*0:Silver world and morning*

今日もこの地は朝を迎えた。
銀世界は何処までも続き、冷たい風が吹き荒れている。
一人の男はその光景を見ながら呟いた。

「行くか。」

ZODIAC +solitude+

0. Silver world and morning
アベルの手はベッドの上のリュック、クローゼットの中のコート、古くなったカメラを掴み、扉を開けた。
出掛ける前に管理人に別れを言おうと、事務室へと足を運ぶ。
短い廊下を通り、軋む階段を下りる。
廊下にも窓はあるが、どれを覗いても白かった。
ふと足を止めた。
まだ朝早い。寝ていたら迷惑か?
行こうにも行けず、その場で考える。
しばらくしてからメモを残す事にし、紙を探した。
「何かお探し?」
ロビーのソファで寛いでいた女性が声を掛けて来た。
「彼方も行くの?アベルさん。」
「何故俺の名を?」
「私、あの写真のファンですから。」
立ち上がり、手を差し出す。
彼女は軽く自己紹介をしてくれた。
マリア=ハースト。我国の有名な記者だ。
噂はよく聞く。
若いのに、何処にでも飛んで取材するそうだ。
『新聞社の宝』とも聞く。
"あの写真"とは、アベルを一躍有名にした写真の事。
白い雪に真っ赤な花が咲いている写真。
アベルはアレを雑誌に投稿しようとは思わなかった。
白い布地に飛んだ鮮血の様で、胸騒ぎがしたからだ。
アレは捨てた…はずだった。
「偶然ですよねぇ、とっても嬉しいです。」
貰った紙へと文字を書くアベルに、ウットリとした目でマリアは話す。
「私は取材をしに来たんです。『ゾウディアックの謎』ってね。」
「そうかい。」
「冬のゾウディアックに来た人達は、帰ってこないと有名ですよ」
「へぇ。」
『ありがとうございました』と。
最後にインクがにじみ、顔をしかめる。
マリアは楽しそうに話し続けた。
「これから活動しに?」
「あぁ、冬のゾウディアックは綺麗だと聞くから。」
「一人で?」
「ん・・・あぁ、そうだな。」
迂闊だった。
そういえば傍らの人はもう居ないんだ。
「じゃあ、ご一緒していいですか?迷惑はかけませんよ。」
メモを食堂のテーブルに置く。
アベルは元の所に戻りながら、小さな声で言った。
「いいよ…別に。」
「本当ですか!?嬉しい!!」
まるで子供だ。
こうも歳が違うとガキに見えるものなんだな。
しかし、ふと歓喜の声は止まった。
「あれ?でも活動の時はいつも奥さんが…。」
その言葉に溜め息をつく。
一躍有名になっただけでは、知られる訳がない。
「妻はもう居ないんだ。」
「え…?」
「とにかく居ないんだ。」

『死んだ。』

未だそれを受け入れられずいるが、死んだと思ったからココに来たのだろう。
神秘の地、ゾウディアックは会いたい人に会える。
そんな文を古本屋の片隅で見た。
妻はあの写真を一緒に撮った後、死んだ。
胸騒ぎはあのせいだった。
...どうしてあの写真は燃えてくれなかったのだろうか。

マリアは戸惑ったが、作った笑みで「支度をしてきます」と言い、上がって行った。
ロビーの暖炉には赤々と炎が腰を据えている。
アベルは一人になった。



アベルは冬が好きだ。


静かで、他の存在を感じさせない。
窓の外は白いだけ。
こんな殺風景が好きなのだ。
アベルが窓ガラスに触れると、手形が白く残った。
何気なく外を見る。
まだ朝日はボンヤリとしか照らしていない。
白いだけで何も・・・。
アベルの視界の隅で何かが動いた。
目をそちらへ向けて見る。
赤茶色の物がチラチラと動いているのが見えた。
自然の中だ。何か動物が居てもおかしくはない。
しかし、異様な色と大きさ。
アベルには一瞬、"ソレ"がコチラを向いた気がした。
"何なんだ、アレは"
"知りたい"
"見てみたい"

「待って!!」
マリアの声でアベルは我に返った。
気が付くとコートを掴み、扉を半ば開けている。
左右に首を振った。
そして欲しかった物が手に入らなかった少年の様な目で一度、外を見た。
「少しって言ったのに時間かけて・・・スミマセン。」
マリアは"遅れたから先に行こうとした"と勘違いして謝った。
コートと小さめのリュックを抱えている。
リュックは少し苦しそうに変形してはいるが。
マリアの後ろに長身の男が居た。
これが彼氏だとしたら、ずいぶんな趣味だ。
白い髪の毛を結び、細い目からは何も感じられない。
「シグは私が誘ったの。護衛としてだけど、彼自身も行きたいみたい。」
シグは少し頭を下げた。
アベルは見下された気分になったが、礼儀で頭を下げた。
マリアはソレを見て満足したのか、コートを羽織る。
「せっかく早く起きたんだから、グダグダしていたら時間の無駄!!」
勢い良く扉は開いた。
アベルはリュックを肩に掛け直す。

胸騒ぎがする。
あの写真を撮った時の様な、妙な胸騒ぎが。
シグが小突いた事で目が覚めた。
足が重くて行きたくない。
だが宿命だと思い、アベルは銀世界へ足を伸ばした。

山荘にもう戻る事も無いだろう・・・。


<To be continued>

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最終更新:2016年03月27日 18:55