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フェアチャイルドとの契約が1億5920万ドルの契約が1973年3月1日に調印された後、YA-10の開発が進められました。
平行して、ゼネラル・エレクトリックに若干のアップデートをしたTF34エンジンを製作するための資金を提供しました。
アップデート後のエンジンは以前より丈夫で、TF34-GE-100Aと呼ばれるようになりました。
TF-34-100Aは現在まで約40年間使われてきており、信頼のおけるエンジンです。

1973年4月16日~5月10日の間に2機製作され、経験を積んだ空軍のパイロットが「マコーネルAFB」で、航空機を2度飛ばしました。
2回目の評価が終わりに、YA-10とてもいい航空機だということが証明されました。


Figure 4. A-10A in the earlier camo


YA-10は1975年の2月にテストし、YA-9およびA-7Dの2機のプロトタイプ航空機からのいくつかの性能をフィードバックしました。
この間に、生産航空機の数は予算的制約により4割までに縮小されてしまいました。

これらにより以下の変更がなされました。


  • エンジンの改善に伴い、迎角の高い最先端の細い翼
  • 翼の幅がわずかに増加
  • フラップの稼働域が縮小
  • 垂直尾翼のリメイク
  • 空中給油用のノーズを追加
  • コックピット用のはしごを追加
  • 砲身を若干の短縮
  • 胴体前部右側にレーザーポッドの追加


実験機が生産され、6回のテスト飛行がされました。

  • Aircraft No. 1, 73-1664. 旋回性能のパフォーマンス
  • Aircraft No. 2, 73-1665. 武器のテスト
  • Aircraft No. 3, 73-1666. サブシステムと武装搭載のテスト
  • Aircraft No. 4, 73-1667. 運用テスト
  • Aircraft No. 5, 73-1668. 運用上の評価
  • Aircraft No. 6, 73-1669. 気候テスト



Figure 5. A-10A at JAWS Trials

A-10Aは、ペンタゴンで「サンダーボルトII」という名を与えました。
しかしながら、F-84「マーモット」、F-84F「スーパーホッグ」およびF-105「ウルトラホッグ」とは違い、A-10Aを「イボイノシシ」という略称で呼ばれることがあります。
A-10Aのそれほど優雅ではないフォルムをしていることが原因でしょうねw

A-10は1984年までに715機生産されており、その中には唯一2席のA-10がエドワーズ空港に置いてあります。


Figure 6. A-10A in Operation Colors