一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew



異次元の舞台の上で、同じ世界かつ違う世界の空を駆け続ける二人の狂人。
これは、そんな世界最速の人間たちの話である。

真っ青な空。
どんな宝石にも出せはしない。
どんな塗料にも出せはしない。
どんな魔法にも出せはしない。
海にも陸にも負けはしない、一点の白すらないこの紺碧の空。
この目に映る風景は、無敵だ。
魔人のような画家でも、最強の探検家でも、想像を絶する頭脳を持つ魔法使いでも。
この風景だけは、絶対に作れない。

風を切る。
コートが風に煽られ、コレ以上ない勢いで靡く。
吹き飛ばされそうな力を受けながらも、自らの持つ両の足だけで耐えてみせる。
向かい来る風が刃となり、全身を傷つけ、骨を軋ませようが構わない。
この身がもつ限り、より速い翼を目指すだけ。

既に視界の色という色が落ち、映るのは真っ青な空だけである。
何もかも視界に入らないというのに、最後の最後まで落ちずに残る色がある。
たった一点の何か、空にあるわけでもない、この翼にあるわけでもない。
何色と表現すればいいのかすらも分からない、そこになにかあるもの。
分かることは、アレを落とせば向こう側もっと奥へ辿り着ける。

この空にあるのは一つだけでいい。
何者の追随も許さない速度で飛翔し、世界最速の向こう側へと迫る漆黒の翼。
そう、この空に居る事を許されるのはこの翼だけなのだ。



「世界最速、か」
両手を大きく広げ、目の前に立ちふさがる翼。
絶対に止めると決めた、自分の声を響かせると決めた。
それが一筋縄で行かないことは分かっている。
もう一般人の声など届かない遥か空へ、あの翼は飛び去っているのだから。
「皆、俺に力を貸してくれ……」
悔しいが、一人ではあの場所へ届かない。
セッツァーが速さを求めるために捨てたモノ。
ならば、その不要なモノの力で速くなってみせる。
絶対幸運をぶっちぎるのは、仲間の力だと信じているから。
物真似師として、今まで見てきた全てと、感じた全てと、過ごした全てをぶつけるために。
ここにいない者の分まで、ここにきて散って行った者の分まで。
全力の自分で、最速を超える。
「トランス」
一言だけ、短く。
幻獣と人間の間に生まれ、それ故に悩み続けた少女の力。
自分には魔法の力は存在しないから、隠された能力が引き出されることはない。
それでも、形だけの仮初の物だったとしても、その一言を呟く。
気持ちがふわりと浮き、意識が研ぎ澄まされ、思考がクリアになっていく。
きっと彼女の力はこういうものだろうという、自分の経験なりの解釈を組み立てて実現する。
まるで、物真似師の背に彼女がいるかのように。

獣ヶ原に住まう獣達の意志を、クリアになった頭に放り込んでいく。
忍者、侍、ストレイキャット、魔神竜、ドゥドゥフェドゥ。
ヘルズハーレー、眠れる獅子、ボナコン、ダイダロス、ブラキオレイドス。
意識が研ぎ澄まされているお陰で、獣の意志一つ一つがはっきりと識別できる。
振り回されることなく、乗っ取られることなく、その獣の意志で、全身を武器として扱っていく。
ここで本来の使い手は、その獣の意志に全てを託し、全力を以ってぶつかっていく。
だが、今は獣の意志に全てを託すわけにはいかない。
一段と強く自我を前面に出し、獣の意志を押さえ込む。
もちろん、ただの獣の意志だけではセッツァーには届かない。
その獣が住まう場所を再現し、まるで生きているかのように、獣の生活の一部としての戦いを組み立てていく。
場所、空気、自然の流れを変える力。そんな魔法のステップも、彼は知っている。
トントンと二度の足踏みから、流れるように踊る。
自然と同調する華麗な動きは、その場所の空気を、環境を、流れを変えていく。
平原の中に静かに潜む、誰も触れなかった存在である眠れる獅子の意志にはかぜのラプソディを。
轟々と木の葉を揺らし、木々の力を吸い込みながら、強大な力を振るうブラキオレイドスの意志にはもりのノクターンを。
何もない砂漠を、無心で駆け回る愉快な植物、サボテンダーの意志にはさばくのララバイを。
殺風景な建物で、死地を潜り抜ける、卓越した剣技を振るう用心棒の意志にはあいのセレナーデを。
遥か高い山に住まう、全てを揺るがす巨人、グラシャラボラスの意志にはだいちのブルースを。
海や川、人とは違う環境で住み続ける生物、ディオルベーダの意志にはみずのハーモニーを。
薄暗い洞窟の中、ランタンを片手に冒険者に包丁を振るうトンベリの意志にはやみのレクイエムを。
強大な槍を持ち、雪原を駆ける魔を操る重騎士ヘルズハーレーの意志にはゆきだるまロンドを。
獣の意志に合った踊りを踊ることで、獣そのものの生活を正確に真似ていく。
意識レベルにまで合わさった両者の動き、昇華されたそれはまるで新たな「踊り」のようにも見える。
名付けるならば「夢のファンタジア」とでも言うべきか。

だが、どれだけの獣が襲いかかろうと、やはり届きはしなかった。
仲間の意志がそこにあったとしても、地を這いずり回っている魔物たちの力では最速の男を捉えることすら出来ないのだ。
巻き起こる天災も、飛び交う針の数々も、卓越した剣技が巻き起こす衝撃波も、何一つとしてあの男には届かない。
ぼうっと立っているだけに見える男に、たった一撃すら届かないのだ。
だから、加速する。
二人に押し上げてもらった分から、もっと先へ、もっと早くへ。

どういう理屈かは分からない。
だが、ただ立っているだけのセッツァーに打撃も、魔法も、何一つとして当たらないのだ。
獣の意志の中で放った、必中のハズの「歩数ダメージ」すら、あの「バカヅキ」には敵わない。
それどころか生半可な魔法はセッツァーから身を翻し、ゴゴ自身へとその牙を剥き直しているのだ。
向かい来る無数の魔法に対し、魔法の踊りを中断してブライオンを手に取る。
迎え撃つは天才魔導士であり、常勝将軍であった一人の少女の構え。
剣を媒体とし、自然の摂理に逆らう魔法の力の流れを読み、その筋道を断ち切ることで剣自身に魔力を蓄える神技。
魔法に対してほぼ絶対の力を振るうその構えで、跳ね返る魔法の数々を無力化していく。
そして、違うのはここから先のこと。
あの常勝将軍はこの断ち切った魔法の力と自身を同化させることにより、自らの魔力へと変換させていた。
それをあえて剣に蓄えさせることで、猛る炎が、狂う雷が、荒れる氷が、融ける毒が、蠢く地が、裂く風が、聖なる力が混じる。
それぞれがそれぞれと融けあい一つの魔法となることで、究極魔法アルテマにも匹敵しかねない魔力が今、ブライオンに宿っている。
この力を生かし、次に構えるは迷いを断ち切った一人の侍の姿。
遠くからは届かない、届くはずもないのならば。
何者にも防ぐことは出来ない一点の牙となり、人外の運気を貫き通すのみ。
物真似師一人を除いてゆっくりと、あたりの空気が止まる。
擬似トランスを通した精神集中から、さらに先の、もう一つ先の高みを見つめる。
剣に力を込め、己が見据える先に持っていくのはドマの高き誇り。
空のように澄み渡った世界で、大地を駆ける虎の様な舞を踏み、高く飛び上がる龍は月を捉えるように烈風を巻き起こし、全てを断ちきる牙の力と共に。
数々の自然の力と、獣たちの意志が貫けなかった運気の壁を。
喜怒哀楽を手にし、迷いを断ち切り、立ち向かっていった二人の軍人の力で。
貫いた。

一般人なら耐え切ることすらも出来ないであろう闘気を纏った剣幕で、セッツァーへ一瞬で迫る。
不可避の刃を目前にしても、セッツァーの虚空を見つめた目は動かない。
座椅子から立ち上がるかのような、ゆったりとした動き。
たったそれだけで二人の軍人の意志が籠もった一撃は避けられてしまう。
神速ですれ違う間際、物真似師はセッツァーのすぐ傍の地面へとブライオンを突き刺す。
これでいい。
目的は急停止、セッツァーまでゼロ距離に迫ることなのだから。
大地に突き刺さったブライオンを回収する間もなく、物真似師は新たな構えへ入る。
幸運の神様は後ろ禿げ。早く掴んでおかないと、二度とその姿を捕まえることは出来ない。
だから、真っ先にその胸倉を捕まえる。
「捕まえたぜ」
その一言と共に、地面を大きく蹴りあげる。
遙か上空にたどり着いた後で、深く呼吸を一つ。
カラテの押忍の構えを取った後、弾けるように拳を打ち出していく。
降り注ぐ隕石のように爆ぜて裂ける拳の一つ一つに込めるは、ダンカン流の極意。
夢幻と闘い舞う者の心を、確かに乗せて。
そして、頭から降り抜いた最後の一発には。
「バカヤロウ」なんて声が今にも聞こえそうな、優しい青年の心も乗せて。
一気に、叩きつけた。

土煙が舞う。
だが、物真似師には分かる。
まだ、最速にたどり着いていない事が。

煙が晴れた先、セッツァーは先ほどと変わらぬ姿で立っていた。
全ての乱打を受け止め、ズタボロになった一体の天使を踏みつけながら。
だが、彼自身は何もしていないと言わんばかりの顔をしている。
たまたま召喚獣が具現化し、たまたま襲いかかる乱打を全て受け止め、たまたま叩きつけられる際のクッションになった。
今のあの男には、そんな一連の出来事でさえ「運がいい」の一言で済まされてしまう。
セッツァーの運が良く、召喚されし獣の運が悪かった。
たったそれだけの話である。

追いつけなかったことを認識するや否や、物真似師は次の行動へ出る。
幸か不幸か、先ほどの攻撃の際に彼の道具を盗むことに成功した。
ヒヨコの出る変な機械、ある意味全ての惨劇を招いたきっかけのナイフ、時を駆ける少年が未来のために手にした七色の刀、発明少女の工具と希望の詰まったカバン。
だが彼にとっては、それらを失うことは別に「不運」でも何でもなかった。
寧ろより最速へたどり着くのに不要な物を押しつけるために、わざと盗まれたと言っても過言ではない。
幸運ではない物は、セッツァーには必要ない。
最速を目指す上での、錘となる物は何一つとして必要ない。

こちらの事を完全に見据えているようで、何も見ていない瞳を相手に物真似師は機械を構える。
砂漠の国の、勇敢でユーモアのある一人の国王のように。
機械のことならなんでもござれ、どこかで拾ってきたモノでも見事に使いこなしてみせていた。
そんな彼の思考回路をトレースし、一瞬で機械の特徴を解析していく。

ふと、機械の取っ手に刻まれていた名前を読む。
昭和という言葉は、自分の知らない世界の知らない国で使われていた。
おそらく、その世界では自分の国の未来に向けてこのような二文字の言葉をつけるのだろう。
だが、相手は未来の先を駆け抜ける存在。
過去につけられた名前では、打ち勝つことなど到底できはしない。
だから、新しい名前を付ける。
「平成……」
"平"和な世の中に、"成"りますように。
この地で誰しもが願い、誰しもが折られた夢の冠する名と共に。
「バードッド砲!」
引き金を、引いた。

機械と魔力の干渉、及び魔力を源として動作する機械。
簡単な例をいえば、魔導アーマーに代表される機械たちは魔力を源とした武装を扱うことが出来る。
ガストラ帝国の卓越した技術によって、それは可能となっていた。
つまり機械に対し適切な魔力の形を取らせることが出来るなら、機械達も魔法の恩恵に預かることが出来る。

だが物真似師は、一人では魔法を使うことは出来ない。
彼がするのは「物真似」なのだから、真似る魔法がなければ真似ることは出来ない。
そう、魔法は一人では使うことは出来ない。
だが、彼にも一人でも使える「魔法」がある。
一人の老人が我が身を張り、目を凝らし、耳を澄ませ、その手で触れた魔物の魔法の数々。
澄み切った心の持ち主という証の「青」を冠する魔法。
彼が体に刻みこんだその魔法達を、物真似師も見て、記憶して、刻み込んだ。
習得までの経緯さえわかれば、後は同じだ。
彼が「見て学べる」のだから、自分も「見て学ぶ真似」をすればいい。
あの冒険の数々で、彼が使ってきた魔法。
先ほどの剣を突き刺す前に、体の中へしっかりと吸い取った全ての魔力を込めて。
この機械に、全ての青を託す。

平成バードッド砲。
姿の見た目こそは変わらないモノの、新たな名前をつけられ、吹き込まれた魔法の力得た。
その兵器から打ち出された三匹の鳥達は、まっすぐにセッツァーへと向かっていく。
「セッツァーが、幸運を呼び寄せる異常な力を持っている」
その仮定が正しければ、この攻撃は絶対に避けられない。
なぜなら、この平成バードッド砲から打ち出されたのは。「幸せ」を運ぶ、三匹の「青い鳥」達だからだ!

青い鳥は「幸せ」を運んでくる。
だがあの青い鳥は、綺麗でいてイビツな黒の三角形を象るように飛来する三匹の青い鳥は。
得体の知れない「魔法」も運んできている。
その正体は幸運を意味する究極の青魔法、グランドトライン。
老いてなお夢を見、旅の果てにそれを掴みとったある老人が描いた魔法。
幸運を運ぶ青い鳥たちが夢を追い求める者へと、幸運の魔法を抱えて真っ直ぐに向かっていく。
このまま行けば、考えるまでもなく直撃する。
全ての「幸運」を呼び寄せる彼の能力の、唯一の欠点。
舞い込む幸運を、弾き飛ばすことが出来ない。
そう言っている間にも、刻一刻と青い鳥達は迫ってくる。
だが彼は涼しい顔のまま、その幸運の大集合を見つめ。
「回れ――――」
リールを、回す。
「止まれ」
コマ送りの世界の中で。
「止まれ」
迫り来る脅威から目をそむけることなく。
「止まれ」
リールを、止める。

揃った絵柄は、この世で最も美しく輝く宝石。
幸運を運ぶ存在を、それよりも遥かな幸運で迎え撃つ。
幸運を意味する「セブン」を冠する、輝きの光で。
セッツァーを中心とし、ありとあらゆる地面から無数に湧き出る七色の光線。
青い鳥を正確に貫き、内部と外部から脆弱な幸運を溶かしていく。
そして収束された七色の光線が、幸運の大三角と正面からぶつかっていく。
黒の中に光り輝く七色が飛び込み、それぞれがそれぞれを溶かしあい、やがて無へと帰していく。
そして何もなくなった視界に映った物。
それを彼ははっきりと覚えている、いや忘れるわけがない。
友の翼、この世で最も早く星空へと突き抜けられる存在。
ファルコン号が、確かにそこにあった。

九人の仲間達、彼らの力を借りて物真似師は夢を追うセッツァーへと確実に迫っていく。
だが、追いつくだけでは何の意味もない。
彼を追い越してその先に立ち、彼自身を止めなければいけない。
だから、彼は仲間の力を借りる。
最後に借りるはある少女の力。
己が描いた絵に命を吹き込み、己の剣として力を振るう。
描くのは大気という巨大なカンバス。
望むのならばどこまでも大きくなり、望むのならばどこまでも広くなる。
どこまでも果てしなく広がるカンバスに、物真似師の心の筆で描くはセッツァーの魂。
いつか自分と旅をし、共に夢を見た魂を。
己の心をたっぷりと乗せて、瞬時に描ききってみせる。
実物など必要ない、あの魂の船は自分の心の中に今も残っているのだから。
感じたとおり、触れたとおりに、あの巨大な船を描ききっていく。
最後に、絵に命を吹き込む。
いつかセッツァーが、嬉しそうに語っていた自分の夢という命を。
その手をかざした瞬間、エンジンが掛かり、プロペラ達が順に回っていく。
飛び去る前に、その船のコクピットへと搭乗する。
夢の船が、音を置き去りにする爆発的な加速で、最高最速へと誰よりも早くたどり着く。
そして、最高最速をその身に受けて最後に放つのは、ある暗殺者の構え。
狙えば百発百中かつ一点のブレすら許さない、正確無比のあの投擲をの構えをとる。
一挙一動、全身の筋肉を鼓舞させ、神経を研ぎすまし、骨をきしませ、一本のナイフを投げる。
「受け取れ……コレがお前の捨てた仲間の力だァァァァァァーッ!!」
物真似師が、感情を剥き出しにする。
セッツァーは、偽りの最高最速で向かってくる物真似師を見据える。
彼が投げた一本のナイフへ、手に握っていた一対のダイスを投擲する。
くるくる、くるくると高速で回転しながら飛んでいく。
セッツァーのギャンブラーとしての異能、ダイスを通じ己の運気を破壊力へと変える力。
運が良ければ良いほど破壊力が増す、つまり出目が良ければ良いほど強力な武器となる。
そしてセッツァーは今、幸運が限界突破している。
ならば、この先に来るべき事実は一つ。
ナイフとダイスが触れ合い、ぶつかり合った力が反応を起こしその場で弾け飛ぶ。
惨劇を招いた始まりのナイフが、衝撃に耐え切れず簡単に砕ける。
最後には砂よりも小さい粒になり、ファルコンが起こした風に乗せられて舞い上がる。
一方、白黒のダイスは弾けとんだ衝撃を利用し、セッツァーの手中へと綺麗に舞い戻る。
その手を開いたとき、傷一つついていない幸運のダイスが指し示していた目は。
六のゾロ目、一対のダイスに出せる最大の数字だった。

「テメェみたいな相乗りのクソ野郎が、人の翼でデカい面してんじゃねえ」
セッツァーは激昂を押さえながら、淡々と言葉を吐き出す。
ここまで感情をほとんど表に出さずにいた彼が、傍目からみても察せるほどの形相で。
物真似師を、睨んでいる。
「ゾロゾロとアホみたいに仲良くお手手を繋いで群れて、ダラダラ慣れ合ってる限り、お前になんてたどり着けやしないさ」
最速には、何もいらない。
仲間も何もかも、船に乗せる必要はない。
必要なのはただ一つ、自分自身の体があればいい。
だから、ゴミを乗せておきながらファルコンを語り、最速だと言い切る物真似師が、セッツァーにはどうしても許せなかった。
「まだ、届かないか」
セッツァーの言葉をよそに、物真似師がぽつりとつぶやく。
だが、ため息の一つも挟まずにセッツァーの方を見つめ直し、前を向いてしっかりと言い放つ。
「だが、確信した。
 お前が捨てた、お前がゴミだと言い放った存在は。
 俺を最高最速、その向こう側まで連れていってくれる。
 仲良く群れているだけじゃない、今までの俺の人生を、一人の物真似師の人生に関わってくれた者の存在が。
 俺を、加速させる!」
強く言い切る物真似師の言葉を、セッツァーは耳をすり抜けさせ、頭に入れようとしない。
その様子を見て、物真似師はゆっくりと後ろを向く。
側に突き刺さっていたブライオンを引き抜きながら、言葉を続けていく。
「ここからも、俺一人じゃない。共に歩んできた俺の友たちが、俺をより速くしてくれる。
 そして何より! 今、俺の側で戦ってくれる仲間たちが俺を更なる高みへ押し上げてくれる!
 お前がゴミだと言い放った力で、お前に追いつき追い越してみせる!」
物真似師は振り返ると同時に剣を真っ直ぐに構えて突きつける。
目の前に立ちはだかる、黒き絶対幸運へと。
「ちっ……さっきから屑役ばっかり揃えてたのは、テメーが動くためか」
ミシディアうさぎ。
セッツァーの内包するスロットの、末端に位置する外れ役。
先ほどの戦闘の合間合間にその姿が見えていたということは、考えるまでもない。
あの物真似師は今の戦闘のやりとりの合間合間を縫って、またスロットを回していた。
幸運を吸い取る自分がいる限り、末端の役しか出ないことを「逆手に取っていた」のだ。
一回の癒しの能力は微々たるモノだが、塵も積もれば何とやら。
自分の技で絞り滓のような配当を物真似師が受けている、そのことがまた彼の苛立ちを加速させていた。
落ち着きを取り戻すために、ダイスをもう一度強く握りしめ直す。
「ウザったいんだよ……俺の空に、他の色をベタベタ塗ってんじゃねえ!!」
この戦いで初めて、セッツァーが表情を変える。
むき出しにされた感情は、濾過に濾過を重ねて純成分だけで汲み上げられた怒りそのものだった。

「さぁ、行くよ」
物真似師から発せられた号令は、ある一人の少年の声。
何千人いや何万人とたくさんの人間を抱えながらも、先陣を切り、勇敢に戦った一人の少年の声。
今まとめる軍隊は、見てくれはたった一人である。
だがその声の後ろには、無数の仲間がいる。
物真似師という一人の人間が背負う、無数の仲間の声と力がある。
集団を束ねる才を持つ彼を、安心させてくれるのは一人の姉。
そしてその姉も今、彼のそばにいる。
「三人で帰るって、決めたから」
願い続けた言葉を口の中で再び転がし、噛みしめながら物真似師は前へ進むため。
その片足をふわりと浮かせようと力を込めた。

その時である。
「っはぁ~~~~~~い!! 呼ばれちゃ飛び出るのが科学者の定めだトカ!
 空前絶後、吃驚仰天、天地明察、豚を煽てりゃ木に登らせるInteligent.Qube.はカウントストップでおなじみの世紀の大天才!
 みんなのプリティアーイドル、終身名誉教授様が現れたからにはもうだいじょっ、うわなにをするやめろ」
「ったく……ちょっと目を離すとこうなんだから。
 これが科学の最先端を駆け抜ける天才だっていうのが、悔しいわね」
道化よりも甲高い声で物真似師が突然叫び、一人で声色を操りながらボケツッコミをする。
ただのショートコントにしか見えないが、彼らもまたこの地で物真似師と出会った者達である。
まるで二人いるかのようなその光景、それは全て彼の仲間たちがくれた光景。
物真似師にとっては大切な仲間の一人一人を心に宿し、誰一人として決して置き去りにしない。
己の全身全霊を賭し、最速の壁に向かい合う。

傍から見ているセッツァーにしてみれば、この上なく不快な光景だ。
ゴミがゴミ同士、肩を寄せあって自分の飛ぶ空に舞っている。
一つですら鬱陶しいと思うのに、まるで行く手を阻みにくるかのように複数浮いている。
最速を目指すための空には、肥大するゴミなど不快この上ない。
不快な全てを消し尽くしに、無感情でただ黙々と仕事を果たす。

「さぁ~てさて、デェ~ッカイの一発。ぶっ放してやりなさい!!」
「ワーオ! これこそ科学の結晶! 流した血と涙と汗とコーンポタージュ!
 我がリザード星の誇りを乗せて、ドカンと行くわよ禿ーげあーたまー!!」
不快感を示すセッツァーをよそに、物真似師はハイテンションで大砲に手をかけていく。
そして再び、昭和ヒヨコッコ砲の引き金が引かれる。
先ほどは国王の知識と解析力、さらに老人の夢の詰まった青魔法を吹き込む事により強化されていた。
だが、今回は違う。
出てくるのはただの黄色い鳥、幸運も魔法も運んでくることはない。
セッツァーがスロットを回すまでもなく、ぼうっと立っているだけでよけられてしまう代物。
銃を構え、大砲を構えて動かない物真似師へと照準を合わせる。
にやりと笑みを作り、引き金に力を込めたその時。
「へ、へくしっ」
くしゃみと同時に、物真似師も笑っていた。
ふと姿が消え、次の瞬間に現れたのはセッツァーの頭の上近くだった。
打ち出されたヒヨコの弾と共に、超至近距離に位置していた。
瞬間転移を認識したセッツァーは、構えていた銃の照準を即座にずらす。
打ち出されたヒヨコを瞬時に撃ち抜き、片手に握っていたダイスを物真似師へと投げつける。
宙にいる物真似師に、ダイスを避ける手段は何もない。
策があっての転移なのか、事故による転移なのかはわからないが、運悪く空中に現れてしまった以上関係のないことだ。
セッツァーが何の反応も示さず、不運だっただけという事実を突きつけるように動く。

だが。
「イナバウアー! 我が輩の華麗な身体能力と数式の完全計算による流線型がホップステップカールイス!」
「あり得ないこと」が起きた。
物真似師の体が宙で回転し、飛来するダイスを華麗に避けた。
計算された動きにはとても見えない、まさに「幸運」な出来事。
幸運を支配しているはずの自分の前で、どんな計算をしてもはじき出せるはずがない物。
あの物真似師は今、それを掴みとって見せた。
一瞬の焦りが生まれ、判断が遅れる。
上から降りかかってくる物真似師を避けるために、素早く後ろへと飛び退く。
「回れ、止まれ止まれ止まれ!」
急いでスロットを廻し、息つく間もなく止めていく。
出目の効果により現れた巨鳥が、着地する前のセッツァーの体を乗せて大空へ浮かび上がっていく。
すんでのところで上空からの襲撃をかわし、宙に舞いきったダイスを道中で回収する。
その際に、懐の栞を見る。
花はまだ枯れていないということは、この場で幸運を支配しているのは自分のはず。
疑念を抱きながら、遙か上空から着地する。
「どうして、っていう顔してるわね」
納得がいかない表情のセッツァーに、物真似師が問いかけていく。
「ま、無理もないわね。私も半分以上信じてなかったわ。
 幸運を支配する自分の前で、ラッキーなんて起こるわけがない。
 実際その通りよ、私たちの攻撃は当たってないし」
物真似師が言うとおり、セッツァーは幸運を支配している。
彼の目が黒いうちは全ての幸運が向こうから歩いて彼の元に集まり、彼にこの上ない幸せを齎す。
逆に言えば彼に触れる物、人間、空気、ありとあらゆる存在は「不運」になる。
絶対的に頂上に位置する幸運を手にし続けるために、彼は他人の幸福を吸い取っている。
だから、自分の目の前で他者が幸福になるなんて絶対にあり得ないことのはずなのだ。
「それはそれは壮絶よ、彼のやることなすこと、全てに不運な出来事が起こっている。
 誰がどう見ようが「運のない奴」だと思われても、まっすぐとその事実を受け止めて対処する。
 そしてどんな不幸に見舞われても、いつだって幸せそうな顔と表情で過ごしていた。
 己の幸運が吸い取られ、そこに不幸しかなかったとしても何の問題もない。
 幸運なんて元からありゃしないんだから、どれだけの不運が舞い込もうが、知ったこっちゃない。
 "別にいつも通りなんだから"いつも通り過ごして、いつも通りに対処していくだけなのよ」
「そう! どんな薄幸の美少女よりも可憐な我が輩はいつでもニコニコリザードスマイルと持ち前のど根性で切り抜けてきたトカ!
 この天才的頭脳を以てしてもなんだかよくわかんない上に、褒められた気がしないけどそういう事なんだトカ!」
絶対的幸運が相手なら、絶対的不運に屈しない者の思考と生きざまの真似で切り抜ける。
どれだけ人より多くの「不運」溜め込もうと、彼ならなんとかしてくれる。
そんな不思議な力を持った、不思議な不思議な人物だった。
「ウゼぇ……」
舌打ちをしながらスロットを回す。
そろった絵柄、それにより起こる現象。
この世の理と常識を「幸運」でねじ曲げていく。
馬に乗った二人の騎士が、セッツァーの両隣に音も無く現れる。
両者共に、その太刀で斬り裂くことのできぬ者はいないとされる名騎士である。
息をつく間もなく馬が駆けだし、一直線に物真似師へと向かっていく。
迫りくる二人の騎士に対し、手に持っていた剣ではなく、先ほどセッツァーから奪った虹色の刀を構える。

脳裏に思い描くは、絶景。
視界の全てを覆いつくさんとする一本の大きな桜の木。
その木から吹雪のように無尽蔵に降り注ぐ花びら。
見るもの全てを魅了する、たった一つの存在。
そこに添えるのは、辛すぎず甘すぎず、舌を包み込むように染み渡る、たった一杯の透き通った酒。
そして、その一杯の酒を酌み交わす唯一無二の友。
心の中で、腕を天高く上げる。
持ち上げた杯に、どれよりも桃色に輝く花弁が落ちる。
ゆっくりと花弁ごと口に含み、その風味を味わうために瞼を閉じていく。
これ以上ない至高の感覚、この場にある全てが、ありとあらゆる感覚を快感へと導く。
その全てを堪能し、一息をついてから。
目を、開く。

「一撃だぜ」

七色の軌跡を描きながら、刀が大きく弧を描く。
あるはずのない桜吹雪が舞い散った瞬間。
二人の騎士が雷に撃たれたかのように崩れ落ちる。

セッツァーから離れた幻獣なら、不運にも攻撃が外れるという事はない。
それどころか幻獣も運気を吸われているのだから、状況は全くの五分である。
手に持つ七色の奇跡は、ある世界で少年が時を駆けながら戦い抜いた刀。
戦う自分自身と、知らぬ内に掴んでいた誰かの幸せを守るために、振り抜き続けた刀。
その刀に残るわずかな「幸せ」の力が物真似師の技術の糧となり、二人の幻獣を打ち砕いた。

「まだ、こんなもんじゃねえぜ」
己の力を指してか、それとももっと早くなれることを指してか。
刀を真っ直ぐに突きつけ、物真似師はセッツァーに言い放つ。
それと同時に物真似師が前進し、セッツァーはスロットを回転させる。
一瞬の間に無数の幻獣が、セッツァーの周りを守るように現れる。
イフリート、シヴァ、ラムウ、ビスマルクが物真似師へと戦いの姿勢を見せる。
キリン、ゾーナ・シーカー、フェンリルがセッツァーの周りで助けになろうとする。
他にもケット・シー、カトブレパス、ファントム、カーバンクル、セラフィムと次々に召喚獣を呼び出していく。
配当で当たる幻獣も、言い換えてしまえばセッツァーを遅くする要因である。
だから、ここで吐き出しきっておく。ここの空には、そんなものは必要ないから。
夢を追い、夢に追いつく最速を手に入れるため。
「言ってろ、三流。俺に追いつくなんざ神でも出来ねえよ」
その一言と同時に、全ての幻獣たちが動き始めた。

「ごめん、どいてどいてどいて! ちょっと、さっさと撃ちなさいよ!」
「わかってるトカ! 百発百中の気分は13な名スナイピングでオネーサンもイチコロだトカ」
「無駄口叩く暇があったら撃つ!」
鞄からばらまく無数の爆弾、その一つ一つが燃え上がり火柱をたてる。
それとヒヨコッコ砲で無数の幻獣へ対処していくが、流石に手が回らない。
蜥蜴がその身に引き寄せる不運はここまで大きな存在なのかと戦慄する。
彼がこの場に辿り着くまで生きながらえることが出来たのが不思議なくらいだ。
「仕方ない、ここは一発!」
そう言いながら物真似師は少し大きめの爆弾をカバンから取り出し、勢い良く地面へと叩きつける。
先ほどとは比べ物にならない爆炎が、大地に広がっていく。
多くの幻獣が霞んでいく中、セッツァーは表情一つ動かさない。
そして燃え上がる火柱の中を、物真似師は刀一本で斬り抜ける。
一振り、一振り、一振り。
突き抜けるように七色と共に炎の中を進んでいく。

セッツァーは、冷たい目線でそれを見続ける。
「回れ、止まれ止まれ止まれ」
どれだけの幻獣の姿が霞もうと、涙の一つすら零さない。
「回れ、止まれ止まれ止まれ」
いらない物を吐き出すために、無心でスロットを回す。
「回れ、止まれ止まれ止まれ」
幻獣を扱っていたという記憶すらも、捨て去るために。
そう、余計な記憶なんて必要ない。
自分の空と自分の船にある物は必要最低限でいい、重石や風除けなんて必要ない。
だから、頭の中の残りカスをここで吐き出していく。

聖なる巨人、始祖の凶鳥、そして大地を揺るがす大蛇。
物真似師の目の前に立ちはだかる三体の幻獣。
強大な幻獣達を目の前にしながら、物真似師は刀をしっかりと構える。
機械仕掛けの巨人が、大きく動き始める。
歯車が回り、蒸気を噴きだし、連動する部分がかみ合って動き出す。
そして、頭部から一本の光の筋が延びる。
全てのものに平等に、神の裁きを与える光。
ルッカの爆弾とは性質の異なる爆発を巻き起こしていく。
「桜花――――」
一振り。
瞬時に肉薄していた物真似師が、炎を背にしながら機械仕掛けの巨体を斬り裂く。
脚の部分が大きくズレこむと同時に、光の粒子と化して溶けていく。
同時に、凶鳥の全身から炎、氷、雷の要素が交じった光があふれ出す。
あの世界の中核となる三要素、それを混ぜ合わせた破壊の光。
屈折と旋回を繰り返しながら、物真似師へ向かっていく。
「雷爆――――」
一振り。
凶鳥の銅を薙ぐように、七色の筋が延びる。
破壊の光をすれすれでよけながら、一点の狂いもなく振り抜かれる刀は芸術とも呼べる。
凶鳥は断末魔ともとれる叫び声を残し、機械兵と同じように光の粒子となっていった。
休む間もなく強烈な地響きが物真似師を襲う。
世界を揺るがし、飲み込まんとする大蛇。
その巨体から放たれる大地の衝撃は、さすがの物真似師でもふらついてしまうほど激しい。
じっと地面に立っていることはできない、そう判断して渾身の力を込めて地面を蹴る。
「斬!!」
一振り。
地を支配する大蛇ならば、空から攻め抜くのみ。
その首を一点に見据え、不完全な跳躍の速度を乗せながら刀を振るう。
光の粒子へと融けていく大蛇を背に、物真似師は刀を握りなおした。

こうして無数の幻獣達を追い払い、ひとまず難は逃れた。
しかし、その間にほぼ全ての幻獣を呼び出したセッツァーが揃えた手札はこの上なく多い。
召喚していた幻獣の効能から自然治癒、物理防壁、魔法反射、魔力軽減、高速分身と来て更に透明化が判断できる。
セッツァーの姿を捕らえることができず、うかつな魔法や打撃では攻め込むことすらできない。
かといってじっとしていれば、自然治癒の力で更に手が着けられなくなってしまう。
逆に言えば、そこまでするほどセッツァーも全力を出してきている。
ならば、自分も全力で追いつくのみ。
自分が信じる仲間の力を最大まで引き上げた攻撃を一発、ぶち込むのみ。
最速の船にたどり着くまで、自分というエンジンをフル稼働させる。
仲間という存在がなによりも心強く、今この瞬間も自分を加速させてくれる。
元の世界とこの世界で出会った者たちの姿を心に描きながら。
物真似師は口を開く。

「天より降りし雷よ」
虹を左手に持ち替え、右手に勇者の剣であるブライオンを握り締める。
「地を揺るがす雷よ」
両腕を上げ、刀と剣を交差させる。
「森羅万象、この世の理を貫く雷よ」
全意識の集中、それは自分自身だけではない。
「遥かなる時を経て、降り注げ」
かつて共に旅をしてきた仲間、そしてこの地で共に歩んだ仲間。
「ここにいる我らの魂と共に」
一人一人がこの場に集っているかのように、多くの祈りを捧げる。
「この手に集え……!」
掲げられた刀と剣に、一筋の雷が落ちる。
「クロス・シャイニング……ギガ、ソード!!」
雷を裂くように、頭上の交差を解く。
時空を駆け、世界に変革をもたらした、七色の輝きを放つ刀、虹。
勇者という希望と、全ての悲劇をその身に染込ませた剣、ブライオン。
それぞれの刀身に、あの「救いの勇者」が見せてくれた青白い光を宿しながら。

柄を強く握りなおし、物真似師が叫ぶ。





「撃てェェェェッ! ちょこぉぉぉッッ!!」





セッツァーは気づいていなかった。
物真似師が屑役をそろえながら、過去の仲間の力を使って戦っていたとき。
ミシディアうさぎの癒しの力が後ろで倒れている二人にも注がれる絶妙な位置取り。
塵も積もれば山となり、気絶から立ち直るだけの治癒の力を二人に与えるのが本当の目的。
気絶から立ち直る頃を見計らい、物真似師は蜥蜴の真似を駆使してセッツァーの注意を自分に釘付けにさせていた。
セッツァーが物真似師を憎み、潰したがっていることを利用したある種の賭け。
その賭けに物真似師は勝ち、ここにいる仲間という配当を得ることが出来た。

「ん……」
先に目覚めたのは、サイキッカーの少年、アキラである。
頭にはまだ生々しく血の跡が残っているのだが、受けた傷が浅かったことが幸いしてか、治癒の程度が軽めでも動くことが出来た。
そして目を覚ますや否や地面から飛び起き、せわしなく首を動かして周りを見渡す。
少し遠く、そこには戦闘を繰り広げている二人の人影が見える。
加勢に回ろうとその身を動いたとき、頭痛とともにある思考が流れてくる。
「頼みがある」
それは、物真似師の意志。
まるで自分が目覚めたことを悟っているかのような調子である。
「俺が合図するまで、ちょこの傷を癒してやって欲しい」
その一言を受け取った時に、そこまで離れていない場所に倒れていたちょこの姿を見る。
翼が一つ削げ落ち、下腹部からは赤黒い血を流し続けている。
ミシディアうさぎの能力では、この重傷は癒しきることは出来なかった。
「超能力なら内部意識を活発化させ、治癒能力を上げることが出来るのだろう?
 ああ見えてもちょこは魔王の娘、俺たち人間よりそのあたりは優れているはずだ」
潜在意識、人の持つ治癒能力。
超能力でそれを促進させることによって、傷の治りを早めることが出来る。
ちょこへ手を翳し、物真似師の意志の通りちょこの治癒能力へと語りかけていく。
「俺が合図したら俺の言うとおりに回り込んで来てくれ。
 そして精一杯叫ぶ、それに合わせてちょこに闇の魔法を撃たせてくれ。
 頼んだぞ、せめてあいつが魔法を打てるようになるまで……それまで俺が時間を稼ぐ」
信頼。
こちらの動きを察知しているのではなく、自分とちょこを信じることを貫き通す意志。
物真似師の狙いがなんなのか、何故ちょこのヴァニッシュが必要なのかは分からない。
セッツァーに一発何かを通すために、それが必要なのだろうということぐらいしかわからない。
向こうをそれだけ信頼しているのだから、こちらもその信頼に応える必要がある。
「分かった、待ってろよ」
アキラは、ちょこにひたすら手を翳し続ける。
既に磨耗しきった己の精神を、騙し騙し使いながら。
身体能力のさらに奥、潜在意識にまで語りかけ、ちょこの治癒能力を高めていく。
物真似師が兎を介して託してくれた、信頼へと繋げるために。



治癒能力を活性化させるため、アキラはちょこの意識へ語りかける。
その途中、アキラの頭にいくつもの情報が流れ込む。
ちょこの過去、生い立ち、そしてここで何があったのか。
心の中の強い意志が、映像へと具現化していく。
アキラの心に一つ一つの場面が克明に、はっきりと映し出される。
自分が気を失ったすぐ後の事も、コンマ数秒の一場面すら逃さずに。
ちょこが気を失うまでの光景を見届けた後、そこには一人の少女が膝を抱えて蹲っていた。
顔を隠しているので泣いているのか、怒っているのか分からない。
「"おとな"になるって、こんなにかなしいんだね」
喪失。
詳しくは分からないが、決定的な何かを失ったこと。
ちょこはそれが"おとな"になるという事だと、うっすらと認識していた。
「わかるの、もうおねーさんと"けっこん"できないって」
汚され、奪われ、失くした。
もう自分には"けっこん"を口にする事など、出来はしないことが分かっていた。
正体不明、得体の知れない絶望がちょこを支配する。
「ちょこ、こわいの。あのくろいのが、みんなをふこうにするから」
その絶望を統べるは漆黒の夢幻。
アレに関わることで、不幸になる。
どこの誰であろうと、もう幸せになることなんて出来ない。
待っているのは絶望なのだから。
「ここで……じっとしてるの」
「馬鹿野郎!」
俯いたまま、まったく動こうとしない少女にアキラは怒鳴りつける。
どこからとも無く聞こえる、聞きなれた声に少女ははっとしてあたりを見渡す。
「お前、それでいいのかよ」
叫びを切っ掛けに、決壊したダムのようにアキラは喋り続ける。
頭に浮かんでくる言葉の数々を、吐き出さずにいられないから。
「アイツだって、今たった一人で戦ってんだよ」
こうして気を失っている間にも、一人の物真似師はセッツァーと戦っている。
絶望的な戦力差、そして事象すらも操る超常能力。
普通はどう考えても勝ち目のない戦いに、たった一人で戦いを挑んでいる。
「でもアイツは一人じゃない。あいつの後ろで今まで会ってきた仲間とか、いろんなモノの心が力になってる」
なぜ、そんな戦いに立ち向かっていけるのか?
簡単な話だ、物真似師は一人に見えて一人ではないということである。
あの体には無数の仲間の心が詰まっている。
物真似師は、その仲間の心を真似る事で、無数の援軍を得ているかのように振舞える。
「お前にも! 力になる心があんだろうが!!」
今、少女に伝えるべきなのは心の力。
信じてくれる、待ってくれる人がいる限り、人はどこまでも強くなれる。
「お前の嫁は! 結婚するって決めたダンディーな旦那は! お前を待ってんだろうが!!」
そう、何よりもちょこには心の支えになる人間がいる。
どれほどのものを失っても、ちょこのことを見て支えてくれる一人の旦那がいる。
イケメンで、かわいくて、ちょっぴりお茶目で、何よりも心強い、この世でたった一人の旦那が。
ちょこには、そんな素敵な人の"お嫁さん"になると言う夢がある。
「大人になったとか、そんなくだらねー理由で諦めていいもんじゃない」
夢は、夢である。
だが、追い続けてこそ力と希望を持つ。
向こうが絶対的な力で夢を追い続けるなら。
こちらも夢を追う力で、全力でぶつかっていくべきだ。
「てめーが、てめーがどれだけ"愛"を持ってるかじゃねーのか!?」
ちょこはまだ、決定的なものを失っていない。
"けっこん"に必要で、もっとも大事なもの。
愛する人を思う心、それがあれば十分。
一人だけ先に大人になっただとか、そんなことは関係ないのだ。
「今、やるべきはそこで蹲ってることじゃない、あの真っ黒い闇をぶっ潰すことだろうが!!」
アキラが、より強い口調でちょこにハッパをかける。
やることがある内は、止まっている余裕なんてない。
「……そうだよ、ちょこは、おねーさんとしあわせになるってきめたの」
ちょこが、顔を上げる。
そしてゆっくりと立ち上がり、黄色いスカートについた埃を軽く払う。
「ぜったいに、しあわせになるって」
何者にも折られない"夢"を持っている。
誰でも持っているような夢であって、強くて、綺麗で、尊い、ただ一つの夢。
心の中にしっかりと根付いていたモノを、すっかり忘れきっていた。
「みんなもしあわせにするって」
脳裏に描く"姉"だけではない。
今のちょこには"父"も"兄"もいるのだ。
「いなくなっちゃったみんなも、みんなでいっしょにしあわせになるって」
今まで会った全ての人物。次々に浮かんでくる顔たち。
この世界で死んでしまった四人のほかに、ちょこにはまだまだ"家族"がいる。
「ちょこのおともだち、かぞく、みんなでしあわせになるって。だから……」
顔を上げる。
決意に満ちた表情で、前を見据える。
心を支配していた絶望を振り払うように、しっかりと目を開く。
「まだ、戦える!」
その一言と同時に、少女の体が巨大な光に包まれる。
祈りにも似たようなその構えのまま、天空へと登っていく。
やがて光がゆっくりと引いていき、うっすらと人影が見える。

希望と決意の赤を秘めた片翼の天使が、未来を見据えて覚醒する。

曲がりなりにも魔王の娘、ということを証明するかのようなちょこの超人的能力。
アキラが超能力で少し語りかけた瞬間、先ほどとは比べ物にならない速度で見る見るうちに傷が塞がっていくのだ。
表面の傷がすべて塞がりきったあたりで、ちょこはゆっくりと目を覚ました。
「起きたか」
真っ先にちょこの目に映ったのはやさしい少年の瞳。
そして全身を突き刺していた痛みが和らいでいることから、自身の傷が粗方塞がっていることに気がつく。
「……ありがとう」
「感謝するのはまだ早え」
そう、傷が塞がったことに喜んでいる暇は無い。
来るべき戦闘の時に備え、ギリギリまでちょこの体を癒す必要がある。
もう残り少ない精神の力を振り絞りに振り絞り、アキラはちょこの体を癒し続ける。
その時、アキラの脳内回線に、一つの声が届いた。
「今だアキラ、こっちに来てくれ!」
ベストタイミング。
此方の状況を完全に把握しているかのような物真似師の指令。
一方通行の通信に、ここまでの信頼を賭けてくれている。
自分達二人も、物真似師の仲間なのだから。
その信頼に答えるべく、立ち上がる。
「よし、行くぞ。走れちょこ!」
翼を失っても、足は残っている。
ちょこも、まだ走ることが出来るのだ。
アキラと共に、足を合わせて前へと進みだす。
「……くそっ」
その時、アキラが大きく体勢を崩して倒れこむ。
アキラの姿を心配するように、ちょこの足が止まる。
「止まるな! 俺に構わず早く行け!」
心配するちょこを追い払うように、アキラが叫ぶ。
こうしている間も、物真似師は戦っている。
一刻一秒を争うこのときに、鍵となるちょこがここで立ち止まるわけには行かない。
アキラの真っ直ぐな視線を受け止め、小さく頷いてからちょこが振り返り走り始める。
「ザケんな、あいつらが戦ってんのに俺だけ指くわえてぶっ倒れてるつもりかよ」
限界。
度重なる戦闘と、この地においての騒動。
アキラという一人の少年に溜まっている疲労は並大抵のものではなかった。
そんな状況でようやく手にした癒しも、それ以上にしてすべてちょこに託した。
立っていられるのがおかしな位、アキラは疲労しきっていたのだ。
「ザケんな、ザケんな、ザケんな」
地に倒れ伏したまま、アキラは呪詛の言葉を呟く。
この地のほかに、今もなお戦い続けている者たちがいる。
片腕を失ったり、全身を焼かれたり、この上ない苦痛を与えられても戦い続けている奴がいる。
一方の自分は、疲労が溜まっているだけでこうも簡単に倒れこんでしまう。
無力感、それを噛み締めざるを得ない。
この言葉を呟いている間にもちょこは遠くへ向かい、戦場へと赴いているのだ。
「男には、どうしてもやんなきゃいけねえ事があんだよ」
倒れたまま、小さく呟く。
やることがある、やらなきゃいけないことがある。
物真似師は何よりも辛い現実と戦い、ちょこも大事なものを失っていながらも戦場へ向かおうとしている。
疲れた、という理由だけでぶっ倒れているのは自分だけだ。
「だったら……進め!」
聞きなれた声が、耳に届いたような気がする。
限界まで超能力を使い切り、疲弊しきった精神と頭を回す。
乳酸が溜まりきって、もうろくすっぽ動かないはずの体にムチを打つ。
「そうだ、こんなとこでぶっ倒れてられっか」
止まっていられない、やることがある。
この身が存在するのだから、自分にはやるべきことがある。
気合と根性、そして希望。
いつだったか誰かに聞いた「全てを乗り越える三つのK」を胸に、ボロボロの体を動かしていく。
「俺が、俺こそが"無法松"だああああああああああああああああ!!!」
自分が夢見る"ヒーロー"の名を叫びながら、ちょこの後を追うように走り出していった。



「撃てェェェェッ! ちょこぉぉぉッッ!!」
ようやく物真似師の姿を視界にはっきりと捉えたとき、その叫び声がちょこに届いた。
何を撃つのか、どこに撃つのか、何も分からない。
だが、物真似師の強い意志は伝わる。
今は細かいことを考えている場合ではない、物真似師の言うとおりに「撃つ」だけだ。
「盛者必衰、映し出すは滅びの未来」
精神を統一、全ての魔力をかき集めるように手を重ねる。
「莫大な富と名声を手にし者に裁きを」
人々から受け取った思いと、誰しもが描く夢の全てを手にし。
「全ての報われぬ人に幸せを」
幸せを得るための力を乗せた未来を開く鍵を回す。
「そして、愛を刻みし我が魂と……愛する人の心と共に」
開いた鍵の先、誰にも立ち入ることのできない自分の中の愛する人の心の前で。
「ちょこは、この先の一生を添い遂げることを誓います」
この全身に積もりきった愛を注いでいく。
「私たちの道を阻む悪しき暗黒よ!」
その力で穿つ、無限に広がり人々を絶望に導く闇を。
「永遠の闇へ還れ――――ラヴ・ヴァニッシュ!!」
胸に当てられた両手を中心に、一筋の光が伸びる。
そしてちょこを中心に、全てを崩壊させる闇の力が広がる。

全てを飲み込もうとする破壊に、物真似師は真っ直ぐ突き進んで行った。

「うおおおおおおおおお!!」
円形の闇の力のド先端、七色の刀を突き刺す。
刀が身に纏う光の力に吸い寄せられるように、闇がその姿を崩していく。
入り混じる光と闇の力が、一つの力へとなっていく。
そのあふれ返りそうな強大な力に耐え切れず七色の刀にヒビが入り、ゆっくりと粒子状に砕けていく。
全ての闇の力を吸い切り、その身を全て砕ききった後。
七色に輝く、闇の塊が出来上がっていた。
「僕達は"どんなときもひとりじゃない"」
それは魔法の言葉。
自警団の青年の言葉を、かつて自分を救ってくれようとした青年の言葉を呟く。
人は誰しも、一人ではない。
支えてくれる誰かがいるからこそ強く、速くなることが出来る。
「僕達の仲間の力、最速に追いつく力!!」
ブライオンを七色の闇に翳し、天空の光をさらに加える。
光と闇の濃度が五分に近くなり、虹色の輝きが増して行く。
そこで、物真似師は振向く。
「そうだろ!? アキラァッ!!」
「ったりめぇだァッ!!」
仲間の力、更なる思いを虹色の球体に加えるために。
ギリギリのアキラが、思念の塊を飛ばす。
普段は拳のイメージを象らせて殴っている物を、球体に変化させて。
全身の力を振り絞るように、投げ飛ばす。
「行くぜ、キャプテン!!」
何よりも速く、七色に人々の「思い」が溶け込んでいく。
その瞬間に両手でしっかりと握り締めたブライオンを、その球体目掛けて突き刺していく。
「ファイナル、バースト……リヴァァァァァァーース!!」
生命エネルギーにも似た輝き。
球体を貫き、地面へと突き刺さった剣を介して。
この世界の天と地に、限りなく広がっていった。



「回れ」
透明のセッツァーは、表情を一つも変えずに、独り言のように小さく呟いた。



大空に上る、真昼の太陽。
生命の輝きをより一層照らすために、燦々と輝き続ける。
ある地点のある三点に、一人ずつ倒れこんでいた。
もう、声の一つすら出ない。
三者が三者共に疲弊の限界に辿り着き、動こうともしない。
達成感と安堵に包まれながら、瞳を閉じようとする。

その時、輝きの炎が一点に聳え立つ。
火柱の方を振り向くと、真紅の不死鳥が巨大な翼を広げて大空へと飛翔していく。
かつて一人のトレジャーハンターが夢を託した、生命を司る幻獣。
その体から放たれる転生の力が、そこにいるセッツァーを中心に物真似師達にも降り注ぐ。
何故、物真似師達にも降り注いだのか?
それはたった一つのシンプルな答えである。
セッツァーはまだ物真似師たちに、夢という持ち金を持たせているからだ。
その金をすべて奪い去って破産させるまで、彼らを死なせるわけには行かない。
「お前等の"賭け金"はしかと受け取った」
セッツァーの声が、どこからともなく聞こえる。
生き残れるはずがない攻撃を食らったはずのセッツァーは、驚くべきことに生きていた。
物真似師達が放ったのはありとあらゆる加護を貫く、人の生命の波動の力。
その中には人々の幸せも詰まっていた。
この場において、幸運を支配するのはセッツァー。
どれだけの力でも、その中の幸せという力は、彼にとって養分でしかない。
セッツァーはあえて生命の波動を受け止め、手のひらに握り込んだダイスを翳した。
ありとあらゆる人間の最大多数の最大幸福が、セッツァーの手中に収められた。

生命の波動は幸せという安定剤を失い、本来入り混じることのない光と闇が行き場を失い、四方八方に飛び散った。
その威力は、本来の数十分の一にも満たない。
セッツァーがあの攻撃を耐えしのぐことが出来たのは、それが原因だ。

そして、彼は姿を現す。
真っ黒に染まったコートの傍に、一人の女神を侍らせながら。
わずかに傷つけられた身を癒す光を受けつつ、ゆっくりと歩いてくる。
「回れ、止まれ止まれ止まれ」
女神が消えると同時に、セッツァーがスロットを回す。
当然のごとく絵柄がそろい、当然のごとく幻獣が現れる。
「お前らの体力という持ち金、奪わせてもらう」
暗黒空間から現れたのは赤と黒を基調とした体の、闇よりの使者。
ふわりといちど舞い上がり、白い閃光が放たれる。
それとほぼ同時に巨大な黒球が現れ、三人を等しく包み込んで行く。
襲い掛かる、超重力。
まるでブラックホールに吸い込まれるかのような力で、地面に縫い付けられる。
苦しくて声を出そうとするが、それすらも叶わない。
そして体力を搾り取っていった使者は、無数の蝙蝠と化して空に融けて行った。
悪夢のような攻撃を耐えしのぎ、ただでさえ少ない体力を毟り取られ終わった時。
ちょこを見下ろしながら、黒い夢がそこに立っていた。
「がはッ!」
セッツァーはゴミを見つめるような視線でちょこを見つめ続ける。
勢いよく降りおろした片足が、ちょこの下腹部に突き刺さり、その体を地面に縫い止めている。
「ゆるさ、なあぐっ!」
反抗的な視線をセッツァーに向けるちょこの顔が、蹴り上げられる。
「がふっ、あがっ、うぐあっ!!」
そのまま空いている片足で、胸や腕や脚、体の至る所を踏みにじり続ける。
打ち出される銃弾のように鋭い一撃が、ちょこの体力を抉っていく。
突き刺さる度にちょこの小さな体がのけぞり、口から鮮血を漏らす。
「あ、がぁ……」
喉を踏みにじるように押さえつけ、ちょこの声が弱まったあたりで喉から脚を離し、軸にしていた脚を浮かして腹部を蹴る。
人形のように扱われるちょこを助けようと、物真似師とアキラが這いずりながら近づいていく。
「さぁ、ギャンブルをしようぜ」
そういうと、セッツァーは懐からカードを取り出す。
死者の呪いが込められているとされ、主に黒魔術に使われる死の魔術師を名乗る札たち。
その一枚一枚が禍々しい絵柄と共に、番号が割り振られている。
「何でもいい、一枚引け。その後に俺も引く。
 デカい数字を引いた方の勝ちだ」
セッツァーは両者共に絵柄が見えない絶妙の角度で、カードを一枚一枚選べるように扇形を作り、ちょこの手に届くように屈み込んで突きつける。
ここでカードを引くことを拒めば、セッツァーがちょこの命を刈り取るのは目に見えている。
ゆっくりとちょこはその中の一枚を手に取る。
自分たちの力が勝っていることを証明するために。
ちょこが一枚引いたことを確認したセッツァーは、残りの二十一枚を空に放り投げる。
はらはらと、舞い上がったカードが落ちてくる。
目を瞑りながら天高く伸ばした右手の先に、一枚のカードが吸い込まれるように手中に収められる。
そして、この戦いが始まってから初めて。
セッツァーが、笑った。
「俺の勝ち、全財産総取りだ」
世界。
サニアのタロット占いを、そばで見ていたちょこだから知っている。
そのカードがこのギャンブルで何を意味するのか。
二十二枚のタロットの中で、もっとも大きい数字「21」を持つカード。
どんなカードを引こうと、数字ではこのカードに勝つことなど出来ない。
つまり、勝利が約束された無敵のカード。
それを見事手中に収めて見せたのだ。
ちょこは、恐る恐る自身の手に握られたカードを見る。
そこに映っていたのは、愚かなる者の象徴。
意味する数字は、「零」だ。
「う、うああああああああああ!!!」
腹部を押さえつけられながらも、ちょこは抵抗の意志を見せる。
だがセッツァーの頭上からどこからともなく一本の剣が現れる。
それは垂直に、刃を地面へと向けながら。
ちょこの下腹部へと、突き刺さって行った。

「――――になるがいいッ!」

「神々の黄昏」を冠するその剣が意志を手に入れた姿。
確率は低いもののありとあらゆる魔の力を、物に変えてしまう幻獣である。
セッツァーは、振ってきたその剣の柄を、力強く握る。
「お前の夢、全部頂く」
剣の柄を中心に全てを覆う光が広がる。
やがてゆっくりと光が引き、物真似師とアキラに視界が取り戻されたとき。
剣の突き刺さっていた場所に、綺麗に重ねられたカードの束が落ちていた。
カードの名は、ラストリゾート。
魔王の娘である少女が夢見ていた「新婚旅行」を皮肉るように、ただぽつりと置かれていた。

「ククク……ハハハ」
カードの束を拾い上げ、セッツァーが笑う。
物真似師とアキラはまだ立ちあがれない。
「滑稽だよなァ! 仲間仲間だとかヌカしてるお前らを暗示するように、こいつが引いたカードは愚者と来た!
 俺が引いたカードが何でアレ、お前らの仲間の力なんて、俺には追いつけねえんだよ!」
物真似師が、ちょこが、アキラが信じてきた仲間の力。
それを嘲るかのように、カードは「愚者」を示していた。
対するセッツァーのカードは「世界」である。
この場所で世界と同化するほど絶対的な支配の力を、セッツァーは持っているとでも言うのだろうか。
「ああ、そうだ。テメぇにゃ落とし前つけて貰わなきゃな。
 俺の空でさんざんデカい顔して、汚ねえゴミ撒き散らして、変な色をぶちまけていく。
 てめぇだけは絶対に許さねえ、だから」
笑いをピタリと止めて無表情に戻り、静かに怒りの炎を燃やす。
その視線はようやく起き上がった物真似師、ただ一人に注がれている。
自分の夢を語り、自分の空を語り、自分を語る。
嘘八百の出鱈目野郎がこの場に留まっていることが、何よりも許せなかった。
「だから、テメーの得意の物真似で殺してやるよ」
その言葉に、物真似師が怪訝な表情を浮かべる。
セッツァーに、何の物真似が出来るというのか?
それが分からないどころか、全く見当もつかない。
だが、一瞬にしてその答えに辿り着くハメになる。
「まさか、スロットの幻獣の中にこいつ等がいるなんて思いもしなかったな。
 ケフカのヤローをヒントにしてみりゃ、幻獣の力を得るなんて簡単だぜ。
 世界を支配する、三闘神の力を得るなんてよおッ!!」
セッツァーの背後に映り込む、女神、鬼神、魔神。
かつて世界を崩壊に招いたとされる三闘神の姿がそこにあった。
なぜ、彼らは呼び出されたのか。
嘗て世界崩壊の日に、全てを破壊する力が凝縮されて一つの魔石になり、封印されし滅びの八竜の体内に一欠けずつ埋め込まれたという。
伝説上の代物でしかないそれをいとも容易く呼び出し、さらに見よう見まねでその力を得ることにすら成功する。
たまたま呼び出してなんとなくやってみたら、手に入った。
ありえないことを平然と乗り越えるバカヅキ、この男は世の理すらも今は転覆させている。
「当たり前」など、通用するわけがない。
「分かるんだよ。こいつ等を呼んだ瞬間に、俺の体に力が沸いて来るのが!
 最高、最速、全てを抜き去る力が、俺の手にある!」
夢を追う一人のギャンブラー。
その手には絶対支配の幸運。
最速のために全てを捨て、最速のために全てを賭ける。
そのギャンブルの場に登る前に、万全の姿勢を作り上げるために。
「じゃ、そろそろ死ねよ。俺の"ケフカの真似"でな」
天地を崩壊させる三闘神の力を引き出していく。
ファルコンという大きな翼を広げ、セッツァーが魔力を込め始めた時だった。
「待てやコラァアアアアアアアアアアアアアア!!」
怒声。
声のする方を振向くと、一人の青年が前屈みの姿勢でその場に立ちあがっていた。
「なんだ、てめーか。まあジッとしてろよ、そのうちちゃんとお前の財産も毟り取ってやる」
瀕死の青年に興味を持つこともなく、セッツァーは冷静に言い放つ。
青年、アキラにその声は届かない。
「うううぅぅぅぅううう……」
真っ直ぐ前を向いて、全身を鼓舞させる。
「おおおおぉぉぉおおおぉおぉぉおおぉ!!」
今まで出したことのないような速度で、一直線に走りぬける。
「おああああああああああああああああああああああああああ!!!」
構えた拳、それを地面スレスレの位置から振り上げる。
どこかの格闘家も褒め称えそうな、綺麗な曲線を描いたアッパーカット。
その拳が捉えていたのはセッツァーではなく、なんと物真似師の顎だった。
予想だにしない出来事に、セッツァーは大きく目を見開く。
そしてアキラはその勢いを殺すことなく、転げながら崩れ落ちた。

「"無法松"の役は、お前に任したぜ」
ヒーローと呼ばれた男の名を、残しながら。



闇の使者の放った魔球。
それにより等しく体力は奪われ、残ったなけなしの体力も徐々に磨耗していっている。
このままでは、犬死するだけだ。
せめて、物真似師の力になりたい。
セッツァーが何を考えているのか、それがヒントになるかもしれない。
だから、アキラは本当に最後の最後の力を振り絞り、セッツァーの深層心理へと潜り込むことにした。
「悪ィ、俺に力を貸してくれ」
空ろな一言は、この場に誰に向けられたものでもない。
先ほどのファイナルバーストに、自分の仲間の思いは全て載せきってしまった。
力を貸してくれる仲間なんて、もう彼にはいない。
だから今、ふと思い出した力を貸してくれるかどうか分からない存在を頼る。
「その、Yボタンを、押してくれるだけでいいんだ」
いつか公園のベンチで眠りに落ちていた時、不思議な夢を見た。
その夢の中にいた全く素性も知らない相手、老若男女何もかもがわからない相手に自分の生い立ちを説明していた。
そして自分の持つ超能力の説明まで、相手に語りかけていた。
何故、そんなことをしていたのかはわからない。
綺麗なところで目が覚めたので、不思議な夢だったなとその時は片付けていた。
なぜ、そんな夢を今思い出したのかもわからない。
だが、アキラには分かる。
あの夢で出会った相手は自分の仲間だと。
そして、今この場面にどこからか立ち会っていることも。
何故だか分からないが、そう確信させる何かがある。
一筋の希望に縋るように、届くかどうか分からない言葉を、アキラは語り続けた。


































お手持ちのスーパーファミコンコントローラーの、Yボタンを押してください。


































「ありがと、よ」
心を読む力が、流れ込んでくる。
誰か分からないが、力を貸してくれたということだけは分かる。
その力を手に、この場面を打破するためにセッツァーの深層心理へともぐりこむ。
過去から現在まで、一体彼に何があったのか。
「……なるほど、そういうことかよ」
莫大な情報量が頭に詰め込まれる。
アキラはその一つ一つをゆっくりと整理していく。
セッツァーが夢を追う理由はなんなのか。
「ファルコン」とは彼にとってのなんなのか。
何故「世界最速」に拘り、追い求めているのか。
そして、その主軸に立っている一人の人物。
セッツァーの記憶越しに、魅力的に映る一人の女性。
点である全ての出来事がしっかりと結びつき、今のセッツァーへと辿り着く。
物真似師に人一倍憤慨していた理由も、ここに来てようやく理解する。
セッツァーだけではなく、友と二人で見ていた夢。
それを叶える為に、こんなところでくすぶっている場合ではないのだ。
傍から見れば猿真似でしかないそれに、夢を語られているのならば確かに誰だって怒り狂うだろう。

納得。
全てを見たアキラは、そうするしかなかった。
両者ともに信ずるものがあり、両者共に譲れないものがある。
ぶつかり合う、プライドの対決。
起こり得なかったもしにもしが重なり、この場が出来ている。
いわば、こうなることは必然だったのかもしれない。

では、どうすることも出来ないのか。
いや、それは違う。
あの物真似師が知らない、セッツァーの過去。
たった今この目に焼き付けた数々の光景を、あの物真似師に伝えれば。
何かが変わる、そんな気がしてならないのだ。
「そういやあんた、いつだったか自分は幸せだって答えたな」
動くための活力。
体力も精神力も、アキラにはもう殆ど残っていない。
しかし、どうにかしてあの物真似師に「事実」を伝えなければいけない。
「それ、ちょいと借りるぜ……」
もし、セッツァーが全ての幸運を吸い寄せているのならば。
この胸に幸運を抱けば、セッツァーに吸い寄せられるように走り出すことが出来るかもしれない。
いつか見た夢の中の人物、その受け答えの中で聞いた本当かどうかも分からない一言。
それを胸に、乗れるかどうかわからない賭けに出る。

立ち上がる。
自分でもわからないほど、謎の力が沸いてくる。
「うううぅぅぅぅううう……」
叫ぶ、もう我武者羅になるしかない。
「おおおおぉぉぉおおおぉおぉぉおおぉ!!」
思念をビジョンとして伝える。
今までやったことのない事を、成し遂げるために。
「おああああああああああああああああああああああああああ!!!」
大声を張り上げながら、今まででイチバン大きい拳のイメージを作り。
物真似師の顎を捕らえるように、殴りぬく。

なぜ、殴るという手段をとったのかはわからない。
だが、心の中で「これなら伝わる」という絶対的な自信があった。
どこの誰か知らない人間から受け取ったなけなしの思いと幸せを詰め込み、思念の形にして。
殴りぬけば、真実が伝わる。
そう、信じて。

「"無法松"の役は、お前に任したぜ」
ヒーローの責務、アキラはその全てを物真似師に託した。



頭が痛い。
殴られた所為なのか、電流のように迸る映像の数々の所為なのか。
一つ一つのヴィジョンが物真似師の脳に直接作用する。
自分が知らなかった、セッツァーの過去。
世界最速、それを追う彼の姿。
自分が出会う前のセッツァーの生き様。
そして、このセッツァーが「もし」の存在であること。
強烈に突きつけられていく真実を、物真似師は受け止めていく。

同時に、物真似師は理解する。
最速へ向かおうとする「彼」を止める方法を。
唯一無二の、最強の手札を手に入れた事を。

ゆっくりと、浮かび上がった体が地面へ向かっていく。
そのとき、物真似師の顔をずっと隠していた黄色の布がふわふわと空に飛んでいった。
今までの攻撃の数々や無茶が祟ったところに、アキラの拳で最後の一押しが加えられたからか。

だれも見たことのない素顔を晒しながら、物真似師が地に倒れた。



「何だ、気でも狂ったか?」
突然起き上がり、こちらに向かってきたと思えば物真似師に拳を振るって倒れこむ。
死の境地に立たされ、まともな判断が出来なくなったのだろうか?
ともあれ、共倒れの形で二人が死んでいった。
仲間の思い全てを失ったアキラには何も残っていない。
そして、物真似師もその物真似のレパートリーを全てあの攻撃にぶつけていた。
まだまだ毟り取れるものはあったが、この二人からは九割ほどを毟り取り終えた後だ。
取立ては、ほぼ完了したといえる。
最後はあっけない幕切れだったが、自分の空に浮かんでいたゴミの掃除が終わった。
セッツァーは、死に絶えたゴミへまったく意識を向けることもなく。
身を翻し、違う方向へと進みだそうとしていた。

「待ちな」

セッツァーを引き止める、一人の声。
思わずハッとする。
ありえない、ありえない、ありえないはずの声。
ここにいるどころか、元の世界でも聞こえるはずのない声。
トーン、抑揚、独特なクセ。その全てが一致している。
どうやって猿真似しているのかはわからない。
だが、物真似師がそれを真似していることは分かっている。
怒りに怒りを重ね、セッツァーが銃を握る。
そこまでこの自分の空を汚そうというのならば、徹底的にその命を刈り取る。
声のする方へ、素早く振向く。
その瞬間に引き金を力を込め、躊躇いもなく一気に。

「今、考えていることの逆が正解だ」

引けなかった。
腰まで伸びる金色の長髪。
宝石にも似たエメラルドグリーンの瞳。
身に纏っている衣服が、それを物真似師だと告げているはずなのに。
首から上、黄色い布に隠され続けていたその素顔は。
速度の先に散っていった友と、寸分たがわぬ顔が、そこにあった。



世界最速の船、ファルコン。
速度の向こう側にすら辿り着けるとされていたその船は、ある日突然の事故に巻き込まれる。
セッツァーは気にも止めていなかったが、墜落現場は小三角島。
そして、墜落現場にはあるはずの"死体"が存在していなかった。
人間の限界を超え、技術の限界を超え、何者にも追いつけない速度を出していたのだとすれば。
死体が残らないほど強烈な衝撃をどこかで受けたのかもしれない。
墜落の途中、ファルコンから振り落とされて海に沈んだのかもしれない。
現場にほぼ全壊したファルコンのみが残されていることは、なんら不思議ではない。
当時、セッツァーもそう結論付けていた。

仮に墜落時、まだ生きていたとしよう。
彼女が生きていたのならばファルコンが最低限整備は行われる筈だし、空を舞う友となんらかの連絡を取る筈だ。
ファルコンの姿が見えなくなってから約一年間、一人のセッツァーに手紙やその類は一切来なかった。
遺体が綺麗サッパリ消えていたことから考えても、やはり先述のようにどこかで命を落としてしまったと考えるのが普通だ。

ここからは可能性の話になる。
"この"セッツァーは知りえない、そして物真似師にも気づきようがなく、この物語を見ている第三者にしか考慮できない可能性の話。
墜落した小三角島には、ある一人の魔物の逸話がある。
空間を貪り、その体内に異次元を抱え込むとされる「ゾーンイーター」という魔物。
物真似師が生息していたのはその「ゾーンイーター」に吸い込まれた先の次元だ。
この世ではないようで、この世の一部のような不思議な空間。
その最深部で、物真似師はひっそりと暮らしていた。

話を戻そう。
もし、ファルコンを操る彼女が墜落後に何らかの形でこの魔物に出くわしていたとしたら。
気絶をしている間でもいい、その体内に飲み込まれていたのだとすれば。
墜落現場に死体が一切見当たらなかった理由も。
今、この瞬間に彼女と同じ顔がセッツァーの目の前に映っている理由も。
その全てが、たったそれだけで説明が出来る。

まあ、ここまで言った所で可能性の話にしか過ぎないのだが。



「嘘だ」
呆ける。無理もない。
この目で認めることの出来ない、たった一つの真実。
「ダリ……ル?」
居るはずのない人間がそこに立っているのだから。
構えた銃の引き金を引くことなんて、出来るわけもなかった。
「もう一度言おうか? 今、考えていることの逆が正解。
 でも……それは大きなミステイク」
「うるさいッ!」
聞きなれた声、聞きなれた口調。
そして忘れるはずもない顔と、風に靡く長髪。
どこからどう見ても、ダリルその人がそこに立っている。
だが、体に纏っている奇抜な衣服。
それはどう見ても物真似師が纏っていたもの。
このダリルの顔を持ち、同じ声を発する存在は。
さっきまで自分が憎しみに憎しみを重ねていた、物真似師でもあるのだ。
「そう、確かに私はお前の憎む物真似師だ。
 だが私がたった今、真似しているのはあなたの愛した人だ」
今考えていることの逆が正解。
ダリルの声を聞き、見慣れた顔を視界に写し、ダリル本人だという可能性を考える。
その逆、つまりダリル本人ではないということが正解。
しかし、それは大きなミステイク。
物真似師の真髄、ありとあらゆる要素を完全に真似る。
人の記憶越しでも、映像としてこの身に刻まれたものなら一寸の狂いもなくトレースすることができる。
だから、今物真似師が物真似しているのは。ダリルそのものであることは間違いない。
「私は、そのダリルという人を知らない。
 アキラが見せてくれたあなたの過去から、形成しただけに過ぎない。
 布で隠されていない私の顔がどうなっているのか、私にはわからない。
 でもセッツァー。あなたの反応を見る限り。この私の顔は、ダリルと瓜二つなんだろう?」
だが、それも完全なものではない。
セッツァーの全ての記憶というフィルターを通した、ダリルという人間像を真似しているだけに過ぎない。
本当のダリルはどうなのか、記憶で語られていない部分や仕草は真似しようにも真似できない。
だが、そんな記憶の断片だけでもここまで真似できるということは。
セッツァーという一人の人間が、ダリルという一人の人間を見つめ続けていたことを示す。
きっと、セッツァーが一番信じられないだろう。
死んだはずの人間と瓜二つのが、よりによってこの殺し合いの舞台で目の前に現れるなんて。
ましてや、それが今憎み続けた相手だなんて。
顔がローブに隠されていれば、パチモンのただの模倣と片付けることが出来ただろう。
だが、明かされた物真似師の顔が。
そのわずかな望みを、セッツァーに与え続けているのだ。
「キャプテン、あんたが世界最速を目指す理由は分かった。
 そして、その先に何を求めていたのかも分かった」
捲くし立てるように物真似師が口を開く。
銃を握り締めたまま、立ちつくし口すら開かないセッツァーを諭すように。
セッツァーという一人の人間を理解した。
それも、理解したつもりになっているだけなのかもしれない。
だが、アキラの見せてくれたヴィジョンから得たもの。
その中で絶対に正しいと思えるものを、心に据える。
夢を追い続けるが故に狂行に走り、最速を目指し続けた存在を止めるには。
この手札しかないのだから。
「私は、ダリルは。世界最速の向こう側、誰よりも星空に近い場所で」
ファルコンが風を切る。
夢という何者にも負けはしない、絶対に折れることはない動力で。
ゼロから段階を踏んで、加速していく。
「貴方が夢見た、何もない真っ青な空を見上げながら」
白を突き抜けた先、広がるのは無限の青。
誰にも邪魔されることのない、広大な景色。
胸いっぱいにそれを抱きしめて、彼女は浮かべていた。
「あの日、こんな風に笑っていたんだと思う」
太陽にも負けない、満面の笑顔。
たったその一瞬の表情だけで、最速を目指して加速し続けていたセッツァーを。
ほんの数秒で、ぶっちぎった。

「あ、あ、ああ」
屈託のない笑顔。
それは、紛れもなく彼女のもの。
絶対幸運を手にし、世界最速へ辿り着いたはずなのに。
どうして、どうしてそこに居るのか。
追う側の立場にしかなれないのか。
振向いてその顔を見せてくれたのは、哀れみなのか。
目に映る全ての現実。
「あああああああああああああ!!!」
セッツァーは、それを否定する。
引き金を引く、銃弾が放たれる。
物真似師の体を貫き、肉体がびくりと跳ね上がる。
「三流が! 猿真似が! 似非野郎が、アイツを騙ってんじゃねえ!」
何度も何度も、引き金を引く。
残っていた銃弾を全て吐き出すように、引き金を引く。
一発一発のリボルバーアクションが行われるごとに、物真似師の体が跳ねる。
弾がなくなれば、即座に詰めなおして再び吐き出していく。
それを繰り返し行い、十数発を叩き込む。
「アイツは死んだんだ、こんな場所で、俺の目の前に現れる筈がない!」
そう、死人は蘇らない。誰だって知っていることだ。
だから、目の前に映っているのは現実じゃない。
受け入れない、受け入れたくない。
物真似のまやかしになんて惑わされたくない。
銃を投げ捨て、両手に魔力を込める。
手に入れたばかりの世界を滅ぼす力。
それをたった一人に向かって放ち続ける。
「邪魔なんだよ、ウザいんだよ、お前がいるから、俺は早くなれない」
物真似師、最初から最後まで自分の視界に映り続けた存在。
どこかに居るけど、そのどこかが分からない。
けれどもそいつの所為で夢が叶わない。
だから、そいつを消すために魔力を放ち続ける。
「失われた」という名の、破壊の魔法を。
たった一人の人間に向けて、打ち続ける。
「お前が、目の前にいるか――――」
口走った言葉、そこで気がつく。
あの物真似師は、何時だって自分の目の前に居た。
自分より後ろにずっと居たのではない。
周回遅れ。自分より遥か先へと辿り着き、一周回ってきていたのだ。
「あ、ああああああああああ!!」
気づいてしまった。
全ての可能性に。
気づいてしまった。
あり得ない可能性に。
気づいてしまった。
自分のやっていることに。
否定する、否定する、否定する。
ここで起こったことを全て消し去るために、セッツァーは魔力を放ち続ける。
もはや、人の形を保ってすら居ないそれに集中して魔力を注ぎ続けた。
「回れ!」
消し炭になった何かに目を据えて、セッツァーはスロットを動かす。
「止まれ!」
揃う絵柄は七。
絶対幸運を駆使し、確実に息の根を止めるために。
「止まれ!」
揃う絵柄は七。
この不運な現実を、吹き飛ばすために。
「止ま――――」
最後のリールを、止めた。

幸せを運んでいた小さな花の栞は、とっくのとうにセッツァーの懐で静かに枯れ果てていた。
絶対幸運圏、それの維持にはどんなに小さくとも幸せが必要だ。
戦闘する相手が放つ幸せの力、道具の持つ幸せの力。
いつか願いを込めた、ほんの僅かなものでもいい。
すこしの幸せでもそこにあれば、絶対幸運圏は維持される。
逆に言えば、吸い尽くす運がなければ絶対幸運は齎されない。
「ダリルに会う」というこの上ない幸せを掴まされ、持っていた幸せを消費しつくした。
最大の配当を与える魔法の数字を揃える力など、彼の手元に残っているはずもない。
幸運のない人間に、絶対幸運圏は微笑まない。
微笑むのは――――

BAR。

――――"特上"の"不運"。

死神が現れる。

ゆっくりと鎌を振り上げ、一人のギャンブラーの命を一瞬のうちに奪い去って行った。



力が抜けていく。
人が死ぬときというのは、こんな感覚なのだろうか。
初めての感覚を味わいながら、彼女は喜んでいる。
なぜなら、彼は物真似師。
今は「人が死ぬ」という物真似をしているのだから。
この世の全てを真似しつくし、この世の全てをその身に納める。
この世で唯一の存在、それが物真似師だから。

名前? ヤツの名前は――――



異次元の舞台の上で、同じ世界かつ違う世界の空を駆け続ける二人の狂人。
そんな世界最速の人間たちの話は、ここでおしまい。
魔王の娘は夢を奪われ、魔剣の餌食となった。
全てを悟った物真似師は、現実を拒否し続けたギャンブラーに殺された。
そしてそのギャンブラーは、自らが支配していたはずの幸運に殺された。

負けて終わり、勝者は居ない。

この場に残っているのは、二人の人間の体と一つの消し炭。
倒れ伏した黒き夢の懐から、一対のダイスが零れ落ちる。
果てしない夢と、それを追い続ける希望と、その先にある全てを掴み取る欲望を司るミーディアム。
黒き夢が絶対幸運をつかみ続けていられた理由のひとつ。
それは、元々一人の人間の心臓だったもの。

今、ギャンブラーは命を落とした。
希望も欲望も、夢すらももうそこにはない。
だが、ダイスは何かに引き寄せられるかのように転がり続ける。
物真似師を殴り、そのまま泥のように眠りに入った青年の下へと。

ヒーローになりたいという夢。
元の世界で暮らしたいという希望。
この場で生き抜いて見せるという欲望。

少年が眠るまで抱き続けたそれに、ダイスが吸い寄せられていく。
そして、青年の胸の辺りに辿り着いたとき。
ダイスが、再び砕ける。
白と黒、その断面からは命の赤が流れ出していく。
そして、その破片の一つ一つがアキラの体内に潜りこんでいき。
死に行くはずだった彼の、生きる力となっていった。



これより始まるのは、一人のヒーローの話である。





【ちょこ@アークザラッドⅡ 死亡】
【ゴゴ@ファイナルファンタジーVI 死亡】
【セッツァー=ギャッビアーニ@ファイナルファンタジーVI 死亡】
【残り7人】
【アークザラッドⅡ、ファイナルファンタジーVI 全滅】

【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 昼】
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:HP1/32、意識不明、疲労(超)、精神力消費(超)
[装備]:パワーマフラー@クロノ・トリガー、激怒の腕輪@クロノ・トリガー、デーモンスピア@DQ4
[道具]:毒蛾のナイフ@DQ4 基本支給品×3
[思考]
基本:ヒーローになる。
1:――――
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。

※消失支給品:にじ@クロノトリガー、希望と欲望のダイス@RPGロワオリジナル、ジャンプシューズ@WA2
       昭和ヒヨコッコ砲@LIVE A LIVE、アリシアのナイフ@LIVE A LIVE、ルッカのカバン@クロノトリガー、小さな花の栞@RPGロワ
       ゴゴのデイパック(基本支給品一式×2(ランタンはひとつ)、魔鍵ランドルフ(機能停止中)@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノ・トリガー)
       (各々の消失理由は省略、大体(ゴゴの所有物)はセッツァーのミッシングによるもの)

※放置支給品:ブライオン@LIVE A LIVE(どこかに突き刺さっている)
       天使ロティエル@サモンナイト3(どこか、使用不可の可能性有)
       デスイリュージョン@アークザラッドⅡ(ちょこの遺体周辺にばら撒かれている)

       ミラクルシューズ@FFⅥ、いかりのリング@FFⅥ
       ちょこのデイパック(海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品1個@魔王より譲渡されたもの 焼け焦げたリルカの首輪、アシュレーのデイパック)
       (以上三点、共にちょこの遺体が有るべき場所に)

       ラストリゾート@FFVI、44マグナム(残弾なし)@LIVE A LIVE、バイオレットレーサー@アーク2
       セッツァーのデイパック(基本支給品一式×2 拡声器(現実)、ゴゴの首輪、日記のようなもの@???)
       (以上四点、セッツァーの遺体傍に)

【ラストリゾート@ファイナルファンタジーVI】
ゲームボーイアドバンス版で追加されたセッツァーの最強武器。
『最後の切り札』の名を冠している。
MPを消費してクリティカルを出す効果があり、後列からでも威力が落ちない。
なおかつ補正が力+3・素早さ+4・体力+4と物凄い。



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144-10:瓦礫の死闘-VS??・Hyper Evolve X-fire sequence- ちょこ GAME OVER
ゴゴ GAME OVER
アキラ 149-1:魔王様、ちょっと働いて!
セッツァー GAME OVER



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最終更新:2014年10月13日 19:09