山荘(祭りは終わらない)

涼人さんの作品

忘却の彼の地

山荘

見上げれば、確かに古びた倉庫に見えなくもない。
しかし、妙にその感じが私を虜にした。
「…いいお家ね。」
妻が優しく笑いかける。
二人の長年の夢。
静かな空間、綺麗な景色、そして交流の場。
自分の趣味から、妻には山奥が良いと我が儘を言った。
山荘を開き、色々な人と笑いながら暮らす。
それが二人の長年の夢だ。
私はもう一度、念入りに見上げた。
昇り詰めた太陽を背に、彼は凛々しい。
今まで見て来た古家とは違う。
彼は、私の為にここにいるのだ。
「本当にいい家ですね。」
私が優しく妻を寄せると、彼女は私の顔を見た。
そして、私と共に新しい息子を見上げた。


…という想い出も遠退き、事務室は閑散としていた。
日誌を付け終わり、ペンを脇に置く。
最愛なる妻はもういない。
今は私と孫がここ、ペルマネンツを切り盛りしている。
妻を亡くした時、私は更にこの地に魅了された。
この地の神秘と生還に。
あわよくば、又彼女があの笑顔で帰って来るかもしれない。
「ねー、キッチンの片付けが終わったよ。」
孫のアレンが疲れ切った顔を覗かせた。
笑顔でお礼を言うと、日誌を片付けようと立ち上がる。
しかし、何か足りない。
私はもう一度開き直し、納得した。
「危ない、危ない…。」
おどけた言い方をしながら、書き足す。
『愛する妻へ。』
私が死んでも、アレンなら息子を大事にしてくれるだろう。
例え…歌手になっても。
それまでは私がしっかり見るよ。
だから安らかに私を待っていてくださいね。
「お風呂入っていい?」
私は笑顔で言った。
「どーぞ、アレン」

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最終更新:2016年03月27日 20:20