:13 ID:???</font></dt> </dl><p>「―――…どうします?」<br /> 「“始末”する。少なくとも重要な資料だけはな」<br /> 少女の確保が最優先という点に異論は無いようなので、少尉は意見しようともせず、横にいた二人の上等兵に合図して、少女のほうへ視線を移してみる<br /> 無気力そうに見えるのは寝起きだからか、などと思いつつも“確保”の次の段階に入る<br /> 「さて、これからお前を持ち帰るわけだが…」<br /> 両手で持っていたM4カービンを左手に移し、右手ですぐそこに落ちていた清涼飲料水のボトルを差し出す<br /> 横では男が、いったん弾倉を抜いて、そこに焼夷弾を詰め込んでからもう一度差し込み、初弾にAP弾、次に焼夷弾を持ってくると言う作業を終わらせていた<br /> 「一人で立てるかね?」<br /> 一人で歩け、担架の類は無いぞと暗に示しながら、少女に問いかける<br /> 「無理」とだけ無感動な応答が帰ってきたので、両脇に兵卒―――合図を受けた上等兵二人―――が寄って、引き摺る様にしてその場に立たせる<br /> 「話を……―――」<br /> 「なに?」<br /> 少女が何かを言いかけて固まり、少尉は不審そうにその顔を覗き込む<br /> 腹部を庇う様な仕草をしながら、その人形じみた、形だけならば愛らしくも思える顔に、苦痛を浮かばせている<br /> 普通はこの少女が蹲っているのを無視はしないだろうが、状況のこともあり、少尉は何か助けてやろうとはしない<br /> そろそろ秒二桁になろうかと言う間を置いて、少女は喋りだす</p> <dl><dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">248</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/09/30(火) 03:31:20 ID:???</font></dt> </dl><p>「……電話を―――」<br /> 無線ではなく、少女は“電話”と言った<br /> 何かの間違いとも思えず、中尉はその意味を理解できなかった<br /> 確かなことは、伺おうとした突然顔色を変えた男が視界に入っただけだ<br /> 中尉は事の重大さに勘付きながら、声を出さずに口だけで笑う少女の横たわっている方に向き直る<br /> 「―――掛けさせて…」<br /> 「番号は?」<br /> 今までこの少女を侮蔑し切っていたはずの男が、中尉以外にも急にそう見えなくなった<br /> あの一言には、どのような意味があったのか知りたいと言う思いで兵士たちは二人に注目する<br /> 「国連派遣の…この作戦のリンカーン担当官経由で、EIEから着ている特務執行官に……」<br /> 「…用件は?」<br /> まったく苛立ちの無い声で急き立てる<br /> 無線機からは、誰も耳を傾けないと言うのに、各階のどの部屋も異常ないということや、地下の惨状についての報告が聞こえてきている<br /> 少女はたっぷり5秒ほどの間を置いて回答する<br /> 「…直接、云う」<br /> 少女が言い終わると同時に男は携帯電話を取り出し、番号を打ち込む<br /> 官給品の無個性な黒い長方形<br /> そこに一切の数字や記号は無く、打ち込んだ番号も表示されなかった<br /> 中尉たちを経由して伝えられる“スチーム・リーダー”からの「増援部隊が周辺に展開、前進中」との情報を伝えてきたのと同時に、発信音が鳴り出す<br /><br /> 〈ああ、どうも。国連のリンカーンです―――〉</p> <dl><dt><a><font color="#0000FF">279</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/10/28(火) 05:45:02 ID:???</dt> <dd>■機密第1号資料<br /><br /> 注:以下の文章は第三者によって改竄された可能性があります<br /><br /></dd> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">280</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/10/28(火) 05:47:57 ID:???</font></dt> <dd>ヤバイ。EOLTヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。EOLTヤバイ。<br /> まず科学力。もう科学力なんてもんじゃない。超科学。<br /> 科学力とかっても「ラプラスの悪魔くらい?」とか、もう、そういうレベルじゃない。<br /> 何しろ体積と質量を持って四次元時空の因果関係の中に囚われた事象の外側に由来する必然。スゲェ!なんか形容詞とか無いの。<br /> 内側にある人間の物理学とか形而学とかを超越してる。神由来だし超科学。<br /> しかもペンローズ・プロセスの全宇宙規模での導入を担当してるらしい。ヤバイよ、ペンローズ・プロセスだよ。<br /> だって普通は全宇宙規模でペンローズ・プロセスとか導入しないじゃん。<br /> だって全ての質量持ち出してまでブラック・ホール蔽い尽くしても、エネルギー使えないじゃん。<br /> いつも資源不足で苦労して設備整えても特異点に投げ込める質量無いとか困るっしょ。<br /> 結局何も無くなって、施設が事象の地平面に潜るのを止められなくなった挙句に、 蒸発に巻き込まれて光の国に生きて到達できないとか泣けるっしょ。<br /> だからEOLTが吐き散らした技術・情報の欠片を手に入れると人類種を宇宙すら越えるような種にしてまで自分たちが光の国へ到達しようとするのかもしんない。無謀なヤツだ。<br /><br /><br /></dd> <dt><font color="#FFFFFF"><a><font color="#0000FF">281</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/10/28(火) 05:48:31 ID:???</font></dt> <dd>けどEOLTはヤバイ。そんなの気にしない。恒星系から資源収集しまくり。<br /> 最も遠くの恒星系の情報とか第六宇宙速度以下で着てもよくわかるくらいダイソン球。ヤバすぎ。<br /> 科学力っていったけど、もしかしたら科学なんかじゃないかもしんない。<br /> でも科学じゃないって事にすると「じゃあ、今オレらが鹵獲して流用してるのってナニよ?」って事になるし、それは誰もわからない。<br /> ヤバイ。自分にも分からないなんて凄すぎる。<br /> あと超戦争上手い。多分プロ級。先読み度で言うと超プロ級の戦略家。ヤバイ。上手すぎ。<br /> エッジワース・カイパーベルトの未確認天体の意味理解する暇も無く敗北。最強。<br /> それに超狂気的。超越的。それに超幾何学。究極の知性・知識を手に入れる馬鹿とか平気で出てくる。<br /> 宇宙的恐怖て。 エロネタでもそんなの流行らなねぇよ、最近。<br /> なんつってもEOLTは人間的なのが恐ろしい。仲間割れとか日常だし。<br /> うちらなんて仲間割れとかたかだか枢軸国が無くなっただけで思想対立するから条約機構樹立したり、狂気という名の相互確証破壊創ってみたり、無駄に衛星に国旗立てたりするのに、EOLTは全然凄い。<br /> 時間が浮くからと現在の宇宙の量子的揺らぎや物質=エネルギーの斑とかを相殺するする第三のインフレーション起こそうとかする。酷い。ヤバイ。<br /> とにかく貴様ら、EOLTのヤバさをもっと知るべきだと思います。<br /> そんなヤバイEOLTに勝利しようとする国連とか超ヒト至上主義。もっとがんばれ。超がんばれ。 <br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">306</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:16:10 ID:???</dt> <dd>■第92号文章“衛星軌道上に待機中のエコー目標の監視および調査・被干渉実験地点について”<br /><br /> 「概要」<br />  ―極秘事項に抵触するため削除― 監視および調査、被干渉実験のためのロケーション<br /> ・アルファ、ブラヴォーをニューヨークに、ジナイーダを中央シベリア・ウスチイリムスクに設置<br /> また、これらの落下予測地点への配備分以外にも、幾つか ―秘事項に抵触するため削除― を設置<br /> 被験体を含め、各種観測機器によって経過を観察・記録し、それらを分析 ―極秘事項に抵触するため削除― することを目的とする<br /><br /> 「各ロケーションについて」<br />  ―全文削除―<br /><br /> 「被験体について」<br />  ―削除― 詳細については各種資料を参照の事<br /><br /> 追記:<br />  本計画は一定の成果を挙げ、各後続の計画と推進機関に継承された<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">307</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:17:10 ID:???</dt> <dd><br /> ・・・真っ黒な紙に、白や青の絵の具を粒子のサイズを調節できるスプレーで吹きかけたら、このような景色が見えるだろうか<br /> なんど見ても、背後に見えるのは宇宙空間―――しかも、夜に見上げた空ではなく、大気圏の外から見たものだ<br /> よく見れば、光年単位で離れた恒星意外にも、大小様々な無数の塵が漂っている<br /> 一個一個の塵の間隔が広く、すべて遠くに見えるのだが、ものによっては恐らく、数百m規模のものもあるはずだ<br /> 一点を見ずに広い視野で見れば、其処からは、地上から見上げたものと同じ星座が見えた<br /> 星座の配置は、今の季節―――自分たちが生きていた時間と、ここの時間が同じものとして―――に地上から見上げているとして考えると、とても出鱈目に見える<br /> やはり地上ではない、と同時に、ここはカイパーベルト付近の小惑星帯らしい<br /> それが何を意味するかは知らないが、とりあえず真正面にはてんびん座が見えていた<br /> この、人類にはその果てすら捕らえられない広大な空間は、当然だが真空だ<br /> しかし、そこを振り返って眺めている男は、スーツを着て素顔も晒し、彼の仲間たちも同じように宇宙服など着込んでいないが、窒息も体液の沸騰も凍死もしてはいない<br /> さらには、そこには音も聞こえた<br /> ぱたぱたと、本のページをめくる音が、ゆっくり、一回一回、やたらとはっきりと響いている<br /> 首が疲れて、男が視線を半分だけ正面のほうに戻すと、眼鏡越しには仲間の姿が見えた<br /> スーツ姿の者と、その上に白衣を羽織っているもの、また軍服姿―――と言ってもドレス―――の者もいた<br /> 全部で二十人にも満たない一団は、皆微動だにせずに正面を見ている<br /> また同じ角度首を動かし、他の者にあわせて正面に視界を戻すと、そこは国連本部の議場であり、斜め前にいる白衣の女性も、そこの床に立っていた<br /> 彼は少し驚いたが、別に変わったことでもないと思えてしまった<br /> もう一度横を向いても、やはり仲間たちは全員磨き上げられた床や、高そうなカーペットにしっかりと直立している<br /> さらに背後まで見直してみるが、議場の出入り口や報道者席しか見えない<br /> そして今度は、ぱたぱたと言う音の主に注目する<br /> その視線の先、議長席に“それ”が在った<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">308</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:18:46 ID:???</dt> <dd>「   」<br /> 黙々と、しかしどこか落ち着き切っている様に一枚一枚丁寧に、それは議定書のページを進めていく<br /> 二進法で全てを記述しているため、少ない文章を小さい字で、恐ろしく細かく書き込んでいるのだが、それでもページ数は半端なものではない<br /> その為か、捲る速度は速い…普通なら読みきれないが、もちろん“それ”には十分すぎる遅さだろう<br /> 本来なら、ページをめくるどころか、このような茶番をせずとも、すべてを見通し、すべてを思うがままに決定し、造作もなくそれを実行する力があった<br /> 開いた手のひらのように、長い十一本の腕を広げた、背丈は人より少し高い程度の奇妙な物体<br /> 三つの巨大な紫色をした眼のような器官以外、影のように均一な、とても深い黒をしていて、輪郭以外は目に捉えられない<br /> ページを捲っているものを除けば、手にはそれぞれ、これまた奇妙なものを持っていた<br /> 一番天辺の方に掲げられた手からは「煙を伴わぬ純粋な光、あるいは炎」を発し<br /> 体の下のほうにある二本の手には「知恵の実」と「力の実」が実っては熟れ、腐り落ち、またその落ちた実の種から生え、実るのを繰り返し<br /> 残りの七本の手からは「七色、あるいは七掬いの塵」が途切れることなく溢れている<br /> 持ち物が見たままのものであれば、装備的にはキリスト教の神より強力だ<br /> 眼の瞳孔と思しき器官は、透明な角膜のようなものの後ろで、形はそのままに、体積の膨張と収縮を繰り返している<br /> 開ききったときには、その奥の方に、“それ”が見ている光景以外の何かが移っていることが伺えた<br /> 手は、よく見れば間接が無数にある触手のようなものだったが、一箇所が随分とよく曲がるのですぐにはそう見えない<br /> そしてその触手にも似た手で、“それ”は今まさに最後のページに到達した<br /> 最後のページを手に数え切れないほど生えた指でなぞりながら、“それ”は顔を上げる<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">309</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:20:37 ID:???</dt> <dd>「   <br />  ―――<br />  ………」<br /> 気づけばその目には、死角も含め、鏡のごとく議事堂全体の像が歪んで反射されている<br /> 「………」<br /> 今まで全員口を開こうともしなかったが、眼の変化に合わせて“それ”は人に語りかけられる状態に変質した<br /> この宇宙の全てと無を持っても捉えられぬ、ありとあらゆる数式も法則も破綻させるモノの代行の代行を無限に重ねた、その最下位に位置する端末<br /> 全てと無を理解し、掌り、超越するだけでなく、“それ”は体現することも出来るのだ<br /> 『―“記述された偶然”は自己原理を主張して自己と記述を観測し、私を認識する―』<br /> 突然の発言<br /> “それ”は、老若男女のどれにも分類不可能でありながら、これ以上ないというほど人間らしい声を出し<br /> 英語でありロシア語でありフランス語でありドイツ語であり日本語でありながらその何れでもない、人語でないが確かに人類がそれと認識可能で、理解可能な何かを表現した<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">310</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:21:41 ID:???</dt> <dd>『―ならば、私も自己を観測しよう…―』<br /> とん―――と、リンゴの様な知恵の実を議定書の隣に置き、羽ペンを手に取る<br /> ページを捲っていた手は、最後のページ―――署名するためのページをしっかりと押さえている<br /> 『―記述することも、記述されることもなく―』<br /> ペンをインク瓶に入れながら、話を続ける<br /> 『―観測者でも、非観測者でもなく、創造者でも被創造者でもないのだ―』<br /> 議定書の記述法に習ってか、1と0が、ゆっくりと記載され始める<br /> 『―有と無の、ゆらぐことのない確かな境界に在って、偶然であり必然でもありながら、存在の肯定も否定もさせはしない―』<br /> 二進法の羅列を書き終えた“それ”は、手にインクをつけて議定書に擦り付ける<br /> 『―私は“エコー”…反響するもの―』<br /> 何かを叩く様な音が議場に響き渡る<br /> “それ”は、インクで汚した議定書を閉じ、もう二度と開けなくしてしまった<br /> 『―…ならば、私も君たちを認識しよう…もはや、君たちは偶然なのだ…―』<br /> “それ”の発言を黙って聞いていた人々の視界に、突然のノイズが入る<br /> 頭上に掲げられた「光」が、いつの間にか消えていたことが関係しているのだろうか<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">311</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:22:34 ID:???</dt> <dd>「………」<br /> 突如、中央の眼の巨大な紫色の瞳が、形をそのままに、急速に収縮する<br /> 体積が急激に減少するのにしたがって、その密度が上昇していく<br /> そのたびに、視界のノイズは強さを増した<br /> 密度の上昇によって、あっ気なく崩壊した構成物質は、さらに容赦なく加えられる力によって中性子の塊へと姿を変え<br /> さらに収縮を繰り返して、中性子としての姿すら崩壊し、完全なクォークの塊になってしまう<br /> この時点ですでに、人間たちの視覚にのみに走っていたノイズは、五感全てに広がっていた<br /> 「―――」<br /> 密度の上昇はさらに進行し、ついに特異点が出来上がる<br /> それを包み込むほぼマイクロサイズの半径しかない事象の地平面は、周囲の質量を取り込むことでゆっくりと膨れ上がる<br /> すでにノイズは全ての感覚を奪っていたが、“それ”が事象の地平面の彼方に消えていくほどに、まだまだ悪化していく<br /> とうとう思考にまでノイズが入り始めた時点で、彼らは行動を起こす<br /> 腰や脇の下にあるホルスターに手を伸ばし、拳銃を手に取り、米神へと突きつける<br /> ―――爆竹が弾ける様な音が立て続けに響く<br /> 人々は脳漿を撒き散らしながら倒れこみ、ノイズの走り始めた思考を、一足先に完全に停止させる<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">312</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:23:11 ID:???</dt> <dd>「   」<br /> 一方の“それ”も、ほぼ完全にその姿を飲み込まれてしまう<br /> 特異点とは、重力崩壊した物体の質量に見合う潮汐力しか持たないため、引力で全てを引きずり込むことも、近くにあるものを素粒子レベルに引きちぎることも出来なかった<br /> なぜこのように小さなブラックホールが…と言う疑問はあるが、ただ触れたものが帰ってこないだけだ<br /> だがそれでも、確実に“それ”は時空に開いた穴に飲み込まれていった<br /> そのわずかに残っていた体も消えてしまい、一ダースほどの人間の死体の他にあるものは、たった一つの黒い球体だけ…<br /> こうして訪れた静寂は、一見すれば半永久的に続きそうに見える<br /> だがやはり、ここでは全てが狂っているらしい<br /> いくら見た目が小さいとは言っても、つい先ほど潮汐力の低さを見せ付けたこの黒い穴は、簡単に蒸発を始めた<br /> ホーキング輻射によって質量が膨大な量のエネルギーとなり、事象の地平面を超え、飛び出す<br /> これによって当然起こる質量の減少は、さらにそのプロセスを加速<br /> 強力な熱が発生し、それに伴う光子の放射が全ての議席と死体を消滅させ、惑星一つなど軽がると蒸発させるほどのエネルギーが狭い空間いっぱいに充満する<br /> すべてが光に飲まれ、時期に光そそのものへと変わった<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">313</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2008/11/11(火) 03:23:56 ID:???</dt> <dd><br /> ―――ここで全員が夢から覚めた<br /><br /> これが本当に夢だったのかは誰にも分からない<br /><br /> ただ言えるのは、夢とは現実の一部であるらしいことだけだった・・・</dd> </dl><dl><dt><a><font color="#0000FF">431</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:47:57 ID:???</dt> <dd>・・・曇り空の下に横たわる、アメリカ合衆国海兵隊の総本山とも言える巨大な基地<br /> その湾口設備の一角に、本来“そこに存在してはならない”はずの潜水艦が寄港している<br /> この基地の在る州が名称の由来となっている、バージニア級原潜<br /> その2番艦である「テキサス」―――船体の、ちょうど陸からの死角になっている部分には「U.S.A.」と「U.N.」の二つが堂々と書き込まれている<br /> 数週間前から、演習の名目で東海岸一帯に集結している第二艦隊の所属でも、同じく演習の名目で軍港から距離をとっていた第一艦隊の所属でもない<br /> 「出来ることならさっさと出たいんですが、いろいろな意味で雲行きが怪しいので―――」<br /> なぜか嬉しそうに笑っている眼鏡の日本人は、米神の辺りを掻きながら後ろのロシア人に振り向き、続ける<br /> 「―――そちらのSSBN基地から、というのは?」<br /> わざと暈したのは、単刀直入に言い過ぎて相手の癇に障らないようにということなのだろうが、どうしても嫌味に聞こえる<br /> 「佐藤委員……いえ、執行官殿。仰りたい事は分かりますが、その雲行きの怪しい状況では無理です」<br /> 白い髭を、肌が濁って見える程度に生やした口元だけを無機質に動かす彼は、ただの仕事で海外に出てきた中間管理職にしか見えない程度に品の良いスーツを着込み<br /> その下には「8920」の小さな襟章が見えるグレーのワイシャツにオレンジのネクタイと言う姿だ<br /> 表情と「8920」の文字以外、その手の人間には見えない<br /> 「そうですよね……」<br /> 対照的なのは佐藤で、服装自体はオーダーメイドでブランド物の防弾スーツにワイシャツとネクタイ<br /> いずれも黒一色で、同じく「銃弾もはじけるサングラス」のメーカーが作った防弾性のある眼鏡を掛けていて、とくにこれは体に馴染みきっている<br /> ただその表情は、とてもではないがその手の仕事をしている人間ではない<br /> 「いや、困りましたね。イェジー少佐、あなたはどうしますか?」<br /> 「私はここに残ることになります。テキサスが出なければ私も戻れませんので」<br /> なぜか嬉しそうな佐藤を見ても、軍人には見えない格好の佐官は繭ひとつ動かさずに対応する<br /> 「ただ、この状況では例の“積み荷”は、ここで封切することになりそうですが」<br /> 「イージス艦一隻の代償だ、嬉々としてそうするのは……まあ、当然のことでしょうが―――」<br /><br /><br /><a name="a432"></a><a name="a433"></a><a name="a434"></a><a name="a435"></a><a name="a436"></a><a name="a437"></a><a name="a438"></a><a name="a439"></a><a name="a440"></a><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">432</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:50:33 ID:???</dt> <dd>佐藤は少佐と反対の方向に視線を戻す<br /> 「―――そちらの政府は黙っていないでしょうね」<br /> その先には、水揚げされた“積み荷”が横たわっている<br /> 「あちらはあちらで、こちらの都合で大損害をこうむった挙句、手に入ったのは肝心の脳が無い死体だけでは…」<br /> 全長20m、全高40mを超える巨大な一つ目の、機械でも獣でも虫でも植物でもないモノ<br /> 何者かの意思によって外宇宙からもたらされた脅威の技術と狂気の結晶<br /> それが横たわっている<br /> 「ローレンツァ・アーマ・ノーチラス・マグヌス……千里眼科快速属軽大型種に電磁投射属種を電磁気推進装置として搭載し、若干装甲した流体内運用個体ですか」<br /> ラテン語の単語を並べた後に、さらにその数倍の英単語を並べた<br /> 各種分野の専門用語などもあったが、彼の母国を思わせる訛りは一切なかった<br /> 「ええ、あのボロボロの死体に、人類か向こう数世紀かけても手に入れられないような技術が詰まってますよ」<br /> ボロボロと言ったが、イージス艦の全火力をぶつけられたと言う割りに、その体はほぼ完全な原形をとどめている<br /> だからこそ、大国がまた別の大国を敵に回してまで、それを手に入れようとしていた<br /> 推進器からは高性能な超次世代的燃料電池に高温超伝導、本体からは各種分子レベルでの加工技術や原子レベルでの生成技術に各種未知の元素と合金<br /> 何よりその脳から、人類の明暗を左右する技術・情報がもたらされることは明白だ<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">433</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:51:46 ID:???</dt> <dd>「まあ、これも基本的には同じですが」<br /> 「本体は“そこ”には居ませんか」<br /> 「いうなれば植物状態の人間か、OSの入っていないパソコンというところで……漸く手に入ったマクロな資料なんですがね」<br /> 佐藤は米神を掻きながら、横たわっているモノと、その周りでせわしなく動いているものを眺めていた<br /> 本来入るべき、半分地下に埋もれた形の大型弾薬庫の改修作業が長引いているので、数機分のヘリポートを占有している<br /> 周りには大量のコンテナが積み上げられ、まるでバリケードの様になっている<br /> 「爆破作業ですか、あれは」<br /> 呆れた様な声に少佐が目を向けると、ヘリポートに広げられた積荷に工兵と技術者の類が大量にたかっている<br /> 「NASA製のワイヤーと、コンクリートではなく溶けた鉄で拘束し、ありったけの高性能センサー各種を取り付け、数百kgのC4爆薬に繋いでいます。無駄でしょうが」<br /> 無駄と言うのには「拘束しても解かれてしまう」と「拘束などしなくても動かない」二通りの、どちらも正しい意味があるが、この場合は後者だ<br /> 「真上には攻撃ヘリがまるまる一個小隊に、タイコンテロガ級がほんの数km沖ですか……陸の戦力が乏しいのはニューヨークの余波ですかね」<br /> 延々上空を旋回している4機のAH-64Dロングボウ・アパッチと観測用のUH-1イロコイに、洋上待機中の2隻のタイコンテロガ級イージス巡洋艦<br /> よく見れば遠方の遥か上空、直線距離にして10kmほどの地点には完全爆装のF-15Eストライクイーグルがヘリポートを中心に旋回している<br /> それに対して、地上兵力はお粗末なものだった<br /> 装甲車両は無く、ハンヴィーとガントラックが数両で周りを囲み、数丁の重機関銃と対戦車ミサイルの照準が向けられているだけ<br /> さらに気になるのは兵員の量で、せいぜい二個小隊いるかどうかという人数しか、佐藤たちの位置から積荷を中心にして見える範囲にはいなかった<br /> すぐに銃口を向ける相手を動かしてしまうにしても、これは少なすぎる<br /> 「機甲部隊は全て出払っているそうです」<br /> ほんのつい最近のことを思い出して、佐藤は米神を掻きながらまた笑い出す<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">434</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:52:38 ID:???</dt> <dd>「ということは、元からあの大隊しかいなかったわけですか」<br /> 「他にも部隊はいますが、すべて展開中で、残っているものも基地周辺に分散配置されています」<br /> 佐藤のわざとらしい行動から、何を思っているかは容易に想像できたが、そのことを気にも留めずに回答してきた<br /> 佐藤の位置で、風の音より少し大きいかどうかで聞こえる声量を維持している<br /> 「どちらにせよ装甲車両、とくに戦車の類は一個小隊程度しか残っていないそうです」<br /> 佐藤は多少大げさな動作で辺りを見回し、基地の状況を観察する<br /> ここには今までにも顔を出したことが数回あったが、とても同じ基地とはいえぬような静けさと同時に、物々しさが漂っている<br /> 整備兵までが銃を片手に工兵紛いの作業へ従事するためか、歩哨に立つべく人手の足りない場所へ走らされ、そうしている兵たちの表情も、普段とは違った<br /> 「最悪、今回のことが発端で彼らが攻勢に出ることもあり得そうなんですが」<br /> 一隻足りなくなって、行動開始早々二隻だけになってしまった国連の息の掛かった駆逐艦に視線を移して、困ったように眉をしかめる<br /> 「三度目の戦闘になると?」<br /> イェジー少佐が驚いたように目を見開く<br /> 初めて感情らしい感情を見せた―――もちろん、声はいつもどおり冷静そのものだったが<br /> 「まあしないつもりですが、その出払っている機甲部隊がどうなるかですね」<br /> 「機甲部隊での対処行動が可能で?」<br /> 「攻勢と言ってもせいぜい小隊規模での機動打撃でしょうから……航空兵力との連携次第ではなんとかなるでしょう<br />  ただ、海兵隊全軍が再編制中で、基地機能どころか施設の一部までもが移動している状況では、浸透戦術には対応のしようがありませんが―――」<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">435</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:53:01 ID:???</dt> <dd>一息ついて、佐藤は懐から一本の缶コーヒーを取り出して、それのプルを捻る<br /> 「―――まして、大々的な攻撃を受けることを想定している基地でも、守勢に回ることを考えるような軍でもありませんし」<br /> いやに形の整った指先と、皮から一ミリほど余らせた「理想的な」切り方の爪でこじ開けたのみ口から少し湯気が昇った<br /> 「……ただ、ずいぶんと貴重なものが手に入りましてね。ニューヨークでの失態をチャラにするどころか、“災いを転じて福となす”こともできそうでして―――」<br /> 空いた手をポケットに戻し、片手でコーヒーを啜っている佐藤の目は陸揚げされた積荷ではなく、空のほうだった<br /> 「―――見えますかね、上のEC-130Eコマンドソロ。IUEITAアメリカが米軍の協力を得て改修・運用している機体なんですが」<br /> 佐藤の言葉に思わず耳を澄ますと、イェジーの鼓膜は、聞き慣れた部類の空気の振動を拾った<br /> 指摘されてからとは言え、このかすかなプロペラ音から大型機の存在を確信した彼は、佐藤の側頭部から目を放さずに追求する<br /> 「なぜそんなものが?」<br /> 当然の疑問だったが、質問と言うよりは、ただの嫌味のように聞こえた<br /> 「推進機関の意向については私も知りませんが、あれが我々の側に供与されると言うのは確かです。何を考えているやら」<br /> 「ニューヨークの件ですか?」<br /> 「件の被験者に関する情報は我々が建前上は独占しますし、66丁目の件に関しても、我々が鎮圧することになっています<br />  ただフランスが掘り出してきた……件の被験者の補欠の管轄について色々と取引がありましてね」<br /> 佐藤の目に妙な輝きが出てきたようにイェジーは思った<br /> 長年、軍人や役人と共にあった為か、その手の人間がどのようなことを考えていたときにどういった眼になるのかは、そのときの状況と照らし合わせればすぐに分かるつもりだったが<br /> ―――佐藤の眼からはどうも何を考えているのか判り難いものが滲んでいた<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">436</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:53:30 ID:???</dt> <dd>「すべては“人類向上の為に”………まあ、結局のところ、我々と彼らも根本の根本。理論の基底部分においては共通―――」<br /> 今まで目ばかりを見ていたが、ふと気づくと、佐藤はまた米神の辺りを掻いている<br /> 「―――袂を分かちたのがいつのことか、それすらもはや定かではありませんが」<br /> 小さな点程度にしか見えない電子戦機を見つめる佐藤の目は、物思いに耽る眼ではなかった<br /> 「人と人との戦いですか……より人らしく、より真っ当な戦い」<br /> 「ヒトが人であるために―――だとか、そんな事を措いておいても、そうであった方が良いに決まっているんですがね……どうもそうはいかないらしい」<br /> 笑みを浮かべてそう話す佐藤は、空になったコーヒーの間を、また内ポケットの中に押し込む<br /> 「おかげでこんな下らない事をする組織に終身雇用状態でして。まあ、私の国がそこまで下ることをしていたかと言われると肯定できませんが」<br /> 残念そうなため息をついて見せる佐藤は、また米神を掻いていた<br /> 「……では、これで」<br /> かかとを揃えて気をつけの体勢を取ったイェジーが、佐藤の後姿へ目礼する<br /> 「どちらへ?」<br /> 背中を向けたまま、佐藤が引き止める気はまるでないと言った口調でしゃべる<br /> 何を思ってか、その口は少し笑っていた<br /> 「ここにいてもし様がありませんので、お邪魔にならぬよう向こうの見学にでも」<br /> イェジーは佐藤が相変わらず自然な作り笑いを浮かべているだろうと知ってか、今までより少し冷たい声で回答し、踵を返す<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">437</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:59:03 ID:???</dt> <dd>「では、また。近いうちに………」<br /> 無表情に愛想のある声を出す佐藤の様は、正面から見れれば奇妙なものだっただろう<br /> 顔を見れないイェジーもそう考えていたが、らしい顔をしていようがなかろうが、まったく惜しげも無さそうに形式ばった別れの告げ方をする男の顔を、見たいとは思わなかった<br /> きれいで真っ直ぐな、軍人らしいが、妙に静かな歩き方でジャケット姿のロシア軍将校は米軍のジープに乗り込む<br /> 「………」<br /> 無言で佐藤の後姿を再び見つめてみるが、動きがまるでないとなると、片手でドライバーの方を叩く<br /> 「にしても、妙な光景だ」<br /> 走り出すジープの姿を思い描いてか、佐藤がうれしそうに笑う<br /> その手には缶を入れていたのとは反対側にある、ジャケットの内ポケットから取り出された携帯電話が握られている<br /> 親指を使ってそれを開いてボタンをひとつ押すだけで、すぐに通話状態になった―――コーヒーの缶を開けるのよりずっと早く、ミスもない<br /> 「…ああ、どうもどうも。佐藤です―――リンカーン担当官…ですか……えぇ、まあその様に―――」<br /> 後ろで響いたブレーキ音と、ずいぶん近くで聞こえるようになったエンジン音が気になってか、話が途切れる<br /> 「―――いえ、別に何も………じゃあ、あの娘のことはそちらで……それでは」<br /> 急に疲れたような表情を見せて、軽く息を吐きつつ、手に持っている携帯と空き缶をポケットの中で交換する<br /> 振り返る佐藤は、すこし愛想笑いのようなものを浮かべている<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">438</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 04:59:55 ID:???</dt> <dd>「いやぁ、自販機は無いし、ゴミ箱は無いしで不便ですねぇ。相原君」<br /> 日本から持ち込んだレベルⅣクラスの防弾4WDのドアは運転席からの操作で開かれ、中にいる真っ黒な長髪とスーツの女性は佐藤の差し出す空き缶に手を伸ばしてきた<br /> 「時間です。空港のほうへ移動を……」<br /> 受け取った空き缶を運転手役に連れてこられた米軍士官にリレーした相原は、投げかけられた言葉を冷然と無視して、優先事項を告げる<br /> 運転席の後ろに相原が座っているので、佐藤は必然的にいわゆる車の中の上座に腰を下ろすことになる<br /> 米軍士官にリレーした缶を回収する熊谷は集音―――つまりは盗み聞きされているとのハンドサインを乗車する佐藤に送った<br /> 「……分かってはいましたが……とにかく、早いところここを発ちましょうか、どうもロケーション・ブラヴォーの件は戦術的には失敗の部類に入る作戦になりそうで―――」<br /> 佐藤の顔からは、また表情が消えている<br /> 隣では無言のまま相原が、ノートパソコンでの作業に戻っていた<br /> 「リンカーン担当官が作戦部長を務めているそうですが…」<br /> 「―――彼女に訊く事はありませんが、司令部長の陸軍中佐へ適当に情報を流してください。任務部隊指揮官では担当官に意見するくらいがせいぜいでしょうから」<br /> 佐藤は最後まで聴こうともせずに指示を出し、熊谷は助手席でノートパソコンを立ち上げ始めた<br /> 「ああ、それと、リアルタイムで北アメリカ全域の天候を確認できるようしてらえますかね。どうにもあれが落ちてきてから、予報が狂ってばかりでいけない」<br /> マンハッタン事件によるネットとデジタル機器への損害を無視するかのようなことを言いながら、佐藤は時計に目をやる<br /> 顔を時計の面と平行にすると、メガネがやたらと光を反射した<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">439</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 05:00:51 ID:???</dt> <dd>「おや、もう時間だ」<br /> スーツや携帯と同じく、無個性で、官給であるがゆえに異常なほど高価な時計…<br /> 十分な信頼性を持ったそれなりに有名なブランドの製品であり、パリッとしたブラックスーツとワイシャツから姿を現したそれは、値段相応とは言えないまでも品がある<br /> その秒針の放つ微かな音は完全に車の駆動音にかき消されていたが、その動きは寸分の狂いも無く、時を刻んでいる<br /> その針の位置は、ある物がある場所の真上に来るほんの僅かな時間の終わりを告げていた<br /> 「月の単位側からの観測は、これで最後と見て間違いないでしょう」<br /> 「の、はずですがね……さて、この隙にあの施設を灰にしてしまえれば、一先ずは安心ですが―――」<br /> 車窓の枠に左手を乗せて、窓の外を見る<br /> 方角的にはニューヨーク―――ただの偶然だったが―――であり、その一帯の空には、“来訪者”たちの落下に伴う環境(主に気象条件)の変化か、大量の雨雲が浮いている<br /> 「―――そう上手く行くわけも無い……あの娘自身、結果はどうあれ勝手に動くつもりだろうし、その結果がこちらの望むものともなる道理もないときた」<br /> 演技を多分に含んでいるのであろう佐藤の疲れた表情は、誰に向けられたものでもなく、“自然な”ものだった<br /> 少なくとも僅かでも、疲労と、彼の普段の言動と行動から簡単に予測できるが、おそらくは倦怠も滲ませながら、独白を締めくくる<br /> 「試験前にカンニングしても、模範解答ではなく自分の答えを解答用紙に記入するような人間に、彼女がなっていなければ……というところですか」<br /> 熊谷や相原は何食わぬ顔で自分の仕事を続けているが、運転手はその奇妙な会話の内容に見え隠れする壮大な事実に思いを馳せていた<br /> これでも多くの要人・上官を運んできたが、社会的地位は及ばないにしても、その後ろにあるものは今まで彼が知ってきたどの人物・組織よりも遠大だったのだ<br /> ―――もっとも、佐藤の投げやりな表情や、まったく無感動なその部下二人を見ている内に、そういった思考を生む感情は麻痺してしまうのだが・・・<br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">440</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/02/10(火) 05:06:59 ID:???</dt> <dd><br />  ―Rockefejjer Uiversity―(ロックフェラー大学)<br /><br />     ―pro bono humani generis―(人類向上のために)<br /><br /><br />  …ロックフェラー大学、正門のプレートより</dd> </dl><dl><dt><a><font color="#0000FF">514</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:51:56 ID:???</dt> <dd>数分前―――ロケーション・ブラヴォー、最上階・・・<br /><br /> 「走れ! 急ぐんだ!!」<br /> 途切れることのない、荒い呼吸音と足音、そして金属のぶつかり、擦れる音を掻き消さんばかりの叫び声<br /> 「MOVE! MOVE!!」<br /> 下士官たちが急き立て、准尉がその下士官を追い立てる<br /> エレベーターなど使えるはずもないこの状況で、頼りになるのは無傷の階段と、長年鍛え続けてきた自慢の脚だけだ<br /> 「情けない声出してるな、オニール! お前らもだ! へばるな、進めぇ!!」<br /> 兵卒の首を掴んで、無理やり上体を走りやすいように起こさせる黒人の伍長も、その発言が途切れ途切れだ<br /> もともとは、せいぜい駆け足程度で進んでいた彼らが、ここまで急がせるのは他でもない、地価での公平分隊“全滅”の報だ<br /> 「味方がやられた」と言う、無線兵の簡潔で分かりやすい訳で伝えられたCP(部隊本部)からの情報を聞くや否や、彼らは一斉に全力疾走しだした<br /> この程度、脊髄反射で脳ミソを使ったのと同じ判断が出来なければ、軍人など勤まるはずもない<br /> うっかりすれば足を滑らしそうな、戦火で巻き上げられた中東を思わせる埃―――こちらは灰色のコンクリート片だが<br /> ―――が、窓から降り積もっている階段で、整備されたグラウンドでの短距離走並みの脚力を発揮し続ける根性もまた、備わっていなければならない<br /> 実に十階分の階段を全力で走り抜けた彼らは、とうとう屋上への扉を発見する<br /> 「STG(軍曹)2! 二人連れてここに残れ、そこのドアも見張れよ!」<br /> 准尉が最後尾にいる軍曹を“名指し”で指名し終わると、ちょうど先頭の上等兵が手にしていた散弾銃でドアノブを吹き飛ばした<br /><br /><br /><a name="a515"></a><a name="a516"></a><a name="a517"></a><a name="a518"></a><a name="a519"></a><a name="a520"></a><a name="a521"></a><a name="a522"></a><a name="a523"></a><a name="a524"></a><a name="a525"></a><a name="a526"></a><a name="a527"></a><a name="a528"></a><a name="a529"></a><a name="a530"></a><a name="a531"></a><a name="a532"></a><a name="a533"></a><a name="a534"></a><a name="a535"></a><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">515</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:52:48 ID:???</dt> <dd>「最後だ突っ走れ!!」<br /> 飛び込むような勢いと体制で屋上に姿を現した兵士たちは、すでに息を切らせることも忘れて冷静に銃口と視線を一直線にし、綺麗にフォーメーションを作っていた<br /> 後ろを振り向いて出入り口とその上にある給水タンクを見渡し、あるいは変電器のごちゃごちゃとした配線の細部まで目を光らせる<br /> 地面を覆うブロックとブロックの境目まで目で追って、何かの痕跡はないかと無意識に探してしまう者もいた<br /> 幸い、何の痕跡も異常もないと踏んで、つい十秒ほど前に散弾銃で“ドア破り”を発射した伍長が、手で出入り口に残って様子を伺う残りに合図をする<br /> 少しゆっくりと走り出した残りの三人は、大きな三脚の上に何か機材の付いたものをすでに組み立てた状態で運んできた<br /> 赤外線マーカー―――航空攻撃等で、誘導兵器を文字通り誘うためのマーキングをする道具は、いざと言うときにどれだけ遠くからでも確実に探知できるサイズだ<br /> 「早くしろ、このままお前らだけふっ飛ばしてもらってもいいんだぞ!」<br /> 出入り口を中心にして、円形に広がった兵士たちは、その輪の中にいる三人を除いて、すぐ前に広がる景色を目にした<br /> 無論、何かが這い上がってきでもしないかと言う警戒から、景色よりもっと近くにある側壁やすぐ隣にある建物の屋上などに注視していたのだが、まったく見えないと言うこともない<br /> 特に、目の前にある物があったものは、ほぼ食い入るようにしてそれに視線を向けていた<br /> 「あれが…」<br /> 兵士の一人がつぶやく<br /> 彼らが物好きだったと言うわけではない、他のものからは階段のある部屋が邪魔になって、せいぜい“それ”の輪郭しか見ることが出来なかったのだ<br /> 見ることが出来たとしたら、おそらく全員が程度の差こそあれ、目を向けずにはいられなかったろう<br /> ずいぶんと目障りな黒光りするいびつな球形の、地球外に由来する技術と貴金属の巨大な塊がそこにあった<br /> 崩れ去ったニューヨークの町並みの中、ただひとつ無傷なものと言ってもいいのはこれだけだ<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">516</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:54:06 ID:???</dt> <dd>“来訪者たち”の載る巨大な構造体―――狂気に満ちた現象と現実をありったけ振りまいたそれを見るものは、精神活動と思考能力を害される思いがした<br /> ある種の寒気か虫唾が走るような感覚で、体の毛が逆立つのだ<br /> 違和感ではない―――むしろ、あまりに自然にそこにあることへの、そう感じる自分への違和感で、不安になった<br /> 構造体の幾何学模様に似た表面構造は、この距離からでも目を凝らすと、細かい部分以外の、輪郭だけ―――それだけで独自の模様を形作る―――だが見ることが出来た<br /> あまりのサイズもあるが、まるでそうして観て貰う為に作られた芸術品でもあるかのように、弱々しい日光を浴びて浮かび上がってきているのだ<br /> 目を閉じたときに広がるモヤモヤした光のように、その模様とそれへの興味に煮た目を離せない感覚が頭いっぱいに広がる<br /> 別に恐ろしくも嫌悪感も、それ自体へはまったく感じさせない<br /> ただ、そこに何らかの背徳を感じて、兵士たちは目を泳がせたり、逸らしたりしだした<br /> “感じさせない”ことに意図的なものはまるでない、むしろ感じないと言う事実へ、自分自身への感覚と言えた<br /> さらに言えば、この異常な思いを巻き起こさせる「模様」は、視線をはずすことを妨害しはしなかった<br /> …しばらく置いて、気持ちの整理をつけようとする―――ここらあたりで薄ら寒くなり始めた数人の兵士たちは、なにやら重要なものを見落としたことに気づく<br /><br /> 軽い水音と、金属音のようなもの<br /><br /> それが通り過ぎた<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">517</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:55:39 ID:???</dt> <dd><br /> 「あっ」っと言う間抜けな声を上げる頃には事は済んでいた<br /> 黒い影は、一見不規則なようで予測の容易く、また避けやすい動きをしだした兵士たちの視線を掻い潜る<br /> 点々と、伸び切った赤い雫を遺して、今までどこかで、己の感覚に頼るまでもなく様子を伺っていたそれが飛び上がった<br /> 空を切る音を抑えるためと、あまり飛びすぎると降りるのが面倒なので、“それ”にとって見ればずいぶんと軽い力で体を浮かせた<br /> それでもずいぶんな速さで高さを跳んだ“それ”は、階段の屋根と貯水タンクを越えて、赤外線マーカーのすぐ横に着地する<br /> 恐ろしく静かに下りたが、さすがにこれに気づかぬほどヒトの感覚は鈍くはない…もちろん、そのヒトが無事であった場合に限ってだ<br /> 「あっ」っという声はこのあたりで出されるはずのものだったが、それも声を出そうとするヒトが無事であった場合に限る<br /> 黒い影は平たくした二本の柔らかい触手を、ちょうど真正面と真後ろに突き出し、ヘリのローターのように回りだす<br /> 文字通りのチョッパー(肉切)となったそれは、兵士たちを切り分ける<br /> まるで切り離されたのではなく、刃の通ったところが無くなってしまったかのような錯覚を起こさせるほどの綺麗さだ<br /> ぐるり、と一回転した後、影の動きからすればとまっているとしか思えないスピードで、漸くそれらはその“綺麗さ”を失い始める<br /> 恐ろしい速度で体を通り抜けた触手は、直接的には余分な破壊をもたらさなかった<br /> 代わりに、大気に残された鋭い角度45度ほどの“余波”が、切り口から順に、兵士たちの体を殴りつけるように追突<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">518</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:56:31 ID:???</dt> <dd>同じく“余波”が兵士の肉体―――各種体液にも残り、濁流となったそれらは急激な圧力の変化で組織を破裂させる<br /> その後で、無くなった様に見えた部分は、ライフル弾のようなスピードで隣の兵士たちに突き刺さった<br /> はじけた肉と血は、平均的に見て触手の抜けた方向に、触手の抜ける角度で飛び出し、屋上を塗装し<br /> ほぼ同時に撒き散らされた、雷鳴か砲声に似た衝撃波が、遮る物がとっくに崩れ去ったニューヨークへ向かって駆け出す<br /> コンマ一秒足らずで兵士たちが消え、一秒も経たぬうちに真っ赤なサークルが姿を現した<br /> 黒い影は事が済むと、そのサークルの中心で、のんびりと触手を整形し、引っ込めて畳む<br /> ハイスピードカメラで捉えても、ただのビデオカメラで撮ったように思える一連の動作で、ヒトの目に見えるのは、その引っ込めて畳む作業の最後の一瞬だけだろう<br /> …いや、だけだった<br /> 残された一人の兵士が、目にも留まらぬ一撃の衝撃で、心身ともに吹き飛ばされそうになってよろめく<br /> 「―――――ッ!!」<br /> 声にも音にもならない、空気を吐くだけの呻きのようなものを上げて、その場に立ち尽くす<br /> 黒い影もその兵士と向かい合って、ただそこに在る<br /> なぜ殺されなかったのかなど考えられない<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">519</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:57:29 ID:???</dt> <dd>長い一瞬―――目の前で起きたのが殺戮だとも気づけないほどの状態から彼を正気に戻したのは、何かが毀れる音だった<br /> 水の音となにか<br /> 「あっ」っと声を上げるはずだった兵士は、何とか捉えられた黒い影に、切れ込みを入れられていた<br /> 三人のうちの一人の脳髄が、そこからゆっくりとした動作で一部、転げ落ちたのだ<br /> 本来は、ゆっくりと口元やあごから滴り、胸元を伝って散るはずの脳漿と血液を伴って…<br /> それだけでも身震いがしそうな音で取り戻した正気<br /> 情報を処理できず、フリーズすると言う形で失っていた正気は、再起動によって再び処理できない情報に直面する<br /> 処理エラーを起こしたばかりの情報の無理な再処理<br /> 引き起こされたのはただの崩壊―――彼は、プログラムの破損と言う形で正気を失ってしまった―――<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">520</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 10:58:09 ID:???</dt> <dd><br /><br /> ―――殺戮というなの敵性存在の無力化がひと段落してから、またすぐ数秒で次の標的が“それ”の目の前に現れた<br /> …目の前も何も、目で見えていない方向など、前後左右上下に一ミルたりとも存在しはしないが<br /> 「JESUS!!」<br /> 兵士の一人が悲鳴を上げてまた階段のほうへと戻ろうとする<br /> 「戻るな! 撃つんだよ、撃て!!」<br /> 後方警戒ことSGT2は、自分の声に耳を貸そうとしない、まだ若い部下のアーマーをつかんで引きずり戻す<br /> 「うわあああぁ!!」<br /> そんな二人を尻目に、膝を付いたまま叫び声を上げているもう一人の兵士が、腰溜めにしたM14EBR自動小銃の引き金を引く<br /> フルオートではじき出される7,62×51mmの強装仕様AP弾は、音速の三倍近いスピードで黒い影に吸い込まれる<br /> 平均以上の筋力と気合で跳ね回る銃口を押さえつけることで、その集弾性はM14のものとは思えなかった<br /> 「畜生め!!」<br /> 軍曹もそれに続き、フラッシュライト付きのM4 R.I.S.の引き金を引く<br /> フルオートで突撃銃を乱射すれば、途中で指を切っていても、ものの五秒もあれば弾倉内の弾薬はすべて使い切ってしまう<br /> 二個目三個目と、休みなく次の弾倉を装填し、引き金を引き続ける<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">521</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 11:03:11 ID:???</dt> <dd>打ち込んだ銃弾の数が二百を越えるあたりで、吸う様な悲鳴を上げて怯えていた若い上等兵が上体を起こす<br /> 「JESUS! JESUS CHRIST!!」<br /> 半狂乱の彼が指を掛けたのは、M4A1のトリガーではなく、その下のM203のそれだった<br /> 「このバカタレ、よせ!」<br /> 軍曹がそう言ったころには、すでに引き金は引かれている<br /> 押し出される40mm口径の擲弾は、銃弾に比べればずいぶんとノロノロ影に吸い込まれた<br /> と言っても化学エネルギーに頼る破壊に運動エネルギーはあまり関係があるとは言えず、威力は如何なく発揮される<br /> 着弾から間も無くあふれ出す光と音、熱を帯びた酸化中の大気<br /> 化学エネルギーを運動に換え、飛び散る金属片<br /> それらが、標的に密着した状態で放出され、黒い影はほぼ総エネルギーの半分を様々な形で受け止める<br /> 残りの半分はと言えば、影が反射した音とわずかな光とともに、辺りに放射状に広がる<br /> 三人の兵士は目を覆って倒れこむ<br /> 軍曹は発射とほぼ同時に伏せたが、残りは破片がかすめる音を聞いて姿勢も気にせず倒れこんだ<br /> 銃弾が飛ぶのにも似た、空を切る金属片の音<br /> それに続くコンクリートにぶつかる破片の音がいくつか聞こえてきた<br /> その中にずいぶんと不自然な音がひとつ<br /><br /> ひゅん<br /><br /> 破片の大きさもスピードも、屋上の材質も程度が様々なので、音はどれも決まったものではないが、こればかりは異質だった<br /> それがどういう音か、そういうことを考える前に、この音を聞いた、あるいは聞ける人間は一人もいなくなった<br /> ついさっき炸裂した40mm擲弾の直撃によってもたらされる破壊よりも大げさで容赦のない破壊<br /> 撒き散らされる血と肉は、擲弾で与えることが可能な値を大きく超える運動エネルギーで屋上一面へと飛散した<br /><br /> 彼らの聞いた音は、重たく、破片や銃弾に比べれば遅く、遥かに大きいものが出していた・・・<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">522</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 11:12:27 ID:???</dt> <dd>・・・この病院に似た実験棟あるいは観測棟には合計して4個分隊が展開している<br /> 二~四階に合計3個分隊が展開し過半を三階の被験体収容観察所に集中、残る一階にも1個分隊<br /> 施設周囲には中尉以下部隊本管部隊と車載重機関銃が睨みを聞かせ、さらにこのブロック、およびそれに隣接するブロックを含めて、囲むようにしていくつかの部隊が展開する<br /> 屋上と地下にもそれぞれ分隊が展開されたのだが、地下の工兵と屋上の小銃分隊は消え去った<br /> 「クレメンス! 出ないか少尉ッ!!」<br /> 中尉の声が空しく響く<br /> それに出られる人間は最早いない<br /> 二度の爆音を耳にし、その数十秒後に降り注いだ血と汚物のシャワーを受けながら彼は無線機に叫んでいた<br /> 「Fuck!」<br /> 無線機を持った手をフロントガラスにたたきつける<br /> 「そんな、この短時間で移動を…」<br /> 血や肉を払い落としたり、罵声を上げるのに忙しかった兵士たちは、すでに銃口を屋上に向けている<br /> 「上ばかり見るなァ! 全周を警戒しろ!!」<br /> 先任下士官の怒鳴り声を受けても動揺する兵たちを見て、中尉の顔が青ざめる<br /> 足音は大きくなる一方だ<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">523</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:07:36 ID:???</dt> <dd>「危険です! このままでは―――ッ!!<br /> 「無理だな、作戦は続ける……」<br /> 部下の具申を遮るかのようにして先読み回答する中尉の目付きが少し変わっていた<br /> 「―――ですが、すでに二十名以上が死亡しています!」<br /> 「敵の戦闘能力は異常です。機動速度からして、アンブッシュ(伏激)の可能性もあります」<br /> 車両部隊の少尉以下下士官数名が銃器を手にしたまま中尉を囲む<br /> 「移動したのだとしても、こちらの警戒など軽く抜けれると言うことになります。この期に及んで一点にとどまれば、包囲されるかも……」<br /> 「動こうが動くまいが、どちらにせよ奴等の掌の上だ、作戦を続けるぞ」<br /> 全員が口をつぐむ<br /> 中尉の決定はもっともだった<br /> この作戦領域は、敵の占領地域ではないにせよ、勢力圏内<br /> つまり活動あるいは影響のおよぶ範囲(テリトリー)内での作戦行動なのだ<br /> 彼らの目的が戦闘で達成されるものである場合は、テリトリー内の目標の排除→(非自営能力)部隊単位での殲滅に他ならない<br /> 攻勢は報復に限定される…撃退や警告などありえない<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">524</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:08:28 ID:???</dt> <dd>そう言った目的での行動の前に、作戦行動の放棄や撤退行動は無意味と言える<br /> だが中尉とその上官である作戦指揮所の少佐―――正確に言えばそのバックにいる人々だが―――はそういった状況に至るとは判断してはいなかった<br /> 戦闘それ自体が目的でない場合の交戦行動―――それがこの場合はありえるのだと考える<br /> つまり戦術レベルでの戦闘で得られる何かを欲していない場合の行動だ<br /> 事実、戦術的な勝利・戦利を得る為の行動としては、あまり散発的かつ小規模、おまけに後が続かないもの―――いい加減で尻切れトンボだった<br /> ではなぜか…?<br /> ヒントとなるのは、むしろ戦闘の一方的な展開、圧倒的な攻撃と結末、それをもたらす敵の脅威の戦闘能力だ<br /> この戦闘の原因はもっとミクロな、ほとんど“個”のレベルで発生したものなのだろう<br /> 要するに、何の特別な考えも持たず、短絡的に「邪魔だから」「邪魔になるから」を理由に排除したのだ<br /> そこに何の戦術的意味もありはしない<br /> 運悪く接触した、と言うあまりにも報われない理由で彼らは死んでしまったのだ<br /> 無論、やつらがここにきたこと自体には目的があるはず―――十中八九、あの少女が目覚めたことによるとしか思えないが…<br /> このように中尉は考えていたが、説明の必要は感じていなかった<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">525</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:11:21 ID:???</dt> <dd>「一階の分隊を二階に回して、二階の警備は四階の強化にまわすんだ、一階の警戒はこちらから行う」<br /> 「了解しました。何をしている、始めろ!」<br /> 「はっ!」<br /> 命令を受けると、少尉たちは今までの異論のことなど忘れて行動を始めた<br /> 相変わらず動揺と慄きがあるものの、その動きに迷いは感じられない<br /> (……放って帰るわけにはいかん。可能な限りのものを回収して、残りは処分せねば―――)<br /> 中尉は施設全体を見渡すようにして睨みつける<br /> (―――だが、うまくいくのだろうか…?)<br /> あの少女は“何”を起こす―――した―――のか?<br /> 敵は“何”を仕掛けてくるのか?<br /> あの男は、“何”の目的で着たのか?<br /> それらがどのように関係し合い、どのような結果を出すのか…?<br /> 何れの答えも見えなかったし、見えることもないだろう<br /> (……となると問題なのは、誰が生き残るか)<br /> 中尉は結論付ける<br /> うまくいくのかは別として、兎に角あの二人の生存が最低条件であることに変わりは無いのだ…と<br /> 件の二人―――とくにあの少女の死は、作戦の失敗をデブリーフィングで告げられる機会すら、最悪の場合奪ってしまうのだから…<br /> それにしても、あまり欲を張らずに兵力を集中させれば、貴重な兵士たちを失わずにすんだのではないか<br /> 中尉は作戦の内容と、上官たちの楽観的、ないしいい加減な状況の見方と行動に不満を感じ、より近づいて来る足音に気を病んだ・・・<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">526</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:12:18 ID:???</dt> <dd><br /> ・・・耳を押さえずに入られないような金属音が階段や通風管、壁や床の鉄筋を通じて施設中に響き渡っていた<br /> 階段には椅子やデスクが大量に積み上げられ、無数の指向性地雷と爆薬が仕掛けられる<br /> 非常階段含む、いくつかのドアにも機材などを凭れかけさせた上で、ワイヤーを巻きつけ、爆発物をセットしていた<br /> これらバリケード材料は、中に何らかの資料が入っていないかと探し回った後に出たものだ<br /> 「サンダースとマリオ! お前らはそこにあるものを持って下に行け!! 終わったら三階の資料室だ!!」<br /> 准尉は血眼になって紙の山を書き分けながら部下に指示を出す<br /> 「終わったらC4爆薬をセットしろ、燃焼剤(テルミット)も一緒にだ!」<br /> 工兵分隊が工具諸共引き裂かれたことから、地下での爆破準備は中止せざるを得なくなったが、地上階での爆破準備は引き続き行われていた<br /> さらに敵の襲撃と言う状況も加わり、設置するものに地雷などを用いたトラップが追加された上に、制限時間は切り詰められている<br /> 状況は切迫していた<br /> 「急げ!……―――――」<br /> このとき彼らは、敵がどの “型”であれ、通れる場所はかなり限定されるものだと思っていた<br /> 周囲は完全に囲まれているので窓からの出入りは無理だし、そもそも外部から近づくことすら出来るのか怪しい<br /> となると待ち伏せか、人の通れる場所をものすごい速さで動き回っているかのどちらかだろう…<br /> 常識的な思考と言えたが、それが通用するかどうかはまた別問題だ<br /> 「―――――……?」<br /> 背後にズルリと言う威容に鈍い金属の擦れる音を聞いて、この階層の指揮を任されていた分隊長の曹長は振り向く<br /> 何もなかったが、何かがあった跡はあった<br /> 埃が少し、真新しい感じで壁や天井の辺りに付けられていたし、宙にも待っている<br /> 少し“来る”ものを感じて、曹長は手で鼻を覆う<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">527</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:13:52 ID:???</dt> <dd><br /> ねち<br /><br /> 奇妙な感触と音が、鳥肌を立たせた<br /> あわてて手を離すと、どす黒いものが粘り気を持った液体とともに乗っている<br /> 唖然としていると、またさらに一欠けら、赤の混じった黄色い塊が零れ落ちる<br /> 脂肪か何かの塊だろう―――まず間違いなく生体組織だった<br /> 「うぁ……ぅ―――」<br /> どこから落ちてきたのかと確かめようと顔をあげようとすると、出したくもないうめき声が自然と出て、眼がぐりんと裏返ったように視界が暗転する<br /> 曹長は自分の脳髄が零れ落ちたことに気づけなかった<br /> 同じ状況で気づける人間がいるかどうかも怪しいほどに、性格で精密で確実な一撃を、彼の頭上を滑っていく、少々埃っぽい黒い影は放ったのだ<br /> 「オードリー曹長!!」<br /> 一人の分隊員が崩れ落ちる曹長の手を掴む<br /> 力が加わってこないのならまだ分かる、その手は歪に開かれたまま硬直していた<br /> (―――死んでいるッ!!)<br /> とっさにそう判断して、ほとんど反射的に手を離すと、MP5PDWに手を掛け、フルオートにセットする<br /> 銃を構え、ふとダットサイトを覗き込むと、急に視界が曇る<br /> 何か遮蔽物でもあったかと、あわててサイトから眼を離すと同時に、首筋から力が抜ける<br /> 力を入れようにも、とっくに取れていた―――<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">528</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:14:45 ID:???</dt> <dd><br /><br /> ―――三階では、衛生兵が横たわる人形並みに美しい少女を、それこそ値打ち物の人形を扱うように治療している<br /> 彼女は病み上がりの体で、携帯電話で話すだけ話した挙句、倒れこんでしまった<br /> 元から弱りきっていたらしく、今の衰弱具合は酷かった<br /> 「特に以上はなかったが…」<br /> 衛生兵がぶつぶつと漏らしている<br /> 「早くしろ、すぐにでも出ないと危ないぞ」<br /> 「今動かしていいものか分からん」<br /> 手に持った注射器で強壮剤になる薬品を一本打ち込んで、衛生兵は立ち上がった<br /> 「精神的なものだろ、多分……脳に疾患があるとか、そんなところだな。動かすのは危険だと思うが」<br /> 「動かすんだ、待っててもお前以上のレスキューは来ないが、敵は来るんだぞ!」<br /> 少尉が衛生兵に命令する<br /> 周りを囲む数十人の兵士たちは、みな一様に動揺の色を示していた<br /> 「じゃあなにか、除細動機の代わりになるものがないといけません。せめて担架なり持ってこないと……大事な娘なんでしょう?」<br /> 「軍曹、代わりになるものを何かとって来させろ」<br /> 「はい」<br /> 少尉の横で、軍曹は一人の兵卒を使いに出した<br /> 「よし…その間は作業を―――」<br /> 「少尉ッ!!」<br /> 無線兵が血相を変えて、無線機を握り締めたまま、少尉の前に飛び出す<br /> 「何だ!?」<br /> 「こ、これを…!」<br /> 渡された無線機からは、泣き声のような悲鳴だけがぼんやりと漏れてきていた<br /> 自分の無線機からは聞こえていなかったが、何かの聞き間違いとは思えない、耳に残る声<br /> 「第4分隊ッ! 誰でもいい、出ろ!!」<br /> 誰でもいいと言う発言は、言うまでもなくすでに無線機の向こう側に、生存者がほんの僅かしかいないと分かっていたからされたものだ<br /> ほんの僅か―――応答が無い事で、それすらも希望的な観測であるかもしれないと少尉は思った<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">529</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:15:27 ID:???</dt> <dd>「―――――ッ!」<br /> 中尉が無線兵以上に血相を変えてからだの向きを変え、指示を出そうとする少尉だったが、それはすぐに無駄になる<br /> 少尉の口が開くと同時に響いたのは、彼の怒鳴り声ではなく、バケツの水を零した様な音だった<br /> 《敵だァ!!!》<br /> 無線を通じた短い報告の後、階段のほうから悲鳴が聞こえ出す<br /> どこかなど問いただすまでもない、それは上の階からこの階にやってくる途中、そこに立っている二人の兵士と遭遇したのだ<br /> 先の水音は、第4分隊員が下に逃げようとし来た所を、引き千切られたのだろう<br /> 「全員出るな! ここで迎え撃つぞ!!」<br /> 「ここ」とは、彼のいる被験体の収容観察室八つが入ったシェルター上の区分のことだ<br /> 此処であれば、進入経路は正面一箇所しかなく、狭いので機動力も殺せる<br /> 火力も集中させられるし、なにより兵を動かしている状態や、分散した状態を叩かれたくなかった<br /> 「外にいるものは下手に動くな、下から来る応援を待て!!」<br /> 少女のいる部屋から、衛生兵含め、全員が飛び出す<br /> 唯一の扉は、通行しやすいように目いっぱいに開かれていた<br /> 幅は約3メートル、高さは背の高い人間がとると余り余裕がない程度<br /> 中に入ると少し広くなり、若干の機材が置かれていたり、ボードが掛けられたりもしていたが、それらは手早く撤去された<br /> そこに並ぶ二十五個の銃口―――内約は5,56mmと7.62mmの自動小銃計十二、9mmの短機関銃が四、十番ゲージの散弾銃と40mm連装擲弾銃が二に、M203など五つが加わる<br /> 機材横や出っ張った壁際にいる四人が匍匐、六人が膝立ちになり、残りの十人はフルオートで強装徹甲弾を撃ちまくれる様にと、前屈みに立つ<br /> サイトを覗き込む者もいるが、腰溜めに近い形や、銃を横に倒したり、方に押せたりしたCQB時の構え方をするものが過半だ<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">530</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 12:17:55 ID:???</dt> <dd>舌なめずりするほどの余裕も、汗に気を使うほどの感覚もなかった<br /> ただ目の前の四角い空間に全てを注いでいた<br /> 「一斉にだぞ……前列は無理に当てようとしないで、適当にばら撒け…!」<br /> 軍曹が押し殺した声で指示する<br /> その横で少尉は、今にも死にそうな様子で転がっている少女の様子を伺う<br /> (そういえば、コイツが意識を失ったタイミングは……)<br /> 何か今起こっていることと因果関係がないともいえないな―――と、乱れた黒髪を目で追いながら考えていた少尉は、異変に気づく<br /> すぐ横にいる軍曹の息遣いが、聞こえなくなった<br /> 興奮しているがために、落ち着いた、一定のリズムの深い呼吸が聞こえていたのだが、まるでそれがしない<br /> 「………な…ぁ」<br /> 軋む様な首を、必死の思いで振り向かせた少尉は、そこにいるものに目を奪われる<br /> このとき黒い影のようなものは、“視えなかった”―――<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">531</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 15:42:27 ID:???</dt> <dd><br /><br /> ―――「ヘルナンデス」こと得体の知れぬ国連派遣武官は、実を言うと空軍の志望だった<br /> 彼の父方の家計は代々軍人で、彼の父と祖父は、二人とも爆撃機に乗って、各地を飛び回ったことが進路を決めるにいたった理由だ<br /> まして父の乗ったB-52が未だ現役であったとなれば、それに憧れずに入られなかった<br /> だが父や祖父と同じ爆撃機乗りになるには、いろいろと素質が合わないことを聞かされて進む道を変え、挙句に今の怪しげなコースに進んでしまった<br /> まるで命の危険がなく、まして今の米軍では、そもそも前線に出ることもほとんどない様に思えた整備兵などという職に就く気には、到底なれなかったのだ<br /> 実を言うと、彼の祖父も父も、爆撃機に限らず、あまりパイロットには向かなかった<br /> かれらがなぜ乗れたかと言えば、その特異な“眼”―――正確に言えば、色素細胞の数にある<br /> 空に溶け込む微細な点―――ドイツ軍や日本軍の迎撃機を、普通の人間の目では見つけられなくとも、“色覚”への依存が少ない彼らは見つけられる場合があった<br /> 彼の父や祖父は、目の錐体細胞が一種類しかなかった<br /> 長波長の推戴視物質の遺伝子の重複が発生する以前の哺乳類ですら、二種類があったが、さらに一種類少ない<br /> 彼の一族は、全てにおいて他人とは違う見え方をした<br /> それが彼の祖父が、爆撃機の機関銃座などで敵機を警戒するにいたった理由だ<br /> さまざまな索敵技術の発達でその価値は下がったが、父はただ純粋に、運と努力が祖父以上だったので爆撃機にも乗れた<br /> しかし彼の場合、残念なことに少しばかり運がなかった<br /> 何はともあれ、彼の眼は他人とは違う見え方をする―――それは必然的に、大多数には見えぬものが見えることを意味した<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">532</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 15:43:48 ID:???</dt> <dd>「リンゴを―――知恵の実を食ったか知らないが……―――」<br /> 報告を兼ねていることにも出来る…つまり、音声記録に残ってもかまわない、個人的な感情を口にしつつ、足元の死体を足蹴にする<br /> 横たわる二等兵のすぐ横で、ヘルナンデスもうつぶせになった<br /> ペイロードライルは、目の前の壁に向けられる<br /> グリップを握り締め、引き金に指を掛ける<br /> 高価な照準機を覗き込む必要はない―――かれは、目の前に置いた形態からの映像をもとにタイミングを計り、頭の中の空間図で位置を特定した<br /> 「―――お前はただの魔女だ、試験紙め……」<br /> 引き金を絞り始めると、携帯から銃声と炸裂音が聞こえてくる<br /> 無数の銃口は、やっとの思いで引かれたらしい<br /> 上げながらでなければ引けなかったらしい悲鳴は、すぐにただの断末魔に変わりだした―――<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">533</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 15:44:45 ID:???</dt> <dd><br /><br /> ―――少尉たちは一心不乱に、そこに銃弾を叩き込んだ<br /> 始めは余所見をしていた少尉だった<br /> 彼だけは視線を動かしていたので、それが視えた<br /> その黒い影が兵士たちの目に映りながら、視えなかったのは、いわゆる錯覚によるところがあったのだ<br /> その異常な状況と、狂気的な作用を及ぼす存在を前にした人間の、精神的な異常だけではない<br /> 体組織のごく表層、皮膚の表面の構造を変化させ、人の頭で捉えにくくするのは、“それら”の技術と構造と思考能力からすれば容易なことだ<br /> 脳の性能のせいで、止まっているというだけでろくに視えない上に、盲点に入るなど眼の問題で見えない場合もある<br /> 揺らめくような七色の外側にまでグラデーションの広がりを持つ構造色と、滑った金属とも非金属ともつかぬ質の光沢と質感<br /> 光を浴びてなお、暗闇のようにぽっかりと沈んで見えると同時に、自身で光を出しさえする影との境界が判らなくなりそうな黒<br /> その全てが目と脳を誤魔化した<br /> 一度捕らえられたが最後、狂ったように釘付けになった眼は、震えるような運動をやめる<br /> 視野は狭くなり、その状態では静止する物体はぼやけて消えてしまう<br /> 移らないので見えない―――解らないので視えない<br /> ただそれには手順もあったし、全てに同時に効果を発揮できるとも限らなかった<br /> 余所見をしていた少尉が、理性的で冷静な対応を出来ないまでも引き金を引けたのはそれが幸いした<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">534</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 15:46:33 ID:???</dt> <dd>「ああああぁぁああぁ―――――!!」<br /> 言葉を口にする思考の余裕もなかった<br /> 銃弾が弾け、擲弾が炸裂する<br /> どれも有効打どころか、打撃と言えるものにすらなっていなかった<br /> 40mm擲弾は、成形炸薬弾が直撃さえすれば多少なり効果はあっただろうが、掠めるか通常の対人榴弾が至近で炸裂するか、運良く直撃するだけ<br /> まして銃弾は万に一つも効果はなく、全て当たっても跳ね返るか潰れて落ちる<br /> 発砲された弾薬のうち、これら無意味な命中弾以外の多くは避けられるか、“外され”、壁一面をコンクリートが剥き出しの状態にした<br /> 圧倒的な存在がいることを、狂っているが、もう鈍ってはいない兵士たちの脳が認識する<br /> 未だに感覚的にはそれが敵であることを掴みにくい<br /><br /> バキン<br /><br /> 鋭い金属音かプラスチック音がして、粘った水音がそれに続く<br /> 兵士たちは銃器を含めた装備ごと、ただの一撃で引き裂かれる<br /> 随分と軽い一撃は、何かに配慮してのものだろうか?<br /> 困ったことに、軽い反面つぎの一撃が繰り出される速度は、そう考える間も与えぬ勢いだった<br /> 四秒弱で二十人の兵士は全員、首から上を潰された上で、縦か横に裂かれる<br /> 粉々と言うほどではないにせよ、挽肉と何処だか分からない部位の塊にされた兵士たちの体は、薬莢の散らばる音が聞こえなくなるほど分厚く床を覆う<br /> 血とペーストの海に、ちらほらと服やアーマープレートなど装備の切れ端の着いた小島が浮かぶ<br /> 天井に吹き付けられた血が滴り始めた<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">535</font></a>名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong><font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font>投稿日:2009/04/05(日) 15:47:39 ID:???</dt> <dd>黒い影は、決して悠然とではなく、撥ねたり奔ったりこそしないが、急いている<br /> 警戒しつつも急ぎ歩を進めねばならない理由があった<br /> 少女の横たわる部屋の目の前まで近づいたところで、壁面の一部が盛り上がる<br /> 表面の壁材がひび割れ、一部が飛び散り、その下にある分厚い均質圧延装甲の極々一点に強烈な力が加えられ、歪んだ<br /> これが理由だった<br /> 黒い影はその穴のすぐ横にまで二歩ほどで移動する<br /> 盛り上がった壁が、さらに盛り上がる<br /> 壁材が砕け散り、延びきった装甲は弾けてしまう<br /> その孔から円錐形の物体が僅かに頭を除かせ、さらにそれもはじけたかと思うと、飛び出してきたのは、強烈な焔だった<br /> 焼夷徹甲弾の強力な燃焼効果は鋭い扇状に広がりつつ前進し、瞬く間に黒い影に激突する<br /> “火”は、そのもっとも純粋な姿でもない限り、黒い影を殺すことは出来はしなかったが、ヒトを殺すには十分すぎる<br /> 燃焼効果が収まり、燃えカスの雲が視界から薄れていくころには、すでに孔の向こうに射手はいなかった<br /> 25×59BmmNATO弾二発で掘られた孔は、ちょうど横たわる少女の目の前に開いていた―――</dd> </dl><dl><dt><a><font color="#0000FF">624</font></a> 名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong> <font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font> 投稿日:2009/08/02(日) 23:31:50 ID:???</dt> <dd>―――ヘルナンデスは、狙撃における鉄則に拠って、すぐさま移動を開始していた<br /> 走りながら弾倉を交換、薬室に装填<br /> ほぼワンオフ・モデルの高価な照準機器を調整―――といっても動作確認程度<br /> 携帯には、後どれくらいで頭上にあるものが通り過ぎるかと言う“タイムリミット”と、相変わらず監視カメラからの映像が写されている<br /> そこにいる黒い影…もとい、地球外起源生物群探査科未確認軽量属小型種が口のようなものを開く<br /> 「接続したか……」<br /> 映像を見て呟く声には、「しめた」という感じの脈動があった<br /> 映像に音声はなかったが、割り込むような電子音が響く<br /> 携帯の着信音は、すぐに停止した<br /><br /><br /><a name="a625"></a><a name="a626"></a><a name="a627"></a><a name="a628"></a><a name="a629"></a><a name="a630"></a><a name="a631"></a><a name="a632"></a><a name="a633"></a><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">625</font></a> 名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong> <font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font> 投稿日:2009/08/02(日) 23:33:09 ID:???</dt> <dd><br /> “座標送信開始”<br /><br /> 表示されている文字を見て、確信する<br /> 終わった<br /> 敗退ではなく、待っているのは勝利<br /> 少なくとも個人的な意味では、勝利の条件は達成されるだろう<br /> あの魔女を殺す<br /> 接続中にコードを引き千切る<br /> 後は野となれ山となれだ<br /> あの悪魔も地獄に帰るだろう、腹いせに人間の魂を持っていくこともなかろう<br /> 足取りは重い<br /> 軽快に動こうにも、彼の装備重量はその体重の八割に上る<br /> 強力な反動を殺すための措置でもある<br /><br /> ガンガンと、地団駄でも踏むかのような音<br /><br /> 重力任せではなく、足の筋肉で体の重心の上下を出来る限り滑らかにするように地面を蹴り付ける<br /> 重量150kgほどもある人間が体を痛めないためには必要だ<br /> せいぜい早足程度なのに、その足音は全力疾走しているときより重みがある<br /> 足元には兵士の亡骸は水音でそれに答えた<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">626</font></a> 名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong> <font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font> 投稿日:2009/08/02(日) 23:35:30 ID:???</dt> <dd>〈―――退け、退けぇ!〉<br /> その一部と交じり合った無線機が、本来の一割程度の弱弱しさで、スピーカーを振動させる<br /> 呼びかけがないのは、生存者が居ないと踏んでのことだろう<br /> もう、下の階の兵士たちも上がって来ることはなさそうだ<br /> 角を曲がり、銃を構える<br /> 先進反動吸収機構に矢印型のマズルブレーキ、巨大なFCS内臓のスコープ<br /> 重量は優に8kgはあったが、扱いは軽々としている<br /> 向かって左側の壁に無数の弾痕と、手榴弾程度の爆発物が炸裂した痕が見受けられた<br /> 右側には分厚い均質圧延装甲とコンクリートの壁に設けられた扉<br /> 銃口は徐々に手前に広がっていくその中の通路に沿って動く<br /> ぼろぼろの壁に背をこすりつけながらその中を覗く眼は、充血していた<br /> 熱くなった視界に、ふと現れる、黒い穴<br /><br /> 居た<br /><br /> ただ呆然とそこに在る“何者か”<br /><br /> ただそこに在るだけで、下手をしたら存在論云々にまで達する超越的な構造の垣間見と、超常的な破綻を齎しかねない“来訪者たち”を、その程度でも認識できれば十分すぎる<br /> 考えてみれば、外宇宙からやって来た―――と言うだけでも、その存在は人間―――これは、“現行の”と限定されるかもしれないが―――が捉えることの出来る範疇を超えるのだ<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">627</font></a> 名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong> <font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font> 投稿日:2009/08/02(日) 23:37:39 ID:???</dt> <dd><br /> 「Demonio…,(悪魔め…)」<br /><br /> 呟きながら、ホルスターに納まっている拳銃を引き抜く<br /> 片手で拳銃を構えるのはいいとして、もう片方の手だけでペイロードライフルを完璧に保持していることは、彼がやって見せるほど楽ではない<br /> 一歩前に踏み出し、射撃<br /> 銃弾は影に飲まれ、弾ける<br /> 光を99%以上の効率で吸収あるいは透過する状態へと替わっている“それ”の装甲表面には、傷ひとつ付いていない<br /> さらに踏み出し、射撃<br /> 同じように、影の足元に拉げた鉛球が転がるだけで、何の変化も起きない<br /> さらに一歩一歩進み続け、射撃をそのたびに繰り返す<br /> ただ距離だけが縮まる<br /> いよいよ銃を突きつける段階まで接近したところで、弾装は空になり、拳銃を戻しライフルを構える<br /> 引き金には指も掛けず、まずしたことは、目の前の影を足蹴にすることだった<br /> 壁に凭れ掛かりながら、片足で影を蹴りだす様にして体を固定し、銃口を影に向ける<br /> もっとも弱い―――といっても極めて相対的な―――部位、あるいはそう呼ぶには小さすぎる1cmもない一点を探る<br /> すでにある程度判明していたその一点を見つけるのには、さほどの苦労はなかった<br /> 問題は、その一点の状態や、果ては位置まで、“それ”には自在に操れた<br /> 仕様の変更次第では、25×85mm弾に数倍する重量の砲弾をどこからどう受けても、機能に障害を来さぬ様にする事も容易い<br /> 幸い、これはそのような個体ではなかったが、少なくとも、この一点をどのように突くか、と言うことに関していえば、相当難度は高い<br /> なにも、それらは形態によってのみ、左右されるのではないのだ<br /> 姿勢と態勢、若干の体制の差異からして、要求される射角は、敵の脊椎に対してほぼ直角でなければならず、その為には自分もそれ相応の体勢をとらねばならない―――<br /><br /> ―――故に、このような位置に付くことになった<br /><br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">628</font></a> 名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong> <font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font> 投稿日:2009/08/02(日) 23:38:20 ID:???</dt> <dd>ほぼゼロ距離で狙い澄まされた一撃が、爆音とともに加えられる<br /> ただ、直角と言うには、浅すぎる<br /> 一撃で打ち抜くにはあまりに強固過ぎる外皮に対して、まず撃ち込まれたのが対戦車榴弾であった事がその理由だった<br /> 砲弾の初速とは比べ物にならぬスピードで生み出される擬似流体化したタンタルとその他燃え残りのカスが、出来る限り自分以外の方向へ飛ぶようにしての配慮<br /> これを合計五回も繰り返し、弾倉を交換する<br /> むせ返るような爆煙が視界を遮ったが、目的が達成できた事はすぐに分かった<br /> 漸く装填された徹甲弾を、理想の角度で叩き込むべく、さらに黒い小山を登る<br /> 黒住が落ち、今までとは違う、乾いた感じの金属光沢は、徐々に粘り気を帯び始めていた<br /> 引き金を引くのと同時にそれらの視覚情報は、また入手不可能になる<br /> 通路中に広がるブラスト<br /> 五発連続で打ち込まれた砲弾は、しかしそのほとんどの威力を磨り減らされ、防ぎきられていた<br /> “軟らかい鉄”のカバーは命中と同時につぶれて弾け、ダングステンの弾芯も多くが先端から砕けるか折れた<br /> それでも、硬質組織の隙間を縫って、小指ほどに食い込んだ弾芯によって、強固な真被に対し、無事に突破口を開く事が出来た<br /> 垣間見える筋肉組織は、決して一律ではなく、最も効率的な成果を上げられるよう、最小単位の一個一個が独立して蠢動していた…<br /><br /> 吐き気がする<br /><br /> 不思議と畏怖や恐怖ではなく、こみ上げる感情は嫌悪だった…<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">629</font></a> 名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong> <font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font> 投稿日:2009/08/02(日) 23:40:44 ID:???</dt> <dd><br /> これでは、凶悪なまでに頑丈な複合装甲じみた皮膚とその下の組織、そして身体構造全体での完全性に対して出来た穴は、やはり完璧な修復・補整機構によって埋められ始める<br /> 引きずり込まれそうな、不気味な振動か揺らめきから、目を逸らすように腰を落としている途中、ヘルナンデスは、それに気が付いた<br /> さらに次の弾装を装填<br /> 打撃を与えるべき機関に、砲弾が届くように、照準器を覗き込みながら必死に計算をする<br /> マウントされた機器は期待された機能を果たさなかったので、己の頭脳によってだ<br /> またしても、続けざまに徹甲焼夷・徹甲榴弾が交互に打ち込まれた<br /> 純粋な徹甲弾に劣る貫通力しか持たぬこれらの弾種では、当然一発で深く突き刺さる事はない<br /> 前の弾が炸裂して造った道を、継ぎの弾が突き進んで、炸裂<br /> 今のところ目立った効果を挙げないこれらの攻撃を続けるのは、無論考えがあってだ<br /> 最後にはとうとう一時的かつ限定的な機能不全を起こすだけの打撃を与える事に成功するであろうと、ヘルナンデスとその上司、彼らに学術的見地から助言した人々は考えていた<br /> 最高の頑丈さと耐久力を併せ持った“それ”のなかで、超の付く精密機器に当たる部位は、その予想通り不調に陥り、自主的に沈黙せざるをえなくなったようであった<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">630</font></a> 名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong> <font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font> 投稿日:2009/08/02(日) 23:44:23 ID:???</dt> <dd>ヘルナンデスは、最後の弾倉に手を出して、しばらく警戒を続ける<br /><br /> 何もない<br /><br /> これが効果がなかったことを意味するかと言えば、むしろ逆だ<br /><br /> これだけのことをして、何の反応もないのであれば、目的は達成できたのだろうと、やっと納得できた彼は、大きく一呼吸すると、そのまま影から転げ落ちた<br /> ライフルは投げ出され、それを持っていた両腕は、しばらく使い物にならないレベルまで痛めつけられていた<br /> もっとも悲惨だったのは、あるいは両足かもしれない<br /> そこには弾けた砲弾の破片や熱風が容赦無く押し寄せた痕跡があった<br /> 幾つかの防弾装備で固められてはいるが、常人の精神力では、歩行には使えないだろう<br /> 額にふつふつと脂汗が浮くが、すぐにそれも引いて、ホルスターから再度拳銃を抜き出し、これの弾倉も交換する<br /> がくん、と黒い標的は、ある部分の―――これを口にたとえれば、その下あごに当たる部位を力なく垂らす<br /> あわてて銃口をそちらに向けるが、その必要は特に無さそうだった<br /> 目のような球体も少し傾きながら下垂し、何か粘りのある金属光沢を持った物質が、じんわりと滲んで、“蠢いている”ように見えただけだった<br /> 考えられない不条理と狂気を撒き散らしていた“それ”は、ただ理屈でしか恐怖できぬ影に成り下がったように見えた<br /> 地球外起源生物は、今のところ失神か睡眠に近い状態に陥っている<br /> 「…片付いた」<br /> 開いた携帯に向かって、そのままの姿勢でつぶやくと、何事もなかったように立ち上がって、幾分か黒さが鈍った影の脇を通り過ぎる<br /> それが向いていた先にあるものに、彼は銃口を向けた<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">631</font></a> 名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong> <font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font> 投稿日:2009/08/03(月) 00:17:45 ID:???</dt> <dd>「―――Qu? puta…,(売春婦が)」<br /> 先ほどとは打って変わった感情を漂わす無表情で、その少女を見据えていた<br /> 「毎回、それの意味が分からないな…」<br /> 壁に体を預けて、両手両足を力なく投げ出しているものから響く、愛らしい囀り<br /> 顔中に傷が付いて、血を流している少女は、笑っていた<br /> その発言と表情、どちらのせいでそういう行動に出ようと思ったかは微妙なところだが、ヘルナンデスは目にも留まらぬ勢いで、彼女を蹴りつけた<br /> 「………あ゛…」<br /> いくつかの傷口が拡がって、血液が飛沫となってとぶ<br /> また蹲るが、すでに苦痛を表情に表すことすらしなかった<br /> 何の変化もなく、ついさっきと変わらぬ状態で立ち尽くす男をまえにして、彼女は笑みを崩さない<br /> 「……お前は何度人生を再版した?」<br /> 銃を下ろしながら、忌々しげに質問するヘルナンデスは、携帯を手に取る<br /> 「熱力学的な平衡状態を獲得するまで―――」<br /> 即答する少女は、笑みを消した<br /> 「―――…永劫回帰さ、それをさらに永劫回帰する……“新規”に相当する部分がその内どの程度かは知らないけれど」<br /> 「………」<br /> 一言もしゃべらず、携帯を操作するヘルナンデスには、ついさっきまでとは違って、まるで忌々しげな乱暴さがない<br /> 携帯は、どこかの誰かとの通話を始めた<br /> 「……―見てのとおりです。終わりました―」<br /> それだけ告げて、すぐに回線を切る<br /> 表情と声は、毎回携帯から出る一種類だけの電子音と同じく変化はまるでない<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">632</font></a> 名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong> <font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font> 投稿日:2009/08/03(月) 00:25:50 ID:???</dt> <dd>「……さぞかし重宝されるだろうな―――」<br /> 「それ相応に」<br /> 同じような表情をした二人が、ほんの少しの間目を合わせる<br /> 暫しの沈黙<br /> そうするうちヘルナンデスは、少女の目がいつの間にかまともに焦点すら定まっていないことに気づいた<br /> その焦点が徐々に定まりだしたとき、彼はそれが自分より後ろにある何かに合わさっていると悟る<br /> 「―――!?」<br /> 振り向いたヘルナンデスは、広がる光景になんら違和感がないことに気づいて、慌てた<br /> そこには、この地球上にあるものとは、人の想像できるものとはまったく異質の存在など、“まるで感じなかった”<br /> 感じない―――が、確実にそこにはそういったものが存在するか、あるいは存在していたのだ<br /><br /><br /></dd> <dt><a><font color="#0000FF">633</font></a> 名前:<strong><a href="mailto:sage"><font color="#0000FF">名無し上級大将</font></a></strong> <font color="#0000FF">◆80fYLf0UTM</font> 投稿日:2009/08/03(月) 00:27:47 ID:???</dt> <dd><br /> いないのか、いるのに見えないのか<br /><br /> 今までにない、無駄な勢いでもって、放置してあった頼みの綱を拾い上げる<br /> 何事もないかのように金属質な反射光を放つそれを、しっかりと構えると、自分のやって来たほうへ銃口を向ける<br /> 日が差しにくいにしても、妙に暗すぎるのではないかと言う程度の違和感を受けると同時に、照準器に目をやる<br /> 一連の機器から打ち出されたレーザーは、検出が困難なほど弱まった後で反射し、その距離は推定で8mとされている<br /> だが、ここから突き当たりの壁までは、10mを超える距離があるはずだった<br /><br /> そんなに慌てて何処へ行く?<br /><br /> 余裕のある無表情で、引き金を引く<br /> 少な目の装薬で撃ちだされた空中炸裂信管付きの砲弾は、レーザーの反射を頼りに、標的数m手前で破裂<br /> 特殊な炸薬の配置によって加速する形で飛び出した十数本のタングステン製の“矢”は、適度に拡散しながら突き進み、弾けた<br /> 無論自発的にではなく、たいした厚みはないが比例の無い受動的かつ能動的な標的の装甲と防御によって、弾かれたのだ<br /> 何かが、流れる水か、うねる蛇のようにして、渦巻く<br /> 続けて発射される砲弾も、その流れとうねりに阻まれた<br /> 例に拠って、五発続けて撃ち込まれた砲弾は、例に拠らず、まったくの打撃を与えられずに朽ちる<br /> やれやれとばかりに、標的はゆっくりと遠のく<br /> 一段落付いた様子のヘルナンデスは、あたりに充満する血と汚物と硝煙の臭いに眉を顰める<br /> 後には無数の金属片が増えただけで、また別段変わったところもない風景が広がっていた・・・<br /></dd> </dl>

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